【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題を説明する前に、光学部について説明を加える。なお、以降においてはマルチフォーカルコンタクトレンズ(多焦点レンズ。単にレンズとも称する。)であってレンズの中央に近用度数を備えた近用部を配し、その外縁に対し、遠用度数を備えた遠用部を環状に配する多焦点レンズをあくまで一例として例示する。
【0005】
まず、従来の多焦点レンズを平面視した概略図(レンズの前面(凸面)を上にしてレンズを水平台に載置した際に光軸方向において天地の天の方向から地の方向を見たときの上面図。平面視については以降同様。)が
図1である。なお、平面視した際のレンズ上の距離のことを平面視距離と称する。符号1は近用部、符号2は遠用部、符号3は光学部、符号4は周辺部、符号5はマルチフォーカルコンタクトレンズを指す。以降、符号は省略する。
図1に示すように、レンズの光学中心Oを同心として中央に近用部、その外縁に環状の遠用部を配する。本例では光学中心Oを幾何中心と一致させる。こうして近用部および遠用部を有する光学部が構成される。そして光学部のさらに外縁に環状の周辺部を有する。周辺部はレンズを角膜上に載置した際に瞼の裏に入り込みやすいフランジ形状を有するのが通常である。つまり光学部と周辺部により本例のレンズは構成される。ただし、光学部と周辺部とは各々が上記の機能を奏するために区別されているのであって、光学部と周辺部との間に段差等のように目視で確認可能な明確な境目があるわけではない。
【0006】
本来ならば、X−X’方向(すなわち径方向)の端Fから端F’まで見た時の度数をプロットしたときに、近用部(N−N’の領域)だと近用度数が確保され、遠用部(F−Nの領域およびN’−F’の領域)だと遠用度数が確保されるべきである。
【0007】
ところが実際のレンズだと必ずしもそのような度数プロットとはならない。それを示すのが
図2である。
図2は、従来のマルチフォーカルコンタクトレンズの光学部をX−X’方向の端Fから端F’まで見た時の度数をプロットした図である。横軸は、レンズを平面視した際のX−X’における光学中心Oからの距離を示す。縦軸は、レンズの度数(単位:ディオプター[D])を示し、上方に向かえば度数が増加し、下方に向かえば度数が減少する。ここで言う度数とはレンズの両面の形状(曲率)の差によりもたらされる度数のことを指す。
【0008】
図2に示すように、実際のレンズだと、光学中心Oから周辺に向かう方向(X方向。以降、方向について特記ない場合はこの方向とする。)で度数変化を見たときに、はじめは緩やかに度数が減少し、その後で急激に度数が減少し、再び度数の減少が緩やかとなり、最終的には遠用度数へと至る。
【0009】
ここで挙げたマルチフォーカルコンタクトレンズ(多焦点レンズ)という一例だと度数が変化する部分を備える必要がある。この事情を鑑みると、X方向で見たときの度数の減少の様子は
図2(あるいは特許文献1の[
図1][
図2])のようにせざるを得ない。だからこそ従来のレンズにおいては、度数が変化する部分を遷移部や中間部(特許文献2の[
図12]の符号104)として位置付けているものもある。そうなると、
図2の斜線部分(すなわち度数を減少させ始めた部分)においてどうしても近用度数を確保することができない。つまり、本来ならば近方視しなければならない部分において十分に近方視できないということが生じ得る。
【0010】
この事態を防ぐためには、
図3に示すように、X方向およびX’方向で見た時に
図2よりも度数を減少させる位置を光学中心Oから遠ざけることが挙げられる。こうすればあらかじめ設定した近用部(N−N’の領域)において近用度数を確保することができる。
【0011】
ただ、上記の手法を採用すると、
図3に示すように、今度は近用部の外縁に配する遠用部が狭くなってしまう。また、結局のところ
図3の斜線部分(すなわち度数を減少させ始めた部分)においてどうしても近用度数を確保することができない。
【0012】
マルチフォーカルコンタクトレンズの光学部においては、瞳孔に対してバランスよく遠用部と近用部を配置させることは非常に重要である。そして、遠用部と近用部の広さのバランスを良好に保つことは、マルチフォーカルコンタクトレンズのみに係るものではなく、その他のコンタクトレンズ、あるいは眼内レンズを含めた眼用レンズについても重要である。
【0013】
本発明の課題は、光学部の中央に近用部が配された場合、近用部において近用度数を十分に確保しつつも近用部とその外縁に設けられた遠用部とのバランスを良好に保ち、光学部の中央に遠用部が配された場合、遠用部において遠用度数を十分に確保しつつも遠用部とその外縁に設けられた近用部とのバランスを良好に保つことである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決すべく本発明者らは鋭意検討を加えた。この課題を解決するための糸口は、
図2の斜線部分をなくすことであると本発明者らは考えた。
図2の斜線部分が生じる理由は、X方向に見たときに度数の減少を近用部内にて既に開始しなければならないことにある。そこで本発明者らは、近用部内にて度数の減少を開始する前に度数を近用度数よりも増加させておけば、
図4(b)に示すように、近用部内にて度数の減少を開始したとしても近用部の端Nにて近用度数を確保可能とする手法を知見した。なお、本例のように中央に近用部が配される場合は近用度数を強め(より近くが見える方向すなわちプラス方向に強める。例:5.00D→5.10D)てその後に遠用度数へと度数を減少させればよいし、逆に、中央に遠用部が配される場合は、例えば後述の
図9(b)に示すように、遠用度数を強め(より遠くが見える方向すなわちマイナス方向に強める。例:0.00D→−0.10D)てその後に近用度数へと度数を増加させればよい。
以上の知見を得た結果、以降に記載された本発明の構成を採用するに至った。なお、以下に示す好適な各態様は適宜組み合わせ可能である。
【0015】
本発明の第1の態様は、
近方距離を見るための近用度数を備えた近用部と、近方距離よりも遠くの距離を見るための遠用度数を備えた遠用部とを有し、前記近用部または前記遠用部が中央に配され、中央に配されなかったものがその外縁に環状に配された光学部を備えた眼用レンズであって、
前記光学部の中央に配された前記近用部または前記遠用部において、中央から周辺に向かうX方向で見た時に度数を強めた後に弱めた部分Aを有し且つX方向とは正反対の方向であって中央から周辺に向かうX’方向で見た時にも度数を強めた後に弱めた部分A’を有する、眼用レンズである。
【0016】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明であって、
前記光学部においては前記近用部が中央に配され、
前記部分Aおよび前記部分A’においては前記近用度数よりも近用へと度数を強めた後に遠用度数に至るまで度数を弱めた形状を有する。
【0017】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極大となる箇所は1か所のみであり、且つ、前記部分A’においても度数が極大となる箇所は1か所のみである。
【0018】
本発明の第4の態様は、第2または第3の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極大となる箇所と、前記部分A’において度数が極大となる箇所との間の平面視距離は1.0〜2.8mmである。
【0019】
本発明の第5の態様は、第2〜第4のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおける度数の極大値と前記近用度数との差は0.05〜0.25Dであり、且つ、前記部分A’における度数の極大値と前記近用度数との差も0.05〜0.25Dである。
【0020】
本発明の第6の態様は、第1の態様に記載の発明であって、
前記光学部においては前記遠用部が中央に配され、
前記部分Aおよび前記部分A’においては前記遠用度数よりも遠用へと度数を強めた後に近用度数に至るまで度数を弱めた形状を有する。
【0021】
本発明の第7の態様は、第6の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極小となる箇所は1か所のみであり、且つ、前記部分A’においても度数が極小となる箇所は1か所のみである。
【0022】
本発明の第8の態様は、第6または第7の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極小となる箇所と、前記部分A’において度数が極小となる箇所との間の平面視距離は1.0〜2.8mmである。
【0023】
本発明の第9の態様は、第6〜第8のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおける度数の極小値と前記遠用度数との差は0.05〜0.25Dであり、且つ、前記部分A’における度数の極小値と前記遠用度数との差も0.05〜0.25Dである。
【0024】
本発明の第10の態様は、第1〜第9のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記眼用レンズはコンタクトレンズ(ソフトコンタクトレンズまたはハードコンタクトレンズ。好ましくはソフトコンタクトレンズ。)である。
【0025】
本発明の第11の態様は、第1〜第9のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記眼用レンズは眼内レンズである。
【0026】
本発明の第12の態様は、
近方距離を見るための近用度数を備えた近用部と、近方距離よりも遠くの距離を見るための遠用度数を備えた遠用部とを有し、前記近用部または前記遠用部が中央に配され、中央に配されなかったものがその外縁に環状に配された光学部を備えた眼用レンズの設計方法であって、
前記光学部の中央に配された前記近用部または前記遠用部において、中央から周辺に向かうX方向で見た時に度数を強めた後に弱めた部分Aを有し且つX方向とは正反対の方向であって中央から周辺に向かうX’方向で見た時にも度数を強めた後に弱めた部分A’を有するように眼用レンズを設計する、眼用レンズの設計方法である。
【0027】
本発明の第13の態様は、第12の態様に記載の発明であって、
前記光学部においては前記近用部を中央に配し、
前記部分Aおよび前記部分A’においては前記近用度数よりも近用へと度数を強めた後に遠用度数に至るまで度数を弱めるように眼用レンズを設計する。
【0028】
本発明の第14の態様は、第13の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極大となる箇所は1か所のみとし、且つ、前記部分A’においても度数が極大となる箇所は1か所のみとする。
【0029】
本発明の第15の態様は、第13または第14の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極大となる箇所と、前記部分A’において度数が極大となる箇所との間の平面視距離を1.0〜2.8mmとする。
【0030】
本発明の第16の態様は、第13〜第15のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおける度数の極大値と前記近用度数との差を0.05〜0.25Dとし、且つ、前記部分A’における度数の極大値と前記近用度数との差も0.05〜0.25Dとする。
【0031】
本発明の第17の態様は、第12の態様に記載の発明であって、
前記光学部においては前記遠用部を中央に配し、
前記部分Aおよび前記部分A’においては前記遠用度数よりも遠用へと度数を強めた後に近用度数に至るまで度数を弱めるように眼用レンズを設計する。
【0032】
本発明の第18の態様は、第17の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極小となる箇所を1か所のみとし、且つ、前記部分A’においても度数が極小となる箇所を1か所のみとする。
【0033】
本発明の第19の態様は、第17または第18の態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおいて度数が極小となる箇所と、前記部分A’において度数が極小となる箇所との間の平面視距離を1.0〜2.8mmとする。
【0034】
本発明の第20の態様は、第17〜第19のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記部分Aにおける度数の極小値と前記遠用度数との差を0.05〜0.25Dとし、且つ、前記部分A’における度数の極小値と前記遠用度数との差も0.05〜0.25Dとする。
【0035】
本発明の第21の態様は、第12〜第20のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記眼用レンズはコンタクトレンズ(ソフトコンタクトレンズまたはハードコンタクトレンズ。好ましくはソフトコンタクトレンズ。)である。
【0036】
本発明の第22の態様は、第12〜第20のいずれかの態様に記載の発明であって、
前記眼用レンズは眼内レンズである。
【0037】
本発明の第23の態様は、第12〜第22のいずれかに記載の眼用レンズの設計方法によって眼用レンズを設計する設計工程と、
設計された眼用レンズを加工装置により製造する加工工程と、
を有する、眼用レンズの製造方法である。
【0038】
また、上記の眼用レンズを複数備える眼用レンズセットの態様を挙げると以下のとおりである。なお、以下の態様に対し、先に挙げた好適な態様を適宜組み合わせたものも本発明の態様である。
【0039】
本発明の第24の態様は、
近方距離を見るための近用度数を備えた近用部と、近方距離よりも遠くの距離を見るための遠用度数を備えた遠用部とを有し、前記近用部または前記遠用部が中央に配され、中央に配されなかったものがその外縁に環状に配された光学部を備えた眼用レンズを複数備える眼用レンズセットであって、
前記光学部の中央に配された前記近用部または前記遠用部において、中央から周辺に向かうX方向で見た時に度数を強めた後に弱めた部分Aを有し且つX方向とは正反対の方向であって中央から周辺に向かうX’方向で見た時にも度数を強めた後に弱めた部分A’を有する眼用レンズを複数備える、眼用レンズセットである。
【0040】
また、上記の態様に組み合わせ可能な他の態様を列挙すると以下のとおりである。
【0041】
本発明の第25の態様は、上記の各態様において、
前記光学部においては前記近用部が中央に配され、
前記部分Aおよび前記部分A’とは、近用部内において度数が増加した後に近用度数以下へと減少し(好ましくは度数が減少し続け)た後、遠用度数に至るまで度数が減少す(好ましくは度数が減少し続け)る部分である。
【0042】
本発明の第26の態様は、第25の態様において、
度数プロットで見たときに上に凸部分が2か所(すなわち凹部分が1か所)存在するのが好ましい。
【0043】
本発明の第27の態様は、第25または第26の態様において、
上記の平面視距離は1.0〜2.8mmであるのが好ましく、下限は、より好ましくは1.2mm、さらに好ましくは1.4mm、非常に好ましくは1.6mmであり、上限は、より好ましくは2.6mm、さらに好ましくは2.4mmである。
【0044】
本発明の第28の態様は、第25〜第27のいずれかの態様において、
部分Aにおける度数の極大値と近用度数との差は0.05〜0.25Dであり、且つ、部分A’における度数の極大値と近用度数との差も0.05〜0.25Dであるのが好ましい。各々の下限は、より好ましくは0.10D、さらに好ましくは0.12D、非常に好ましくは0.15Dであり、上限は、より好ましくは0.20Dである。
【0045】
本発明の第29の態様は、第25〜第28のいずれかの態様において、
レンズに対して直線X−X’を光学中心Oを中心に0から180°まで回転させたときに、部分Aおよび部分A’において近用度数よりも近用へと度数を強めた後に遠用度数に至るまで度数を弱めた形状を有する部分が光学部の50面積%以上であるのが好ましく、80面積%以上がより好ましく、90面積%以上がさらに好ましい。
【0046】
本発明の第30の態様は、上記の各態様において、
前記光学部においては前記遠用部が中央に配され、
前記部分Aおよび前記部分A’とは、遠用部内において度数が減少した後に遠用度数以上へと増加し(好ましくは増加し続け)た後、近用度数に至るまで度数が増加す(好ましくは度数が増加し続け)る部分である。
【0047】
本発明の第31の態様は、第30の態様において、
度数プロットで見たときに凹部分が2か所(すなわち上に凸部分が1か所)存在するのが好ましい。
【0048】
本発明の第32の態様は、第30または第31の態様において、
上記の平面視距離は1.0〜2.8mmであるのが好ましく、下限は、より好ましくは1.2mm、さらに好ましくは1.4mm、非常に好ましくは1.6mmであり、上限は、より好ましくは2.6mm、さらに好ましくは2.4mmである。
【0049】
本発明の第33の態様は、第30〜第32のいずれかの態様において、
部分Aにおける度数の極小値と遠用度数との差は0.05〜0.25Dであり、且つ、部分A’における度数の極小値と遠用度数との差も0.05〜0.25Dであるのが好ましい。各々の下限は、より好ましくは0.10D、さらに好ましくは0.12D、非常に好ましくは0.15Dであり、上限は、より好ましくは0.20Dである。
【0050】
本発明の第34の態様は、第30〜第33のいずれかの態様において、
レンズに対して直線X−X’を光学中心Oを中心に0から180°まで回転させたときに、部分Aおよび部分A’において遠用度数よりも遠用へと度数を強めた後に近用度数に至るまで度数を弱めた形状を有する部分が光学部の50面積%以上であるのが好ましく、80面積%以上がより好ましく、90面積%以上がさらに好ましい。
【0051】
本発明の第35の態様は、上記の各態様において、
前記眼用レンズは眼内レンズであり、
前記眼用レンズは、前記光学部を有するレンズ本体と、前記レンズ本体から延在する支持部とを備える。
前記支持部は、例えば、レンズ本体から腕状に延在する2本の支持部である。
【0052】
本発明の第36の態様は、
近方距離を見るための近用度数を備えた近用部と、近方距離よりも遠くの距離を見るための遠用度数を備えた遠用部とを有し、前記近用部または前記遠用部が中央に配され、中央に配されなかったものがその外縁に環状に配された光学部を備えた眼用レンズであって、
前記光学部の中央に配された前記近用部または前記遠用部において、中央から周辺に向かうX方向で見た時に度数を強めた後に弱めた部分Aを有し且つX方向とは正反対の方向であって中央から周辺に向かうX’方向で見た時には度数の変曲点が存在する、眼用レンズまたはその設計方法、製造方法である。