特許第6185837号(P6185837)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6185837ヒドロゲル前駆体調合物およびその製造プロセス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6185837
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】ヒドロゲル前駆体調合物およびその製造プロセス
(51)【国際特許分類】
   C08L 71/02 20060101AFI20170814BHJP
   C07K 5/08 20060101ALI20170814BHJP
   C07K 5/10 20060101ALI20170814BHJP
   C08G 75/04 20160101ALI20170814BHJP
   C08J 3/075 20060101ALI20170814BHJP
   C08K 5/37 20060101ALI20170814BHJP
   C08L 101/14 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   C08L71/02
   C07K5/08
   C07K5/10
   C08G75/04
   C08J3/075
   C08K5/37
   C08L101/14
【請求項の数】25
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-505443(P2013-505443)
(86)(22)【出願日】2011年4月19日
(65)【公表番号】特表2013-531691(P2013-531691A)
(43)【公表日】2013年8月8日
(86)【国際出願番号】EP2011056187
(87)【国際公開番号】WO2011131642
(87)【国際公開日】20111027
【審査請求日】2014年2月12日
【審判番号】不服2015-20100(P2015-20100/J1)
【審判請求日】2015年11月9日
(31)【優先権主張番号】10160796.8
(32)【優先日】2010年4月22日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】312013974
【氏名又は名称】キュー・ジェル・ソシエテ・アノニム
【氏名又は名称原語表記】QGEL SA
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】リッツィ,シモーネ
(72)【発明者】
【氏名】リュートルフ,マティアス
【合議体】
【審判長】 加藤 友也
【審判官】 渕野 留香
【審判官】 守安 智
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−329264(JP,A)
【文献】 特表2003−508564(JP,A)
【文献】 特表2002−535108(JP,A)
【文献】 国際公開第2000/044808(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L71/00-71/14,C08K3/00-13/08,A61K9/00-9/72,A61K47/00-47/48, A61L15/00-33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共役不飽和結合または共役不飽和基を有する構造化合物および求核基を有するリンカー化合物を備えるヒドロゲル前駆体調合物であって、
前記構造化合物と前記リンカー化合物は、前記共役不飽和結合または共役不飽和基と前記求核基とのマイケル型付加反応によって重合可能であり、
前記ヒドロゲル前駆体調合物は未反応粉末の形態であり、かつ容器の底における安定したコンパクトケーキの形態であることを特徴とする、ヒドロゲル前駆体調合物。
【請求項2】
前記ヒドロゲル前駆体調合物は、生理活性化合物をさらに含み、
前記生理活性化合物は、その求核基と、前記構造化合物の共役不飽和結合または共役不飽和基とのマイケル型付加反応によって、前記構造化合物に結合可能である、請求項1に記載のヒドロゲル前駆体調合物。
【請求項3】
構造化合物は、ビニルスルホン末端基を有する多分岐状ポリエチレングリコールであることを特徴とする、請求項1または2に記載のヒドロゲル前駆体調合物。
【請求項4】
リンカーは、少なくとも2つの求核基を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のヒドロゲル前駆体調合物。
【請求項5】
リンカーは、少なくとも2つのシステインを含むペプチドであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のヒドロゲル前駆体調合物。
【請求項6】
構造化合物および/またはリンカー化合物は、マイケル型付加反応の反応速度がpH4.0以下の場合において、pH7以上の場合と比較して低下するように選択されることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の前駆体調合物。
【請求項7】
請求項1〜のいずれかに記載の粉末状で、かつコンパクトケーキの形態であるヒドロゲル前駆体調合物を製造するためのプロセスであって、
5〜10%w/vの構造化合物を含む第1の溶液Aを提供するステップと、
0.1〜2%w/vのリンカー化合物を含む第2の溶液Bを提供するステップと、
溶液AとBを混合するステップと、
結果として得られる前駆体溶液を凍結乾燥するステップとを備え、
リンカー化合物と構造化合物は、求核基と共役不飽和結合または共役不飽和基とのマイケル型付加反応によって重合可能であり、溶液AおよびBを、マイケル型付加反応を妨げるためにpH4.0以下で混合することを特徴とする、プロセス。
【請求項8】
溶液を、pH3.5で混合することを特徴とする、請求項に記載のプロセス。
【請求項9】
溶液Aは、7.5%w/vの構造化合物を含むことを特徴とする、請求項に記載のプロセス。
【請求項10】
溶液Bは、1%w/vのリンカー化合物を含むことを特徴とする、請求項に記載のプロセス。
【請求項11】
溶液AとBを混合する前に、求核基と共役不飽和結合または共役不飽和基とのマイケル型付加反応によって構造化合物と結合可能な生理活性化合物を含む溶液Cを溶液Aに添加することを特徴とする、請求項7〜10のいずれかに記載のプロセス。
【請求項12】
溶液Cは、0.1〜10%w/vの活性化合物を含むことを特徴とする、請求項11に記載のプロセス。
【請求項13】
溶液Cは、2%w/vの活性化合物を含むことを特徴とする、請求項12に記載のプロセス。
【請求項14】
溶液A、溶液Bおよび/または溶液Cの溶媒は蒸留水である、請求項11〜13のいずれかに記載のプロセス。
【請求項15】
溶液Bにおける前記リンカー化合物の濃度及び溶液Aにおける前記構造化合物の濃度は、前記求核基と前記共役不飽和結合または前記共役不飽和基のモル比が0.8:1〜1.3:1の範囲内にあるように選択されることを特徴とする、請求項7〜14のいずれかに記載のプロセス。
【請求項16】
前駆体溶液を、凍結乾燥ステップの前にろ過することを特徴とする、請求項7〜15のいずれかに記載のプロセス。
【請求項17】
前駆体溶液を、凍結乾燥ステップの前に分注し、容器に入れることを特徴とする、請求項7〜16のいずれかに記載のプロセス。
【請求項18】
前駆体溶液を、凍結乾燥ステップの前に、無菌条件下で、分注し、容器に入れることを特徴とする、請求項17に記載のプロセス。
【請求項19】
容器に無菌窒素ガスを入れ、凍結乾燥ステップの直後にキャップで蓋をすることを特徴とする、請求項17または18に記載のプロセス。
【請求項20】
ヒドロゲルを製造するための、請求項1〜6のいずれかに記載のヒドロゲル前駆体調合物の使用。
【請求項21】
請求項1〜6のいずれかに記載の、未反応粉末の形態であり、かつコンパクトケーキの形態であるヒドロゲル前駆体調合物を入れた少なくとも1つの容器と、反応緩衝液を入れた容器とを備える、パーツのキット。
【請求項22】
反応緩衝液のpHは少なくとも7であることを特徴とする、請求項21に記載の部品のキット。
【請求項23】
反応緩衝液のpHは7〜8であることを特徴とする、請求項22に記載の部品のキット。
【請求項24】
ヒドロゲルを製造する方法であって、
請求項1〜6のいずれかに記載の、未反応粉末の形態であり、かつ安定したコンパクトケーキの形態であるヒドロゲル前駆体調合物を、少なくともpH7の緩衝液中に再懸濁し前駆体懸濁液を調製するステップと、
前駆体懸濁液に細胞培養懸濁液を任意に添加するステップと、
前駆体懸濁液で少なくとも1つのゲルをキャストするステップと、
少なくとも30分間、ゲル前駆体を重合させるステップとを備える、方法。
【請求項25】
前記重合させるステップは、37℃の恒温器内で行なわれる、請求項24に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒドロゲル前駆体調合物、その製造プロセス、および当該調合物を含むキット、および当該調合物を用いたヒドロゲルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元細胞培養スキャフォールドは、ディッシュを用いる従来の二次元細胞培養よりも綿密に生体を模倣する遺伝子発現および他の細胞活性のパターンを可能にすると認識されている。
【0003】
これにより、細胞外マトリックスの多くの局面を模倣する、人工ECM(aECM)としばしば称される新規のファミリーの合成高分子ヒドロゲルが開発されている。1つの大きな課題は、細胞または生体分子の存在下でマトリックスの架橋を可能にする化学作用を提供すること、および生体分子をマトリックス自体に安定して係留することである。
【0004】
近年、細胞または生体分子の存在下でゲルの形成を可能にする、異なる機構が開発されている。たとえば、ペプチド(Estroff et al.: Water gelation by small organic molecules; Chem. Rev. 2004; 104(3); 1201-18)、またはウレイドピルミミジノン(Zhang S.: Fabrication of novel biomaterials through molecular self-assembly; Nat. Biotechnol. 2003; 21(10); 1171-8)などの低分子量構成単位の自己組織化に基づいた機構、および中分子量両親媒性ブロックコポリマーの自己組織化に基づいた機構(たとえばHartgerink et al.: Peptide-amphiphile nonofibers: A versatile scaffold for the preparation of self-assembling materials; Proc. Nat. Acad. Sci. U.S.A. 2002; 99(8); 5133-8参照)が提案されている。
【0005】
WO 00/454808には、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基とのマイケル型付加反応に基づいた架橋化学作用を有する、特にヒドロゲルを形成するための新規の生体材料が記載されており、これは、細胞または生体分子の存在下でゲルの形成を可能にする。さらに、特定の反応によって特定のシグナル分子がゲルマトリックスに組込まれ得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このシステムの1つの大きな欠点は、ゲル化の前に少なくとも2つの前駆体成分を手動で混合することに依拠することである。実際には、複数の成分溶液を用いると、i)粉末状の異なる成分の再懸濁条件、およびii)前駆体溶液の混合比、の意図しない変化による誤差の原因になり得、ゲル組成物のより複雑な使用および再現性の問題に繋がる。さらに、いくつかの溶液の混合を必要とするゲルシステムの製造プロセスのアップスケールは、単一溶液で済むゲルの製造プロセスのアップスケールよりも高価である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
したがって、本発明の目的は、公知のヒドロゲル調合物の欠点を回避すること、特に、取扱が容易で、再現性の高い組成を有するヒドロゲルの製造を可能にするヒドロゲル前駆体調合物を提供することである。この目的は、請求項1に係るヒドロゲル前駆体によって達成される。
【0008】
本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物は、少なくとも1つの構造化合物および少なくとも1つのリンカー化合物を含む。構造化合物およびリンカー化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって重合可能である。ヒドロゲル前駆体調合物は、未反応粉末の形態である。
【0009】
当該調合物は、粉末を好ましくは緩衝液中に再懸濁するだけでゲル化反応を開始することができるという利点を有する。異なる成分を混合する必要がないため、少なくとも1つの構造化合物と少なくとも1つのリンカー化合物の比率を誤る可能性が大幅に減少する。このため、これらのヒドロゲル前駆体から製造するヒドロゲルの再現性が高まる。また、本発明のヒドロゲル前駆体は取扱が簡単である。
【0010】
本発明のヒドロゲル前駆体調合物は、粉末状である。粉末は、任意のサイズおよび形状の粒子を含み得る。または、粉末はプレス加工した錠剤または丸剤として提供されてもよい。最も好ましくは、粉末は、たとえば容器の底に、安定したコンパクトケーキの形態で提供される。
【0011】
粉末は未反応であり、つまり、少なくとも1つの構造化合物のほとんどが、少なくとも1つのリンカー化合物と選択的反応によって反応していない。化合物の好ましくは70%を超える、より好ましくは85%を超える、最も好ましくは95%を超える部分が、選択的反応を起こしていない。
【0012】
選択的反応は、求核付加による求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との反応である。このような反応は、マイケル型付加反応としても公知である。
【0013】
構造化合物は少なくとも3つの官能性を有するが、最も好ましくは、構造化合物は4つ以上の官能性を有する。「官能性」とは、分子上の反応部位の数を意味する。
【0014】
構造化合物は好ましくは、多量体、重合体、生合成もしくは天然のタンパク質もしくはペプチド、および多糖類からなるグループから選択される。好ましくは、構造化合物はポリ(エチレングリコール)、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(ビニルアルコール)、ポリ(エチレン−コ−ビニルアルコール)、ポリ(アクリル酸)、ポリ(エチレン−コ−アクリル酸)、ポリ(エチルオキサゾリン)、ポリ(ビニルピロリドン)、ポリ(エチレン−コ−ビニルピロリドン)、ポリ(マレイン酸)、ポリ(エチレン−コ−マレイン酸)、ポリ(アクリルアミド)、もしくはポリ(エチレンオキシド)−コ−ポリ(プロピレンオキシド)ブロックコポリマーまたはそれらの混合物からなるグループから選択される重合体である。より好ましくは、構造化合物はポリ(エチレングリコール)であり、最も好ましくは、3本、4本またはそれ以上のアームを有する分岐状ポリ(エチレングリコール)である。
【0015】
リンカー化合物は少なくとも2つの官能性を有し、多量体、重合体、生合成もしくは天然のタンパク質もしくはペプチド、および多糖類またはそれらの混合物からなるグループから選択される。好ましくは、リンカー化合物はペプチド配列であり、最も好ましくは、付着部位、成長因子結合部位、またはプロテアーゼ結合部位を含むペプチド配列である。
【0016】
求核剤は好ましくは、チオールまたはチオール含有基などの強い求核剤である。求核剤はまた、選択的反応を起こすほど十分強いという条件で、たとえばアミンなどの、当該技術において公知のいずれかの他の種類の求核剤であってもよい。また、共役不飽和基は好ましくは、アクリル酸、アクリルアミド、キノンまたはビニルピリジニウムである。最も好ましくは、不飽和基はビニルスルホンである。
【0017】
また、本発明のヒドロゲル前駆体調合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって構造化合物と結合可能な、好ましくはRGDペプチド配列を含む少なくとも1つの生理活性化合物を含み得る。
【0018】
生理活性化合物は、フィブロネクチンからのRGD配列またはラミニンからのYISG配列などの付着部位と、ヘパリン結合部位などの成長因子結合部位と、プロテアーゼ結合部位または治療効果のある化合物とを含み得る。好ましくは、生理活性化合物は細胞付着部位、最も好ましくはRGD配列を含む。
【0019】
生理活性化合物は、自己選択的反応を起こすことが可能な少なくとも1つの活性基を含む。より好ましくは、生理活性化合物は少なくとも1つの求核基、最も好ましくはチオール基を含む。
【0020】
生理活性化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との自己選択的反応によって構造化合物と結合可能である。最も好ましくは、この自己選択的反応は、特に同じ種類の求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との間の、構造化合物とリンカー化合物との自己選択的反応と同じ反応である。または、生理活性化合物は、リンカー化合物と構造化合物との重合の前に、自己選択的反応によって構造化合物と結合し得る。
【0021】
構造化合物は好ましくは、官能化末端基を有する多分岐状ポリ(エチレングリコール)(PEG)である。より好ましくは、末端基はビニルスルホンで官能化される。最も好ましくは、構造化合物はPEG−トリ(ビニルスルホン)またはPEG−テトラ(ビニルスルホン)である。PEGのアルコール基のビニルスルホン官能化は、当該技術において公知の任意の好適な反応を用いて行われ得る。3本、4本またはそれ以上のアームを有する分岐状PEGを用いることによって、3つ、4つまたはそれ以上の官能性を有する構造化合物を製造することができる。
【0022】
好ましくは、リンカーは少なくとも2つの求核基、好ましくはチオール基を含む。チオールは、生理的pHで不飽和結合または不飽和基と容易にマイケル型付加反応を起こす、強い求核剤である。さらに、チオールは生体系によく見つかるため、使用しても毒性に関して問題を提起しない。
【0023】
リンカー化合物は好ましくは、ペプチドのN末端およびC末端の近傍に配置された少なくとも2つのシステインを含むペプチドである。2つ以上のシステイン残基を用いたペプチドの合成は、単刀直入である。また、特定のプロテアーゼ部位をペプチドに導入して、たとえばin vivoで使用する分解性ヒドロゲルを製造することも可能である。さらに、システインに隣接するアミノ酸を変化させることによって、チオール基のpKa値を変えることができる。
【0024】
好ましくは、システインはペプチドのN末端およびC末端に配置されるため、好ましくはアセチル化N末端であるAc、およびアミド化C末端であるNH2を有するH2N−CXXXXXXXXC−COOH(配列ID番号:1)の構造がもたらされ、式中、Cはシステインを1文字で表わしたものであり、Xはシステイン以外の任意のアミノ酸を表わす。ペプチドは任意の長さであり得るため、X(Xn)の数は任意の数であり得る。好ましくは、ペプチドは16個のアミノ酸の長さを有する。または、システインはN末端またはC末端から1つ以上のアミノ酸だけ離れて配置されてもよく、この結果、たとえばH2N−XmCXnCXp−COOH(配列ID番号:2)の全体構造を有するペプチドがもたらされ、式中、m、nおよびpはゼロを含む任意の整数である。
【0025】
最も好ましくは、リンカー化合物は、NH2−GCRE−XXXXXXXX−ERCG−COOH(配列ID番号:3)の配列を有するペプチドである。グリシン(G)がスペーサとして作用し、アルギニン(R)が隣接するシステインのチオール基の反応性を高め、グルタミン酸(E)が水溶液中のペプチドの溶解度を高める。
【0026】
最も好ましくは、リンカー化合物の配列はNH2−GCRE−GPQGIWGQERCG−COOH(配列ID番号:4)またはNH2−GCREGDQGIAGFERCG−COOH(配列ID番号:5)であり、これらも好ましくはアクリル化N末端およびアミド化C末端を有する。
【0027】
リンカー化合物および生理活性化合物用のペプチドは、酸性溶媒中で、最も好ましくはトリフルオロ酢酸(TFA)を含有する溶液中で合成および処理すべきである。ペプチド合成後にペプチド粉末に結合する残留TFAは、それぞれのペプチドを含有する水懸濁のpHを4未満に下げる効果がある。
【0028】
構造化合物および/またはリンカー化合物は、構造化合物とリンカー化合物との選択的反応の反応速度が混合条件において妨げられるか大きく低下するように選択される。好ましくは、反応速度は、pH7以上と比較して、pH4以下で大きく低下する。
【0029】
このように化合物を選択することによって、生理的条件でゲル化反応を容易に起こすが、選択的反応がまったくまたはほとんど起こらないような条件下でその調製が可能な、前駆体調合物を提供することができる。
【0030】
好ましくは、構造化合物および/またはリンカー化合物は、自己選択的反応の反応速度がpH7.0と比較してpH7.5で少なくとも2倍速いように選択される。
【0031】
本発明の別の目的は、ヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスを提供することである。この課題は、請求項8に記載のプロセスによって解決される。
【0032】
当該プロセスは、
−少なくとも1つの構造化合物を含む第1の溶液Aを提供するステップと、
−少なくとも1つのリンカー化合物を含む第2の溶液Bを提供するステップと、
−溶液AとBを混合するステップと、
−結果として得られる前駆体溶液を凍結乾燥するステップとを含む。
【0033】
少なくとも1つの構造化合物と少なくとも1つのリンカー化合物は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって重合可能である。両溶液AおよびBを、選択的反応を妨げる条件下で混合する。
【0034】
このプロセスによって、構造化合物およびリンカー化合物の両方を含む粉末状のヒドロゲル前駆体調合物を製造することができる。混合条件は、自己選択的反応が妨げられるように選択する必要がある。つまり、反応速度が十分低く、両溶液AおよびBの化合物の大部分が凍結乾燥の前に自己選択的反応によって反応しない。好ましくは、両溶液中の70%を超える、より好ましくは85%を超える、最も好ましくは90%を超える分子が、凍結乾燥ステップの前に選択的反応を起こしていない。
【0035】
混合条件は、pH、異なる化合物の濃度、処理時間、温度または溶媒条件の調節によって選択することができる。最も好ましくは、混合はpH4以下で行なわれる。特にチオールを求核剤として用いる場合、pHが4以下であれば自己選択的反応を十分に妨げることができる。混合は好ましくは、室温で行なわれる。
【0036】
溶液AのpHは約7であるが、溶液BのpHは4未満であるため、溶液Aを溶液Bに添加することが重要である。溶液Bを溶液Aに添加すると、混合ステップ時に自己選択的重合反応が始まってしまう。溶液Aを溶液Bに添加すると、結果としてもたらされる溶液のpHは常にpH4未満であるため、反応を妨げることができる。
【0037】
溶液Aは好ましくは、5〜10%w/vの少なくとも1つの構造化合物を含む。最も好ましくは、溶液Aは、7.5%w/vの少なくとも1つの構造化合物を含む。
【0038】
さらに、溶液Bは好ましくは、0.1〜2%w/vの少なくとも1つのリンカー化合物を含む。最も好ましくは、溶液Bは、1%w/vの少なくとも1つのリンカー化合物を含む。リンカー化合物のこの濃度によって、溶液中の化合物の良好な溶解度が得られる。
【0039】
両溶液AおよびBに上述のような構造化合物およびリンカー化合物の濃度を用いることによって、凍結乾燥ステップ後にコンパクト粉末が形成される。このコンパクト粉末によって、好都合に容器の底にケーキ状の層が形成される。また、製造プロセス時に両化合物のこれらの比較的低い濃度を用いることによって、構造化合物とリンカー化合物との望ましくない早まった反応が起こる可能性が減少する。さらに、より高い濃度と比較してこれらの濃度を用いることによって、その後の製造ステップにおける材料損失が減少する。
【0040】
さらに、溶液Aおよび/または溶液Bは好ましくは、蒸留水中の、それぞれ少なくとも1つの構造化合物または少なくとも1つのリンカー化合物の溶液である。このため、両化合物が未緩衝溶液中に存在する。溶液Bのペプチドリンカー化合物に付着するトリフルオロ酢酸のため、この溶液のpHは減少する。これによって、結果として得られる溶液AとBの混合物について、好ましくは4未満のpHが得られる。より好ましくは、結果として得られる溶液のpHは、約3.5である。
【0041】
または、溶液Bと混合する前に、溶液Aを、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基との選択的反応によって構造化合物と二量体化可能な生理活性化合物を含む付加的な溶液Cと混合してもよい。この生理活性化合物は、フィブロネクチンからのRGD配列またはラミニンからのYISG配列などの付着部位と、ヘパリン結合部位などの成長因子結合部位と、プロテアーゼ結合部位または治療効果のある化合物とを含み得る。好ましくは、生理活性化合物は細胞付着部位、最も好ましくはRGD配列を含む。
【0042】
好ましくは、溶液Cは、0.1〜10%w/vの生理活性化合物を含む。より好ましくは、溶液Cは、0.1〜5%、最も好ましくは0.1〜2%の生理活性化合物を含む。
【0043】
溶液A中の構造化合物および任意の溶液C中の生理活性化合物のそれぞれの量、ならびに溶液B中のリンカー化合物の濃度および性質(たとえばアミノ酸配列)の変化によって、特性の異なるヒドロゲル前駆体調合物の製造が可能になる。
【0044】
各溶液AおよびBにおける化合物の濃度の変化の可能性は多数あるが、化合物の濃度は、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基のモル比が、最終的なゲルの最大剪断弾性率および最小膨潤特性などの最適な物理化学的性質をもたらすように選択されることが好ましい。通常、求核剤と共役不飽和結合または共役不飽和基の最適な比率は、0.8:1〜1.3:1の範囲内にある。これによって、ほぼすべての活性基が選択的反応を起こしたヒドロゲルを確実に形成できるため、いずれの反応基の副反応も大幅に減少する。
【0045】
さらに、凍結乾燥ステップの前に、前駆体溶液をろ過してもよい。ろ過は好ましくは、無菌ろ過である。凍結乾燥ステップの前に、溶解していない化合物および細菌汚染をすべて混合物から取除くことができる。
【0046】
好ましくは、凍結乾燥ステップの前に、予混合した前駆体溶液を分注し、好ましくは無菌容器である容器に入れる。これによって、規定量のヒドロゲル前駆体調合物が入った単一容器を製造することができる。容器は、プラスチックまたはガラスなどの任意の好適な材料からなり得る。好ましくは、容器はバイアルである。
【0047】
好ましくは容器に無菌窒素ガスを入れ、凍結乾燥ステップの直後にキャップで蓋をする。これによって、ヒドロゲル前駆体粉末が湿気および/または酸素と接触して求核剤の早まった重合または酸化を引起し得ることが防止される。
【0048】
本発明の別の目的は、上述のようなヒドロゲル前駆体調合物をヒドロゲルの製造に用いることである。
【0049】
本発明のさらなる目的は、高い再現性結果を有するヒドロゲルの製造に、使い易いシステムを提供することである。この課題は、請求項20に記載のキットによって解決される。
【0050】
本発明のキットは、上述のようなヒドロゲル前駆体調合物を入れた少なくとも1つの容器と、反応緩衝液を入れた容器とを含む。容器は好ましくは一定量の前駆体調合物粉末を含み、これが規定量の反応緩衝液と再懸濁されると、予め定義された特性を有するゲルが得られる。
【0051】
反応緩衝液は好ましくは、7を超えるpHを有する。より好ましくは、反応緩衝液のpHは7〜8である。緩衝液は、好ましくは7〜8の値に調節されたpHで0.3M濃度で、HEPESを含む。これによって、十分速い重合反応が可能になる。
【0052】
本発明のさらなる目的は、ヒドロゲルを製造するための使い易い方法を提供することである。この目的は、請求項22に記載の方法によって達成される。
【0053】
ヒドロゲルを製造する当該方法は、
−上述のようなヒドロゲル前駆体調合物をpH7の緩衝液中に、より好ましくはpH7〜8の緩衝液中に再懸濁するステップと、
−前駆体懸濁液に細胞培養懸濁液を任意に添加するステップと、
−前駆体懸濁液でゲル前駆体をキャストするステップと、
少なくとも30分間、好ましくは30〜45分間、好ましくは37℃の恒温器内で、ゲル前駆体を重合させるステップとを含む。
【0054】
本発明のヒドロゲル前駆体調合物は生理学的条件下で重合可能であるため、ゲル化の前にセルを懸濁液中に均一に分布できるように細胞培養を前駆体懸濁液に添加することができる。これは、いずれかの他の前駆体システムでは容易に可能ではない。
【0055】
本発明のさらなる詳細および利点が、以下の図面および実施例から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0056】
図1】本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの実施形態を概略的に示す図である。
図2】本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの第2の実施形態を概略的に示す図である。
図3】本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの第3の実施形態を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0057】
図1は、本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの実施形態を概略的に示す。混合ステップ1において、ビニルスルホンで官能化された4本のアームを有する7.5%w/vの分岐状PEGを含む溶液Aを、一方はC末端の近傍、他方はN末端の近傍にある2つのシステインを有する1%w/vのペプチド配列を含む溶液Bに添加する。
【0058】
たとえば、7.5%w/vの官能化PEGを含む溶液A、275mLを、1%w/vのリンカーペプチドを含む溶液B、425mLに添加する。
【0059】
溶液AおよびBは、蒸留水中にそれぞれの化合物を懸濁することによって調製される。溶液Bについては、好ましくはペプチドリンカー化合物を少量ずつ水に添加する。混合は、磁気撹拌機を用いた連続撹拌によって、400RPMで行なう。その後、このようにして得られた前駆体溶液4を、たとえば絶対定格が0.2μmのPTFE膜を有するMini Kleenpakフィルタ(ポール社:PALL Corp.)を用いて、無菌ろ過ステップ5に進ませるこ
とによって、ろ過済みの前駆体溶液6を得る。次にこの溶液を凍結乾燥ステップ7に進ませることによって、粉末状のヒドロゲル前駆体調合物8が得られる。得られる粉末は、安定したコンパクトケーキの形態である。
【0060】
凍結乾燥ステップ7は、まず溶液を150分間、−50℃で凍結した後、圧力0.26mbarで570分間、−10℃で第1の乾燥ステップを行うことによって実行することができる。次に、圧力0.02mbarで180分間、温度20℃で第2の乾燥ステップを行なう。
【0061】
図2に、本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの第2の実施形態を概略的に示す。この実施形態では、混合ステップ2において、ビニルスルホンで官能化された4本のアームを有する7.5%w/vの分岐状PEGを含む溶液Aを、RGD配列を有する2%w/vのペプチドを含む溶液Cと混合する。
【0062】
たとえば、7.5%w/vの官能化された4分岐状PEGを含む溶液A、275mLを、2%w/vの生理活性化合物を含む溶液C、5mLと混合する。その後、混合ステップ1において、この溶液を、一方はC末端の近傍、他方はN末端の近傍にある2つのシステインを有する1%w/vのペプチドリンカーを含む溶液Bと混合する。
【0063】
その後、このようにして得られた前駆体溶液4を無菌ろ過ステップ5に進ませることによって、ろ過済みの前駆体溶液6を得る。次にこの溶液を凍結乾燥ステップ7に進ませることによって、粉末状のヒドロゲル前駆体調合物8が得られる。
【0064】
図3は、本発明に係るヒドロゲル前駆体調合物の製造プロセスの第3の実施形態を示す。混合ステップ1において、ビニルスルホンで官能化された4本のアームを有する7.5%w/vの分岐状PEGを含む溶液Aを、C末端の近傍およびN末端の近傍にシステインを有する1%w/vのリンカーペプチド配列を含む溶液Bと混合する。溶液AおよびBは、蒸留水中にそれぞれの化合物を懸濁することによって調製される。混合は、好ましくは400RPMで、磁気撹拌機を用いた連続撹拌によって行なう。その後、このようにして得られた前駆体溶液4を無菌ろ過ステップ5に進ませることによって、ろ過済みの前駆体溶液6を得る。次に、分注ステップ9において、この溶液を容器に分注する。各容器には少量のみ、好ましくは0.3〜0.4mLしか入らなくてもよい。容器は密封可能であり、好ましくはガラス製である。次に、凍結乾燥ステップ7において、分注した前駆体溶液10を凍結乾燥し、前駆体調合物粉末8を得る。
図1
図2
図3