【実施例】
【0052】
下記表1に示す成分組成(残部は、鉄およびP、S以外の不可避不純物)の鋼を150kg真空炉で溶製し、得られた鋼塊を鍛伸加工してφ20mm×1mの線材と、155mm×155mmの角材を製造した。
【0053】
まず、上記線材(φ20mm×1m)を用いてグリーブル試験を行い、製造性を評価した。具体的には、上記φ20mm×1mmの線材から、
図1に示す試験片を採取し、富士電波工機製の加工フォーマスター試験機で熱間引張試験を行った。
【0054】
試験条件は、連続鋳造を模擬して
図2に示すヒートパターンで行った。即ち、平均昇温速度10℃/秒で1300℃に加熱し、この温度で5分間保持した後、平均冷却速度5℃/秒で所定の試験温度T1まで冷却し、この試験温度T1で2分間保持した。保持後、引張速度を0.01mm/秒として絞り値を測定し、破断後、ガス急冷した。試験温度T1は、700℃、800℃、900℃、1000℃および1100℃の5水準とした。
【0055】
上記5水準の試験温度全てにおいて、絞り値が20%以上であった場合を製造性が良好(合格)と評価し、下記表2のグリーブル絞りの欄に○印を示し、実機設備において量産性を有すると判断した。一方、上記5水準のうち少なくとも一つの試験温度において絞り値が20%未満であった場合は製造性が悪い(不合格)と評価し、下記表2のグリーブル絞りの欄に×印を示し、実機設備において量産できないと判断した。グリーブル試験における絞り値が20%未満であった場合は、以降の試験は行わなかった。
【0056】
製造性が良好(合格)と評価されたものについて、上記φ20mm×1mの線材とは別に製造した155mm×155mmの角材を用い、以下の試験を行った。即ち、155mm×155mmの角材をダミービレットに溶接した後、下記表2に示す加熱温度T(℃)に加熱し、この温度で下記表2に示す保持時間t(分)保持し、仕上げ圧延温度を875℃として熱間圧延してφ16mmの線材とし、冷却コンベア上で500℃以下に冷却した後、コイル状に巻き取って室温まで冷却した。上記加熱温度T(℃)で保持する際の雰囲気は、下記表2に示す量の酸素ガス(体積%)および水素ガス(体積%)を含有し、残部は非酸化性ガス(窒素ガス、CO
2ガスなど)の雰囲気とした。
【0057】
下記表2には、加熱温度Tと保持時間tに基づいて算出したZ値(=T×log(t))および750〜500℃の温度域における平均冷却速度(℃/分)を示す。なお、下記表2に示した加熱温度Tは、保持期間における平均温度を意味している。
【0058】
冷却して得られたコイル状のφ16mmの線材表面には、酸化スケールが付着していた。得られた線材について、以下の方法でミクロ組織の同定、オーステナイト分率、オーステナイトの結晶粒度を測定した。なお、得られた線材の一部は、酸化スケールが付着したまま保存しておいた。
【0059】
(ミクロ組織の同定およびオーステナイト面積率)
上記線材(φ16mmの線材)を、横断面を露出させた状態で支持基材内に埋め込み、研磨後、ナイタール液に浸漬して腐食させた後、光学顕微鏡でD/4位置(Dは直径)を観察倍率100倍および400倍で撮影し、炭化物などの析出物の有無を調べると共に、ミクロ組織の同定を行った。ナイタール液で腐食することによって、炭化物などの析出物の有無以外に、オーステナイトの結晶粒界や双晶、マルテンサイト組織がその形状と色調から判定できる。
【0060】
オーステナイト組織の分率は、上記観察倍率100倍で撮影した写真を用い、炭化物などの析出物の面積率と、マルテンサイト組織の面積率との合計面積率を100%から引いた値とした。上記オーステナイトの結晶粒界や双晶は、低温曲げ加工性には悪影響を及ぼさず、また目視にて炭化物などの析出物とマルテンサイトとは区別できるため、オーステナイトの結晶粒界や双晶の面積率は、画像解析による色調変化に基づいて予め除去した。なお、オーステナイトの結晶粒界と粒界炭化物との区別が難しい場合には、判断の参考として上記観察倍率400倍で撮影した写真を用いた。
【0061】
また、観察倍率100倍で撮影した写真では同定できない粒径が0.2μm以下の微細析出物は、曲げ加工性に悪影響を及ぼさないため、オーステナイト組織の面積率を算出する際には無視した。
【0062】
オーステナイト組織の面積率を算出した手順を具体的に説明すると次の通りである。まず、観察倍率100倍で撮影した写真をAdobe社製のPhotoshop(ver5.1)で開き、目視にてオーステナイトの結晶粒界や双晶、研磨疵、腐食時の汚れを同定し、これらを除去すべき部分とした。除去すべき部分と粒界炭化物との区別が難しい場合には、観察倍率400倍で撮影した写真を参考にした。次に、Photoshopの自動選択ツールで上記除去すべき部分の一部を選択し、連続した部分を自動選択させ、これを除去した。除去した後の残部が析出物等でないことを確認しながら、この工程を繰り返し、オーステナイトの結晶粒界、双晶、研磨疵、腐食時の汚れ等を除去した写真を作成した。得られた写真を画像解析により2値化して白黒写真とし、黒色で示される部分の面積率を炭化物などの析出物およびマルテンサイト組織の合計面積率と定めた。この合計面積率を100%から引いた値をオーステナイト組織の面積率とした。算出したオーステナイトの面積率(%)を下記表3、表4に示す。
【0063】
(オーステナイトの結晶粒度番号)
オーステナイトの結晶粒度番号は、JIS G0551に従って上記ナイタール液に浸漬して腐食させた後のD/4位置を光学顕微鏡で4視野について測定し、測定した4視野の平均値を求めた。求めたオーステナイトの結晶粒度番号を下記表3、表4に示す。
【0064】
次に、熱間圧延でコイル状に巻き取られた線材(φ16mm)をロール矯正機で直線矯正したもの(以下、直線矯正材という。)からJIS標準試験片を採取し、引張試験を行った。また、直線矯正材の磁気特性および曲げ加工性を評価した。なお、直線矯正材の表面に形成されているスケールおよび脱炭層は、引張試験、磁気特性の評価、曲げ加工性の評価に用いる試験片形状に加工した時点で除去されている。
【0065】
(引張試験)
上記直線矯正材から、軸心が試験片の長手方向となるようにJIS 14A号試験片を採取し、JIS Z2241に従って引張強さおよび0.2%耐力を常温で測定した。引張強さおよび0.2%耐力の測定結果を下記表3、表4に示す。本発明では、JIS G3112に規定されているSD345に基づき、引張強さが490MPa以上で、0.2%耐力が345〜440MPaである場合を合格とし、引張強さまたは0.2%耐力の少なくとも一方が基準から外れる場合を不合格とした。
【0066】
(磁気特性)
上記直線矯正材の磁気特性は、比透磁率に基づいて評価した。比透磁率は、上記直線矯正材から5mm角の立方体を採取し、振動試料型磁化自動測定装置(理研電子株式会社製BHV−3.5)を用いて測定した。比透磁率の測定結果を下記表3、表4に示す。本発明では、比透磁率が1.1未満の場合を「非磁性鋼」と評価し、比透磁率が1.1以上の場合を「磁性鋼」と評価した。
【0067】
(曲げ加工性)
上記直線矯正材の曲げ加工性は、JIS Z2248に従って採取したφ14mmの2号試験片を用い、押し曲げ(3点曲げ)試験を行い、曲げ角度を180°としたときの破断(割れ)の有無と、表面性状を確認して評価した。押し曲げ試験は、20℃および−20℃の2基準で行った。破断がなく、表面性状に異常がなかった場合を合格(表3、表4に○印で示す。)、破断したか、或いは表面にしわ等の欠陥が観察された場合を不合格(表3、表4に×印で示す。)とした。本発明では、−20℃で試験したときに合格した場合を「低温曲げ加工性に優れる」と評価した。
【0068】
なお、下記表3に示したNo.7、8については、−20℃における曲げ加工性は評価したが、引張強さおよび0.2%耐力は測定せず、また磁気特性および20℃における曲げ加工性も評価しなかった。
【0069】
次に、上記押し曲げ試験を−20℃で行い、合格と判定された例(表3のNo.1〜8、15〜22、表4のNo.25、33)について、予め保存しておいた酸化スケール付き線材を準備し、以下の試験を行った。
【0070】
酸化スケール部分と鋼部分との境界が観察できるように断面を露出させ、鋼部分の最表面から深さ0.20mm位置までの領域におけるN量とC量を0.002mm(2μm)間隔で鋼の内部方向に向かって測定した。N量とC量の測定には、日本電子株式会社製のJXA−8100EPMA装置を用い、加速電圧は15kV、照射電流は3×10
-7Aとして測定した。鋼部分の最表面から深さ方向に向けて測定したN量のプロファイルの一例を
図3に、C量のプロファイルの一例を
図4に夫々示す。
図3、
図4は、いずれも下記表3に示したNo.15の結果を示している。
【0071】
上記C量プロファイルを測定した結果に基づいて、脱炭層の厚みを次の手順で測定した。即ち、C量を測定した各位置において、母材に含まれるC量(即ち、下記表1に示したC量)との差を求めた。このときEPMA(Electron Probe MicroAnalyser:電子線マイクロアナライザ)での検出精度等によるばらつき影響を考慮して差が0.05%以上となる測定位置が3箇所以上連続しなくなった位置を抽出し、鋼部分の最表面からこの抽出した位置までを脱炭層と定義し、鋼部分の最表面からこの抽出した位置までの距離(深さ)を脱炭層の厚みとして測定した。また、脱炭層において測定されたN量とC量の結果に基づいて、脱炭層における平均N量および平均C量を算出した。脱炭層における平均N量、平均C量、脱炭層の厚みを下記表3、表4に示す。
【0072】
次に、酸化スケールが付着したままの線材(φ16mm)を加工して得られた2号試験片を用い、上記と同じ条件で押し曲げ試験を行い、−20℃における低温曲げ加工性を評価した。評価結果を下記表3、表4に示す。
【0073】
下記表3、表4から次のように考察できる。No.1〜6、15〜22は、いずれも本発明で規定している要件を満足する例であり、所望とする引張強さおよび0.2%耐力を有し、且つ比透磁率を所定値未満に低減したうえで、常温における曲げ加工性および低温における曲げ加工性を改善できることが分かる。また、熱処理ままで、表面に酸化スケールが付着し、鋼部分には脱炭層が存在している状態であっても、低温における曲げ加工性に優れていることが分かる。
【0074】
一方、No.7〜14、23〜31、36、38、39は、いずれも本発明で規定している要件を満足しない例である。これらのうちNo.7〜14は、いずれも本発明で規定している製造条件を満足しない例である。No.7は、加熱温度Tでの保持を酸素ガス過多の雰囲気で行ったため、鋼表面に酸化スケールが過剰に生成した結果、鋼部分の表層における脱炭が大幅に進行するとともに、鋼部分の脱炭層における平均N量が0.05%を下回った。その結果、酸化スケールおよび脱炭層が存在したまま低温で曲げ加工を行うと、割れが発生した。
【0075】
No.8は、加熱温度Tで保持したときの雰囲気に含まれる酸素ガス量が少な過ぎた例であり、鋼表面に酸化スケールが殆ど生成せず、鋼表面において脱窒素が生じたため、鋼部分の脱炭層における平均N量が0.05%を下回った。その結果、酸化スケールおよび脱炭層が存在したまま低温で曲げ加工を行うと、割れが発生した。
【0076】
No.9は、加熱温度が高過ぎた例であり、オーステナイト組織の結晶粒度番号が7.5となり、結晶粒が粗大化したため、引張強さおよび0.2%耐力が目標未達成となった。また、Mn系化合物(例えば、Mn
3PやMnSなど)が粒界に生成し、粒界強度が低下したため、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において割れが発生した。
【0077】
No.10は、保持時間tが長く、加熱温度Tと保持時間tのバランスが悪かった例であり、Z値が2300を超えた。そのためオーステナイト組織の生成量を確保できなかった。また、Mn−P−S系化合物が生成して粒界脆化を起こしたり、熱間圧延後に脱炭を生じたため、引張強さおよび0.2%耐力が目標未達成となった。また、粒界脆化を起こしたため、靭性が低下し、−20℃で曲げ加工したときに割れが発生した。
【0078】
No.11と12は、熱間圧延後、750〜500℃の温度域における平均冷却速度が本発明で規定する範囲を下回り、小さ過ぎた例である。その結果、炭化物が粒界に多く生成し、オーステナイト組織の生成量を確保できず、比透磁率が高くなった。また、炭化物が粒界に多く生成したため、0.2%耐力が目標未達成となった。また、粒界炭化物が多く生成することにより、オーステナイト組織を安定化させるのに寄与する固溶C量が減少したため、−20℃で曲げ加工したとき、曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して亀裂発生の原因となり、割れが発生した。No.11については、20℃で曲げ加工したときにも割れが発生した。
【0079】
No.13は、加熱温度Tと保持時間tのバランスが悪く、Z値が1800を下回った例である。そのため熱間圧延終了後においても炭化物が残存し、オーステナイト組織の生成量を確保できなかったため、比透磁率が高くなった。また、炭化物が粒界に多く生成したため、0.2%耐力が目標未達成となった。また、粒界炭化物が多く生成することにより、オーステナイト組織を安定化させるのに寄与する固溶C量が減少したため、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において、曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して亀裂発生の原因となり、割れが発生した。
【0080】
No.14は、加熱温度Tが低く、また加熱温度Tと保持時間tのバランスが悪く、Z値が1800を下回った例である。熱間圧延終了後においても炭化物が残存し、オーステナイト組織の生成量を確保できなかったため、比透磁率が高くなった。また、炭化物が粒界に多く生成したため、引張強さおよび0.2%耐力が目標未達成となった。また、粒界炭化物が多く生成することにより、オーステナイト組織を安定化させるのに寄与する固溶C量が減少したため、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において、曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して亀裂発生の原因となり、割れが発生した。
【0081】
No.23〜31、36、38、39は、いずれも本発明で規定している成分組成を満足していない例である。
【0082】
No.23は、C量が多かった例であり、オーステナイト組織の生成量を確保できなかったため、比透磁率が高くなった。また、粒界炭化物が多く生成し、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方で割れが発生した。No.24は、C量が少なかった例であり、比透磁率が高くなった。また、オーステナイト組織が不安定となり、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して割れが発生した。
【0083】
No.25は、Si量が少なかった例であり、オーステナイト組織の強度が不足したため、0.2%耐力が目標未達成となった。No.26は、Si量が多かった例であり、熱間圧延時に脱炭層の生成を招き、比透磁率が高くなった。また、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して割れが発生した。
【0084】
No.27は、Mn量が多かった例であり、Mn
3P化合物や粗大なMnSが粒界に析出して熱間加工性が著しく悪くなり、鋼材の製造性が悪化した。No.28は、Mn量が少なかった例であり、オーステナイト組織が不安定となり、20℃で曲げ加工したとき、および−20℃で曲げ加工したときの両方において曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して割れが発生した。No.29は、Mn量が少なかった例であり、比透磁率が高くなった。また、オーステナイト組織が不安定となり、−20℃で曲げ加工したときに曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトが生成して割れが発生した。
【0085】
No.30は、P量が多かった例であり、Mn
3P化合物が粒界に析出して熱間加工性が著しく悪くなり、鋼材の製造性が悪化した。No.31は、S量が多かった例であり、MnSが粒界に析出して粒界脆化を起こし、熱間加工性が著しく悪くなり、鋼材の製造性が悪化した。
【0086】
No.36は、Al量が多かった例であり、オーステナイト組織の安定化に寄与する固溶NがAlNとして析出したため、比透磁率が高くなった。また、Alは、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)を高め、曲げ加工部に加工誘起マルテンサイトを生成させるため、特に−20℃で曲げ加工を行ったときに割れが発生し、低温曲げ加工性を改善できなかった。
【0087】
No.38は、N量が少なかった例であり、オーステナイト組織が不安定となり、20℃で曲げ加工を行ったとき、および−20℃で曲げ加工を行ったときの両方で、曲げ加工部に誘起マルテンサイトが生成して割れが発生した。No.39は、N量が多かった例であり、鋼材中にブローホール等の欠陥が生成して鋼材の製造性が悪化した。
【0088】
No.32〜35、37は、本発明で推奨する範囲を外れている参考例である。
【0089】
No.32は、本発明で推奨する範囲を超えてCuを過剰に含有した例であり、熱間加工性が著しく悪くなり、鋼材の製造性が悪化した。No.33は、本発明で推奨する範囲を超えてNiを過剰に含有した例であり、オーステナイトが過度に安定化し、0.2%耐力が目標未達成となった。No.34は、本発明で推奨する範囲を超えてVを過剰に含有した例であり、炭化物が粒径に析出して粒界脆化を起こし、熱間加工性が著しく悪くなり、鋼材の製造性が悪化した。
【0090】
No.35は、本発明で推奨する範囲を超えてCrを過剰に含有した例であり、粒界に粗大な炭化物が生成し、オーステナイト組織の生成量を確保できなかったため、比透磁率が高くなった。また、粗大な炭化物が粒界に生成したことによって、0.2%耐力が目標未達成となり、20℃で曲げ加工を行ったとき、および−20℃で曲げ加工を行ったときの両方で割れが発生した。
【0091】
No.37は、本発明で推奨する範囲を超えてBを過剰に含有した例であり、Fe
2Bがオーステナイト粒界に沿って析出し、粒界強度が低下したため、0.2%耐力が目標未達成になった。また20℃で曲げ加工を行ったとき、および−20℃で曲げ加工を行ったときの両方で割れが発生した。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
【表3】
【0095】
【表4】