特許第6184984号(P6184984)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6184984上皮幹細胞の機能性を保存可能な活性物質の評価方法
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  • 特許6184984-上皮幹細胞の機能性を保存可能な活性物質の評価方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6184984
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】上皮幹細胞の機能性を保存可能な活性物質の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20170814BHJP
   C12Q 1/527 20060101ALI20170814BHJP
   G01N 33/573 20060101ALI20170814BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   C12Q1/02
   C12Q1/527
   G01N33/573 A
   C12Q1/68 A
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-556043(P2014-556043)
(86)(22)【出願日】2013年2月7日
(65)【公表番号】特表2015-511127(P2015-511127A)
(43)【公表日】2015年4月16日
(86)【国際出願番号】EP2013052375
(87)【国際公開番号】WO2013117618
(87)【国際公開日】20130815
【審査請求日】2016年1月4日
(31)【優先権主張番号】1251120
(32)【優先日】2012年2月7日
(33)【優先権主張国】FR
(31)【優先権主張番号】61/600,218
(32)【優先日】2012年2月17日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】391023932
【氏名又は名称】ロレアル
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100089037
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(72)【発明者】
【氏名】ブリュノ・ベルナール
(72)【発明者】
【氏名】ミシェル・ラトマン・ジョスラン
【審査官】 松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】 特表2004−524848(JP,A)
【文献】 Methods Enzymol., 2007, 435, pp.221-245
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15−90
C12Q 1/00−3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮幹細胞の機能性の保存が可能な、少なくとも1つの活性物質のインビトロ評価方法であって、正常酸素状態においてケラチン物質を活性物質で処理後、ケラチン物質において低酸素状態を模倣する活性物質の能力を決定、活性物質が、活性物質で処理されていないケラチン物質と比較して、活性物質で処理されたケラチン物質において、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を増強できる方法。
【請求項2】
活性物質が、細胞酸化のレベルとは独立に、HIF-1タンパク質の発現レベルの安定化に作用できる、請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
活性物質が、HIF-1タンパク質に対して間接的に作用することができる、請求項1又は2 に記載の評価方法。
【請求項4】
活性物質が、HIF-1のトランスクリプトーム変動を生起できない、請求項1から3のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項5】
カルボニックアンヒドラーゼIXの発現に加えて、活性物質が、活性物質で処理されていないケラチン物質と比較して、活性物質で処理されたケラチン物質において、低酸素の生物学的マーカーとしてのグルコーストランスポーター1(GLUT-1)の発現を増強できる、請求項1から4のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項6】
低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現が、タンパク質形態にあるカルボニックアンヒドラーゼIXの標識により、及び/又はカルボニックアンヒドラーゼIXのトランスクリプトーム解析により実証される、請求項1から5のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項7】
低酸素の生物学的マーカーの発現を、毛包の外鞘の近位領域の基底層において観察する、請求項1から6のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項8】
毛髪密度の維持若しくは増加が可能な、及び/又は、皮膚老化に抗することが可能な、1つ(又は複数)の活性物質を決定するための、請求項1から7のいずれか一項に記載の評価方法の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮幹細胞の機能性の保存、特に、ケラチン物質、特に毛髪又は皮膚の成長及び/又は密度及び/又は更新の維持又は刺激が可能な少なくとも1つの活性物質のインビトロ評価方法に関する。特にかかる評価方法は、毛髪密度の維持若しくは増加のため、及び/又は、皮膚の老化に抗するように作用する候補物質の選択に有用である。
【背景技術】
【0002】
ケラチン物質、特に頭髪及び皮膚は上皮幹細胞を含み、上皮幹細胞は一般にその多能性能力に加えて、身体組織を構成する様々な細胞に分化でき、また自己更新することができる。これらの機能性は、組織の再生に必要であるが、時間の経過とともに一定の変容又は機能不全をきたし得る。
【0003】
特に、ヒトの頭髪は約150000本の毛髪の集合である。その1本1本は、皮膚の特化した二次構成要素であり、真に自律的な器官である毛包により生成される。毛髪の成長及びその更新は、継続的な過程ではなく、毛包の活動及びそのマトリクス環境により決定される。かかる毛包の活動は循環的であり、本質的に4つの段階を含む。実際に、毛包は連続的に、毛幹の産生を伴う成長段階(成長期段階)から、急速退行段階(退行期段階)、その後脱毛を伴う休息段階(休止期段階)を経て、再生(新生期)段階が続き、再び成長期段階に到達する。毛髪が伸びる活動的又は成長段階である成長期段階は、複数年にわたる。非常に短い退行期段階は、数週にわたる。休止期段階又は休息段階は、数ヶ月にわたる。この休息期間の最後に毛髪は抜け落ち、また別のサイクルが再開される。したがって頭髪は、恒常的な更新を経ているのであり、頭髪を構成する約150000本の毛髪のうち、約10%が休息しており、次の数ヶ月にわたって置き換わることになる。
【0004】
自然脱毛は平均して、正常な生理状態で1日当たり数百本と見積もることができる。恒常的な身体の更新過程は、加齢に伴う自然変化を経るのであり、毛髪は細くなり、そのサイクルは短くなる。
【0005】
しかしながら、様々な原因が相当量の一時的又は永続的脱毛をもたらし得る。脱毛、特に脱毛症は、毛髪更新の撹乱により本質的に引き起こされる。これら撹乱により、最初は成長期段階が短縮し徐々に毛髪が細くなり、次にその量が減少する。毛球が徐々に小さくなり、同時に、外側結合組織鞘(outer connective sheath)のコラーゲンマトリクスが徐々に厚くなることにより毛球が分離する。したがって、毛包の周囲の血管再生がそれぞれのサイクルで一層困難となる。毛髪は退行し、色素のない産毛と変わらなくなるまで小さくなり、この現象により頭髪は徐々に減少する。
【0006】
優先的に影響を受けるのは、特に男性では側頭葉及び前頭葉領域であり、女性では頭冠のびまん性脱毛症が観察される。
【0007】
脱毛症なる用語はまた、最終的に部分的又は全体的な永続的脱毛をもたらすあらゆる種類の毛包ダメージを包含する。これは、より具体的には、アンドロゲン性脱毛症である。相当数の場合において、早発性脱毛は遺伝的素因のある人において生じ、それは更に男性型加齢性脱毛症(androchronogenetic alopecia)である。この形態の脱毛症は特に男性に関係する。
【0008】
更に、一定の要因、例えばホルモン失調、生理的ストレス又は栄養失調が、この現象を強め得ることが知られている。加えて、毛髪の脱落又は変質は、季節現象と関連づけられ得る。
【0009】
一般に、これらの過程、すなわちサイクル頻度が加速すること、徐々に毛球が小さくなること、徐々に毛包周囲のコラーゲンマトリクスが厚くなること、外側結合組織鞘が厚くなること、及び血管新生が減少することに影響する任意の要因が、毛包成長に影響を与えるものと考えられる。
【0010】
毛包は構造的に、2つの別個の区画から構成される。すなわち、上皮区画及び真皮(間葉)区画であり、これら2つの区画の相互作用が、毛髪形態形成及び再成長にとって、また毛包サイクルの維持にとっても必須である。上皮区画の機能性の維持は、様々な幹細胞リザーバーの存在及び活動に依存している。上皮幹細胞の最初のリザーバーは、げっ歯類動物の「バルジ」と呼ばれる領域に同定された(Cotsarelis G、Sun TT、Lavker RM、(1990) Cell 61: 1329〜1337頁)。この最初の発見以来、ケラチノサイト幹細胞の他のリザーバーが同定されてきたのであり、そのすべてがげっ歯類動物においてであった。これらの幹細胞は、毛包形態形成において必須の役割を果たすが、それらはまた、傷害が生じた際の表皮修復にも関与する。ヒト毛包に関する研究は、これらと比較してかなり希有であるが、毛包の外毛根鞘(ORS)(上部3分の1及び下部3分の1)に存在する、ケラチン19の発現を特徴とする上皮幹細胞の少なくとも2つのリザーバーを明らかにしている(Commo S、Gaillard O、Bernard BA. (2000) Differentiation 66:157〜164頁)。
【0011】
これら幹細胞リザーバーは、毛包の維持及び再生に絶対必須であることが認められているとはいえ、現在のところ、加齢に伴う、及び/又は、脱毛症(あらゆるタイプの脱毛症を含む)の発症及び進行に伴う、これら細胞集団の変容についてはほとんど知られていない。脱毛症に罹患する男性における脱毛が、幹細胞の消滅ではなく、むしろ一定の前駆細胞(より活性で、増殖性の細胞)の集団の消滅に付随することが近年示されてきた。これらの結果は、脱毛症は毛包幹細胞活性化の問題、或いは前駆細胞の完全再生能の発現の問題と関連づけられ得ることを示唆する(LA Garzaら(2011) J Clin Invest. 121: 613〜622頁)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】出願EP1352629
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Cotsarelis G、Sun TT、Lavker RM、(1990) Cell 61: 1329〜1337頁
【非特許文献2】Commo S、Gaillard O、Bernard BA. (2000) Differentiation 66:157〜164頁
【非特許文献3】LA Garzaら(2011) J Clin Invest. 121: 613〜622頁
【非特許文献4】S Kaluzら(2010) Biochim Biophys Acta 1795:162〜172頁
【非特許文献5】U Silvanら(2009) Differentiation 78:159〜168頁
【非特許文献6】P Eliasson及びJI Jonsson (2010) J Cell Physiol 222:17〜22頁
【非特許文献7】DM Panchision (2009) J Cell Physiol 220:562〜568頁
【非特許文献8】Y.Barrandon及びH.Green (Proc.Natl.Acad.Sci. 1987年、84:2302〜2306頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
したがって、毛包上皮幹細胞の機能性/活性をより良く保存することを可能にする技術的解決策の同定が、個人の一生を通じて毛髪の質、密度及び形状を保存するために非常に重要になると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
多種多様な組織の幹細胞の活性及び機能性の調節における微小環境(ニッチ)の重要性を鑑み、本発明者らは、上皮幹細胞の活性を調節し得る環境要因を同定するために研究を行った。
【0016】
このために、毛包上皮幹細胞に関する調査に加えて、本発明者らは、同時に調査範囲を皮膚上皮細胞にまで広げた。
【0017】
驚くべきであり予想外であることに、本発明者らはこのようにして、毛包又は皮膚上皮幹細胞の一定のリザーバーが低酸素環境中に浴していることを発見した。この知見は、低酸素条件下で発現が増加するタンパク質であるカルボニックアンヒドラーゼIXを介して明らかとなった(S Kaluzら(2010) Biochim Biophys Acta 1795:162〜172頁)。
【0018】
二重免疫蛍光検出試験によりカルボニックアンヒドラーゼIXのサブセットがCD34を発現することを示し、これを、CD34を有する幹細胞が脱毛症を罹患する個人において減少していることを示す刊行物LA Garzaら(2011) J Clin Invest. 121: 613〜622頁と組み合わせることにより、結果として本発明者らは、低酸素状態のシグナルの誘導により、上皮幹細胞の機能性を維持できるとする仮説を立てた。
【0019】
したがって本発明の主題は、上皮幹細胞の機能性の保存、特に、ケラチン物質の成長及び/又は密度及び/又は更新の維持又は刺激が可能な、少なくとも1つの活性物質のインビトロ評価方法であって、優先的には正常酸素条件下で、ケラチン物質において低酸素状態を模倣する活性物質の能力を決定することにあり、活性物質が、優先的には正常酸素条件下で、活性物質で処理されていないケラチン物質と比較して、活性物質で処理されたケラチン物質において、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を増強できる方法である。
【0020】
優先的には、この方法は、正常酸素状態においてケラチン物質を活性物質で処理後、ケラチン物質において低酸素状態を模倣する活性物質の能力を決定する。
【0021】
「模倣する」なる用語は、活性物質が、低酸素状態の生物学的マーカーの発現、この場合では少なくとも、正常酸素において通常はほとんど又はまったく発現しないカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)ことが可能であることを意味すること意図する。
【0022】
「正常酸素状態」なる用語は、周囲地表大気の酸素分子のレベルに相当する酸素分子のレベル、すなわち21%を意味することを意図する。
【0023】
「低酸素状態」なる用語は、周囲地表大気の酸素分子のレベルを厳密に下回る酸素分子のレベル、例えば5%未満、例えば3%に等しいことを意味することを意図する。
【0024】
それゆえ活性物質は、正常酸素状態におけるケラチン物質から始まり、前記ケラチン物質を低酸素タイプの状態へと移行させる能力を有し、それゆえ上皮幹細胞にとっての低酸素微小環境の効果に匹敵する効果を引き起こすことができる。
【0025】
低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現は、タンパク質形態にあるカルボニックアンヒドラーゼIXの標識、好ましくは前記タンパク質の免疫蛍光標識若しくはウエスタンブロッティングにより、及び/又はカルボニックアンヒドラーゼIXのトランスクリプトーム解析により実証することができる。
【0026】
前に定義した本方法の従属的又は非従属的目的は、一変形として又は付加的に、低酸素の1つ(又は複数)の生物学的マーカー、例えばカルボニックアンヒドラーゼIX等の発現を、毛包の外鞘の近位領域の基底層において観察することであってもよい。
【0027】
本発明者らの知る限り、どの先行技術文献も、特に上皮幹細胞の機能性を保存する活性物質の特性を研究することを目的として、特に低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を解析することにより、活性物質を、低酸素を模倣するその能力に関して評価するためのかかる方法を使用することを教示又は示唆しておらず、以前の研究は目下のところ本質的には、低酸素条件が、胚性幹細胞の生物学的性質(U Silvanら(2009) Differentiation 78:159〜168頁)に、また、成体組織に由来する幹細胞、例えば神経幹細胞又は造血幹細胞等の生物学的性質(P Eliasson及びJI Jonsson (2010) J Cell Physiol 222:17〜22頁; DM Panchision (2009) J Cell Physiol 220:562〜568頁)にも相当の影響を与えていることを示している。
【0028】
細胞レベルでは、低酸素条件は特に、細胞周期の制御、代謝及び酸化ストレスに応答する能力に影響を与えている。低酸素条件に対する細胞応答は、HIF(低酸素誘導因子)、特に、2つのサブユニットHIF1-α(アルファ)及びHIF1-β(ベータ)から構成される転写因子であり、細胞周期、生存性、分化、自食作用等に関与する100超の遺伝子の転写を調節する、HIF-1の制御下にある。HIF1の活性化は、細胞の酸化状態に応じて精密に調節されている。高酸化(「正常酸素」)条件下では、HIF1-アルファサブユニットは、プロリル4-ヒドロキシラーゼによりヒドロキシル化され、そのユビキチン化及びプロテアソームによるその分解を可能にする。逆に、酸素分子圧が減少する(低酸素状態)ときは、このサブユニットはもはや分解せず、その後蓄積して、HIF1ベータサブユニットと結合するために核へと移動し、こうして転写因子HIF1を形成し得る。
【0029】
したがって、この評価方法に関する優先的な解決策は、プロリルヒドロキシラーゼによるこの転写因子、特にHIF-1タンパク質のα(アルファ)サブユニットの分解を阻害し、そのことにより上皮幹細胞の低酸素状態を維持するために、本発明による評価方法に対応する、試験される活性物質が、プロリルヒドロキシラーゼの抑制物質として作用する能力を有するかどうかを決定してもよい。もちろん、この作用経路に限定されるものとみなされるべきではなく、この低酸素効果をもたらすために、活性物質が1つ又は複数の他の追加の又は異なる作用経路に関与することもあり得る。
【0030】
本発明の主題はまた、毛髪密度の維持若しくは増加が可能な、及び/又は、皮膚老化に抗することが可能な、1つ(又は複数)の活性物質を決定するための、前に定義した評価方法の使用でもある。
【0031】
本発明の他の特徴、特性及び利点は、以下に続く本明細書及び実施例を読むことで一層明らかとなる。
【0032】
ケラチン物質
本発明による評価方法は、ケラチン物質を使用する。
【0033】
「ケラチン物質」なる用語は、ケラチン繊維及び皮膚を意味することを意図する。ケラチン繊維は特に毛髪、眉毛、睫毛及び体毛に関係する。優先的には、ケラチン繊維は毛髪を指す。
【0034】
かかるケラチン物質は、それが属する生物から単離されて試験されるという意味で、インビトロで試験される。
【0035】
このために、それは例えば、手術廃棄物、生検材料、毛包若しくは皮膚ケラチノサイトの培養物又は上皮幹細胞の培養物、例えば毛包又は皮膚上皮幹細胞培養物に由来していてもよい。
【0036】
活性物質
本発明による評価方法は、前に定義した単離ケラチン物質の存在下にもたらされる少なくとも1つの活性物質を使用する。
【0037】
好ましくは、ケラチン物質上で試験される活性物質は、正常酸素条件下で試験されるケラチン物質上で低酸素を模倣できる。
【0038】
本発明による活性物質は、前記単離ケラチン物質内で、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼ9の発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)その能力に関して試験される。
【0039】
かかる活性物質はまた、1つ又は複数の他の低酸素の生物学的マーカーを発現又は過剰発現させるその能力に関して試験されてもよい。
【0040】
例えば、特定の一実施形態によれば、この活性物質は、低酸素の生物学的マーカーとして、グルコーストランスポーター1(GLUT-1)の発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)その能力に関して試験されてもよい。
【0041】
特定の一実施形態によれば、この活性物質はHIF-1タンパク質に間接的に作用する。特に、この活性物質はHIF-1分解酵素に作用する。より具体的には、この活性物質は優先的にはプロリルヒドロキシラーゼ抑制物質に作用する。
【0042】
優先的には、活性物質は、細胞酸化のレベルとは独立に、HIF-1タンパク質の発現レベルの安定化に作用できる。
【0043】
また好ましくは、この活性物質は、HIF-1のトランスクリプトーム変動をもたらさず、特にHIF-1遺伝子発現の変動をもたらさない。
【0044】
結果として、前記活性物質は、優先的には、HIF-1タンパク質のみに、間接的に作用する。
【0045】
評価方法
本発明による評価方法は、未処理対照ケラチン物質と比較して、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を観察することによって、単離ケラチン物質上で低酸素状態を模倣する活性物質の能力を観察することにより、上皮幹細胞の機能性の保存に対する1つ又は複数の活性物質の効果を研究することを目的とする。
【0046】
第1の評価方法は、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXタンパク質の標識化、好ましくは免疫標識化を、例えば免疫蛍光又はウエスタンブロッティングにより実施してもよい。より具体的には、活性物質が低酸素状態を模倣できるかどうかを研究するため、活性物質の存在又は非存在下での、低酸素条件下及び正常酸素条件下それぞれにおける発現の変動を観察するために、低酸素の生物学的マーカーであるカルボニックアンヒドラーゼIXに特異的な抗体を用いた、ケラチン物質、例えばヒト頭皮、特に毛包に由来する組織、又は毛包若しくは皮膚ケラチノサイト培養物等の解析を使用できる。
【0047】
第2の評価方法は、活性物質が低酸素状態を模倣できるかどうかを研究するため、RT-qPCR法を使用して、ケラチン物質上、例えば顕微解剖により単離され、試験される前記活性物質の存在又は非存在下、低酸素条件下及び正常酸素条件下で、エクスビボの培地中に置かれたケラチノサイト又は毛球のインビトロ培養物上の、相当する遺伝子の発現が低酸素シグナルにより改変されるカルボニックアンヒドラーゼIXのトランスクリプトーム解析を実施してもよい。
【0048】
これら2つの評価方法に、上皮幹細胞の質に対する、低酸素を模倣できる活性物質の影響を確立することを目的とする方法を任意選択で追加することができる。このために、活性物質の存在又は非存在下で、低酸素条件下及び正常酸素条件下においてそれぞれ、所定の集団内で細胞クローンを生成可能な細胞の頻度に対する、また得られるクローン形態に対する、活性物質の存在の影響を観察し、そのことで、活性物質で処理された上皮幹細胞の機能性の保存におけるその関与を確立する、ケラチノサイト(上皮幹細胞を含む)についてのCFE(コロニー形成効率)試験を実施することができる。
【0049】
例示的で非限定的な一実施形態によれば、これらの評価方法の少なくとも1つ又はこれらの評価方法のすべてを、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼの発現に対する1つ又は複数の活性物質の効果を確立するために実行できる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
図1】ウエスタンブロッティングによるHIF1-アルファタンパク質の発現/安定化のレベルの解析の図である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
(実施例)
本発明の例示のため、本発明による評価方法の複数の例を下に挙げた。かかる例は、本発明の範囲を限定するものではなく、ケラチン物質に対する、低酸素の生物学的マーカーとしてのカルボニックアンヒドラーゼIXの刺激作用を示すために、当業者はそれ自体既知の他の方法を使用できる。
【0052】
I- プロトコル及び結果
本発明による評価方法に対応する活性物質の例示として、ピリジンジカルボン酸及び一定の誘導体、特にエステル及びアミドを挙げることができる。例として、プロリルヒドロキシラーゼを抑制するために好適であると知られる化合物を使用し、この場合、以下の一般式(I)のピリジンジカルボン酸の誘導体又はその塩の1つから選択される化合物を使用し、
【0053】
【化1】
【0054】
式(I)中、
- R1及びR2は、互いに独立して、OH、OR'、-NH2、-NHR'又は-NR'R"を表し、R'及びR"は、互いに独立して、飽和又は不飽和、直鎖状又は分枝状のC1〜C18アルキル基又はアリール基を表し、このアリール基又はアルキル基は、任意選択で少なくとも1つのOH基、アルコキシ基、アシルオキシ基、アミノ基又はアルキルアミノ基で置換され、又は出願EP1352629に言及されているとおりR'及びR"は合わせてヘテロ環を表し、特にジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートを使用した。
【0055】
1/ 第1の評価方法の例
この第1の方法は、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの非存在及び存在下で、低酸素の生物学的マーカーであるカルボニックアンヒドラーゼIXに特異的な抗体を使用した免疫蛍光標識化後に、毛包を光学蛍光顕微鏡で観察した。
【0056】
本方法により、カルボニックアンヒドラーゼIXタンパク質の発現を観察することが可能であり、かかる発現は更には、毛包上皮幹細胞を含有する毛包の外鞘の近位領域の基底層に位置している。
【0057】
2/ 第2の評価方法の例
この第2の評価方法は、RT-qPCR法を使用して、ヒト頭皮皮下組織のレベルで顕微解剖により単離され、低酸素条件(3%酸素分子)下又は21%酸素分子で、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの非存在(対照)又は存在下で、エクスビボの培地中に4時間置かれた毛球上の、発現が低酸素シグナルにより改変されるカルボニックアンヒドラーゼIXをコードする遺伝子のトランスクリプトーム解析を実施する。
【0058】
低酸素条件下又は正常酸素条件下、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの存在下での毛球全部の4時間のインキュベーション後、カルボニックアンヒドラーゼ9の標準的発現が観察され、これは、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートでの処理が、低酸素により誘導されるのと類似の分子プロファイルを誘導することを示す。
【0059】
3/ 第3の評価方法の例
この第3の例は、ウエスタンブロッティング法を基準として使用して、HIF1-アルファタンパク質の発現/安定化のレベルの解析を実施する。要約すれば、正常酸素条件下では、HIF-1アルファタンパク質がプロリン残基上でヒドロキシル化され(プロリルヒドロキシラーゼにより触媒される反応)、ユビキチン化され、その後プロテアソームにより分解される。低酸素条件下では、HIF-1アルファタンパク質はヒドロキシル化されず、その発現レベルは維持される。HIF-1アルファの発現/安定化のレベルに対するジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの効果を特徴づけるため、タンパク質抽出物を、低酸素条件下又は正常酸素条件下で、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの非存在又は存在下で培地中に維持され置かれたヒト毛包の外鞘に由来するケラチノサイトの培養物上で調製した。HIF-1アルファタンパク質の免疫検出は、細胞が正常酸素条件(21%酸素)と比較して、低酸素条件(3%酸素)下の培地中で培養される時に、このタンパク質の発現レベルが増加することを明らかにする。同様に、正常酸素条件下、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの存在下で培養することは、検出されるタンパク質の量の増加を誘導する。この点において、HIF-1アルファタンパク質の発現/安定化に対する正常酸素条件下でのジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの効果は、低酸素条件の効果を模倣すると言ってもよい。
【0060】
II- 上皮幹細胞の機能性の保存の評価
活性物質で処理された又は処理されていない上皮幹細胞の質のこの評価は、例えば、低酸素条件下及びジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの非存在又は存在下でそれぞれ、所定の集団内で細胞クローンを生成可能な細胞の頻度に対する、また得られるクローン形態に対する、この活性物質の影響を観察する、ケラチノサイト(上皮幹細胞を含む)についてのCFE(コロニー形成効率)試験により確立できる。
【0061】
このために、美容整形により頭皮から単離された毛包全部を1cm2の断片に切り分け、その後Williams E培地中で希釈された2.4U/mlで処理し、一晩4℃でインキュベートした。翌日、試料をPBSですすぎ、ピンセットを使用して表皮を除去し、それぞれの毛包を摘出して氷上のPBS中に置く。PBSの除去後、毛包の外鞘の下部からケラチノサイトを分離するためだけに、毛包を0.5mlの1Xトリプシン-EDTA中に5分間37℃で置く。10%の血清を含有する1mlの培地を添加することにより酵素過程を停止し、その後細胞スクリーン(70μm)を使用して分離された細胞を含有する上清をろ過する。その後、回収した細胞を1000回転/分で15分間4℃で遠心分離し、細胞沈殿物を、2mMのL-グルタミン及び1mMのピルビン酸ナトリウムを含有し、ウシ胎児血清10(HyClone社)、非必須アミノ酸、5μg/mlのインスリン、0.18mMのアデニン、0.4μg/mlのヒドロコルチゾン、2nMのトリヨードチロニン、10ng/mlの表皮成長因子、1μMのイソプロテレノール、5μg/mlのトランスフェリン、4mMのグルタミン及び50U/mlのペニシリン/ストレプトマイシンを補ったDMEM(Cambrex社)-Hams F12培地(3:1混合物)中に再懸濁させる。
【0062】
次に、こうして毛包から摘出され切断された外上皮鞘の細胞を、続いてCFE条件下で細胞1000個/培養皿の割合で、照射3TS線維芽細胞の層上に播種する。その後細胞を、3%酸素分子(低酸素条件)又は21%酸素分子で、ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートの存在下(50から500μMの範囲の濃度)で培養する。未処理で、21%酸素分子で培養された対照を基準として供する。3日目及び8日目に培地を交換し、10日目に培養を停止する。クローン形成培養の終了時、及び得られた細胞クローンの固定(70%エタノールによる)及び染色(エオシンとのインキュベーション、すすぎ、その後BlueRAL 555とのインキュベーション)後、クローン及びこれらクローンを構成する細胞の形態を解析する。
【0063】
低酸素条件(3%酸素分子)下でのこれら細胞の培養は、非常に明確にクローン形態に対する効果を有する。得られたクローンは、21%酸素分子での従来の培養条件下で得られたものよりもコンパクトで散在性でない形態を示す(クローンの端がよく限局されている)。クローンは、小さく、高度に結合し、より均質である細胞から構成され、これら細胞はY.Barrandon及びH.Green (Proc.Natl.Acad.Sci. 1987年、84:2302〜2306頁)により記述されたホロクローン(holoclone)を思い起こさせる。これらの結果は、再現性高く観察され、培地中の細胞の未熟性がより良く維持されていることを示唆する。
【0064】
ジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートでの処理後に得られるクローンもまた、21%酸素分子の存在下でインキュベートされた対照より散在性でなく、密集性でない。一般に、得られるクローンは非常に良質の細胞から構成される。クローンの数は、21%酸素分子対照条件と比較して有意に減少してはいない。
【0065】
要約すれば、正常酸素条件下でのジエチルピリジン-2,4-ジカルボキシレートでの処理は、低酸素条件下で得られるものと類似するクローンを生成する。
【0066】
III- 解釈
本発明者らは、上皮幹細胞とカルボニックアンヒドラーゼIXとの共局在を観察することができたのであり、幹細胞は低酸素環境中に浴している。特に、低酸素の生物学的マーカーの発現を、毛包の外鞘の下部リザーバーともまた呼ばれる、毛包の外鞘の近位領域の基底層において観察できる。
【0067】
驚くべきであり予想外であることに、本発明者らは、細胞酸化のレベルとは独立に、HIF1-アルファタンパク質の発現レベルの安定化に作用する活性物質、より具体的にはプロリルヒドロキシラーゼ抑制物質が、低酸素効果を一部模倣することを示した。実際に、正常酸素条件下、生存条件下で、かかるプロリルヒドロキシラーゼ抑制活性物質により毛包を処理することは、低酸素条件により誘導されるものに類似するトランスクリプトームプロファイルを誘導する。更に、ヒト毛包の外鞘から新たに単離された細胞集団のクローン形成能は、かかるプロリルヒドロキシラーゼ抑制物質での処理によっても、低酸素条件での培養によっても、類似した影響を受ける。したがって、これらの研究は、これら活性物質が、毛包幹細胞の下部リザーバーのニッチの生理学的特徴の1つ(すなわち低酸素)の効果を再現する能力を有することを示す。
【0068】
もちろん、本発明による評価方法により評価される活性物質は、観察される低酸素効果を模倣するために、1つ又は複数の追加の又は異なる生物学的経路を介して作用できる。
【0069】
言うまでもなく、当業者は、本発明による評価方法の有利な特性が想定される追加により有害な影響を受けない、又は実質的に受けないように、注意を払って任意選択の修正又は追加を導入するであろう。
【0070】
本願の全体にわたって、「1つを含む」又は「1つを含める」なる語句は、別段の指定がない限り、「少なくとも1つを含む」又は「少なくとも1つを含める」を意味する。
図1