特許第6187725号(P6187725)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6187725
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】シリコンめっき金属板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 9/08 20060101AFI20170821BHJP
   C25D 21/12 20060101ALI20170821BHJP
   H01M 4/1395 20100101ALN20170821BHJP
【FI】
   C25D9/08
   C25D21/12 K
   !H01M4/1395
【請求項の数】13
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-519005(P2017-519005)
(86)(22)【出願日】2016年10月12日
(86)【国際出願番号】JP2016080266
【審査請求日】2017年4月7日
(31)【優先権主張番号】特願2015-211331(P2015-211331)
(32)【優先日】2015年10月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊達 博充
(72)【発明者】
【氏名】藤井 隆志
(72)【発明者】
【氏名】上田 幹人
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−038244(JP,A)
【文献】 特開2013−011012(JP,A)
【文献】 特開2007−231301(JP,A)
【文献】 特開2002−194586(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 9/00− 9/12
C25D 13/00−21/22
H01M 4/00− 4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化リチウム、塩化カリウム、及びアルカリ金属フッ化物からなる溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方を溶解して溶融塩電解浴を調製し、
銅板、銅合金板、銀板、銀合金板、鋼板、銅めっきが施された鋼板、銅合金めっきが施された鋼板、ニッケルめっきが施された鋼板、銀めっきが施された鋼板、ステンレス合金板、銅めっきが施されたステンレス合金板、銅合金めっきが施されたステンレス合金板、ニッケルめっきが施されたステンレス合金板、及び、銀めっきが施されたステンレス合金板のいずれか1つである金属板を陰極として用い、前記溶融塩電解浴に前記陰極としての前記金属板を浸漬した状態で、パルス幅としての通電時間が0.1秒〜3.0秒でありデューティ比が0.5〜0.94である条件の、定電流パルス電解又は定電位パルス電解を行うことにより、前記金属板上にシリコン層を形成するシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項2】
前記アルカリ金属フッ化物が、フッ化ナトリウム、フッ化リチウム、及びフッ化カリウムからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項3】
前記溶融塩電解浴の調製は、前記溶融塩中に、少なくとも前記シリコン含有アルカリ金属塩を溶解して行う請求項1又は請求項2に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項4】
前記シリコン含有アルカリ金属塩が、NaSiFである請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項5】
前記定電流パルス電解又は定電位パルス電解において、前記パルス幅としての通電時間の合計が60秒〜1800秒である請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項6】
前記金属板が、厚さ10μm〜15μmの金属箔である請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項7】
前記溶融塩中における前記アルカリ金属フッ化物の含有量が、2モル%〜3.5モル%である請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項8】
前記溶融塩中における前記塩化リチウムの含有量が、53モル%〜59モル%であり、
前記溶融塩中における前記塩化カリウムの含有量が、38モル%〜44モル%であり、
前記溶融塩中における前記アルカリ金属フッ化物の含有量が、2モル%〜3.5モル%である請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項9】
前記溶融塩電解浴における前記シリコン含有アルカリ金属塩及び前記シリコン含有アンモニウム塩の総含有量が、前記溶融塩の全量に対し、0.01モル%〜5.0モル%である請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項10】
前記シリコン層を、前記条件の前記定電流パルス電解によって形成する請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項11】
前記定電流パルス電解において、通電時の陰極電流密度が0.3A/dm〜3.0A/dmである請求項10に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項12】
前記定電流パルス電解又は前記定電位パルス電解は、473K〜873Kの温度に保持された前記溶融塩電解浴に前記金属板を浸漬した状態で行う請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【請求項13】
前記シリコン層として、含有量99質量%以上のSiと不純物である残部とからなるデンドライト状シリコン層を形成する請求項1〜請求項12のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、シリコンめっき金属板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、めっきに関する技術が知られている。
例えば、特許文献1には、少なくとも片面に不連続な粒状錫めっきを有する金属箔から成る集電板であって、上記粒状錫めっきの集電板面方向の平均径が0.5μm以上、20μm以下であり、かつ、粒状錫めっき下部が集電板を構成する金属との合金層を形成しているリチウムイオン二次電池用負極が開示されている。特許文献1に開示されたリチウムイオン二次電池用負極は、充放電サイクル特性に優れることを特徴としている。
【0003】
しかし、錫(Sn)の理論容量が994mAh/gであるのに対して、シリコン(Si)の理論容量は4200mAh/gであり、エネルギー密度上昇という観点から、リチウムイオン二次電池用負極の負極活物質としては、SnよりもSiを適用することがより好ましい。
金属箔の集電体にSi膜を形成するための従来の方法として、化学蒸着法によって形成する方法;微細なSi粒子と導電助剤とバインダーとの混合物を集電体に塗布し、乾燥させることによって形成する方法;等が挙げられる。しかし、これら従来の方法は、製造コストが高いことが問題になっている。
そこで、非特許文献1では、より低コスト化が達成可能な電解析出法に着目して、TFSI系イオン液体の中で最も高い導電率を有する 1-Methyl-1-propylpyrrolidinium bis (trifluoromethanesulfonyl) imideにSiClを添加し、純度97at%のSi電析物が得られることが報告されている。
しかしながら、この技術では、室温付近ではSi電析物の抵抗率が高いため、電析物の厚膜化が難しく、形成速度も十分ではないという問題点があった。
【0004】
そこで、非特許文献2及び3には、イオン液体よりも高い温度の溶融塩を用い、定電流電解により、Si膜を電析することが開示されている。
非特許文献2では、1018Kの溶融LiF−NaF−KF中に、KSiFを添加した系において、KSiF濃度及び電流密度を変えて、定電流電解によるSi電析を行うことによってSi膜を形成できることが報告されている。
また、非特許文献3では、923Kの溶融KF−KCl中にKSiFを添加した系において、KSiF濃度及び電流密度を変えて、定電流電解によるSi電析を行うことによって緻密且つ平滑なSi膜を形成できることが報告されている。
【0005】
特許文献1:特開2013−225437号公報
非特許文献1:電気化学秋季大会講演要旨集, vol.2014, p65(2014)
非特許文献2:G.M.Rao, D.Elwell,R.S.Feigelson,J.Electrochem.Soc.,127,p1940-1944(1980)
非特許文献3:第46回溶融塩化学討論会要旨集,39,(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記非特許文献2に記載されている、溶融LiF−NaF−KF中にKSiFを添加した溶融塩電解浴(めっき浴)、及び、上記非特許文献3に記載されている、溶融KF−KCl中にKSiFを添加した溶融塩電解浴(めっき浴)は、いずれも溶融塩電解浴の温度が高い。このため、これらの文献に記載の製法は、製造コストが高いという問題がある。
また、上記非特許文献2に記載されている溶融塩電解浴は、LiFが水への溶解度が低いことから、めっき後の溶融塩電解浴の水洗がしにくく、このため、めっき金属板の製造方法が煩雑となる場合がある。
【0007】
従って、本発明の一態様の課題は、シリコンめっき金属板を容易に且つ低コストで製造できるシリコンめっき金属板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 塩化リチウム、塩化カリウム、及びアルカリ金属フッ化物からなる溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方を溶解して溶融塩電解浴を調製し、
銅板、銅合金板、銀板、銀合金板、鋼板、銅めっきが施された鋼板、銅合金めっきが施された鋼板、ニッケルめっきが施された鋼板、銀めっきが施された鋼板、ステンレス合金板、銅めっきが施されたステンレス合金板、銅合金めっきが施されたステンレス合金板、ニッケルめっきが施されたステンレス合金板、及び、銀めっきが施されたステンレス合金板のいずれか1つである金属板を陰極として用い、前記溶融塩電解浴に前記陰極としての前記金属板を浸漬した状態で、パルス幅としての通電時間が0.1秒〜3.0秒でありデューティ比が0.5〜0.94である条件の、定電流パルス電解又は定電位パルス電解を行うことにより、前記金属板上にシリコン層を形成するシリコンめっき金属板の製造方法。
<2> 前記アルカリ金属フッ化物が、フッ化ナトリウム、フッ化リチウム、及びフッ化カリウムからなる群から選択される少なくとも1種である<1>に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<3> 前記溶融塩電解浴の調製は、前記溶融塩中に、少なくとも前記シリコン含有アルカリ金属塩を溶解して行う<1>又は<2>に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<4> 前記シリコン含有アルカリ金属塩が、NaSiFである<1>〜<3>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<5> 前記定電流パルス電解又は定電位パルス電解において、前記パルス幅としての通電時間の合計が60秒〜1800秒である<1>〜<4>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<6> 前記金属板が、厚さ10μm〜15μmの金属箔である<1>〜<5>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<7> 前記溶融塩中における前記アルカリ金属フッ化物の含有量が、2モル%〜3.5モル%である<1>〜<6>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<8> 前記溶融塩中における前記塩化リチウムの含有量が、53モル%〜59モル%であり、
前記溶融塩中における前記塩化カリウムの含有量が、38モル%〜44モル%であり、
前記溶融塩中における前記アルカリ金属フッ化物の含有量が、2モル%〜3.5モル%である<1>〜<7>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<9> 前記溶融塩電解浴における前記シリコン含有アルカリ金属塩及び前記シリコン含有アンモニウム塩の総含有量が、前記溶融塩の全量に対し、0.01モル%〜5.0モル%である<1>〜<8>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<10> 前記シリコン層を、前記条件の前記定電流パルス電解によって形成する<1>〜<9>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<11> 前記定電流パルス電解において、通電時の陰極電流密度が0.3A/dm〜3.0A/dmである<10>に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<12> 前記定電流パルス電解又は前記定電位パルス電解は、473K〜873Kの温度に保持された前記溶融塩電解浴に前記金属板を浸漬した状態で行う<1>〜<11>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
<13> 前記シリコン層として、含有量99質量%以上のSiと不純物である残部とからなるデンドライト状シリコン層を形成する<1>〜<12>のいずれか1項に記載のシリコンめっき金属板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、シリコンめっき金属板を容易に且つ低コストで製造できるシリコンめっき金属板の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1及び2において、サイクリックボルタンメトリー測定によって得られたG.C.上のサイクリックボルタモグラムである。
図2】実施例1及び2において、定電位パルス電解によって電析物が形成されたAg板のXRD測定結果である。
図3A】実施例1において定電位パルス電解(ON時間1秒、OFF時間0.1秒、0.91Hz)によって形成された電析物の断面のSEM写真である。
図3B】実施例2において定電位パルス電解(ON時間0.1秒、OFF時間0.1秒、5Hz)によって形成された電析物の断面のSEM写真である。
図4】実施例101〜103における、定電流パルス電解の定電流パルスON時及びOFF時のパルス波形の模式図である。
図5】実施例101のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図6】実施例102のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図7】実施例103のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図8】比較例101のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図9】実施例115のシリコンめっきAg板の断面のSEM写真である。
図10】実施例201、比較例201及び比較例202における充放電試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
〔シリコンめっき金属板の製造方法〕
本開示のシリコンめっき金属板の製造方法(以下、「本開示の製造方法」ともいう)は、
塩化リチウム(LiCl)、塩化カリウム(KCl)、及びアルカリ金属フッ化物からなる溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方(以下、「Si源」ともいう)を溶解して溶融塩電解浴を調製し、
上記溶融塩電解浴に陰極としての金属板を浸漬した状態で、パルス幅としての通電時間が0.1秒〜3.0秒でありデューティ比が0.5〜0.94である条件の、定電流パルス電解又は定電位パルス電解を行うことにより、上記金属板上にシリコン層を形成する。
【0013】
本明細書において、シリコン層とは、Si及び不純物からなる電析物全般を意味する。 即ち、本明細書におけるシリコン層の概念には、膜状の(連続層状の)電析物だけでなく、結晶と結晶との間に空隙を有する電析物(例えば、デンドライト状の電析物)も包含される。
本明細書では、Si及び不純物からなるデンドライト状の電析物を、「デンドライト状シリコン層」ともいう。
【0014】
本開示の製造方法によれば、金属板上にシリコン層が配置された構造を有するシリコンめっき金属板を、容易に、且つ、低コストで製造できる。
詳細には、本開示の製造方法で用いる溶融塩及び溶融塩電解浴では、LiCl−KClが共晶塩となって融点が下がる。このため、本開示の製造方法によれば、上記非特許文献2又は3に記載の技術と比較して、低い溶融塩電解浴にてシリコンめっき金属板の製造(即ち、シリコン層の形成)を行うことができるので、より低コストでシリコンめっき金属板を製造できる。
また、本開示の製造方法で用いる溶融塩及び溶融塩電解浴は、それぞれ、LiF−NaF−KF及びこれにKSiFを添加した溶融塩電解浴(即ち、上記非特許文献2に記載の溶融塩及び溶融塩電解浴)と比較して、水への溶解性が高いため、めっき後(即ち、電解によるシリコン層の形成後)の水洗が容易である。このため、本開示の製造方法は、上記非特許文献2に記載の技術と比較して、シリコンめっき金属板の製造が容易である。
【0015】
更に、本開示の製造方法によれば、定電流パルス電解又は定電位パルス電解によってシリコン層を形成することにより、パルスではない電解によってシリコン層を形成する場合と比較して、金属板との密着性に優れたシリコン層を形成できる(後述の実施例101〜103及び比較例101参照)。
更に、本開示の製造方法によれば、定電流パルス電解又は定電位パルス電解によってシリコン層を形成することにより、パルスではない電解によってシリコン層を形成する場合と比較して、厚さ(以下、「層厚」ともいう)がより厚いシリコン層を形成できる(後述の実施例101〜103及び比較例101参照)。
【0016】
以下、本開示の製造方法の好ましい態様について説明する。
【0017】
本開示の製造方法では、塩化リチウム(LiCl)、塩化カリウム(KCl)、及びアルカリ金属フッ化物からなる溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方を溶解して溶融塩電解浴を調製する。
上記溶融塩の利点は、前述のとおり、LiCl−KClが共晶塩となって融点が下がること、及び、非特許文献2に記載のLiF−NaF−KF溶融塩と比較して水への溶解性が高いことである。
また、上記溶融塩中に溶解される、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方は、シリコン層を形成するためのシリコン源(Si源)である。後述の定電流パルス電解又は定電位パルス電解では、これらの塩に含まれるシリコン(Si)を原料としてシリコン層が形成される。
以下、溶融塩中に溶解される、上述の「シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方」を、単に「Si源」ともいう。
【0018】
上記溶融塩に含まれる上記アルカリ金属フッ化物は、フッ化ナトリウム(NaF)、フッ化リチウム(LiF)、及びフッ化カリウム(KF)からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0019】
溶融塩中におけるアルカリ金属フッ化物の含有量は、2モル%〜3.5モル%であることが好ましい。
アルカリ金属フッ化物の含有量が2モル%以上であると、溶融塩の形成がより容易となり、溶融塩の安定性がより向上する。
アルカリ金属フッ化物の含有量が3.5モル%以下であると、溶融塩電解浴の水への溶解性がより向上し、シリコン層形成後の水洗がより容易となる。
【0020】
上記溶融塩の特に好ましい態様は、
上記溶融塩中における塩化リチウムの含有量が、53モル%〜59モル%であり、
上記溶融塩中における塩化カリウムの含有量が、38モル%〜44モル%であり、
上記溶融塩中におけるアルカリ金属フッ化物の含有量が、2モル%〜3.5モル%である態様である。
【0021】
前述のとおり、上記溶融塩電解浴の調製は、上記溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方(Si源)を溶解して行う。
本開示における好ましい態様は、上記溶融塩電解浴の調製を、上記溶融塩中に、少なくともシリコン含有アルカリ金属塩を溶解して行う態様である。この態様により、シリコン含有アルカリ金属塩を溶解せずにシリコン含有アンモニウム塩を溶解させた場合と比較して、より厚いシリコン層を形成できる。
【0022】
シリコン含有アルカリ金属塩としては、NaSiF、KSiF、又はLiSiFが好ましく、NaSiFが特に好ましい。
シリコン含有アンモニウム塩としては、(NHSiFが好ましい。
Si源(即ち、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方)は、シリコン含有アルカリ金属塩を含むことが好ましく、NaSiF、KSiF、及びLiSiFからなる群から選択される少なくとも1種を含むことがより好ましく、NaSiFを含むことが特に好ましい。
【0023】
また、上記溶融塩電解浴におけるシリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の総含有量(即ち、Si源の総含有量)は、上記溶融塩の全量に対し、0.01モル%〜5.0モル%であることが好ましい。
【0024】
本開示の製造方法では、上記溶融塩電解浴に陰極としての金属板を浸漬した状態で、パルス幅としての通電時間が0.1秒〜3.0秒でありデューティ比が0.5〜0.94である条件の、定電流パルス電解又は定電位パルス電解を行うことにより、上記金属板上にシリコン層を形成する。
これにより、前述したとおり、定電流パルス電解ではない定電流電解(即ち、常時定電流オン状態とする定電流電解)又は定電位パルス電解ではない定電位電解(即ち、常時定電位オン状態とする定電位電解)を行うことによってシリコン層を形成した場合と比較して、シリコン層と金属板との密着性が向上し、かつ、より厚いシリコン層を形成できる。
【0025】
定電流パルス電解又は定電位パルス電解において、パルス幅としての通電時間は、前述のとおり0.1秒〜3.0秒である。
上記通電時間が0.1秒未満では、Siがほとんど電析しない。
一方、上記通電時間が3.0秒を超えると、電析Siが長く伸びて崩壊しやすい形状となる。このため、電析Siの崩壊によりシリコン層の厚さが薄くなる傾向となり、また、シリコン層と金属層との密着性も低下しやすい。
【0026】
定電流パルス電解又は定電位パルス電解のパルスの1周期において、通電する時間(即ち、上記パルス幅としての通電時間;以下、「ON時間」ともいう。)と、通電を休止する時間(以下、「OFF時間」ともいう。)と、の合計に対するON時間の割合、すなわちデューティ比は、0.5〜0.94である。
デューティ比が0.5未満であると、OFF時間の占める時間が長く生産性が低下し、かつ、電析Siの形状及び特性の向上も認められない。
一方、デューティ比が0.94を超えると電析Siが長く伸びて崩壊しやすい形状となる。このため、電析Siの崩壊によりシリコン層の厚さが薄くなる傾向となり、また、シリコン層と金属層との密着性も低下しやすい。
【0027】
陰極としての金属板には特に制限はない。
金属板の材質としては、銅、銅合金、銀、銀合金、鋼板、ステンレス合金板が挙げられるが、シリコン層の密着性をより向上させる観点から、銅、銅合金、銀、又は銀合金が好ましく、銅又は銅合金がより好ましい。
また、金属板としては、シリコン層の密着性をより向上させる観点から、めっき(例えば、銅、銅合金、ニッケル、銀等のめっき)が施された、鋼板又はステンレス合金板も好ましい。
【0028】
金属板の厚さには特に制限はない。金属板の厚さは、例えば5μm〜3mmとすることができる。
金属板の一態様として、金属箔が挙げられる。金属箔としては、厚さ5μm〜20μmの金属箔が好ましく、厚さ10μm〜15μmの金属箔がより好ましい。
金属板の別の態様としては、厚さ0.1mm〜3mmの金属板も挙げられる。
【0029】
定電流パルス電解又は定電位パルス電解は、473K〜873Kの温度に保持された溶融塩電解浴に金属板を浸漬した状態で行うことが好ましい。定電流パルス電解又は定電位パルス電解における溶融塩電解浴の温度は、675K〜873Kとすることがより好ましい。
溶融塩電解浴の温度が473K以上であることにより、溶融塩電解浴の粘性が抑えられ、陰極にSi(IV)が供給され易くなるので、シリコンの電析量(即ち、シリコン層の厚さ)が確保され易い。
溶融塩電解浴の温度が873K以下であると、エネルギーコスト(即ち、製造コスト)の面で有利である。
【0030】
定電流パルス電解又は定電位パルス電解において、パルス幅としての通電時間の合計は、シリコン層の厚さ、Si源の濃度等を考慮し、適宜設定される。
生産性の観点から、パルス幅としての通電時間の合計は60秒〜1800秒であることが好ましい。
【0031】
本開示の製造方法では、前述のとおり、定電流パルス電解又は定電位パルス電解によってシリコン層を形成する。
本開示の製造方法の好ましい態様は、定電流パルス電解によってシリコン層を形成する態様である。この態様では、定電位パルス電解によってシリコン層を形成する態様と比較して、緻密で平滑なシリコン層をより形成し易い。この理由としては、定電流パルス電解では、OFF時において電流を完全に0(ゼロ)とすることがより容易であることが考えられる。詳細には、定電流パルス電解では、OFF時において電流を完全に0(ゼロ)とすることにより、OFF時からON時に切り替わる瞬間に電流を急激に立ち上がらせ、電析の核を適切に発生させることができると考えられる。その結果、緻密で平滑なシリコン層を容易に形成できると考えられる。
【0032】
定電流パルス電解によってシリコン層を形成する態様において、定電流パルス電解における通電時の陰極電流密度は、0.3A/dm〜3.0A/dmであることが好ましい。
通電時の陰極電流密度が0.3A/dm以上であると、Siの電析量(即ち、シリコン層の厚さ)を確保しやすい。
通電時の陰極電流密度が3.0A/dm以下であると、Siの電析物が長く伸びて崩壊する現象をより抑制できる。このため、シリコン層の厚さを確保しやすい。
【0033】
本開示の製造方法における定電流パルス電解又は定電位パルス電解は、O及びHOが少ない(好ましくは存在しない)環境下で行うことが好ましい。
及びHOが少ない(好ましくは存在しない)環境下としては、例えば、酸素を含まないガス(例えばArガス)で充填された密閉容器内等が挙げられる。
また、上記陰極としては、金属板に形成された酸化物皮膜を弱酸で除去して、水洗い後に十分に乾燥したものを用いることが好ましい。
【0034】
本開示の製造方法では、上述した、溶融塩電解浴の調製及びシリコン層の形成以外のその他の操作を含んでもよいことは言うまでもない。
その他の操作としては、シリコン層が形成された金属板(陰極)を水洗し、金属板表面に残存する溶融塩及びSi源を除去する操作、水洗後に乾燥させる操作、等が挙げられる。
【0035】
本開示の製造方法によって形成されるシリコン層の具体的な態様には特に制限はない。
本開示の製造方法によって形成されるシリコン層として、シリコン膜(即ち、膜状の電析物)、デンドライト状シリコン層(即ち、デンドライト状の電析物)、等が挙げられる。
【0036】
本開示の製造方法によって形成されるシリコン層の厚さは、1μm〜30μmであることが好ましい。
【0037】
また、本開示の製造方法によって形成されるシリコン層としては、含有量99質量%以上のSiと不純物である残部とからなるシリコン層が好ましい。
シリコン層におけるSiの含有量が99質量%以上であると、金属シリコンとしての特性がより効果的に発揮される。
【0038】
本開示の製造方法によって形成されるシリコン層の一例として、含有量99質量%以上のSiと不純物である残部とからなるデンドライト状シリコン層が挙げられる。
デンドライト状シリコン層は、金属板の表面に対して垂直方向に成長したデンドライト状の粒子形状を有するSi結晶粒からなる。
ここで、「デンドライト状」とは、主枝から枝部分が針状或いは葉状に複数に枝分かれして三次元的に成長してなる樹枝状の形状を意味する。
【0039】
本開示の製造方法によって製造されるシリコンめっき金属板の用途には特に制限はない。
本開示の製造方法によって製造されるシリコンめっき金属板の用途としては、リチウムイオン二次電池用負極、シリコン太陽電池、等が挙げられる。
【0040】
シリコンめっき金属板をリチウムイオン二次電池用負極として用いる場合、シリコンめっき金属板の金属板が、リチウムイオン二次電池用負極の負極集電箔に相当し、シリコンめっき金属板のシリコン層が、リチウムイオン二次電池用負極の負極活物質層の一部又は全部に相当する。
【0041】
リチウムイオン二次電池用負極の負極活物質層は、シリコン層と負極集電箔とを結着させて電極構造を維持する目的で、バインダを含有してもよい。このようなバインダとして、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリ酢酸ビニル、ポリイミド(PI)、ポリアミド(PA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリメチルアクリレート(PMA)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリエーテルニトリル(PEN)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリアクリロニトリル(PAN)などの熱可塑性樹脂;エポキシ樹脂;ポリウレタン樹脂;などを用いることができる。
また、負極活物質層は、バインダとともに、導電助剤を含有してもよい。
導電助剤としては、特に制限されず、従来公知のものを利用することができ、例えば、アセチレンブラック等のカーボンブラック、グラファイト、炭素繊維などの炭素材料を挙げることができる。
【0042】
負極活物質層は、シリコン層のみであってもよい。
負極活物質層がシリコン層のみである態様は、シリコンめっき金属板をそのままリチウムイオン二次電池用負極として用いる態様である。
【0043】
負極活物質層は、シリコン層と、シリコン層上に積層されたバインダ及び導電助剤を含む層と、を含んでいてもよい。
シリコン層とバインダ及び導電助剤を含む層とを含む負極活物質層を備えるリチウムイオン二次電池用負極は、例えば、シリコンめっき金属体のシリコン層上に、バインダ及び導電助剤を含有するスラリーを塗布することによって形成できる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の一態様を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
〔実施例1及び2〕(定電位パルス電解)
実施例1及び2では、LiCl、KCl、及びNaFからなる溶融塩にSi源としてNaSiFを添加して得られた溶融塩電解浴のサイクリックボルタンメトリー測定を行い、次いで、上記融塩電解浴と金属板の一例としてのAg板とを用い、定電位パルス電解により、シリコンめっき金属板の一例であるシリコンめっきAg板を製造した。
【0046】
実施例1では、定電位パルス電解の条件を、ON時間が1秒であり、OFF時間が0.1秒であり、デューティ比が0.91であり、周波数が0.91Hzである条件とした。
実施例2では、定電位パルス電解の条件を、ON時間が0.1秒であり、OFF時間が0.1秒であり、デューティ比が0.5であり、周波数が5Hzである条件とした。
以下、詳細を説明する。
【0047】
<溶融塩電解浴のサイクリックボルタンメトリー測定>
Arを導入した電気炉内に収容された2電極式のセル内で、LiCl:KCl:NaF=56:41:3(mol%)の組成の溶融塩にSi源としてNaSiFを0.5モル%添加することにより、溶融塩電解浴を調製した。得られた溶融塩電解浴の温度を、773Kに調整した。
773Kの温度に調整された上記溶融塩電解浴に、作用極としてのグラッシーカーボン(G.C.)と、対極としてのカーボンロッドと、参照極としてのSiと、を浸漬し、上記溶融塩電解浴のサイクリックボルタンメトリー測定を行った。
【0048】
図1は、本実施例1及び2において、サイクリックボルタンメトリー測定によって得られたG.C.上のサイクリックボルタモグラムである。
図1に示すように、電位(Potential,E)をカソード側にスキャンしていくと(図1中、左向きの矢印参照)、−0.04V vs. Si QRE付近からカソード電流(即ち、還元電流)が増加し、−0.15〜−0.2V vs. Si QRE付近に下向きの還元ピークが現れ、その後再度増加した。スキャンの向きを反転させた際(即ち、アノード側にスキャンした際)、カソード電流は−0.1V vs. Si QRE付近まで流れ、その後、アノード電流(即ち、酸化電流)が流れた(図1中、上向きの矢印参照)。このように、Si擬似参照電極に対して0Vから大きく離れていない電位で還元電流及び酸化電流のピークが観察されたため、この電流はそれぞれSiの電析及び溶解に対応するものと考えられる。この結果から、Si(IV)の還元によるSiの電析は−0.15〜−0.2V vs.Si QREで速いこと、および、−0.1V vs. Si QRE付近において還元電流、酸化電流ともにほとんど流れないことがわかった。
この結果に基づき、実施例1及び2では、後述するように、定電位パルス電解の条件を、電析電位が−0.15V vs. Si QREであり、電析休止電位が−0.1V vs. Si QREである条件に決定した。
【0049】
<定電位パルス電解によるシリコンめっきAg板の製造>
Arを導入した電気炉内に収容された2電極式のセル内で、上記サイクリックボルタンメトリー測定において調製した溶融塩電解浴と同様の溶融塩電解浴を調製した。得られた溶融塩電解浴の温度を、773Kに調整した。
773Kの温度に調整された上記溶融塩電解浴に、作用極(陰極)としてのAg板(3cm)と、対極としてのカーボンロッドと、を浸漬し、定電位パルス電解を行った。
【0050】
実施例1では、定電位パルス電解の条件を、電析電位が−0.15Vであり、電析休止電位が−0.1Vであり、1パルス当たりの電析ON時間が1秒であり、1パルス当たりの電析OFF時間が0.1秒であり、デューティ比が0.91であり、周波数が0.91Hzであり、全電気量が−16Ccm−2(理論膜厚5μm)である条件とした。
実施例2では、定電位パルス電解の条件を、電析電位が−0.15Vであり、電析休止電位が−0.1Vであり、1パルス当たりの電析ON時間が0.1秒であり、1パルス当たりの電析OFF時間が0.1秒であり、デューティ比が0.5であり、周波数が5Hzであり、全電気量が−16Ccm−2(理論膜厚5μm)である条件とした。
【0051】
実施例1及び2とも、定電位パルス電解により、Ag板上に電析物が形成された。その後、水洗により、Ag板上に残存する溶融塩及びSi源を除去し、次いで十分に乾燥させることにより、電析物付きAg板を得た。
実施例1及び2とも、電析物の付着量から算出された電析物の平均厚さは4.4μmであった。
【0052】
<電析物のXRD測定>
上記で得られた電析物付きAg板について、X線回折(XRD)測定を行った。
【0053】
図2は、実施例1及び2における電析物付きAg板、即ち、定電位パルス電解によって電析物が形成されたAg板のXRD測定結果である。
図2中、「0.91Hz」は、実施例1の結果であり、「5Hz」は、実施例2の結果である。
図2からわかるとおり、実施例1及び2とも、得られた電析物は金属Siの回折パターンと一致し、金属Siであることが確認された。
【0054】
<電析物のICP−AES分析>
上記で得られた電析物付きAg板における電析物をフッ化水素酸に溶解させ、得られた溶液をICP発光分光分析法(ICP−AES)によって分析した。
その結果、実施例1及び2の電析物は、いずれも、Si純度が99質量%であるシリコン層であることが確認された。
【0055】
この結果により、実施例1及び2とも、電析物付きAg板として、Ag板上に電析物としてシリコン層が形成された構造を有するシリコンめっきAgが得られたことが確認された。
【0056】
<SEM表面観察>
電析物付きAg板(シリコンめっきAg板)の電析物側の表面を、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した。
その結果、実施例1及び2とも、こぶ状の電析形態が見られ、周波数の違いによる電析物の表面形態の違いには大きな差は見られなかった。
【0057】
<SEM断面観察>
電析物付きAg板(シリコンめっきAg板)の電析物の断面を、SEMによって観察した。
【0058】
図3Aは、実施例1において定電位パルス電解(ON時間1秒、OFF時間0.1秒、0.91Hz)によって形成された電析物の断面のSEM写真である。
図3Bは、実施例2において定電位パルス電解(ON時間0.1秒、OFF時間0.1秒、5Hz)によって形成された電析物の断面のSEM写真である。
【0059】
図3A及び図3Bに示すように、実施例1及び2とも、Ag板上に、デンドライト状の電析物が形成されていることが確認された。
特に、図3Aに示すように、実施例1では、Ag板上に、シリコンの連続層が1層形成された後に、デンドライト状の電析物が形成されていた。
【0060】
〔実施例101〜103、比較例101〕(定電流パルス電解)
<定電流パルス電解によるシリコンめっき銅箔の製造>
実施例101〜103では、金属板の一例として銅箔を用い、定電流パルス電解により、シリコンめっき金属板の一例であるシリコンめっき銅箔を製造した。
比較例101では、常時、定電流オン状態とする、定電流パルス電解ではない定電流電解により、比較用のシリコンめっき銅箔を製造した。
以下、詳細を説明する。
【0061】
Arを導入した電気炉内に収容された2電極式のセル内で、LiCl:KCl:NaF=56:41:3(mol%)の組成の溶融塩にSi源としてNaSiFを0.5モル%添加することにより、溶融塩電解浴を調製した。得られた溶融塩電解浴の温度を、773Kに調整した。
773Kの温度に調整された上記溶融塩電解浴に、陰極としての銅板(詳細には、厚さ10μm、大きさ3cmの銅箔;以下、単に「銅箔」ともいう)と対極としてのカーボンロッドとを浸漬し、表1に示す条件の定電流電解を行った。
表1に示すように、実施例101〜103の定電流電解は、定電流オン(ON)状態と電流オフ(OFF)状態とを繰り返す定電流パルス電解とした。実施例101〜103において、電流オフ(OFF)状態における電流値は0A/dmとした(後述する実施例104〜114も同様である)。
これに対し、比較例101の定電流電解は、電流オフ状態を設けず、常時、定電流オン状態とする、定電流パルス電解ではない定電流電解とした。
実施例101〜103及び比較例101では、いずれも、定電流オン状態の時間(ON時間)の合計が600秒となる時間、定電流電解を行った。
上記定電流電解により、銅箔上に電析物が形成された。その後、水洗により、銅箔上に残存する溶融塩及びSi源を除去し、次いで十分に乾燥させることにより、電析物付き銅箔を得た。
【0062】
図4は、実施例101〜103における、定電流パルス電解の定電流パルスON時及びOFF時のパルス波形の模式図である。
図4に示すパルス波形におけるON時は、パルス幅としての通電時間を意味し、表1中の定電流パルスON条件のON時間(s)に対応する。
図4に示すパルス波形におけるOFF時は、表1中の定電流パルスOFF条件のOFF時間(s)に対応する。
【0063】
<電析物の分析>
上記で得られた電析物付き銅箔における電析物をフッ化水素酸に溶解させ、得られた溶液をICP−AESによって分析した。
その結果、実施例101〜103の電析物は、いずれも、Si純度が99質量%以上であり、不純物として1質量%未満のClを含有するシリコン層であることが確認された。
また、比較例101の電析物は、Si純度が98質量%であり、不純物として2質量%のClを含有するシリコン層であることが確認された。
【0064】
以上の結果により、電析物付き銅箔として、銅箔上に電析物としてシリコン層が形成された構造を有するシリコンめっき銅箔が得られたことが確認された。
【0065】
<表面観察>
シリコンめっき銅箔の電析物(シリコン層)側の表面を、SEMによって観察し、SEMによる表面写真を撮影した。
【0066】
図5〜7は、それぞれ、実施例101〜103のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図5及び6に示すように、実施例101及び102では、所々、下地の銅箔が見え、銅箔の表面の70%以下が、デンドライト状のSi結晶粒からなる電析物(即ち、デンドライト状シリコン層)によって被覆されていた。
また、図7に示すように、実施例103では、銅箔の表面の全体がSi結晶粒からなる電析物によって被覆されていた。
【0067】
図8は、比較例101のシリコンめっき銅箔のSEMによる表面写真である。
図8に示すように、比較例101でも、一応、銅箔の表面が電析物(Si結晶粒)によって被覆されていた。しかし、比較例101の電析物は、下地の銅箔との密着性が悪く、溶融塩及びSi源を除去するための水洗により、電析物のほとんどが剥がれた。
【0068】
<シリコン層の層厚測定>
シリコン層の層厚測定に際し、シリコンめっき銅箔の樹脂埋め込み試料を作製し、断面研磨をおこなった。試料のシリコンめっき銅箔の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察し、SEMによる断面写真を撮影した(図示は省略する)。
得られた断面写真に基づき、シリコン層の層厚(μm)を測定した。
ここで、シリコン層の層厚は、銅箔の表面からの電析物(即ち、シリコン層)の最大高さとした。
結果を表1に示す。
【0069】
<シリコン層と銅箔との密着性の評価>
シリコンめっき銅箔のシリコン層(電析物)に対し、カッター(NTカッター A−300)により、銅箔に達する、2mm角、100個の碁盤目(クロスカット)を形成した。形成された碁盤目にセロハンテープ(ニチバン セロテープ(登録商標)CT−18 幅25mm)を貼り付け、次いで銅箔に対して垂直な方向に瞬間的に引き剥がした。引き剥がしたセロハンテープを目視で観察し、下記基準に従って、シリコン層と銅箔との密着性を評価した。
結果を表1に示す。
【0070】
−シリコン層と銅箔との密着性の評価基準−
A: 引き剥がしたセロハンテープにシリコン層の付着が認められず、シリコン層と銅箔との密着性に優れていた。
B: 引き剥がしたセロハンテープにシリコン層の付着が認められ、シリコン層と銅箔との密着性が悪かった。
【0071】
【表1】
【0072】
表1に示すように、定電流パルス電解によって形成された実施例101〜103のシリコン層は、常時定電流をオン状態とする定電流電解によって形成された比較例101のシリコン層と比較して、層厚が厚く、且つ、銅箔との密着性に優れていた。
【0073】
〔実施例104〜114〕
溶融塩電解浴における溶融塩の種類、溶融塩電解浴におけるSi源の種類、溶融塩に対するSi源のモル%、溶融塩電解浴の温度、及び定電流パルス電解の条件の組み合わせを、表2に示す組み合わせに変更したこと以外は実施例101と同様の操作を行った。
結果を表2に示す。
【0074】
【表2】
【0075】
表2に示すように、定電流パルス電解によって形成された実施例104〜114のシリコン層は、実施例101のシリコン層と同様に、銅箔との密着性に優れていた。
【0076】
また、実施例101、107、113及び114の層厚の結果より、Si源としてシリコン含有アルカリ金属塩を用いた場合(実施例101、113及び114)には、Si源としてシリコン含有アンモニウム塩を用いた場合(実施例107)と比較して、より厚いシリコン層を形成できることが確認された。
【0077】
以上、実施例1及び2として定電位パルス電解の例を示し、実施例101〜114として定電流パルス電解の例を示した。
定電位パルス電解と定電流パルス電解とを比較すると、定電流パルス電解は、定電位パルス電解と比較して、緻密で平滑なシリコン層をより形成し易い。その理由は、以下のように推測される。
即ち、上記実施例1及び2(定電位パルス電解)では、上述のとおり、サイクリックボルタンメトリー測定の結果より、定電位パルス電解の条件を、電析電位(ON時)が−0.15Vであり、電析休止電位(OFF時)が−0.1Vである条件に決定した。電析休止電位が−0.1Vとした理由は、電析も溶解もほとんど起こらないと考えられるためである。しかし、このOFF時の条件では、電流が完全に0になるとは言いきれず、微量の電析又溶解が生じる場合がある。このような擬似的なOFF時からON時に切り替わる瞬間、電析の核が適切に発生しない場合がありえる。このように、定電位パルスでは、OFF時においても電流を完全に0(ゼロ)とすることは難しい。
これに対し、定電流電位では、実施例101〜114に示したとおり、OFF時の電流を完全に0(ゼロ)とする。このため、OFF時からON時に切り替わる瞬間、電流が急激に立ち上がり、電析の核が適切に発生するために、緻密で平滑なシリコン層を形成し易いと考えられる。
以下、定電流パルス電解により、緻密で平滑なシリコン層を形成した例を、実施例115として示す。
【0078】
〔実施例115〕
実施例101において、陰極をAg板に変更し、定電流パルス電解のON条件の電流値を1.0A/dmに変更し、ON時間を0.9秒に変更し、OFF時間を0.1秒に変更し(即ち、周波数1Hz、デューティ比0.90に変更し)、全電気量を12.8Ccm−2)に変更し、ON時間の合計を1280秒に変更したこと以外は実施例101と同様にして、シリコンめっきAg板を製造した。
図9に、シリコンめっきAg板の断面のSEM写真を示す。
図9に示されるように、実施例115では、定電流パルス電解により、Ag板(図9中、「Ag」)上に、緻密で平滑なシリコン層(図9中、「Si」)を形成できた。
【0079】
〔実施例201〕
次に、本開示の製造方法によって製造されるシリコンめっき金属板を、リチウムイオン二次電池用負極として使用した実施例を示す。
【0080】
<シリコンめっき銅箔(リチウムイオン二次電池用負極)の作製>
全電気量を32Ccm−2に変更したこと以外は、実施例102と同様の条件で、シリコンめっき銅箔を作製した。得られたシリコンめっき銅箔を、以下において、リチウムイオン二次電池用負極として用いた。
この例では、シリコンめっき銅箔のデンドライト状シリコン層が、リチウムイオン二次電池用負極における負極活物質層として機能する。
【0081】
<リチウムイオン二次電池の作製>
負極として上記リチウムイオン二次電池用負極(シリコンめっき銅箔)を用い、正極として金属リチウムを用い、リチウムイオン二次電池の製造を行った。
詳細には、上記負極と上記正極との間に市販のセパレータを挟んで積層体とし、この積層体におけるセパレータに電解液を注入した。次いで、コインセルかしめ機を用い、積層体を2032型のコインセル内に封入することにより、コイン電池型のリチウムイオン二次電池を作製した。
ここで、セパレータとしては、ポリプロピレン(PP)多孔質フィルムを用い、電解液としては、1mol/LのLiPF(EC:DEC=1:1vol%)を用いた。
【0082】
<リチウムイオン二次電池の充放電試験>
得られたリチウムイオン二次電池を用い、0V(vs Li/Li)まで充電した後、1.5V(vs Li/Li)まで放電させるサイクルを繰り返す充放電試験を、表3に示す条件にて行った。なお、この充放電試験は、25℃の恒温室で行った。
結果を表3及び図10に示す。
【0083】
〔比較例201〕
市販のナノシリコン粒子(平均粒径30nm)とバインダ(PVDF;ポリフッ化ビニリデン)とを、ナノシリコン粒子とバインダとの比率が9:1の組成になるように、分散剤(N−メチル−2−ピロリドン、NMP)中で混合し、電極スラリーを作製した。次に、作製した上記電極スラリーを銅箔(10μm厚、大きさ2cm)に塗布し、120℃で分散剤を十分に乾燥させることにより、リチウムイオン二次電池用負極を得た。
得られたリチウムイオン二次電池用負極を用いたこと以外は実施例201と同様にして、リチウムイオン二次電池の作製及び充放電試験を行った。
結果を表3及び図10に示す。
【0084】
〔比較例202〕
バインダとしてのPVDFをポリイミドに変更し、120℃での分散剤の乾燥後、更に240℃で12時間の乾燥を行ったこと以外は比較例201と同様の操作を行った。
結果を表3及び図10に示す。
【0085】
図10は、実施例201、比較例201及び比較例202における充放電試験結果を示すグラフである。
図10において、符号A〜Cのグラフは、実施例201の充放電試験結果であり、符号Aが下記表3の「充放電速度 1C(1時間)」に対応し、符号Bが下記表3の「充放電速度 2C(30分)」に対応し、符号Cが下記表3の「充放電速度 0.2C(5時間)」に対応する。
また、図10において、符号D及びEのグラフは、それぞれ比較例201及び202の充放電試験結果である。
【0086】
【表3】
【0087】
表3及び図10の結果から分かるように、実施例201のリチウムイオン二次電池は、比較例201及び比較例202のリチウムイオン二次電池と比較して、初期の放電容量(Discharge capacity)が高い。また、実施例201のリチウムイオン二次電池は、比較例201及び比較例202のリチウムイオン二次電池と比較して、同一条件で充放電を行っても、変化が緩やかである。
これらのことから、実施例201のリチウムイオン二次電池用負極は、充放電に伴う体積膨張に起因する歪みに対して高い耐久性を有することがわかる。この理由は、実施例201のリチウムイオン二次電池用負極の負極活物質層を構成するSi結晶粒がデンドライト状の粒子形状を有することにより、リチウムの吸収に伴う体積膨張がデンドライトの主枝間及び/又は枝部分間で吸収されるためと考えられる。
このように、実施例201のリチウムイオン二次電池用負極では、飛躍的に高容量化及び長寿命化を達成できた。
【0088】
また、実施例201と、比較例201及び202と、の対比より、バインダがある量を超えると、容量の低下を招くことがわかる。
実施例201のリチウムイオン二次電池用負極では、バインダが含まれないため、高い容量が確保される。また、実施例201のリチウムイオン二次電池用負極は、バインダが含まれないにもかかわらず、高い耐久性を有する。
【0089】
以上、本開示の製造方法によって製造されるシリコンめっき金属板を、リチウムイオン二次電池用負極として使用した実施例について説明した。
本開示の製造方法によって製造されるシリコンめっき金属板は、リチウムイオン二次電池用負極以外の用途(例えばシリコン太陽電池)にも使用できる。
【0090】
日本出願2015−211331の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【要約】
塩化リチウム、塩化カリウム、及びアルカリ金属フッ化物からなる溶融塩中に、シリコン含有アルカリ金属塩及びシリコン含有アンモニウム塩の少なくとも一方を溶解して溶融塩電解浴を調製し、上記溶融塩電解浴に陰極としての金属板を浸漬した状態で、パルス幅としての通電時間が0.1秒〜3.0秒でありデューティ比が0.5〜0.94である条件の、定電流パルス電解又は定電位パルス電解を行うことにより、上記金属板上にシリコン層を形成するシリコンめっき金属板の製造方法。
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10