特許第6187975号(P6187975)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6187975PEEKを基材とする骨修復材料及びその製造方法
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  • 特許6187975-PEEKを基材とする骨修復材料及びその製造方法 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6187975
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】PEEKを基材とする骨修復材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/28 20060101AFI20170821BHJP
   A61L 27/06 20060101ALI20170821BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20170821BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20170821BHJP
【FI】
   A61L27/28
   A61L27/06
   A61L27/34
   A61L27/40
【請求項の数】18
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-10910(P2014-10910)
(22)【出願日】2014年1月24日
(65)【公開番号】特開2015-136553(P2015-136553A)
(43)【公開日】2015年7月30日
【審査請求日】2016年5月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 第33回整形外科バイオマテリアル研究会プログラム・抄録集(2013年12月)第26ページに発表
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098969
【弁理士】
【氏名又は名称】矢野 正行
(72)【発明者】
【氏名】小久保 正
(72)【発明者】
【氏名】木付 貴司
(72)【発明者】
【氏名】松下 富春
【審査官】 伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/087427(WO,A1)
【文献】 特開2005−13476(JP,A)
【文献】 清水考彬,外4名,生体活性PEEKの研究 −sol-gel + blast法 + 酸処理による酸化チタン表面コーティング−,第33回整形外科バイオマテリアル研究会プログラム・抄録集,2013年,p.26
【文献】 KOKUBO, T. et al.,Positive charged bioactive Ti metal prepared by simple chemical and heat treatments,J R Soc Interface,2010年,Vol.7,p.S503-13
【文献】 HAN, C.M. et al.,Journal of Biomedical Materials Research A,2013年 6月 3日,Vol.102A、Issue 3,p.793-800
【文献】 TSOU, H.K., et al.,Journal of Biomedical Materials Research A,2012年,Vol.100A, Issune 10,p.2787-92
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)からなる基材と、
酸化チタンからなり、前記基材の表面の所定部位に固着された表面層とを備え、
前記表面層が中性水溶液中で正のゼータ電位を有することを特徴とする骨修復材料。
【請求項2】
前記正のゼータ電位が+3mV以上+20mV以下である請求項1に記載の骨修復材料。
【請求項3】
前記酸化チタンと前記ポリエーテルエーテルケトンとが化学結合していることにより、前記表面層が前記所定部位に固着されている請求項1又は2に記載の骨修復材料。
【請求項4】
前記酸化チタンがゲル状をなし、前記ポリエーテルエーテルケトンが、その分子末端に親水基を有し、前記化学結合がその親水基を介している請求項3に記載の骨修復材料。
【請求項5】
前記表面層が、0.5μm〜10μmの厚さを有する請求項4に記載の骨修復材料。
【請求項6】
前記親水基がオキシカルボニル(−O−C=O)基またはカルボニル(−C=O)基である請求項4又は5に記載の骨修復材料。
【請求項7】
前記酸化チタンが粒子状をなし、その粒子が一部前記基材の表面から露出した状態で基材の内部に食い込んでいることにより、前記表面層が前記所定部位に固着されている請求項1又は2に記載の骨修復材料。
【請求項8】
前記酸化チタンが、1μm以上1mm以下の平均粒径を有する請求項7に記載の骨修復材料。
【請求項9】
前記表面層が、粒子状の酸化チタンからなる内層と、内層を一様に覆うゲル状の酸化チタンからなる外層との積層構造をなし、前記内層を構成する酸化チタン粒子が一部前記基材の表面から露出した状態で基材の内部に食い込んでいることにより、前記表面層が前記所定部位に固着されている請求項1又は2に記載の骨修復材料。
【請求項10】
前記内層を構成する酸化チタンが、1μm以上1mm以下の平均粒径を有する請求項9に記載の骨修復材料。
【請求項11】
前記外層を構成する酸化チタンが、0.5μm〜10μmの厚さを有する請求項9に記載の骨修復材料。
【請求項12】
ポリエーテルエーテルケトンからなる基材を用意し、その基材表面の所定部位に酸化チタンからなる表面層を形成する表面層形成工程と、
前記表面層に酸を接触させる酸処理工程と
を順に経ることを特徴とする骨修復材料の製造方法。
【請求項13】
前記酸が、塩酸、硝酸及び硫酸のうちから選ばれる一種以上の水溶液であって、0.01M以上5Mの濃度を有する請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記表面層形成工程が、
前記所定部位に親水基を形成させる工程と、
次いで同部位に酸化チタンのゾルを接触させるとともに、同ゾルをゲル化させる工程とを備える
請求項12又は13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記親水基がオキシカルボニル(−O−C=O)基またはカルボニル(−C=O)基である請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
前記親水基を形成させる工程が、酸素雰囲気下プラズマ処理又は紫外線照射である請求項14に記載の製造方法。
【請求項17】
前記表面層形成工程が、
酸化チタン粒子を前記所定部位に投射する投射工程である請求項12又は13に記載の製造方法。
【請求項18】
前記表面層形成工程が、
酸化チタン粒子を前記所定部位に投射する工程と、
次いで同部位及び/又は投射された酸化チタン粒子に酸化チタンのゾルを接触させるとともに、同ゾルをゲル化させる工程とを備える
請求項12又は13に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を基材とする骨修復材料及びその製造方法に関する。この発明の骨修復材料は、体内の大きな荷重の加わる部分における骨修復のために好適に利用されうる。
【背景技術】
【0002】
現在、体内の大きな荷重の加わる部分における骨修復のための材料には、チタン金属あるいはその合金が主に使用されている。これらの金属は、骨組織よりはるかに高い弾性率を有するので、周囲の骨に異常な応力を生じることのないように多孔体にして、しかもその気孔率や気孔径を適切に制御して製造される。
【0003】
また、近年では骨に近い弾性率を有するPEEKが、例えば椎間スペーサーなどとして実用化されている。そして、PEEK自体は骨と結合しないので、椎間スペーサーが有する空隙部分に自家骨を充填して埋入することにより、周囲の骨との結合性が付与されている。
【0004】
更に、自家骨を用いることなく、PEEKに骨結合性を付与するために、例えばPEEK基材の表面をNaOH処理などの化学処理により活性化する(非特許文献1)、PEEK粉末を生体活性セラミックスと混合して複合材を作る(非特許文献2及び3、特許文献1及び2)、PEEK基材をカルシウムイオン及び/又はリン酸イオンを含む水溶液に浸漬することにより基材表面に水酸アパタイトなどのリン酸カルシウムを析出させる(非特許文献4、特許文献3−5)、リン酸カルシウムなどの生体活性物質を縣濁させた液にPEEK基材を浸漬して、その表面に生体活性物質を沈着させ、これをガラス転移温度以上融点以下で加熱することにより、生体活性物質をPEEK基材に固着させる(特許文献6)、PEEK基材にアパタイトをプラズマ溶射する(非特許文献5)、PEEK基材にアパタイトをコールドスプレーする(非特許文献6)、アークイオンプレーティングによりPEEK基材の表面に酸化チタンを成膜する(非特許文献7)などの様々な方法が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−35827号公報
【特許文献2】特開2011−78624号公報
【特許文献3】特開2008−245775号公報
【特許文献4】特開2009−34302号公報
【特許文献5】特開2009−611045号公報
【特許文献6】特開2013−22234号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Pinoら、Acta Biomat, vol.4, p1827-1836 (2008)
【非特許文献2】Kimら、Biomater Appl, vol.24, p105-118 (2009)
【非特許文献3】Shucongら、Biomaterials, vol.226, p2343-2352 (2005)
【非特許文献4】Haら、J Mater Sci: Mater Med, vol.8, p683-690 (1997)
【非特許文献5】Haら、J Mater Sci: Mater Med, vol.5, p481-484 (1994)
【非特許文献6】Leeら、Acta Biomat, vol.9, p6177-6187 (2013)
【非特許文献7】Tsou H-Kら、Surf Coat Tech, vol.204, p1121-1125 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、自家骨を充填する方法は、自家骨を採取するために正常部位に侵襲を与えるばかりでなく、椎間スペーサーの固定も十分でない。非特許文献1記載の方法では、高濃度のNaOH水溶液を用いても実用上満足できる程度に高いアパタイト形成能をPEEKに与えることができない。非特許文献2及び3あるいは特許文献1及び2記載の方法では、高いアパタイト形成能を得るためには多量の生体活性セラミックス粉末を混合しなければならず、それに伴い複合材の機械的強度が低下する。非特許文献4、特許文献3−5記載の方法では、PEEK基材の表面にリン酸カルシウムを析出させているだけであるから、保管中あるいは体内でリン酸カルシウム層が剥離する可能性があり、信頼性に乏しい。特許文献6記載の方法で得られる材料においては、生体活性物質によるPEEK基材表面の被覆率が50%以下であるため、高い骨結合力が得られない。非特許文献5記載の方法では、PEEK基材が溶射時に熱変性する可能性がある。非特許文献6記載の方法は、PEEK基材に強固に固定化されたアパタイト層を与えない。非特許文献7記載の方法は、特殊で高価な装置を必要とし、またそのままでは酸化チタンがアパタイト形成能を示さない。
【0008】
それ故、この発明の課題は、PEEKを基材として骨に近い弾性率を有し、しかも表面層が高いアパタイト形成能を有する骨修復材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その課題を解決するために、この発明の骨修復材料は、
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)からなる基材と、
酸化チタンからなり、前記基材の表面の所定部位に固着された表面層とを備え、
前記表面層が中性水溶液中で正のゼータ電位を有することを特徴とする。
ここで、前記表面層が中性水溶液中で正のゼータ電位を有するか否かは、塩化ナトリウムなどの電解質を含む中性溶液中でゼータ電位を測定することにより、確認することができる。このときの電解質濃度は、塩化ナトリウムであれば10mM程度が適当であるが、限定されない。
【0010】
この骨修復材料は、基材がPEEKからなるので、骨と同等以上の引っ張り強さと骨に近い弾性率を有する。従って、インプラントされた状態で周囲の骨に異常な応力を生じることはなく、患者が安心して快適に過ごすことができる。そして、基材の表面の所定部位に酸化チタンからなる表面層を備え、その表面層が中性水溶液中で正のゼータ電位を有するものであるから、生体内においても表面層上にアパタイトが形成されて骨と結合する。表面層は、骨の欠損状況に応じて骨との結合が望まれる位置に設けられる。例えば椎体の欠損部にインプラントされる骨修復材料であるときは、前記所定部位が前記欠損部と対向する部分である。
【0011】
この発明の骨修復材料を製造する適切な方法は、
ポリエーテルエーテルケトンからなる基材を用意し、その基材表面の所定部位に酸化チタンからなる表面層を形成する表面層形成工程と、
前記表面層に酸を接触させる酸処理工程と
を順に経ることを特徴とする。
【0012】
酸化チタンのような金属酸化物は、水中でその表面が水和してOH基を有する。そして、常識的には分散媒体の水のpHが7より低いときはOH基にプロトンが付加して正に帯電し、pHが7より高いときはOH基からプロトンが引き抜かれて負に帯電する。ところが、酸処理された酸化チタンの表面は、中性水溶液中でも正に帯電し、しかも高いアパタイト形成能を発揮する。
【発明の効果】
【0013】
以上のように、この発明の骨修復材料は、PEEK基材が生体骨に近い弾性率を示し、しかも表面の酸化チタン層が体液中で正の電位を有して優れたアパタイト形成能を示すことから、周囲の骨組織に異常な応力を生じることなく、周囲の骨に安定に固定化される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】未処理のPEEK基材(比較例1)、O2プラズマ処理したPEEK基材(実施例1)およびUV処理したPEEK基材(実施例2)のX線光電子(XPS)スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
前記表面層の中性水溶液中での電位は好ましくは+3mV以上+20mV以下である。+3mVに満たないとアパタイト形成能が若干乏しくなるし、+20mVを超えるように帯電させることは現実的に困難だからである。
【0016】
前記表面層と前記所定部位との好ましい固着形態の一つは、前記酸化チタンと前記ポリエーテルエーテルケトンとの化学結合である。これにより両者が強固に結合され、生体内で使用中に表面層が剥離するおそれがほとんどないからである。前記酸化チタンがゲル状をなし、前記ポリエーテルエーテルケトンが、その分子末端に親水基を有するものであるときは、前記化学結合がその親水基を介していてよい。
【0017】
そして、前記酸化チタンがゲル状をなすときは、前記表面層の好ましい厚さは0.5μm〜10μmである。この範囲を外れると製造困難だからである。すなわち、0.5μmに満たないと、正に帯電させるための、例えば後述の酸処理工程などにおいて、表面層が消失しないように著しく慎重に操作する必要がある。また、10μmを超えると、例えば後述のゲル化工程などにおいて、表面層がひび割れしないように著しく慎重に操作する必要がある。
【0018】
前記表面層と前記所定部位とのもう一つの好ましい固着形態は、前記酸化チタンが粒子状をなし、その粒子の前記基材内部への食い込みである。これにより表面層及び基材のいずれも化学変化することなく両者が強固に結合され、生体内で使用中に表面層が剥離することがほとんどないからである。前記粒子は、前記基材に食い込んでいる部分以外は基材の表面から露出しており、その露出部分にアパタイトが形成される。前記酸化チタン粒子の好ましい平均粒径は1μm以上1mm以下である。1μmに満たないと、食い込ませることが困難であるし、1mmを超えると表面が粗くなりすぎて生体内で周囲の組織を傷つける可能性があるからである。特に好ましい平均粒径は、3μm以上100μm以下である。
【0019】
前記表面層は、前記の通りゲル状の酸化チタン及び粒子状の酸化チタンのいずれかからなっていてもよいし、両方を組み合わせたものであってもよい。組み合わせの一つ例は、粒子状の酸化チタンからなる内層と、内層を一様に覆うゲル状の酸化チタンからなる外層との積層構造をなし、前記内層を構成する酸化チタン粒子が一部前記基材の表面から露出した状態で基材の内部に食い込んでいることにより、前記表面層が前記所定部位に固着されているものである。前記内層及び外層を構成する化学種は、いずれも酸化チタンであるから、内層と外層とは酸素とチタンとの化学結合により強く固着している。
【0020】
表面層がこのように積層構造をなすときも、前記内層を構成する酸化チタンの好ましい平均粒径は1μm以上1mm以下であり、前記外層を構成する酸化チタンの好ましい厚さは0.5μm〜10μmであってよい。
【0021】
前記酸処理工程で用いられる酸は、好ましくは塩酸、硝酸及び硫酸のうちから選ばれる一種以上の水溶液であって、0.01M以上5Mの濃度を有する。特に好ましい濃度は、0.1M〜0.5Mであり、この範囲で酸処理すると比較的短時間で前記表面層を+3mV〜+20mVに帯電させることができる。
【0022】
前記表面層をゲル状の酸化チタンで構成するために好ましい一つの表面層形成工程は、
前記所定部位に親水基を形成させる工程と、次いで同部位に酸化チタンのゾルを接触させるとともに、同ゾルをゲル化させる工程との2つのサブ工程を備える。酸化チタンのゾルは、チタンテトライソプロポキシドのようなチタンアルコキシドを加水分解することにより、容易に得られる。そして、加水分解後に重縮合とともにゲル化が始まる。従って、ゾルを加熱するなどして水を蒸発させることにより、ゲル化が加速される。
PEEKは、本質的に疎水性であるところ、表面層を形成させるべき部位に予め親水基を形成しておくことで、酸化チタンのゾルを同部位に接触させ付着させることができる。従って、ゲル化と同時にゲルが親水基を介してPEEKに強固に結合する。
【0023】
前記親水基はオキシカルボニル(−O−C=O)基またはカルボニル(−C=O)基であってよい。オキシカルボニル(−O−C=O)基またはカルボニル(−C=O)基であれば、PEEK基材を酸素雰囲気下プラズマ処理又は紫外線照射することにより容易に形成される。プラズマ処理あるいはUV照射の好ましい時間は、それぞれ30秒以上あるいは5分以上であり、特に好ましくはそれぞれ5分以上あるいは30分以上である。
【0024】
前記表面層を粒子状の酸化チタンで構成するために好ましい一つの表面層形成工程は、酸化チタン粒子を前記所定部位に投射する投射工程である。酸化チタン粒子を高圧で基材の表面に投射すると、粒径と圧力に応じた深さにまで粒子が食い込み、基材と粒子とが凹凸係合する。これにより基材と粒子とが強固に結合される。粒子が前記の範囲の平均粒径を有するときは、基材表面に均一に食い込む。
【0025】
前記表面層を前記内層と外層との積層構造とするために好ましい一つの表面層形成工程は、酸化チタン粒子を前記所定部位に投射する工程と、次いで同部位及び/又は投射された酸化チタン粒子に酸化チタンのゾルを接触させるとともに、ゲル化させる工程とを備える。
【実施例】
【0026】
[製造条件]
−実施例1−
φ12mm×厚さ3mmの大きさのPEEK円板を#800のSiC研磨紙を用いて研磨し、2−プロパノールで30分間超音波洗浄した後、超純水で洗浄し、乾燥機で乾燥させた。このPEEK円板をサムコインターナショナル製plasma polymerization system PD-2Sを使用し、酸素分圧50Pa、ガス流量30cm3/分、陽極−基材間距離25mm、処理時間5分間の条件で処理した(以下、「O2プラズマ処理」という。)。
【0027】
次いで、チタンテトライソプロポキシド(TTIP)0.01molとエタノール(EtOH)0.185molを混合した溶液Aと、水(H2O)0.01molとエタノール0.185molと濃硝酸(HNO3)0.001molを混合した溶液Bを調製し、溶液Aを撹拌しながらこれに溶液Bを徐々に滴下することにより、酸化チタンゾルを調製した(ゾル中の成分のモル比はTTIP:H2O:EtOH:HNO3=1:1:37:0.1である。)。このゾルにO2プラズマ処理した前記PEEK円板を1cm/分の速度で沈め、1cm/分の速度で引き上げた後、乾燥雰囲気中80℃で24時間加熱した(以下、「ゾル−ゲルコート処理」という。)。
その後、前記PEEK円板を0.1Mの塩酸に80℃で24時間浸漬し(以下、「酸処理」という。)、超純水により30秒洗浄した。
【0028】
−実施例2−
実施例1において、O2プラズマ処理の代わりにフィルジェン株式会社製UVオゾンクリーナーUV253に付属のUV光源(出力5.2mW/cm2、波長254nm+185nm)を約30分間照射したことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−実施例3−
実施例1において、酸処理に用いた塩酸の濃度を0.01Mとしたことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−実施例4−
実施例1において、酸処理に用いた塩酸の温度を70℃としたことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−実施例5
実施例1において、酸処理の時間を18時間としたことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−実施例6−
実施例1において、酸処理に用いた溶液を0.1Mの硝酸としたことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−実施例7−
実施例1において、酸処理に用いた溶液を0.1Mの硫酸としたことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0029】
−実施例8−
φ12mm×厚さ3mmの大きさのPEEK円板を#800のSiC研磨紙を用いて研磨し、2−プロパノールで30分間超音波洗浄した後、超純水で洗浄し、乾燥機で乾燥させた。このPEEK円板に東邦チタニウム製酸化チタンHT0100(平均粒形3.6μm、ルチル相)を圧力0.5MPa、ノズル−基材間距離10mmで30秒間投射し(以下、「投射処理」という。)、2−プロパノールで30分間超音波洗浄した後、超純水で洗浄し、乾燥機で乾燥させた。
その後、2Mの塩酸に80℃で24時間浸漬し、超純水により30秒洗浄した。
【0030】
−実施例9−
実施例8において、酸処理に用いた塩酸の濃度を0.01Mとしたことを除く他は実施例8と同じ条件で試料を製造した。
−実施例10−
実施例8において、酸処理に用いた溶液の温度を30℃としたことを除く他は実施例8と同じ条件で試料を製造した。
−実施例11−
実施例8において、酸処理の時間を0.1時間としたことを除く他は実施例8と同じ条件で試料を製造した。
−実施例12−
実施例8と同条件で投射処理した後、実施例1と同条件でゾル−ゲルコート処理及び酸処理を施して試料を製造した。
【0031】
−比較例1−
実施例1において、O2プラズマ処理を施さなかったことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−比較例2−
実施例1において、酸処理を施さなかったことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−比較例3−
実施例1において、酸処理の代わりに純水中で80℃、24時間処理したことを除く他は実施例1と同じ条件で試料を製造した。
−比較例4 −
実施例8において、酸処理を施さなかったことを除く他は実施例8と同じ条件で試料を製造した。
−比較例5−
実施例12において、酸処理を施さなかったことを除く他は実施例12と同じ条件で試料を製造した。
【0032】
以上の実施例及び比較例の製造条件をまとめて表1に示す。
【表1】
【0033】
[酸化チタン層形成の確認]
実施例および比較例の試料の表面の組成をエネルギー分散型X線分析(EDX)により調べると、表2に示すように、PEEK基材に酸素雰囲気下でプラズマ処理した後、ゾル−ゲルコート処理をして得られた試料においては(比較例2)、その表面に1.4原子%のTiが検出されたことから、PEEK基材の表面に酸化チタンゲル層が形成されたことが確認された。さらに、同試料を0.1Mの塩酸に80℃で24時間浸漬すると(実施例1)、その表面に0.5原子%のTiが検出されたことから、PEEK基材表面の酸化チタンゲル層は塩酸処理によりいくらか溶解するが塩酸処理後も残っていることが確認された。
【0034】
PEEK基材に酸化チタン粒子を投射処理して得られた試料においては(比較例4)、その表面に16.0原子%のTiが検出されたことから、PEEK基材の表面に酸化チタン粒子が埋め込まれたことが確認された。同試料を2Mの塩酸に80℃で24時間浸漬すると(実施例5)、その表面のTi量に変化がなく、酸化チタン粒子が残存していることが確認された。
【0035】
PEEK基材に酸化チタン粒子を投射処理した後、ゾル−ゲルコート処理をして得られた試料においては(比較例5)、その表面に16.6原子%のTiが検出されたことから、PEEK基材の表面に酸化チタン粒子が埋め込まれ、その上に酸化チタンゲル層が形成されたことが確認された。さらに、同試料を0.1Mの塩酸に80℃で24時間浸漬すると(実施例12)、その表面に15.3原子%のTiが検出されたことから、酸化チタンゲル層は塩酸処理によりいくらか溶解するが塩酸処理後も残っていることが確認された。
【0036】
【表2】
【0037】
[PEEK基材上の官能基の形成]
PEEK基材について、プラズマ処理あるいはUV処理前後のX線光電子スペクトルを調べると、図1および表3に示すように、未処理のPEEK基材上(比較例1)では、C−C、C−O、C=Oおよびπ−π結合に由来するピークだけが検出された。
これに対してPEEK基材に酸素雰囲気下でプラズマ処理(実施例1、3、4、5、6、7、比較例2、3)あるいはUV処理(実施例2)を施したところ、その表面には新たにO−C=Oに由来するピークが認められ、C=O由来のピーク強度も増加した。このことから、プラズマ処理あるいはUV処理により、PEEK基材上にはO−C=OおよびC=O結合が形成されたことが確認された。
【0038】
【表3】
【0039】
[酸化チタン層の密着性]
PEEK基材上に酸化チタンの表面層を形成させた試料について、表面層上に粘着テープを一旦貼り付け、次いで剥がした後の表面層の状態をEDXで分析することにより、基材に対する表面層の密着性を評価した(以下、「テープテスト」という。)。評価結果を表4に示す。表中、密着性の欄において「○」は表面層の剥離が認められなかったこと、「×」は剥離が認められたことを表す。
【0040】
表4に示すように、O2プラズマ処理、ゾル−ゲルコート処理及び酸処理を経て得られた試料(例えば実施例1)においては、テープテスト前後において試料表面のTi量が変化しなかったことから、酸化チタン層の剥離は認められなかった。同様にプラズマ処理の代わりにUV処理を施して得られた試料(実施例2)にも剥離は認められなかった。
一方、プラズマ処理もUV処理も行わず、ゾル−ゲルコート処理及び酸処理を経て得られた試料(比較例1)では、テープテスト前に比べテープテスト後に著しくTi量が減少したことから、酸化チタンの表面層がテープに伴われて剥離されたことがわかる。
【0041】
また、投射処理及び酸処理を経て得られた試料(例えば実施例8)では、テープテスト前後において試料表面のTi量が変化しなかったことから、表面層の剥離は認められなかった。更にまた、投射処理、ゾル−ゲルコート処理及び酸処理を経て得られた試料(実施例12)でも、テープテスト前後において試料表面のTi量が変化しなかったことから、表面層の剥離は認められなかった。
【0042】
【表4】
【0043】
[酸化チタン層のゼータ電位]
実施例1、8、12の試料及び比較例2、4、5の試料について10mMの塩化ナトリウム(NaCl)水溶液中における表面層のゼータ電位を調べると、表5に示すように、表面層の形成手段がO2プラズマ処理及びゾル−ゲルコート処理であろうと、投射処理であろうと、その後に酸処理を経ていない試料は、いずれも負のゼータ電位を示した。
これに対して表面層形成工程の後に酸処理を施した試料は、いずれも正のゼータ電位を示した。
【0044】
【表5】
【0045】
[酸化チタン層のアパタイト形成能]
PEEK基材上に形成させた酸化チタン層を擬似体液(SBF)に浸漬し、3日後にその表面におけるアパタイト形成の有無を薄膜X線回折にて、形成されたアパタイトの量を走査型電子顕微鏡観察により調べると、表面層が正に帯電した試料においては、表4に示すように、いずれもSBF浸漬3日以内にその表面全体にアパタイトが析出した。
一方、表面層が負に帯電した試料においては、SBF浸漬3日後にもアパタイトが析出しなかった。
尚、表4において、被覆率は、試料表面の面積に対してアパタイトが析出している部分の面積の割合を示し、「−」が被覆率が10%未満、「+」が10%以上50%未満、「++」が50%以上90%未満、「+++」が90%以上を表す。
図1