(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6185002
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】高疲労強度ボルトの製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/00 20060101AFI20170814BHJP
F16B 35/00 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
C21D9/00 B
F16B35/00 J
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-65687(P2015-65687)
(22)【出願日】2015年3月27日
(65)【公開番号】特開2015-193932(P2015-193932A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2015年6月16日
(31)【優先権主張番号】特願2014-67577(P2014-67577)
(32)【優先日】2014年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592080752
【氏名又は名称】日本ファスナー工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】白神 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】草深 博道
(72)【発明者】
【氏名】山本 義治
(72)【発明者】
【氏名】小川 隆生
【審査官】
佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−031734(JP,A)
【文献】
特開2009−031734(JP,A)
【文献】
特開昭61−130456(JP,A)
【文献】
特開平01−052045(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00− 9/44, 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の形状に成形したJIS規格のSCM435に相当する組成を有する鋼製のボルトに、800〜950℃から焼入れを施した後に、400〜550℃で30〜120分間保持して焼戻しを施し、さらに20〜300℃で10分〜735日間の保持であり、かつ、時効温度T(℃)と時効時間t(hr)とから下記式(1)で求められるλが7100<λ<12000を満足する時効処理を施すことを特徴とする高疲労強度ボルトの製造方法。
記
λ=(T+273)×(logt+20) ・・・(1)
【請求項2】
ねじを除く所定の形状に成形した前記ボルトに、前記焼入れおよび前記焼戻しを施し、次いでねじ転造を行ない、さらに前記時効処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の高疲労強度ボルトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の産業機械や自動車等に好適な、優れた疲労特性と強度を有するボルトの製造方
法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、各種の産業機械や自動車等の分野で使用されるボルトは、その産業機械の稼働あるいは自動車の走行によって、繰返し応力を受けるので、強度の向上のみならず、疲労特性の改善を図ったボルトが求められる。そのため、優れた強度と疲労特性を有するボルト(以下、高疲労強度ボルトという)の開発が進められている。
【0003】
ところが、強度の高い素材から所定の形状のボルトを製造する場合は、加工に使用する工具の寿命が短縮されて、ボルトの製造コストの増大を招く。さらに、工具の取換え頻度が上昇するので、生産性が低下するという問題がある。したがって、軟質な素材からボルトを成形した後、熱処理を施して強度を高める技術が検討されている。
【0004】
たとえば特許文献1には、成形したボルトを引張って塑性変形を付与した後に、引張り荷重を取除き、さらにブルーイング処理を施すことによって、非調質高強度ボルトを得る技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、パーライトを主体とする鋼材を伸線加工して得た線材を素材として使用し、冷間加工でボルトに成形し、さらにブルーイング処理を施すことによって、高強度ボルトを得る技術が開示されている。この技術では、伸線加工に先立って、鋼材を加熱した後、急冷し、さらに恒温に保持する必要がある。
【0006】
特許文献3には、成形したボルトに弾性限界を超える引張り応力を負荷しながら熱処理を施すことによって、ボルトの強度を高める技術が開示されている。
【0007】
特許文献4には、ボルトのみならずシャフトやバネ等の素材として好適な鋼材に溶体化処理を施し、引き続き所定の冷却速度で冷却した後、加工を加えて成形し、さらに時効処理を施すことによって、ボルト等の強度を高める技術が開示されている。
【0008】
特許文献5には、シャフトやロッド等の素材として好適な鋼材を熱間圧延あるいは熱間鍛造し、引き続き所定の冷却速度で冷却した後、加工を加えて成形し、さらに時効処理を施すことによって、シャフト等の強度を高める技術が開示されている。
【0009】
特許文献6には1400MPa級以上の強度を有する耐遅れ破壊高強度ボルトの製造方法として、ねじ転造を行なった後、150〜500℃に加熱処理する技術が開示されている。しかし、加熱処理は表層部の過剰な硬度上昇を抑制して、耐水素脆化特性を向上させることにあり、加熱時間の特定はされていない。
【0010】
特許文献7には焼入れ焼戻しの熱処理の後、250〜350℃の温度でねじ転造を行うという耐疲労ボルトの製造方法技術が開示されている。この温度でねじ転造を行なうことで、加工硬化と析出硬化とが相乗効果を示すことがメリットとして挙げられている。しかし、このような高温で加工するには、工具、潤滑などに課題も多い。
【0011】
これらの技術は、いずれも、ボルトの強度を高めることは可能であるが、疲労特性の改善に関する検討はなされていないか、なされていても課題の多いものである。しかも、
(A)成形した後、荷重を負荷し、さらに荷重を取除いて熱処理を施す、
(B)成形した後、荷重を負荷しながら熱処理を施す、
(C)成形する前、加熱や冷却を制御しながら熱処理を施し、さらに成形した後、熱処理を施す
等の手順を経てボルトを製造するので、製造工程が複雑になり、その結果、製造コストの増大を招く。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006-336067号公報
【特許文献2】特開2001-348618号公報
【特許文献3】特開2004-116624号公報
【特許文献4】特開2006-37177号公報
【特許文献5】特開2000-17374号公報
【特許文献6】特許4427012号公報
【特許文献7】特公平4-62818号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、従来の技術の問題を解消し、強度の向上と疲労特性の改善を両立させた高疲労強度ボルトを簡便な手段で製造する方
法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、鋼製の高疲労強度ボルトを製造するにあたって、様々な合金元素を添加して成分を調整した鋼素材(いわゆる合金鋼)のみならず、広く流通している汎用の鋼素材(いわゆる炭素鋼)から簡便な手段で高疲労強度ボルトを製造する技術について検討した。そして、鋼(すなわち合金鋼および炭素鋼)製のボルトは、焼入れ焼戻しを施すことによって、その強度を容易に向上できることに着目した。
【0015】
そして、焼入れ焼戻しで強度を高めたボルトの、疲労特性を改善する技術について詳細に研究した。その結果、焼入れ焼戻しの後、時効処理を施すことによって、ボルトの疲労特性を改善できることを見出した。
【0016】
また、ボルトを成形した後に、焼入れ焼戻しおよび時効処理を施すという簡便な手順であるから、適正な条件を設定することによって、合金鋼のみならず炭素鋼においても、強度の向上と疲労特性の改善を両立できることが分かった。
【0017】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
【0018】
すなわち本発明は、所定の形状に成形した
JIS規格のSCM435に相当する組成を有する鋼製のボルトに、800〜950℃から焼入れを施した後に、400〜550℃で30〜120分間保持して焼戻しを施し、さらに20〜300℃で10分〜735日間の保持であり、かつ、時効温度T(℃)と時効時間t(hr)とから下記式(1)で求められるλが 7100<λ<12000を満足する時効処理を施す高疲労強度ボルトの製造方法である。
記
λ=(T+273)×(logt+20) ・・・(1)
本発明の高疲労強度ボルトの製造方法においては、ボルトを800〜950℃に加熱して焼入れを行ない、さらに400〜550℃で30〜120分間保持して焼戻しを行なうことが好ましい。時効処理は、ボルトを20〜300℃で10分〜735日間保持することが好ましい。
【0019】
ここで成形は、ボルトの軸部と頭部をそれぞれ所定の形状とし、さらにねじを設けるための加工を意味する。
【0020】
ただし、ねじの寸法精度向上の観点から、ねじを除く軸部と頭部を成形したボルトに、焼入れおよび焼戻しを施し、次いでねじ転造を行ない、さらに時効処理を施しても良い。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、強度の向上と疲労特性の改善を両立させた高疲労強度ボルトを簡便な手段で製造できるので、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係る高疲労強度ボルトの鋼素材の成分は、
JIS規格のSCM435に相当するものとする。そして、その鋼素材に、熱間圧延、熱間鍛造や焼鈍のための加熱は行なうが、それ以外の熱処理を施すことなく、所定の形状に成形する。つまり、ボルトの軸部と頭部をそれぞれ所定の形状とし、さらに、ねじを設けるための加工を行なう。鋼素材の製造方法およびボルトの成形方法は、特に限定しない。
【0024】
なお以下では、後述する時効処理を施して得られる高疲労強度ボルトと区別するために、時効処理を施す前のボルトを素材ボルトと記す。
【0025】
このようにして得た素材ボルトに、焼入れおよび焼戻しを施す。焼入れは、素材ボルトを800〜950℃に加熱して、水または油を用いて焼入れを行な
う。焼入れに先立つ加熱温度が低すぎると、素材ボルトの強度、ひいては高疲労強度ボルトの強度が十分に向上しない。一方で、加熱温度が高すぎると、素材ボルトが脆化し、その結果、高疲労強度ボルトの疲労特性が十分に改善されない。したがって、焼入れに先立つ加熱温度は800〜950℃
とする。
【0026】
焼入れの冷却速度は、特に限定しないが、
JIS規格のSCM435に相当する組成を有する合金鋼製の素材ボルトには、
油を用いた焼入れ(いわゆる油焼入れ
)が好ましい。その理由は、
水を用いた焼入れ(いわゆる水焼入れ
)では、素材ボルトが脆化するからである。
【0027】
焼戻しは、素材ボルトを400〜550℃で30〜120分間保持す
る。焼戻しの加熱温度が低すぎる、あるいは加熱時間が短かすぎると、素材ボルトが脆化し、その結果、高疲労強度ボルトの疲労特性が十分に改善されない。一方で、加熱温度が高すぎる、あるいは加熱時間が長すぎると、素材ボルトの強度、ひいては高疲労強度ボルトの強度が十分に向上しない。したがって、焼戻しの加熱温度は400〜550℃、加熱時間は30〜120分間
とする。
【0028】
焼入れ焼戻しの後、さらに、素材ボルトに時効処理を施す。
【0029】
あるいは、焼入れ焼戻しの後、素材ボルトにねじを設ける加工を行ない、さらに時効処理を施しても良い。この場合は、素材ボルトの軸部と頭部をそれぞれ所定の形状に成形し、焼入れ焼戻しを施した後、ねじを設ける加工(たとえば、ねじ転造等)を行なう。焼入れ焼戻しを施した後にねじを設けることによって、ねじの寸法精度の向上が期待できる。高温で加工するには、工具、潤滑などの問題を回避するために、室温で行なうことが好ましい。焼入れ焼戻しを、上記した適正な条件で行なうことによって、
JIS規格のSCM435に相当する組成を有する合金鋼であっても、ねじ転造等で用いる工具の寿命短縮や取換え頻度上昇を防止でき、その結果、高疲労強度ボルトの製造コストの増大を抑制できる。
【0030】
また、焼入れ焼戻しの後にねじを設け、次いで時効処理を施すことによって、大きな圧縮残留応力を付与できるので、高疲労強度ボルトの強度向上(すなわち寿命延長)の効果が得られる。
【0031】
時効処理は、素材ボルトを20〜300℃で10分〜735日間保持することが好ましい。時効処理の保持温度が低すぎる、あるいは保持時間が短かすぎると、素材ボルトの強度、ひいては高疲労強度ボルトの疲労強度が十分に向上しない。一方で、保持温度が高すぎる、あるいは保持時間が長すぎると、素材ボルトが脆化し、その結果、高疲労強度ボルトの疲労特性が十分に改善されない。したがって、時効処理の保持温度は20〜300℃、保持時間は10分〜735日間が好ましい。そして、時効温度T(℃)と時効時間t(hr)とから上記式(1)で求められるλが 7100<λ<12000を満足するように時効温度Tと時効時間tとが調整されている必要がある。λが7100以下では、ボルトの疲労強度が十分に向上せず、逆にλが12000以上になるとボルトが脆化して、疲労特性が十分に改善されない。
【実施例】
【0032】
<実施例1>
JIS規格SCM435相当の鋼材からM16×130ボルトの軸部と頭部を成形し、さらにねじ転造を行なってねじを設けて素材ボルトとし、その素材ボルトを860℃に加熱して焼入れを行ない、さらに、460℃で110分間保持して焼戻しを行なった。その後、表1に示す条件で、素材ボルトに時効処理を施した。なお焼入れは、油焼入れを行なった。
【0033】
【表1】
【0034】
時効処理によって得られた高疲労強度ボルトの疲労寿命、ねじ谷の硬さ、ねじ谷の残留応力を測定した。その結果を表1に併せて示す。
【0035】
ねじ谷の硬さ(HV)は、高疲労強度ボルトの断面を研磨し、ねじの谷底から0.05mmの深さの硬さを、マイクロビッカース硬さ計で測定した。
【0036】
ねじ谷の残留応力(MPa)は、ねじの谷底表面の応力を、X線残留応力測定装置で測定した。表1中の記号−は、圧縮応力を示す。
【0037】
高疲労強度ボルトの疲労寿命(繰返し回数)は、規格強度の70%(735MPa)を負荷応力とし、応力振幅を90MPaとして、引張圧縮型疲労試験機で引張りと圧縮を繰返し付与して、高疲労強度ボルトの疲労限度の繰返し回数を測定した。
【0038】
表1から明らかなように、比較例1は、時効処理の保持温度が300℃を超えるので、残留応力が低下し、その結果、疲労強度が劣化した。
【0039】
従来例1は、時効処理を施していないので、疲労強度が発明例1〜5よりも劣る。
【0040】
<実施例2>
JIS規格SCM435相当の鋼材からM16×130ボルトの軸部と頭部を成形して素材ボルトとし、その素材ボルトを860℃に加熱して焼入れを行ない、さらに、460℃で110分間保持して焼戻しを行ない、次いで、ねじ転造を行なって、ねじを設けた。その後、表2に示す条件で、素材ボルトに時効処理を施した。なお焼入れは、油焼入れを行なった。
【0041】
【表2】
【0042】
時効処理によって得られた高疲労強度ボルトの疲労寿命、ねじ谷の硬さ、ねじ谷の残留応力を測定した。その結果を表2に併せて示す。
【0043】
ねじ谷の硬さ(HV)は、高疲労強度ボルトの断面を研磨し、ねじの谷底から0.05mmの深さの硬さを、マイクロビッカース硬さ計で測定した。
【0044】
ねじ谷の残留応力(MPa)は、ねじの谷底表面の応力を、X線残留応力測定装置で測定した。表2中の記号−は、圧縮応力を示す。
【0045】
高疲労強度ボルトの疲労寿命(繰返し回数)は、規格強度の70%(735MPa)を負荷応力とし、応力振幅を90MPaとして、引張圧縮型疲労試験機で引張りと圧縮を繰返し付与して、高疲労強度ボルトの疲労限度の繰返し回数を測定した。
【0046】
表2から明らかなように、比較例2は、時効処理の保持温度が300℃を超えるので、残留応力が低下し、その結果、疲労強度が劣化した。
【0047】
従来例2は、時効処理を施していないので、疲労強度が発明例6〜8よりも劣る。