特許第6187678号(P6187678)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6187678高強度・高ヤング率を有するα+β型チタン合金冷延焼鈍板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6187678
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】高強度・高ヤング率を有するα+β型チタン合金冷延焼鈍板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20170821BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20170821BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20170821BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20170821BHJP
【FI】
   C22C14/00 Z
   C22F1/18 H
   B21B1/22 K
   !C22F1/00 606
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 694Z
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 673
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-512773(P2016-512773)
(86)(22)【出願日】2015年4月9日
(86)【国際出願番号】JP2015061114
(87)【国際公開番号】WO2015156356
(87)【国際公開日】20151015
【審査請求日】2016年5月30日
(31)【優先権主張番号】特願2014-81049(P2014-81049)
(32)【優先日】2014年4月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100128587
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 一騎
(72)【発明者】
【氏名】川上 哲
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一浩
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀樹
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−079414(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/115242(WO,A1)
【文献】 特開2009−215601(JP,A)
【文献】 国際公開第1996/033292(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
C22F 1/00 − 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で0.8〜1.5%のFe、0.020%以下のNを含有し、下式(1)に示すQ=0.34〜0.55を満足し、残部Tiおよび不純物からなるα+β型チタン合金冷延焼鈍板において、板面方向の集合組織を解析した時に、冷延焼鈍板の圧延面法線方向をND、板長手方向をRD、板幅方向をTDとし、α相の(0001)面の法線方向をc軸方位として、c軸方位がNDとなす角度をθ、c軸方位の板面への射影線と板幅方向(TD)のなす角度をφとし、角度θが0度以上30度以下であり、かつφが−180度〜180度に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXNDとし、角度θが80度以上100度未満であり、φが±10度の範囲内に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXTDとした場合、比XTD/XNDが5.0以上であることを特徴とする、α+β型チタン合金冷延焼鈍板。
Q=[O]+2.77*[N]+0.1*[Fe] ・・・ (1)
ここで、[Fe]、[O]、[N]は各元素の含有量[質量%]である。
【請求項2】
質量%で0.8〜1.5%のFe、0.020%以下のNを含有し、下式(1)に示すQ=0.34〜0.55を満足し、残部Tiおよび不純物からなる一方向熱間圧延板を素材として、熱間圧延と同じ方向に一方向冷間圧延し、焼鈍してα+β型チタン合金冷延焼鈍板を製造する方法であって、
前記一方向冷間圧延の冷延率が25%未満の場合は、500℃以上800℃未満で、下記式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行い、冷延率が25%以上の場合は、500℃以上620℃未満で、下記式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行うことを特徴とする、請求項1に記載のα+β型チタン合金冷延焼鈍板の製造方法。
Q=[O]+2.77*[N]+0.1*[Fe] ・・・ (1)
ここで、[Fe]、[O]、[N]は各元素の含有量[質量%]である。
t=exp(19180/T−15.6) ・・・ (2)
ここで、t:保持時間(s)、T:保持温度(K)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板幅方向の強度およびヤング率が高いことを特徴とするα+β型チタン合金冷延焼鈍板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α+β型チタン合金は、高い比強度を利用して、航空機の部材などとして古くから用いられてきた。近年、航空機に使用されるチタン合金の重量比は高まっており、その重要性はますます高まってきている。また、民生品分野においても、ゴルフクラブフェース向けに高ヤング率と軽比重を特徴とするα+β型チタン合金が多く使用されるようになってきている。特に、この用途では、薄板が素材として使用されることが多いため、高強度α+β型チタン合金薄板のニーズは高い。さらには、軽量化が重要視される自動車用部品などにも、高強度α+β型チタン合金の適用が期待されており、この分野においても冷延焼鈍板を主とする薄板の必要性は高まっている。
【0003】
ゴルフクラブフェース用途では、板面内で高強度かつ高ヤング率を示す方向をフェースの短辺側にすると反発規制をクリアできることと、耐久性が高いことが分っている。これに対し、α+β型チタン合金を一方向熱延すると、主相でありHCP(Hexagonal Closed Packed、六方稠密)構造を呈するα相のc軸が板幅方向に強く配向したTransverse-texture(T-texture)と呼ばれる集合組織を呈する。この時、α+β型チタン合金では双晶変形は抑えられ、塑性変形を支配する主すべり系のすべり方向は底面内に限定されるため、T-textureを有する場合には板幅方向の強度が上昇する。したがって、一方向熱延板の板幅方向をフェースの短辺側に使用することにより反発規制をクリアするとともに、耐久性を向上させているのである。
【0004】
この現象を活かして、T-texture発達とそれに伴う板幅方向の強度・ヤング率向上を図りながら、集合組織の過度の発達とそれに伴う過度の強度アップ・延性低下をもたらさない化学成分を有するα+β型チタン合金板が特許文献1に開示されている。また、自動車用部品向けでも、T-textureを有するα+β型チタン合金板の板幅方向が、エンジンバルブやコンロッド等のエンジン部品の軸方向となるように切断加工することで、軸方向の強度および剛性を高い自動車エンジン部品およびその素材が特許文献2に開示されている。これらの技術はいずれもα+β型チタン合金一方向熱延板に生成するT-textureを利用したものである。しかしながら、これら合金はいずれも冷延性を低下させるAlの添加量が高く、冷延が困難なために、一方向熱延板における技術であり、例えば、板厚2.5mm以下のようにより板厚の薄い冷延板の製造技術についてはこれまでに明らかにされていなかった。
【0005】
一方、α+β型チタン合金において、冷延板の製造が可能なα+β型チタン合金がいくつか提案されている。特許文献3及び特許文献4には、Fe、O、Nを主要添加元素とする低合金系α+β型チタン合金が提案されている。β安定化元素としてFe、α安定化元素としてO、Nという安価な元素を添加し、かつ、O、N量を適正なレンジ、バランスで添加することにより、高い強度・延性バランスを確保出来る。室温で高延性であるため、冷延製品の製造も可能とある。また、特許文献5では、高強度化に寄与するも延性を低下させ冷間加工性を低下させるAlを含有しながらも、強度上昇に効きつつ冷延性を損なわないSiやCを添加することにより、冷間圧延可能としている。特許文献6〜特許文献10には、Fe,Oを添加し、結晶方位、或いは、結晶粒径等を制御し、機械特性を向上させる技術が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献11では、α+β型チタン合金熱延板が高い冷延性を確保するために有すべき集合組織について記載されており、該熱延板が発達したT-textureを有していれば、冷延性や冷間でのコイル取扱性が良好になる技術が開示されている。したがって、特許文献11に記載の化学成分と集合組織を有するチタン合金熱延板の冷延性は良好であり、薄手の冷延製品を製造することは比較的容易であるとされる。しかしながら、これら特許文献3〜特許文献11に示したα+β型チタン合金を冷延した後に焼鈍を行うと、冷延および焼鈍の組合せ条件によっては、HCPのc軸が板の法線方向に近い向きに配向するBasal-texture(B-texture)が生成しやすく、一方向熱延で生成したT-textureが損なわれてしまうため、板幅方向の高い強度とヤング率を維持することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−132057号公報
【特許文献2】WO2011−068247A1
【特許文献3】特許第3426605号公報
【特許文献4】特開平10−265876号公報
【特許文献5】特開2000−204425号公報
【特許文献6】特開2008−127633号公報
【特許文献7】特開2010−121186号公報
【特許文献8】特開2010−31314号公報
【特許文献9】特開2009−179822号公報
【特許文献10】特開2008−240026号公報
【特許文献11】WO2012−115242A1
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】社団法人日本チタン協会発行、平成18年4月28日 「チタン」 Vol.54, No.1, 42〜51頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、板幅方向の強度およびヤング率が高く、薄手材であることを特徴とする、高強度α+β型チタン合金冷延焼鈍板およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、α+β型合金冷延焼鈍板における板幅方向の強度と集合組織の関係について鋭意調査を行った結果、一方向冷延焼鈍板が強いT-textureを有する場合、HCP底面が板幅方向により強く配向することにより板幅方向の強度が高くなり、高強度とされる900MPa以上になることと、高ヤング率とされる130GPa以上になることを見出した。
【0011】
また、α+β型チタン合金において、冷間圧延時の板厚減少率(以下、冷延率=(冷延前の板厚−冷延後の板厚)/冷延前の板厚×100(%))が高いと、その後の焼鈍条件によってはB-textureとなりT-textureが得られなくなってしまうことも見出した。そこで、発明者らは、チタン合金冷延焼鈍板において鋭意研究を進め、B-textureとなる機構を明らかにすると共に、冷延率と焼鈍条件を制御することにより、強いT-textureが維持できる製造条件を突き止めた。
【0012】
さらに、発明者らは、合金元素の組合せおよび添加量の適正化により、チタン合金冷延焼鈍板においてT-textureがさらに発達して、上記効果を高めることができ、板幅方向で900MPa以上の引張強さと130GPa以上のヤング率を得ることができることを見出した。
【0013】
本発明は、以上の事情を背景としてなされたものであり、冷延して焼鈍を行った後に強いT-textureを維持することにより、板幅方向の強度およびヤング率が高いことを特徴とする、α+β型チタン合金冷延焼鈍板およびその製造方法を提供する。特に、高い板厚減少率で冷延を行った後に焼鈍を行うと、上記集合組織が損なわれB-texture化しやすくなるため、冷延率およびその後の焼鈍条件を規定することにより、T-textureを安定して維持することが可能となる。当該発明はこれらの知見に基づいてなされたものである。
【0014】
即ち、本発明は以下の手段を骨子とする。
[1]
質量%で0.8〜1.5%のFe、0.020%以下のNを含有し、下式(1)に示すQ=0.34〜0.55を満足し、残部Tiおよび不純物からなるα+β型チタン合金冷延焼鈍板において、板面方向の集合組織を解析した時に、冷延焼鈍板の圧延面法線方向をND、板長手方向をRD、板幅方向をTDとし、α相の(0001)面の法線方向をc軸方位として、c軸方位がNDとなす角度をθ、c軸方位の板面への射影線と板幅方向(TD)のなす角度をφとし、角度θが0度以上30度以下であり、かつφが−180度〜180度に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXNDとし、角度θが80度以上100度未満であり、φが±10度の範囲内に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXTDとした場合、比XTD/XNDが5.0以上であることを特徴とする、板幅方向の強度およびヤング率が高いα+β型チタン合金冷延焼鈍板。
Q=[O]+2.77*[N]+0.1*[Fe] ・・・ (1)
ここで、[Fe]、[O]、[N]は各元素の含有量[質量%]である。
【0015】
[2]
質量%で0.8〜1.5%のFe、0.020%以下のNを含有し、下式(1)に示すQ=0.34〜0.55を満足し、残部Tiおよび不純物からなる一方向熱間圧延板を素材として、熱間圧延と同じ方向に一方向冷間圧延し、焼鈍してα+β型チタン合金冷延焼鈍板を製造する方法であって、
前記一方向冷間圧延の冷延率が25%未満の場合は、500℃以上800℃未満で、下記式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行い、冷延率が25%以上の場合は、500℃以上620℃未満で、下記式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行うことを特徴とする、請求項1に記載の板幅方向の強度およびヤング率が高いα+β型チタン合金冷延焼鈍板の製造方法。
t=exp(19180/T−15.6) ・・・ (2)
ここで、t:保持時間(s)、T:保持温度(K)である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、板幅方向の強度およびヤング率が高く、薄手材であることを特徴とする、高強度α+β型チタン合金冷延焼鈍板製品およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】チタンα相の(0002)極点図の例である。
図2】α+β型チタン合金板の結晶配向を説明する図である。
図3】チタンα相の(0002)極点図におけるXTDとXNDの測定位置を示す模式図である。
図4】X線異方性指数と板幅方向の引張強さ(TS)の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは上記課題を解決すべく、チタン合金冷延焼鈍板の板幅方向の強度に及ぼす熱延集合組織の影響を詳しく調査した結果、T-textureを安定化させることにより、高強度かつ高ヤング率が得られることを見出した。当該発明はこの知見に基づいてなされたものである。以下に、本発明のα+β型チタン合金冷延焼鈍板において、チタンα相の集合組織が限定される理由を示す。
【0019】
α+β型チタン合金冷延焼鈍板において、板幅方向の強度およびヤング率を高める効果は、T-textureが最も強く発達した場合に発揮される。発明者らは、T-textureを発達させる合金設計ならびに集合組織形成条件について、鋭意研究を進め、以下のように解決した。まず、集合組織の発達程度を、X線回折法により得られる、α相底面からのX線相対強度の比を用いて評価した。図1にα相底面の集積方位を示す(0002)極点図の例を示すが、この(0002)極点図は、T-textureの典型的な例であり、底面((0001)面)が強く板幅方向に配向している。
【0020】
ここでは、冷延焼鈍板の圧延面法線方向をND、板長手方向(圧延方向)をRD、板幅方向をTDとする(図2(a))。また、α相の(0001)面の法線方向をc軸方位とする。c軸方位がNDとなす角度をθ、c軸方位の板面への射影線と板幅方向(TD)のなす角度をφとする。角度θが図2(b)のハッチング部に示すように、0度以上30度以下であり、かつφが全周(−180度〜180度)に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXNDとする。また、図2(c)のハッチング部に示すように、角度θが80度以上100度未満であり、φが±10度の範囲内に入る結晶粒によるX線の(0002)反射相対強度のうち、最も強い強度をXTDとする。
【0021】
上記、T-textureの典型的な例であり、底面((0001)面)が強く板幅方向に配向している集合組織は、比XTD/XNDによって特徴づけられる。比XTD/XNDをX線異方性指数と呼ぶが、これによりT-textureの安定度を評価することができる。
【0022】
このようなα相の(0002)極点図上において、板幅方向に近い方位のX線相対強度ピーク値(XTD)と、板面法線方向に近い方位のX線相対強度ピーク値(XND)の比(XTD/XND)を種々チタン合金冷延焼鈍板に対し評価した。図3にXTDとXNDの測定位置を模式的に示す。
【0023】
更に、前記X線異方性指数を板幅方向の強度と関連付けた。種々のX線異方性指数を示す場合の板幅方向の引張強さを図4に示す。X線異方性指数が高くなる程、板幅方向の引張強さは高くなる。α+β型合金冷延焼鈍板において、板幅方向で高強度とされる引張強さは900MPaである。その時のX線異方性指数は5.0以上である。これらの知見に基づいて、XTD/XNDの下限を5.0と限定した。
【0024】
また、本発明では、板幅方向で高い強度およびヤング率を有するα+β型合金の化学成分が規定される。以下に、本発明における含有元素の選択理由と、成分範囲を限定した理由を示す。成分範囲についての%は質量%を意味する。
【0025】
Feは、β相安定化元素の中でも安価な添加元素であり、β相を固溶強化する働きを有する。冷延焼鈍板で強いT-textureを得るには、熱延加熱温度および冷延後の焼鈍時に安定なβ相を適正な量比で得る必要がある。Feは他のβ安定化元素に比べ、β安定化能が高い特性を有する。このため、他のβ安定化元素に比べて添加量を少なくすることが出来、Feによる室温での固溶強化はそれ程高まらないため、板幅方向の延性を確保することができる。熱延温度域および冷延後の焼鈍時に安定なβ相を適正な体積比まで得るには、0.8%以上のFeの添加が必要である。一方、FeはTi中で凝固偏析しやすく、また、多量に添加すると固溶強化により延性が低下すると共に、β相比が増すためにヤング率が低下する。それらの影響を考慮して、Feの添加量の上限を1.5%とした。
【0026】
Nはα相中に侵入型固溶し強化する作用を有する。しかし、高濃度のNを含むスポンジチタンを使用する等の通常の方法によって0.020%を超えて添加すると、LDIと呼ばれる未溶解介在物が生成しやすくなり、製品の歩留が低くなるため、0.020%を上限とした。Nは含有しなくても良い。
【0027】
OはNと同様にα相中に侵入型固溶して強化する作用を有する。β相中に置換型固溶して強化する作用のあるFeも加え、これらの元素は、次式(1)に示すQ値に従って強度上昇に寄与する。この時、Q値が0.34未満の場合には、α+β型合金冷延焼鈍板で要求される板幅方向の引張強さ900MPa程度以上の強度を得ることは出来ず、また、Q値が0.55を超えると、T-textureが過度に発達して、板幅方向の強度が高くなり過ぎて延性が低下してしまう。したがって、Q値の下限を0.34、上限を0.55とした。
Q=[O]+2.77*[N]+0.1*[Fe] ・・・ (1)
上記式において、[Fe]、[O]、[N]は各元素の含有量[質量%]である。
【0028】
式(1)において、Oの1質量%による固溶強化能に対するNとFeの当量、即ち等価な固溶強化能を与えるNとFeの質量%を評価することによってQにおける[N]と[Fe]の係数を決めた。
【0029】
本発明のα+β型合金冷延焼鈍板は、板厚が2mm以下であると好ましい。1mm以下であるとさらに好ましい。このような薄手の鋼板において、本発明の特徴が発揮されるからである。
【0030】
なお、本発明合金と類似の添加元素を含有するチタン合金が特許文献6に記載されているが、本発明合金に比べOの添加量が低く、強度範囲も低いため、両者は異なっている。さらに、特許文献6では、主に冷間での張り出し成形性を改善するため、材質異方性を極力低減することを目的としている点からも、本発明合金とは全く異なるものである。
【0031】
次に、本発明の製造方法は、特に冷延焼鈍板において、強いT-textureを維持し、板幅方向の高い強度とヤング率を確保するため製造方法に関するものである。本発明の製造方法は、上記化学組成を有する一方向熱間圧延板を素材として、熱間圧延と同じ方向に一方向冷延を行う際、冷延率が25%未満の場合は、500℃以上800℃未満で式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行い、冷延率が25%以上の場合は、500℃以上620℃未満で式(2)のt以上の保持時間の焼鈍を行うことを特徴とする。
t=exp(19180/T−15.6) ・・・ (2)
ここで、t:保持時間(s)、T:保持温度(K)である。
【0032】
本発明におけるチタン合金版は、その集合組織においてT-textureを持つ冷延板であることが重要である。また、該冷延板の原素材であるところの熱延板の集合組織については、特に制約を設けるものではない。しかしながら、冷延焼鈍板で強いT-textureを確保するには、素材とする熱延板で強いT-textureであることが望ましい。また、熱延板の冷延加工性の観点からも望ましい。そのためには、熱延前加熱温度をβ変態点以上からβ変態点+150℃以下、板厚減少率を80%以上、仕上温度をβ変態点−50℃以下からβ変態点−200℃以上の温度となるように、一方向熱間圧延することが望ましい。ここで、熱延板での強いT-textureとは、板面方向の集合組織をX線により解析した場合に、チタンの(0002)極点図上の板幅方向から板の法線方向に0〜10°まで傾いた方位角内および板の法線方向を中心軸として板幅方向から±10°回転させた方位角内でのX線相対強度ピーク値XTD、板の法線方向から板幅方向に0〜30°まで傾いた方位角内および板の法線を中心軸として全周回転させた方位角内でのX線相対強度ピーク値XNDとした時に、それらの比XTD/XNDが5.0以上となるものである。ただし、これを出発素材としても、冷延方向を熱延方向とクロス方向にしてしまうと、B-textureが発達してしまい、求める材質特性が得られなくなる。したがって、一方向冷延後に強いT-textureとするには、一方向冷延は熱延と同じ方向に行う必要がある。
【0033】
強いT-textureを有する熱延板を冷延用素材として用いた時に、一方向冷延時の冷延率が25%未満の場合、その後の焼鈍条件には影響を受けずT-textureは維持されるため、板幅方向は高強度かつ高いヤング率となる。これは冷延により導入される加工歪が再結晶を起すほど十分でなく、回復のみ起り、結晶方位の変化が起らないためである。したがって、冷延率25%未満の場合、広い条件範囲で焼鈍を行ってもT-textureは維持され、板幅方向の高い強度は確保できる。この時、500℃以下で焼鈍すると、回復するまでに長時間を要し生産性が大幅に低下することと、長時間保持中にFe−Ti金属間化合物が生成し延性を低下させる可能性があるため、500℃以上である。好ましくは550℃以上である。また、800℃以上で焼鈍を行うと保持中のβ相分率が高くなり、保持後の冷却でその部分が針状組織となって延性が低下してしまう場合がある。従って、保持温度の上限は、800℃未満である。好ましくは、750℃である。
【0034】
冷延板焼鈍において、回復が起るまでの保持時間は式(2)で示される時間tであるため、式(2)に示す時間t以上の保持を行う。本発明においては、保持時間に上限は設けないが、生産性の観点からは、短時間であることが好ましい。また、前記のように、Fe−Ti金属間化合物が析出して延性が低下しないためには、少なくとも500℃における式(2)の概略値である、10000秒より短いことが好ましい。より好ましくは9500秒以下である。
【0035】
一方、冷延率が25%以上の場合、熱延板素材が強いT-textureを有していても、焼鈍条件によってはB-textureが発達し、板幅方向の強度およびヤング率は低下してしまう。これは冷延により導入された歪が再結晶を起させるのに十分高いことから、焼鈍時にB-textureの主成分方位を有する再結晶粒が生成し、焼鈍時間と共に再結晶集合組織が発達するためである。この場合に再結晶を起させず、回復のみを起させるには、500℃以上620℃未満で式(2)のt以上の時間で焼鈍保持を行えば良い。この時、式(2)のt未満の保持時間で焼鈍を行うと、十分な回復が起らないため、延性が改善されない。また、620℃以上で焼鈍を行うと再結晶が起り、B-textureが生成して板幅方向の強度およびヤング率が低下してしまう。したがって、500℃以上620℃未満で式(2)のt以上の保持時間による焼鈍が有効である。この時、500℃以下に加熱して長時間保持してもT-textureは維持されるが、式(2)のt以上であれば、焼鈍の目的である回復は十分に起っているため、生産性や経済性を考慮して、式(2)に示す最低保持時間tを規定した。
【実施例】
【0036】
<実施例1>
真空アーク溶解法により表1に示す組成を有するチタン材を溶解し、これを熱間で分塊圧延してスラブとし、915℃の熱延加熱温度に加熱した後、熱間圧延により3mmの熱延板とした。この一方向熱延板に750℃、60sの焼鈍を行った後、酸洗して酸化スケールを除去したものに冷間圧延を行い、種々の特性を評価した。
【0037】
なお、表1に示す試験番号3〜14については、冷延工程において、一方向熱延と同じ方向に冷延率35%で一方向冷延を行った。試験番号1、2については、熱延方向に垂直となる板幅方向への冷延を同じく冷延率35%にて行った。冷延後、600℃、30分保持による焼鈍を行った。
【0038】
【表1】
【0039】
これら冷延焼鈍板より、引張試験片を採取して引張特性を調べるとともに、X線回折法によるα相の(0002)極点図上の板幅方向から板の法線方向に0〜10°まで傾いた方位角内および板の法線方向を中心軸として板幅方向から±10°回転させた方位角内でのX線相対強度ピーク値(XTD)と、板の法線方向から板幅方向に0〜30°まで傾いた方位角内および板の法線を中心軸として全周回転させた方位角内でのX線相対強度ピーク値(XND)の比XTD/XNDをX線異方性指数として、集合組織の発達程度を評価した。
【0040】
表1において、試験番号1、2は、一方向熱延板の板幅方向に一方向冷延を行ったα+β型チタン合金における結果である。試験番号1、2共に、板幅方向の強度は900MPaを下回っているとともに、ヤング率も130GPaを下回っており、十分な強度・ヤング率が得られていない。これらの材料はいずれも、XTD/XNDの値が5.0を下回っており、T-textureは発達していない。
【0041】
これに対し、本発明の製造方法で製造された本発明の実施例である試験番号4、5、8、10、11、13、14では、板幅方向の強度は900MPaを上回ると共に、ヤング率も130GPaを超えており、良好な特性を有している。
【0042】
一方、試験番号3、7では、強度が低く、板幅方向の引張強さが900MPaに達していない。このうち、試験番号3はFeの添加量が本発明の下限値を下回っていたため、引張強さが低くなった。また、試験番号7では、特に、窒素ならびに酸素含有量が低く、酸素当量値Qが規定量の下限値を下回っていたため、引張強さが十分高いレベルに達していない。
【0043】
また、試験番号6、9では、X線異方性指数は5.0を上回っていて、板幅方向の引張強さも900MPaを超えているが、板幅方向の全伸びは5%程度しかなく、延性は十分ではない。試験番号6、9では、それぞれ、Fe添加量とQ値が本発明の上限値を越えて添加されたため、固溶強化でα相が過度に強化されたこととT-textureが過度に発達したため、強度が上り過ぎて延性が低下したためである。
【0044】
一方、試験番号12は、熱延板の多くの部分で欠陥が多発し、製品の歩留が低かったため、特性を評価することが出来なかった。これは、高窒化スポンジを使用するなど、通常の方法によってNが本発明の上限を越えて添加され、LDIが多発したためである。
【0045】
以上の結果より、本発明に規定された元素含有量およびXTD/XNDを有するチタン合金薄板は、板幅方向の引張強さが900MPa以上、ヤング率が130GPa以上と良好な特性を示すが、本発明に規定された合金元素量ならびに、XTD/XNDを外れると、板幅方向の強度やヤング率が低い等、優れた特性を満足することはできない。
【0046】
<実施例2>
表1の試験番号4、11の組成を有するチタン材を溶解し、これを熱間で分塊圧延したスラブを一方向熱間圧延して厚さ3.0mmの熱延板とし、800℃、60秒保持する焼鈍・酸洗を行った後、表2、3に示す条件で冷延・焼鈍したものを使用して、実施例1と同様に、引張特性を調べるとともに、X線異方性指数を算出して、板面方向の集合組織の発達程度、板幅方向のヤング率および引張強さを評価した。これらの特性を評価した結果も合せて表2、3に示す。表2は試験番号4、表3は試験番号11に示す組成の熱延焼鈍板における結果である。
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
このうち、本発明の製造方法で製造された本発明の実施例である試験番号15、16、17、20、22、25、26、27、28、31、32、35は、板幅方向の引張強さが900MPaを超えるとともに、ヤング率が130GPaを超えており、良好な剛性・強度を有している。
【0050】
一方、試験番号18、19、21、23、24、29、30、33、34、36は、板幅方向の引張強さが900MPa未満、板幅方向のヤング率が130GPa未満のいずれか、あるいは両方を有しており、一方向で強度・剛性が必要とされる用途には適用困難である。
【0051】
このうち、試験番号18、29については、冷延率が25%以下の場合で焼鈍温度が本発明の上限よりも高かったため、焼鈍保持中にβ相分率が高くなり過ぎて大部分が針状組織となり、板幅方向の延性が低下したため、その方向の引張強さが十分高くならなかったためである。
【0052】
試験番号19、30は、焼鈍温度が本発明の下限以下であったため、また、試験番号23、24、33、34は、焼鈍保持時間が本発明の下限以下であったため、いずれも回復が十分に起こらず、延性が十分でなかったため、板幅方向の引張強さが十分に高くならなかったためである。
【0053】
また、試験番号21、36は、冷延率25%以上の条件で、焼鈍保持温度が本発明の上限温度を超えているため、再結晶粒が生成し、焼鈍時間と共にB-textureからなる再結晶集合組織が発達したため、異方性が低下してしまい、板幅方向の引張強さとヤング率が十分に高くならなかったためである。
【0054】
以上の結果より、板幅方向の引張強さとヤング率が高い特性を有するα+β型合金薄板を得るためには、本発明に示す範囲の化学組成と集合組織を有するチタン合金を、本発明に示す冷延率と焼鈍条件に従い、冷延・焼鈍することにより製造することができる。
【0055】
上記実施例1及び2において用いた熱延板は、その集合組織において強いT-textureを持っていた。しかしながら、同一組成で製造条件を変えて作った、強いT-textureを持たない熱延板を元に上記試験番号1〜36と同一の試験を行ったが、若干の冷延加工性が劣るものの、ほぼ同じ結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により、板幅方向のヤング率および引張強さが高いα+β型チタン合金冷延焼鈍板を製造することができる。これは、ゴルフクラブフェースなどの民生品用途や自動車部品用途など、一方向で強度・剛性が要求される分野で幅広く使用することが出来る。
図1
図2
図3
図4