特許第6186241号(P6186241)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6186241
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】ボルトの健全性診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/12 20060101AFI20170814BHJP
【FI】
   G01N29/12
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-217982(P2013-217982)
(22)【出願日】2013年10月21日
(65)【公開番号】特開2015-81767(P2015-81767A)
(43)【公開日】2015年4月27日
【審査請求日】2016年9月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】597164747
【氏名又は名称】アプライドリサーチ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】502386444
【氏名又は名称】日東建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104927
【弁理士】
【氏名又は名称】和泉 久志
(72)【発明者】
【氏名】境 友昭
(72)【発明者】
【氏名】久保 元
【審査官】 田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−058124(JP,A)
【文献】 特開平07−280779(JP,A)
【文献】 特開昭60−058551(JP,A)
【文献】 特開昭60−207013(JP,A)
【文献】 特開平03−162644(JP,A)
【文献】 特開2010−203810(JP,A)
【文献】 特開昭60−260828(JP,A)
【文献】 特開平08−201254(JP,A)
【文献】 特開平11−326292(JP,A)
【文献】 特開2010−060286(JP,A)
【文献】 米国特許第5798981(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00−29/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速度計を備えた打撃ハンマによってボルトを直接打撃して打撃力波形を測定し、打撃力の最大値と打撃力に対する反力の最大値との比である反発度を算出するとともに、前記打撃力の最大値が発生する時刻と前記反力の最大値が発生する時刻との差である遅れ時間を算出し、これら打撃力の最大値、反発度及び遅れ時間に基づいてボルトの健全性を診断するボルトの健全性診断方法。
【請求項2】
前記ボルトは、一部がコンクリートから突出して設けられるアンカーボルトである請求項1記載のボルトの健全性診断方法。
【請求項3】
前記ボルトは、所要の部材に螺合固定されるボルトである請求項1記載のボルトの健全性診断方法。
【請求項4】
前記反発度及び遅れ時間は、前記打撃力波形のうち、打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの区間を切り出し、この切り出した区間の波形を打撃力の最大値の時刻を基準に反転して合成した入力波形を得た後、前記打撃力波形から前記入力波形を差し引いたボルトの応答波形を得ておき、前記入力波形の最大値と応答波形の最大値との比を前記反発度として算出するとともに、前記入力波形の最大値が発生する時刻と前記応答波形の最大値が発生する時刻との差を前記遅れ時間として算出する請求項1〜3いずれかに記載のボルトの健全性診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物に設置されたアンカーボルトや自動車のホイールボルトなどをハンマによって直接打撃してボルトの健全性を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ボルトの健全性検査方法として、打音検査が知られている。この打音検査は、熟練工がハンマでボルトを直接打撃したときの打音からボルトの健全性を評価するものであり、人の聴覚に依存した官能試験である。このため、記録が残らない、人の判断であり客観性が乏しいなどの問題が指摘されてきた。
【0003】
このような打音検査による不良の原因としては、ボルトの破損やボルトやナットの締結不良などが考えられるとともに、ケミカルアンカーやメカニカルアンカーの場合には接着剤や接合部材の不具合による定着不良などが考えられる。
【0004】
打撃に対する応答を測定し、その応答波形から健全性を診断する方法として、下記特許文献1には、一部がコンクリート表面から露出した状態で埋設された金物を有するコンクリート構造物の健全性を検査する非破壊検査方法であって、前記金物の露出部から前記金物の内部に向けて弾性波を発振し、この弾性波の反射波を受振して、この反射波の強さと時間遅れとに基づいて前記金物の健全性を検査するコンクリート構造物の非破壊検査方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−203810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1記載の検査方法では、ハンマによる打撃に対する応答をボルトあるいはコンクリート表面に取り付けた受振器(加速度計)で測定することにより、ボルトの健全性やその周囲直近のコンクリートの健全性を把握しているが、ボルトの健全性が不良と判断されても、測定結果からボルトの破損なのか、それとも締結不良なのか、あるいはアンカーボルトの場合にはコンクリートとの定着不良なのかを客観的に判断することはできなかった。
【0007】
また、上記特許文献1記載の検査方法では、コンクリート表面に受振器(加速度計)を配置し、アンカーボルトの頭部をハンドハンマで軽打したときの応答を計測しているが、複数のボルトを測定する度毎に、その近傍のコンクリート表面に加速度計を設置しなければならず、測定に手間がかかる欠点があった。
【0008】
そこで本発明の主たる課題は、客観的な健全性診断をできるようにするとともに、診断作業の手間を大幅に軽減したボルトの健全性診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、加速度計を備えた打撃ハンマによってボルトを直接打撃して打撃力波形を測定し、打撃力の最大値と打撃力に対する反力の最大値との比である反発度を算出するとともに、前記打撃力の最大値が発生する時刻と前記反力の最大値が発生する時刻との差である遅れ時間を算出し、これら打撃力の最大値、反発度及び遅れ時間に基づいてボルトの健全性を診断するボルトの健全性診断方法が提供される。
【0010】
上記請求項1記載の発明では、加速度計を備えた打撃ハンマによってボルトを直接打撃して打撃力波形を測定するので、ボルトの周辺に加速度計を取り付けたり、測定の度毎に加速度計を一々付け替えたりしなくてよく、診断作業の手間を大幅に省くことができる。
【0011】
このとき、打撃ハンマに備えられた加速度計によって測定されるのは入力波形のみではなく、入力波形と出力としての応答波形とが重畳した波形である。この性質を利用して、打撃力の最大値と打撃力に対する反力の最大値との比である反発度を算出するとともに、前記打撃力の最大値が発生する時刻と前記反力の最大値が発生する時刻との差である遅れ時間を算出し、これら打撃力の最大値、反発度及び遅れ時間に基づいてボルトの健全性を診断している。このように、人の聴覚に依存した官能試験ではなく、客観的なデータ(打撃力の最大値、反発度及び遅れ時間)に基づいてボルトの健全性を診断しているので、客観的な健全性の診断が可能になる。また、予め反発度と遅れ時間の関係から典型的なボルトの不具合についての評価空間を作成しておけば、健全・非健全が客観的に判断できるとともに、非健全の原因が接着不良なのか折損なのかなどが客観的に判断できるようになる。
【0012】
請求項2に係る本発明として、前記ボルトは、一部がコンクリートから突出して設けられるアンカーボルトである請求項1記載のボルトの健全性診断方法が提供される。
【0013】
上記請求項2記載の発明では、ケミカルアンカーやメカニカルアンカーなど、一部がコンクリートから突出して設けられるアンカーボルトを対象としている。
【0014】
請求項3に係る本発明として、前記ボルトは、所要の部材に螺合固定されるボルトである請求項1記載のボルトの健全性診断方法が提供される。
【0015】
上記請求項3記載の発明では、大型自動車等のホイールボルトなど、ボルトやナットによって所要の部材に螺合固定されるボルトを対象としている。
【0016】
請求項4に係る本発明として、前記反発度及び遅れ時間は、前記打撃力波形のうち、打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの区間を切り出し、この切り出した区間の波形を打撃力の最大値の時刻を基準に反転して合成した入力波形を得た後、前記打撃力波形から前記入力波形を差し引いたボルトの応答波形を得ておき、前記入力波形の最大値と応答波形の最大値との比を前記反発度として算出するとともに、前記入力波形の最大値が発生する時刻と前記応答波形の最大値が発生する時刻との差を前記遅れ時間として算出する請求項1〜3いずれかに記載のボルトの健全性診断方法が提供される。
【0017】
上記請求項4記載の発明では、前述の通り打撃力波形が入力波形と応答波形が重畳した波形であることから、入力波形と応答波形の推定方法を規定するとともに、前記反発度及び遅れ時間の算出方法について規定している。ボルトが完全弾性体としての挙動をする場合、打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの波形と最大値から元に戻るまでの波形は、打撃力の最大値の時刻を基準とすると、この基準軸に対して左右に対称な波形となる。これは、弾性体であれば、ボルトのバネ要素が圧縮される過程を逆に辿って圧縮力が解放されるからである。したがって、打撃力波形を入力波形と応答波形とに分離するため、打撃力波形の打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの区間を切り出し、この切り出した波形を最大値の時刻を基準に反転して合成することにより入力波形を得た後、前記打撃力波形から前記入力波形を差し引いたボルトの応答波形を得る。そして、入力波形の最大値と応答波形の最大値との比を反発度として算出するとともに、入力波形の最大値が発生する時刻と応答波形の最大値が発生する時刻との差を遅れ時間として算出する。
【発明の効果】
【0018】
以上詳説のとおり本発明によれば、客観的な健全性診断ができるようになるとともに、診断作業の手間が大幅に軽減できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係る健全性診断方法を実施するための測定システムの概略図である。
図2】健全なボルトの打撃力波形である。
図3】接着剤が塑性限界に達したボルトの打撃力波形である。
図4】打撃力波形から入力波形と応答波形を求める際の解説図である。
図5】ボルト先端が母材に衝突する場合の打撃力波形である。
図6】評価空間を示す図である。
図7】打撃力波形から入力波形を求める手順を示す図である。
図8】再現した入力波形である。
図9】入力波形を差し引いた応答波形である。
図10】健全なボルトの打撃力波形の測定結果である。
図11】接着剤が塑性限界に達したボルトの打撃力波形の測定結果である。
図12】ボルト先端が母材に衝突する場合の打撃力波形の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0021】
本発明に係る健全性診断方法は、図1(A)に示されるように、ケミカルアンカーやメカニカルアンカーなど、一部がコンクリートから突出して設けられるアンカーボルト2や、同図1(B)に示されるように、大型自動車等のホイールボルト2など、ボルトやナットによって所要の部材に螺合固定されるボルトを対象とし、このボルトの先端部を打撃ハンマ1によって軸方向に直接打撃することによって打撃力波形を測定し、その打撃力波形に基づいて健全性を診断するものである。
【0022】
前記打撃ハンマ1は、打撃時のハンマに作用する反力を測定するための加速度計が内蔵された健全性診断用の打撃ハンマを用いることが望ましいが、一般的な工具用ハンマに加速度計を取り付けたものとしてもよい。
1.基本原理
先ずはじめに、本診断方法の基本原理について、アンカーボルト(ケミカルアンカーボルト)を例に説明する。ケミカルアンカーの場合、アンカーボルトは、コンクリート構造体などの定着部にアンカー用の孔を空け、エポキシ樹脂等の接着剤によって母材(コンクリート)と接合されている。エポキシ樹脂等の接着剤は、アンカーボルトと母材を強固に固着する特性を有するが、その使用量が適切量より少ない場合、また孔の清掃等の処理が適切に行われていない場合など、アンカーボルトに要求される引抜抵抗力を発揮できないことがある。
【0023】
アンカーボルトを母材に固着する接着剤は、力学的挙動としては、その許容限度の範囲内ではバネとしての機能を発揮するが、許容限度を超えると剪断あるいはずれ破壊(粘着力の限界を超えることによる滑り破壊)などの塑性限界に達し、ボルトの引き抜け事故に繋がる。
【0024】
一般に、接着剤は弾塑性体として作用するが、弾性変形範囲では、バネとしての作用を持ち、この場合、ボルトを引っ張る方向と押し込む方向での変位−反力関係は同じであり、接着剤部のバネ係数の強弱、及び弾性変形領域での最大荷重によって、接着剤のバネ特性を記述することができる。
【0025】
このような弾性体バネを剛な質点とみなし得るハンマで打撃すると、ハンマ質量と接着剤のバネで構成される単弦振動が生成される。実際は、ハンマは打撃時にアンカーボルトを押し込み、また押し込まれたアンカーボルトが弾性変形エネルギーをハンマに返しつつハンマを押し戻し、ハンマはアンカーボルトから反発して離れる。このため、振動は継続せず、ハンマ側の打撃力波形で見ると、上に凸な1個のピーク値を有し、かつピーク値の時刻に対して前後で対称な打撃力波形が得られる。
【0026】
このときの打撃力の最大値Fmaxは、
【数1】
である。
【0027】
また、周期Tは、
【数2】
である。
【0028】
また、ハンマの加速度A(t)を加速度値が最大になるまで積分した値は、ハンマの初速度Vと等しく、したがって、
【数3】
【数4】
【0029】
よって、
【数5】
として、ボルトのバネ係数K(実際は、接着剤のバネ的挙動時におけるバネ係数)が求められる。
【0030】
ハンマがボルトに衝突するときのハンマの初速度Vは、ハンマに作用する加速度A(t)を打撃開始(t=0)から打撃力が最大値に達するまでの時間(t=t)で積分することによって得られる。また、打撃力の最大値Fmaxは、ハンマに発生した最大加速度Amaxにハンマ質量mを乗じることによって算出することが可能である。ただし、周期Tは、ボルトの挙動によって実際に観測される波形に歪みが生じるため直感的に確定することは難しい。しかしながら、打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの時間の2倍の時間として推定することが可能である。つまり、ボルトが完全弾性体としての挙動をする場合、打撃開始から最大値に至る経路での波形と最大値から元に戻るまでの波形は、打撃力が最大値になる時刻tを基準とすると、この基準軸に対して左右に対称な波形となる。これは、弾性体であれば、ボルトのバネ要素が圧縮される過程を逆に辿って圧縮力が解放されるからである。
【0031】
したがって、このような場合、測定される波形は、1つの上に凸なピーク値に対して左右(時間の前後)に対称な波形となる。この波形は、ボルト及びこれを母材に固定している接着剤等が健全であることを示している。
【0032】
一方、ボルトの接着剤に不具合があると、その不具合に応じた波形が得られることになる。波形の変化は、応答するボルトの振動システムの打撃力の最大値、反発度及び遅れ時間に依存する。ここで、加速度計を備えた打撃ハンマ1によってボルトを直接打撃して測定された打撃力波形は、入力波形のみではなく、入力波形と出力としての応答波形(反力)が重畳した波形である。
【0033】
前記反発度は、打撃力の最大値と打撃力に対する反力の最大値との比によって算出できる。先に説明した弾性体の場合、前記反発度は1である。すなわち、入力した波形がそのまま出力される。
【0034】
前記遅れ時間は、打撃力の最大値が発生する時刻と反力の最大値が発生する時刻との差によって算出できる。先に説明した弾性体の場合、入力した波形がそのまま出力されるので、遅れ時間は0である。
【0035】
2.打撃力波形
次に、打撃ハンマによってボルトを直接打撃したときに測定される打撃力波形(加速度の時系列波形)の典型例について説明する。
【0036】
(1)健全ボルトの場合
ボルトが健全な場合(外力が作用したときに弾性変形範囲で荷重に対する抵抗力を発揮する場合)、打撃力波形は図2に示されるように、1つの上に凸なピークに対して左右に対称な波形となる。理想的には、ハンマの初速度V(加速度を打撃開始から最大値に至るまでの時間で積分した値)と反発速度V(加速度を最大値から打撃終了に至るまでの時間で積分した値)とは等しくなるが、実際の測定上は、V>Vとなる。このときの反発度は1、遅れ時間は0である。
【0037】
極大となっている加速度の最大値Amaxにハンマ質量mを乗じて打撃力の最大値Fmaxを得るが、この値は、ボルトがこの測定された打撃力の最大値Fmaxの範囲では弾性体として挙動することを示し、測定された打撃力の最大値Fmaxの範囲でのボルトの耐力を示すものである。
【0038】
(2)接着剤が塑性限界に達したボルトの場合
打撃力が継続する間に、ボルトを定着している接着剤が塑性極限に達し、接着剤が塑性変形した場合、打撃力波形は図3に示されるように、ピーク値付近でほぼ平坦な波形となり、その後低下する。打撃力の最大値は、ボルトの定着力の最大値を示す。加速度を打撃開始から最大値に至るまでの時間で積分した値は、ハンマの初速度Vとなる。
【0039】
このときの打撃力波形は、図4に示されるように、入力波形(図4中、打撃開始から最大値に至るまでの実線で示される波形と点線で示された波形の合成波形)と、ボルト−接着剤系からの反力である応答波形(図4中、一点鎖線で示された波形)との和によって構成されている。すなわち、反力は打撃力から所定の遅れ時間だけ遅れて発生し、その大きさは入力された打撃力(打撃力の最大値)には及ばない。図4において、前記入力波形は、図2に示される健全なボルトの場合と同様の性質を有している。
【0040】
前記遅れ時間は、ボルトの接着剤が塑性変形を生じてせん断破壊を生じている過程を示している。すなわち、入力波形と応答波形との間に前記遅れ時間だけの時間差が生じているが、これは、接着剤の塑性変形が持続している時間に相当する。
【0041】
(3)ボルト先端が母材に衝突する場合
アンカーボルトは、一般に引っ張り荷重を受け持つため、ボルト先端がコンクリートに接している状況は少ない。打撃によってボルト先端が押し込められてコンクリートに接し、そこで新たな反力が生成される。また、ボルトが途中で折損している場合、打撃によってボルトが押し込められると折損した箇所でボルト同士が衝突し、そこで新たな反力が生成される。この場合の打撃力波形は、図5に示されるように、上に凸なピーク値が2つ形成された波形となる。この場合は、母材とボルト先端の接触面からの反力が遅れて生成されるとともに、ボルトの周面での接着剤による反力分だけ減少するため、反発度(2つのピーク値の比)はそれほど大きくならない。
【0042】
3.ボルトの健全性の評価
上述の通り、加速度計を備えた打撃ハンマによってボルトを直接打撃して打撃力波形を測定することにより、打撃力の最大値Fmaxと打撃力に対する反力の最大値との比である反発度を算出するとともに、前記打撃力の最大値が発生する時刻と前記反力の最大値が発生する時刻との差である遅れ時間を算出する。そして、これら打撃力の最大値Fmax、反発度及び遅れ時間に基づいてボルトの健全性を診断する。
【0043】
図6は、実際に使用する評価空間である。遅れ時間が小さい領域では、反発度が極端に小さくならない限りほぼ健全と判断してよく、遅れ時間が大きく、反発度が1に近い領域では、ボルトの接着剤が塑性限界に達していると判断でき、遅れ時間が大きく、反発度が小さい領域では、接着不良やボルトの損傷が疑われる。また、それ以外の中間領域では、打撃力の最大値による判定が必要な領域であり、打撃力の最大値に応じて個別的に判断する。
【0044】
4.実際の計算方法
(1)打撃力の最大値Fmax
打撃力の最大値Fmaxは、打撃力波形の最初のピーク加速度値Amaxにハンマの質量mを乗じて計算する。すなわち、Fmax=m×Amaxである。
【0045】
(2)反発度と遅れ時間
前記反発度及び遅れ時間の計算方法では、図7に示されるように、打撃力波形のうち、打撃開始から打撃力の最大値に至るまでの区間を切り出し、この切り出した区間の波形を打撃力の最大値の時刻tを基準に反転して合成した入力波形(図8)を得た後、打撃力波形(図7)から前記入力波形(図8)を差し引いたボルトの応答波形(図9)を得ておく。
【0046】
そして、前記入力波形(図8)の最大値と応答波形(図9)の最大値との比を反発度として算出する。また、入力波形の最大値が発生する時刻tと、応答波形の最大値が発生する時刻との差を遅れ時間として算出する。前記遅れ時間をより正確に求めるには、入力波形(図8)と応答波形(図9)の相互相関関数を求め、その値が最大値となる時刻を遅れ時間とすることもできる。
【0047】
以上の通り、本診断方法は、人の聴覚に依存した官能試験ではなく、客観的なデータ(打撃力の最大値Fmax、反発度及び遅れ時間)に基づいて評価しているので、客観的な健全性の診断が可能になる。また、加速度計を備えた打撃ハンマ1によってボルトを直接打撃して打撃力波形を得るので、ボルトの周囲に加速度計を取り付けたり、測定する度に加速度計を一々付け替えたりしなくてよく、診断作業の手間を大幅に省くことができる。
【実施例】
【0048】
(1)健全なアンカーボルト
図10は、健全なアンカーボルトの場合の打撃力波形である。図10に示されるように、上に凸の1つのピークが現れる波形が計測された場合、遅れ時間が0、反発度が1であり、健全と判断される。
【0049】
(2)接着剤が塑性限界に達したアンカーボルト
図11は、打撃力によって接着剤の定着力が塑性限界に達し、ボルトと接着剤との間に滑り破壊が生じたアンカーボルトの場合の打撃力波形である。図11に示されるように、打撃力の最大値付近でほぼ平坦な波形となり、その値は健全ボルト(図10)と比較して小さくなる。この打撃力波形から入力波形と応答波形を求めると、遅れ時間は約80μs、反発度は約0.8となる。したがって、判定は、図6より、接着不良の非健全ボルトとなる。
【0050】
(3)ボルト先端が母材に衝突するアンカーボルト
図12は、打撃力によって接着剤が破壊されたか、最初から接着力が弱いため打撃によって破損しボルト先端が打撃とほぼ同時に母材(コンクリート)に衝突した場合、又はボルトが途中で破損しているため打撃と同時に破損箇所のボルト同士が衝突した場合の打撃力波形である。この場合、最大加速度は70000m/sであり、遅れ時間が250μs、反発度は28000/70000=0.4である。したがって、ボルトの接着不良又は折損が疑われる非健全ボルトである。
【符号の説明】
【0051】
1…打撃ハンマ、2…ボルト
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12