【実施例】
【0086】
(1)シロスタゾールによる血管拍動駆動力の向上
中枢神経系における脳間質流においては、動脈の血管拍動による血管壁運動が駆動力となり、有害タンパクの排出を行っている(Mechanisms to explain the reverse perivascular transport of solutes out of the brain. J Theor Biol. 2006 Feb 21;238(4):962-74.)。血管拍動における動脈の拡張は、心臓の拍動によって動脈内の血液の圧力が上昇することから生じるが、動脈の拡張能が低下することにより、血管壁運動が減弱し、間質流も低下する。老齢マウスや脳アミロイド血管症の存在下では、脳動脈の血管弾性(しなやかさ)が著明に低下し、血管壁運動が減弱するため、有害タンパクの排出能が低下している(Perivascular drainage of solutes is impaired in the ageing mouse brain and in the presence of cerebral amyloid angiopathy. Acta Neuropathol. 2011 Apr;121(4):431-43. )。脳動脈の血管弾性の程度は、血中二酸化炭素濃度の変化に対する反応性を用いれば評価が可能である。すなわち、脳動脈の血管弾性が保たれ、血管拍動駆動力が維持されている脳動脈は、血中二酸化炭素濃度の上昇に対し血管径を十分に拡張する能力を有しおり、間質流を介した有害タンパクの排出能が保たれている一方、脳動脈の血管弾性が低下し血管拍動に伴う駆動力が低下している脳動脈は、血中二酸化炭素濃度の上昇に対しても、血管径を十分に拡張する能力を喪失しており、有害タンパクの排出能が障害されていると考えられている。そこで、有害タンパク蓄積モデル動物として、脳アミロイド血管症を中心とした病理変化を示すモデルマウス(Tg-SwDIマウス)(Davis et al, 2004年)を使用し、脳動脈の血中二酸化炭素濃度反応性に対するシロスタゾールの効果を検討した。
【0087】
1.5ヶ月齢の雄性のTg-SwDIマウスを16匹準備し、シロスタゾール含有餌投与群(n=9)と通常餌投与群(n=7)との2群に分類して、15ヶ月齢まで飼育した。シロスタゾール含有餌におけるシロスタゾール濃度は0.3wt%であった。なお、1.5ヶ月齢のTg-SwDIマウスは脳血管のAβが蓄積を始めた初期段階、すなわち脳アミロイド血管症の初期段階と考えられ、脳内の神経細胞の壊死はさほど進行していない段階と考えられる。
【0088】
飼育開始から15ヶ月において、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスに対して、1.5%イソフルレンの吸入麻酔下で、Tg-SwDIマウスを固定し、シロスタゾール含有餌投与群の5%CO
2を送気したTg-SwDIマウス及び通常餌投与群の5%CO
2を送気したTg-SwDIマウスにおいて脳血管径の相対的増加率を調べた。脳血管径の測定は、頭蓋骨を5 mm x 5 mm切除した観察窓を作成し、尾静脈からFITC-dextranを注入することで血管を可視化する方法によった。
【0089】
図3は、通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおける脳表血管像であり、そのうち(a)はCO
2を添加しない空気の送気群(AIR群)であり、(b)はCO
2を添加し最終濃度としてCO
2を5%含む空気の送気群(CO
2群)である。
図4は、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスにおける脳表血管像であり、そのうち(a)はAIR群であり、(b)はCO
2群である。
図3及び
図4において、スケールバーは50μmである。
図3及び
図4で矢印にて示されるように、AIR送気時においては通常餌投与群(
図3のa)およびシロスタゾール含有餌投与群(
図4のa)では脳動脈径には差を認めないものの(それぞれの動脈径は18.6±2.35μmおよび18.9±1.10μm [平均±標準誤差、以下同じ] 、p>0.10)、CO
2送気時においてシロスタゾール含有餌投与群(
図4のb)は、通常餌投与群(
図3のb)よりもCO
2吸入による脳表動脈血管の拡張が良好であることが明確に示された。統計学的な二酸化炭素濃度反応性に関する検討でも、シロスタゾールの投与によりCO
2送気に伴う脳動脈血管拡張能が有意に向上することが判明した(
図5)。
【0090】
図6は生後4ヶ月から12ヶ月にて、通常餌投与群のTg-SwDIマウスおよびシロスタゾール含有餌8ヶ月間投与群のTg-SwDIマウスにおける、CO
2送気による脳血管径の相対的増加を示す図である。前項のマウスと同様に、CO
2送気前は通常餌投与群のシロスタゾール含有餌投与群において、脳動脈径には差を認めないものの(それぞれの動脈径は20.0±2.78μmおよび 21.3±3.85μm、p>0.10)、CO
2送気による脳動脈血管拡張能(血管径の相対的増加率)がシロスタゾールの投与により統計学的に有意に向上することが判明した。
【0091】
これらの結果は、有害タンパクの排出系として重要な脳間質流の原動力である血管拍動駆動力が、シロスタゾールの投与により向上することを示している。
【0092】
(2)シロスタゾールによる有害タンパクの排出促進効果
シロスタゾールによる間質流改善効果を検証するため、シロスタゾールによる有害タンパク排出促進効果の検証を脳アミロイド血管症モデルを用いて行った。間質流による有害タンパクの排出は、特異的レセプターや抗原抗体反応を介した排出系と全く異なり、タンパクの種類や量を問わない普遍的な排出系であるため、本実施例においてのAβは、間質流が改善されて排出が促進される脳内有害タンパクの一例にすぎない。
【0093】
飼育開始から15ヶ月において、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス(n=4)及び通常餌投与群のTg-SwDIマウス(n=3)に対して、1.5%イソフルランの吸入麻酔下で、腹臥位にTg-SwDIマウスを固定し、頭皮の正中切開後、32Gのマイクロピペットを用いて、
図7に矢印にて示されるように、蛍光標識Aβ
1-40をTg-SwDIマウスの線条体(bregma前方0.98 mm、側方1.5 mm)に、定位脳手術的に30秒間で注入した。脳表面から線条体の注入部位までは深さ3.0mmであり、蛍光標識Aβ
1-40はAnaSpec(San Jose, CA, USA)から購入した。
【0094】
蛍光標識Aβ
1-40を注入してから30分後に脳を取り出し、0.01M リン酸緩衝液を用いて脱血処理を行い、ドライアイスを用いて瞬間凍結した脳ブロックをクリオスタットで20ミクロンにて薄切して注入部位の前後方向に冠状断にて連続切片を作成してプレパラートを作製し、プレパラートを蛍光顕微鏡で観察した。
【0095】
図8は、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、注入部位から2922μmの離れた軟髄膜血管の蓄積部位にある蛍光標識Aβ
1-40を示す図であり、
図9は、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、注入部位から3422μmの離れた軟髄膜血管の蓄積部位にある蛍光標識Aβ
1-40を示す図であり、
図10は、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、注入部位から3507μmの離れた軟髄膜血管の蓄積部位にある蛍光標識Aβ
1-40を示す図である。
図8〜
図10に矢印にて示されるように、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスでは、注入部位から移動したAβは軟髄膜血管の血管周囲腔に位置しており、血管周囲の間質液のドレイナージパスウェイを介してAβがクリアランスされていることが示された。
【0096】
図11は、飼育開始から15ヶ月にて、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、線条体の注入部位から軟髄膜血管の蓄積部位までの蛍光標識Aβ
1-40の平均移動距離を示す図である。
図12は、飼育開始から15ヶ月にて、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、線条体の注入部位から軟髄膜血管の蓄積部位までの蛍光標識Aβ
1-40の最大移動距離を示す図である。
図11及び
図12に示されるように、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスは、通常餌投与群のTg-SwDIマウスよりもAβのクリアランスが促進されており、これらの結果よりシロスタゾール投与により有害タンパクの排出が促進されていることが示された。
【0097】
(3)シロスタゾールによる有害タンパクの脳血管周囲リンパ排液路への沈着抑制効果
シロスタゾールによる間質流改善効果を検証するため、シロスタゾールによる脳血管周囲リンパ排液路における有害タンパク沈着抑制効果の検証を脳アミロイド血管症モデルを用いて行った。間質流による有害タンパクの排出は、特異的レセプターや抗原抗体反応を介した排出系と全く異なり、タンパクの種類や量を問わない普遍的な排出系であるため、本実施例においてのAβは、シロスタゾールにより間質流が改善され脳血管周囲リンパ排液路における沈着が抑制される脳内有害タンパクの一例にすぎない。
【0098】
飼育開始から15ヶ月において、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスの脳を4%パラホルムアルデヒドを用いて灌流固定し、取り出した脳を1日かけて脱水処理を行ってから、固定した脳組織のパラフィンブロックを作製し、パラフィンブロックをミクロトームで6ミクロンにて薄切してプレパラートを作製し、Aβに対する免疫組織化学法により、血管壁に沈着しているAβを顕微鏡観察した。画像解析ソフトウェアはImageJ (NIH)を用いた。組織切片の前頭葉及び海馬域内において無作為に5か所を選択し、200倍視野で写真をとった。測定したデータはt検定を用いて分析した。
【0099】
図13は、通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおける血管周囲Aβ沈着の写真図であり、そのうち(a)は前頭葉であり、(b)は海馬である。
図14は、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスにおける血管周囲Aβ沈着の写真図であり、そのうち(a)は前頭葉であり、(b)は海馬である。
図13及び
図14で矢印にて示されるように、前頭葉及び海馬の何れにおいても、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスは、通常餌投与群のTg-SwDIマウスよりも血管周囲に沈着しているAβが少なかった。
【0100】
図15は、飼育開始から12ヶ月にて、シロスタゾール含有餌8ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、血管周囲のAβの相対的減少を示す図である。
図16は、飼育開始から15ヶ月にて、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、血管周囲のAβの相対的減少を示す図である。
図15及び
図16に示されるように、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスは、通常餌投与群のTg-SwDIマウスよりも血管周囲のAβの沈着が抑制されており、これらの結果より間質流の流路である脳血管周囲における有害タンパクの沈着がシロスタゾール投与により抑制されることが示された。
【0101】
(4)MMSE値が22点以上26点以下である高齢者に対する臨床的治療効果
加齢に伴いタウタンパク、シヌクレインタンパク、アミロイドタンパクやユビキチン化タンパク等の神経機能の障害をもたらす有害タンパクが脳内に徐々に蓄積する。蓄積する有害タンパクの種類に関わらず、初期においては軽度の認知機能の障害が観察されるが、この時点では脳神経組織の不可逆的な神経細胞変性はまだ生じていないことが多く、有害タンパクの主要な排出経路の一つである間質流の活性化を行うことで、軽度の認知機能の障害を治療しうる可能性がある。本仮説を検証するために、MMSE値が22点以上26点以下であり、軽度の認知機能低下が疑われる患者におけるシロスタゾールの継続的な内服の認知機能に与える影響を評価した。
【0102】
1996年から2012年の間にシロスタゾールを投与された記録の存在する連続症例(合計3183症例)を対象としたサーベイを行い、下記の条件に合致する全症例を用いた検討を行った。なお、本検討では抗認知症薬の影響を除外するため、ドネペジル等の抗認知症薬を投与された患者は全て解析から除外した。
【0103】
〈選択条件〉
(i)認知機能の一般的検査であるmini mental state exam (MMSE)が2回以上実施され、その間隔が6か月以上である(3回以上実施した症例は、初回及び最終回の2回の検査結果を選択した)。
(ii)初回MMSE値が22点以上26点以下である。
(iii)MMSE観察期間のうち少なくとも半分以上の期間シロスタゾールを投薬した症例を、継続的な治療を実施した群(以下、治療群)として選択した。
(iv)MMSE観察期間のうちシロスタゾールの投薬が2ヵ月以下の症例を、継続的な治療を実施しなかった群(以下、非治療群)として選択した。
【0104】
〈解析項目〉
(i)各群におけるMMSE値の変化率(算出方法:[最終回MMSE値‐初回MMSE値]/MMSEの観察期間[年])。
(ii)各群におけるMMSE各検査項目の得点の変化率(算出方法:[最終回MMSE各検査項目の得点‐初回MMSE各検査項目の得点]/MMSEの観察期間[年])。
【0105】
なお、2群間の比較において、比率の差異はカイ2乗検定で、その他はt検定を用いて統計解析を行った。
【0106】
〈結果〉
3183症例中、MCI非治療群9症例、MCI治療群31症例が選択条件に合致した。各群の背景因子は、年齢(非治療群 81.3±2.2歳, 治療群 76.6±1.2歳, P=0.07) [平均±標準誤差、以下同じ]、初回時のMMSE値(非治療群 23.7±0.4, 治療群 23.7±0.2, P=0.87)、MMSEの観察期間(非治療群 773±144日, 治療群 645±74日, P=0.42)、男性の比率(非治療群56%, 治療群 35%, P=0.28)であり、非治療群と治療群では患者背景因子に有意な差を認めなかった。非治療群は、下痢や頭痛等の副作用によりシロスタゾールの継続的な治療を実施しなかった患者群であり、中枢神経系の臨床病態及び背景因子は初回MMSE検査時においては治療群と非治療群はほぼ等しいと考えられた。
【0107】
MMSE値の変化率に関しては、非治療群 −3.8±1.3 (/年), 治療群 0.4±0.7 (/年)であり、シロスタゾールを継続的に内服することにより、MCI患者において有意に認知機能が向上することが示された(
図17、P=0.007)。
【0108】
更に、MMSE値変化率の項目別解析で2群間に有意差を認めた項目は、第1項目の時間の見当識(非治療群 −0.87±0.30, 治療群 ‐0.13±0.16, P=0.03.
図18)、第5項目の遅延再生(非治療群 −0.66±0.24, 治療群 0.16±0.13, P=0.004.
図19)、第9項目の文章による指示(非治療群 −0.33±0.10, 治療群 0.01±0.06, P=0.008.
図20)、第11項目の視覚構成(非治療群 −0.38±0.15, 治療群 0.03±0.08, P=0.02.
図21)の4項目であった。第11項目の視覚構成障害はレビー小体型認知症へ移行しやすいことが知られているが、老年期のMCI患者においては程度の差はあるもののほとんどの症例でβアミロイドタンパクやαシヌクレイン等の有害なタンパクの脳内蓄積の関与が示唆されており、本実施例の結果は、シロスタゾールによる間質流改善の治療効果が、レビー小体型認知症の前段階を含むMCI患者に広く有効であることを示している。なお、上記図中の*は統計学的にP<0.05であり有意差が存在することを示す。
【0109】
(5)認知症患者に対する臨床的治療効果の不存在
認知症患者におけるシロスタゾールの治療効果の可能性を示す症例報告があるが(血管性危険因子を有する認知症に対するシロスタゾールの効果 至誠会第二病院 神経内科 2011年脳卒中学会総会ポスター発表)、これらは比較対象群が設定されていない報告であり、科学的有用性は極めて低く、参考にするに全く値しない。認知症患者では相当以上の不可逆的な神経変性が進行していると考えられており、間質流改善薬の作用機序から考慮すると、認知症患者においては間質流改善薬の十分な治療効果が存在しない可能性がある。そこで認知症患者におけるシロスタゾールの継続的な内服の認知機能に与える影響を評価するため、1996年から2012年の間にシロスタゾールを投与された記録の存在する連続症例(合計3183症例)を対象としたサーベイを行い、下記の条件に合致する全症例を用いた検討を行った。なお、本研究では抗認知症薬の影響を除外するため、ドネペジル等の抗認知症薬を投与された患者は全て解析から除外した。
【0110】
〈選択条件〉
(i)認知機能の一般的検査であるmini mental state exam (MMSE)が2回以上実施され、その間隔が6か月以上である(3回以上実施した症例は、初回及び最終回の2回の検査結果を選択した)。
(ii)初回MMSE値が21点以下である。
(iii)MMSE観察期間のうち少なくとも半分以上の期間シロスタゾールを投薬した症例を、継続的な治療を実施した群(以下、治療群)として選択した。
(iv)MMSE観察期間のうちシロスタゾールの投薬が2ヵ月以下の症例を、継続的な治療を実施しなかった群(以下、非治療群)として選択した。
【0111】
〈解析項目〉
(i)各群におけるMMSE値の変化率(算出方法:[最終回MMSE値‐初回MMSE値]/MMSEの観察期間[年])。なお、2群間の比較において比率の差異はカイ2乗検定で、その他はt検定を用いて統計解析を行った。
【0112】
〈結果〉
3183症例中、非アルツハイマー型認知症のシロスタゾール非治療群9症例、治療群19症例が選択条件に合致した。各群の背景因子は、年齢(非治療群 80.7±3.2歳, 治療群 78.5±2.2歳, P=0.57) [平均±標準誤差、以下同じ]、初回時のMMSE値(非治療群16.3±2.0, 治療群 15.0±1.3, P=0.58)、MMSEの観察期間(非治療群 821±125日, 治療群 565±86日, P=0.10)、男性の比率(非治療群 67%, 治療群 63%, P=0.86)であり、非治療群と治療群では患者背景因子に有意な差を認めなかった。非治療群は、下痢や頭痛等の副作用によりシロスタゾールの継続的な治療を実施しなかった患者群であり、中枢神経系の臨床病態及び背景因子は初回MMSE検査時においては治療群とほぼ等しいと考えられた。
【0113】
MMSE値の変化率に関しては、非治療群 −1.2±1.1 (/年), 治療群 0.5±0.7 (/年)でP値は0.21であった(
図22)。既報ではシロスタゾール投与により血管性危険因子を有する認知症での治療効果の可能性がある症例が報告されているが(血管性危険因子を有する認知症に対するシロスタゾールの効果 至誠会第二病院 神経内科 2011年脳卒中学会総会ポスター発表)、本研究ではシロスタゾール投与群と同様にシロスタゾール非投与群においてもMMSEが改善する症例が存在することが判明し、結局のところ認知症に対する統計学的に有意な治療効果は認められなかった。上述の実施例(4)の知見と総合して勘案すると、間質流改善薬であるシロスタゾールの治療ターゲットは既に認知症を発症している認知症患者ではなく、MMSEが22点以上で26点以下という軽度な認知機能の低下を示す高齢者群であることを我々は発見した。
【0114】
(6)アセチルコリン投与下におけるシロスタゾールの血管拍動力の向上
中枢神経系における脳間質流においては、動脈の血管拍動による血管壁運動が駆動力となり、有害タンパクの排出を行っている。血管拍動における動脈の拡張は、心臓の拍動によって動脈内の血液の圧力が上昇することから生じるが、動脈の拡張能が低下することにより、血管壁運動が減弱し、間質流も低下する。老齢マウスや脳アミロイド血管症の存在下では、脳動脈の血管弾性(しなやかさ)が著明に低下し、血管壁運動が減弱するため、有害タンパクの排出能が低下している。本研究ではアセチルコリン投与下におけるシロシタゾール投与の血管弾性能に対する影響を検討した。
【0115】
アセチルコリンには血管弾性能を向上させる生理作用があることは公知であるが、このアセチルコリンを脳表に投与した場合において、シロスタゾール含有餌投与モデルマウスと通常餌投与モデルマウスとの血管弾性能を比較した。
【0116】
上記の(1)シロスタゾールによる血管弾性能と同様に、脳アミロイド血管症を中心とした病理変化を示すモデルマウス(Tg-SwDIマウス)(Davis et al, 2004年)を使用した。4ヶ月齢の雄性のTg-SwDIマウスを16匹準備し、シロスタゾール含有餌投与群(n=9)と通常餌投与群(n=7)との2群に分類して、12ヶ月齢まで飼育した。シロスタゾール含有餌におけるシロスタゾール濃度は0.3wt%であった。各16匹のTg-SwDIマウスに対して、頭蓋骨を径2mm切除した観察窓を作成した後に硬膜を除去し、リンゲル液を灌流した後、アセチルコリン(100μM)を100 μL/分の速度で灌流した。脳血管をFITC-dextranを用いて可視化した上で、投与前と投与開始3分後の血管径の変化率を解析した。
【0117】
飼育開始から12ヶ月において、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスに対して、1.5%イソフルレンの吸入麻酔下で、Tg-SwDIマウスを固定し、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて脳血管径の相対的増加を調べた。脳血管径の測定は、頭蓋骨を5 mm x 5 mm切除した観察窓を作成し、尾静脈からFITC-dextranを注入することで血管を可視化する方法によった。
【0118】
図23は、飼育開始から12ヶ月にて、シロスタゾール含有餌8ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、脳血管径の相対的増加を示す図である。
【0119】
次に、1.5ヶ月齢の雄性のTg-SwDIマウスを16匹準備し、シロスタゾール含有餌投与群(n=9)と通常餌投与群(n=7)との2群に分類して、15ヶ月齢まで飼育し、その他は上記と同様にして血管弾性能を試験した。
図24は、飼育開始から15ヶ月にて、シロスタゾール含有餌13.5ヶ月間投与群のTg-SwDIマウス及び通常餌投与群のTg-SwDIマウスにおいて、脳血管径の相対的増加を示す図である。
【0120】
図23及び
図24に示されるように、アセチルコリンを脳表に投与した場合において、シロスタゾール含有餌投与群のTg-SwDIマウスは、通常餌投与群のTg-SwDIマウスよりも血管が拡張されていることがわかる。アセチルコリン単独投与の場合と比較して、シロスタゾールとアセチルコリンとを併用投与の場合は、格段に血管弾性能が高められていることが示唆された。
【0121】
(7)ドネペジル塩酸塩を内服しているMMSE値が22点以上26点以下である高齢者に対する臨床的治療効果
ドネペジル塩酸塩を内服しており、MMSE検査施行日の間に少なくとも1年以上の観察期間を有する、初回MMSEが26点以下の患者を診療録から拾い出した。その中で少なくとも観察期間内にシロスタゾールを連続して6ヶ月以上併用した記録のある患者をドネペジル塩酸塩・シロスタゾール併用群(69例)、シロスタゾール内服歴のない患者をドネペジル塩酸塩単独群(87例)とした。シロスタゾールは50〜200mg/日で朝夕内服したものであり、ドネペジル塩酸塩は5mg/日で一日1回服用であった。このうち、MCIの患者群としてMMSEが22点以上26点以下の患者を抽出したところ、ドネペジル塩酸塩単独群(以下、単独群)は36例(男性16名、女性20名;平均年齢78.4歳)、ドネペジル塩酸塩・シロスタゾール併用群(以下、併用群)は34例(男性15名、女性19名;平均年齢77.2歳)であった。併用群におけるシロスタゾールの平均投与量は、121mg/日であった。観察期間内の初回MMSEは、単独群24.0±1.3点(平均±標準誤差)、併用群24.2 ± 1.5点で2群間に差異を認めなかった(p=0.43)。観察期間は、単独群30.4 ± 2.1ヵ月、併用群28.6 ± 2.0ヵ月であり、差を認めなかった(p=0.52)。これら単独群36例と併用群34例を解析対象とし、観察期間内でのMMSEの変化率(各患者におけるMMSE点数の増減値/MMSEの観察期間[年])の検討を行った。MMSEの測定は観察期間内において少なくとも2回行い、そのうち初回及び最終回の2回の検査結果を選択して統計処理を行った。MMSE変化率は単独群-2.23 ± 0.69、併用群-0.45 ± 0.28であり、2群間で有意差を認めた(p=0.022)(
図25)。本結果は、ドネペジル塩酸塩内服下にあるMCI患者では、シロスタゾールの追加内服でMMSEの年間低下率を約80%抑制したことを示している。更に、MMSEの下位項目別解析で2群間に有意差を認めた項目の変化率(各項目の増減値/MMSEの観察期間[年])は、第1項目の時間の見当識(単独群-0.85 vs. 併用群-0.16; p=0.003)(
図26)、第2項目の場所の見当識(単独群-0.31 vs. 併用群+0.09; p=0.017)(
図27)、第5項目の遅延再生(単独群-0.28 vs. 併用群+0.05; p=0.045)(
図28)の3項目であった。初回MMSE施行時には、第1項目(単独群3.9±0.2 vs. 併用群4.1±0.2; p=0.74)、第2項目(単独群4.4±0.1 vs. 併用群4.3±0.17; p=0.1)、第5項目(単独群2.1±0.2 vs. 併用群1.9±0.2; p=0.28)ともに、2群間で有意差を認めておらず、シロスタゾールが見当識や遅延再生の悪化を防ぐことを示していた。以上のことから、前項(7)に示したモデル動物の結果からも類推されるように、シロスタゾールとドネペジル塩酸塩の併用がMCIにおいて有効であることが臨床的に示された。
【0122】
(8)ドネペジル塩酸塩を内服している認知症患者に対する臨床的治療効果の不存在
ドネペジル塩酸塩を内服している認知症患者におけるシロスタゾールの治療効果の可能性を示す症例報告があるが(特表2010-527993号公報 大塚製薬株式会社)、これらは比較対象群が設定されていない報告であり、科学的有用性は極めて低く、参考にするに全く値しない。
【0123】
ドネペジル塩酸塩を内服している認知症の患者群としてMMSEが21点以下の患者を抽出したところ、ドネペジル塩酸塩単独群(単独群)は51例(男性17名、女性34名;平均年齢78.2歳)、ドネペジル塩酸塩・シロスタゾール併用群(併用群)は35例(男性14名、女性21名;平均年齢79.3歳)であった。併用群におけるシロスタゾールの平均投与量は、139 mg/日であった。観察期間内の初回MMSEは、単独群16.5±0.68点(平均±標準誤差)、併用群15.9 ± 0.72点で2群間に差異を認めなかった(p=0.51)。観察期間は、単独群30.2 ± 1.7ヵ月、併用群25.8 ± 1.7ヵ月であり、有意差を認めなかった(p=0.08)。これら単独群51例と併用群35例を解析対象とし、観察期間内でのMMSEの変化率(各患者におけるMMSE点数の増減値/MMSEの観察期間[年])の検討を行った。MMSEの測定は観察期間内において少なくとも2回行い、そのうち初回及び最終回の2回の検査結果を選択して統計処理を行った。MMSE変化率は単独群-0.90 ± 0.37、併用群-0.69 ± 0.47であり、2群間で有意差を認めなかった(p=0.72)(
図29)。MMSEの下位項目に関しても、第1項目の時間の見当識(単独群-0.16 vs. 併用群-0.13; p=0.89)(
図30)、第2項目の場所の見当識(単独群-0.13 vs. 併用群+0.09; p=0.86)(
図31)、第5項目の遅延再生(単独群-0.15 vs. 併用群-0.02; p=0.37)(
図32)を含め、どの項目においても有意な差を認めなかった。以上のことから、シロスタゾールの認知症における有効性は示されなかった。上述の実施例の「(7)ドネペジル塩酸塩を内服しているMCI患者に対する臨床的治療効果」の知見と総合して勘案すると、ドネペジル塩酸併用群においても間質流改善薬であるシロスタゾールの治療ターゲットは既に認知症を発症している認知症患者ではなく、MMSEが22点以上で26点以下という軽度な認知機能の低下を示す高齢者群であることを我々は発見した。