【課題を解決するための手段】
【0007】
したがって、本発明の目的は、公知のヒドロゲル調合物の欠点を回避すること、特に、取扱が容易で、再現性の高い組成を有するヒドロゲルの製造を可能にするヒドロゲル前駆体調合物を提供することである。この目的は、請求項1に係るヒドロゲル前駆体によって達成される。
【0008】
本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物は、少なくとも1つの構造化合物および少なくとも1つのリンカー化合物を含む。構造化合物およびリンカー化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって重合可能である。ヒドロゲル前駆体調合物は、未反応粉末の形態である。
【0009】
当該調合物は、粉末を好ましくは緩衝液中に再懸濁するだけでゲル化反応を開始することができるという利点を有する。異なる成分を混合する必要がないため、少なくとも1つの構造化合物と少なくとも1つのリンカー化合物の比率を誤る可能性が大幅に減少する。このため、これらのヒドロゲル前駆体から製造するヒドロゲルの再現性が高まる。また、本発明のヒドロゲル前駆体は取扱が簡単である。
【0010】
本発明のヒドロゲル前駆体調合物は、粉末状である。粉末は、任意のサイズおよび形状の粒子を含み得る。または、粉末はプレス加工した錠剤または丸剤として提供されてもよい。最も好ましくは、粉末は、たとえば容器の底に、安定した
コンパクトケーキの形態で提供される。
【0011】
粉末は未反応であり、つまり、少なくとも1つの構造化合物のほとんどが、少なくとも1つのリンカー化合物と選択的反応によって反応していない。化合物の好ましくは70%を超える、より好ましくは85%を超える、最も好ましくは95%を超える部分が、選択的反応を起こしていない。
【0012】
選択的反応は、求核付加による求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との反応である。このような反応は、マイケル型付加反応としても公知である。
【0013】
構造化合物は少なくとも3つの官能性を有するが、最も好ましくは、構造化合物は4つ以上の官能性を有する。「官能性」とは、分子上の反応部位の数を意味する。
【0014】
構造化合物は好ましくは、多量体、重合体、生合成もしくは天然のタンパク質もしくはペプチド、および多糖類からなるグループから選択される。好ましくは、構造化合物はポリ(エチレングリコール)、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(エチレン−コ−ビニルアルコール)、ポリ(アクリル酸)、ポリ(エチレン−コ−アクリル酸)、ポリ(エチルオキサゾリン)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(エチレン−コ−ビニルピロリドン)、ポリ(マレイン酸)、ポリ(エチレン−コ−マレイン酸)、ポリ(アクリルアミド)、もしくはポリ(エチレンオキシド)−コ−ポリ(プロピレンオキシド)ブロックコポリマーまたはそれらの混合物からなるグループから選択される重合体である。より好ましくは、構造化合物はポリ(エチレングリコール)であり、最も好ましくは、3本、4本またはそれ以上のアームを有する分岐状ポリ(エチレングリコール)である。
【0015】
リンカー化合物は少なくとも2つの官能性を有し、多量体、重合体、生合成もしくは天然のタンパク質もしくはペプチド、および多糖類またはそれらの混合物からなるグループから選択される。好ましくは、リンカー化合物はペプチド配列であり、最も好ましくは、付着部位、成長因子結合部位、またはプロテアーゼ結合部位を含むペプチド配列である。
【0016】
求核剤は好ましくは、チオールまたはチオール含有基などの強い求核剤である。求核剤はまた、選択的反応を起こすほど十分強いという条件で、たとえばアミンなどの、当該技術において公知のいずれかの他の種類の求核剤であってもよい。また、共役不飽和基は好ましくは、アクリル酸、アクリルアミド、キノンまたはビニルピリジニウムである。最も好ましくは、不飽和基はビニルスルホンである。
【0017】
また、本発明のヒドロゲル前駆体調合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって構造化合物と結合可能な、好ましくはRGDペプチド配列を含む少なくとも1つの生理活性化合物を含み得る。
【0018】
生理活性化合物は、フィブロネクチンからのRGD配列またはラミニンからのYISG配列などの付着部位と、ヘパリン結合部位などの成長因子結合部位と、プロテアーゼ結合部位または治療効果のある化合物とを含み得る。好ましくは、生理活性化合物は細胞付着部位、最も好ましくはRGD配列を含む。
【0019】
生理活性化合物は、自己選択的反応を起こすことが可能な少なくとも1つの活性基を含む。より好ましくは、生理活性化合物は少なくとも1つの求核基、最も好ましくはチオール基を含む。
【0020】
生理活性化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との自己選択的反応によって構造化合物と結合可能である。最も好ましくは、この自己選択的反応は、特に同じ種類の求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との間の、構造化合物とリンカー化合物との自己選択的反応と同じ反応である。または、生理活性化合物は、リンカー化合物と構造化合物との重合の前に、自己選択的反応によって構造化合物と結合し得る。
【0021】
構造化合物は好ましくは、官能化末端基を有する多分岐状ポリ(エチレングリコール)(PEG)である。より好ましくは、末端基はビニルスルホンで官能化される。最も好ましくは、構造化合物はPEG−トリ(ビニルスルホン)またはPEG−テトラ(ビニルスルホン)である。PEGのアルコール基のビニルスルホン官能化は、当該技術において公知の任意の好適な反応を用いて行われ得る。3本、4本またはそれ以上のアームを有する分岐状PEGを用いることによって、3つ、4つまたはそれ以上の官能性を有する構造化合物を製造することができる。
【0022】
好ましくは、リンカーは少なくとも2つの求核基、好ましくはチオール基を含む。チオールは、生理的pHで不飽和結合または不飽和基と容易にマイケル型付加反応を起こす、強い求核剤である。さらに、チオールは生体系によく見つかるため、使用しても毒性に関して問題を提起しない。
【0023】
リンカー化合物は好ましくは、ペプチドのN末端およびC末端の近傍に配置された少なくとも2つのシステインを含むペプチドである。2つ以上のシステイン残基を用いたペプチドの合成は、単刀直入である。また、特定のプロテアーゼ部位をペプチドに導入して、たとえばin vivoで使用する分解性ヒドロゲルを製造することも可能である。さらに、システインに隣接するアミノ酸を変化させることによって、チオール基のpKa値を変えることができる。
【0024】
好ましくは、システインはペプチドのN末端およびC末端に配置されるため、好ましくはアセチル化N末端であるAc、およびアミド化C末端であるNH2を有するH
2N−CXXXXXXXXC−COOH(配列ID番号:1)の構造がもたらされ、式中、Cはシステインを1文字で表わしたものであり、Xはシステイン以外の任意のアミノ酸を表わす。ペプチドは任意の長さであり得るため、X(X
n)の数は任意の数であり得る。好ましくは、ペプチドは16個のアミノ酸の長さを有する。または、システインはN末端またはC末端から1つ以上のアミノ酸だけ離れて配置されてもよく、この結果、たとえばH
2N−X
mCX
nCX
p−COOH(配列ID番号:2)の全体構造を有するペプチドがもたらされ、式中、m、nおよびpはゼロを含む任意の整数である。
【0025】
最も好ましくは、リンカー化合物は、NH
2−GCRE−XXXXXXXX−ERCG−COOH(配列ID番号:3)の配列を有するペプチドである。グリシン(G)がスペーサとして作用し、アルギニン(R)が隣接するシステインのチオール基の反応性を高め、グルタミン酸(E)が水溶液中のペプチドの溶解度を高める。
【0026】
最も好ましくは、リンカー化合物の配列はNH
2−GCRE−GPQGIWGQERCG−COOH(配列ID番号:4)またはNH
2−GCREGDQGIAGFERCG−COOH(配列ID番号:5)であり、これらも好ましくはアクリル化N末端およびアミド化C末端を有する。
【0027】
リンカー化合物および生理活性化合物用のペプチドは、酸性溶媒中で、最も好ましくはトリフルオロ酢酸(TFA)を含有する溶液中で合成および処理すべきである。ペプチド合成後にペプチド粉末に結合する残留TFAは、それぞれのペプチドを含有する水懸濁のpHを4未満に下げる効果がある。
【0028】
構造化合物および/またはリンカー化合物は、構造化合物とリンカー化合物との選択的反応の反応速度が混合条件において妨げられるか大きく低下するように選択される。好ましくは、反応速度は、pH7以上と比較して、pH4以下で大きく低下する。
【0029】
このように化合物を選択することによって、生理的条件でゲル化反応を容易に起こすが、選択的反応がまったくまたはほとんど起こらないような条件下でその調製が可能な、前駆体調合物を提供することができる。
【0030】
好ましくは、構造化合物および/またはリンカー化合物は、自己選択的反応の反応速度がpH7.0と比較してpH7.5で少なくとも2倍速いように選択される。
【0031】
本発明の別の目的は、ヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスを提供することである。この課題は、請求項8に記載のプロセスによって解決される。
【0032】
当該プロセスは、
−少なくとも1つの構造化合物を含む第1の溶液Aを提供するステップと、
−少なくとも1つのリンカー化合物を含む第2の溶液Bを提供するステップと、
−溶液AとBを混合するステップと、
−結果として得られる前駆体溶液を凍結乾燥するステップとを含む。
【0033】
少なくとも1つの構造化合物と少なくとも1つのリンカー化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって重合可能である。両溶液AおよびBを、選択的反応を妨げる条件下で混合する。
【0034】
このプロセスによって、構造化合物およびリンカー化合物の両方を含む粉末状のヒドロゲル前駆体調合物を製造することができる。混合条件は、自己選択的反応が妨げられるように選択する必要がある。つまり、反応速度が十分低く、両溶液AおよびBの化合物の大部分が凍結乾燥の前に自己選択的反応によって反応しない。好ましくは、両溶液中の70%を超える、より好ましくは85%を超える、最も好ましくは90%を超える分子が、凍結乾燥ステップの前に選択的反応を起こしていない。
【0035】
混合条件は、pH、異なる化合物の濃度、処理時間、温度または溶媒条件の調節によって選択することができる。最も好ましくは、混合はpH4以下で行なわれる。特にチオールを求核剤として用いる場合、pHが4以下であれば自己選択的反応を十分に妨げることができる。混合は好ましくは、室温で行なわれる。
【0036】
溶液AのpHは約7であるが、溶液BのpHは4未満であるため、溶液Aを溶液Bに添加することが重要である。溶液Bを溶液Aに添加すると、混合ステップ時に自己選択的重合反応が始まってしまう。溶液Aを溶液Bに添加すると、結果としてもたらされる溶液のpHは常にpH4未満であるため、反応を妨げることができる。
【0037】
溶液Aは好ましくは、5〜10%w/vの少なくとも1つの構造化合物を含む。最も好ましくは、溶液Aは、7.5%w/vの少なくとも1つの構造化合物を含む。
【0038】
さらに、溶液Bは好ましくは、0.1〜2%w/vの少なくとも1つのリンカー化合物を含む。最も好ましくは、溶液Bは、1%w/vの少なくとも1つのリンカー化合物を含む。リンカー化合物のこの濃度によって、溶液中の化合物の良好な溶解度が得られる。
【0039】
両溶液AおよびBに上述のような構造化合物およびリンカー化合物の濃度を用いることによって、凍結乾燥ステップ後に
コンパクト粉末が形成される。この
コンパクト粉末によって、好都合に容器の底にケーキ状の層が形成される。また、製造プロセス時に両化合物のこれらの比較的低い濃度を用いることによって、構造化合物とリンカー化合物との望ましくない早まった反応が起こる可能性が減少する。さらに、より高い濃度と比較してこれらの濃度を用いることによって、その後の製造ステップにおける材料損失が減少する。
【0040】
さらに、溶液Aおよび/または溶液Bは好ましくは、蒸留水中の、それぞれ少なくとも1つの構造化合物または少なくとも1つのリンカー化合物の溶液である。このため、両化合物が未緩衝溶液中に存在する。溶液Bのペプチドリンカー化合物に付着するトリフルオロ酢酸のため、この溶液のpHは減少する。これによって、結果として得られる溶液AとBの混合物について、好ましくは4未満のpHが得られる。より好ましくは、結果として得られる溶液のpHは、約3.5である。
【0041】
または、溶液Bと混合する前に、溶液Aを、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって構造化合物と二量体化可能な生理活性化合物を含む付加的な溶液Cと混合してもよい。この生理活性化合物は、フィブロネクチンからのRGD配列またはラミニンからのYISG配列などの付着部位と、ヘパリン結合部位などの成長因子結合部位と、プロテアーゼ結合部位または治療効果のある化合物とを含み得る。好ましくは、生理活性化合物は細胞付着部位、最も好ましくはRGD配列を含む。
【0042】
好ましくは、溶液Cは、0.1〜10%w/vの生理活性化合物を含む。より好ましくは、溶液Cは、0.1〜5%、最も好ましくは0.1〜2%の生理活性化合物を含む。
【0043】
溶液A中の構造化合物および任意の溶液C中の生理活性化合物のそれぞれの量、ならびに溶液B中のリンカー化合物の濃度および性質(たとえばアミノ酸配列)の変化によって、特性の異なるヒドロゲル前駆体調合物の製造が可能になる。
【0044】
各溶液AおよびBにおける化合物の濃度の変化の可能性は多数あるが、化合物の濃度は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基のモル比が、最終的なゲルの最大剪断弾性率および最小膨潤特性などの最適な物理化学的性質をもたらすように選択されることが好ましい。通常、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基の最適な比率は、0.8:1〜1.3:1の範囲内にある。これによって、ほぼすべての活性基が選択的反応を起こしたヒドロゲルを確実に形成できるため、いずれの反応基の副反応も大幅に減少する。
【0045】
さらに、凍結乾燥ステップの前に、前駆体溶液をろ過してもよい。ろ過は好ましくは、無菌ろ過である。凍結乾燥ステップの前に、溶解していない化合物および細菌汚染をすべて混合物から取除くことができる。
【0046】
好ましくは、凍結乾燥ステップの前に、予混合した前駆体溶液を分注し、好ましくは無菌容器である容器に入れる。これによって、規定量のヒドロゲル前駆体調合物が入った単一容器を製造することができる。容器は、プラスチックまたはガラスなどの任意の好適な材料からなり得る。好ましくは、容器はバイアルである。
【0047】
好ましくは容器に無菌窒素ガスを入れ、凍結乾燥ステップの直後にキャップで蓋をする。これによって、ヒドロゲル前駆体粉末が湿気および/または酸素と接触して求核剤の早まった重合または酸化を引起し得ることが防止される。
【0048】
本発明の別の目的は、上述のようなヒドロゲル前駆体調合物をヒドロゲルの製造に用いることである。
【0049】
本発明のさらなる目的は、高い再現性結果を有するヒドロゲルの製造に、使い易いシステムを提供することである。この課題は、請求項20に記載のキットによって解決される。
【0050】
本発明のキットは、上述のようなヒドロゲル前駆体調合物を入れた少なくとも1つの容器と、反応緩衝液を入れた容器とを含む。容器は好ましくは一定量の前駆体調合物粉末を含み、これが規定量の反応緩衝液と再懸濁されると、予め定義された特性を有するゲルが得られる。
【0051】
反応緩衝液は好ましくは、7を超えるpHを有する。より好ましくは、反応緩衝液のpHは7〜8である。緩衝液は、好ましくは7〜8の値に調節されたpHで0.3M濃度で、HEPESを含む。これによって、十分速い重合反応が可能になる。
【0052】
本発明のさらなる目的は、ヒドロゲルを製造するための使い易い方法を提供することである。この目的は、請求項22に記載の方法によって達成される。
【0053】
ヒドロゲルを製造する当該方法は、
−上述のようなヒドロゲル前駆体調合物をpH7の緩衝液中に、より好ましくはpH7〜8の緩衝液中に再懸濁するステップと、
−前駆体懸濁液に細胞培養懸濁液を任意に添加するステップと、
−前駆体懸濁液でゲル前駆体をキャストするステップと、
少なくとも30分間、好ましくは30〜45分間、好ましくは37℃の恒温器内で、ゲル前駆体を重合させるステップとを含む。
【0054】
本発明のヒドロゲル前駆体調合物は生理学的条件下で重合可能であるため、ゲル化の前にセルを懸濁液中に均一に分布できるように細胞培養を前駆体懸濁液に添加することができる。これは、いずれかの他の前駆体システムでは容易に可能ではない。
【0055】
本発明のさらなる詳細および利点が、以下の図面および実施例から明らかになるであろう。