(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
樹脂中の可塑剤をアルコールで室温にて抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定することを特徴とする樹脂中のフタル酸エステルの分析方法。
樹脂中の可塑剤をアルカンで室温にて抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定することを特徴とする樹脂中のフタル酸エステルの分析方法。
赤外分光法による分析は、表面が撥水性の測定用基板を用い、顕微赤外法で測定することを特徴とする、請求項1または2に記載の樹脂中のフタル酸エステルの分析方法。
樹脂中の可塑剤をアルコールまたはアルカンで室温にて抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定する、樹脂中のフタル酸エステルの分析装置であって、
2000cm−1より低波数のピーク位置、スペクトルパターン比較処理とピーク強度比計算(CH2/CH3、CH2/C−O)とピーク比と閾値からフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるか判定し、画面表示する処理装置を備える、樹脂中のフタル酸エステルの分析装置。
【背景技術】
【0002】
電子部品や電気機器に使用されている材料について、特定の有害物質の使用を規制する指令であるRoHS(Restriction of Hazardous Substances)が施行されている。RoHS指令では既に規制対象となっている水銀や鉛以外にも、フタル酸エステル類を規制対象物質とすることが提案されている。
【0003】
日本における樹脂の可塑剤の生産量に占めるフタル酸エステル類の割合は全体の75%程度であり、このうち、DEHP(Bis(2-ethylhexyl)phthalate):フタル酸ビス(2−エチルへキシル))が48%程度、DINP(Diisononyl Phthalate:フタル酸ジイソノニル)が25%程度を占める。ここで、DEHPは規制対象候補材料だが、DINPは規制対象物質ではない。したがって、これら2つのうち、どちらの物質が材料や部品中に含まれているかをスクリーニングすることは、今後、電気工業製品の製造において極めて重要である。
【0004】
一般に、樹脂中のフタル酸エステル類の分析は、ガスクロマトグラフ−質量分析法(GC−MS法)や、液体クロマトグラフ−質量分析法(LC−MS法)が使用されるが、これらの分析方法は装置が高価で所有する機関が少ないこと、測定や解析が難しく時間がかかる課題がある。
【0005】
一方、フタル酸エステルは塩化ビニル樹脂の可塑剤として多く使用されている。塩化ビニル樹脂は電線の被覆材やホースなどの主材料であるため、電気工業製品に多く使用されている材料である。このため、非常に多くの材料や部品を検査する必要があり、検査対象のすべてをGC−MS法やLC−MS法で分析することは、莫大なコストと時間がかかってしまう。これら詳細分析を実施する前に、規制対象物質が含まれる疑いがあるか否かを、簡易なスクリーニング分析で実施し、詳細な分析が必要な試料に絞ってGC−MS法やLC−MS法により詳細分析を行うことが、実用的には必要である。
【0006】
この課題に対し、赤外分光法でフタル酸エステルをスクリーニングすることが考案されている。
【0007】
GC−MS装置やLC−MS装置に比較し、赤外分光分析装置は低価格で、装置も故障しにくく扱いやすく、有機材料分析の汎用的な分析方法となっているため、多くの機関が所有している。
【0008】
また、大気中で測定できることから、短時間で測定が可能である。さらにGC−MS法やLC−MS法のように、分析で使用するガスや液体薬品が不要で、赤外線光源で測定できるため、経済的かつ環境負荷も小さい。
【0009】
特開2012−194063号公報(特許文献1)は、可塑剤を含む樹脂材料を加熱して、樹脂から可塑剤を蒸発させ、樹脂試料と対向配置された平板上に可塑剤を捕集する。この捕集した可塑剤を顕微赤外分光装置で分析するものである。この方法では、可塑剤がフタル酸エステルであることは分析可能であるが、樹脂を加熱するため、樹脂の分解物なども捕集されてしまう。よって、測定結果の赤外スペクトルは、樹脂の分解物などが妨害スペクトルとなり、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判別することができないという課題がある。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1による、樹脂中のフタル酸エステルの分析方法の手順を示すフローチャートであり、
図2は、樹脂中のフタル酸エステルの分析方法における、溶媒抽出の工程を模式的に示す図であり、
図3は、樹脂中のフタル酸エステルの分析方法における、赤外測定用基板上に抽出液を滴下する工程を模式的に示す図である。実施の形態1では、樹脂中の可塑剤をアルコールで室温で抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定する樹脂中のフタル酸エステルの分析方法(第1の分析方法)について、具体例を挙げて説明する。
【0021】
実施の形態1では、被検査対象の樹脂として、塩化ビニル樹脂の場合を例に挙げている。まず、塩化ビニル樹脂試料を清浄な鋏で細かく刻んだ約0.1gの試料小片1を、ガラス製試験管3に入れた(ステップS1−1)。
図2に示すように、この試験管3に抽出溶媒2を10mL加え(ステップS1−2)、試験管3に埃が入らないように蓋4をして、室温で30分間静置した。試料小片1を吸い上げないように注意し、試験管3内の抽出物を含んだ溶媒7をガラス製ピペット5で20μLを吸い上げ、
図3に示すように、赤外測定用基板6上に滴下した(ステップS1−3)。溶媒7が蒸発後、赤外測定用基板6上の残渣物(滴下物の乾燥残渣)を赤外分光装置の顕微法で測定した(ステップS1−4)。
【0022】
実施の形態1では、本発明の第1の分析方法として、抽出溶媒はエタノールを用いた。ここで、第1の分析方法の場合、エタノール以外にも、1−プロパノール、2−プロパノールなど、炭素数が好ましくは2〜3個の揮発性の高いアルコールを抽出溶媒として好適に用いることができる。
【0023】
また、本発明の樹脂中のフタル酸エステルの分析方法における赤外分光法による分析は、表面が撥水性の測定用基板(赤外測定用基板6)を用い、顕微赤外法で測定することが好ましい。表面が撥水性の基板で測定することにより、基板上でフタル酸エステルの残渣物の面積を小さくすることができ、これによりフタル酸エステルが濃縮されるので、微量の試料でも測定することができる。このような赤外測定用基板6としては、表面が撥水性を有するものであれば特に制限されないが、好適な例としてシリコンウエハを挙げることができる。シリコンウエハは表面が撥水性を有し、かつ、赤外光を透過する材料であるため顕微透過法で好適に測定することができる。また、シリコンウエハ以外にも、KRS−5(臭化タリウム(TlBr)とヨウ化タリウム(TlI)の混晶)、セレン化亜鉛などで形成された、赤外光を透過する赤外測定用基板を用いてもよい。
【0024】
塩化ビニル樹脂試料Bについても試料Aと同様に、抽出溶媒2を用いて室温で抽出し、赤外分光測定を行った。
【0025】
図4は、本発明の実施の形態1による、塩化ビニル樹脂試料Aについての赤外スペクトルであり、
図5は、塩化ビニル樹脂試料Bについての赤外スペクトルである。赤外スペクトルはピークが飽和しない、ピークの強度関係が正確なスペクトルを得る必要がある。よって基板上の残渣物について、赤外測定したときにピーク強度が飽和しない程度の残渣物膜厚にする必要がある。
【0026】
図4および
図5に示す赤外スペクトルで、2000cm
−1以下の1725cm
−1、1600cm
−1、1580cm
−1、1280cm
−1、1124cm
−1、1074cm
−1に、フタル酸エステルの特徴ピークを明確に検出できた。DEHPとDINPのフタル酸エステルの赤外分光測定結果をもとに予め作成していたデータベースから、市販のパーソナルコンピュータを用いて検索(データベース検索)し(ステップS1−5)、この測定結果をデータベースと照合した結果、塩化ビニル樹脂試料Aに含まれていた可塑剤はDEHP、塩化ビニル樹脂試料Bの可塑剤はDINPであると判定できた(ステップS1−6)。
【0027】
本発明の樹脂中のフタル酸エステルの分析方法において、得られた赤外スペクトルの吸光度で、2956cm
−1付近のCH
3結合のピークと2925cm
−1付近のCH
2結合のピークとの強度比CH
2/CH
3の値で、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定することが好ましい。これにより、抽出したフタル酸エステルの赤外スペクトルのピーク強度関係に分布があった場合でも、DEHPとDINPとを分離できるという利点がある。DEHPである
図4とDINPである
図5とを比較すると、2958cm
−1のCH
3結合のピーク高さと2929cm
−1のCH
2結合のピーク高さの比が異なることが分かる。この違いは測定再現性があり、両者の明確な違いを表している。ここで
図5ではピーク位置は2956cm
−1と2929cm
−1となっているが、このピーク位置の違いは測定分解能を4cm
−1としているため、測定条件で想定されるずれの範囲であって本発明でいう「付近」に含まれ、DEHPとDINPとの違いを示すものではない。このように、本発明者らは、
図4および
図5に示す結果から、DEHPとDINPとの赤外スペクトルの違いは、2958cm
−1(2956cm
−1付近)のCH
3結合のピーク高さと2929cm
−1(2925cm
−1付近)のCH
2結合のピーク高さの比で表せることを見出した。
【0028】
このように、実施の形態1(本発明の第1の分析方法)によれば、エタノールなどのアルコール(好ましくは炭素数2〜3個のアルコール)を用いて室温で抽出することにより、樹脂の熱分解物などを混入させることなく、フタル酸エステルを抽出することができるので、正確な赤外スペクトルが測定でき、軟質の塩化ビニル樹脂の可塑剤がフタル酸エステルであることはもとより、フタル酸エステルの種類を分析することができる。ここで、室温とは加熱も冷却もしない温度を指し、20℃±15℃(JIS Z 8706)である。
【0029】
ここで抽出に用いるガラス製試験管などの容器や蓋、ピペット、赤外測定用基板は有機物に不溶で、かつ有機物の付着のない清浄な用具であればよい。
【0030】
ここで、試料量は0.1gとしたが、試料量を多くすれば多くのフタル酸エステルを抽出することができる。試験管内のエタノールをガラス製ピペットで採取する量を多くして、たとえば1mLとして、シリコンウエハ上に塗布し、顕微赤外法ではなく、通常の透過法で測定してもよい。
【0031】
また、溶媒2を10mLとしたが、試料量に合せて溶媒量を決めればよく、この限りではない。
【0032】
(実施の形態2)
本実施の形態2では、実施の形態1と同様にして、抽出溶媒2をヘキサンとし、実施の形態1と同様の操作で、樹脂中のフタル酸エステルを抽出した。実施の形態2は、樹脂中の可塑剤をアルカンで室温で抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定する樹脂中のフタル酸エステルの分析方法(第2の分析方法)に関する。
【0033】
第2の分析方法において、抽出溶媒はヘキサンに限定されるものではなく、たとえば、ペンタン、ヘプタン、オクタンなどの揮発性の高い、好ましくは炭素数5〜8のアルカンが好適に用いられる。
【0034】
また実施の形態2では、ステンレスで形成された赤外測定用基板を用い、赤外法の反射法で測定した。このように赤外測定用基板として、ステンレス以外にもアルミニウム、金などで形成された、赤外光を反射する赤外測定用基板を用いてもよく、この場合には、反射法で測定することができる。なお、赤外測定用基板の表面を鏡面加工することで、測定時の観察がより行いやすくなるという利点がある。
【0035】
なお、顕微透過法、顕微反射法と、通常の透過法、通常の反射法は、たとえば以下のように使い分ける。被検査対象の樹脂の量が多く、抽出できるフタル酸エステルの量が多い場合には、通常の透過法または通常の反射法を使用することができ、これに対し、被検査対象の樹脂が少なく、抽出できるフタル酸エステルの量が少ない場合には、顕微透過法または顕微反射法を用いることができる。より具体的には、被検査対象の樹脂の量が1g以下の場合には顕微透過法または顕微反射法を用い、被検査対象の樹脂の量が1gより多い場合には、通常の透過法と反射法が適切である。顕微法は分析面積が250μm角〜20μm角、通常の透過法や反射法は分析面積がおおよそ数mmとの違いがある。なお、通常の透過法と反射法で測定できる試料量のときに、顕微透過法と顕微反射法で測定しても勿論よい。
【0036】
このように、実施の形態2(本発明の第2の分析方法)によれば、ヘキサンなどのアルカン(好ましくは炭素数5〜8個のアルカン)を用いて室温で抽出することにより、樹脂の熱分解物などを混入させることなく、フタル酸エステルを抽出することができるので、正確な赤外スペクトルが測定でき、軟質の塩化ビニル樹脂の可塑剤がフタル酸エステルであることはもとより、フタル酸エステルの種類を分析することができる。
【0037】
(実施の形態3)
実施の形態3では、ステンレス板などで形成された赤外光を反射する基板の表面にシリコーンコーティング、あるいはフッ素コーティングを施した、表面が撥水性の赤外測定用基板を用い、樹脂中のフタル酸エステルを抽出した。この場合、シリコーンコーティングあるいはフッ素コーティングは赤外測定時にコーティングのピークが検出されないレベル、具体的には数nm膜厚のコーティングである。このように表面が撥水性の基板を用いることで、基板表面に抽出溶媒を滴下したとき、液滴の面積が小さく、蒸発する際の面積が小さくなりながら蒸発していく。このため、溶媒蒸発時に基板上の残渣物の面積が小さくなっていくので、残渣物、すなわちフタル酸エステルを基板上で濃縮することができる。被検査対象の試料がごく少量しかなく、抽出できるフタル酸エステル量が少ない場合であっても、表面が撥水性の基板を用いることで、抽出されたフタル酸エステルを基板上で濃縮でき、分析することができる、という利点がある。勿論、上述のように表面をコーティングした基板に限らず、実施の形態1で用いたようなシリコンウエハなどを表面に撥水性を有する基板でも同様の利点がある。
【0038】
このような表面が撥水性の基板は、表面がミラー面、シリコン基板、鏡面仕上げの金属板、ガラス表面に金属をミラー蒸着したものにすることで、抽出残渣物が数十μmの微小物になっても、観察が容易であるという利点がある。
【0039】
第3の実施の形態の場合、用いる抽出溶媒としては、揮発性の高いアルコール(好ましくは炭素数2〜3個のアルコール)(第1の分析方法)、アルカン(好ましくは炭素数5〜8個のアルカン)(第2の分析方法)のいずれであってもよい。
【0040】
(実施の形態4)
図6は本発明の実施の形態4による、樹脂中のフタル酸エステルを分析する方法を説明するフローチャートである。実施の形態4による分析方法は、電線被覆材などに用いられる塩化ビニル樹脂の分析に特に好適である。
【0041】
図2に示した例と同様に、塩化ビニル樹脂試料を清浄な鋏で細かく刻んで試料小片1とし、約0.1gの試料片1をガラス製試験管3に入れた(ステップS2−1)。この試験管3に抽出溶媒2を10mL加え(ステップS2−2)、試験管3に埃が入らないように蓋4をして、室温で30分間静置した。試料小片1を吸い上げないように注意し、試験管3内の抽出溶媒2をガラス製ピペット5で20μLを吸い上げ、赤外測定用基板6上に滴下した(ステップS2−3)。抽出溶媒2が蒸発後、赤外測定用基板6上の残渣物(滴下物の乾燥残渣)を赤外分光装置の顕微法で測定した(ステップS2−4)。放置時間は30分間に限ることではなく、数十分程度放置すればよい。
【0042】
ここでは、抽出溶媒2にヘキサンを用い(上述した本発明の「第2の分析方法」に該当)、赤外測定用基板6はシリコンウエハを用い、抽出溶媒2が蒸発した基板上の残渣物を顕微透過法で測定した。
【0043】
上述の実施の形態1ではデータベース検索でフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定したが、本発明者らは、多くの試料を分析するうちに、CH
2/CH
3の値などに、スペクトルの強度関係にばらつきがあることを見出した(後述する
図9を参照)。これは、主には、樹脂の可塑剤のフタル酸エステルの純度が必ずしも100%ではなく、わずかな立体異性体などの不純物を含んでいることや、抽出溶媒の極性とフタル酸エステルとの分子間力などの影響によるものと考えられる。
【0044】
パーソナルコンピュータを用いたデータベース検索では、ピーク位置と各ピークの強度とをデータベース中の標準物質と比較照合するため、ばらつきの考慮ができず、結果としてフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるか判定できない場合が生じることが分かった。
【0045】
ここで、
図10にDEHPの構造式を、
図11にDINPの構造式を示す(主骨格となる部分をそれぞれ丸で囲っている)。DEHPとDINPとは、メチレン基(CH
2)の数の違いがある。すなわち、DEHPのメチレン基は10個、DINPのメチレン基は12個である。これに対しメチル基(CH
3)は、DEHP、DINPで共に4個である。したがって、DEHPとDINPとはCH
2/CH
3比で区別できる可能性がある。
【0046】
赤外分光では、赤外光エネルギーを受け、結合が振動するとき、双極子モーメントが変化するとき結合起因の吸収が起こる(ピークが出る)。ただし、赤外吸収ピークの強度は結合数だけで決まるものではなく、結合が振動するとき、結合間の電荷の偏りが大きいと吸収強度が大きくなる。よって、結合数と電荷の偏りの両方の影響を受けるので、メチレン基とメチル基の数の比と強度比は必ずしも一致せず、実際は実験的にピーク強度比を求める必要がある。
【0047】
本発明者らは、赤外スペクトルを吸光度で表したときの、2956cm
−1のCH
3結合のピークと2925cm
−1のCH
2結合のピーク強度比CH
2/CH
3の値(CH
2/CH
3値)を求めた結果、フタル酸エステルの種類を判定することができることを見出した。ただし、ピーク強度関係が正しい飽和のないスペクトルを測定する必要がある。
【0048】
この判定方法について、以下に説明する。
得られたスペクトルを吸光度で表し、2000cm
−1より低波数のスペクトルからフタル酸エステルであることを判定する(ステップS2−5)。判定方法は、2000cm
−1より低波数のみ、パソコンでのデータベース検索を行うことで判定する。あるいは、
図7に示すように、1727cm
−1、1600cm
−1、1579cm
−1、1280cm
−1、1124cm
−1、1074cm
−1のピークがあること、より望ましくは、1727cm
−1、1600cm
−1、1579cm
−1、1280cm
−1、1124cm
−1、1074cm
−1のピークのおおよその大小関係なども加味したスペクトルパターンを確認することでフタル酸エステルであることを判定する。ここで、ピーク位置は測定分解能といった測定条件で想定されるずれの範囲で確認する。また、1280cm
−1のピークは測定条件によりたとえば
図4に示すように1286cm
−1と1272cm
−1のピークの集合と見える場合もあれば、分離が不明確な場合もあるので、ここでは1280cm
−1のピークと表現した。
【0049】
フタル酸エステルであることを確認後、2956cm
−1のCH
3結合のピーク高さと2927cm
−1のCH
2結合のピーク高さの比CH
2/CH
3の値を算出する。
図8に示すように、3125と2690cm
−1を結んだ直線をベースラインとし、2956cm
−1のピークと2927cm
−1のピークについて、それぞれベースラインからのピーク高さを計測する。次に2927cm
−1のピーク高さを2956cm
−1のピーク高さで割り算して、CH
2/CH
3値を求める(ステップS2−6)。
【0050】
可塑剤がDEHPあるいはDINPのどちらであるかが既知の樹脂試料を、ヘキサン、あるいはエタノールで室温に30分放置して抽出し、赤外分光測定したスペクトルから、ピーク高さ比CH
2/CH
3の値を算出した結果を
図9に示す。DEHPとDINPとは重ならない範囲が存在することが確認されたため、閾値Aで判定できることがわかる。閾値AはDINPのCH
2/CH
3値の最大値とDEHPのCH
2/CH
3値の最小値の間で設定すればよく、0.83〜0.9の間の値を取ることができる。よりよくはDEHPのCH
2/CH
3値の最小値である0.9が良い。
【0051】
電線を樹脂の試料とした測定結果では、2000cm
−1より低波数のスペクトルパターンから、フタル酸エステルであることが判定し、さらにCH
2/CH
3は0.96であったことから、フタル酸エステルはDEHPであることがスクリーニングできた(ステップS2−7)。
【0052】
なお、スペクトルのピーク位置は、例えば赤外測定を分解能4cm
−1で実施した場合、±2cm
−1のシフトは起こる。よって、これらのピークのピークトップ位置は記載の前後(すなわち、「付近」の範囲)の値を示す。
【0053】
また、2956cm
−1のピーク高さと2927cm
−1のピーク高さを求めるベースラインは、
図7を参考に、3080〜2800cm
−1のピークの付近でピークがなく、ベースラインのゆがみもない位置を結んで、ベースラインとすればよく、たとえば3200cm
−1と2700cm
−1とを結んだ直線とするなど、3125cm
−1と2690cm
−1を結んだ直線の限りではない。
【0054】
また、実施の形態4では、塩ビ(塩化ビニル)電線について説明したが、塩ビだけでなく、フタル酸エステルが含まれている樹脂、ゴム、接着剤、塗料、顔料にも適用が可能である。
【0055】
(実施の形態5)
図12は本発明の実施の形態5による、樹脂中のフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれかであるか判定する方法を説明する図である。
【0056】
抽出操作のばらつきや、測定精度のばらつきを考慮した閾値の設定方法を述べる。可塑剤がDEHPあるいはDINPのどちらであるかが既知の樹脂試料を、ヘキサン、あるいはエタノールで室温に30分放置して抽出し、赤外分光測定したスペクトルから、ピーク高さ比、CH
2/CH
3値を算出する。次にDEHP、DINPのCH
2/CH
3値のそれぞれについて平均値と標準偏差σを求める。ばらつきを考慮する方法として、CH
2/CH
3値の平均値と標準偏差σから閾値を決定する。求める判定精度を考慮し、平均値±σ、平均値±2σ、あるいは平均値±3σを求め、この範囲のCH
2/CH
3値になるか否かで、DEHPであるか、DINPであるかを判定する。
【0057】
図12のBの範囲はDBHPのCH
2/CH
3値の平均値±3σを示し、
図12のCの範囲はDINPのCH
2/CH
3値の平均値±3σを示している。
図12からCH
2/CH
3値が範囲Bと範囲Cのどちらになるかで、DEHPかDINPかをスクリーニングできることがわかる。
【0058】
閾値付近で、判断が難しい場合など、必要に応じてGC−MS、LC−MS法などの詳細分析を実施する。
【0059】
この方法によれば、ばらつきを考慮した閾値となっているため、DEHPとDINPの区別の精度が明確であること、さらにはフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるか、または、DEHP、DINP以外のフタル酸エステル類であるかの区別が可能となる。
【0060】
(実施の形態6)
図13は本発明の実施の形態6による、樹脂中のフタル酸エステルを分析する方法を説明するフローチャートである。
図13に示すフローチャートにおいて、ステップS3−1〜S3−5は、
図6に示したフローチャート(実施の形態4)でのステップS2−1〜S2−5と同様である。実施の形態6では、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかの判定に、フタル酸エステルの特徴ピーク、1074cm
−1付近のピーク高さを用いる点で実施の形態4や実施の形態5と異なるが、他の操作は同じである。
【0061】
すなわち、本発明の樹脂中のフタル酸エステルを分析する方法においては、実施の形態6のように、得られた赤外スペクトルの吸光度で、1074cm
−1付近のC−O結合のピークと、2925cm
−1付近のCH
2結合のピークとの強度比CH
2/C−Oの値と、2956cm
−1付近のCH
3結合のピークと2925cm
−1付近のCH
2結合のピークとの強度比CH
2/CH
3の値とで、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定するようにしてもよい。1074cm
−1付近のピーク(測定条件で想定されるずれの範囲、具体的には測定分解能4cm
−1であれば、1074cm
−1±2cm
−1の範囲)を用いることで、DEHPとDINPと他のフタル酸エステルとの分離精度が向上すること、ならびに、他の有機物が混入した場合などの分離が期待でき、判定精度の向上が図れる。ただし、分析対象物が汚れているときなど、混入物が想定される場合などは、GC−MSなどの他の詳細分析を実施する必要がある。
【0062】
ここで1074cm
−1のピークは、C−O結合として上述したが、ベンゼン環のC−H結合と帰属される場合もある。
【0063】
抽出物の赤外スペクトルで、2000cm
−1より低波数で、1725cm
−1、1600cm
−1、1580cm
−1、1280cm
−1、1124cm
−1、1074cm
−1のピークがあることから、フタル酸エステルであることを確認する。
【0064】
次にフタル酸エステルのC−Oピークである1074cm
−1付近のピーク高さと、2927cm
−1付近のCH
2結合のピーク高さとの比、ならびに、CH
2/C−Oの値を算出する(ステップS3−6)。
図14に示すように、1845〜885cm
−1を結んだ直線をベースラインとし、1074cm
−1付近のピークについて、ベースラインからのピーク高さを計測する。次に実施の形態4と同じように、2956cm
−1付近のCH
3結合のピーク高さと2927cm
−1付近のCH
2結合のピーク高さを計測する。
図15に示すように、3125〜2690cm
−1を結んだ直線をベースラインとし、2956cm
−1付近のピークと2927cm
−1付近のピークについて、それぞれベースラインからのピーク高さを計測する。次に2927cm
−1付近のピーク高さを1074cm
−1付近のピーク高さで割り算して、CH
2/C−O値を求める。
【0065】
可塑剤がDEHPあるいはDINPのどちらであるかが既知の樹脂試料を、ヘキサン、あるいはエタノールで室温に30分放置して抽出し、赤外分光測定したスペクトルから、ピーク高さ比、CH
2/C−O値を算出した結果を
図16に示す。DEHPとDINPとは閾範囲Dの範囲にCH
2/C−Oの値にあることがわかる。閾範囲DはDINPのCH
2/C−O値の最大値2.2とDEHPの値のCH
2/C−O値の最小値である1.6が良い。
【0066】
次にDEHPか、DINPかを判定する。実施の形態4あるいは、実施の形態5と同様にして、CH
2/CH
3値により、DEHPか、DINPかを判定する。このように判定にCH
2/C−O値を加えることにより、DEHPとDINPと他のフタル酸エステルとの分離精度が向上する。
【0067】
ここで、閾値Dの範囲の設定であるが、実施の形態5で説明したように、値のばらつきを考慮する方法でもよい。すなわちDEHPとDINPのそれぞれCH
2/C−O値の平均値と標準偏差σを算出し、DEHPの平均値−σ、DINPの平均値+σ、DEHPの平均値−2σ、DINPの平均値+2σ、あるいは求める精度によりDEHPの平均値−3σ、DINPの平均値+3σを閾範囲Dのそれぞれ下限と上限としてもよい。
【0068】
なお、1074cm
−1付近のピーク高さの計測するときのベースラインは、ピークがなく、フラットな位置であればよく、1845〜885cm
−1の前後、例えば2000〜810cm
−1でもよい。
【0069】
(実施の形態7)
図17は、本発明の実施の形態7による、フタル酸エステルの分析装置11を示す図である。本発明は、上述のように樹脂中の可塑剤をアルコールまたはアルカンで室温で抽出し、抽出物を赤外分光法で分析することにより、フタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるかを判定する、樹脂中のフタル酸エステルの分析装置であって、2000cm
−1より低波数のピーク位置、スペクトルパターン比較処理とピーク強度比計算(CH
2/CH
3、CH
2/C−O)とピーク比と閾値からフタル酸エステルがDEHP、DINPのいずれであるか判定し、画面表示する処理装置を備えるフタル酸エステルの分析装置についても提供する。このような本発明のフタル酸エステルの分析装置は、手持ちのフーリエ変換赤外分光分析装置(FT−IR)12に、測定方法に応じた測定アタッチメント13を選択し、赤外分光測定を実施できるようにする。さらに、
図17に示すように、FT−IR12において、赤外光源14から測定アタッチメント13を介して検出器15で検出された結果を、赤外吸光スペクトル計算部16で算出され、FT−IR12に接続されたパーソナルコンピュータ17で、判定の処理を行なうことができるように構成すればよい。具体的には、得られた赤外吸光スペクトルから、パーソナルコンピュータ17で、2000cm
−1より低波数のピーク位置、スペクトルパターン比較処理、ピーク強度比計算(CH
2/CH
3、CH
2/C−O)、ピーク比と閾値からDEHP、DINPのいずれであるか(あるいはそれ以外であるか)の判定を行って、画面表示するようにする。このようにすれば、パーソナルコンピュータ17で判定するので、判定までの自動化が可能である。本発明のフタル酸エステルの分析装置において、各構成要素は従来公知のものを適宜組み合わせて用いればよい。