【課題を解決するための手段】
【0015】
多種多様な組織の幹細胞の活性及び機能性の調節における微小環境(ニッチ)の重要性を鑑み、本発明者らは、上皮幹細胞の活性を調節し得る環境要因を同定するために研究を行った。
【0016】
このために、毛包上皮幹細胞に関する調査に加えて、本発明者らは、同時に調査範囲を皮膚上皮細胞にまで広げた。
【0017】
驚くべきであり予想外であることに、本発明者らはこのようにして、毛包又は皮膚上皮幹細胞の一定のリザーバーが低酸素環境中に浴していることを発見した。この知見は、低酸素条件下で発現が増加するタンパク質であるカルボニックアンヒドラーゼIXを介して明らかとなった(S Kaluzら(2010) Biochim Biophys Acta 1795:162〜172頁)。
【0018】
二重免疫蛍光検出試験によりカルボニックアンヒドラーゼIXのサブセットがCD34を発現することを示し、これを、CD34を有する幹細胞が脱毛症を罹患する個人において減少していることを示す刊行物LA Garzaら(2011) J Clin Invest. 121: 613〜622頁と組み合わせることにより、結果として本発明者らは、低酸素状態のシグナルの誘導により、上皮幹細胞の機能性を維持できるとする仮説を立てた。
【0019】
したがって本発明の主題は、上皮幹細胞の機能性の保存、特に、ケラチン物質の成長及び/又は密度及び/又は更新の維持又は刺激が可能な、少なくとも1つの活性物質のインビトロ評価方法であって、優先的には正常酸素条件下で、ケラチン物質において低酸素状態を模倣する活性物質の能力を決定することにあり、活性物質が、優先的には正常酸素条件下で、活性物質で処理されていないケラチン物質と比較して、活性物質で処理されたケラチン物質において、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を増強できる方法である。
【0020】
優先的には、この方法は、正常酸素状態においてケラチン物質を活性物質で処理後、ケラチン物質において低酸素状態を模倣する活性物質の能力を決定する。
【0021】
「模倣する」なる用語は、活性物質が、低酸素状態の生物学的マーカーの発現、この場合では少なくとも、正常酸素において通常はほとんど又はまったく発現しないカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)ことが可能であることを意味すること意図する。
【0022】
「正常酸素状態」なる用語は、周囲地表大気の酸素分子のレベルに相当する酸素分子のレベル、すなわち21%を意味することを意図する。
【0023】
「低酸素状態」なる用語は、周囲地表大気の酸素分子のレベルを厳密に下回る酸素分子のレベル、例えば5%未満、例えば3%に等しいことを意味することを意図する。
【0024】
それゆえ活性物質は、正常酸素状態におけるケラチン物質から始まり、前記ケラチン物質を低酸素タイプの状態へと移行させる能力を有し、それゆえ上皮幹細胞にとっての低酸素微小環境の効果に匹敵する効果を引き起こすことができる。
【0025】
低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現は、タンパク質形態にあるカルボニックアンヒドラーゼIXの標識、好ましくは前記タンパク質の免疫蛍光標識若しくはウエスタンブロッティングにより、及び/又はカルボニックアンヒドラーゼIXのトランスクリプトーム解析により実証することができる。
【0026】
前に定義した本方法の従属的又は非従属的目的は、一変形として又は付加的に、低酸素の1つ(又は複数)の生物学的マーカー、例えばカルボニックアンヒドラーゼIX等の発現を、毛包の外鞘の近位領域の基底層において観察することであってもよい。
【0027】
本発明者らの知る限り、どの先行技術文献も、特に上皮幹細胞の機能性を保存する活性物質の特性を研究することを目的として、特に低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を解析することにより、活性物質を、低酸素を模倣するその能力に関して評価するためのかかる方法を使用することを教示又は示唆しておらず、以前の研究は目下のところ本質的には、低酸素条件が、胚性幹細胞の生物学的性質(U Silvanら(2009) Differentiation 78:159〜168頁)に、また、成体組織に由来する幹細胞、例えば神経幹細胞又は造血幹細胞等の生物学的性質(P Eliasson及びJI Jonsson (2010) J Cell Physiol 222:17〜22頁; DM Panchision (2009) J Cell Physiol 220:562〜568頁)にも相当の影響を与えていることを示している。
【0028】
細胞レベルでは、低酸素条件は特に、細胞周期の制御、代謝及び酸化ストレスに応答する能力に影響を与えている。低酸素条件に対する細胞応答は、HIF(低酸素誘導因子)、特に、2つのサブユニットHIF1-α(アルファ)及びHIF1-β(ベータ)から構成される転写因子であり、細胞周期、生存性、分化、自食作用等に関与する100超の遺伝子の転写を調節する、HIF-1の制御下にある。HIF1の活性化は、細胞の酸化状態に応じて精密に調節されている。高酸化(「正常酸素」)条件下では、HIF1-アルファサブユニットは、プロリル4-ヒドロキシラーゼによりヒドロキシル化され、そのユビキチン化及びプロテアソームによるその分解を可能にする。逆に、酸素分子圧が減少する(低酸素状態)ときは、このサブユニットはもはや分解せず、その後蓄積して、HIF1ベータサブユニットと結合するために核へと移動し、こうして転写因子HIF1を形成し得る。
【0029】
したがって、この評価方法に関する優先的な解決策は、プロリルヒドロキシラーゼによるこの転写因子、特にHIF-1タンパク質のα(アルファ)サブユニットの分解を阻害し、そのことにより上皮幹細胞の低酸素状態を維持するために、本発明による評価方法に対応する、試験される活性物質が、プロリルヒドロキシラーゼの抑制物質として作用する能力を有するかどうかを決定してもよい。もちろん、この作用経路に限定されるものとみなされるべきではなく、この低酸素効果をもたらすために、活性物質が1つ又は複数の他の追加の又は異なる作用経路に関与することもあり得る。
【0030】
本発明の主題はまた、毛髪密度の維持若しくは増加が可能な、及び/又は、皮膚老化に抗することが可能な、1つ(又は複数)の活性物質を決定するための、前に定義した評価方法の使用でもある。
【0031】
本発明の他の特徴、特性及び利点は、以下に続く本明細書及び実施例を読むことで一層明らかとなる。
【0032】
ケラチン物質
本発明による評価方法は、ケラチン物質を使用する。
【0033】
「ケラチン物質」なる用語は、ケラチン繊維及び皮膚を意味することを意図する。ケラチン繊維は特に毛髪、眉毛、睫毛及び体毛に関係する。優先的には、ケラチン繊維は毛髪を指す。
【0034】
かかるケラチン物質は、それが属する生物から単離されて試験されるという意味で、インビトロで試験される。
【0035】
このために、それは例えば、手術廃棄物、生検材料、毛包若しくは皮膚ケラチノサイトの培養物又は上皮幹細胞の培養物、例えば毛包又は皮膚上皮幹細胞培養物に由来していてもよい。
【0036】
活性物質
本発明による評価方法は、前に定義した単離ケラチン物質の存在下にもたらされる少なくとも1つの活性物質を使用する。
【0037】
好ましくは、ケラチン物質上で試験される活性物質は、正常酸素条件下で試験されるケラチン物質上で低酸素を模倣できる。
【0038】
本発明による活性物質は、前記単離ケラチン物質内で、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼ9の発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)その能力に関して試験される。
【0039】
かかる活性物質はまた、1つ又は複数の他の低酸素の生物学的マーカーを発現又は過剰発現させるその能力に関して試験されてもよい。
【0040】
例えば、特定の一実施形態によれば、この活性物質は、低酸素の生物学的マーカーとして、グルコーストランスポーター1(GLUT-1)の発現を増加させる(すなわち、発現又は過剰発現させる)その能力に関して試験されてもよい。
【0041】
特定の一実施形態によれば、この活性物質はHIF-1タンパク質に間接的に作用する。特に、この活性物質はHIF-1分解酵素に作用する。より具体的には、この活性物質は優先的にはプロリルヒドロキシラーゼ抑制物質に作用する。
【0042】
優先的には、活性物質は、細胞酸化のレベルとは独立に、HIF-1タンパク質の発現レベルの安定化に作用できる。
【0043】
また好ましくは、この活性物質は、HIF-1のトランスクリプトーム変動をもたらさず、特にHIF-1遺伝子発現の変動をもたらさない。
【0044】
結果として、前記活性物質は、優先的には、HIF-1タンパク質のみに、間接的に作用する。
【0045】
評価方法
本発明による評価方法は、未処理対照ケラチン物質と比較して、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXの発現を観察することによって、単離ケラチン物質上で低酸素状態を模倣する活性物質の能力を観察することにより、上皮幹細胞の機能性の保存に対する1つ又は複数の活性物質の効果を研究することを目的とする。
【0046】
第1の評価方法は、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼIXタンパク質の標識化、好ましくは免疫標識化を、例えば免疫蛍光又はウエスタンブロッティングにより実施してもよい。より具体的には、活性物質が低酸素状態を模倣できるかどうかを研究するため、活性物質の存在又は非存在下での、低酸素条件下及び正常酸素条件下それぞれにおける発現の変動を観察するために、低酸素の生物学的マーカーであるカルボニックアンヒドラーゼIXに特異的な抗体を用いた、ケラチン物質、例えばヒト頭皮、特に毛包に由来する組織、又は毛包若しくは皮膚ケラチノサイト培養物等の解析を使用できる。
【0047】
第2の評価方法は、活性物質が低酸素状態を模倣できるかどうかを研究するため、RT-qPCR法を使用して、ケラチン物質上、例えば顕微解剖により単離され、試験される前記活性物質の存在又は非存在下、低酸素条件下及び正常酸素条件下で、エクスビボの培地中に置かれたケラチノサイト又は毛球のインビトロ培養物上の、相当する遺伝子の発現が低酸素シグナルにより改変されるカルボニックアンヒドラーゼIXのトランスクリプトーム解析を実施してもよい。
【0048】
これら2つの評価方法に、上皮幹細胞の質に対する、低酸素を模倣できる活性物質の影響を確立することを目的とする方法を任意選択で追加することができる。このために、活性物質の存在又は非存在下で、低酸素条件下及び正常酸素条件下においてそれぞれ、所定の集団内で細胞クローンを生成可能な細胞の頻度に対する、また得られるクローン形態に対する、活性物質の存在の影響を観察し、そのことで、活性物質で処理された上皮幹細胞の機能性の保存におけるその関与を確立する、ケラチノサイト(上皮幹細胞を含む)についてのCFE(コロニー形成効率)試験を実施することができる。
【0049】
例示的で非限定的な一実施形態によれば、これらの評価方法の少なくとも1つ又はこれらの評価方法のすべてを、低酸素の生物学的マーカーとしての少なくともカルボニックアンヒドラーゼの発現に対する1つ又は複数の活性物質の効果を確立するために実行できる。