(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、C、Si、Mnの比を最適化することにより、合金化処理のための再加熱を行ったとしても、高強度であるとともにプレス加工性に優れる合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得られることが記載されている。
【0009】
ところで、TRIP鋼板には、オーステナイトを残留させるために、Siを含有させる必要がある。しかし、このSiがめっき性、特に、亜鉛めっきの合金化を大きく阻害する。特許文献1に記載の技術における想定強度レベルは880MPa以下であるため、C含有量は0.15質量%以下と低い。C含有量が高くなると、合金化がより抑制されるため、合金化を促進させつつ、強度と伸びとのバランスを両立させることが困難となる。
【0010】
TRIP鋼板において、合金化を促進する技術として、特許文献2に記載されているように、めっき前の焼鈍時の雰囲気を制御する方法が知られている。この技術により、Siの酸化物が、鋼板の表面でなく内部に形成されるため、亜鉛および鉄の合金化が進みやすくなる。
【0011】
ここで、特許文献2の技術は、C含有量が0.3質量%未満の比較的低い鋼に関するものであるが、さらなる高強度化を達成するためには、C含有量を0.3質量%以上とする必要がある。しかし、C含有量を0.3質量%以上にすると、合金化が進行しにくくなるため、特許文献2に記載の技術を採用しても、残留オーステナイトを確保するとともに、十分な合金化を進行させることは困難である。
【0012】
一方、特許文献3には、TRIP鋼板において、合金化処理に伴う再加熱時に、残留オーステナイトの分解を抑制する方法が記載されている。特許文献3に記載の方法によれば、合金化処理前のオーステナイト中のC量を低くして、オーステナイトから炭化物が生成する駆動力を下げ、オーステナイトを確保することができる。
【0013】
しかし、特許文献3の方法の場合、残留オーステナイト中のC量が低くなり、オーステナイトが不安定となるため、局部伸びが低下する傾向にある。特に、1470MPa以上の高強度鋼では、均一伸びに加えて少しでも局部伸びを上げることが好ましいため、特許文献3に記載の方法を採用することはできない。
【0014】
特許文献4に記載の方法では、加熱後、鋼にプレスを施し、その後、熱処理を施して、焼戻しマルテンサイトを主体とし残留オーステナイトを含むTRIP鋼を製造し、高強度と高延性とを達成している。
【0015】
しかし、特許文献4の方法では、加熱中に亜鉛が溶けるので、連続焼鈍ラインで実施することができず、大量生産をすることができない。さらに、特許文献4の方法では、焼戻温度が480℃未満であることから、めっきの合金化はほぼ起きないと推定される。
【0016】
以上のように、上記の従来技術においては、合金化を十分に進行させつつ、高い強度と延性とを備えた合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることについて、改良の余地が残されている。
【0017】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、均一変形性(均一伸び)および局部変形性(局部伸び)に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記の合金化溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を要旨とする。
【0019】
(1)鋼板の表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって、
前記鋼板の化学組成が、質量%で、
C:0.25〜0.70%、
Si:0.25〜2.50%、
Mn:1.00〜5.00%、
Al:0.005〜3.50%、
P:0.15%以下、
S:0.03%以下、
N:0.02%以下、
O:0.01%以下、
Ti:0〜0.50%、
Nb:0〜0.50%、
V:0〜0.50%、
Cr:0〜1.50%、
Mo:0〜1.50%、
Cu:0〜5.00%、
Ni:0〜5.00%、
B:0〜0.003%、
Ca:0〜0.05%、
REM:0〜0.05%、
Mg:0〜0.05%、
W:0〜0.50%、
Zr:0〜0.05%、
Sb:0〜0.50%、
Sn:0〜0.50%、
As:0〜0.05%、
Te:0〜0.05%、
Y:0〜0.20%、
Hf:0〜0.20%、
Co:0〜1.00%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記鋼板の板厚1/4位置における金属組織が、体積%で、
残留オーステナイト:10.0〜60.0%、
高温焼戻しマルテンサイト:5.0%以上、
低温焼戻しマルテンサイト:5.0%以上、
フレッシュマルテンサイト:10.0%以下、
フェライト:0〜15.0%、
パーライト:0〜10.0%、
残部:ベイナイトであり、
高温焼戻しマルテンサイトと低温焼戻しマルテンサイトとベイナイトとの合計体積率が30.0%以上であり、
引張強度が1470MPa以上、
引張強度と均一伸びとの積が13000MPa%以上、
引張強度と局部伸びとの積が5000MPa%以上である、
合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0020】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Si+Al:0.80%以上である、
上記(1)に記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0021】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Ti:0.005〜0.50%、
Nb:0.005〜0.50%、
V:0.005〜0.50%、
Cr:0.01〜1.50%、
Mo:0.01〜1.50%、
Cu:0.01〜5.00%、
Ni:0.01〜5.00%、
B:0.0001〜0.003%、
Ca:0.0001〜0.05%、
REM:0.0005〜0.05%、
Mg:0.0001〜0.05%、
W:0.005〜0.50%、
Zr:0.005〜0.05%、
Sb:0.005〜0.50%、
Sn:0.005〜0.50%、
As:0.005〜0.05%、
Te:0.001〜0.05%、
Y:0.001〜0.20%、
Hf:0.001〜0.20%、および、
Co:0.001〜1.00%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)または(2)に記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0022】
(4)前記残留オーステナイトに含まれるC量が、0.85質量%以上である、
上記(1)から(3)までのいずれかに記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0023】
(5)前記合金化溶融亜鉛めっき層に含まれるFe量が、3.0〜20.0質量%である、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0024】
(6)前記鋼板が表層に、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さの0.9倍以下の硬さを有する表層軟質層を備え、
前記表層軟質層の、前記合金化溶融亜鉛めっき層と前記鋼板との界面からの厚さが、10μm超である、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0025】
(7)前記鋼板が表層に、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さの0.9倍以下の硬さを有する表層軟質層を備え、
前記表層軟質層の、前記合金化溶融亜鉛めっき層と前記鋼板との界面からの厚さが、10μm以下であり、
前記鋼板の引張強度に対する疲労限の比が0.30以上である、
上記(1)から(5)までのいずれかに記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0026】
(8)上記(1)から(5)までのいずれかに記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、
(a)上記(1)から(3)までのいずれかに記載の化学組成を有する鋼塊またはスラブを溶製する溶製工程、
(b)前記鋼塊またはスラブを加熱して熱間圧延を施し、熱延鋼板とする熱延工程、
(c)前記熱延鋼板を冷却する第1冷却工程、
(d)前記熱延鋼板を巻き取る巻取工程、
(e)前記熱延鋼板を巻き戻して、酸洗した後、冷間圧延を施し、冷延鋼板とする冷延工程、
(f)前記冷延鋼板をAc
1点〜920℃の温度域で5s以上保持する焼鈍工程、
(g)前記冷延鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、100〜600℃の温度域まで冷却する第2冷却工程、
(h)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴温度まで冷却または加熱する前処理工程、
(i)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、溶融亜鉛めっき鋼板とするめっき工程、
(j)前記溶融亜鉛めっき鋼板を480〜600℃に加熱し、溶融亜鉛めっきを合金化し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板とする合金化工程、
(k)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、80〜300℃の温度域まで冷却する第3冷却工程、および、
(l)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を100〜450℃の温度域で1s以上48h以下保持する焼戻工程、
を含み、上記(a)から(l)までの工程を順に行う、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0027】
(9)上記(6)に記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、
(a)上記(1)から(3)までのいずれかに記載の化学組成を有する鋼塊またはスラブを溶製する溶製工程、
(b)前記鋼塊またはスラブを加熱して熱間圧延を施し、熱延鋼板とする熱延工程、
(c)前記熱延鋼板を冷却する第1冷却工程、
(d)前記熱延鋼板を巻き取る巻取工程、
(e)前記熱延鋼板を巻き戻して、酸洗した後、冷間圧延を施し、冷延鋼板とする冷延工程、
(f)前記冷延鋼板を、露点が−25℃以上の雰囲気において、Ac
1点〜920℃の温度域で5s以上保持する焼鈍工程、
(g)前記冷延鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、100〜600℃の温度域まで冷却する第2冷却工程、
(h)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴温度まで冷却または加熱する前処理工程、
(i)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、溶融亜鉛めっき鋼板とするめっき工程、
(j)前記溶融亜鉛めっき鋼板を480〜600℃に加熱し、溶融亜鉛めっきを合金化し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板とする合金化工程、
(k)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、80〜300℃の温度域まで冷却する第3冷却工程、および、
(l)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を100〜450℃の温度域で1s以上48h以下保持する焼戻工程、
を含み、上記(a)から(l)までの工程を順に行う、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0028】
(10)上記(7)に記載の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、
(a)上記(1)から(3)までのいずれかに記載の化学組成を有する鋼塊またはスラブを溶製する溶製工程、
(b)前記鋼塊またはスラブを加熱して熱間圧延を施し、熱延鋼板とする熱延工程、
(c)前記熱延鋼板を冷却する第1冷却工程、
(d)前記熱延鋼板を巻き取る巻取工程、
(e)前記熱延鋼板を巻き戻して、酸洗した後、冷間圧延を施し、冷延鋼板とする冷延工程、
(f)前記冷延鋼板を、露点が−15℃以下の雰囲気において、Ac
1点〜920℃の温度域で5s以上保持する焼鈍工程、
(g)前記冷延鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、100〜600℃の温度域まで冷却する第2冷却工程、
(h)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴温度まで冷却または加熱する前処理工程、
(i)前記冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、溶融亜鉛めっき鋼板とするめっき工程、
(j)前記溶融亜鉛めっき鋼板を480〜600℃に加熱し、溶融亜鉛めっきを合金化し、合金化溶融亜鉛めっき鋼板とする合金化工程、
(k)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、80〜300℃の温度域まで冷却する第3冷却工程、および、
(l)前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板を100〜450℃の温度域で1s以上48h以下保持する焼戻工程、
を含み、上記(a)から(l)までの工程を順に行う、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、1470MPa以上という高い引張強度を有しながら、均一変形性(均一伸び)および局部変形性(局部伸び)に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者らは、合金化を十分に進行させつつ、高い強度を有し延性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得る方法について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得るに至った。
【0031】
前述のように、残留オーステナイトの確保と十分な合金化の進行とは相反することであるので、高い強度と延性との双方を備えた合金化溶融亜鉛めっき鋼を製造することは困難である。本発明者らは、十分な伸びと1470MPa以上の引張強度とを有する合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得る方法について、抜本的に見直しを行った。
【0032】
その結果、鋼板中のC含有量が0.3質量%以上で、残留オーステナイトが10体積%以上であり、引張強度が1470MPa以上、引張強度と均一伸びとの積が13000MPa%以上、引張強度と局部伸びとの積が5000MPa%以上なる高強度かつ高延性な合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることに成功した。
【0033】
その手法について説明する。慣例として、めっきは、鋼板の金属組織を造り込んだ後に行う。そのため、TRIP鋼を作製する場合、めっき処理前に、オーステナイト中にCを濃化させる。しかし、めっきを施した後、合金化処理のために温度を上げると、500℃以上で炭化物が析出する。
【0034】
そこで、本発明者らは、合金化処理の段階では、オーステナイト中にCを濃化させないこととした。さらに、合金化処理後に、変態を進めるための熱処理を加えることとした。この熱処理により、オーステナイト中にCを濃化させ、安定な残留オーステナイトを含むTRIP鋼を得ることができることを見出した。
【0035】
さらに、1470MPa以上の高い引張強度を有しながら高い延性を得るためには、後述する高温焼戻しマルテンサイトおよび低温焼戻しマルテンサイトをそれぞれ所定の体積率で存在させることが有効であることを見出した。そして、本発明者らは、所定の体積率で高温焼戻しマルテンサイトおよび低温焼戻しマルテンサイトをそれぞれ存在させるためには、合金化処理前に所定の加熱条件および冷却条件で焼鈍処理を行うことが効果的であることを見出した。
【0036】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0037】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0038】
C:0.25〜0.70%
Cは、高強度を得るために有効な元素である。また、Cは、鋼板の延性の向上に寄与する残留オーステナイトを安定化する元素でもある。C含有量が0.25%未満では、上記の効果が十分に発現せず、必要な引張強度(1470MPa以上)を得ることが困難である。一方、C含有量が0.70%を超えると、硬くなりすぎて、冷間圧延が困難になる。そのため、C含有量は0.25〜0.70%とする。
【0039】
鋼板の強度は、後述する焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトが担うが、C含有量が低いと、これらの組織が柔らかくなり、所要の引張強度が得られない場合がある。そのため、C含有量は0.28%以上であるのが好ましく、0.30%以上であるのがより好ましい。また、C含有量は0.60%以下であるのが好ましく、0.50%以下であるのがより好ましい。
【0040】
Si:0.25〜2.50%
Siは、鋼板を高強度化する元素であることに加えて、フェライトを強化し、組織を均一化することにより、加工性の改善に有効な元素である。また、Siは、セメンタイトの析出を抑制し、オーステナイトの残留を促進する作用をなす元素でもある。
【0041】
Si含有量が0.25%未満では、上記の効果が十分に発現しない。一方、Si含有量が2.50%を超えると、靭性が大きく低下し、製造が困難となる。そのため、Si含有量は0.25〜2.50%とする。Si含有量は0.30%以上であるのが好ましく、0.60%以上であるのがより好ましい。また、Si含有量は2.30%以下であるのが好ましく、2.00%以下であるのがより好ましい。
【0042】
Mn:1.00〜5.00%
Mnは、M−A(Martensite-Austenite Constituent)を生成させ、強度と伸びとの両立を図るのに必須の元素である。Mn含有量が1.00%未満では、上記の効果が十分に発現しない。一方、Mn含有量が5.00%を超えると、ベイナイト変態の進行が遅くなり、オーステナイト中にCが濃化しなくなる。そして、その結果、オーステナイトが安定化されず、最終的にフレッシュマルテンサイトの体積率が過剰となる。そのため、Mn含有量は1.00〜5.00%とする。Mn含有量は1.20%以上であるのが好ましく、1.50%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は4.5%以下であるのが好ましく、4.00%以下であるのがより好ましい。
【0043】
Al:0.005〜3.50%
Alは、脱酸元素であるとともに、Siと同様に、セメンタイトの析出を抑えて、残留オーステナイトの増加に有効な元素である。Al含有量が0.005%未満では、上記の効果が十分に発現しない。一方、Al含有量が3.50%を超えると、介在物が増加して、加工性が劣化する。そのため、Al含有量は0.005〜3.50%とする。Al含有量は0.010%以上であるのが好ましく、0.020%以上であるのがより好ましい。また、Al含有量は3.30%以下であるのが好ましく、3.00%以下であるのがより好ましい。
【0044】
Si+Al:0.80%以上
SiおよびAlのそれぞれの含有量が上記の範囲を満たしていても、Si+Alが0.80%未満であると、SiとAlの相乗効果が十分でなく、ベイナイト変態時、セメンタイトが析出し、残留オーステナイトが安定化しないおそれがある。そのため、残留オーステナイトをより安定化させるため、SiおよびAlの合計含有量は0.80%以上とするのが好ましく、0.90%以上とするのがより好ましく、1.00%以上とするのがさらに好ましい。
【0045】
P:0.15%以下
Pは、不純物元素で、偏析して靱性を劣化させる元素である。P含有量が0.15%を超えると、靱性が著しく劣化する。そのため、P含有量は0.15%以下とする。P含有量は0.12%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。なお、P含有量を0.003%未満に低減するためには、製造コストが大幅に上昇する。したがって、0.003%が実質的なP含有量の下限となる。
【0046】
S:0.03%以下
Sは、不純物元素で、MnSを形成して伸びを阻害する元素である。S含有量が0.03%を超えると、伸びが著しく低下する。そのため、S含有量は0.03%以下とする。S含有量は0.02%以下であるのが好ましく、0.01%以下であるのがより好ましい。なお、S含有量を0.0002%未満に低減するためには、製造コストが大幅に上昇する。したがって、0.0002%が実質的なS含有量の下限となる。
【0047】
N:0.02%以下
Nは、不純物元素で、連続鋳造中に、スラブのひび割れの原因となる窒化物を形成する元素である。0.02%を超えると、スラブのひび割れが著しくなる。そのため、N含有量は0.02%以下とする。N含有量は0.01%以下であるのが好ましい。なお、N含有量を0.0007%未満に低減するためには、製造コストが大幅に上昇する。したがって、0.0007%が実質的なNの下限となる。
【0048】
O:0.01%以下
Oは、介在物を形成し、局部延性および靭性を阻害する元素である。O含有量が0.01%を超えると、局部延性および靱性が著しく低下する。そのため、O含有量は0.01%以下とする。O含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。なお、O含有量を0.0001%未満に低減するためには、製造コストが大幅に上昇する。そのため、0.0001%が実質的なOの下限となる。
【0049】
本発明の合金化溶融亜鉛めっき鋼板には、上記の元素に加えてさらに、下記に示す量のTi、Nb、V、Cr、Mo、Cu、Ni、B、Ca、REM、Mg、W、Zr、Sb、Sn、As、Te、Y、HfおよびCoから選択される1種以上の元素を含有させてもよい。
【0050】
Ti:0〜0.50%
Nb:0〜0.50%
V:0〜0.50%
Ti、NbおよびVは、析出物を形成して結晶粒を微細化し、強度および靱性の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.50%を超えて含有させると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、Ti、NbおよびVの含有量をいずれも0.50%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも0.35%以下であるのが好ましい。
【0051】
上記の効果を得るためには、Ti、NbおよびVから選択される1種以上を、0.005%以上含有させることが好ましい。TiおよびNbは、オーステナイトを細粒化し、オーステナイトを安定化させるため、TiおよびNbの1種または2種は、0.010%以上含有させることがより好ましく、0.030%以上含有させることがさらに好ましい。
【0052】
Cr:0〜1.50%
Mo:0〜1.50%
CrおよびMoは、Mnと同様に、オーステナイトを安定化して、変態強化を促進し、鋼板の高強度化に有効な元素である。また、CrおよびMoは、合金化処理時に、オーステナイトの分解を抑制する作用をなす元素でもある。そのため、これらの元素を必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も1.50%を超えて含有させると、ベイナイト変態の進行が遅くなり、オーステナイト中にCが濃化しなくなる。そして、その結果、オーステナイトが安定化されず、最終的にフレッシュマルテンサイトの体積率が過剰となる。そのため、CrおよびMoの含有量をいずれも1.50%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも1.30%以下であるのが好ましい。また、Cr含有量は1.20%以下であるのがより好ましく、Mo含有量は1.00%以下であるのがより好ましい。
【0053】
上記の効果を得るためには、CrおよびMoから選択される1種以上を、0.01%以上含有させることが好ましい。また、Crは0.10%以上含有させることがより好ましく、Moは0.05%以上含有させることがより好ましい。
【0054】
Cu:0〜5.00%
Ni:0〜5.00%
CuおよびNiは、腐食を抑制する作用を有する元素である。また、CuおよびNiは、鋼板の表面に濃化して、鋼板内への水素の侵入を抑制し、遅れ破壊を抑制する作用を有するとともに、オーステナイトの安定化に寄与する元素でもある。そのため、これらの元素を必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も5.00%を超えて含有させると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、CuおよびNiの含有量をいずれも5.00%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも4.00%以下であるのが好ましい。
【0055】
上記の効果を得るためには、CuおよびNiから選択される1種以上を、0.01%以上含有させることが好ましく、0.02%以上含有させることが好ましい。
【0056】
B:0〜0.003%
Bは、粒界を起点とする核生成を抑え、焼入れ性を高めて、高強度化に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、B含有量が0.003%を超えると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、B含有量は0.003%以下とする。B含有量は0.002%以下であるのが好ましい。上記効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であるが好ましく、0.0002%以上であるのがより好ましい。
【0057】
Ca:0〜0.05%
REM:0〜0.05%
Mg:0〜0.05%
Ca、REMおよびMgは、硫化物を球状化して、鋼板の局部伸びの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.05%を超えて含有させると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、Ca、REMおよびMgの含有量をいずれも0.05%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも0.04%以下であるのが好ましい。
【0058】
上記の効果を得るためには、Ca、REMおよびMgから選択される1種以上を、CaおよびMgについては0.0001%以上、REMについては0.0005%以上含有させるのが好ましい。
【0059】
ここで、本発明において、REMはScおよびランタノイドの合計16元素を指し、前記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0060】
W:0〜0.50%
Wは、焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、W含有量が0.50%を超えると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、W含有量は0.50%以下とする。W含有量は0.35%以下であるのが好ましい。上記の効果を得るためには、W含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.010%以上であるのがより好ましい。
【0061】
Zr:0〜0.05%
Zrは、焼入れ性を高め、鋼板強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Zr含有量が0.05%を超えると、上記の効果が飽和し、製造コストが上昇する。そのため、Zr含有量は0.05%以下とする。Zr含有量は0.03%以下であるのが好ましい。上記の効果を得るためには、Zr含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.07%以上であるのがより好ましい。
【0062】
Sb:0〜0.50%
Sn:0〜0.50%
SbおよびSnは、めっき濡れ性とめっき密着性との向上に寄与するとともに、鋼の脱炭を防ぐ作用をなす元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.50%を超えて含有させると、鋼板に熱脆化が生じ、熱間加工の際に割れが生じ、鋼板に表面疵が発生するおそれがあり、また、シャー切断などの冷間加工時にも割れが生じるおそれがある。そのため、SbおよびSnの含有量をいずれも0.50%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも0.35%以下であるのが好ましい。
【0063】
上記の効果を得るためには、SbおよびSnから選択される1種以上を、0.005%以上含有させることが好ましく、0.010%以上含有させることが好ましい。
【0064】
As:0〜0.05%
Te:0〜0.05%
AsおよびTeは、鋼板の機械的強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.05%を超えて含有させると、局部変形能が低下するおそれがある。そのため、AsおよびTeの含有量をいずれも0.05%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも0.03%以下であるのが好ましい。
【0065】
上記の効果を得るためには、AsおよびTeから選択される1種以上を、Asを0.005%以上、Teを0.001%以上含有させるのが好ましく、Asを0.010%以上、Teを0.007%以上含有させるのがより好ましい。
【0066】
Y:0〜0.20%
Hf:0〜0.20%
YおよびHfは、鋼板の耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.20%を超えて含有させると、鋼板の局部伸びが大きく劣化するおそれがある。そのため、YおよびHfの含有量をいずれも0.20%以下とする。これらの元素の含有量はいずれも0.15%以下であるのが好ましい。
【0067】
上記の効果を得るためには、YおよびHfから選択される1種以上を、0.001%以上含有させることが好ましく、0.005%以上含有させることが好ましい。
【0068】
Co:0〜1.00%
Coは、ベイナイト変態を促進する作用を有する元素である。TRIP効果を促進するためには、ベイナイト変態を生じさせて、オーステナイト中へCを濃化させる必要があるため、Coは、TRIP効果の促進に有用な元素である。そのため、Coを必要に応じて含有させてもよい。しかし、Co含有量が1.00%を超えると、鋼板の溶接性および局部伸びが大きく劣化するおそれがある。そのため、Co含有量は1.00%以下とする。Co含有量は0.80%以下であるのが好ましい。上記の効果を得るためには、Co含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.008%以上であるのがより好ましい。
【0069】
本発明の鋼板の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。
【0070】
ここで「不純物」とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0071】
(B)鋼板の金属組織
本発明の鋼板の板厚1/4位置における金属組織について説明する。なお、以下の説明において「%」は、「体積%」を意味する。
【0072】
残留オーステナイト:10.0〜60.0%
残留オーステナイトを含む鋼板は、加工中に、オーステナイトがマルテンサイトに変態して生じる変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity:TRIP)により、優れた伸び、具体的には、優れた均一伸びを有する。
【0073】
残留オーステナイトの体積率が10.0%未満であると、鋼板の均一伸びが不十分となる。一方、残留オーステナイトの体積率が60.0%を超えると、鋼板の局部伸びが低下するおそれがある。そのため、残留オーステナイトの体積率は10.0〜60.0%とする。延性が高いと、自動車車体の衝突安全がより向上するため、より高い延性を確保したい場合は、残留オーステナイトの体積率は13.0%以上とするのが好ましい。また、残留オーステナイトの体積率は50.0%以下であるのが好ましく、40.0%以下であるのがより好ましく、30.0%以下であるのがさらに好ましい。
【0074】
残留オーステナイトに含まれるC量(Cγ):0.85質量%以上
残留オーステナイトを安定的に存在させるためには、残留オーステナイト中にCが濃化していることが好ましい。Cγが0.85質量%未満であると、残留オーステナイトが不安定になり、消失しやすくなる。その結果、残留オーステナイトを10.0%以上確保することが難しくなり、所要の均一伸びと局部伸びとを確保できない場合がある。そのため、Cγは0.85質量%以上であるのが好ましく、0.90質量%以上であるのがより好ましく、0.95質量%以上であるのがさらに好ましい。
【0075】
Cγの上限は特に規定しないが、1.50質量%を超えると、変形中にオーステナイトがマルテンサイトへ変態しなくなり、TRIP効果を得ることができず、延性が劣化するおそれがある。そのため、Cγは1.50質量%以下であるのが好ましい。
【0076】
高温焼戻しマルテンサイト:5.0%以上
高温焼戻しマルテンサイトは、480〜600℃の温度で焼戻されたマルテンサイトである。高温焼戻しマルテンサイトは、フェライトに比べ硬質で、かつ、後述の低温焼戻しマルテンサイトに比べ軟質であり、延性の向上に有効であると推定される。上記の効果を得るためには、高温焼戻しマルテンサイトの体積率を5.0%以上とする必要がある。高温焼戻しマルテンサイトの体積率は10.0%以上であるのが好ましい。しかし、高温焼戻しマルテンサイトの体積率が過剰であると、低温焼戻しマルテンサイト、残留オーステナイトおよびベイナイトの体積率を確保できなくなるため、70.0%以下とすることが好ましい。
【0077】
低温焼戻しマルテンサイト:5.0%以上
低温焼戻しマルテンサイトは、100〜450℃の温度で焼戻されたマルテンサイトである。低温焼戻しマルテンサイトは、前述の高温焼戻しマルテンサイトに比べ硬質であるため、1470MPa以上の引張強度を確保するために必要な組織である。そのため、低温焼戻しマルテンサイトの体積率を5.0%以上とする必要がある。低温焼戻しマルテンサイトの体積率は10.0%以上であるのが好ましく、15.0%以上であるのがより好ましい。しかし、低温焼戻しマルテンサイトの体積率が過剰であると、高温焼戻しマルテンサイト、残留オーステナイトおよびベイナイトの体積率を確保できなくなるため、70.0%以下とすることが好ましい。
【0078】
フレッシュマルテンサイト:10.0%以下
高強度の鋼板を製造する場合、通常、フレッシュマルテンサイト(焼戻されていないマルテンサイト)を多くするが、本発明のめっき鋼板の場合、フレッシュマルテンサイトの体積率が10.0%を超えると、鋼板の局部延性および降伏比が低下するため好ましくない。そのため、フレッシュマルテンサイトの体積率は10.0%以下とする。フレッシュマルテンサイトの体積率は7.0%以下であるのが好ましい。
【0079】
フェライト:0〜15.0%
フェライトは軟質な組織であるため、その体積率が15.0%を超えると1470MPa以上の引張強度を得ることができなくなる。そのため、フェライトの体積率は15.0%以下とする。
【0080】
パーライト:0〜10.0%
合金化処理時にパーライトが生じると、残留オーステナイトの体積率を減らすおそれがある。また、焼戻しマルテンサイトよりも軟質な組織であるため、強度が低下する。そのため、パーライトの体積率は10.0%以下とする。パーライトの体積率はできるだけ低い方が好ましく、5.0%以下であるのが好ましく、0%であるのがより好ましい。
【0081】
本発明の鋼板の板厚1/4位置での金属組織において、残部はベイナイトである。
【0082】
高温焼戻しマルテンサイトと低温焼戻しマルテンサイトとベイナイトとの合計体積率:30.0%以上
焼戻しマルテンサイト(以下の説明において、「高温焼戻しマルテンサイト」および「低温焼戻しマルテンサイト」をまとめて「焼戻しマルテンサイト」ともいう。)とベイナイトとの合計体積率が30.0%未満の場合で、引張強度1470MPaを確保しようとすると、フレッシュマルテンサイトの体積率を高くする必要がある。しかしながら、フレッシュマルテンサイトの体積率を高くすると、局部延性が低下する。そのため、引張強度1470MPa以上を維持しつつ所要の局部延性を確保する点から、上記の合計体積率を30.0%以上とする。
【0083】
また、残留オーステナイトの体積率を10.0%以上にするためには、ベイナイト変態時またはマルテンサイトの焼戻し時に、残留オーステナイト中へCを濃化させる必要がある。この効果を得るためにも、焼戻しマルテンサイトとベイナイトとの合計体積率を30.0%以上とする。局部変形能および強度の向上の観点から、焼戻しマルテンサイトとベイナイトとの合計体積率は40.0%以上とすることが好ましい。
【0084】
なお、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトは、引張強度の向上だけでなく、降伏強度の向上にも寄与するため、上記の合計体積率を所定値以上にすることによって、降伏比を0.58以上とすることが可能となる。そのため、本発明めっき鋼板は自動車用部材として好適である。
【0085】
本発明において、上記の各組織の体積率を求める方法について以下に説明する。
【0086】
残留オーステナイトの体積率(Vγ)は、Mo−Kα線を用いて得たデータから、次式により算出することができる。
Vγ=(2/3){100/(0.7×α(111)/γ(200)+1)}
+(1/3){100/(0.78×α(211)/γ(311)+1)}
ただし、α(211)、γ(200)、α(211)、およびγ(311)は面強度を表す。
【0087】
また、残留オーステナイトのC量(Cγ)は、Cu−Kα線によるX線解析で、オーステナイトの(200)面、(220)面、および(311)面の反射角から格子定数(単位はオングストローム)を求め、次式に従って算出することができる。
Cγ=(格子定数−3.572)/0.033
【0088】
次に、F.S.Lepera: Journal of Metals 32,No.3,(1980)38−39に記載の方法で、圧延方向の断面を腐食して、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトを現出させる。その後、板厚1/4位置において、光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で観察し、組織写真を画像処理して、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積率(%)を測定し、それを合計体積率とする。
【0089】
そして、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計体積率の値から、上述の方法によって測定した残留オーステナイトの体積率を差し引くことによって、フレッシュマルテンサイトの体積率を求める。
【0090】
さらに、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨した後、電解研磨したサンプルを、SEM−EBSDで100μm×100μm以上の領域を0.1step間隔で測定する。その後、株式会社TSLソリューションズの解析ソフトを用い、各々の結晶粒における粒内のImage Qualityの平均値(Grain Average Image Quality:GAIQ値)を算出する。
【0091】
そして、GAIQ値が5000以下である結晶粒の分率を低温焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトとの合計体積率とする。この値から、フレッシュマルテンサイトの体積率を差し引くことによって、低温焼戻しマルテンサイトの体積率を求める。
【0092】
また、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨した後、ナイタールにて腐食を行う。当該サンプルについてSEM観察を行い、ラス状の組織で、かつ、セメンタイトを含むものの分率を高温焼戻しマルテンサイトと低温焼戻しマルテンサイトとの合計面積率として求め、それを合計体積率とする。SEM観察は倍率5000倍で行い、測定領域は、25μm×20μmの領域を4視野以上とする。この値から、低温焼戻しマルテンサイトの体積率を差し引くことによって、高温焼戻しマルテンサイトの体積率を求める。
【0093】
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計もSEM観察により求める。ベイナイトまたはマルテンサイトのブロックが観察されるものを、ベイナイトまたは焼戻しマルテンサイトとする。そして、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計面積率を測定し、それを合計体積率とする。
【0094】
フェライトおよびパーライトについても同様に、ナイタール腐食を行った後、SEMで観察し、下部組織がなく、抉れている領域をフェライトとし、ラメラー組織が見えるものをパーライトとする。そして、フェライトおよびパーライトのそれぞれの面積率を求め、それを体積率とする。
【0095】
(C)合金化溶融亜鉛めっき層
合金化溶融亜鉛めっき層に含まれるFe量:3.0〜20.0質量%
合金化溶融亜鉛めっき層は、通常の合金化溶融亜鉛めっき層でよい。しかし、めっき層に含まれるFe量が3.0質量%未満であると、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の溶接性および摺動性が不十分となる場合がある。そのため、めっき層のFe量は3.0質量%以上であるのが好ましい。一方、耐パウダリング性を確保する観点から、めっき層のFe量は20.0質量%以下であるのが好ましい。
【0096】
めっき層のFe量は5.0質量%以上であるのがより好ましく、7.0質量%以上であるのがさらに好ましい。また、めっき層のFe量は15.0質量%以下であるのがより好ましい。なお、めっき層のFe量は、溶融亜鉛めっき後の熱処理(合金化処理)の条件により調整することができる。
【0097】
(D)機械特性
本発明に係る合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、十分な衝撃吸収性を確保する観点から、1470MPa以上の引張強度を有するものとする。引張強度の上限は特に限定されない。引張強度は、用途に応じて、1470〜2200MPaの範囲内で適宜選択すればよい。
【0098】
また、成形性が要求される自動車部品への適用を考慮して、引張強度と均一伸びとの積を13000MPa%以上とし、引張強度と局部伸びとの積を5000MPa%以上とする。自動車用部品は、均一変形特性および局部変形特性が必要となるので、この2つを満たす必要がある。
【0099】
降伏比は、鋼板を成形して得る機械部品の強度に影響する。例えば、自動車部品の衝突安全性を高める(衝突エネルギーを高める)ためには、高い降伏比が求められる。そのため、本発明に係るめっき鋼板の降伏比は0.58以上であるのが好ましく、0.70以上であるのがより好ましく、0.80以上であるのがさらに好ましい。また、同様の観点から、本発明に係るめっき鋼板は、850MPa以上の降伏強度を有することが好ましい。
【0100】
なお、本発明においては、引張強度および降伏強度として、圧延直角方向の引張試験において求められる値を採用する。圧延直角方向とは、鋼板の圧延方向および厚さ方向に垂直な方向を指し、すなわち幅方向を意味する。
【0101】
さらに、本発明に係る合金化溶融亜鉛めっき鋼板を、繰り返しの負荷を受ける自動車用部品の素材鋼板として用いる場合には、優れた均一変形特性および局部変形特性に加えて、優れた疲労特性が求められる。所定の疲労特性を確保したい場合には、引張強度に対する疲労限の比を0.30以上にするのが好ましく、0.35以上にするのがより好ましい。なお、鋼板の疲労限は、応力比を−1、繰返し周波数を25Hzとし、最大繰返し数を2×10
6回とすることにより測定する。
【0102】
(E)鋼板の表層組織
本発明に係る合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、表層軟質層を備える。表層軟質層とは、鋼板表層に存在し、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さの0.9倍以下の硬さを有する層を意味する。
【0103】
本発明においては、化学組成と板厚1/4位置における金属組織とを制御することによって、高い強度と優れた成形性とを得ることができるため、表層軟質層の厚さについては特に制限はない。しかしながら、用途に応じて適宜表層軟質層の厚さを調整することによって、付加的な特性を得ることができる。
【0104】
例えば、亜鉛めっきを施した自動車用鋼板を溶接する際、溶接部において、液体金属脆性割れが生じることがある。この液体金属脆性割れは、鋼板強度が高強度になるほど生じやすくなる。しかしながら、上述の化学組成および金属組織の規定に加えて、表層軟質層の厚さを10μm超とすることによって、優れた耐液体金属脆性割れ性を確保することが可能となる。
【0105】
一方、上述のように、めっき鋼板を、繰り返しの負荷を受ける自動車用部品の素材鋼板として用いる場合には、優れた疲労特性が求められる。上述の化学組成および金属組織の規定に加えて、表層軟質層の厚さを10μm以下とすることによって、疲労特性を向上させ、引張強度に対する疲労限の比を0.30以上にすることが可能となる。
【0106】
なお、表層軟質層の厚さは以下の手順により求めるものとする。まず、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨する。そして、当該サンプルのめっき層と鋼板との界面から10μmの位置から板厚の中心(板厚1/2位置)まで、マイクロビッカース硬さを10μmピッチで順次測定する。試験力は組織の硬さに応じて適宜選択すればよく、例えば、2〜25gfとすることができる。また、圧痕が重なる場合は、板厚に垂直な方向にずらして測定する。
【0107】
上記の測定結果から、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さを求め、その硬さの0.9倍となる位置を特定する。そして、めっき層と鋼板との界面から、上記の平均硬さの0.9倍となる位置までの距離を、表層軟質層の厚さとして定義する。
【0108】
ただし、めっき層と鋼板との界面から10μmの位置での硬さが、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さの0.9倍を超える場合には、上記の方法により表層軟質層の厚さを測定するのが困難となる。その場合には、SEM観察により組織分率の変化を調査し、表層軟質層の厚さを求めることとする。
【0109】
具体的には、表層の組織を500〜1000倍の倍率で測定し、板厚方向に垂直な方向に100〜200μmの範囲にわたって金属組織を観察する。そして、めっき層と鋼板との界面から2、4、6、8、10μmの位置での硬質組織の分率をそれぞれ求める。また、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における硬質組織の平均分率を求めておき、上記平均分率の0.9倍となる位置を特定し、その位置とめっき層および鋼板の界面との距離を表層軟質層の厚さとして定義する。ここで、硬質組織の分率とは、フェライトおよびパーライト以外の組織の合計面積率のことをいう。
【0110】
(F)製造方法
本発明に係る合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造条件について特に制限はないが、以下に示す製造方法を用いることにより、製造することができる。以下の製造方法では、下記の(a)から(l)までの工程を順に行う。各工程について詳しく説明する。
【0111】
(a)溶製工程
上述の化学組成を有する鋼塊またはスラブを溶製する。溶製工程における条件については特に制限はなく、通常の方法を用いればよい。
【0112】
(b)熱延工程
鋼塊またはスラブを加熱して熱間圧延を施し、熱延鋼板とする。熱延工程における条件についても特に制限は設けないが、例えば、熱間圧延前の加熱温度を1000〜1300℃とし、熱間圧延の仕上げ温度を800〜1000℃とするのが好ましい。
【0113】
加熱温度が1000℃未満では、熱間圧延までの搬送の間に温度が低下して、所要の温度で仕上げ圧延を終了できないおそれがある。一方、加熱温度が1300℃を超えると、上述の化学組成を有する鋼の融点に達して融解するおそれがある。
【0114】
また、本発明で規定される化学組成を有する鋼は硬いため、仕上げ温度が800℃未満であると、圧延機に大きな負荷がかかり、熱間圧延が困難になるおそれがある。一方、仕上げ温度が1000℃を超えると、圧延後の鋼板の結晶が粗大になり、最終的に得られる合金化溶融めっき鋼板の各種特性が低下するおそれがある。
【0115】
(c)第1冷却工程
仕上げ圧延終了後の熱延鋼板を冷却する。第1冷却工程における冷却条件について特に制限は設けないが、10℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、300〜700℃の温度範囲で冷却を停止することが好ましい。
【0116】
熱延鋼板の組織が微細であると、Mn濃化の効果が得やすいが、平均冷却速度が10℃/s未満であると、相変態が高温で起きて、組織が粗大化するおそれがある。平均冷却速度の上限は特に限定されないが、工業的に、平均冷却速度が200℃/sを超えると、冷却停止温度の制御が困難となり、材質のバラツキが生じる。そのため、平均冷却速度は200℃/s以下とするのが好ましく、100℃/s以下とするのがより好ましく、60℃/s以下とするのがさらに好ましい。
【0117】
また、冷却停止温度が300℃未満であると、鋼板の組織がマルテンサイト主体となり、巻取りが困難になるおそれがある。一方、冷却停止温度が700℃を超えると、鋼板の表面に生成されるスケールが鋼板内部まで達し、酸洗が困難になるおそれがある。なお、製造上で問題となるのは、熱延鋼板の強度および酸洗のしやすさであるため、これらを考慮して、冷却停止温度を適宜設定すればよい。
【0118】
(d)巻取工程
冷却停止後の熱延鋼板を巻き取る。巻取温度についても特には限定されないが、700℃以下とすることが好ましい。巻取温度についても前記第1冷却工程における冷却停止温度と同様に、熱延鋼板の強度および酸洗のしやすさを考慮して適宜設定すればよい。
【0119】
(e)冷延工程
巻き取られた熱延鋼板を再び巻き戻して、酸洗した後、冷間圧延を施し、冷延鋼板とする。冷延工程における条件についても特に制限は設けない。ただし、本発明で規定される化学組成を有する鋼は硬いため、圧下率が90%を超えると、冷間圧延を短時間で終了することが難しくなる。そのため、冷延工程における圧下率は90%以下が好ましい。圧下率は90%以下の範囲で、所望の板厚および圧延機の能力を考慮して適宜設定すればよい。
【0120】
(f)焼鈍工程
冷間圧延後の冷延鋼板に対して、Ac
1点〜920℃の温度域で5s以上保持する焼鈍を施す。焼鈍温度がAc
1点未満であると、セメンタイトがオーステナイトにならず、最終組織として、ベイナイト、残留オーステナイトおよび焼戻しマルテンサイトを得ることができないため、Ac
1点以上である必要がある。一方、焼鈍温度が高温であるほど鋼板表面に生成するスケールが厚くなり、めっきの際の濡れ性が劣化する。また、粒径の粗大化を抑制して良好な靭性を確保する観点、およびエネルギーコストを低減する観点から、焼鈍温度は920℃以下とする。焼鈍温度は900℃以下とするのが好ましい。
【0121】
また、上記の焼鈍温度で保持する保持時間が5s未満であると、鋼板の場所によって温度ムラが生じ、組織を十分に均一化することができず、十分な局部伸びを得ることが難しくなる。そのため、保持時間は5s以上とする。保持時間は10s以上とするのが好ましい。
【0122】
焼鈍雰囲気については、特に制限は設けない。しかし、鋼板の表層軟質層の厚さを調整するためには、焼鈍温度に応じて適宜、焼鈍雰囲気を露点制御することが望ましい。上述のように、表層軟質層の厚さが10μm以下の場合、鋼板の引張強度に対する疲労限の比が高くなり、疲労特性が向上する。表層軟質層の厚さが10μm超の場合、鋼板の耐液体金属脆性割れ性が向上する。
【0123】
具体的には、表層軟質層の厚さを10μm超とするためには、焼鈍雰囲気の露点を−25℃以上とすることが好ましく、−15℃超とすることがより好ましく、−10℃超とすることがさらに好ましい。一方、表層軟質層の厚さを10μm以下とするためには、焼鈍雰囲気の露点を−15℃以下とすることが好ましく、−20℃以下とすることがより好ましく、−25℃以下とすることがさらに好ましい。
【0124】
(g)第2冷却工程
焼鈍後の冷延鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、100〜350℃の温度域まで冷却する。第2冷却工程における平均冷却速度が1℃/s未満であると、鋼板中にセメンタイトが析出するおそれが生じる。平均冷却速度は5℃/s以上であるのが好ましく、8℃/s以上であるのがより好ましい。
【0125】
ただし、平均冷却速度が100℃/sを超えると、冷却速度が速すぎるため、残留オーステナイトが発生する温度域(100〜350℃)に鋼板を誘導するのが困難になる。そのため、平均冷却速度は目的の冷却停止温度に制御しやすい速度とすることが好ましく、100℃/s以下とするのが好ましく、50℃/s以下とするのがより好ましい。
【0126】
また、冷却停止温度が100℃未満であると、オーステナイトのほとんどがマルテンサイトに変態し、最終組織における残留オーステナイトを10体積%以上確保することができなくなるおそれがある。一方、冷却停止温度が350℃を超えると、マルテンサイト変態量が少なく、その後得られる高温焼戻しマルテンサイトを5体積%以上確保することができなくなるおそれがある。そのため、冷却停止温度は100〜350℃とする。
【0127】
冷却停止温度の下限は、鋼種または熱処理条件に応じて適宜設定すればよく、130℃以上とするのが好ましく、150℃以上とするのがより好ましく、175℃以上とするのがさらに好ましく、200℃以上とするのが特に好ましい。また、冷却停止温度300℃以下とするのが好ましい。
【0128】
(h)前処理工程
冷延鋼板に溶融亜鉛めっきを施す前に、冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴温度まで冷却または加熱する前処理を施す。鋼板の温度がめっき温度から大きく外れたままで、鋼板をめっき浴に浸漬すると、外観不良につながる可能性がある。なお、冷延鋼板の温度とめっき浴温度とを厳密に一致させる必要はなく、50℃程度の差までであれば許容される。
【0129】
(i)めっき工程
前処理が完了した後、冷延鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、鋼板に溶融亜鉛めっきを施し、溶融亜鉛めっき鋼板とする。溶融亜鉛めっき浴の浴組成、浴温度、およびめっき付着量については特に限定されず、所望の溶融亜鉛めっき層の組成および厚さに応じて適宜設定すればよい。めっき付着量については、例えば、片面当りのめっき付着量を20〜80g/m
2の範囲内とすればよい。
【0130】
(j)合金化工程
溶融亜鉛めっき鋼板を480〜600℃に加熱し、溶融亜鉛めっきを合金化することによって合金化溶融亜鉛めっき鋼板とする。合金化処理の条件については、合金化溶融亜鉛めっき層中のFe量を所定量以上確保できるよう適宜設定すればよい。例えば、片面当りのめっき付着量が20〜80g/m
2の範囲内である場合、溶融亜鉛めっき鋼板を490〜560℃に加熱して、5〜60s保持すること好ましい。
【0131】
(k)第3冷却工程
合金化処理の後、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を1℃/s以上の平均冷却速度で、80〜300℃の温度域まで冷却する。第3冷却工程における冷却開始温度は、合金化工程の終了時の鋼板温度である。
【0132】
第3冷却工程の冷却によって、マルテンサイトの一部生成を促進するとともに、ベイナイト変態とマルテンサイトからオーステナイトへのCの分配とを促進して、残留オーステナイトを安定化させる。第3冷却工程後の焼戻工程で、残留オーステナイトを10体積%以上確保するためには、第3冷却工程の終了時点で、鋼板中にオーステナイトが10体積%以上存在している必要がある。
【0133】
平均冷却速度が1℃/s未満であると、上記の効果が得られなくなるおそれがある。平均冷却速度は5℃/s以上とするのが好ましい。平均冷却速度の上限は特に限定しないが、経済性の観点から、500℃/s以下とするのが好ましい。
【0134】
また、冷却停止温度が80℃未満であるか、または300℃を超えると、同様に、上記の効果が得られなくなるおそれがある。冷却停止温度は110℃以上とするのが好ましい。冷却停止温度が低いと強度が高くなるので、冷却終了温度は250℃以下とするのが好ましい。
【0135】
(l)焼戻工程
冷却停止後の合金化溶融亜鉛めっき鋼板に対して、100〜450℃の温度域で1s以上48h以下保持する焼戻処理を施す。焼戻は、マルテンサイトを焼き戻す効果、ベイナイト変態を促進する効果、ならびに、マルテンサイトおよびベイナイトから残留オーステナイトへCを濃化させる効果を得るために行う。
【0136】
焼戻温度が100℃未満であると、上記の効果が得られないおそれがある。一方、焼戻温度が450℃を超えると、高温焼戻しマルテンサイトとなり、強度が大幅に劣化する。また、Cが濃化したオーステナイトがパーライトに分解する。そのため、焼戻温度は100〜450℃とする。焼戻温度は120℃以上とするのが好ましく、140℃以上とするのがより好ましい。また、焼戻温度は430℃以下とするのが好ましい。
【0137】
また、焼戻時間(保持時間)が1s未満であると、焼戻効果が得られない。一方、焼戻時間が48hを超えると、焼戻温度を100〜450℃としても、炭化物が析出し、残留オーステナイトが大きく減少するおそれがある。そのため、焼戻時間は1s以上48h以下とする。焼戻時間は10s以上とするのが好ましく、30s以上とするのがより好ましい。また、焼戻時間は45h以下とするのが好ましく、40h以下とするのがより好ましい。
【0138】
(m)その他
焼戻工程の後、合金化溶融亜鉛めっき鋼板の平坦性を改善するため、鋼板にスキンパス圧延またはレベラー処理を施してもよい。さらに、合金化溶融亜鉛めっき鋼板に、塗油または潤滑作用のある皮膜を形成してもよい。
【0139】
以上説明したように、上記の製造方法を用いることによって、鋼板が0.25質量%以上のCを含有していても、1470MPa級以上でかつ高延性の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造することができる。
【0140】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0141】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、厚さ40mmのスラブを作製した。このスラブを、表2〜4に示す条件で熱間圧延し、熱延鋼板を製造した。
【0142】
次に、上記の熱延鋼板を表2〜4に示す速度(第1冷却速度)で巻取温度まで水スプレーで冷却した。その後、炉に装入し、巻取温度で60min保持し、20℃/hの平均冷却速度で100℃以下の温度まで炉冷することにより巻取を模擬した。得られた熱延鋼板について、酸洗してスケールを除去した後、表2〜4に示す条件で冷間圧延した。
【0143】
【表1】
【0144】
【表2】
【0145】
【表3】
【0146】
【表4】
【0147】
得られた冷延鋼板から試験材を採取した。試験材を、所定の温度まで加熱して保持する焼鈍を行い、次に、所定の速度(第2冷却速度)で冷却した。焼鈍工程における最高焼鈍温度、焼鈍時間および露点、ならびに第2冷却工程における第2冷却速度および第2冷却停止温度を表2〜4に併せて示す。
【0148】
その後、一部の試験材については、等温保持を行ってから、5℃/sで溶融めっき浴温の460℃まで加熱または冷却して、溶融亜鉛めっきを行った。その後、表2〜4に示すGA条件で合金化処理を行い、次いで、10℃/sの速度(第3冷却速度)で、第3冷却停止温度まで冷却した。冷却後、10℃/sの速度で加熱し、表2〜4に示す条件で焼戻処理を行った後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。
【0149】
比較のため、表5に示す従来の製造条件でも合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。冷延工程までは、上述と同じ工程である。冷延工程の後に焼鈍し、その後、第2冷却を行った。その後、10℃/sの速度で焼戻温度まで加熱して焼戻処理を行った。その後、そのまま昇温して、表5に示すGA条件にて合金化処理を行い、次いで、10℃/sの速度(第3冷却速度)で、第3冷却停止温度まで冷却した。
【0150】
【表5】
【0151】
続いて、得られた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の金属組織観察を行い、各組織の体積率および残留オーステナイト中のC量の測定を行った。
【0152】
残留オーステナイトの体積率(Vγ)は、Mo−Kα線を用いて得たデータから、次式により算出した。
Vγ=(2/3){100/(0.7×α(111)/γ(200)+1)}
+(1/3){100/(0.78×α(211)/γ(311)+1)}
ただし、α(211)、γ(200)、α(211)、およびγ(311)は面強度を表す。
【0153】
また、残留オーステナイトのC量(Cγ)は、Cu−Kα線によるX線解析で、オーステナイトの(200)面、(220)面、および(311)面の反射角から格子定数(単位はオングストローム)を求め、次式に従って算出した。
Cγ=(格子定数−3.572)/0.033
【0154】
次に、F.S.Lepera: Journal of Metals 32,No.3,(1980)38−39に記載の方法で、圧延方向の断面を腐食して、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトを現出させた。その後、板厚1/4位置において、光学顕微鏡を用いて倍率1000倍で観察し、組織写真を画像処理して、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計面積率(%)を測定し、それを合計体積率とした。
【0155】
そして、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計体積率の値から、上述の方法によって測定した残留オーステナイトの体積率を差し引くことによって、フレッシュマルテンサイトの体積率を求めた。
【0156】
さらに、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨した後、電解研磨したサンプルを、SEM−EBSDで100μm×100μm以上の領域を0.1step間隔で測定した。その後、株式会社TSLソリューションズの解析ソフトを用い、各々の結晶粒における粒内のImage Qualityの平均値(Grain Average Image Quality:GAIQ値)を算出した。
【0157】
そして、GAIQ値が5000以下である結晶粒の分率を低温焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトとの合計体積率とした。この値から、フレッシュマルテンサイトの体積率を差し引くことによって、低温焼戻しマルテンサイトの体積率を求めた。
【0158】
また、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨した後、ナイタールにて腐食を行った。当該サンプルについてSEM観察を行い、ラス状の組織で、かつ、セメンタイトを含むものの分率を高温焼戻しマルテンサイトと低温焼戻しマルテンサイトとの合計面積率として求め、それを合計体積率とした。SEM観察は倍率5000倍で行い、測定領域は、25μm×20μmの領域を4視野以上とした。この値から、低温焼戻しマルテンサイトの体積率を差し引くことによって、高温焼戻しマルテンサイトの体積率を求めた。
【0159】
ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計もSEM観察により求めた。ベイナイトまたはマルテンサイトのブロックが観察されるものを、ベイナイトまたは焼戻しマルテンサイトとした。そして、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計面積率を測定し、それを合計体積率とした。
【0160】
フェライトおよびパーライトについても同様に、ナイタール腐食を行った後、SEMで観察し、下部組織がなく、抉れている領域をフェライトとし、ラメラー組織が見えるものをパーライトとした。そして、フェライトおよびパーライトのそれぞれの面積率を求め、それを体積率とした。
【0161】
また、各合金化溶融亜鉛めっき鋼板のめっき層に含まれるFe量の測定を行った。具体的には、溶融亜鉛めっき層と母材との界面を起点として、(1/8×めっき層厚さ)〜(7/8×めっき層厚さ)の領域におけるFe濃度(質量%)を、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて測定した。そして、その平均値を算出し、めっき層に含まれるFe量とした。
【0162】
さらに、各合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いて、表層軟質層の厚さの測定を以下の手順により行った。
【0163】
まず、圧延方向に垂直な断面を切り出し、鏡面研磨した。そして、当該サンプルのめっき層と鋼板との界面から10μmの位置から板厚の中心(板厚1/2位置)まで、マイクロビッカース硬さを10μmピッチで順次測定した。試験力は、組織の硬さに応じて、2〜25gfの範囲で調整した。また、圧痕が重なる場合は、板厚に垂直な方向にずらして測定を行った。
【0164】
上記の測定結果から、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さを求め、その硬さの0.9倍となる位置を特定した。そして、めっき層と鋼板との界面から、上記の平均硬さの0.9倍となる位置までの距離を、表層軟質層の厚さとして求めた。
【0165】
ただし、めっき層と鋼板との界面から10μmの位置での硬さが、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における平均硬さの0.9倍を超える場合には、SEM観察により組織分率の変化を調査し、表層軟質層の厚さを求めた。
【0166】
具体的には、表層の組織を500〜1000倍の倍率で測定し、板厚方向に垂直な方向に100〜200μmの範囲にわたって金属組織を観察した。そして、めっき層と鋼板との界面から2、4、6、8、10μmの位置での硬質組織の分率をそれぞれ求めた。また、板厚1/4位置から板厚1/2位置までの領域における硬質組織の平均分率を求めておき、上記平均分率の0.9倍となる位置を特定し、その位置とめっき層および鋼板の界面との距離を表層軟質層の厚さとした。
【0167】
上記の観察結果および測定結果を表6〜9にまとめて示す。
【0168】
【表6】
【0169】
【表7】
【0170】
【表8】
【0171】
【表9】
【0172】
次に、得られた合金化溶融亜鉛めっき鋼板の機械特性の測定を行った。熱処理を施した試験材から、圧延方向および幅方向に対して垂直方向が引張方向となるようにJIS5号引張試験片を採取し、降伏強さ(YS)、引張強度(TS)、均一伸び(uEL)、全伸び(tEL)を測定した。また、全伸びと均一伸びとの差を、局部伸び(lEL)とした。
【0173】
また、各合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いて、疲労特性についての評価を行った。疲労限は、JIS1号試験片を用い、平面曲げ疲労試験により測定した。そして、応力比を−1、繰返し周波数を25Hzとした。まず、各鋼板に対して、引張強度の0.6倍の応力をかけた疲労試験を行った。その結果、全ての鋼板が2×10
6回未満の繰返し数で破断したため、その応力から20MPaずつ下げ、同じ疲労試験を繰り返し行った。そして、2×10
6回で破断が生じない応力になった場合、応力を10MPa上げて試験を行った。それでも破断しない場合は、応力を5MPa上げて試験を行い、破断した場合は、応力を5MPa下げて試験を行った。上記の要領で行った疲労試験の中で、最大繰返し数を2×10
6回としたときに破断が生じなかった最大応力を疲労限とした。
【0174】
さらに、各合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いて、耐液体金属脆性割れ性についての評価を以下の手順により行った。
【0175】
2枚の同じ鋼板を重ねてスポット溶接で接合し、接合部の断面をSEMで観察し、液体金属脆性割れの態様を調査した。スポット溶接は、Cr−Cu電極を用い、2枚重ねた鋼板に対し5°の打角で行った。通電パターンは、50Hzの電源を用い、加圧力を250〜750kgfとし、ナゲット径が5.5〜6.0mmとなる電流を40サイクルで通電する通電パターンとした。
【0176】
液体金属脆性割れの態様は、ナゲットの中心を含む鋼板断面を研磨し、SEMで観察し、割れの度合いを、以下の割れ評点で評価した。
【0177】
1:板組の内側に割れが生じていて、割れの長さが10μmを超える。
2:板組の内側に割れが生じているが、割れの長さが10μm以下である。
3:ナゲットにまで割れが進展している、または、ナゲットから300μm離れた位置の板組の外側に割れが生じている。
4:電極が接触した鋼板の表面部分とナゲットの間にだけ割れが生じている。
5:割れがない。
【0178】
機械特性の測定結果ならびに疲労特性および耐液体金属脆性割れ性の評価結果を表10〜13に示す。
【0179】
【表10】
【0180】
【表11】
【0181】
【表12】
【0182】
【表13】
【0183】
本発明例である試験No.1〜4、9〜16、23、24、28〜30、33〜71および80〜85においては、TSが1470MPaを超え、引張強度と均一伸びとの積が13000MPa%以上、引張強度と局部伸びとの積が5000MP%以上であり、優れた成形性を有し、かつ、めっき層において十分な合金化がなされていることがわかる。
【0184】
これに対して、試験No.5、18、19および25は、第2冷却停止温度が高いため、高温焼戻しマルテンサイトが得られず、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。試験No.6は、最高焼鈍温度が低いため、フェライト−パーライト変態が多量に生じ、引張強度が低くなった。試験No.7は、第2冷却速度が遅いため、冷却途中で、パーライト変態したため、残留オーステナイト分率が低くなり、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。
【0185】
試験No.8は、焼戻し処理の時間が長く、残留オーステナイトが炭化物を含むベイナイトへ分解するため、残留オーステナイト量が少なくなり、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。試験No.17は、第2冷却停止温度が低く、この温度でマルテンサイト変態が多量に進んでしまったため、オーステナイトがほとんど残らず、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。
【0186】
試験No.20は、焼戻処理温度が高く、オーステナイトが炭化物を含むベイナイトに分解してしまうため、残留オーステナイトが少なく、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。試験No.21は、焼戻処理温度が低く、また、試験No.22は、焼戻処理を施さなかったため、いずれもオーステナイト中へCが濃化せず、フレッシュマルテンサイトが多くなり、引張強度と局部伸びとの積が低くなった。
【0187】
試験No.26は、機械特性には優れるものの、合金化温度が低かったことに起因して、めっき層の合金化が不十分となった。試験No.27は、合金化温度が高く、パーライトが多量に生じたため、残留オーステナイト分率が低くなり、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。
【0188】
試験No.31は、第3冷却停止温度が高く、焼戻しマルテンサイト量が少なく、さらに、その後、ベイナイト変態も進まず、その結果、オーステナイト中にCが濃化せずに最終的にフレッシュマルテンサイトが生じたため、引張強度と均一伸びとの積および引張強度と局部伸びとの積がともに低くなった。また、試験No.32は、第3冷却停止温度が低く、この時点でマルテンサイトが多量に生じ、オーステナイトが少なくなるため、引張強度と均一伸びとの積および引張強度と局部伸びとの積がともに低くなった。
【0189】
試験No.72は、C含有量が規定範囲よりも低く、引張強度が低くなった。試験No.73は、C含有量が規定範囲よりも高く、残留オーステナイトが過剰となり、引張試験開始直後に破断した。試験No.74は、Si含有量が規定範囲よりも低くて、残留オーステナイトを確保できず、引張強度と均一伸びとの積が低くなった。
【0190】
試験No.75は、Si含有量が規定範囲よりも高く、冷延時に破断した。試験No.76は、Mn含有量が規定範囲よりも低く、第2の冷却中にパーライト変態が進み、残留オーステナイトを確保できず、引張強度が低くなった。試験No.77〜79は、それぞれ、Mn、CrおよびMoの含有量が規定範囲よりも高いため、ベイナイト変態が進行せず、オーステナイト中へCが濃化せず、マルテンサイトが多量に残り、引張強度と局部伸びとの積が低くなった。
【0191】
試験No.86〜89は、従来の手法に従って焼戻し処理後に合金化処理を行った例である。試験No.86および87では、合金化温度が十分であるため合金化は進行しているものの、残留オーステナイトおよび低温焼戻しマルテンサイトの体積率が低くなり、引張強度および引張強度と均一伸びとの積が低くなった。試験No.88でも、合金化はある程度進行しているものの、低温焼戻しマルテンサイトの体積率が低くなり、引張強度および引張強度と均一伸びとの積が低くなった。試験No.89では、合金化温度が低いため、合金化が不十分となったことに加えて、低温焼戻しマルテンサイトの体積率が低いため、引張強度が低くなった。以上より、従来の手法では、強度−延性バランスと十分な合金化との両立が困難である。
【0192】
さらに、本発明例において、焼鈍工程において露点を−25℃以下とした試験No.2、12、24、29、66〜68、84および85は、表層軟質層の厚さが10μm以下となり、引張強度に対する疲労限の比が高くなり、疲労特性に優れる結果となった。
【0193】
一方、焼鈍工程において露点を−10℃以上とした試験No.1、3、4、9〜11、13〜16、23、28、30、33〜65、69〜71および80〜83は、表層軟質層の厚さが10μm超となり、割れ評点が4以上となり、耐液体金属脆性割れ性に優れる結果となった。