特許第6186051号(P6186051)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6186051
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】ガスセンサ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20170814BHJP
   G01N 27/407 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   G01N27/416 371G
   G01N27/407
【請求項の数】2
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-135969(P2016-135969)
(22)【出願日】2016年7月8日
【審査請求日】2017年6月16日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088672
【弁理士】
【氏名又は名称】吉竹 英俊
(74)【代理人】
【識別番号】100088845
【弁理士】
【氏名又は名称】有田 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】岡本 拓
(72)【発明者】
【氏名】平田 紀子
(72)【発明者】
【氏名】中山 裕葵
(72)【発明者】
【氏名】門奈 広祐
【審査官】 黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016-33510(JP,A)
【文献】 特開2013-253924(JP,A)
【文献】 特開2003-329644(JP,A)
【文献】 特開平11-209143(JP,A)
【文献】 特開2016-50846(JP,A)
【文献】 特開2017-90405(JP,A)
【文献】 特開2017-96909(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2002/0139691(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/416
G01N 27/407
G01N 27/409
G01N 27/41
G01N 27/419
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定ガス中の炭化水素ガスを検知するための混成電位型のガスセンサであって、
酸素イオン伝導性の固体電解質を構成材料とするセンサ素子を備え、
前記センサ素子が、
貴金属と酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる検知電極を表面に備えるとともに、
Ptと酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる基準電極と、
少なくとも前記検知電極を被覆する多孔質層である表面保護層と、
を備え、
前記貴金属がPtとAuであり、
前記検知電極を構成する貴金属粒子の表面のうち前記Ptが露出している部分に対する前記Auが被覆している部分の面積比率であるAu存在比が0.3以上であり、
前記表面保護層は、
気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上50μm以下であり、かつ気孔径が1μm以上である粗大気孔の全気孔の総面積に対する面積比率が50%以上であるか、
気孔率が28%以上40%以下でありかつ厚みが10μm以上35μm以下であり、
前記検知電極と前記基準電極との間の電位差に基づいて前記炭化水素ガスの濃度を求める、
ことを特徴とするガスセンサ。
【請求項2】
請求項1に記載のガスセンサであって、
前記表面保護層は、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上35μm以下であり、かつ気孔径が1μm以上である粗大気孔の全気孔の総面積に対する面積比率が50%以上である、
ことを特徴とするガスセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素ガス濃度の測定に用いるガスセンサに関し、特にそのセンサ素子に設ける保護層に関する。
【背景技術】
【0002】
近時の排ガス規制の強化に伴い、排ガス中に含まれる炭化水素ガスの濃度を測定する要望が高まっている。係る炭化水素ガス濃度の測定に用いられるガスセンサ(炭化水素ガスセンサ、HCセンサ)であって、固体電解質を主構成材料とするセンサ素子を備えるものが、すでに公知である(例えば、特許文献1ないし特許文献3参照)。
【0003】
特許文献1には、固体電解質からなる支持体の対峙する面もしくは同じ面に設けた2つの電極の間に生じる電位差に基づいてガス濃度を求めるガスセンサが開示されている。
【0004】
特許文献2には、有底円筒状の固体電解質体の外表面に2層構成の検知電極を備えるとともに、内表面に基準電極を備える混成電位型の炭化水素ガスセンサが開示されている。
【0005】
特許文献3には、固体電解質層の積層体たるセンサ素子の表面に検知電極を備えるとともに、素子内部において基準ガスの雰囲気下に配置された基準電極を備える炭化水素ガスセンサが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4914447号公報
【特許文献2】特許第4402282号公報
【特許文献3】特許第5883976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来公知の炭化水素ガスセンサのなかには、センサ素子の表面に保護層を備えるものがある。係る保護層の役割としては、素子表面に設けられた検知電極の被毒物質(例えばリンなど)からの保護や、センサ素子の耐久性の確保などが挙げられる。ただし、保護層は、それらの役割が好適に発揮される一方で、センサ素子において本来予定されている性能の発揮を阻害しないように設けられる必要がある。特に、素子表面に備わる検知電極を被覆するように保護層が設けられる場合には、検知電極への被測定ガスの到達を妨げることがないように、保護層が設けられる必要がある。検知電極への被測定ガスの到達が妨げられると、炭化水素ガスセンサの応答性(リアルタイムな測定の実現性)や測定精度が確保されず、好ましくないからである。
【0008】
一方、炭化水素とは炭素(C)と水素(H)からなる多種類の化合物の総称であり、エンジン排ガスの中には、炭素数(C数)が小さくそれゆえ一分子のサイズが小さい(分子量が小さい)炭化水素から、C数が大きくそれゆえ位置分子のサイズが大きい(分子量が大きい)炭化水素まで、様々な種類の炭化水素が含まれている。排ガス規制で重要なのは、それら全ての炭化水素(トータルハイドロカーボン・THC)を規制することである。それゆえ、炭化水素ガスセンサは、THCを測定可能であることが求められる。
【0009】
図11は、一般的なディーゼルエンジン(排気量2.0L、直列4気筒)から排出される排ガスに含まれるTHCにおける種々の(未燃)炭化水素の存在比を示す円グラフである。図11(a)、図11(b)、図11(c)はそれぞれ、排気温度が200℃、300℃、400℃のときの存在比を示している。なお、図11に示す円グラフを求めるにあたっては、CO、CH、C、C、C、C、C、C、C、HCHO、およびHCOOHの存在比については、FTIR(HORIBA製MEXA−6000FT)による濃度測定の結果に基づいて算出した。そして、それらの物質の濃度の総和を、FID(HORIBA製MEXA−7500D)で測定した全THCの濃度値から差し引いた値に基づいて、その他(主に高級炭化水素)のTHCの合計の存在比を算出した。なお、高級炭化水素とはC数が8以上のものを想定している。なお、図11において0%とは、当該物質の存在比が1%未満であったことを示している。
【0010】
図11からは、排ガスに含まれるTHCにおいては、C数が6以上の物質がおよそ75%以上を占めており、C数が4以下の物質のおよそ3倍の比率で存在していることがわかる。このことは、THCを精度よく測定するには、C数の大きな炭化水素を確実に検出する必要があることを指し示している。なお、COについては検出されなかった。
【0011】
本願発明の発明者は、センサ素子における保護層の形成態様と、炭化水素ガスセンサの測定能力との関係を鋭意検討するなかで、炭化水素ガスセンサにおけるTHCの測定能力が、保護層の形成態様と炭化水素ガスのC数あるいは分子サイズとの関係に影響を受けるという知見を得た。
【0012】
この点に関し、特許文献1および特許文献3には、センサ素子が保護層を備える態様について記載はあるものの、保護層の形成態様と炭化水素ガスのC数あるいは分子サイズとの関係についての開示はない。
【0013】
特許文献2には、検知電極の上に保護層を形成し、かつ、少なくとも保護層に対しあらかじめ意図的に被毒物質を吸着させることで、被毒物質が吸着した場合であっても安定した出力が得られるという技術が開示されている。また、特許文献2においては、被検知ガスとしてC数の異なる種々の炭化水素ガスが例示されている。しかしながら、特許文献2に開示されたセンサ素子に設けられる保護層は相対密度が94%以上で厚みが100μm〜300μmと緻密でかつ厚いものであるため、C数の大きな炭化水素については十分な検知が行えない。実際、特許文献2の実施例においてはC数が3のプロペンがモデルガスに用いられた評価例が示されているに過ぎず、さらにC数の大きな炭化水素を好適に検知できることについて、何ら開示も示唆もなされてはいない。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、C数の大きなガス種を含むTHCの濃度を好適に求めることができるガスセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明の第1の態様は、被測定ガス中の炭化水素ガスを検知するための混成電位型のガスセンサであって、酸素イオン伝導性の固体電解質を構成材料とするセンサ素子を備え、前記センサ素子が、貴金属と酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる検知電極を表面に備えるとともに、Ptと酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる基準電極と、少なくとも前記検知電極を被覆する多孔質層である表面保護層と、を備え、前記貴金属がPtとAuであり、前記検知電極を構成する貴金属粒子の表面のうち前記Ptが露出している部分に対する前記Auが被覆している部分の面積比率であるAu存在比が0.3以上であり、前記表面保護層は、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上50μm以下であり、かつ気孔径が1μm以上である粗大気孔の全気孔の総面積に対する面積比率が50%以上であるか、気孔率が28%以上40%以下でありかつ厚みが10μm以上35μm以下であり、前記検知電極と前記基準電極との間の電位差に基づいて前記炭化水素ガスの濃度を求める、ことを特徴とする。
【0016】
本発明の第2の態様は、第1の態様に係るガスセンサであって、前記表面保護層は、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上35μm以下であり、かつ気孔径が1μm以上である粗大気孔の、全気孔の総面積に対する面積比率が50%以上である、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1および第2の態様によれば、炭素数の大きな炭化水素ガスを含め複数種類の炭化水素ガスが含まれている被測定ガスにおける炭化水素ガス全体の濃度を、実用的な精度で測定することができ、かつ、使用を継続しても表面保護層において被毒物質の目詰まりが生じないガスセンサが、実現される。
【0018】
また、第2の態様によれば、被測定ガスに含まれる炭素数の大きな炭化水素ガスについて確実に検知することができ、被測定ガス中の炭化水素ガス全体の濃度を優れた精度で測定することができるガスセンサが、実現される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の実施の形態に係るガスセンサ100の構成の一例を概略的に示す断面模式図である。
図2】センサ素子101を作製する際の処理の流れを示す図である。
図3】Au液体混合にて検知電極形成用の導電性ペーストを作製する場合の、出発原料におけるAu添加率に対し、当該導電性ペーストを用いて形成した検知電極10におけるAu存在比をプロットした図である。
図4】Cとn−C8とについての感度特性を示す図である。
図5】No.3、No.7、およびNo.11のガスセンサ100についての気孔径分布を示す図である。
図6】No.1〜No.12のガスセンサ100のそれぞれの感度特性を示す図である。
図7】No.1のガスセンサ100の表面保護層についての、エンジン運転の前後におけるSEM像を対比して示す図である。
図8】No.1〜No.3のガスセンサのCとn−C8についての感度特性を示す図である。
図9】No.15、No.7、およびNo.19のガスセンサ100についての気孔径分布を示す図である。
図10】タイプA〜タイプCの全てのガスセンサ100の感度特性を示す図である。
図11】一般的なディーゼルエンジンから排出される排ガスに含まれるTHCにおける種々の(未燃)炭化水素の存在比を示す円グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<ガスセンサの構成例>
図1は、本発明の実施の形態に係るガスセンサ100の構成の一例を概略的に示す断面模式図である。図1(a)は、ガスセンサ100の主たる構成要素であるセンサ素子101の長手方向に沿った垂直断面図である。また、図1(b)は、図1(a)のA−A’位置におけるセンサ素子101の長手方向に垂直な断面を含む図である。
【0021】
本実施の形態に係るガスセンサ100は、いわゆる混成電位型のガスセンサである。ガスセンサ100は、概略的にいえば、ジルコニア(ZrO)等の酸素イオン伝導性固体電解質たるセラミックスを主たる構成材料とするセンサ素子101の表面に設けた検知電極10と、該センサ素子101の内部に設けた基準電極20との間に、混成電位の原理に基づいて両電極近傍における測定対象たるガス成分の濃度の相違に起因して電位差が生じることを利用して、被測定ガス中の当該ガス成分の濃度を求めるものである。
【0022】
より具体的には、ガスセンサ100は、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンなどの内燃機関の排気管内に存在する排ガスを被測定ガスとし、該被測定ガス中の全ての未燃炭化水素ガスであるTHC(トータルハイドロカーボン)の濃度を、好適に求めるためのものである。なお、本明細書において、未燃炭化水素ガスには、C、C、n−C8(C18)などの典型的な炭化水素ガス(化学式上、炭化水素に分類されるもの)に加えて、一酸化炭素(CO)も含むものとする。
【0023】
上述のように、排ガス中には図11に示したような比率にて未燃炭化水素ガスが存在することから、ガスセンサ100において検知電極10と基準電極20の間に生じる電位差はそれら複数種類の未燃炭化水素ガスの存在比率を反映した値となる。
【0024】
また、センサ素子101には、上述した検知電極10および基準電極20に加えて、基準ガス導入層30と、基準ガス導入空間40と、表面保護層50とが主に設けられてなる。
【0025】
なお、本実施の形態においては、センサ素子101が、それぞれが酸素イオン伝導性固体電解質からなる第1固体電解質層1と、第2固体電解質層2と、第3固体電解質層3と、第4固体電解質層4と、第5固体電解質層5と、第6固体電解質層6との6つの層を、図面視で下側からこの順に積層した構造を有し、かつ、主としてそれらの層間あるいは素子外周面に他の構成要素を設けてなるものとする。なお、それら6つの層を形成する固体電界質は緻密な気密のものである。係るセンサ素子101は、例えば、各層に対応するセラミックスグリーンシートに所定の加工および回路パターンの印刷などを行った後にそれらを積層し、さらに、焼成して一体化させることによって製造される。
【0026】
ただし、ガスセンサ100がセンサ素子101をこのような6つの層の積層体として備えることは必須の態様ではない。センサ素子101は、より多数あるいは少数の層の積層体として構成されていてもよいし、あるいは積層構造を有していなくともよい。
【0027】
以下の説明においては、便宜上、図面視で第6固体電解質層6の上側に位置する面をセンサ素子101の表面Saと称し、第1固体電解質層1の下側に位置する面をセンサ素子101の裏面Sbと称する。また、ガスセンサ100を使用して被測定ガス中のTHCの濃度を求める際には、センサ素子101の一方端部である先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲が、被測定ガス雰囲気中に配置され、他方端部である基端部E2を含むその他の部分は、被測定ガス雰囲気と接触しないように配置されるものとする。
【0028】
検知電極10は、被測定ガスを検知するための電極である。検知電極10は、Auを所定の比率で含むPt、つまりはPt−Au合金と、ジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。係る検知電極10は、センサ素子101の表面Saであって、長手方向の一方端部たる先端部E1寄りの位置に平面視略矩形状に設けられてなる。なお、ガスセンサ100が使用される際には、センサ素子101のうち、少なくとも係る検知電極10が設けられている部分までが、被測定ガス中に露出する態様にて配置される。
【0029】
また、検知電極10は、その構成材料たるPt−Au合金の組成を好適に定めることによって未燃炭化水素ガスに対する触媒活性が不能化されてなる。つまりは、検知電極10での未燃炭化水素ガスの分解反応を抑制させられてなる。これにより、ガスセンサ100においては、検知電極10の電位が、THCに対して選択的に、その濃度に応じて変動する(相関を有する)ようになっている。換言すれば、検知電極10は、THCに対しては、電位の濃度依存性が高い一方で、他の被測定ガスの成分に対しては電位の濃度依存性が小さいという特性を有するように、設けられてなる。その詳細については後述する。
【0030】
基準電極20は、センサ素子101の内部に設けられた、被測定ガスの濃度を求める際に基準となる平面視略矩形状の電極である。基準電極20は、Ptとジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。
【0031】
基準ガス導入層30は、センサ素子101の内部において基準電極20を覆うように設けられた、多孔質のアルミナからなる層であり、基準ガス導入空間40は、センサ素子101の基端部E2側に設けられた内部空間である。基準ガス導入空間40には、THC濃度を求める際の基準ガスとしての大気(酸素)が外部より導入される。
【0032】
これら基準ガス導入空間40と基準ガス導入層30は互いに連通しているので、ガスセンサ100が使用される際には基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30を通じて基準電極20の周囲が絶えず大気(酸素)で満たされるようになっている。それゆえ、ガスセンサ100の使用時、基準電極20は、常に一定の電位を有してなる。
【0033】
なお、基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30は周囲の固体電解質によって被測定ガスと接触しないようになっているので、検知電極10が被測定ガスに曝されている状態であっても、基準電極20が被測定ガスと接触することはない。
【0034】
図1に例示する場合であれば、センサ素子101の基端部E2の側において第5固体電解質層5の一部が外部と連通する空間とされる態様にて基準ガス導入空間40が設けられてなる。また、第5固体電解質層5と第6固体電解質層6との間においてセンサ素子101の長手方向に延在させる態様にて基準ガス導入層30が設けられてなる。そして、センサ素子101の重心の図面視下方の位置に、基準電極20が設けられてなる。
【0035】
表面保護層50は、センサ素子101の表面Saにおいて少なくとも検知電極10を被覆する態様にて設けられた、アルミナからなる多孔質層である。表面保護層50は、ガスセンサ100の使用時に被測定ガスに連続的に曝されることによる検知電極10の劣化を抑制する電極保護層として設けられてなる。図1に例示する場合においては、表面保護層50は、検知電極10のみならず、センサ素子101の表面Saのうち先端部E1から所定の範囲を除くほぼ全ての部分を覆う態様にて設けられてなる。
【0036】
表面保護層50は、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上35μm以下であり、かつ、気孔径が1μm以上である気孔(以下、粗大気孔と称する)の面積比率(全気孔の総面積に対する粗大気孔の占める面積の割合)が50%以上である(以下、これらの条件を第1条件と総称する)ように形成されることが好ましい。係る場合、THCに含まれる炭化水素はほぼ確実に表面保護層50を通過して検知電極10に到達する。それゆえ、ガスセンサ100においてはTHC濃度が優れた精度にて測定される。また、被毒物質は表面保護層50に好適にトラップされ、使用を継続しても表面保護層50において被毒物質による目詰まりが生じることもない。
【0037】
表面保護層50が少なくとも、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上50μm以下であり、粗大気孔の面積比率が50%以上であるように形成されるか、気孔率が28%以上40%以下であり、厚みが10μm以上35μm以下であるように形成される(以下、これらの条件を第2条件と総称する)場合には、上述の第1条件にて表面保護層50が形成される場合に比べればやや確実性に劣ることがあるものの、ガスセンサ100においては、C数の大きな炭化水素を含むTHCについて実用的なレベルで概ね検知することができる。これにより、ガスセンサ100は、実用的な精度でTHC濃度を測定することができる。被毒物質については、第1条件の場合と同様、表面保護層50に好適にトラップされ、使用を継続しても表面保護層50において被毒物質による目詰まりが生じることもない。
【0038】
気孔率が28%未満で厚みが50μmを超える場合、C数の大きなガス種が表面保護層50を通過して検知電極10に到達しにくくなるために好ましくない。また、気孔率が28%未満の場合や厚みが10μm未満の場合、使用を継続するにつれて表面保護層50において被毒物質の目詰まりが生じるために好ましくない。一方、気孔率が40%を超える場合、被毒物質が直接に検知電極10に到達しやすくなるため好ましくない。そもそも、気孔率が40%を超える表面保護層50の形成は必ずしも容易ではない。
【0039】
なお、本実施の形態においては、気孔率および気孔径分布を、断面SEM像(2次電子像)の拡大像を画像解析することによって評価するものとする(水谷惟恭他著「セラミックプロセシング」(技報堂出版)の記載を参考にしている)。
【0040】
また、表面保護層50の厚みとは、検知電極10の最表面から表面保護層50の最表面までの距離をいう(センサ素子101の表面Saから表面保護層50の最表面までの距離ではない)。
【0041】
また、図1(b)に示すように、ガスセンサ100においては、検知電極10と基準電極20との間の電位差を測定可能な電位差計60が備わっている。なお、図1(b)においては検知電極10および基準電極20と電位差計60との間の配線を簡略化して示しているが、実際のセンサ素子101においては、基端部E2側の表面Saもしくは裏面Sbに図示しない接続端子がそれぞれの電極に対応させて設けられてなるとともに、それぞれの電極と対応する接続端子とを結ぶ図示しない配線パターンが表面Saおよび素子内部に形成されてなる。そして、検知電極10および基準電極20と電位差計60とは配線パターンおよび接続端子を通じて電気的に接続されてなる。以降、電位差計60で測定される検知電極10と基準電極20との間の電位差をセンサ出力とも称する。
【0042】
さらに、センサ素子101は、固体電解質の酸素イオン伝導性を高めるために、センサ素子101を加熱して保温する温度調整の役割を担うヒータ部70を備えている。ヒータ部70は、ヒータ電極71と、ヒータ72と、スルーホール73と、ヒータ絶縁層74、圧力放散孔75とを備えている。
【0043】
ヒータ電極71は、センサ素子101の裏面Sb(図1においては第1固体電解質層1の下面)に接する態様にて形成されてなる電極である。ヒータ電極71を図示しない外部電源と接続することによって、外部からヒータ部70へ給電することができるようになっている。
【0044】
ヒータ72は、センサ素子101の内部に設けられた電気抵抗体である。ヒータ72は、スルーホール73を介してヒータ電極71と接続されており、該ヒータ電極71を通して外部より給電されることにより発熱し、センサ素子101を形成する固体電解質の加熱と保温を行う。
【0045】
図1に例示する場合であれば、ヒータ72は第2固体電解質層2と第3固体電解質層3とに上下から挟まれた態様にて、かつ、基端部E2から先端部E1近傍の検知電極10の下方の位置に渡って埋設されてなる。これにより、センサ素子101全体を固体電解質が活性化する温度に調整することが可能となっている。
【0046】
ヒータ絶縁層74は、ヒータ72の上下面に、アルミナ等の絶縁体によって形成されてなる絶縁層である。ヒータ絶縁層74は、第2固体電解質層2とヒータ72との間の電気的絶縁性、および、第3固体電解質層3とヒータ72との間の電気的絶縁性を得る目的で形成されている。
【0047】
圧力放散孔75は、第3固体電解質層3を貫通し、基準ガス導入空間40に連通するように設けられてなる部位であり、ヒータ絶縁層74内の温度上昇に伴う内圧上昇を緩和する目的で形成されてなる。
【0048】
以上のような構成を有するガスセンサ100を用いて被測定ガスにおけるTHC濃度を求める際には、上述したように、センサ素子101のうち先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲のみを、被測定ガスが存在する空間に配置する一方で、基端部E2の側は当該空間とは隔絶させて配置し、基準ガス導入空間40に対し大気(酸素)を供給する。また、ヒータ72によりセンサ素子101を適宜の温度400℃〜800℃に、好ましくは500℃〜700℃、より好ましくは500℃〜600℃に加熱する。ヒータ72により加熱される際のセンサ素子101の温度を、素子制御温度とも称する。本実施の形態においては、検知電極10の表面温度により素子制御温度を評価する。検知電極10の表面温度は、赤外線サーモグラフィにより評価可能である。
【0049】
係る状態においては、被測定ガスに曝されてなる検知電極10と大気中に配置されてなる基準電極20との間に電位差が生じる。ただし、上述のように、大気(酸素濃度一定)雰囲気下に配置されてなる基準電極20の電位は一定に保たれている一方で、検知電極10の電位は、被測定ガス中のTHCに対して選択的に濃度依存性を有するものとなっているので、その電位差(センサ出力)は実質的に、検知電極10の周囲に存在する被測定ガスの組成に応じた値となる。それゆえ、THC濃度と、センサ出力との間には一定の関数関係(これを感度特性と称する)が成り立つ。
【0050】
そこで、実際にTHC濃度を求めるにあたっては、あらかじめそれぞれのTHC濃度が既知である、相異なる複数の混合ガスを被測定ガスとしてセンサ出力を測定することで、感度特性を実験的に特定しておく。これにより、ガスセンサ100を実使用する際には、被測定ガス中のTHCの濃度に応じて時々刻々変化するセンサ出力を、図示しない演算処理部において感度特性に基づきTHC濃度に換算することによって、被測定ガス中のTHC濃度をほぼリアルタイムで求めることができる。
【0051】
しかも、本実施の形態に係るガスセンサ100は、表面保護層50が、少なくとも第2条件をみたして設けられることで、C数の大きな炭化水素を含むTHCについて実用的なレベルで概ね検知できるようになっている。特に、第1条件をみたして表面保護層50が設けられる場合には、THCに含まれる炭化水素をほぼ確実に検知できるので、THCを優れた精度にて測定することが可能となっている。
【0052】
<センサ素子の製造プロセス>
次に、図1に例示するような層構造を有する場合を例として、センサ素子101を製造するプロセスについて説明する。概略的にいえば、図1に例示するセンサ素子101は、ジルコニアなどの酸素イオン伝導性固体電解質をセラミックス成分として含むグリーンシートからなる積層体を形成し、該積層体を切断・焼成することによって作製される。酸素イオン伝導性固体電解質としては、例えば、イットリウム部分安定化ジルコニア(YSZ)などが例示される。
【0053】
図2は、センサ素子101を作製する際の処理の流れを示す図である。センサ素子101を作製する場合、まず、パターンが形成されていないグリーンシートであるブランクシート(図示せず)を用意する(ステップS1)。具体的には第1ないし第6固体電解質層1〜6に対応する6枚のブランクシートが用意される。ブランクシートには、印刷時や積層時の位置決めに用いる複数のシート穴が設けられている。係るシート穴は、パンチング装置による打ち抜き処理などで、あらかじめ形成されている。なお、対応する層が内部空間を構成するグリーンシートの場合、該内部空間に対応する貫通部も、同様の打ち抜き処理などによってあらかじめ設けられる。また、センサ素子101の各層に対応するそれぞれのブランクシートの厚みは、全て同じである必要はない。
【0054】
各層に対応したブランクシートが用意できると、それぞれのブランクシートに対して種々のパターンを形成するパターン印刷・乾燥処理を行う(ステップS2)。これには、検知電極10および基準電極20などの電極パターンや、基準ガス導入層30を形成するためのパターンや、図示を省略している内部配線用のパターンなどの形成に加え、表面保護層50を形成するためのパターンの形成も含まれる(ステップS2a)。なお、第1固体電解質層1に対しては、後工程において積層体を切断するときに切断位置の基準とされるカットマークも印刷される。
【0055】
各々のパターンの印刷は、それぞれの形成対象に要求される特性に応じて用意したパターン形成用ペーストを、公知のスクリーン印刷技術を利用してブランクシートに塗布することにより行う。例えば、表面保護層50を形成するためのパターンは、アルミナ粉末とバインダーおよび有機溶剤とからなる保護層用ペーストを第6固体電解質層6に印刷することにより形成される。印刷後の乾燥処理についても、公知の乾燥手段を利用可能である。
【0056】
また、本実施の形態においては、検知電極10の形成に用いる導電性ペーストの調製態様が特徴的である。その詳細については後述する。
【0057】
パターン印刷が終わると、各層に対応するグリーンシート同士を積層・接着するための接着用ペーストの印刷・乾燥処理を行う(ステップS3)。接着用ペーストの印刷には、公知のスクリーン印刷技術を利用可能であり、印刷後の乾燥処理についても、公知の乾燥手段を利用可能である。
【0058】
続いて、接着剤が塗布されたグリーンシートを所定の順序に積み重ねて、所定の温度・圧力条件を与えることで圧着させ、一の積層体とする圧着処理を行う(ステップS4)。具体的には、図示しない所定の積層治具に積層対象となるグリーンシートをシート穴により位置決めしつつ積み重ねて保持し、公知の油圧プレス機などの積層機によって積層治具ごと加熱・加圧することによって行う。加熱・加圧を行う圧力・温度・時間については、用いる積層機にも依存するものであるが、良好な積層が実現できるよう、適宜の条件が定められればよい。
【0059】
上述のようにして積層体が得られると、続いて、係る積層体の複数個所を切断してセンサ素子101の個々の単位(素子体と称する)に切り出す(ステップS5)。切り出された素子体を、所定の条件下で焼成することにより、上述のようなセンサ素子101が生成される(ステップS6)。すなわち、センサ素子101は、固体電解質層と電極との一体焼成によって生成されるものである。その際の焼成温度は、1200℃以上1500℃以下(例えば1370℃)が好適である。なお、係る態様にて一体焼成がなされることで、センサ素子101においては、各電極や表面保護層50などが十分な密着強度を有するものとなっている。
【0060】
このようにして得られたセンサ素子101は、所定のハウジングに収容され、ガスセンサ100の本体(図示せず)に組み込まれる。
【0061】
<電極の詳細>
上述のように、ガスセンサ100においては、検知電極10を、THCに対する触媒活性が不能化されるように形成する。これは、検知電極10の導電性成分(貴金属成分)として、主成分である白金(Pt)に加えて金(Au)を含有させることで実現される。
【0062】
具体的には、検知電極10におけるAuの存在比(Au存在比)が0.3以上となるように、検知電極10を形成する。係る場合、検知電極10を基準電極20と同様にPtとジルコニアとのサーメット電極として形成する場合に比して、検出感度が高くなる。
【0063】
なお、本明細書において、Au存在比とは、検知電極10を構成する貴金属粒子の表面のうち、Ptが露出している部分に対する、Auが被覆している部分の面積比率を意味している。Ptが露出している部分の面積と、Auによって被覆されてなる部分の面積が等しいときに、Au存在比は1となる。本明細書においては、XPS(X線光電子分光法)により得られるAuとPtとについての検出ピークのピーク強度から、相対感度係数法を用いてAu存在比を算出するものとする。
【0064】
なお、Au存在比が0.3以上である場合、検知電極10においては、検知電極10を構成する貴金属粒子の表面にAuが濃化した状態となっている。より詳細には、PtリッチなPt−Au合金粒子の表面近傍に、AuリッチなPt−Au合金が形成された状態となっている。係る状態が実現されてなる場合に、検知電極10における触媒活性が好適に不能化され、検知電極10の電位のTHC濃度依存性が高められる。
【0065】
なお、検知電極10における貴金属成分とジルコニアとの体積比率は、5:5から8:2程度であればよい。
【0066】
また、ガスセンサ100がその機能を好適に発現するには、検知電極10の気孔率が10%以上30%以下であり、検知電極10の厚みは、5μm以上であることが好ましい。特に、気孔率が15%以上25%以下であり、厚みが25μm以上35μm以下であることがより好ましい。
【0067】
また、検知電極10の平面サイズは適宜に定められてよいが、例えば、センサ素子長手方向の長さが2mm〜10mm程度で、これに垂直な方向の長さが1mm〜5mm程度であればよい。なお、上述のように、係る検知電極10を覆う態様にて表面保護層50が形成されることから、当然ながら、表面保護層50の平面サイズは検知電極10の平面サイズよりも大きい。
【0068】
一方、基準電極20については、気孔率が10%以上30%以下であり、厚みが5μm以上15μm以下であるように形成されればよい。また、基準電極20の平面サイズは、図1に例示するように検知電極10に比して小さくてもよいし、図1に例示するように検知電極10と同程度でもよい。
【0069】
<検知電極形成用の導電性ペースト>
次に、検知電極10の形成に用いる導電性ペーストについて説明する。検知電極形成用の導電性ペーストは、Auの出発原料としてAuイオン含有液体を用い、該Auイオン含有液体を、Pt粉末と、ジルコニア粉末と、バインダーとを混合することによって作製する。なお、バインダーとしては、他の原料を印刷可能な程度に分散させることができ、焼成によりすべて焼失するものを適宜選べばよい。係る態様での導電性ペーストの作製を、Au液体混合と称することとする。
【0070】
ここで、Auイオン含有液体とは、Auイオンを含む塩もしくは有機金属錯体を、溶媒へ溶解させたものである。Auイオンを含む塩としては、例えばテトラクロロ金(III)酸(HAuCl)、塩化金(III)ナトリウム(NaAuCl)、二シアノ金(I)カリウム(KAu(CN))などを用いることができる。Auイオンを含む有機金属錯体としては、ジエチレンジアミン金(III)塩化物([Au(en)]Cl)、ジクロロ(1,10-フェナントロリン)金(III)塩化物([Au(phen)Cl]Cl)、ジメチル(トリフルオロアセチルアセトナト)金あるいはジメチル(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)金などを用いることができる。なお、NaやKなどの不純物が電極中に残留しない、取り扱いが容易である、あるいは溶媒へ溶解しやすい、などの観点からは、テトラクロロ金(III)酸やジエチレンジアミン金(III)塩化物([Au(en)]Cl)を用いることが好ましい。また、溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類の他、アセトン、アセトニトリル、ホルムアミドなどを用いることができる。
【0071】
なお、混合は、滴下などの公知の手段を用いて行うことができる。また、得られた導電性ペースト中においては、Auはイオン(もしくは錯イオン)の状態で存在しているが、上述した作製プロセスを経て得られたセンサ素子101に形成されてなる検知電極10においては、Auは主として単体あるいはPtとの合金の状態で存在することになる。
【0072】
図3は、Au液体混合にて検知電極形成用の導電性ペーストを作製する場合の、出発原料における全貴金属元素の重量(PtとAuの重量の総和)に対するAuの重量比率(以下、Au添加率と称する)に対し、当該導電性ペーストを用いて形成した検知電極10におけるAu存在比をAu添加率が50wt%以下の範囲においてプロットした図である。
【0073】
図3からは、Au添加率を2wt%以上とした場合、Au存在比が0.3以上となる検知電極10が作製できること、および、Au添加率が大きいほど、Au存在比が大きくなる傾向があることがわかる。すなわち、Au添加率を2wt%以上とした導電性ペーストを用いることで、Au存在比が0.3以上となる検知電極10を好適に形成することができる。ただし、Au添加率は50wt%以下とするのが好ましい。これは、50wt%を上回る導電性の良好な検知電極10の作製が困難となるためである。
【0074】
<導電性ペースト作製の別態様>
検知電極形成用の導電性ペーストを作製するにあたっては、上述のようにAu液体混合によって作製する代わりに、Ptの粉末にAuをコーティングしたコーティング粉末を出発原料として作製するようにしてもよい。係る場合、当該コーティング粉末と、ジルコニア粉末と、バインダーとを混合することによって、検知電極用の導電性ペーストを作製する。ここで、コーティング粉末としては、Pt粉末の粒子表面をAu膜にて被覆してなる態様のものを用いるようにしてもよいし、Pt粉末粒子にAu粒子を付着させてなる態様のものを用いるようにしてもよい。
【0075】
この場合も、Au存在比が0.3以上となる検知電極10を好適に形成することができる。
【実施例】
【0076】
(実験例)
ガスセンサ100の感度特性のガス種による相違を確認する実験を行った。具体的には、それぞれが排ガス中のTHCの一種であるCとn−C8(C18)とについて、感度特性を評価した。
【0077】
それぞれの感度特性を得た際のセンサ出力(EMF)の測定条件は以下の通りである。なお、Au存在比はいずれのガスセンサ100においても0.50であった。
【0078】
素子制御温度:500℃;
ガス雰囲気(Cの場合):O=10%、HO=5%、C=0ppmC、200ppmC、600ppmC、1400ppmC、残余はN
ガス雰囲気(C18の場合):O=10%、HO=5%、C18=0ppmC、160ppmC、320ppmC、480ppmC、640ppmC、800ppmC、960ppmC、1200ppmC、残余はN
ガス流量:5L/min;
圧力:1atm;
表面保護層:気孔率=28%、厚み=0μm(保護層なし)、10μm、35μm、50μm。
【0079】
図4は、得られた感度特性を示す図である。図4(a)がCについての結果であり、図4(b)がC18についての結果である。両者を比較すると、表面保護層50の厚みが50μmの場合を除き、後者の方がセンサ出力が大きい傾向があることがわかる。このことは、本来は各ガス種が図11に示したような存在比で存在するTHCについてガスセンサ100による測定を行う場合において、仮にC18のようにC数の大きなガス種が表面保護層50を通過せずに検知電極10に到達しなかった場合、センサ出力が本来の値よりも小さくなってしまうことを意味している。
【0080】
また、図4(a)および図4(b)のいずれにおいても、表面保護層50の厚みが50μmと大きい場合に、センサ出力は小さくなっている。このことは、被毒対策のために表面保護層50を過度に厚く設けることはガスセンサ100の検出感度の点から好ましくないことを示している。
【0081】
本実験例からは、THC濃度を精度良く求めるには、各ガス種が、特にC数の大きなガス種が、本来の存在比で検知電極10に到達するよう表面保護層50を形成することが必要であることわかる。
【0082】
(実施例1)
本実施例では、表面保護層50の気孔率と厚みの組み合わせが異なる12種類のガスセンサ100(No.1〜No.12)を用意し、THCに対する感度特性の評価と、リン被毒試験とを行った。具体的には、気孔率を40%、28%、12%の3水準に違え、厚みを5μm、10μm、35μm、50μmの4水準に違えた。なお、Au存在比はいずれのガスセンサ100においても0.50とした。また、センサ素子101作製時の焼成温度は1370℃とした。
【0083】
表面保護層50の気孔率の調整は、表面保護層50の原料であるアルミナ原料の粒径を違えることによって行った。具体的には、粒径と相関のある比表面積が相異なる3種類のアルミナ原料を用いることにより、表面保護層50の気孔率を上述の3水準に違えた。表面保護層50の気孔率とアルミナ原料の比表面積との対応関係は以下の通りである。
【0084】
気孔率40%←比表面積2.5m/g;
気孔率28%←比表面積8.4m/g;
気孔率12%←比表面積60m/g。
【0085】
なお、気孔率の評価は、表面保護層50の断面SEM像を加速電圧5kVの条件で撮像し、その7500倍拡大像を画像解析することによって行った。
【0086】
それぞれのガスセンサ100における表面保護層50の気孔率と厚みの組み合わせを表1に示す。
【0087】
【表1】
【0088】
また、気孔率の評価と併せて、気孔径分布についても評価した。なお、気孔径分布は、上述の画像解析に際して特定される個々の気孔の気孔径を、あらかじめ定めた複数の区間(上下端の区間を除いて0.1μmごとに区分)に分類し、それぞれの区間に分類された気孔の面積の合計の、全気孔の総面積に対する比率(面積比率)を求めることにより評価した。図5は、表面保護層50の厚みがいずれも35μmであるNo.3、No.7、およびNo.11のガスセンサ100についての気孔径分布を示す図である。なお、横軸の各区間においては、小さい方の境界値は当該区間に含み、大きい方の境界値は当該区間に含まない。
【0089】
図5からは、気孔率が大きい表面保護層50ほど、気孔径が1μm以上の粗大気孔の面積比率が大きいことがわかる。特に、No.7、11のガスセンサ100においては、粗大気孔の面積比率がおよそ50%以上となっていた。
【0090】
THCに対する感度特性の評価は、それぞれのガスセンサ100(No.1〜No.12)をディーゼルエンジンの排気管に設置し、ディーゼルエンジンの運転条件を違えることでTHC濃度の異なる種々の排ガスを発生させ、それぞれの場合におけるセンサ出力を測定することにより行った。なお、THC濃度についてはFIDにより確認している。また、素子制御温度は500℃とした。
【0091】
図6は、No.1〜No.12のガスセンサ100のそれぞれの感度特性を示す図である。図6(a)は表面保護層50の気孔率が40%であるNo.1〜No.4についての感度特性を示しており、図6(b)は表面保護層50の気孔率が28%であるNo.5〜No.8についての感度特性を示しており、図6(c)は表面保護層50の気孔率が12%であるNo.9〜No.12のガスセンサ100についての感度特性を示している。図6からは、表面保護層50の気孔率が小さいほど、また、表面保護層50の厚みが大きいほど、感度特性が悪くなる傾向があることがわかる。その一方で、図6(a)に示す気孔率が40%の場合には厚みに関係なく十分なセンサ出力が得られていることもわかる。これは、表面保護層50の気孔率が小さくかつ厚みが大きいガスセンサ100においては、C数の大きなガス種が表面保護層50を十分に通過せず、検知電極10に到達しないために、センサ出力が十分に得られていないことによるものと考えられる。
【0092】
また、表1には、図6に基づいて行った感度特性の評価の結果について併せて示している。感度特性の評価は、ガスセンサ100の主要な使用局面の1つとして想定される、ディーゼルエンジンの排気経路の途中であって酸化触媒(DOC)の下流側におけるTHC濃度を測定する場合を考慮して行った。
【0093】
具体的には、酸化触媒を通過した排ガスのTHC濃度は一般に200ppmC程度であることに鑑み、THC=200ppmCでのセンサ出力が300mV以上であれば、当該センサはTHC濃度を精度よく測定可能であると判定した。表1においては、係る判定結果に該当するガスセンサ100につき、「感度特性評価」欄に丸印(○)を記している。図6からは、No.1〜No.7のガスセンサ100が係る判定基準に該当することがわかる。
【0094】
また、THC=200ppmCでのセンサ出力が150mV以上300mV未満の場合、測定精度は劣るものの、少なくともDOCの劣化診断には使用可能な程度の精度では測定が行えるものと判定した。表1においては、係る判定結果に該当するガスセンサ100につき、「感度特性評価」欄に三角印(△)を記している。図6からは、No.8〜No.10のガスセンサ100が係る判定基準に該当することがわかる。
【0095】
一方、THC=200ppmCでのセンサ出力が150mV未満の場合、十分なセンサ出力が得られていないと判定した。表1においては、係る判定結果に該当するガスセンサ100につき、「感度特性評価」欄にバツ印(×)を記している。図6からは、No.11〜No.12のガスセンサが係る判定基準に該当することがわかる。
【0096】
リン被毒試験は、それぞれのガスセンサ100(No.1〜No.12)をガソリンエンジン(排気量:1.8L)の排気管に設置し、ガソリン1Lに対し被毒物質としてエンジンオイル添加剤(潤滑油添加剤)を0.25mL混入した燃料を使用し、エンジンを70時間運転させることにより行った。
【0097】
そして、係る条件でのエンジン運転の前後において、表面保護層50をSEMにて観察し、運転後の表面保護層50が被毒物質によって目詰まりしているか否かを確認した。表1においては、目詰まりの生じていたガスセンサ100につき、「被毒試験結果」欄にバツ印(×)を記し、目詰まりが生じていなかったガスセンサ100につき、「被毒試験結果」欄に丸印(○)を記している。
【0098】
具体的には、表面保護層50の厚みが5μmであるかあるいは気孔率が12%であるNo.1、No.5、およびNo.9〜No.12のガスセンサ100においては、目詰まりが生じていた。図7は、係る目詰まりの様子を例示するべく示す、No.1のガスセンサ100の表面保護層についての、エンジン運転の前後におけるSEM像を対比して示す図である。運転前のSEM像である図7(a)においては、黒色に見える微細な気孔が多数分布していることが確認されるのに対し、運転後のSEM像である図7(b)においては、係る気孔は全く認められず、灰色および白色の被毒物質が一様に存在している。
【0099】
また、No.1〜No.3のガスセンサについては、当該運転の前後におけるCとn−C8(C18)とについての感度特性も評価した。それぞれの感度特性を得た際の素子制御温度およびガス雰囲気の条件は、実験例と同じとした。
【0100】
図8は、得られた感度特性を示す図である。図8(a)がCについての結果であり、図8(b)がC18についての結果である。図8において、「被毒前」とは被毒試験を行う前に得た感度特性を示し、「被毒後」とは被毒試験を行った後に得た感度特性を示している。
【0101】
図8からわかるように、いずれのガス種についても、No.2およびNo.3のガスセンサ100については被毒試験前の良好な感度特性が被毒試験後もほぼ維持されていた。一方、No.1のガスセンサ100については、被毒試験前は良好な感度特性が得られていたにも関わらず、被毒試験後においてはほとんどセンサ出力が得られなかった。係る結果は、表面保護層50の厚みが小さいガスセンサ100の場合、たとえ当初の感度特性が良好であっても、継続的な使用により被毒が進行すると表面保護層50の目詰まりが生じて測定が行えなくなることを示している。
【0102】
(実施例2)
本実施例では、表面保護層50における気孔径分布の違いがガスセンサ100の性能に与える影響を確認するべく、気孔率は同じであるものの気孔径分布を違えた複数のガスセンサ100を用意し、実施例1と同様に、気孔径分布の評価と、THCに対する感度特性の評価と、リン被毒試験とを行った。
【0103】
具体的には、気孔率はいずれも28%であるものの、気孔径分布を3水準(タイプA〜タイプC)に違え、かつ、厚みを5μm、10μm、35μm、50μmの4水準に違えることで、表面保護層50の異なる全12種類のガスセンサ100(タイプA:No.13〜No.16、タイプB:No.5〜No.8、タイプC:No.17〜No.20)を用意した。タイプBに属するガスセンサ100は、実施例1におけるNo.5〜No.8のガスセンサ100と同じものである。なお、Au存在比はいずれのガスセンサ100においても0.50とした。
【0104】
それぞれのガスセンサ100における表面保護層50の気孔径分布のタイプと厚みの組み合わせを表2に示す。
【0105】
【表2】
【0106】
それぞれのガスセンサ100を作製するにあたっては、保護層用ペーストの作製条件と、センサ素子101作製時の焼成温度とを調整することで、タイプA〜タイプCの気孔径分布を実現し、かつ、それぞれにおいて気孔率を28%に合わせ込んだ。具体的には、以下のようにした。
【0107】
タイプA:比表面積60m/gのアルミナ原料を表面保護層50の原料として使用して保護層用ペーストを作製し、かつ、センサ素子101作製時の焼成温度を1300℃とした;
タイプB:比表面積8.4m/gのアルミナ原料を表面保護層50の原料として使用して保護層用ペーストを作製し、かつ、センサ素子101作製時の焼成温度を1370℃とした;
タイプC:比表面積60m/gのアルミナ原料を表面保護層50の原料として使用するとともに、造孔材としてアクリル樹脂を混入して保護層用ペーストを作製し、かつ、センサ素子101作製時の焼成温度を1370℃とした。
【0108】
図9は、表面保護層50の厚みがいずれも35μmであるNo.15、No.7、およびNo.19のガスセンサ100について、実施例1と同様に求めた気孔径分布を示す図である。なお、図示は省略するが、気孔径分布については、表面保護層50の形成方法が同じであれば厚みが異なっても同様となることが、確認されている。
【0109】
図9からは、タイプA〜タイプCにおいては、気孔率が同じであるにも関わらず、異なる気孔径分布が実際に実現されていることが確認される。より詳細には、粗大気孔の面積比率はタイプAが最小でタイプCが最大であり、特に、タイプBおよびタイプCのガスセンサ100においては、およそ50%以上となっていた。
【0110】
図10は、タイプA〜タイプCの全てのガスセンサ100の感度特性を示す図である。図10(a)は表面保護層50がタイプAの気孔径分布を有するNo.13〜No.16についての感度特性を示しており、図10(b)は表面保護層50がタイプBの気孔径分布を有するNo.5〜No.8についての感度特性を示しており、図10(c)は表面保護層50がタイプCの気孔径分布を有するNo.17〜No.20のガスセンサ100についての感度特性を示している。また、表2には、図10に基づいて行った感度特性の評価の結果について併せて示している。判定基準は実施例1の場合と同様とした。
【0111】
図10からは、粗大気孔の面積比率がおよそ50%以上であるタイプBおよびタイプCのガスセンサ100の場合には、比較的大きなセンサ出力が得られていることがわかる。特に、No.5〜No.7およびNo.17〜No.19のガスセンサ100においては、概ね同じ感度特性が得られていることも確認される。しかも、これらのガスセンサ100のみ、感度特性の評価においてTHC濃度を精度よく測定可能であると判定された(表2において丸印を付している)。このことは、それらのガスセンサ100においては、C数の大きなものも含め、THCに含まれる各ガス種が確実に検知電極10に到達し、それゆえTHCの濃度が精度良く測定できることを意味している。
【0112】
なお、No.13〜No.15、No.8、およびNo.20のガスセンサ100は、感度特性の評価において、少なくともDOCの劣化診断には使用可能な程度の精度では測定が行えるものと判定された(表2において三角印を付している)。また、No.16のガスセンサ100についてのみ、十分なセンサ出力が得られていないと判定された(表2においてバツ印を付している)。
【0113】
さらに、表2には、被毒試験後の表面保護層50における目詰まりの有無についても、実施例1と同様の基準にて記している。
【0114】
具体的には、タイプA〜タイプCのそれぞれにおいて表面保護層50の厚みが5μmであるNo.13、No.5、およびNo.17のガスセンサ100において、目詰まりが生じていた。
【0115】
(実施例1および実施例2のまとめ)
以上に示した実施例1および実施例2において、THC濃度を精度よく測定可能な感度特性が得られ、かつ、表面保護層50において被毒物質による目詰まりが生じないと判定された(表1および表2の「感度特性評価」欄に丸印が付され、「被毒試験結果」欄に丸印が付されている)のは、No.2〜No.4、No.6〜No.7、No.18〜No.19のガスセンサ100であった。
【0116】
また、THC濃度の測定精度は必ずしも十分ではないものの、DOCの劣化診断には使用可能な程度の感度特性が得られ、かつ、表面保護層50において被毒物質による目詰まりが生じないと判定された(表1および表2の「感度特性評価」欄に三角印が付され、「被毒試験結果」欄に丸印が付されている)のは、No.8、No.14〜No.15、No.20のガスセンサ100であった。
【0117】
これらの結果からは、表面保護層50が少なくとも第2条件をみたして形成されたガスセンサ100によれば、C数の大きな炭化水素を含むTHCについて少なくとも実用的なレベルでは検知することができること、および、係るガスセンサ100においては、使用を継続しても表面保護層50において被毒物質の目詰まりが生じないことがわかる。さらには、表面保護層50が第1条件をみたして形成されるガスセンサ100によれば、THCに含まれる炭化水素をほぼ確実に検知することができ、THCを優れた精度にて測定できることがわかる。
【符号の説明】
【0118】
1〜6 第1〜第6固体電解質層
10 検知電極
20 基準電極
30 基準ガス導入層
40 基準ガス導入空間
50 表面保護層
70 ヒータ部
100 ガスセンサ
101 センサ素子
【要約】
【課題】C数の大きなガス種を含むTHC濃度を好適に求められきるガスセンサを提供する。
【解決手段】被測定ガス中の炭化水素ガスを検知するための混成電位型のガスセンサに備わる、酸素イオン伝導性の固体電解質を構成材料とするセンサ素子が、PtおよびAuと酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる検知電極を表面に備えるとともに、Ptと酸素イオン伝導性を有する固体電解質とのサーメットからなる基準電極と、少なくとも検知電極を被覆する多孔質の表面保護層と、を備え、検知電極を構成する貴金属粒子の表面におけるAu存在比が0.3以上であり、表面保護層は、気孔率が28%〜40%であり、厚みが10〜50μmであり、かつ気孔径が1μm以上である粗大気孔の全気孔の総面積に対する面積比率が50%以上であるか、気孔率が28%〜40%でありかつ厚みが10μm〜35μmである、ようにした。
【選択図】図1
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