特許第6186043号(P6186043)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6186043Fe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯、シーズヒーター、Fe−Ni−Cr合金の製造方法及びシーズヒーターの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6186043
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】Fe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯、シーズヒーター、Fe−Ni−Cr合金の製造方法及びシーズヒーターの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170814BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20170814BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20170814BHJP
   C21C 7/04 20060101ALI20170814BHJP
   C21C 7/072 20060101ALI20170814BHJP
   C21C 7/076 20060101ALI20170814BHJP
   H05B 3/48 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D1/76 G
   C21C7/04 B
   C21C7/04 F
   C21C7/072 Z
   C21C7/076 Z
   H05B3/48
【請求項の数】9
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-109325(P2016-109325)
(22)【出願日】2016年5月31日
【審査請求日】2017年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】山川 和宏
(72)【発明者】
【氏名】平田 茂
(72)【発明者】
【氏名】王 昆
(72)【発明者】
【氏名】轟 秀和
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−241650(JP,A)
【文献】 特開昭61−060868(JP,A)
【文献】 特開平05−247598(JP,A)
【文献】 特公昭58−025746(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 1/76
C21C 7/00 − 7/10
H05B 3/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有することを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。
【請求項2】
前記Fe−Ni−Cr合金は、表面に黒化皮膜を備え、
該黒化皮膜は、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Al、Ti及びOを含有し、且つ、質量%で、該Tiの含有量が1.9〜4.5%、該Alの含有量が0.3〜3.8%であり、該黒化皮膜の厚さが0.5〜10μmであることを特徴とする、請求項1に記載のFe−Ni−Cr合金。
【請求項3】
前記黒化皮膜の放射率が、0.3以上であることを特徴とする、請求項に記載のFe−Ni−Cr合金。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のFe−Ni−Cr合金からなることを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金帯。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のFe−Ni−Cr合金を、被覆管として含むことを特徴とする、シーズヒーター。
【請求項6】
質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有する、Fe−Ni−Cr合金を、
処理温度:900〜1100℃、露点:−35〜10℃、処理時間:1〜30分の条件で、黒化処理することを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金の製造方法。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。
【請求項7】
前記Fe−Ni−Cr合金の組成は、合金原料を溶解した後、精錬を行うことによって調整を行い、
該精錬では、溶解させた合金原料(溶融合金)に、酸素及びアルゴンの混合ガスを吹き込み脱炭した後、クロム還元し、その後、アルミニウム、石灰石及び蛍石を前記溶融合金中に添加して、該溶融合金中の酸素濃度を0.0002〜0.007%、硫黄濃度を0.0002〜0.0015%とすることによって、該溶融合金中のN含有量を0.003〜0.018%に維持することを特徴とする、請求項6に記載のFe−Ni−Cr合金の製造方法。
【請求項8】
前記黒化処理に先立って、前記Fe−Ni−Cr合金に、熱間圧延及び冷間圧延を施すことを特徴とする、請求項6又は7に記載のFe−Ni−Cr合金の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の方法によって得られたFe−Ni−Cr合金を用いて、シーズヒーターの被覆管を製造することを特徴とする、シーズヒーターの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe−Ni−Cr合金、特に、表面性状に優れるとともに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯及びFe−Ni−Cr合金の製造方法、並びに、放射率が高く、熱効率に優れた被覆管を備えるシーズヒーター及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気調理器等の熱源には、ニクロム線を使用したシーズヒーターが多く用いられている。このシーズヒーターは、ニクロム線を金属製の被覆管中に挿入し、空間部にマグネシア粉末などを充填して完全に密封し、ニクロム線に電気を流して発熱させることで加熱を行うものである。この加熱方法は、火気を使わないため、安全性が高く、いわゆるオール電化住宅に必須なアイテムとして、魚焼きグリルなどの電気調理器に幅広く用いられ、その需要は、近年急激に拡大している。
【0003】
特に、高温大気環境下で使用されるシーズヒーターは、被加熱物を効率よく加熱するため、所定量のAlやTiを含んだ材料から製造される被覆管の表面に、黒化処理と呼ばれる熱処理を施すことが一般的に行われる。この黒化処理は、緻密且つ放射率の高い黒色の皮膜(以下、「黒化皮膜」という。)を被覆管の表面に形成させることが目的であり、製造工程の途中で行われる中間熱処理とは異なり、露点や雰囲気ガスの成分を厳密に制御した条件下で行われるものである。
【0004】
また、その他に、上記シーズヒーターの被覆管は、使用時に加熱と冷却を繰り返して受けるため、高温強度や耐熱衝撃性、耐繰り返し酸化特性等に優れること等の特性も必要とされている。
【0005】
ここで、シーズヒーターの被覆管として用いられる材料としては、例えば、Alloy800やAlloy840等のFe−Ni−Cr合金が挙げられる。しかしながら、これらのFe−Ni−Cr合金については、製造時に表面欠陥が発生するという問題や、黒化処理後の皮膜が剥がれるという問題があり、さらなる改善が望まれていた。
【0006】
そのため、Fe−Ni−Cr合金の表面性状の向上を目的として、合金組成の調整を図る技術が開示されている。例えば特許文献1には、Ti、N及びSiの含有量を特定の範囲に制御することによって、表面欠陥の原因となるTiNの生成を抑制する技術が開示されている。
しかしながら、特許文献1の技術では、耐食性の向上効果を有するMoや、オーステナイト相をより安定化させるためのCoを含んでおらず、十分な耐食性を実現できないことから、シーズヒーターの素材には適していなかった。それに加え、黒化性を良好に制御し、黒化皮膜の剥離を抑制するという点ついては、考慮されていなかった。
【0007】
また、特許文献2には、C、Mo、W、V等の含有量について調整を行うことによって、高温乾食の環境における耐食性を改善する技術が開示されている。
しかしながら、特許文献2の技術では、耐食性、特に湿潤環境下での耐食性については考慮されておらず、黒化皮膜の剥離を抑制する点についてはさらなる改善が必要であった。
【0008】
さらに、特許文献3には、合金中のMo含有量を高めることによって、耐繰り返し酸化特性を改善する技術が開示されている。
しかしながら、特許文献3の技術では、耐食性、特に、表面に酸化皮膜がない無垢の状態や、中間熱処理によって形成された酸化皮膜を有する状態における、高温大気環境下及び湿潤環境下での耐食性については考慮されておらず、黒化皮膜の剥離を抑制する点についてはさらなる改善が必要であった。
【0009】
さらにまた、特許文献4には、合金中のCr含有量を高めるとともに、Al及び希土類金属元素(REM)の複合添加を行うことで、耐酸化性を改善する技術が開示されている。
しかしながら、特許文献4の技術では、Al、Ti、REMを含有する合金帯については、Cr含有量が25%を上回ると表面欠陥が発生するおそれや、製造性及び溶接性が悪化するおそれがあり、また、黒化処理後の皮膜の耐剥離性の特性については十分に考慮されていなかった。
【0010】
また、特許文献5には、表面性状の改善及び高温・湿潤環境下における耐食性の改善を目的として、従来から耐食性を評価するために用いられてきたパラメータPREに加えてさらに、熱処理前後の孔食電位測定の差を表わすパラメータPREHを導入し、このPREHを適正範囲に制御するFe−Ni−Cr合金が開示されている。
特許文献5の技術によれば、良好な表面性状及び黒化皮膜の耐剥離性を実現できる。しかしながら、合金中のN含有量を低く制御することが難しく、実際にFe−Ni−Cr合金を製造性する観点からは、さらなる改善が望まれていた。また、より確実に、表面性状を改善できるとともに、黒化性及び耐剥離性の改善された黒化皮膜を形成できる技術の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−147492号公報
【特許文献2】特公昭64−008695号公報
【特許文献3】特公昭64−011106号公報
【特許文献4】特公平02−46663公報
【特許文献5】特開2013−241650公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、表面性状に優れるとともに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯及びFe−Ni−Cr合金の製造方法を提供することを目的とする。さらに、本発明は、放射率が高く、熱効率に優れた被覆管を備えるシーズヒーター及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、調査・検討を行った結果、黒化処理前の合金の表面性状、並びに、黒化処理後の黒化皮膜の黒化性及び耐剥離性のいずれについても、合金中でのTi及びAlのそれぞれの含有量に対するNの含有量が大きく影響し、Ti及びAlの含有量対するNの含有量が所定の範囲を超えて大きくなると、表面性状及び黒化処理後の耐剥離性が悪化することに着目した。
そして、本発明者らは、さらに鋭意研究を行った結果、黒化性に優れた黒化皮膜を形成できるように、合金組成の適正化を図りつつ、Ti、Al及びNについて、特定の関係を満たすように含有させることで、黒化処理後の黒化性を高く維持しつつ、従来のFe−Ni−Cr合金に比べて、表面性状が向上し、黒化皮膜の耐剥離性が大きく向上することを見出した。また、かかるFe−Ni−Cr合金をシーズヒーターの被覆管に用いることで、従来に比べて、放射率が高く、熱効率を大きく向上できることも見出した。
【0014】
本発明は、上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有することを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。
[2]前記Fe−Ni−Cr合金は、表面に黒化皮膜を備え、
該黒化皮膜は、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Al、Ti及びOを含有し、且つ、質量%で、該Tiの含有量が1.9〜4.5%、該Alの含有量が0.3〜3.8%であり、該黒化皮膜の厚さが0.5〜10μmであることを特徴とする、上記[1]に記載のFe−Ni−Cr合金。
[3]前記黒化皮膜の放射率が、0.3以上であることを特徴とする、上記[2]に記載のFe−Ni−Cr合金。
[4]上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のFe−Ni−Cr合金からなることを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金帯。
[5]上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のFe−Ni−Cr合金を、被覆管として含むことを特徴とする、シーズヒーター。
【0015】
[6]質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有する、Fe−Ni−Cr合金を、
処理温度:900〜1100℃、露点:−35〜10℃、処理時間:1〜30分の条件で、黒化処理することを特徴とする、Fe−Ni−Cr合金の製造方法。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。
[7]前記Fe−Ni−Cr合金の組成は、合金原料を溶解した後、精錬を行うことによって調整を行い、
該精錬では、溶解させた合金原料(溶融合金)に、酸素及びアルゴンの混合ガスを吹き込み脱炭した後、クロム還元し、その後、アルミニウム、石灰石及び蛍石を前記溶融合金中に添加して、該溶融合金中の酸素濃度を0.0002〜0.007%、硫黄濃度を0.0002〜0.0015%とすることによって、該溶融合金中のN含有量を0.003〜0.018%に維持することを特徴とする、上記[6]に記載のFe−Ni−Cr合金の製造方法。
[8]前記黒化処理に先立って、前記Fe−Ni−Cr合金に、熱間圧延及び冷間圧延を施すことを特徴とする、上記[6]又は[7]に記載のFe−Ni−Cr合金の製造方法。
[9]上記[6]〜[8]のいずれか1項に記載の方法によって得られたFe−Ni−Cr合金を用いて、シーズヒーターの被覆管を製造することを特徴とする、シーズヒーターの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、表面性状に優れるとともに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯及びFe−Ni−Cr合金の製造方法の提供が可能となる。さらに、本発明は、放射率が高く、熱効率に優れた被覆管を備えるシーズヒーター及びその製造方法の提供が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態について、具体的に説明する。
なお、以下の説明において、Fe−Ni−Cr合金の組成及び溶解した合金原料(溶融合金)の組成における、各元素の含有量の単位は、いずれも「質量%」であり、以下、特に断らない限り単に「%」で示す。
【0018】
(Fe−Ni−Cr合金)
本発明のFe−Ni−Cr合金は、質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有することを特徴とする。
上記構成を備えることで、従来のFe−Ni−Cr合金に比べて、表面性状が得られるとともに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できる。
【0019】
従来のFe−Ni−Cr合金について、表面欠陥の発生及び黒化皮膜の剥離の原因について検討を行った結果、以下のような知見を得た。
黒化処理を行う前の合金の表面欠陥については、表面欠陥部を詳細に調査した結果、AlやTiの窒化物が検出された。このことから、Al及びTiは、凝固時に窒化物として晶出あるいは析出し残存し、これらが熱間圧延後の熱処理・酸洗時の検査において表面に欠陥として現出していることがわかった。
【0020】
また、黒化皮膜の剥離については、黒化皮膜の剥離が発生して外観不良となったシーズヒーター表面(外観不良部)を調査した結果、正常部の表層付近は、外観不良部と比較して、Ti、Alが強く検出された。また、表層から数ミクロン素地側の成分分析を行った結果、外観不良部は正常部と比較して、Ti、Al量が高く、N量も高いことがわかった。そのため、Ti、Al量が高く、N量が高いときに、Ti、Alが窒化物を形成し、緻密で密着性の良い黒化皮膜を形成するのに必要なTi、Al量を確保できないことが、その原因であると推定された。
【0021】
さらに、黒化皮膜の剥離が発生したものと同じ組成の合金板を供試材として用い、熱処理温度1010℃、熱処理時間10分、N雰囲気、露点−20℃で黒化処理を行い、素材成分と黒化皮膜不良との関係を調査した(なお、黒化皮膜組成の分析は、GDS:マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置により行った。)。その際の、供試材中のN量は0.005〜0.008%、Al量は0.28〜0.30%とした。
黒化処理後の黒化皮膜のTi量を比較したところ、外観不良が発生したTi量:0.08%の供試材では、黒化皮膜のTi量が1.2%であったのに対し、外観不良が認められなかったTi量0.11%の供試材では、黒化皮膜のTi量が1.9%、Ti量が0.72%の供試材では、黒化皮膜のTi量が3.1%であった。外観不良の発生がないものは、黒化皮膜のTi量が高い傾向が確認された。
Al量の影響についても、同じ様にN量が0.006〜0.009%、Ti量が0.23〜0.28%の供試材を3種選択、評価したところ、同じく、外観不良の発生がないものは、皮膜のAl量が高い傾向が確認された。例えば、外観良好であったAl量0.25%、0.12%の供試材では、黒化皮膜のAl量は、それぞれ1.5%、0.3%であり、不良が発生したAl量0.08%の供試材では、黒化皮膜のAl量は0.1%であった。
これらの実験から、皮膜特性を改善するには、皮膜中のTi、Al量を多くすることが必要であり、特定の閾値を満たす必要があることが示唆された。
なお、GDSによる分析は、前記Al、Ti以外に金属成分として、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Moが検出され、Co、Cuも極微量検出された。非金属成分としては酸素が主体で窒素も検出された。皮膜の組成は、金属成分すべてと酸素、窒素の検出カウント数から重量%を求める方法で求めたものである。
【0022】
上記知見に基づいて合金の表面性状を改善するとともに、黒化処理後の黒化皮膜の黒化性及び耐剥離性を抑制するべく、鋭意研究を行った結果、以下の事実を究明した。
Fe−Ni−Cr合金における黒化皮膜の、表面欠陥の発生と化学組成の関係については、同一のTi含有量及びAl含有量であっても、N含有量によって欠陥発生頻度が大きく変化することがわかった。すなわち、N含有量が低くなると、Ti及びAlをある程度添加しても欠陥発生はないものの、N含有量が高くなると、欠陥が発生することがわかった。これらの結果から、欠陥発生を抑制するためのTi及びAlの含有量とNの含有量の関係を求めたものが、次の式である。この関係を満たすことによって、Fe−Ni−Cr合金の優れた表面性状を得ることができる。
〔%Ti〕< −39×〔%N〕+1.0
〔%Al〕< −42.5×〔%N〕+1.0
(〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表す。)
また、同じ様に黒化皮膜の剥離についても、黒化皮膜中のTi及びAlの含有量と、N含有量との関係が重要であることがわかった。すなわち、N含有量が高くなると、剥離が生じない皮膜を形成するには、より多くのTi、Alの含有量が必要となることがあった。この結果から、黒化皮膜の剥離を抑制するためのTi及びAlの含有量とNの含有量の関係を求めたものが、次の式である。この関係を満足することで、黒化皮膜の剥離を有効に抑制できる。
〔%Ti〕>11×〔%N〕+0.1
〔%Al〕>7.5×〔%N〕+0.1
【0023】
また、黒化皮膜の黒化性を向上させる点を検討すると、Ti及びAlの役割は次の通りである。一般的なFe−Ni−Cr合金の場合、熱処理を行うと、表層には(Fe、Ni)の酸化物、Crの酸化物からなる皮膜が形成される。一般的に、遷移金属は価数が変化する性質があり、価数が高い、すなわち、より酸化が進んだ皮膜については、黒以外の色に着色することが知られており、Feの酸化物は二価のものは黒色、三価のものは赤褐色、Niの酸化物は黒色、三価のCrの酸化物は緑色であることが知られている。そのため、Fe−Ni−Cr合金の黒化処理を行うと、表面の酸化皮膜は濃緑色となり、そのままでは、放射率が0.3未満であり、シーズヒーター用としては適さない。そこで、Ti、Alを鋼中に添加すると、これらの元素は、Fe、Ni、Crよりも酸化傾向が強いため、二価、三価であるFe、Crの酸化物の価数を、より低くすることができるものと考えられる。
つまり、不明な点も多いが、特定の条件下で熱処理を行うと、Fe、Ni、Crが酸化される一方で、Fe、Ni、Crの酸化物を還元して、NiOとFeO・Cr、(Fe,Ni)O・Cr、あるいは、(Fe,Ni,Cr)O・Cr、といった黒色の皮膜を形成すると考えられる。これにより、表層に形成される酸化物は、相対的に緑色成分を減じることで黒色化が促進され、黒色が際立つこととなる。さらに、Fe−Ni−Cr合金中のSiは、酸化皮膜中において母材側にピークが存在しており、酸化皮膜と母材の密着性を向上させるとともに、黒化皮膜の安定に寄与すると考えられる。
【0024】
また、Ti及びAlは、皮膜の色のみではなく、皮膜厚みにも影響を及ぼす。酸化しやすい元素であるTi及びAlは、黒化処理の初期に酸化し、緻密な皮膜を形成する。これが保護皮膜の役割を果たすことで、その後の皮膜成長を抑制し、結果として薄く密着性の良い皮膜を形成できる。そのため、ある一定量以上、黒化皮膜中にTi及びAlが含まれることが必要であり(Ti:1.9%以上、Al:0.3%以上)、このような組成の黒化皮膜を得るためには、Fe−Ni−Cr合金中のTi、Al量を、いずれも0.10%以上とすることが必要となる。しかしながら、上述したように、Ti、Al量と同様に、窒素の量を制御しなければ、表面性状、並びに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金が得られない。すなわち、本発明は、Ti及びAlの添加量とN量の制御の最適値を求めるため、様々な成分において合金の表面性状、並びに、黒化処理後の黒化皮膜の黒化性及び耐剥離性の関係を調査し、それらが両立し得る範囲を検討した見出したものである。
その結果、以下に述べる成分組成の範囲であれば、表面性状を害することなく、緻密で放射率が高い黒化皮膜を形成できる。
【0025】
そのため、本発明では、Ti及びAlの含有量とNの含有量との最適値を求めた結果、Ti、Al、Cr、Si等の成分元素を特定量含有することに加え、Ti、Al及びNについて、以下の式(1)〜(4)を満足することを必要とする。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
T1<〔%Ti〕<T2
A1<〔%Al〕<A2
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表す。
【0026】
次に、本発明のFe−Ni−Cr合金が含有する各元素について説明する。
C:0.005〜0.03%
合金中のCは、オーステナイト相を安定化する元素である。また、固溶強化によって合金強度を高める効果を有するので、常温及び高温での強度を確保するため、0.005%以上の含有が必要である。一方で、Cは耐食性を改善する効果の大きいCrと炭化物を形成し、その近傍にCr欠乏層を生じさせることによって、耐食性の低下等を引き起こす元素であるため、含有量の上限は0.03%とする必要がある。同様の理由から、好ましいCの含有量は、0.007〜0.025%の範囲であり、より好ましくは、0.008〜0.020%の範囲である。
【0027】
Si:0.17〜1.0%
合金中のSiは、耐酸化性の向上、酸化皮膜と母材の密着性を向上させ、安定した黒化皮膜の形成に有効な元素であり、この効果は、0.17%以上の含有により得られる。しかし、多量の添加は、介在物起因の表面疵を発生させる原因ともなるため、Siの含有量の上限は、1.0%とする。同様の理由から、好ましいSiの含有量は、0.19〜0.80%であり、より好ましくは0.25〜0.75%である。
【0028】
Mn:0.05〜2.0%
合金中のMnは、オーステナイト相を安定化する元素であり、脱酸に必要な元素でもある。加えて、Mnは、黒化性の向上に寄与し、Siとともに酸化皮膜の密着性向上に寄与する。これらの効果をより確実に得るためには、Mnの含有量を、0.05%以上とする。ただし、多量の添加は、耐酸化性の低下を招くため、Mnの含有量の上限は、2.0%とする。同様の理由から、好ましいMnの含有量は、0.1〜1.5%の範囲であり、より好ましくは0.2〜1.2%である。
【0029】
P:0.030%以下
合金中のPは、粒界に偏析し、熱間加工時に割れを発生させる有害元素であるため、極力低減するのが好ましく、本発明では0.030%以下に制限する。同様の理由から、好ましいPの含有量は0.028%以下であり、より好ましくは0.025%以下である。
【0030】
S:0.0002〜0.0015
合金中のSは、粒界に偏析して低融点化合物を形成し、製造時に熱間割れ等を引き起こす有害元素であるため、極力低減することが好ましく、本発明では0.0015%以下に制限する。同様の理由から、好ましいSの含有量の上限は0.0013%以下であり、より好ましくは0.0010%以下である。
また一方で、合金中のSは、0.0002%以上の含有が必要である。その理由としては、Sの含有量が0.0002%未満と低い場合には、精錬中にN濃度が0.018%を超えて高くなるためである。Sは界面活性元素として働くことが知られており、溶融合金表面に濃縮する性質を持つため、溶融合金中に0.015%を超えるNを混入させない効果を持つ。同様の理由から、好ましいSの含有量の下限は0.0003%以上、より好ましくは、0.0006%以上である。
【0031】
Cr:18〜28%
合金中のCrは、湿潤環境下における耐食性の向上に有効な元素である。また、高温大気環境下における腐食の抑制にも効果がある。なお、シーズヒーターの製造過程で行われるような熱処理の雰囲気や露点について、制御を行わずに形成された酸化皮膜においては耐食性が低下するのを抑制する効果を奏する。上記のような湿潤環境及び高温大気環境下における耐食性向上効果を安定して確保するためには、Crの含有量を18%以上とする必要である。ただし、Crの過剰の含有は、オーステナイト相の安定性を低下させ、Niを多量に添加する必要が出てくるため、上限を28%とする。同様の理由から、好ましいCrの含有量は21〜26%の範囲であり、より好ましくは22〜24%である。
【0032】
Ni:21.5〜32%
合金中のNiは、オーステナイト相安定化元素であり、組織安定性の観点から21.5%以上含有させる。また、Niは、耐熱性や高温強度を向上する作用もある。ただし、過剰のNiの添加は、皮膜中に金属Niを形成し、黒化性を阻害し、原料コストの上昇も招く。そのため、Niの含有量の上限を32%とする。同様の理由から、好ましいNiの含有量は22〜28%であり、より好ましくは、24〜26%である。
【0033】
Mo:0.10〜2.8%
合金中のMoは、少量の添加でも塩化物が存在する湿潤環境および高温大気環境下での耐食性を著しく改善し、添加量に比例して耐食性を向上させる効果がある。ただし、シーズヒーターの製造過程で行われる中間熱処理において酸化皮膜が形成された際の耐食性については、ある程度の含有量まで向上効果を奏するものの、多量の含有は有効でない。また、Moを多量に含有した合金は、高温大気環境下で且つ表面の酸素ポテンシャルが低い場合に、Moが優先酸化を起こし、酸化皮膜の剥離が生じるため、悪影響を及ぼす。そのため、Moの含有量は0.10〜2.8%とする。同様の理由から、好ましいMoの含有量は0.5〜2.5%であり、より好ましくは、1.0〜2.0%である。
【0034】
Co:0.05〜1.19%
Coは、C、N及びNiと同様、オーステナイト相を安定させるのに有効な元素である。また、C及びNについては、AlやTi等と炭窒化物を形成して表面疵の発生原因となるため多量に含有することができないが、Coは炭窒化物を形成しない。オーステナイト相の安定化効果を有効に得るためには、Coの含有量を0.05%以上とする。ただし、Co多量の含有は、原料コストの上昇を招くため、含有量の上限値は1.19%以下に制限する。同様の理由から、好ましいCoの含有量は0.10〜1.05%であり、より好ましくは0.15〜0.95%である。
【0035】
Cu:0.01〜0.25%
合金中のCuは、湿潤環境下における耐食性を向上させる元素として含有し、オーステナイト相を安定化させ、軟化させるためにも含有させる。このため、Cuは0.01%以上の含有量が必要である。ただし、過剰の添加は材料表面に斑状の模様を呈した不均一な皮膜を形成して、耐食性を著しく低下させる。そのため、本発明では、Cuの含有量の上限を0.25%未満に制限する。同様の理由から、好ましいCuの含有量は0.06〜0.25%であり、より好ましくは、0.06〜0.20%である。
【0036】
N:0.003〜0.018%
合金中のNは、鋼の耐食性、機械的性質、硬さ等を高める元素であり、オーステナイト生成元素であり、組織安定化にも寄与する。そのため、Nは、少なくとも0.003%以上の含有量が必要である。このNは、精錬中に大気から適量を含有することになるが、精錬時間を適宜調整することや、溶融合金表面におけるS及びOの濃度を適正化することで、含有量を制御できる。ただし、Nの過剰な添加は加工性を低下させ、さらに、Al及びTiとともに含有すると窒化物であるAlN、TiNを形成し、表面欠陥の原因となり、Al及びTiの添加効果を低減させてしまう(つまり、黒化性に有効なAl、Tiの成分を減じてしまう)。そのため、Nの含有量の上限は、0.018%とする。同様の理由から、好ましいNの含有量は0.005〜0.015%であり、より好ましくは0.006〜0.013%である。
【0037】
Ti:0.10〜1.0%
合金中のTiは、緻密で放射率の高い黒色皮膜の形成に有効なだけでなく、Cを固着し耐食性の劣化を抑制する。Tiは、0.10%以上の含有量で、優れた黒化性(放射率0.3以上)の実現に寄与できる。ただし、過剰なTiの添加は、多量の窒化物の形成を招き、表面疵の発生原因となるため、上限は1.0%とする。同様の理由から、好ましいTiの含有量は0.10〜0.60%であり、より好ましくは、0.10〜0.50%である。
【0038】
Al:0.10〜1.0%
合金中のAlは、脱酸剤として有効な成分であり、緻密で放射率の高い黒色皮膜の形成に有効な元素である。Alは、0.10%以上の含有で、例えば、合金中のO濃度を低減し(0.007%以下とし)、優れた黒化性(放射率0.3以上)の実現に寄与できる。ただし、過剰なAlの含有は、多量の窒化物の形成により表面疵の発生原因となるので、含有量の上限は1.0%とする。同様の理由から、好ましいAlの含有量は0.10〜0.60%の範囲であり、より好ましくは0.15〜0.50%の範囲である。
【0039】
O:0.0002〜0.007%
合金中のOは、溶鋼中でAl、Ti、Si及びMnと結合し、脱酸生成物を形成して、表面疵の発生原因となる。また、OがAl、Ti等と結合した場合には、それらの元素の含有効果を低減させる原因となるため、Oの含有量の上限は0.007%とする。同様の理由から、好ましいOの含有量の上限値は0.005%である。より好ましくは、0.0030%とする。
一方で、合金中のOは、0.0002%以上の含有が必要である。その理由としては、O濃度は、0.0002%未満である場合には、精錬時の溶融合金中に混入するNの量が多くなり、合金中のN含有量が0.018%を超えるためである。Oは上述したSと同様に、界面活性元素として知られており、溶融合金表面に濃縮して存在する性質を持つため、Nが0.018%を超えて混入することを防止する効果を有する。同様の理由から、好ましいOの含有量の下限値は0.0003%であり、より好ましくは0.0006%である。
【0040】
H:0.0010%以下
合金中のHは、溶製時に多量に混入すると、凝固時にスラブ中に空洞が形成され、表面疵を発生させる原因となる。そのため、Hの含有量の上限は、0.0010%と厳しく制限する必要がある。含有量の制御については、精錬工程にてArガスを吹精するが、その際のガス量を調整することで制御できる。同様の理由から、好ましいHの含有量の上限値は0.0008%であり、より好ましくは、0.0006%である。
【0041】
残部:Fe及び不可避的不純物
本発明のFe−Ni−Cr合金は、上述した成分以外の残部として、Fe及び不可避的不純物を含む。ただし、本発明の作用効果を阻害しない範囲であれば、他の元素の含有を拒むものではない。
【0042】
また、上述したように、本発明のFe−Ni−Cr合金は、以下の式(1)及び(2)を満足する必要がある。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
T1<〔%Ti〕<T2
式(1)を満たさない場合、つまり、Tiの含有量が式(1)より求めたT1以下の場合、合金中のNの含有量が過剰となり、Tiの一部と窒化物を形成し、密着性の高い黒化皮膜形成への寄与が小さくなる。
また、式(2)を満たさない場合、つまり、Tiの含有量が過剰であり、式(2)より求めたT2以上となると、表面欠陥発生が顕著となり表面性状が低下する。
よって、Tiの含有量は、式(1)及び(2)を満たす範囲に制御する必要がある。
さらに、同様の観点から、Tiの含有量は、以下の(1)’及び(2)’を満足することが好ましい。
T1=11×〔%N〕+0.15 ・・・(1)’
T2=−39×〔%N〕+0.9 ・・・(2)’
【0043】
さらに、上述したように、本発明のFe−Ni−Cr合金は、以下の式(3)及び(4)を満足する必要がある。
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
A1<〔%Al〕<A2
式(3)を満たさない場合、つまり、Alの含有量が(3)式より求めたA1以下の場合、窒素添加量が過剰となり、添加したAlの一部は窒化物を形成し、密着性の高い黒化皮膜形成への寄与が小さくなる。
また、式(4)を満たさない場合、Alの含有量が過剰で、式(4)より求めたA2以上となると、表面欠陥発生が顕著となり表面性状が低下する。
よって、Alの含有量は、式(3)及び(4)を満たす範囲に制御する必要がある。
さらに、同様の観点から、Alの含有量は、以下の(3)’及び(4)’を満足することが好ましい。
A1=7.5×〔%N〕+0.15 ・・・(3)’
A2=−42.5×〔%N〕+0.9 ・・・(4)’
【0044】
次に、Fe−Ni−Cr合金に形成された黒化皮膜について説明する。
前記黒化皮膜は、本発明のFe−Ni−Cr合金に、特定の黒化処理を施すことによって形成された皮膜である。該黒化皮膜の組成については、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Al、Ti及びOを含有し、且つ、質量%で、該Tiの含有量が1.9〜4.5%、該Alの含有量が0.3〜3.8%である。
黒化皮膜中のTiが1.9%以上且つAlが0.3%以上含有されていれば、皮膜の割れをより有効に抑制できる。なお、前記黒化皮膜をGDSにより分析した結果、皮膜を分析すると金属成分としては、Fe、Cr、Ni、Si、Mn、Moが検出され、Co、Cuも微量検出された。非金属成分としては酸素が主体で窒素も検出された。皮膜の組成は、金属成分すべてと酸素、窒素の検出カウント数から質量%を求める方法で決定したものである。皮膜の剥離を抑制するには、皮膜中のTi及びAl量は多い方が良く、好ましい含有量の下限値は、Tiが2.2%、Alが0.9%であり、より好ましくは、Tiが2.5%、Alが1.5%である。なお、Ti及びAl量の含有量の上限値については、特に限定はされないが、皮膜を黒色とする酸化物が主体となる様に制御する為には、それぞれ、4.5%及び3.8%である。
【0045】
また、前記黒化皮膜の厚さは、特に限定はされず、用途によって変更することが可能である。ただし、黒化皮膜として高い放射率を得るには、少なくとも0.5μm以上の厚みを有することが好ましい。一方、黒化皮膜の厚みが大きくなりすぎると、皮膜と母相の塑性変形能の差から剥離が生じてしまうおそれがある。このため、前記黒化皮膜厚さの上限は、10μmとする。同様の観点から、前記黒化皮膜厚さは、0.5〜5μmであることがこのましく、0.5〜3μmであることがより好ましい。
【0046】
また、前記黒化皮膜の放射率は、0.3以上であることが好ましい。黒化皮膜の形成されたFe−Ni−Cr合金を、シーズヒーターとして用い、より高い効率で加熱するには、少なくとも放射率が0.3以上を必要とするためである。
なお、放射率の大きな黒化皮膜を得るには、特に限定はされないが、例えば、黒化皮膜中のTi及びAlの含有量を上述した範囲に制御する方法が挙げられる。黒化皮膜は、その値は、より高い効率で加熱の観点から、大きな値が望まれ、0.4以上であることがより好ましく、0.5以上であることがさらに好ましい。
【0047】
(Fe−Ni−Cr合金の製造方法)
次に、本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法について説明する。
本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法は、質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.17〜1.0%、Mn:0.05〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.0002〜0.0015、Cr:18〜28%、Ni:21.5〜32%、Mo:0.10〜2.8%、Co:0.05〜1.19%、Cu:0.01〜0.25%、N:0.003〜0.018%、Ti:0.10〜1.0%、Al:0.10〜1.0%、O:0.0002〜0.007%及びH:0.0010%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、以下の式(1)〜(4)を満足する組成を有する、Fe−Ni−Cr合金を、
処理温度:900〜1100℃、露点:−35〜10℃、処理時間:1〜30分の条件で、黒化処理することを特徴とする。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
(〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。)
上記構成を備えることで、従来のFe−Ni−Cr合金に比べて、表面性状に優れるとともに、黒化性及び耐剥離性の向上した黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金の提供が可能となる。
【0048】
本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法では、合金原料を溶解し、溶融合金とする。
前記原料については、特に限定はされず、鉄屑、ステンレス屑、フェロニッケル、フェロクロム、その他合金等が挙げられる。該原料については、目的とするFe−Ni−Cr合金の組成を満たすべく、それぞれの量を調整した状態で、溶解させる。
前記原料を溶解する条件についても、特に限定はされず、公知の方法を適宜用いれば良い。例えば、電気炉を用いて原料を溶解させる方法が挙げられる。
【0049】
また、本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法では、前記原料を溶解した後、精錬し、溶融合金の組成を調整する。
精錬工程については、後述するFe−Ni−Cr合金を鋳造できるように、組成を調整できればよく、公知の精錬方法を適宜利用して行うことができる。
【0050】
さらに、前記精錬では、溶解した原料に酸素及びアルゴンの混合ガスを吹き込み脱炭した後、クロム還元し、その後、アルミニウム、石灰石及び蛍石を該溶解した原料中に添加して、該溶解した原料表面の酸素及び硫黄濃度を調整することで、溶融合金中のN含有量を低減させることができる。
上述したように、本発明では、Al及びTiの含有量に対するNの含有量を抑えることが非常に重要である。そのため、何らかの方法でNを低減させる必要があるが、アルミニウム、石灰石及び蛍石を、溶解した原料中に添加して、該溶融合金の酸素濃度を0.0002〜0.007%とし、硫黄濃度を0.0002〜0.0015%とすることによって、大気からのNが該溶融合金中へ混入するのを有効に防ぐことができ、確実にN濃度を0.003〜0.018%に制御することができる。
【0051】
前記精錬工程は、より具体的には、以下に示すような流れで行われる。
前記溶融合金に対して、AOD(Argon Oxygen Decarburization)又はVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)によって、酸素及びArの混合ガスを吹き込み脱炭する。
その後、フェロシリコン合金及び/又はAlを添加して、Cr還元した後、石灰石、蛍石及びAlを添加して、脱酸及び脱硫、つまり、溶解した材料中のO及びSの濃度を適切に調節する。ここで、石灰石、蛍石及びAlを添加する理由は、CaO−SiO−Al−MgO−F系スラグを形成することで、脱酸、脱硫を有効に進め、O及びS濃度を適切な範囲に調節できるからである。なお、MgO源には、AODあるいはVODに使うドロマイトやMgO−C煉瓦からの溶損によって、あるいは、煉瓦の溶損を軽減するために添加するドロマイトなどを利用するのが良い。
【0052】
ここで、上述した脱硫及び脱酸の反応は、以下の反応式のように進行する。
脱酸:2Al+3=(Al
脱硫:3(CaO)+3+2Al=3(CaS)+(Al
括弧で囲んだ化合物は、スラグ中の成分であり、下線の成分は溶融合金中の成分である。
上記式の反応からわかる通り、Alの添加と石灰石の添加は重要である。この反応を進行させるために、スラグ中のCaO濃度は40〜80%に調節することができる。また、スラグ中のAl濃度は5〜30%に調節することができる。
【0053】
前記脱硫及び脱酸について、さらに注意すべき点としては、溶融合金中へのAlの添加量を、1.0%以下とすることである。添加量が1.0%を超えると、溶融合金中のO及びSの濃度が、ともに0.0002%未満と低くなりすぎて、溶融合金における界面活性元素(O及びS)が少なくなり、大気中からNが溶融合金表面に吸着しやすくなる。このような過程を経て、大気からのNの混入が多くなり過ぎると、得られたFe−Ni−Cr合金のN濃度が0.018%を超えて高くなってしまうことがある。その場合、AlN、TiNを形成し、表面欠陥の原因となるだけでなく、AlおよびTiの添加効果、つまり黒化性の低減を引き起こす。一方、Alが0.10%未満の添加であると、O濃度がO:0.007%を超えて高くなり、Al、MgO・Alなどの酸化物系非金属介在物が溶解した原料中に多く存在することから、やはり表面欠陥の原因となる。さらに、S濃度も0.0015%を超えて高くなることから、製造時、特に熱間圧延工程にて熱間割れ等を引き起こしてしまうおそれがある。このように、前記脱硫及び脱酸におけるAlの添加量は、黒化性を向上させるために重要な元素であるだけでなく、Fe−Ni−Cr合金の表面性状の向上、及び、熱間加工性の向上ために重要であるといえる。
【0054】
また、本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法は、特定の組成を有するFe−Ni−Cr合金を鋳造することができる。
前記Fe−Ni−Cr合金の組成については、上述したFe−Ni−Cr合金の発明の中で説明したとおりである。また、前記Fe−Ni−Cr合金を鋳造する方法については特に限定されず、公知の鋳造方法を適宜用いることができ、例えば、連続鋳造法により行うことができる。
【0055】
また、本発明の製造方法は、後述する黒化処理に先立って、前記Fe−Ni−Cr合金に、熱間圧延及び冷間圧延を施すことができる。熱間圧延及び冷間圧延を施すことによって、前記Fe−Ni−Cr合金を、シーズヒーターの用途に用いることができるよう合金帯とすることができる。さらに、熱間圧延及び冷間圧延を施すことで、得られたFe−Ni−Cr合金の表面性状をより向上できるからである。なお、前記熱間圧延及び冷間圧延の詳細な条件については特に限定されず、熱間圧延機及び冷間圧延機を用い、公知の条件によって行うことができる。
【0056】
本発明の製造方法は、得られたFe−Ni−Cr合金を、黒化処理する工程を含む。
該黒化処理の条件については、処理温度:900〜1100℃、露点:−35〜10℃、処理時間:1〜30分の条件で行う。
上記条件で黒化処理を行うことで、高い黒化性を有する黒化皮膜を形成することができる。
【0057】
前記黒化皮膜を形成するための処理温度が、900℃を下回ると皮膜形成が薄く、不均一でムラが生じる等、良好なレベルの放射率を得ることができない。一方、前記処理温度が1100℃を超える場合には、黒化皮膜の組成や厚みが不適当となり、耐剥離性に問題が生じることがある。よって、前記処理温度は900〜1100℃であり、好ましくは950〜1050℃、より好ましくは975〜1025℃である。
また、前記黒化処理の処理時間(保持時間)は、1〜30分とする。処理時間が1分より短い場合、黒化皮膜の形成が不十分となり、所望の黒化性を得ることができない。一方、前記処理時間が30分を超える場合には、耐剥離性が低下する。このため、前記処理は、1〜30分とする必要があり、好ましくは、2〜15分、より好ましくは3〜10分とする。
【0058】
また、前記黒化処理では、処理雰囲気の制御も重要であり、過剰な酸化を抑制する必要がある。このためには、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガス、あるいは窒素を主体の雰囲気とする必要がある。製造コストを考慮した場合には、窒素を用いることが好ましい。酸化の程度は、露点の制御で行うことが最も経済的である。露点については、10℃よりも高くすると酸化が過剰に生じ、皮膜の特性が悪くなり剥離性が要求を満足しなくなる一方、−35℃よりも低くすると、十分な酸化が生じなくなり、黒化性が要求を満足しなくなる、あるいは窒化が生じてしまう場合がある。そのため、前記黒化処理における露点は、10〜−35℃の範囲に制御する必要があり、好ましくは0〜−30℃、より好ましくは−10℃〜−25℃に制御する。
【0059】
(Fe−Ni−Cr合金帯)
本発明のFe−Ni−Cr合金帯は、上述した本発明のFe−Ni−Cr合金からなることを特徴とする。
本発明のFe−Ni−Cr合金から形成することで、合金の表面性状、並びに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金帯が得られる。かかる本発明のFe−Ni−Cr合金帯を、シーズヒーターの被覆管に用いれば、放射率が高く、熱効率を向上できるという効果を奏する。
【0060】
なお、本発明のFe−Ni−Cr合金から、本発明のFe−Ni−Cr合金帯を得る方法については、特に限定はされないが、上述したように熱間圧延及び冷間圧延を施すことでFe−Ni−Cr合金帯を得ることができる。該合金帯については、用途に応じて適宜加工することができ、例えば、後述するシーズヒーターの被覆管に用いる場合には管状に成形(造管)する。
【0061】
(シーズヒーター、シーズヒーターの製造方法)
本発明のシーズヒーターは、上述した本発明のFe−Ni−Cr合金を、被覆管として含むことを特徴とする。
本発明のFe−Ni−Cr合金から被覆管を形成することで、該被覆管の、放射率を向上させるとともに、熱効率の向上したシーズヒーターを得ることができる、という効果を奏する。
【0062】
また、本発明のシーズヒーターの製造方法は、上述した本発明のFe−Ni−Cr合金の製造方法によって得られたFe−Ni−Cr合金を用いて、被覆管を形成することを特徴とする。
本発明の製造方法によって得られたFe−Ni−Cr合金から被覆管を形成することで、放射率が高い被覆管を備えた、高熱効率のシーズヒーターを製造できる、という効果を奏する。
【0063】
ここで、シーズヒーターは、一般的に、ニクロム線が金属管によって包まれた構造になっており、シーズヒーターの被覆管とは、ニクロム線を包含する金属管のことをいう。
【実施例】
【0064】
次に、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。
(実施例1:Fe−Ni−Cr合金のサンプル1〜39)
サンプルとなる全てのFe−Ni−Cr合金について、始めに60t電気炉にてスクラップ、ニッケル、クロム、モリブデン等の原料を溶解した後、AOD(サンプル6及び20以外の全て)又はVOD(サンプル6及び20)にて、酸素とArの混合ガスを吹き込み脱炭した。
その後、フェロシリコン合金及びアルミニウムを添加して、Cr還元した後、石灰石、蛍石及びアルミニウムを添加して、脱酸、脱硫を実施した。そして、組成が調整された溶解原料について、連続鋳造法によって、厚さ:200mm×幅:1000mmであるFe−Ni−Cr合金のスラブを鋳造した。
その後、得られたスラブの表面を研削し、温度1000〜1300℃(サンプル1〜15では1200℃、サンプル16〜18では1100℃、サンプル19〜39では1150℃である。)に加熱した後、熱間圧延して板厚3mmの熱延帯とした後、焼鈍及び酸洗した。その後、冷間圧延を施し、板厚0.7mmの合金帯とした後、さらに焼鈍及び酸洗して得られた延焼鈍帯を、Fe−Ni−Cr合金帯のサンプルとした。得られた各サンプルの組成及び上記式(1)〜(4)から得られた値(T1、T2、A1、A2)を、表1に示す。
【0065】
得られた各サンプルについて、以下の評価を行った。
(1)表面性状評価
得られた各サンプルについて、表面の外観を評価した。帯長さ1000m以内で、長さ20mm以上の欠陥が、20個以上確認されたものを不良(×)、15個以上、20個未満確認されたものを可(△)、10個以上、15個未満のものを良(○)、10個未満のものを優良(◎)として評価した。評価結果を表1に示す。
【0066】
(2)黒化皮膜の黒化性評価
得られた各サンプルより、25×50mmの試験片を採取し、試験片表面を#800のエメリー紙で湿式研磨した後、露点を−20℃に調整した窒素ガス雰囲気中で1010℃×10分の熱処理を施すことで、各試験片の表面に黒化皮膜を形成させた。なお、形成した黒化皮膜については、GDS(マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置)により分析を行うことで、黒化皮膜中のTi、Al量を測定し、さらに、FIB(集束イオンビーム装置)を用いて皮膜/母相を含む断面試料を作製した後、FE−SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)にて観察することで、黒化皮膜の厚さを測定した。測定した黒化皮膜中のAl及びTi量、並びに、黒化皮膜の厚さについては、表1に示す。
その後、形成した黒化皮膜について、放射率測定器(ジャパンセンサー株式会社製、TSS−5X)を用いて放射率を測定した。放射率が0.5以上のものを優良(◎)、0.4超え、0.5未満のものを良(○)、0.3以上、0.4未満のものを可(△)、0.3未満のものを不良(×)として、黒化性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0067】
(3)黒化皮膜の耐剥離性評価
得られた各サンプルより、10×100mmの試験片を採取し、試験片表面を#800のエメリー紙で湿式研磨した後、露点を−20℃に調整した窒素ガス雰囲気中で1010℃×10分の熱処理を施すことで、各試験片の表面に黒化皮膜を形成させた。
その後、90°曲げ、120°曲げを1回行った後、10倍の顕微鏡で表面を観察し、黒化皮膜の剥離の有無を評価した。90°曲げで剥離が生じたものを不良(×)、90°曲げでは剥離は生じないものの、120°曲げでは剥離が生じるものを良(○)、いずれの曲げ角度でも剥離が生じなかったものを優良(◎)と判定した。評価結果を表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
表1より、本発明に適合するサンプル1〜24については、表面性状、黒化性及び耐剥離性の、いずれについても良好な結果を示した。
これに対し、比較例のサンプル25及び26は、P、Sの含有量が本発明を満たしていないため欠陥が発生し、表面性状に劣る結果を示した。
同じく、比較例のサンプル27〜29は、それぞれ、N、Al、Tiが本発明の規定より多いため、欠陥の発生頻度が高く、表面性状に劣る結果を示した。窒化物の形成がその理由である。比較例のサンプル30及び31は、N、Al、Tiが本発明に適合しているものの、式(2)及び式(4)を満たしていないため、表面性状が低下していることがわかる。
さらに、比較例のサンプル32は、H含有量が本発明を満たしていないため、スラブ内に気泡欠陥を多量に生じてしまい、最終的には表面欠陥の発生が多く、表面性状に劣っていた。
比較例のサンプル33及び34は、Al、Ti量が少なく本発明に適合しないため、健全な皮膜が形成されず、黒化性、剥離性に劣っていた。この理由は、皮膜中のTi、あるいはAl量が少なく、適切な厚みの皮膜が形成されなかったことが考えられる。
さらに、比較例のサンプル35及び36は、Ti及びAlの含有量が本発明に適合するものの、窒素の含有量との関係を示す式(1)及び式(3)を満たしていないため、皮膜中のTi、Al量が少なく、黒化性、剥離性に劣っていた。
比較例のサンプル37及び38は、Al濃度が1.0%を超えて高いため、O及びS濃度が0.0001%と著しく低くなり、その結果、N含有量が高くなっていた。このため、窒化物に起因する結果が発生し、表面性状が低下している。また、比較例のサンプル39は、Si及びAl濃度が低いため、O濃度、S濃度が高くなり過ぎ、Nの含有量も下限値を下回っていた。その結果、S濃度が高いため欠陥発生頻度が高く、Al濃度が低いことから、黒化性、剥離性が劣っていた。
【0070】
(実施例2:黒化処理の条件を変更したサンプル5−1〜5−11)
実施例1において作製したFe−Ni−Cr合金のサンプル5について、表2に示すような条件(処理温度、処理時間、雰囲気、露点)で黒化処理を行い、黒化皮膜を形成し、黒化皮膜を有するFe−Ni−Cr合金のサンプルを得た。得られた各サンプルの、黒化皮膜中のAl及びTi量、並びに、黒化皮膜の厚さについては、表2に示す。
得られた各サンプルについて、実施例1と同様の条件で、(2)黒化性及び(3)耐剥離性の評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0071】
【表2】
【0072】
表2より、処理温度、処理時間、露点を変化させた場合であっても、本発明に適合する条件(サンプル5−1〜5−6)であれば黒化性、剥離性は良好であることがわかった。
これに対し、熱処理温度が低い比較例のサンプル5−7、露点が低い比較例のサンプル5−11は、皮膜形成が不十分で黒化性が充分ではなかった。また、熱処理温度が高い比較例のサンプル5−8、保持時間が長い比較例のサンプル5−9、露点が高い比較例のサンプル5−10は、黒化性は充分であるものの、皮膜に剥離が発生し、耐剥離性に劣ることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明によれば、表面性状、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金、Fe−Ni−Cr合金帯及びFe−Ni−Cr合金の製造方法、並びに、放射率が高く、熱効率に優れた被覆管を備えるシーズヒーター及びその製造方法を提供できる。
【要約】
【課題】
表面性状に優れるとともに、黒化性及び耐剥離性に優れた黒化皮膜を形成できるFe−Ni−Cr合金を提供する。
【解決手段】
本発明は、質量%で、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Mo、Co、Cu、N、Ti、Al、O及びHを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ、式(1)〜(4)を満足する組成を有することを特徴とする。
T1=11×〔%N〕+0.1 ・・・(1)
T2=−39×〔%N〕+1.0 ・・・(2)
A1=7.5×〔%N〕+0.1 ・・・(3)
A2=−42.5×〔%N〕+1.0 ・・・(4)
ここで、〔%M〕は、合金中のM元素の含有量(質量%)を表し、T1、T2、A1及びA2は、T1<〔%Ti〕<T2、A1<〔%Al〕<A2の関係を満足する。
【選択図】なし