特許第6185441号(P6185441)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6185441
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】圧電単結晶及び圧電単結晶素子
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/30 20060101AFI20170814BHJP
   C30B 11/14 20060101ALI20170814BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   C30B29/30 A
   C30B11/14
   H01L41/187
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-194179(P2014-194179)
(22)【出願日】2014年9月24日
(65)【公開番号】特開2016-64948(P2016-64948A)
(43)【公開日】2016年4月28日
【審査請求日】2016年10月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000200301
【氏名又は名称】JFEミネラル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】松下 三芳
(72)【発明者】
【氏名】中村 啓一郎
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−510898(JP,A)
【文献】 特開2006−156976(JP,A)
【文献】 特開2005−139064(JP,A)
【文献】 特表2014−500614(JP,A)
【文献】 特開2011−029274(JP,A)
【文献】 特開2007−112069(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0145571(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/30
C30B 11/14
H01L 41/187
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複合ペロブスカイト構造を有し、Pb(Mg1/3Nb2/3)O3(以下「PMN」と略記する。)、Pb(In1/2Nb1/2)O3(以下、「PIN」と略記する。)、PbTiO3(以下、「PT」と略記する。)、及びPb(Mn1/3Nb2/3)O3(以下、「PMnN」と略記する。)からなる組成を有する圧電単結晶であって、
該組成は、xPMN + yPIN + zPT + wPMnN(ただし、x、y、z及びwはそれぞれPMN、PIN、PT及びPMnNのモル組成比を示す。)において、
x + y + z + w = 1
0 ≦ y < 0.37
0.23 ≦ z < 0.34
0.01 ≦ w ≦ 0.08
の関係を有することを特徴とする圧電単結晶。
【請求項2】
前記組成において、鉛(Pb)の0.01〜5 mol%が、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)から選択された少なくとも1つの元素で化学量論的組成を保ちつつ置換されている、請求項1に記載の圧電単結晶。
【請求項3】
前記組成において、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)及びニオブ(Nb)のうち、その合計の0.01〜5 mol%が、スカンジウム(Sc)、鉄(Fe)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)及びタンタル(Ta)から選択された少なくとも1つの元素で化学量論的組成を保ちつつ置換されている、請求項1又は2に記載の圧電単結晶。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の圧電単結晶から作製されたことを特徴とする圧電単結晶素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合ペロブスカイト構造を有する圧電単結晶及び該圧電単結晶から作製された圧電単結晶素子に関する。
【背景技術】
【0002】
実用的な圧電材料としては、例えば、ジルコン酸鉛(PbZrO3)とチタン酸鉛(PbTiO3)の固溶体であるジルコン・チタン酸(PbZrXTi(1-X)O3 ( X≒0.5)、以下、「PZT」と略記する。)が知られている。該圧電材料は、現在まで、実用サイズの単結晶育成が困難であることから、多結晶焼結体(セラミックス)として使用されている。
【0003】
一方、Pb(B1, B2)O3の組成式で示されるリラクサーとPbTiO3の組成式で示されるチタン酸鉛とからなり、複合ペロブスカイト構造を有する固溶体型圧電材料(リラクサー・チタン酸鉛固溶体単結晶)は、実用に適したサイズ(例えば1cm2)以上の断面積を持つ板状の圧電単結晶素子を切出すことのできる大きさの単結晶を育成することが可能である。なお、この固溶体単結晶の例として、マグネシウムニオブ酸鉛(Pb(Mg1/3Nb2/3)O3)(以下「PMN」と略記する。)とチタン酸鉛(PbTiO3)(以下、「PT」と略記する。)との固溶体(以下、「PMN-PT」と略記する。「PMNT」と称されることもある。)が挙げられる。
【0004】
図1にペロブスカイト構造の模式図を示す。立方体の8つの角(以下、「Aサイト」と称する。)には、(+2価)のイオンが位置する。Aサイトの代表的イオンとして、Pb2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+がある。立方体の6つの面の中央に(−2価)のO2-が位置する。立方体の体心位置(以下、「Bサイト」と称する。)には、電気的均衡を保つために(+4価)のイオン又はイオンの組み合わせが位置する。代表的なイオンとしてはTi4+が、イオンの組み合わせとしては、(2/3Nb5+ + 1/3Mg2+)、(1/2Nb5+ + 1/2In3+)などがある。これらのイオンの組み合わせは、リラクサーを構成する組み合わせでもある。
【0005】
PMN-PT固溶体単結晶は菱面晶組成範囲で、電気機械結合係数がPZT多結晶焼結体より優れた特性を示す分極方向・振動結晶方位がある。一例を挙げると、菱面晶構造を立方晶とみなし、c軸方向をZ軸即ち[001]としたとき、[001]方向に分極したときの[001]方向の電気機械結合係数(k33)は約90%である。これは、同形状のPZT多結晶焼結体の電気機械結合係数が約70%であることに比較すると、電気的エネルギーを機械的エネルギー(振動のエネルギー)に変換する効率(電気機械結合係数の2乗に比例する値として定義される)が約1.65倍であることを示す。この特性優位から、PMN-PTは医用超音波診断プローブの振動子材料として実用化されている。尚、立方晶においては、直交座標のX軸、Y軸、Z軸に相当する方向は等価な方向であるため、X、Y、Z軸の正負の方向に対応する6つの方向を今後<100>方向として同等に扱う。
【0006】
しかし、圧電材料の特性のひとつである抗電界(Ec)に関しては、PZT多結晶焼結体が5kV/cm超えであるのに対し、<100>方向に分極されたPMN-PT単結晶素子では約2〜2.5kV/cmであることが知られている。抗電界(Ec)とは、圧電材料において、あらかじめ付与された分極方向が、反転する(分極反転)外部印加電界強度を示す。従って、抗電界(Ec)が低いということは、外部交流電界を印加した場合に低電界強度で圧電性の劣化が起こるということである。つまり、PMN-PT単結晶から作製された圧電素子では、電界強度に相関する高強度の超音波の発生は困難であることを示している。
【0007】
特許文献1では、この問題を解決するために、PMN-PTのようなリラクサー・チタン酸鉛に第3成分として、更にインジウムニオブ酸鉛(Pb(In1/2Nb1/2)O3)(以下、「PIN」と略記する。)を追加した全率固溶体圧電単結晶(以下、「PMN-PIN-PT」と略記する。)が提案され、その特性が評価されている。
【0008】
PMN-PIN-PT単結晶では、PMN-PT単結晶に比較して、電気機械結合係数(k33)は若干低下するものの、PZT多結晶焼結体の電気機械結合係数(約70%)より大きな値を示す。一方、抗電界(Ec)に関しては、<100>方向に分極されたPMN-PIN-PT単結晶素子では、約3.5〜4 kV/cmと、前述の<100>方向に分極されたPMN-PT単結晶素子より大きい値を示すものの、PZT多結晶焼結体の抗電界(Ec)に比較してやや低い値にとどまっている。さらに、この場合のPINは、>22 mol%とされており、PINによる置換が<22 mol%の場合は、その置換割合に応じて、PINを含まないPMN-PTの抗電界(Ec)である、約2kV/cmから3.5kV/cmの値をとることになる。
【0009】
医用超音波診断プローブ以外の超音波探傷子や音響探索子(ソナー)などのデバイスにおいては、高電界印加による広範囲探索機能が要求される。このためには、少なくとも上記PMN-PIN- PT単結晶素子と同等以上の抗電界(Ec)を持つ圧電単結晶材料であることが必要である。一方、より高い抗電界(Ec)を持つPZT多結晶焼結体(以下、PZTセラミックスと略記)では、前述のように電気機械結合係数(k33)が約70%であるため、エネルギー変換効率はPMN-PTのようなリラクサー・チタン酸鉛の約60%以下であり、高電界印加による素子機能の有効性向上は限定的な効果しか持たない。
【0010】
ここで、抗電界(Ec)をPMN-PT又はPMN-PIN-PT単結晶の値より向上させる方法として、該組成にMnイオン(+2価)を添加又は置換する方法が提案されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005-139064号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Shujin Zhang & Fei Li, 「High performance ferroelectric relaxor-PbTiO3 single crystals : Status and perspective」(Review) J. Appl. Phys. 111, 031301 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
非特許文献1に示される方法では、Mnイオン(+2価)の具体的な添加又は置換方法には言及されていないが、具体的には以下の2つの方法を包含していると考えられる。
【0014】
第1は、PZTセラミックスの場合のように化学量論的組成のPMN-PT又はPMN-PIN-PTに更に過剰なMnを添加する方法である。具体的な製造方法としては、化学量論的組成を満たすよう調合された固溶体原料を融解し単結晶を育成する際に、Mnイオンを供給するために、MnO, Mn3O4などのMn酸化物を化学量論的組成と相関することなく、添加する。この方法は、従来から圧電多結晶焼結体においても特性向上のために使われている方法である。例えば、PZTセラミックスの化学量論的組成物に少量のMnイオンを更に添加することで、ハードセラミックス化する技術が実用化されている。この場合、PZTセラミックスは多結晶であるから、化学量論的組成より過剰になるMnイオンは、結晶格子内の他のBサイトイオンとの置換及び格子間位置への収納の他、置換された他のBサイトイオンを含めて、結晶微粒子(グレイン)の粒界に偏析することが可能であるため、PZT微粒子の結晶構造を変化させることはないと考えられている。これに対し、化学量論的組成のPMN-PT又はPMN-PIN-PT原料に更にMnを添加して単結晶の育成を試みた場合、Mnを含む過剰なBサイトイオンは、一部Bサイトイオン間の置換を起こす以外は、結晶粒界が存在しないため、多量の格子間イオンとなる。これら過剰な格子間イオンは、ペロブスカイト構造以外の異相発生の原因となり、単結晶性の維持を困難にする。また、抗電界(Ec)などの特性劣化や、利用可能な単結晶部分の減少による収率低下の原因ともなる。
【0015】
第2は、Bサイトイオンに関しては化学量論的組成を維持しつつ、マンガン(Mn)と鉛(Pb)からなる酸化物を導入して、意図的に酸素欠陥と欠陥双極子を形成することで、結果的に抗電界(Ec)を高くする方法である。具体的には、固溶体原料の一部を、PbO, Pb3O4及びMnO, Mn3O4などから作成した、化学式に換算してPbMnO2に相当する鉛(Pb)マンガン(Mn)酸化物で置換する。これにより、ペロブスカイト単位格子中に、酸素欠陥(VO2-)(+2価)とMnイオンの電荷不足分(−2価)から成る欠陥双極子が形成される。その結果、固溶体内部に分極方向と反対方向に内部バイアス電界が形成され、分極反転電界強度(抗電界(Ec)に相当する)が増加する。例えば、PMN-PTの場合、下記の反応式に示されるように、化学量論的組成のPMN-PT原料のy mol%を酸素数の少ない化合物 PbMnO2で置換する。
(1 - y)[(1 - x)Pb(Mg1/3Nb2/3)O3 + xPbTiO3] + yPbMnO2
Pb[[(Mg1/3Nb2/3)(1-x)Tix](1-y) + Mny]O(3-y) + yVO2-
このように y mol%の酸素欠陥、即ち、欠陥双極子が生成する。
【0016】
非特許文献1には、第2の方法によって得られた圧電素子において、6kV/cmの抗電界(Ec)が得られることが記載されている。しかし、酸素欠陥及び欠陥双極子を持つ圧電単結晶には、以下の問題点がある。
【0017】
すなわち、この方法では、酸素欠陥の制御が困難であるため、単結晶中に多くの気泡(ボイド)を発生する。その結果、育成された単結晶の一部しか実用に供せず、歩留まりが低く、すなわち圧電単結晶素子が高コストになる。また、ボイド発生は、意図的に導入された酸素欠陥が視認可能又は目視では確認できないミクロなサイズで単結晶中に不均一に分布することを意味する。このような構造を有する単結晶から切出し、分極によって圧電性を付与する工程を経て作製される圧電単結晶素子では、酸素欠陥の分布及びそれに伴って発生するペロブスカイト構造の不均一性によって、圧電特性が不均一となり、圧電特性の制御が困難となる。
【0018】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、気泡による結晶性の悪化を抑制しつつ、<100>方向の抗電界(Ec)が4kV/cm以上である圧電単結晶、及び該圧電単結晶から作製された圧電単結晶素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、PMN-PTとPMN-PIN-PTがともに電荷平衡を維持した全率固溶体でありながら、抗電界(Ec)が異なることの原因は以下のようなメカニズムであることを発見した。
【0020】
1)抗電界(Ec)は、分極方向と逆方向の外部電界印加によって、分極時に形成されているドメインの分極方向が徐々に外部電界の方向に反転していくことにより、最終的には素子全体が、分極反転する外部印加電界である。
【0021】
2)PMN-PT及びPMN-PIN-PT圧電単結晶は、リラクサー及びPTの固溶体を形成し、各構成リラクサー(PMN、PIN)及び強誘電体PT中のMg, Nb, In, Tiは、ペロブスカイト構造の体心位置(Bサイト)にその構成比率に従って収納されており、鉛(Pb)及び酸素(O)を含めて化学量論的組成を満足しているため、ペロブスカイト格子中に電荷の不均衡は発生しない。電荷の不均衡がないことから、後述のように電荷均衡を保つために発生する酸素欠陥及び欠陥双極子は存在していないと考えられる。
【0022】
3)これら2つのことから、PMN-PTとPMN-PIN-PT単結晶における抗電界(Ec)の差は、体心位置にある構成元素、特に、MgとInのイオン半径の相違に起因するドメイン移動に対するピンニング効果の差に帰せられるものと考えられる。ちなみに、SchannonとPrewitt(1969, 1970)及びSchannon(1976)によると、電荷均衡下でのペロブスカイト体心位置収納条件を満たすMg(+2価)のイオン半径は0.072nm、In(+3価)のイオン半径は 0.080nmであり、約10%の差がある。PMN-PT及びPMN-PIN-PTの立方晶としての格子定数がa ≒ 0.4nmであることを考慮すると、このイオン半径の差はピンニング効果の相違を発現させるに十分な差である。
【0023】
さらに鋭意研究を重ねた結果、PMN-PT又はPMN-PIN -PTのMg(+2価)又はIn(+3価)イオンを、In(+3価)より大きなイオン半径 0.083nmのMn(+2価)イオンを体心位置に持つリラクサー(Pb(Mn1/3Nb2/3)O3)(以下「PMnN」と略記する)で、化学量論的組成を保ちつつ置換することにより、抗電界(Ec)の更なる向上が可能であることを見出した。この場合、圧電単結晶が全体として化学量論的組成を満たすことにより、同時に電荷平衡も満たしており、安定的なペロブスカイト構造が維持される。このように、酸素欠陥の意図的な導入は行われないため、酸素欠陥に起因するボイドは発生しない。
【0024】
上記知見に基づいて完成された本発明の要旨構成は以下のとおりである。
(1)複合ペロブスカイト構造を有し、PMN、PIN、PT、及びPMnNからなる圧電単結晶(以下、「PMN-PIN-PMnN-PT」と略記する。)であって、
該組成は、xPMN + yPIN + zPT + wPMnN(ただし、x、y、z及びwはそれぞれPMN、PIN、PT及びPMnNのモル組成比を示す。)において、
x + y + z + w = 1
0 ≦ y < 0.37
0.23 ≦ z < 0.34
0.01 ≦ w ≦ 0.08
の関係を有することを特徴とする圧電単結晶。
【0025】
(2)前記組成において、鉛(Pb)の0.01〜5 mol%が、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)から選択された少なくとも1つの元素で化学量論的組成を保ちつつ置換されている、上記(1)記載の圧電単結晶。
【0026】
(3)前記組成において、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)及びニオブ(Nb)のうち、その合計の0.01〜5 mol%が、スカンジウム(Sc)、鉄(Fe)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)及びタンタル(Ta)から選択された少なくとも1つの元素で化学量論的組成を保ちつつ置換されている、上記(1)又は(2)に記載の圧電単結晶。
【0027】
(4)上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の圧電単結晶から作製されたことを特徴とする圧電単結晶素子。
【発明の効果】
【0028】
本発明の圧電単結晶では、気泡による結晶性の悪化を抑制しつつ、<100>方向の抗電界(Ec)が4kV/cm以上を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】ペロブスカイト構造の単位格子を示す模式図である。
図2】PMN-PIN-PMnN-PT単結晶(仕込み組成;PMN/PIN/PMnN/PT = 0.37/0.26/0.03/0.34)成長方向における各成分の濃度変化を、実効偏析係数(keff)を用いて計算したグラフである。
図3図2に示す単結晶から作製されたPMN-PIN-PMnN-PT圧電単結晶素子の抗電界(Ec)のPT濃度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の一実施形態による圧電単結晶は、複合ペロブスカイト構造を有し、PMN、PIN、PT、及びPMnNからなる組成を有する固溶体単結晶であり、該組成は、xPMN + yPIN + zPT + wPMnNにおいて、
x + y + z + w = 1
0 ≦ y < 0.37
0.23 ≦ z < 0.34
0.01 ≦ w ≦ 0.08
x 残余
の関係を有する。
【0031】
この圧電単結晶において、リラクサーであるPMN、PIN及びPMnNと、強誘電体であるPTとは、化学量論的組成及び電荷均衡性を保った固溶体を形成する。すなわち、意図的に酸素欠陥やそれに起因する欠陥双極子を単結晶内に生成しないため、気泡の発生及びそれに起因する結晶性の悪化を抑制できる。このように、本発明では熱平衡状態を超えて(すなわち意図的に)空孔を導入しない。そのため、この圧電単結晶から、低コストで圧電特性の制御性の良い圧電素子を製造できる。また、この圧電単結晶は、<100>方向の抗電界Ec ≧ 4 kV/cmを実現できる。
【0032】
0 ≦ y < 0.37
yが0.37以上の場合、固溶体単結晶が立方晶から正方晶に相転移することで、90°で交差するc軸([001]軸)を持つ小結晶領域が連結した多結晶化が生じるため、好ましくない。そのため本実施形態では、0 ≦ y < 0.37とした。尚、y = 0 の場合、上記関係式よりPMN、PMnN、PTから成る単結晶(以下、「PMN-PMnN-PT」と略記する。)となる。
【0033】
0.23 ≦ z < 0.34
zが0.23未満の場合、抗電界Ec<4kV/cmのため好ましくない。また、zが0.34以上の場合、PINと同様、固溶体単結晶が立方晶から正方晶に相転移することで、90°で交差するc軸([001]軸)を持つ小結晶領域が連結した多結晶化が生じるため好ましくない。そのため本実施形態では、0.23 ≦ z < 0.34とした。
【0034】
0.01 ≦ w ≦ 0.08
wが0.01未満の場合、抗電界(Ec)向上の効果が小さく、Ec<4kV/cmのため好ましくない。また、wが0.08超えの場合、固溶体単結晶の格子歪が大きくなるため、育成時に互いに方位相関のない数個の大きな領域を持つ多結晶が発生しやすく、単結晶育成が困難であるため好ましくない。そのため本実施形態では、0.01 ≦ w ≦ 0.08とした。
【0035】
x:残余(1-y-z-w)
y、z及びwが上記の範囲において、xは残余とする。
【0036】
本実施形態の圧電単結晶の製造方法の一例を説明する。まず、鉛(Pb)、チタン(Ti)を除く固溶体の構成元素を含む酸化物、例えば、In2O3、Nb2O5、MgO、MnOなどから選択した原料を秤量し、該固溶体の前駆体となる酸化物化合物MgNb2O6、MnNb2O6、In2Nb2O8の化学量論的組成になるように湿式又は乾式混合した後、焼成し焼結体を作製する。これら焼結体を解砕し、PbO又はPb3O4、及びTiO2と混合した後、成型する。これら成型物を更に焼成し、目標の化学量論的組成の焼結体原料を作成する。該焼結体原料を白金るつぼ中に充填し、一回仕込みブリッジマン法で単結晶を育成する。
【0037】
圧電単結晶を育成する方法としては、一般に、ブリッジマン法、チョクラルスキー法、フラックス法、固相成長法などがある。単結晶原料の充填方法として、一回仕込み法、原料連続供給法などがある。本発明において、単結晶育成方法及び単結晶原料の充填方法は限定されない。
【0038】
圧電単結晶素子の製造方法の一例は以下のとおりである。育成された圧電単結晶インゴットの結晶方位を背面ラウエ法により概ね決定した後、単結晶インゴット表面部を研削して、オリエンテーションフラット(OF)面と呼ばれる結晶面方位基準面を形成する。OF研削面の結晶方位は、OF研削時にX線方位測定機により更に精密に決定される。OF研削後の単結晶インゴットからワイヤーソーなどの切断装置によって、所定の結晶方位を持つ円形又は楕円形の板材を切り出す。
【0039】
各構成元素の組成比は、該円形又は楕円形の板材を、更にダイシングソーなどの精密切断装置によって約15×15mmの形状に切断した後、切断片を蛍光X線分析(XRF)し、各元素の蛍光X線強度を組成検量線試料の蛍光X線強度から作成した検量線と比較することにより決定する。各構成元素の濃度に基づいて、該切断片におけるPMN、PIN、PT、及びPMnNそれぞれのモル組成比x、y、z及びwを決定することができる。結晶成長方向に対して複数の切断片を分析することで、後述の図2のような、結晶成長方向における各構成元素の濃度分布、さらには組成比x、y、z及びwの分布を得ることができる。
【0040】
誘電・圧電特性測定の一例は以下のとおりである。まず、上記切断片にラッピングなどの精密研磨をして、平坦性と表面粗度を向上させる。その後、スパッタ法により、切断片表面にNiCr/Au 2層電極を各々50nm/400nm厚みに形成し、室温で直流電界1.2kV/mmを30分間印加する。この処理により、該切断片は圧電性を付与された圧電単結晶素子となる。
【0041】
誘電・圧電特性は、分極後24時間以上経過後、LFインピーダンスアナライザーや、インピーダンス/ゲイン−フェイズアナライザーで測定される。測定時の温度は、20〜25℃が好ましい。誘電・圧電特性測定の例として、比誘電率(εr)は、1V、1kHzの外部交流電場を印加したときの測定試料の静電容量(C)、試料上の電極面積(S)、試料厚み(d)としたとき、εr = (Cd / S)/ε0(ε0は真空の誘電率)で与えられる。また、電気機械結合係数(k33)は、反共振周波数(fa)の1.5倍の周波数(1.5×fa)での比誘電率(ε1.5fa)と1kHzでの比誘電率(εr)を用いて、公知の数式 k33 = √(1 −( ε1.5fa/εr))により計算される。圧電歪定数(d)は、d33メータによる直接測定、又は、比誘電率や弾性定数などの材料定数間の関係式を用いて計算される。
【0042】
また、抗電界(Ec)は、ソーヤー・タワー法などの一般的に普及した測定法を用いて測定される。一例としては、両面に電極を形成した未分極試料に、正負の分極(P)が飽和する以上の交流電界(Emax)を印加し、分極が反転する正負の外部電界値(Ec+、Ec-)を測定して、その平均値(Ec = ( Ec+ + Ec-)/2)から求める。印加交流電界(E)の周波数は0.5〜数10Hzが用いられる。測定温度は、20〜25℃が好ましい。
【0043】
圧電単結晶の比誘電率(εr)、圧電歪定数(d)などの誘電・圧電特性の調整のためには、Pbの0.01〜5 mol%をCa、Sr、及びBaから選択された少なくとも1つの元素で置換することが好ましい。この元素置換は、図1に示すペロブスカイト構造の単位格子のAサイトイオンを置換することに対応する。これらの元素は、(+2価)のイオンとなるため、電気的均衡を破ることなく置換することが可能である。置換量が0.01mol%未満の場合は、上記材料置換による効果を十分に得ることができず、5mol%を超える場合は、格子歪が増加するため、異相であるパイロクロア相の生成や、育成インゴットの多結晶化の原因となる。
【0044】
機械的品質係数(Qm)の調整のためには、Bサイト元素であるMg、In、Ti、Mn及びNbのうち、その合計の0.01〜5 mol%をSc、Fe、Cr、Ni、Co及びTaから選択された少なくとも1つの元素で置換することが好ましい。これらの元素は、リラクサーであるPb(B1, B2)O3を形成することから、電気的均衡を保ったままMg、In、Ti、Mn及びNbなどの元素から成るBサイトイオンの1又は複数成分と置換することが可能である。ここで、B1は、Sc、Fe、Cr、Ni及びCoから選択された少なくとも1つの元素であり、B2は、Nb、Taから選択された少なくとも1つの元素を示す。これらの元素によるBサイト元素の置換により誘電・圧電特性の調整が可能であることは、PZT多結晶焼結体においてもこれらの元素が誘電・圧電特性の調整に使用されていることからも明らかである。しかし、PZT多結晶焼結体との相違は、圧電単結晶においてはPZT多結晶焼結体中のPZT粒子間の粒子境界(グレインバウンダリー)に相当する構造が存在しないため、置換する元素から生成されるイオンが、粒子境界に高濃度で存在することができず、単位格子中のBサイトイオンを置換することで単結晶中に固溶されることである。置換量が0.01mol%未満の場合は、上記材料置換による効果を十分に得ることができず、5mol%を超える量の置換は、インゴットの多結晶化を生じるおそれがあるため、単結晶育成が困難である。
【0045】
ここで、Aサイトイオンの置換は、固溶体原料時にチタン酸鉛(PbTiO3)の相当量をCaTiO3、SrTiO3、BaTiO3により、化学量論的組成を満たす条件下で置換することにより行う。例えば、Caによる a mol%の置換の場合、PbO、CaO、TiO2間の混合比率を(Pb1-a, Caa)TiO3となるように化学量論的組成を満たす置換を行う。この場合、CaOの代わりにCaCO3を用いても良い。一方、Bサイトイオンの置換は、これらの元素と鉛(Pb)から成るリラクサーをPMN、PIN、PMnN、PTと化学量論的組成を満足するように混合、焼結した固溶体原料を作製することにより行う。
【実施例】
【0046】
(実施例1)
PMN/PIN/PMnN/PT = 0.37/0.26/0.03/0.34 固溶体単結晶を作成するために、まず前駆体の原料となるMgO、In2O3、MnOとNb2O5を前駆体が化学量論的組成になるような割合で秤量後、湿式混合し、MgNb2O6、MnNb2O6、In2Nb2O8 などの前駆体を焼成炉で大気中焼成にて作製した後、解砕した。これら前駆体とPbO及びTiO2とを、PMN/PIN/PMnN/PT = 0.37/0.26/0.03/0.34となるよう湿式混合し、乾燥後プレス成型した。次いで、これら成型体を再び焼成炉中で大気中焼結することで、目標の固溶体組成の固体原料(ペレット)を作製した。該ペレットを白金るつぼに充填し、<110>方位PMN-PT単結晶を種結晶として、一回仕込みブリッジマン法で固溶体単結晶を育成した。育成された固溶体単結晶はMnを含むため黒色であり、結晶質量は約4,300g、有効長は約95mmであった。
【0047】
育成されたPMN-PIN-PMnN-PT単結晶の成長方向に対する、PMN、PIN、PT、PMnN各成分の濃度変化を、図2に示す。横軸は固化率(仕込み重量に対する凝固重量の比)、縦軸はX線蛍光分析法(XRF)による各元素の蛍光X線強度から算定した濃度(mol%)を示す。PMnNの濃度は、図示を容易にするため、20倍した値を示した。該固溶体単結晶中の各成分の組成比は、固化率0〜95%の範囲で、PMN:45.2〜27.6 mol%、PIN:26.7〜24.7 mol%、PMnN:1.6〜6.4 mol%、PT:28.1〜47.4 mol%であった。
【0048】
一回仕込ブリッジマン法の場合、育成された単結晶中の各成分の濃度は、各成分の実効偏析係数(keff)に従って、インゴットの初期凝固点から育成方向に分布する。PT及びPMnNはkeff < 1であるため、凝固が進むにつれて融液中の該成分の濃度が漸増する。そのため、固化率が高くなるほど、固相中の該成分の濃度も増加する。また、PMNはkeff > 1であるため、逆に、固化率が高くなるほど、固相中の該成分の濃度は減少する。さらに、PINはkeff ≒ 1であるため、融液中と固相(単結晶)中の成分濃度はほぼ等しい。そのため、PIN濃度の固化率に対する依存度は小さいことがわかる。
【0049】
圧電単結晶素子を作成する工程は、以下のとおりである。すなわち、育成された圧電単結晶インゴットの結晶方位を背面ラウエ法及びX線方位測定機により精密に決定した。単結晶インゴット表面部を研削して、OF面を形成した後、ワイヤーソーなどの切断装置によって、{100}面の結晶方位を持つ厚さ1.2mmの円形又は楕円形の板材を切り出した。該円形又は楕円形の板材を、更にダイシングソーよって6面{100}結晶方位を持つ13×14×1mmに切断した板状単結晶試料を蛍光X線分析(XRF)で分析し、該単結晶試料のPMN、PIN、PT、及びPMnNそれぞれのモル組成比x、y、z及びwを決定した。結晶成長方向に対して複数の切断片を分析することで、結晶成長方向における各構成元素の濃度分布、さらには組成比x、y、z及びwの分布を得た。次に該13×14×1.1mm試料を両面ラッピング研磨し、厚み1.0mmとした後、スパッタ法により、NiCr/Au 2層電極を各々50nm/400nm厚みに形成し、室温で直流電界1.2kV/mmを30分間印加することで、該13×14×1.0mm試料に圧電性を付与した。次に、再びダイシングソーにて該13×14×1.0mm試料から6面{100}を持つ4×4×1.0mmを切り出して、本実施例に用いた圧電単結晶素子を得た。該圧電単結晶素子に気泡は観察されなかった。
【0050】
該6面{100}を持つ4×4×1.0mmの圧電単結晶素子を用いて、既述の方法で、<100>方向の抗電界(Ec)を測定した。本実施例1に示す単結晶から作製された圧電単結晶素子の抗電界(Ec)のPT組成依存性を図3に示す。図3からは、抗電界(Ec)は、PT組成比 28.3〜31mol%では、約5 kV/cmであったが、31mol%から固溶体単結晶の晶系が立方晶から正方晶へ転移するPT組成である約34mol%に向けて、PT組成に対し漸増する傾向が見られた。該PMN-PIN-PMnN-PT単結晶においては、PMnNを含まないPMN-PT、PMN-PIN-PTに対し、同等又はそれ以上の抗電界(Ec)が得られた。
【0051】
(実施例2)
実施例1では、詳細を記述したが、本発明で規定する組成範囲の妥当性を検証するために、PIN、PMnN、PTの仕込み組成について以下の各成分のmol%の組み合わせから、検証に十分な組み合わせを選択した。選択された組成は、
PIN: 0.0、1.0、10.0、26.0、35.0、38.5 mol%
PMnN: 1.0、3.0、5.0、8.0 mol%
PT: 27.3、34.0 mol%
である。そして、実施例1と同様の一回仕込み育成を行い、同様な方法を用いて圧電単結晶素子の作成及び抗電界(Ec)を測定した。図2に示した傾向を参照して、単結晶の適切な部位を選択して、本発明の組成(発明例)及び本発明を逸脱する組成(比較例)の評価を行った。各成分の組成と抗電界(Ec)及び結晶性の評価を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1から明らかなように、xPMN + yPIN + zPT + wPMnN(ただし、x + y + z + w = 1)において、0 ≦ y < 0.37、0.23 ≦ z < 0.34、かつ、0.01 ≦ w ≦ 0.08の関係を満足する場合、気泡のない固溶体単結晶の育成が可能であり、該固溶体単結晶から作製された圧電素子において、<100>方向の抗電界Ec ≧ 4 kV/cmを実現できた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の圧電単結晶では、気泡による結晶性の悪化を抑制しつつ、<100>方向の抗電界(Ec)が4kV/cm以上を実現できる。よって、本発明の圧電単結晶及び該圧電単結晶から作製した圧電単結晶素子は、高電界印加による広範囲探索機能を要求される超音波探傷子や音響探索子(ソナー)などのデバイスの特性向上の要求に対応できる。
図1
図2
図3