特許第6188135号(P6188135)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6188135燃料電池用ガス拡散層シート用織物及びそれを用いた燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6188135
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】燃料電池用ガス拡散層シート用織物及びそれを用いた燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20170821BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20170821BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20170821BHJP
   D03D 1/00 20060101ALI20170821BHJP
   D03D 15/00 20060101ALI20170821BHJP
   D06C 7/04 20060101ALI20170821BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20170821BHJP
【FI】
   H01M4/86 M
   H01M4/96 M
   H01M4/88 C
   D03D1/00 Z
   D03D15/00 D
   D03D15/00 C
   D06C7/04
   !H01M8/10
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-157158(P2013-157158)
(22)【出願日】2013年7月29日
(65)【公開番号】特開2015-26586(P2015-26586A)
(43)【公開日】2015年2月5日
【審査請求日】2016年5月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】宗内 篤夫
(72)【発明者】
【氏名】吉野 一郎
(72)【発明者】
【氏名】高木 順
(72)【発明者】
【氏名】犬山 久夫
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−012719(JP,A)
【文献】 特開2004−111341(JP,A)
【文献】 特表2004−504512(JP,A)
【文献】 特開2004−176245(JP,A)
【文献】 特開2005−248343(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/96
H01M 4/88
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐炎化処理前のセルロース系繊維からなる糸と、耐炎化処理した糸と、を交織したことを特徴とする燃料電池用ガス拡散層シート用織物。
【請求項2】
経糸又は緯糸の一方を耐炎化処理した糸とし、他方を耐炎化処理前のセルロース系繊維からなる糸、としたことを特徴とする請求項1記載の燃料電池用ガス拡散層シート用織物。
【請求項3】
前記耐炎化処理した糸の太さより前記耐炎化処理前のセルロース系繊維の糸の太さが細くされていることを特徴とする請求項1又は2記載の燃料電池用ガス拡散層シート用織物。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一に記載の前記燃料電池用ガス拡散層シート用織物を焼成炉内に配置し、不活性ガスを投入し分解ガスと共に排気させながら800〜1500℃に加熱と冷却を行い、前記織物を炭素化することを特徴とする燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか一に記載の前記燃料電池用ガス拡散層シート用 織物を所定の厚みまで一定荷重を掛けるかもしくは織物面の少なくとも1つの方向に一定張力を掛けた状態で、焼成炉内に配置することを特徴とする請求項4記載の燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法。
【請求項6】
前記一定張力は、前記耐炎化処理した糸側に掛けることを特徴とする請求項5記載の燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池などに用いられる導電性のガス拡散層シートに関し、その原料となる織物、その織物を用いたガス拡散層シートの製造方法および燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、最近の環境問題の関心の高さから、新たなエネルギー源として燃料電池による発電が注目されている。特にエネルギー密度が高く、水素を燃料ガスとして用い、一般的に空気に含まれる酸素を酸化剤ガスとして、触媒などを介して起こる電気化学反応を利用した固体高分子型燃料電池が知られている。固体高分子型燃料電池は、無害である水が生成されるだけであることから、クリーンな電力生成装置として期待の大きなシステムである。
【0003】
固体高分子燃料電池(以下、燃料電池と記載する)は、高分子膜の両面に電極が接合された膜・触媒接合体(CCM)と、燃料ガス、酸化剤ガスを電極反応域に導くガス拡散層(GDL)と、ガス導入・排出溝を持つセパレータやシール材等からなる単位ユニット(以下セルと呼ぶ)が繰り返し積層されている。また、高電圧、大電流を必要とする移動車両用用途或いは家庭用定置型用途のものでは概略A4版サイズの面積で数100枚のセルを積層して組み上げ、これらを両側板で締め上げる構造である。
【0004】
ガス拡散層は、一般的に1mm以下の薄いシート状に形成された部材で、外部からの水素を含む燃料ガス、或いは酸素を含む酸化剤ガスの2つの反応ガスを電極触媒層に円滑に供給できる機能を有することが第一である。この他にガス拡散層の基本的な機能として、1)電気エネルギーを効率的に取り出すために十分低い電気抵抗、2)電解質膜がプロトン導電性を発揮するための保湿性、また、逆に電池で生成する生成水の排出性も必要となる。
【0005】
応用例として期待の大きい移動車両用の分野に向けた燃料電池システムでは、前述のように例えばA4版サイズの発電面積のセルを数百枚重ね、多くのセルを剛性の高い両側板で挟み込み、外周を締結部材などにより締め付けて構成されている。こうした大型の燃料電池システムでは、多くのセル部材間の接触圧力を確保するとともに反応ガスが外部にリークしないようにする必要がある。
【0006】
したがって、こうした大型の燃料電池システムでは、すべての部品の厚み方向の寸法精度をあげるか、セル部材に柔軟性を持たす必要がある。しかし部品の厚み方向の寸法精度の向上は、部品の高コスト化となり、現実的ではなく、セル部材に柔軟性を持たすことが望まれる。この積層方向に柔軟性を持たせられる部品としては、膜・触媒接合体(CCM)とガス拡散層(GDL)の中では、ガス拡散層がもっとも適した部材である。
【0007】
現在市場で安定的に提供されているガス拡散層はアクリル繊維を300℃前後で熱処理を行う「耐炎化」或いは「安定化」の前処理工程、そして1000〜2800℃の高温において不活性ガス雰囲気で行なう「黒鉛化」で炭素繊維を得た後、さらに所望の長さに切り揃えた後、抄紙工程で紙状とし、熱硬化性樹脂で節止めし、さらに導電性をあげるために炭化熱処理を行う等、複数回の熱処理の為多くのエネルギーを必要とし、複雑でコストの掛かるプロセスを経て得ている。このため、ガス拡散層製造コストがかかるという問題があった。そして、大型の燃料電池システムの実用化にはガス拡散層の製作コストを低コストにすることが決定的に重要である。
【0008】
そこで、特許文献1においては、ポリアクリロニトリル等の炭素質前駆体繊維の糸を耐炎化処理したのち、紡織、製織した織布とした後、炭素化処理している。また、糸の段階では炭化処理せずに、織布とした後、耐炎化処理して炭素化処理している。さらには黒鉛化処理している。また、長尺の織布を用いてロール等で供給、排出できるようにして、好ましくは張力をかけながら、不活性ガス雰囲気下(炉内)で炭素化処理を行っている。また、不活性ガス炉内では、金属製のメッシュ或いはメッシュなしのベルト上に載置して移動させている。
【0009】
また、特許文献2においては、PAN系繊維などいわゆる熱硬化性高分子材料からなる複数の繊維とこれらを耐炎化した繊維を混紡した繊維からなる織布や不織布を熱圧ロールで平滑にして炭化処理を行い、固体高分子型燃料電池のガス拡散層シートを得ている。
【0010】
また、価格が安く、より抵抗の少ない電気特性が求められている。特許文献1には、セルロース系繊維を用いた例も記載されているが、具体的な例は記載されていない。そこで、特許文献3においては、非常に安価な素材であるセルロース系の素材を用いて紙状に抄紙(或いはフィルム、シート)し、ハロゲン化物をドーピングし、不活性ガス雰囲気内で炭素化してガス拡散層シートを製作している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004−084136号公報
【特許文献2】特開2004−111341号公報
【特許文献3】特開2011−113768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献1のような、耐炎化処理した糸又は織布を用いたものは、柔軟性に乏しく、また、工程が複雑である等の問題があった。セルロース系繊維を使用した場合は、電気抵抗値は下がるが、強度、柔軟性が不足するという問題があった。さらに、特許文献2のように、耐炎化処理した糸とセルロース系を含むその他の耐炎化処理前の糸を混紡する場合は、交織の前に、混紡工程が必要であり、安価なセルロース系繊維を使用するメリットが減じるという問題があった。また、引用文献3のようなハロゲンをドーピングするのは実用化が難しい。また、強度も不足し、工程も複雑になる等の問題点があった。さらには、柔軟性をも確保しなければならない。
【0013】
かかる問題点に鑑みて、本発明の課題は、電気抵抗が低く、強度、さらには柔軟性があり、そして簡単な製作プロセスにより低コストとなることが可能な燃料電池用ガス拡散層シート用織物及びそれを用いた燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法並びに燃料電池用ガス拡散層シート及びそれを有する燃料電池提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、上記課題に鑑み固体高分子型燃料電池のガス拡散層として用いることができるガス拡散層シートやその導電性材料及びその製造方法について、鋭意開発を行った。まず、本発明者らは特に安価な炭素質材料を得るため、焼成の前駆体として各種の素材からなる織物を検討した。この中で、熱可塑性の合成化学繊維系の織物などや、動物繊維(ウールなど)は、炭化処理すると消失してしまい、炭素質材料は得られなかった。しかし、セルロース系繊維の織物は、炭化処理後に炭素質繊維織物が得られた。この炭素質繊維織物は、吸水特性が良く、かつ固体高分子型燃料電池のガス拡散層に必須となる電気抵抗が非常に低いことを見出した。しかし、その機械的強度は後工程で取扱いに細心の注意が必要なほど脆く、その強度は容易に次プロセスに投入出来るほど十分ではなく、燃料電池のガス拡散層として使用するにはもう一工夫必要であった。
【0015】
即ち、耐炎化処理前のセルロース系繊維の糸又は織物は、耐炎化時に織物全体で収縮が同時に起こり、加熱時に織物が受ける荷重や張力によって、織物が部分的に拘束を受け、拘束を受けたセルロース系繊維の糸に収縮する力が残留する。このため次の炭素化工程において、炭化させるべく高温に加熱する段階で織物を構成する糸に断裂や亀裂が発生し、ガス拡散層シートとして利用可能な機械的強度が得られない。一方、耐炎化処理した糸は、導電性、柔軟性は劣るが炭素化時の収縮が少なく強度が高い点に着目した。
【0016】
しかし、特許文献2のように、耐炎化処理した糸とセルロース系を含むその他の耐炎化処理前の糸を混紡した混紡糸を用いた耐炎化処理した場合は、複雑な混紡工程を要する。さらには、耐炎化処理した糸としない糸の量やバラツキ、撚り具合等により安定した収縮量とならない。かえって互いに影響を与え、凹凸や変形が生じやすくなると予想された。そこで、本発明者等は研究の結果、セルロース系繊維と、これの補強をするためにもう一方を耐炎化処理した糸を交織した織物を用いることにより、織物の炭素(焼成)化処理後の強度を向上させ、さらに柔軟性を付与することができることを知得した。
【0017】
この知得により、本発明においては、耐炎化処理前のセルロース系繊維からなる糸と、耐炎化処理した糸と、を交織したことを特徴とする燃料電池用ガス拡散層シート用織物を提供することにより前述した課題を解決した。
【0018】
即ち、木綿など非常に安価なセルロース系繊維と、耐炎化処理した糸でこのセルロース系繊維の弱点を補強するために交織した織物を提供する。この織物を不活性ガス中で加熱炭化させて燃料電池用ガス拡散層シートを得る。この織物は、焼成中に耐炎化処理した糸としない糸の焼成後の収縮率が異なる。耐炎化処理した糸は焼成後の収縮率が少ないので焼成炭素化時に寸法変化や形状変化が小さい。一方、焼成後の収縮率の大きい耐炎化処理しない糸は焼成炭素化時に自ずと隙間ができ、焼成中に拘束を受けず自由度を持って収縮し、局部的な収縮応力を受けることなく炭化が進む。これにより、柔軟性のある炭化質織物が得られるのである。
【0019】
交織にあたっては、経糸又は緯糸の一方は耐炎化糸として、強度を確保し、他方をセルロース系繊維の糸とするのがよい。そこで、請求項2に記載の発明においては、経糸又は緯糸の一方を耐炎化処理した糸とし、他方を耐炎化処理前のセルロース系繊維からなる糸を用いた燃料電池用ガス拡散層シート用織物とした。
【0020】
主として強度を必要とする側はより強度を確保したい。そこで、請求項3に記載の発明においては、前記耐炎化処理した糸の太さより前記耐炎化処理前のセルロース系繊維の糸の太さが細くされている燃料電池用ガス拡散層シート用織物とした。
【0021】
かかる織物は、強度、取扱いにおいて、従来と同様の炭素化処理が可能である。そこで、請求項4記載の発明においては、前記燃料電池用ガス拡散層シート用織物を焼成炉内に配置し、不活性ガスを投入し分解ガスと共に排気させながら800〜1500℃に加熱と冷却を行い、前記織物を炭素化(焼成)する燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法とした。この加熱は1段の加熱冷却で十分である。必要であれば、複雑な工程でもよく、さらには、黒鉛化処理も可能である。
【0022】
また、請求項5に記載の発明においては、前記燃料電池用ガス拡散層シート用織物を所定の厚みまで一定荷重を掛けるかもしくは織物面の少なくとも1つの方向に一定張力を掛けた状態で、焼成炉内に配置する燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法とした。厚み方向の圧縮力、繊維方向の引っ張り力を与え、炭素化工程での変形、凹凸、たるみ等を減じることができる。また、引っ張り力は強度の強い部分に掛けるのがよい。そこで、請求項6に記載の発明においては、前記一定張力は、前記耐炎化処理した糸側に掛けるようにする。
【0023】
なお、かかる織物及び製造方法により、得られる燃料電池用ガス拡散層シート特徴ある構造となる。そのため、交織された炭化物であって、太さが太い糸状炭化物に対して、太さの細い糸状炭化物が炭化物側に絡みつくようにされ、太さが太い糸状炭化物に対して、太さの細い糸状炭化物の形状が不均一である燃料電池用ガス拡散層シートを提供することができる。かかるシートの性能は、厚み方向の圧縮応力が少なくとも3kg/cmの時のその圧縮歪みが初期厚みに対して20%以上70%以下である。また、かかるシートを燃料電池に用いてもよい。さらに、燃料電池用ガス拡散層シートを有する燃料電池を提供することもできる
【発明の効果】
【0024】
本発明においては、セルロース系繊維からなる糸と、耐炎化処理した糸とを交織した織物を提供することより、耐炎化処理した糸でセルロース系繊維の弱点を補強し、不活性ガス中で加熱炭化させて燃料電池用ガス拡散層シートを容易に得られるようにした。また、耐炎化処理した糸は焼成炭素化時に寸法変化や形状変化が小さく、焼成炭素化後も形状、強度を確保できるものとなった。また、耐炎化処理しない糸は焼成炭素化時に拘束を受けず自由度を持って収縮し、局部的な収縮応力を受けることなく炭化が進み、柔軟性のある炭化質織物が得られるので、セルロース系繊維の通電性、ガス通過性、柔軟性を確保できるものとなった。さらに、安価なセルロース系繊維を用いた炭素化処理前の繊維も強度、柔軟性に富み取扱が容易である。
【0025】
また、請求項2に記載の発明においては、経糸又は緯糸の一方を耐炎化処理した糸とし、他方を耐炎化処理前のセルロース系繊維からなる糸としたので、炭素化後の強度や性状等の予測がしやすい。
【0026】
さらに、請求項3に記載の発明においては、耐炎化処理した糸の太さより耐炎化処理前のセルロース系繊維の糸の太さを細くしたので、強度を耐炎化処理した糸で確実に確保し、炭素化後に空隙率が良好で、さらに通電率が高いセルロース系繊維を細かく密に配置することができる。
【0027】
かかる本発明燃料電池用ガス拡散層シート用織物を、請求項4記載の発明においては、焼成炉内に配置し、不活性ガスを投入し分解ガスと共に排気させながら800〜1500℃に加熱と冷却を行い、炭化することにより燃料電池用ガス拡散層シートを製造できるので、安価なセルロース繊維を用い、さらには簡単な製作プロセスにより低コストの燃料電池用ガス拡散層シートを製造できるものとなった。さらには、炭素化にあっては、1段の加熱冷却で十分であり、複雑な工程を要しない。
【0028】
また、請求項5に記載の発明においては、燃料電池用ガス拡散層シート用織物を所定の厚みまで一定荷重を掛けるかもしくは織物面の少なくとも1つの方向に一定張力を掛けた状態で、焼成炉内に配置し、炭素化工程での変形、凹凸を減じることができるので、厚み方向の寸法精度、平滑性がよく、柔軟性が高く、燃料電池の積層方向に柔軟性を持たせることが可能な燃料電池用ガス拡散層シートを製造できる。また、請求項6に記載の発明においては、一定張力を耐炎化処理した糸側に掛けることにより、さらに、寸法精度、平滑性を向上させることができる。
【0029】
なお、かかる織物及び製造方法により、燃料電池用ガス拡散層シートに要求される良好な電気的特質、取扱易い機械的強度、さらには、厚み方向に柔軟性を保つものとなる。また、交織された太さが太い糸状炭化物に、太さの細い糸状炭化物が絡みつくようにされ、また、太さの細い糸状炭化物の形状が不均一、即ち複雑に絡み合わせ、表面積も広くなれば、ガス拡散性及び高い導電性を有し、大電流も発電可能な燃料電池用ガス拡散層シートとなる。
【0030】
また、前述したシートは、厚み方向の圧縮応力が少なくとも3kg/cmの時のその圧縮歪みが初期厚みに対して20%以上70%以下とできるので、厚み方向に柔軟性があり撓みやすい。すなわちA4版程度の大きさで積層枚数の多い自動車用燃料電池のスタックを構成する部品の中で、厚み方向に撓みやすく出来る部品はガス拡散層のみである。よって厚み方向に撓みやすいガス拡散層とセパレータや電解質膜を交互に積層すれば、両側板で4辺外周を、電解質膜の許容圧縮応力以内で締め付けても、各部材の厚みムラによる部材間の接触圧力のばらつきを小さくすることができ、接触電気抵抗のばらつきを小さくすることができる。言い換えれば積層される多数の部材に厚みムラがあっても、これを吸収し発電性能を確保できる。さらに各積層部材を挟んで締め付ける両側板の剛性をさほど高くしないで、各部材間の中央部と周辺部の接触圧力及び接触電気抵抗のばらつきを小さくすることができる。
【0031】
また、かかる燃料電池用ガス拡散層シートを有する燃料電池とすれば、高電流密度の使用に耐え、ガスを電気化学反応域に供給し排出する拡散性を有し、低損失で電流を取り出せる導電性をもった燃料電池となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】実施例1及び実施例2にかかる本発明の実施の形態を示す炭素化(焼成)前の燃料電池用ガス拡散層シート用織物の表面の100倍写真である。
図2】実施例2にかかる本発明の実施の形態を示す炭素化(焼成)後の燃料電池用ガス拡散層シート(炭素質織物)の表面の100倍写真である。
図3】実施例2にかかる本発明の実施の形態を示す耐炎化処理した糸(耐炎化糸)と耐炎化処理前のセルロース系繊維(綿)の糸の炭素化(焼成)による収縮状態の説明図である。
図4】実施例3にかかる本発明の他の実施の形態を示す炭素化(焼成)後の燃料電池用ガス拡散層シート(炭素質織物)の表面の100倍写真である。
図5】本発明の実施例1乃至3及び比較例2のガス拡散層シートの圧縮特性(柔軟性)を示す図である。
図6】本発明の実施例1乃至3及び比較例2のガス拡散層シートを用いた単セル燃料電池の放電特性を示す電圧−負荷電流特性図である。
図7】本発明の実施例1の燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法に用いた均一荷重式製造装置の模式図である。
図8】本発明の実施例2の燃料電池用ガス拡散層シートの製造方法に用いた一定張力式製造装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について説明する。まずセルロース系繊維と耐炎化処理した糸で交織した織物とし、これを燃料電池用ガス拡散層シート用織物(以下、単に「織物」という)とする。この織物を焼成炉内に配置し、不活性ガスを投入し分解ガスと共に排気させながら800〜1500℃に加熱と冷却を1段で行い、織物を炭化させる。本発明のガス拡散層シート用織物の素材としては、セルロース系繊維には綿・麻・竹などの天然繊維とレーヨン・キュープラなどの再生繊維及び半合成繊維のアセテートなどの素材の糸用いることができる。これと交織する糸は、耐炎化処理した糸を用いる。耐炎化処理としては、PAN系、ピッチ系、セルロース系、ポリノジック系、フェノール系の糸、あるいはこれらの混紡の糸を200〜300℃で酸素を導入しながら数十分間処理することにより行われる。そしてこれらの焼成収縮率の違う糸を交織して織物にする。焼成炭化時に収縮率の大きい糸は自ずと隙間ができ、拘束を受けず自由度を持って収縮し、局部的な収縮応力を受けることなく炭化が進み、柔軟性のある炭化質織物が得られる。
【0034】
本発明の焼成方法にあっては、織物の厚み方向に均一に荷重を加えて焼成する方法でも、織物の面方向に一定張力を加えて焼成する方法でも良い。即ち、発明者らの検討によると荷重のかからない拘束のない状態では、焼成後にたるみや凸凹が発生して、平滑性は実現できず、柔軟性と強度のない織物となる。そこで荷重を付加することによって平滑性を実現することができる。
【0035】
本発明の実施の形態に用いる均一荷重の方法による焼成(炭素化)装置の模式図を図7に示す。図7に示すように、本発明の実施の形態に用いる均一荷重の方法による焼成(炭素化)装置100は、上部開口11aを有する焼成箱11の底板11bの上に通気性を確保するための耐熱性のある20メッシュ程度の金網(チタンもしくはSUSが望ましい)15を置き、その上に金網より大きい板厚3mm程度の表面がなめらかなステンレスの平板16を載せている。またその上に(ガス拡散層シート用)織物20と通気用金網18と織物に荷重を加えるための加圧板17を交互に積み上げ、焼成箱11内に納める。この焼成箱11は上部開口を有する焼成加熱炉1内のチャンバー2に格納されている。焼成加熱炉1のチャンバー2の上部開口は蓋3で閉じられ、グラファイトシートのシール4を介して蓋3をボルト5a・ナット5bで挟持螺着され、密閉されている。また、焼成加熱炉1は図示しない加熱又は冷却装置により炭素化が可能な温度に加熱、又は冷却できるようにされている。
【0036】
焼成加熱炉1内のチャンバー2にはガス供給配管6が接続され、図示しないガス源から窒素ガスが供給可能にされている。また、チャンバー2にはガス排出口7が接続されており、パイプ8を通って排ガストラップ31に接続されている。排ガストラップ31の本体32には、水34が入れられ、パイプ8の先端8aは水34内に水没されている。排ガストラップ31の本体32は排ガストラップ排出口35を有する蓋33により密閉されている。排ガストラップ排出口35はパイプ36を介して浄化装置37等に接続され、無害とされた排ガスを外部へ排出するようにされている。
【0037】
かかる装置により、ガス供給配管6から供給された窒素ガス及び焼成加熱炉内で発生する水分やガスは、ガス排出口7から焼成加熱炉1外へ排出され、パイプ8を通って、排ガストラップ31、浄化装置37等を通過して外部へ排出される。排ガストラップ31の水の液面を視認又は成分を検出できるようにして、焼成加熱炉の密閉性の確認や、焼成中には原材料が炭化して、分解発生するガスの状況を確認することもできる。
【0038】
なお、通気用金網18は金網15と同じものでもよい。窒素ガスの投入量は1kPaの圧力で1分間あたり焼成加熱炉内の体積となるようにするのが好ましい。また、加圧板7による織物に加える荷重は5〜1000cN/cm2であり、より好ましくは10〜500cN/cm2である。また、平板16及び加圧板17の平面度はA4版サイズあたり、0.1mm以内が好ましく冷間圧延板の面精度でよい。また、通気用金網18を無くし、加圧板17と焼成する織物20を交互に複数枚重ねて焼成することも可能である。逆に、焼成敷物20の一方側面を通気用金網18のままとし、多方側面19に1mmメッシュの耐熱金網を追加してもよい。さらに、この耐熱金網はA4版サイズごとにガス抜き通路を設けて均一に炭化させるようにしてもよい。
【0039】
また中かごを設けると作業性が良くなる。また焼成雰囲気は少なくとも水分が蒸発する前の温度になる前に窒素などの不活性ガスを常時焼成炉内に投入し、焼成時に発生する生成ガスも含め排出させる。その投入流量は1分間あたり炉内の内容積の半分以上を投入することが望ましい。
【0040】
次に、一定張力の方法による焼成(炭素化)装置の焼成加熱炉の模式図を図8に示す。前述した均一荷重の場合とは、焼成加熱炉1内のチャンバー2に配置する焼成箱21が異なり、焼成加熱炉1(チャンバー2)、排ガストラップ31、浄化装置37等は同様である。また、説明の簡単のために焼成加熱炉1のみを図示し、同様な部分についての説明の一部又は全部を省略する。図8に示すように、本発明の実施の形態に用いる一定張力用の焼成箱21は、長尺の(燃料電池用ガス拡散層シート用)織物20を上下に配置した複数の丸棒24,26に折り返し吊り下げることにより一定張力を得るようにしたものである。
【0041】
上部開口21aを有する焼成箱21の長手方向両上辺には、U又はV字等の溝25が等間隔で設けられている。溝25には上(丸)棒24が載置されている。また、長手方向両上辺端にはクリップ22,23が設けられている。さらに、焼成箱21の長手方向両側面下方には、上下方向を長軸とする長穴27が等間隔に設けられている。下(丸)棒26の両端が長穴27に挿通されている。溝25と長穴27とは半ピッチずれて設けられている。
【0042】
長尺の敷物20の一方をクリップ22で保持し、敷物20の他方を下棒26、上棒24の順に順次折り返しながら通過させ他端のクリップ23で固定する。固定にあたっては、焼成前後を通じて、下棒27は長穴の上又は下端に触れないようにされる。これにより、織物が焼成加熱炉1内で昇温時に延びたり焼成時に収縮したりしても、下棒26の荷重で織物20に一定の張力を与えることができる。さらに、織物の繊維方向に掛かる張力は下棒の両端に重りを加えることで調整することもできる。また、下棒26は上下には動けるが左右には揺れないように規制する。また下棒26の両端は直角に曲げてあり、焼成箱21の案内長孔27からはずれないようにしてある。
【0043】
なお、張力は、織物の繊維の番手と総本数をdtex換算し、5×10-6〜200×10-6cN/dtexの張力とするのがよく、2×10-6〜300×10-6cN/dtexの張力とするのが好ましい。もちろん上棒24の代わりに、適当な間隔でピン付き織物挟みを使って位置決めしても良い。必要なことは、織物の熱履歴や加工条件により、耐炎化した糸に最適張力をかけて凹凸の少ないガス拡散層シートとすることである。
【0044】
次に、本発明の実施例について以下、図面を参照しながら詳述する。
【実施例1】
【0045】
実施例1においては、経糸(縦糸)はメートル番手2/34の耐炎化糸をインチあたり27本の密度とし、緯糸(横糸)は綿番手60/2の綿糸をインチあたり78本の密度とする綾織の交織織物(燃料電池用ガス拡散層シート用織物)を作成した。その焼成前の100倍の拡大図を図1に示す。図1に示すように、実施例1の織物は、平織りであり、図で見て、上下方向の経糸(縦糸)は、黒色の耐炎化処理した糸とされている。また、経糸(横糸)は白色の耐炎化されていないセルロース系繊維を撚り合わせた1又は2本の糸が経糸に対して交織されている。
【0046】
経糸(耐炎化処理糸)の太さは緯糸(綿糸)より太くされている。一方、綿糸は本数を増やし密度を高くしている。また、耐炎化処理した糸は炭素化前なので、炭素繊維のような毛羽や折れがなく、また、綿糸等と交織した織物であるので、柔軟性に富み一般的な織物と同様取扱が容易である。なお、経糸はPAN系の糸を約250℃で酸素を導入しながら30分間加熱し耐炎化処理を行った繊維をメートル番手2/34相当の撚糸状の耐炎化糸とした。
【0047】
実施例1のものは、図1に示す織物を前述した図7に示す均一荷重の方法により焼成(炭素化)したものである。実施例1においては、図7に示す装置を用いて、織物20の平坦(平滑)性を確保しながら2方向に収縮することを可能にしながら織物を焼成箱11に入れ焼成加熱炉1内に設置した。図1の織物20と金網18と1cm2あたり2.5cNの荷重となる加圧板17を交互に3組積み上げた。また、焼成加熱炉1で1kPaの圧力で1分間あたり焼成加熱炉の体積である350cc/分の容量の窒素を投入しながら焼成した。加熱冷却のいわゆる一段焼成のパターンは、10℃/分で230℃まで昇温し、30分保持しその後また10℃/分で1050℃まで昇温し、30分間保持後、60℃まで自然冷却してから炭化した織物を取り出した。ここで窒素の投入は180℃あたりで停止させた。
【0048】
この1段焼成処理後、この炭化した織物即ち実施例1にかかるガス拡散層シート(以下、「炭素質織物」と記す)の物性を実測した。その結果、厚みダイアルゲージ(ミツトヨ製)により、厚さは、1cm角に切り出し小片に1cm直径の押板で50gの荷重をかけたときに0.302mmであった。見かけ比重は310kg/m3、気孔率は85%=(1−見かけ比重/2)×100であった。炭化した綿糸が同じく炭化した耐炎化糸に絡み付いており、高電流密度の発電に適切な隙間を確保していた。
【0049】
また、実施例1の炭素質織物の電気抵抗値は銀電極間にこの炭素質織物を挟み、(6kg/0,785cm2/9.8)0.78N/mm2の荷重をかけて測定した結果1cm2あたりの面積抵抗は、12.2mΩcm2であった。これは電流密度が1A/cm2でのオーミック抵抗による電圧損失として、12.2mVであり十分低い抵抗となった。
【0050】
また、この炭素質織物の柔軟性の尺度として、厚み方向の圧縮特性を実測した。圧縮特性は、10mm角のサンプルに荷重を加え、その厚み変化を前述した厚みダイアルゲージを用いて荷重を変化させて求めた。この結果を図5の実施例1,2に示す。これを現在上市されているガス拡散層材料(東レ社製カーボンペーパ相当品)である比較例2と比較した結果、3kg/cm2で圧縮したとき、初期厚みに対する撓み圧縮率は約4倍以上撓みやすい結果となった。これは、綿糸と耐炎化糸の組み合わせによる織物の焼成後に確保された隙間より柔軟性が付与され、厚み方向に撓みやすくなったためと推定される。また燃料電池のガス拡散層シートとして、電解質膜と触媒接合体とセパレータと共に両側板で挟持したとき、厚みムラによる各部材間の接触圧力の不均一が緩和されことが、外周の締め付けボルトの締め加減でも実感された。なお、比較例2の詳細は後述する。
【0051】
また、実施例1で得られた炭素質織物をガス拡散層シートとして燃料電池に適用する電極の作製には、従来公知の方法で可能であった。一例として次の手順で燃料電池として活用可能なことも確認した。まず実施例1の炭素質織物をテフロン(登録商標)懸濁液に浸漬し、テフロン(登録商標)粒子を付着、加熱焼き付けして撥水処理した。さらに、触媒インキを高分子電解質膜両面に塗布して触媒層をつけ、CCM(触媒つき高分子膜)を製作した。これに実施例1で製作した炭素質織物をガス拡散層シートとして重ねて膜・電極接合体(MEA)を作製した。
【0052】
さらにこの膜・電極接合体を水素と空気を投入する通路をもつセパレータで両側から挟み、燃料電池単セルとして完成させる。こうして完成した燃料電池単セルの放電特性を図6の実施例1,2に示す。図6に示すように、燃料電池単セルとしての放電特性は同様の処理をした従来品(東レ社製カーボンペーパを用いた膜・電極接合体)である比較例2との比較において、1A/cm2まではほぼ同等であり、1A/cm2を超える高い電流密度では、実施例1のものは、比較例よりも高い電圧を維持しており、良い出力特性を得ることが判明し、大電力を必要とする応用に適した性能であった。
【実施例2】
【0053】
実施例2においては、実施例1と同じ、図1に示す織物を使用した。これを前述した図8に示す装置を用いて一定の張力で焼成する方法で焼成した。下棒32の重量は、織物に1cm巾あたり0.8cNの一定張力を掛けた。引っ張り方向を長手方向とし、経糸即ち耐炎化糸側を引っ張る方向とした。その他の内容については前述したので説明を省略する。また、加熱・冷却やガスの処理などは実施例1と同じプロセスによる1段焼成処理とした。
【0054】
実施例2においては、このように1段焼成熱処理して、図2に示す炭素質織物を得た。図2に示すように、太さが太い糸状炭化物は炭化した耐炎化糸であり、細い方が綿糸である。太さの太い炭化した耐炎化糸に、太さの細い炭化した綿糸が絡みつき、太さが太い炭化した耐炎化糸に対して、太さの細い炭化した綿糸の形状が不均一であり、適当な隙間と広がりを形成しており、高電流密度の発電に適切な隙間を確保している。
【0055】
実施例2の物性は、初期厚みが310μm、見かけ比重が220kg/m3、気孔率は89%であった。また、実施例2の柔軟性の尺度として、厚み方向の圧縮特性を実施例1と同様に実測したところ、実施例1と同様であり、図5の実施例1,2に示した結果となった。また、実施例1と同様な柔軟性を有しており、かつ、取り扱いも容易であった。
【0056】
また電気抵抗値は、実施例1と同じく銀電極間に実施例2の炭素質織物を挟み0.6N/mm2の荷重をかけて測定した結果1cm2あたりの面積抵抗は、12.0mΩcm2であった。これは電流密度が1A/cm2でのオーミック抵抗による電圧損失として、12mVであり十分低い抵抗となり、燃料電池のガス拡散電極として十分使用可能なことを確認した。さらに、実施例1と同様に燃料電池単セルを製作し放電特性を測定した。その結果、放電特性は図6の実施例1,2に示したように、実施例1と同様であり、比較例2対して、1A/cm2まではほぼ同等であり、1A/cm2を超える高い電流密度では、実施例2のものは、比較例よりも高い電圧を維持しており、良い出力特性を得られ、大電力を必要とする応用に適した性能であった。
【0057】
ここで、本発明の焼成収縮率の違う糸を交織した織物の特性、即ち、前述した、焼成炭素化時に収縮率の小さい耐炎化糸は寸法変化や形状変化が小さく、収縮率の大きい糸は自ずと隙間ができ、拘束を受けず自由度を持って収縮し、局部的な収縮応力を受けることなく炭化が進み、柔軟性のある炭化質織物が得られる特性について図面を参照して詳述する。 焼成前を示す図1の織物と焼成後の図2の炭素質織物から、綿と耐炎化糸の各々の繊維直径と織ピッチの平均値を実測し、焼成の途中経過も含め、その収縮状況を図3に一例として模式的に示した。図3において、1目盛りは0.1mmである。
【0058】
図3に示すように、耐炎化糸方向の焼成前ピッチは1.2mmに焼成後のピッチは0.67mmであり、収縮率は81%である。また、焼成前の耐炎化糸の巾(径)は0.46mm、焼成後の耐炎化糸の巾は0.29mmであり、耐炎化糸の減耗率は63%である。これに対し、綿糸方向の焼成前ピッチは0.9mmに焼成後のピッチは0.58mmであり、収縮率は63%である。また、焼成前の綿糸の巾(径)は0.34mm、焼成後の綿糸の巾は0.19mmであり、綿糸の減耗率は56%である。このように、綿糸の耐炎化糸にたいする収縮率は130%、減耗率は112%、断面にすると二乗となり、126%となる。このように耐炎化糸の変化が少なく、綿糸の変化が大きいことが明確になった。
【0059】
このように、230℃あたりで耐炎化する温度になっても縦糸である耐炎化糸はあまり変化せず安定した状態を保っている。横糸である綿は直径方向に減耗し隙間ができ、耐炎化糸の緩やかな拘束を受けながら、繊維長手方向に適度に収縮することにより、収縮応力を分散し平準化し均質化することができると考えられる。平織り、綾織り、繻子織りなど多様な織り方においても、縦糸があまり収縮せず横糸が減耗し収縮することにより、同様の効果が得られることはいうまでもない。そのため1050℃までの炭化工程においても、不均一な収縮が起こりにくく、ボイドや欠陥を生じにくく、適度な隙間のある炭素質織物ができると考えられる。
【実施例3】
【0060】
実施例3は、実施例2とは織物を変更し、その他の条件は実施例2と同様としたものである。実施例3の織物は経糸を耐炎化糸メートル番手2/34をインチあたり27本の密度とし、緯糸を綿番手60/2の綿糸と耐炎化糸メートル番手2/34を2:1の割合で組み合わせインチあたり78本の密度で交織した織物である。これを実施例2と同様に張力一定の焼成方法を用いて焼成し、図4に示す炭素質織物を得た。図4に示すように、実施例3の炭素質織物は、縦及び横方向に伸びて、太さが太い糸状炭化物が炭化した耐炎化糸であり、横方向の細い方が綿糸である。太さの太い炭化した耐炎化糸に、太さの細い炭化した綿糸が絡みついている。また、炭化した綿糸は、炭化した耐炎化糸の隙間を埋め、適当な隙間と広がりを形成しており、高電流密度の発電を可能としている。
【0061】
実施例3の物性は、厚みが377μm、見かけ密度は245kg/m3、気孔率は88%であった。また、この材料の柔軟性の尺度として、厚み方向の圧縮特性を実施例1、2と同様に実測したところ図5の実施例3に示す結果を得た。これを比較例2と比較した結果、3kg/cm2で圧縮したとき、初期厚みに対する撓み圧縮率は約3.8倍で撓みやすい結果となった。すでに前述したとおり、実使用状態での厚み方向の接触圧力の不均一が緩和される。したがって、燃料電池のガス拡散層の材料として良好な特性を得ることができた。圧縮率は、実施例1,2に比べて少し小さい値となったが、これは横糸の炭化した綿繊維の密度が低いためと考えられる。
【0062】
また、実施例3の電気抵抗値は銀電極間に挟み0.6N/mm2の荷重をかけて測定した結果、面積抵抗12.1mΩcm2であった。さらに、実施例1,2と同様に燃料電池単セルを製作し放電特性を測定した。その結果、放電特性は図6の実施例3に示したように、実施例1,2対して、負荷電流1.3A/cm2程度まではほぼ同等であり、1.5A/cm2を超える高い電流密度でも、実施例3のものは、実施例1,2よりも高い電圧を維持しており、さらに良好な出力特性を得られた。
【0063】
なお、比較例1として、本発明の実施例2と比較のため、市販の綿織物を用いて実施例2とほぼ同じ太さの綿糸で1m2あたり220cNの織物を同じ焼成条件で焼成した。電気的特性は前述と同様の測定法で13mΩcm2で、それほど悪くないが、強度的には弱く、非常に丁寧に扱う必要があるため、圧縮特性及び電池テストには至らなかった。
【0064】
前述した比較例2は、現在市場で安定的に提供されているガス拡散層である。比較例2のものは、アクリル繊維を300℃前後で熱処理を行う「耐炎化」或いは「安定化」の前処理工程、そして1000〜2800℃の高温において不活性ガス雰囲気で行なう炭素化と黒鉛化工程を経て、まず炭素繊維を得ている。さらに、これを所望の長さに切り揃えた後、抄紙工程で紙状とし熱硬化性樹脂で節止めし、さらに導電性をあげるために炭化熱処理を行う等、複数回の熱処理を経たものである。
【0065】
比較例2のガス拡散多孔質体は緻密であり多孔質状になっていて電気抵抗が小さく良好である。しかし、図5の比較例2に示すよう厚み方向に柔軟性がなく、したがって多数積層したスタックシステムでは、薄い電解質膜の破損を起こしやすい。また、図6の比較例2に示すように、燃料電池として、実施例1〜3で得たガス拡散層のように高い密度で電流を取り出せない。また、比較例2のものは多くの工程を要し、多大なエネルギーを必要とし、複雑でコストが掛かる。これに対し、本発明においては、安価なセルロース系繊維を用い、工程も単純で少なく、エネルギー消費もすくない。
【0066】
以上述べたように、本発明においては、従来の燃料電池の抄紙法によるガス拡散層の材料に比べ、非常に安価であり、良好な柔軟性であるだけでなく、高い密度で電流を取り出せるガス拡散層シートが得られると共に、工程が省け省エネとなる製造方法が得られた。すなわち移動用車輌等の動力源に用いるものや、大電力定置用燃料電池など大型の燃料電池全般への応用が可能となるガス拡散層シートとして、安価で画期的な材料とその製造法を提供することが可能となった。
【符号の説明】
【0067】
1 焼成加熱炉
11、21 焼成箱
17 加圧版
18 金網
20 (燃料電池用ガス拡散層シート用)織物
22、23 クリップ
24 上棒
25 溝
26 下棒
27 案内長孔
100 焼成(炭素化)装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8