特許第6185871号(P6185871)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6185871
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20170814BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20170814BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20170814BHJP
   B23K 35/362 20060101ALN20170814BHJP
【FI】
   B23K35/30 320F
   !C22C38/00 301A
   !C22C38/44
   !B23K35/362 310C
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-68452(P2014-68452)
(22)【出願日】2014年3月28日
(65)【公開番号】特開2015-110241(P2015-110241A)
(43)【公開日】2015年6月18日
【審査請求日】2016年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2013-226438(P2013-226438)
(32)【優先日】2013年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】韓 鵬
(72)【発明者】
【氏名】川崎 浩之
(72)【発明者】
【氏名】北川 良彦
(72)【発明者】
【氏名】名古 秀徳
(72)【発明者】
【氏名】高知 琢哉
(72)【発明者】
【氏名】漆原 亘
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−257789(JP,A)
【文献】 特開昭62−114796(JP,A)
【文献】 特開2006−051515(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第102528319(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 35/362
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ全質量あたり、
C:0.08〜0.20質量%、
Si:0.05〜0.50質量%、
Mn:1.50〜3.00質量%、
Ni:1.00〜1.95質量%、
Cr:0.5〜1.5質量%、
Mo:0.10〜0.45質量%
を含有すると共に、
P:0.015質量%以下、
S:0.015質量%以下
に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなる
サブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項2】
Mn含有量(質量%)を[Mn]、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Cr含有量(質量%)を[Cr]、Mo含有量(質量%)を[Mo]としたとき、下記数式(A)を満たす請求項1に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項3】
更に、ワイヤ全質量あたり、Cu:0.07〜0.40質量%を含有する請求項1又は2に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項4】
更に、ワイヤ全質量あたり、V:0.019質量%以下を含有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項5】
更に、ワイヤ全質量あたり、Zr:0.050質量%以下を含有する請求項1〜4のいずれか1項に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項6】
更に、ワイヤ全質量あたり、Ti:0.010質量%以下を含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【請求項7】
更に、ワイヤ全質量あたり、B:0.0050質量%以下を含有する請求項1〜6のいずれか1項に記載のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接用ソリッドワイヤに関する。より詳しくは、高張力鋼材の溶接に適用されるサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
高張力鋼材を用いた溶接部材や溶接構造物において、溶接金属部の耐水素脆化感受性向上が求められている。従来、溶接金属部の耐水素脆化感受性を向上させる技術として、溶接金属の組織中の残留オーステナイト量を制御する方法やワイヤ成分を特定する方法などが提案されている(例えば、特許文献1,2参照。)。
【0003】
特許文献1に記載の超高強度鋼管では、シーム溶接部の溶接金属において、本シーム溶接で形成される内面本溶接金属及び外面本溶接金属の少なくとも内面本溶接金属の組織中に残留オーステナイト相を1%以上含有させることにより、耐低温割れ性を向上させている。また、特許文献2に記載のサブマージアーク溶接用ワイヤでは、ワイヤ成分組成を特定することにより、溶接金属部の強度及び低温靭性向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−115032号公報
【特許文献2】特開2004−337863号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1,2に記載の技術は、想定されている使用温度が−20℃程度までであり、それよりも低温側の要求には対応できず、例えば−60℃においては靭性などの特性が不十分となる。
【0006】
そこで、本発明は、高張力鋼材の溶接において、耐水素脆化感受性及び低温靭性に優れた溶接金属が得られるサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤを提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤは、ワイヤ全質量あたり、C:0.08〜0.20質量%、Si:0.05〜0.50質量%、Mn:1.50〜3.00質量%、Ni:1.00〜1.95質量%、Cr:0.5〜1.5質量%、Mo:0.10〜0.45質量%を含有すると共に、P:0.015質量%以下、S:0.015質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなるものである。
このサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤは、例えば、Mn含有量(質量%)を[Mn]、Ni含有量(質量%)を[Ni]、Cr含有量(質量%)を[Cr]、Mo含有量(質量%)を[Mo]としたとき、下記数式1を満たす。
【0008】
【数1】
【0009】
本発明のサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤは、前述した各成分に加えて、ワイヤ全質量あたり、Cu:0.07〜0.40質量%、V:0.019質量%以下、Zr:0.050質量%以下、Ti:0.010質量%以下及びB:0.0050質量%以下のうち1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ワイヤ成分組成を特定しているため、高張力鋼材をサブマージアーク溶接したときに、耐水素脆化感受性及び低温靭性に優れた溶接金属を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0012】
本発明の実施形態に係るソリッドワイヤは、サブマージアーク溶接に用いられるものであり、ワイヤ全質量あたり、C:0.08〜0.20質量%、Si:0.05〜0.50質量%、Mn:1.50〜3.00質量%、Ni:1.00〜1.95質量%、Cr:0.5〜1.5質量%、Mo:0.10〜0.45質量%を含有すると共に、P:0.015質量%以下、S:0.015質量%以下に規制され、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
【0013】
以下、本実施形態のソリッドワイヤにおける成分組成の限定理由について説明する。なお、以下に示す各成分の含有量は、ワイヤ全質量あたりの含有量である。
【0014】
[C:0.08〜0.20質量%]
Cは、溶接金属の強度を確保するために欠くことのできない元素である。ただし、C含有量が0.08質量%未満であると、溶接金属の強度が不足したり、靭性を安定化させる効果が不足する。一方、C含有量が0.20質量%を超えると、強度が過剰となり、溶接金属の低温靭性が劣化する。よって、C含有量は、0.08〜0.20質量%とする。
【0015】
なお、溶接金属の強度向上及び靭性安定化の観点から、C含有量は0.10質量%以上とすることが好ましく、低温靭性向上の観点からは、C含有量は0.15質量%以下とすることが好ましい。
【0016】
[Si:0.05〜0.50質量%]
Siは、溶接金属中に固溶状態で存在することで、炭化物形成を遅らせ、残留オーステナイトを安定化させる作用がある。ただし、Si含有量が0.05質量%未満の場合、脱酸不足により、溶接金属の強度及び靭性が低下する。また、Si含有量が0.50質量%を超えると、マトリックス中のフェライトが脆化して、溶接金属の低温靭性が低下する。よって、Si含有量は、0.05〜0.50質量%とする。なお、溶接金属の低温靭性向上の観点から、Si含有量は0.20質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
[Mn:1.50〜3.00質量%]
Mnは、溶接金属の強度を確保する上で必要な元素である。ただし、Mn含有量が1.50質量%未満の場合、溶接金属の強度が不足し、低温靭性も劣化する。また、Mn含有量が3.00質量%を超えると、強度及び焼き入れ性が過多となり、低温靭性が低下する。よって、Mn含有量は、1.50〜3.00質量%とする。
【0018】
なお、溶接金属の強度及び靭性の向上の観点から、Mn含有量は1.80質量%以上とすることが好ましく、低温靭性向上の観点からは、Mn含有量は2.40質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
[Ni:1.00〜1.95質量%]
Niは、溶接金属の強度及び靭性を確保すると上で必要な元素である。ただし、Ni含有量が1.00質量%未満の場合、溶接金属の強度及び靭性を向上させる効果が不十分となり、また、必要な残留オーステナイト量が得られず、耐水素脆化感受性が劣化する。一方、Ni含有量が1.95質量%を超えると、低温靭性が劣化する。よって、Ni含有量は、1.00〜1.95質量%とする。
【0020】
なお、溶接金属の強度及び靭性の向上の観点から、Ni含有量は1.60質量%以上とすることが好ましく、低温靭性向上の観点からは、Ni含有量は1.90質量%以下とすることが好ましい。
【0021】
[Cr:0.5〜1.5質量%]
Crは、粒界ベイナイト組織を微細化させることで、残留オーステナイト粒子の微細化に寄与する元素である。Cr含有量が0.5質量%未満の場合、溶接金属の焼入れ性が大幅に低下し、変態温度が上がって、強度及び低温靭性が共に低下する。Cr含有量が1.5質量%を超えると、残留オーステナイトの生成が抑制されて、必要な残留オーステナイト量を得られず、溶接金属の耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Cr含有量は、0.5〜1.5質量%とする。
【0022】
なお、強度及び低温靭性の向上の観点から、Cr含有量は0.9質量%以上とすることが好ましく、溶接金属の耐水素脆化感受性改善の観点からは、Cr含有量は1.2質量%以下とすることが好ましい。
【0023】
[Mo:0.10〜0.45質量%]
Moは、溶接金属中の強度向上に有用な元素である。ただし、Mo含有量が0.10質量%未満の場合、溶接金属の焼入れ性が大幅に低下し、変態温度が上がって、強度及び低温靭性が共に低下する。一方、Mo含有量が0.45質量%を超えると、残留オーステナイトの生成が抑制され、必要な残留オーステナイト量を得られず、溶接金属の耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Mo含有量は、0.10〜0.45質量%とする。
【0024】
なお、強度及び低温靭性の向上の観点から、Mo含有量は0.20質量%以上とすることが好ましく、溶接金属の耐水素脆化感受性改善の観点からは、Mo含有量は0.40質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
[P:0.015質量%以下]
Pは、溶接金属の低温靭性を著しく低下させる。具体的には、P含有量が0.015質量%を超えると、溶接金属の低温靭性が不足する。よって、P含有量は、0.015質量%以下に規制する。なお、低温靭性向上の観点から、P含有量は0.010質量%以下に規制することが好ましい。
【0026】
[S:0.015質量%以下]
Sは、溶接金属の低温靭性を著しく低下させる。具体的には、S含有量が0.015質量%を超えると、低温靭性が不足する。よって、S含有量は、0.015質量%以下に規制する。なお、低温靭性向上の観点から、S含有量は、0.007質量%以下に規制することが好ましい。
【0027】
[([Mn]+[Ni])/([Cr]+[Mo]):1.4〜4.0]
前述した各成分の組成限定により、溶接金属の低温靭性及び耐水素脆化感受性の両方を確保することができるが、本発明者は、更に、Cr及びMnの総含有量とMn及びNiの総含有量との比(=([Mn]+[Ni])/([Cr]+[Mo]))を特定の範囲にすることにより、低温靭性及び耐水素脆化感受性を向上できることを見出した。
【0028】
具体的には、([Mn]+[Ni])/([Cr]+[Mo])を1.4〜4.0の範囲にすると、溶接金属中における残留オーステナイトの生成を促進し、マトリックスの強化及び変態温度の制御による組織の微細化を実現すると共に、強度のバランスをとることができる。これにより、溶接金属の低温靭性及び耐水素脆化感受性を大幅に向上させることができる。
【0029】
[Cu:0.07〜0.40質量%]
Cuは、溶接金属の強度及び低温靭性に対する寄与が小さく、ワイヤ本体に積極的には添加する必要はないが、ワイヤ表面にCuめっきを施すと、防錆に大きな効果がある。ただし、Cu含有量が0.07質量%未満の場合、防錆効果が小さく、また、Cu含有量が0.40質量%を超えると、ワイヤ送給性が低下する。そこで、本実施形態のソリッドワイヤでは、Cuめっきなどを施す場合は、Cu含有量を0.07〜0.40質量%とすることが好ましい。
【0030】
[V:0.019質量%以下]
Vは、析出強化により、少量の添加で強度、特に耐力を上昇させる元素であるため、必要に応じて添加することができる。ただし、V含有量が0.019質量%を超えると、溶接金属の強度が上昇し、低温靭性が低下すると共に、残留オーステナイトの生成を阻害するため、必要な残留オーステナイト量が得られず耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Vを添加する場合は、0.019質量%以下とする。
【0031】
[Zr:0.050質量%以下]
Zrは、Vと同様に、析出強化により、少量の添加で強度、特に耐力を上昇させる元素であるため、必要に応じて添加することができる。ただし、Zr含有量が0.050質量%を超えると、溶接金属の強度が上昇し、低温靭性が低下すると共に、残留オーステナイトの生成を阻害するため、必要な残留オーステナイト量が得られず、耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Zrを添加する場合は、0.050質量%以下とする。
【0032】
[Ti:0.010質量%以下]
Tiは、V及びZrと同様に、析出強化により、少量の添加で強度、特に耐力を上昇させる元素であるため、必要に応じて添加することができる。ただし、Ti含有量が0.010質量%を超えると、溶接金属の強度が上昇し、低温靭性が低下すると共に、残留オーステナイトの生成を阻害するため、必要な残留オーステナイト量が得られず耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Tiを添加する場合は、0.010質量%以下とする。
【0033】
[B:0.0050質量%以下]
Bは、旧オーステナイト粒界からのフェライト生成を抑制し、溶接金属の強度を向上させる効果がある。ただし、B含有量が0.0050質量%を超えると、溶接金属の強度が著しく上昇し、耐水素脆化感受性が劣化する。よって、Bを添加する場合は、0.0050質量%以下とする。
【0034】
[残部]
本実施形態のソリッドワイヤにおける残部は、Fe及び不可避的不純物である。なお、本実施形態のソリッドワイヤにおける不可避的不純物としては、O、N、Al、Nb、Ca及びMgなどがある。
【0035】
[フラックス]
本実施形態のソリッドワイヤは、例えば焼結型フラックスと組み合わせて使用される。フラックスの組成は、特に限定されるものではないが、例えば、フラックス全質量あたり、MgO:25〜35質量%、Al:10〜20質量%、CaF:12〜22質量%、SiO:10〜20質量%、金属炭酸塩(CO換算値):3〜9質量%、CaO:10〜15質量%、金属Si:0.3〜4.0質量%を含有するものを使用することができる。
【0036】
<MgO:25〜35質量%>
MgOは、フラックスの塩基度を高めると共に、脱酸剤として溶接金属中の酸素を抑える作用があるため、酸素低減に効果があり、更に、スラグの耐火性も高まる。ただし、フラックスのMgO含有量が25質量%未満の場合、この作用が発揮されない。また、MgO含有量が35質量%を超えるフラックスを用いると、スラグの剥離及びビード外観が劣化することがある。よって、フラックスのMgO含有量は、25〜35質量%であることが好ましい。
【0037】
<Al:10〜20質量%>
Alは、スラグ形成剤として作用し、ビードのスラグ剥離性を確保する効果がある。また、Alは、アークの集中性及び安定性を高める働きもある。しかしながら、フラックスのAl含有量が10質量%未満の場合、スラグ剥離性が劣化して、アークが不安定となり、溶接困難になることがある。また、フラックスのAl含有量が20質量%を超えると、溶接金属中の酸素が増加し、靭性が劣化することがある。よって、フラックスのAl含有量は、10〜20質量%であることが好ましい。
【0038】
<CaF:12〜22質量%>
CaFは、一般的に知られている生成スラグの融点を調整するという作用に加えて、溶接金属中の酸素を低減させる効果も有する。しかしながら、フラックスのCaF含有量が12質量%未満の場合、これらの効果が得られず、またフラックスのCaF含有量が22質量%を超えると、アークが不安定になり、ビード外観が劣化し、またビード上にポックマークが発生することがある。よって、フラックスのCaF含有量は、12〜22質量%であることが好ましい。
【0039】
<SiO:10〜20質量%>
SiOは、スラグ形成剤としてビード外観及びビード形状を整える作用がある。しかしながら、フラックスのSiO含有量が10質量%未満の場合、この効果が発揮されず、またフラックスのSiO含有量が20質量%を超えると、溶接金属中の酸素が増加して、靭性が劣化することがある。よって、フラックスのSiO含有量は、10〜20質量%であることが好ましい。
【0040】
<金属炭酸塩(CO換算値):3〜9質量%>
金属炭酸塩は、溶接熱によりガス化し、アーク雰囲気中の水蒸気分圧を下げて、溶接金属中の拡散性水素量を低下させるアークのシールド効果を有する。しかしながら、フラックスの金属炭酸塩含有量が、CO換算で、3質量%未満の場合、この効果が得られない。
【0041】
一方、フラックスの金属炭酸塩含有量が、CO換算で、9質量%を超えると、スラグの剥離性が劣化し、ビード上にポックマークが発生して作業性が不良になることがある。よって、フラックスの金属炭酸塩含有量は、CO換算で、3〜9質量%であることが好ましい。ここで、フラックスに添加される金属炭酸塩としては、CaCOやBaCOなどが挙げられる。
【0042】
<CaO:10〜15質量%>
CaOは、フラックスの塩基度を高め、溶接金属中の酸素低減に効果がある。しかしながら、フラックスのCaO含有量が10質量%未満の場合、この効果は発揮されない。また、フラックスのCaO含有量が15質量%を超えると、アーク安定性及びビード外観が劣化する。よって、フラックスのCaOは、10〜15質量%であることが好ましい。
【0043】
<金属Si:0.3〜4.0質量%>
金属Siは、溶接金属中の酸素量を抑える脱酸効果を有している。しかしながら、フラックスの金属Si含有量が0.3質量%未満の場合、この効果が得られない。また、フラックスの金属Si含有量が4.0質量%を超えると、脱酸効果が向上せず、溶接金属のビード形状が劣化すると共に強度が上がり、靭性が低下する。よって、金属Si含有量は0.3〜4.0質量%であることが好ましい。ここで、金属Siは、Fe−Si、Fe−Si−Mn合金などの形態で、フラックスに添加される。
【0044】
<その他の成分>
フラックスにおける上記以外の成分は、金属炭酸塩におけるCO換算値以外の成分、アルカリ金属酸化物及び不可避的不純物などである。
【0045】
以上詳述したように、本実施形態のソリッドワイヤでは、ワイヤ成分組成を特定の範囲にしているため、残留オーステナイトを制御し、溶接金属の耐水素脆化感受性及び低温靭性を向上させることができる。また、本実施形態のソリッドワイヤは、引張強さが780MPa級の高張力鋼材の溶接に特に好適であり、耐水素脆化感受性及び低温靭性に加え、強度も優れた溶接金属が得られる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。本実施例においては、下記表1に示す成分組成で実施例及び比較例のソリッドワイヤ(ワイヤ径4.0mm)を作製し、性能確認試験を実施した。なお、下記表1に示すW1〜W13のワイヤが本発明の範囲内の実施例であり、W14〜W24のワイヤが本発明の範囲から外れる比較例である。また、下記表1に示すワイヤの成分組成における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0047】
【表1】
【0048】
<全溶着金属溶接>
実施例及び比較例の各ソリッドワイヤと、下記表2に示す焼結型フラックス(IIW塩基度BL=3.5)とを用いて、下記表3に示す組成の引張強さ780MPa級鋼板を母材とし、下記表4に示す条件にて溶接を行った。なお、下記表3に示す鋼板の成分組成における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
そして、得られた溶接金属について、下記の方法により、その機械的性質及び残留オーステナイト相の体積分率を測定すると共に、耐水素脆化感受性を評価した。
【0053】
<引張試験>
溶接金属中央で板厚中央の位置から、JIS Z3111のA1号試験片を採取し、この試験片を用いて、試験温度を室温(20〜23℃)とし、引張試験を行った。その結果、引張強さが770MPa以上のものを合格とした。
【0054】
<衝撃試験>
溶接金属中央で板厚中央の位置から、JIS Z3111のVノッチ試験片を採取し、この試験片を用いて、試験温度を−60℃として、衝撃試験を行った。その結果、−60℃の吸収エネルギーが平均47J以上であったものを合格とした。
【0055】
<残留オーステナイト相の体積分率>
溶接金属の最終パス原質部について、その表面を電解研磨し、リガク社製の二次微小部X線回折装置 RINT−RAPIDIIによりX線回折測定を実施した。その結果から、フェライト相の(110)、(200)、(211)、(220)の各格子面のピーク及び残留オーステナイト相の(111)、(200)、(220)、(311)の各格子面のピークについて、各ピークの積分強度比に基づき、残留オーステナイト相の(111)、(200)、(220)、(311)の体積分率をそれぞれ算出した。そして、これらの平均値(算術平均)を求め、これを「残留オーステナイト相の体積分率」とした。
【0056】
<耐水素脆化感受性>
溶接金属の中央部から、溶接方向に平行にJIS Z3111のA0号試験片を採取し、下記(A)に示す条件で水素チャージを行った後、水素の逃散を防ぐために下記(B)に示す条件で亜鉛めっきを施した。この試験片を用いて、クロスヘッド速度を3.0×10−2mm/分(歪速度:6.94×10−6/秒)としてSSRT(Slow Strain Rate Technique)試験(低歪速度引張試験)を実施した。その結果、試験片の破断伸びが2.0%を超えたものを、「耐水素脆化感受性に優れる」と評価した。
【0057】
(A)水素チャージ条件
・処理溶液:水1L中にNaCl:30gとKSCN:1gとを溶解した水溶液
・電流密度:0.1A/dm
・チャージ時間:100時間
【0058】
(B)めっき条件
・めっき液:水1L中にZnSO・7HO:350g、97体積%のHSO:20.6g及びNaSO:60gを溶解した水溶液
・浴温:60℃
・電流密度:50A/dm
・めっき時間:3分間
【0059】
以上の評価結果を下記表5及び表6にまとめて示す。
【0060】
【表5】
【0061】
【表6】
【0062】
上記表6に示すように、C含有量が本発明の範囲に満たないW14のワイヤを使用した比較例1,12は、溶接金属の低温靭性が低下し、引張強さも低かった。また、C含有量が本発明の範囲を超えているW18のワイヤを使用した比較例5,16も、溶接金属の低温靭性が著しく低下し、更に、耐水素脆化感受性も劣っていた。
【0063】
Siを含有せず、更にCr含有量が本発明の範囲を超えているW15のワイヤを使用した比較例2,13は、低温靭性及び引張強さが低下し、更に、耐水素脆化感受性も劣っていた。同様に、Si含有量が本発明の範囲を超えているW20のワイヤを使用した比較例7,18も、溶接金属の低温靭性が低下し、更に、耐水素脆化感受性も劣っていた。
【0064】
Mn含有量が本発明の範囲未満で、Mo含有量が本発明の範囲を超えているW16のワイヤを使用した比較例3,14は、溶接金属の耐水素脆化感受性が劣っていた。一方、Mn含有量が本発明の範囲を超えているW19のワイヤを使用した比較例6,17は、溶接金属の低温靭性が劣っていた。
【0065】
また、P含有量が本発明の範囲を超えているW17のワイヤを使用した比較例4,15は、溶接金属の低温靭性が著しく低下した。S含有量が本発明の範囲を超えているW21のワイヤを使用した比較例8,19は、溶接金属の低温靭性が著しく低下し、更に、耐水素脆化感受性も劣っていた。
【0066】
Ni含有量が本発明の範囲に満たないW22のワイヤを使用した比較例9,20は、溶接金属の低温靭性が低下した。一方、Ni含有量が本発明の範囲を超えているW24のワイヤを使用した比較例11,22は、溶接金属の低温靭性が低下した。Crを含有しないW23のワイヤを使用した比較例10,21は、溶接金属の低温靭性が低下し、引張強さも低かった。
【0067】
これに対して、表5に示すように、本発明の範囲内で作製したW1〜W13のワイヤを使用した実施例1〜26は、低温靭性及び耐水素脆化感受性に優れた溶接金属が得られた。