(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術では、食道内にバルーンを留置しなければならないため、被検者に大きな負担をかけざるを得ない。
【0005】
また、上記従来技術の他に、肺動脈カテーテル法や、超音波ドップラー心エコー法などが知られているが、それぞれに課題がある。
【0006】
例えば、肺動脈カテーテル法では、カテーテルを頸静脈から右心房を経て肺動脈まで挿入する。そして、カテーテル
に設けられたバルーンを肺動脈に楔入して一時的に血流を遮断し、その間にカテーテルの先端に作用した静圧力を計測する。計測された静圧力すなわち肺動脈楔入圧(pulmonary capillary wedge pressure:PCWP)が左心房圧(LAP)の代用とされる。計測精度は高いとされるが極めて侵襲的である。また、カテーテルを適切な位置に挿入するにはオペレーターの高い熟練が要求される。
【0007】
また、超音波ドップラー心エコー法では、経胸壁超音波ドップラー心エコーにより、僧帽弁口血流波形の拡張早期波高(E)と、僧帽弁輪運動速度波形の拡張早期波高(e’)との比(E/e’)を用いて左心房圧(LAP)を推定する。しかし、最近の研究では様々な心疾患においてE/e’が必ずしも肺動脈楔入圧(PCWP)に相関があるとは言えない場合があることが分かってきた。
【0008】
本発明は、こうした背景のもとに考案されたものであり、新たな左心房圧(LAP)の計測技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以上の課題を解決するための第1の発明は、右心室の運動能力を示す第1の指標値を計測することと、左心室の運動能力を示す第2の指標値を計測することと、前記第1の指標値および第2の指標値と、測定或いは推定された右心房圧とを用いて、左心房圧を推定することと、を含む左心房圧計測方法である。
【0010】
また、第1の発明に係る別形態として、右心室の運動能力を示す第1の指標値と、左心室の運動能力を示す第2の指標値とを計測する計測部と、前記第1の指標値および第2の指標値と、測定或いは推定された右心房圧とを用いて、左心房圧を推定する推定部と、を備えた左心房圧計測装置を構成することができる。
【0011】
第2の発明は、前記推定することは、前記第1の指標値および前記第2の指標値の相対比率を求めることと、前記相対比率と前記右心房圧とを用いて、前記左心房圧を推定することと、を含む、第1の発明の左心房圧計測方法である。
【0012】
第1及び第2の発明によれば、右心房圧と、右心室の運動能力を示す第1の指標値と、左心室の運動能力を示す第2の指標値とから左心房圧を推定することができる。
【0013】
第3の発明は、前記第1の指標値を計測することは、三尖弁輪の速度を計測して前記第1の指標値を求めることを含み、前記第2の指標値を計測することは、僧帽弁輪の速度を計測して前記第2の指標値を求めることを含む、第1又は第2の発明の左心房圧計測方法である。
【0014】
第4の発明は、前記第1の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う三尖弁輪の速度を計測し、収縮期の計測値の最大値又は平均値を前記第1の指標値とすることを含み、前記第2の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う僧帽弁輪の速度を計測し、収縮期の計測値の最大値又は平均値を前記第2の指標値とすることを含む、第3の発明の左心房圧計測方法である。
【0015】
第5の発明は、前記第1の指標値を計測することは、三尖弁輪の加速度を計測して前記第1の指標値を求めることを含み、前記第2の指標値を計測することは、僧帽弁輪の加速度を計測して前記第2の指標値を求めることを含む、第1又は第2の発明の左心房圧計測方法である。
【0016】
第6の発明は、前記第1の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う三尖弁輪の加速度を計測し、収縮期の計測値の最大値又は平均値を前記第1の指標値とすることを含み、前記第2の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う僧帽弁輪の加速度を計測し、収縮期の計測値の最大値又は平均値を前記第2の指標値とすることを含む、第5の発明の左心房圧計測方法である。
【0017】
第3〜第6の発明によれば、三尖弁輪及び僧帽弁輪の速度や加速度は、超音波ドップラー心エコー技術を用いることで計測が可能である。よって、低侵襲に左心房圧を計測できる。
【0018】
第7の発明は、前記第1の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う三尖弁輪の位置変化を連続的に計測することで前記第1の指標値を連続的に計測することを含み、前記第2の指標値を計測することは、超音波を用いて拍動に伴う僧帽弁輪の位置変化を連続的に計測することで前記第2の指標値を連続的に計測することを含み、前記左心房圧を推定することは、前記第1の指標値及び前記第2の指標値を用いて、前記左心房圧を連続的に推定することを含む、第3〜第6の何れかの発明の左心房圧計測方法である。
【0019】
第8の発明は、前記三尖弁輪の位置変化の計測、及び、前記僧帽弁輪の位置変化の計測を、皮膚面に貼付した超音波センサー部を用いて行うことを含む、第7の発明の左心房圧計測方法である。
【0020】
第7及び第8の発明によれば、三尖弁輪及び僧帽弁輪の位置変化は、超音波ドップラー心エコー技術を用いることで計測が可能である。よって、低侵襲に左心房圧を計測できる。
【0021】
第9の発明は、頸静脈圧又は末梢静脈圧を計測することと、前記計測した頸静脈圧又は末梢静脈圧から前記右心房圧を推定することと、を更に含む第1〜第8の何れかの発明に記載の左心房圧計測方法である。
【0022】
公知技術により、
頸静脈圧又は末梢静脈圧の計測は非侵襲に計測できる。
よって、第9の発明によれば第1〜第8の何れかと同様の効果が得られるのは勿論のこと、右心房圧を非侵襲に計測できる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
先ず、本実施形態における左心房圧の推定原理について説明する。
図1は、心臓の構造を示す概略図である。血液は心臓から送出され、全身或いは肺を巡って心臓に戻る循環サイクルをとる。このため、右心室2から流れ出る血流量F2と、左心室4から流れ出る血流量F4とは同量と考えられる。そして、左心房圧(LAP)は左心室4への血液充満圧になり、右心房圧(right atrial pressure:RAP)は右心室2への血液充満圧になる。然るに、心房圧が増えれば心室から流れ出す血流量は増えることになる。
【0025】
ここで、心室機能の良し悪しと心房圧との関係に着目すると、機能が良好な心室は所定の血流量を低い心房圧で送り出すことができるが、機能が低下した心室は所定の血流量を送り出すために高い心房圧が必要になる。従って、左右が同じ心拍出量と仮定すると、右心室機能が左心室機能に対して相対的に高い(良好)ならば、右心房圧は左心房圧より低くなる(=左心房圧は右心房圧よりも高くなる)はずである。逆に、右心室機能が左心室機能に対して相対的に低いならば、右心房圧は左心房圧より高くなる(=左心房圧は右心房圧より低くなる)はずである。
【0026】
一方、三尖弁6の付け根に当たる部位である三尖弁輪8の速度(心尖部側へ近接/離間する方向に沿った速度)の収縮期の最大値、すなわち収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)は、右心室機能と強く相関することが知られている([参考文献]International Journal of Cardiology 2011;151:58-62)。そのため、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)は右心室の運動能力を表わす指標値(第1指標値)として用いることができる。
また、僧帽弁7の付け根に当たる部位である僧帽弁輪9の速度(心尖部側へ近接/離間する方向に沿った速度)の収縮期の最大値、すなわち収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)は左心室機能と強く相関することが知られている([参考文献]American Journal of Cardiology 1996;77:979-984)。そのため、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)は、左心室の運動能力を表わす指標値(第2指標値)として用いることができる。
【0027】
従って、左右の心室の機能の強弱関係は、「第1指標/第2指標」すなわち「S
T/S
M」で表わすことが可能で有り、右心房圧と「S
T/S
M」とが分かれば左心房圧を良好に推定することができることになる。
【0028】
当該原理を左心房圧・右心房圧・「S
T/S
M」間に存在する生理学的関係に基づいて求めると次のように記述できる。
すなわち、前述のように収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)は、右心室機能である例えば駆出率(EF:Ejection Fraction=1回拍出量/心室拡張末期容積)と線形相関する。また、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)は左心室機能である例えば駆出率(EF)と線形相関する。従って、それぞれ式(A)、式(B)と記述できる。
S
T=α
R・右心室1回拍出量/右心室拡張末期容積 ・・・式(A)
S
M=α
L・左心室1回拍出量/左心室拡張末期容積 ・・・式(B)
(但し、α
R、α
Lは比例定数)
【0029】
平衡状態では左心室と右心室の1回拍出量は同じなので、式(A)、式(B)から式(C)と記述できる。
左心室拡張末期容積=α
L/R・(S
T/S
M)・右心室拡張末期容積 ・・・式(C)
(但し、α
L/Rは、α
L/α
Rの比例定数)
【0030】
ここで、左右の心室の拡張容積と拡張期圧の関係は、式(D)及び式(E)に近似できることが知られている([参考文献]American Journal of Physiology 2006;291:H403-412)。
右心室拡張末期圧=A
R・右心室拡張末期容積
BR ・・・式(D)
左心室拡張末期圧=A
L・左心室拡張末期容積
BL ・・・式(E)
(但し、A
R、A
L、BR、BLは定数で、BR、BLはべき乗の指数(べき数)である。)
【0031】
また、右心室拡張末期圧及び右心室拡張末期圧については、それぞれ式(F)、式(G)と記述できる。
右心室拡張末期圧≒右心房圧 ・・・式(F)
左心室拡張末期圧≒左心房圧 ・・・式(G)
【0032】
よって、式(C)〜式(G)を統合すると、左心房圧は右心房圧と「S
T/S
M」に対して次式(H)が導かれる。
ln(左心房圧)=C1・ln(右心房圧)+C2・ln(S
T/S
M)+C3
・・・式(H)
【0033】
式(H)のC1、C2、C3は、α
L/R、A
R、A
L、BR、BLから求められる定数であって、本実施形態では後述する予備実験の結果から回帰的に求めた値を用いる。
【0034】
そして、式(H)を解くと式(J)が導かれる。
左心房圧=EXP[C1・ln(右心房圧)+C2・ln(S
T/S
M)+C3]
・・・式(J)
【0035】
よって、右心房圧・収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)・収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)の3つを計測すれば、それらの値に基づいて上記式(J)から左心房圧を良好に推定することができる。
【0036】
〔第1実施形態〕
次に、本発明を適用した第1実施形態について説明する。
図2は、本実施形態における左心房圧計測装置800のシステム構成例を示す図である。本実施形態の左心房圧計測装置800は、
(1)頸静脈圧計測装置810と、
(2)経胸壁心エコー装置820と、
(3)心電図装置830と、
(4)左心房圧を推定算出して時系列に記憶する処理装置840と、を備えた、一種のコンピューターシステムである。
【0037】
本実施形態の頸静脈圧計測装置810は、頸静脈圧計測カテーテル812により頸静脈圧(jugular venous pressure : JVP)を計測する公知の装置であって、頸静脈圧のデータを逐次、処理装置840へ送信する。
【0038】
経胸壁心エコー装置820は、「心エコー」と呼ばれる心臓超音波診断装置である。経胸壁超音波プローブ822から計測用の超音波を照射し、被検者10からの反射波(超音波エコー)を受けて電気信号に変換する。経胸壁超音波プローブ822の装着位置は、超音波ビームの照射範囲内に三尖弁輪8と僧帽弁輪9とが含まれるように調整されるものとする。
【0039】
本実施形態の経胸壁心エコー装置820では、オペレーターがタッチパネル844に表示されるエコー画面上でカーソルを用いて指定することで、カーソル指定位置の位置変位量、変位速度、加速度を連続的に算出できる。カーソル指定位置は、本実施形態では三尖弁輪8及び僧帽弁輪9の位置とされる。そして、心筋組織ドップラー法を用いて、周期的に、カーソル指定位置それぞれの速度から拍動周期におけるピーク値を抽出することで収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)とを求め、処理装置840へそれらのデータを逐次送信することができる。また、経胸壁心エコー装置820は、心拍数や、三尖弁輪8及び僧帽弁輪9の速度波形データを送信することができる。
【0040】
尚、本実施形態の経胸壁超音波プローブ822は、被検者10の胸部に貼り付け可能な薄型平面状のパッドタイプ超音波プローブである。また、図示の例では、経胸壁心エコー装置820は一台としているが、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)を求める1台目と、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を求める2台目と言った具合に複数台を用いる構成としても良い。
【0041】
心電図装置830は、被検者10の胸部に取り付けられた電極832を用いて心電図を計測し、心拍数を処理装置840へ出力する。尚、心電図装置830は、頸静脈圧計測装置810や経胸壁心エコー装置820の一機能として実現される構成でもよい。経胸壁心エコー装置820の一機能とする場合には、例えば、三尖弁輪8の速度と僧帽弁輪9の速度の時系列波形から拍動周期を検出して心拍数を計測するとしてもよい。
【0042】
処理装置840は、キーボード842(図の例ではスイングアップタイプ)と、タッチパネル844と、データロガー846と、制御基板850とを備える。
【0043】
制御基板850は、CPU(central processing unit)851やGPU(graphics processing unit)、DSP(digital signal processor)などの各種マイクロプロセッサー、ASIC(application specific integrated circuit)や電子回路、VRAMやRAM,ROM等の各種ICメモリー852やハードディスクなどの記憶媒体、外部からのデータ送受を実現するインターフェースICや接続端子、電源回路、通信装置853、などにより実現される。通信装置853は、経胸壁心エコー装置820や心電図装置830等との間でデータ通信を確立し、頸静脈圧、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)等の各データを受信することができる。
【0044】
制御基板850は、ICメモリー852やハードディスクなどの記憶媒体に記憶されているプログラムを実行し、キーボード842やタッチパネル844から入力された頸静脈圧計測装置810で計測された数値と、経胸壁心エコー装置820から得た収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)から左心房圧を逐次算出し、データロガー846に時系列に記憶させる。
【0045】
[機能ブロック図の説明]
図3は、本実施形態における左心房圧計測装置800の機能構成例を示す機能ブロック図である。左心房圧計測装置800は、操作入力部100と、第1指標値計測部101と、第2指標値計測部102と、第3指標値計測部103と、処理部200と、通信部370と、記憶部500とを備える。
【0046】
操作入力部100は、左心房圧計測装置800への操作や数値の入力を受け付け、入力信号を処理部200へ出力する。キーボード(ハードウェアキーボード、ソフトウェアキーボード何れでも可)、スイッチ、レバー、CCDモジュールなどの入力デバイスで実現される。本実施形態では、
図2のキーボード842やタッチパネル844がこれに該当する。
【0047】
第1指標値計測部101は、右心室運動機能を表わす第1の指標値の計測制御及び算出を周期的に行い、第1指標値を処理部200へ出力する。本実施形態では、
図2の経胸壁心エコー装置820がこれに該当する。第1指標値計測部101は、三尖弁輪8の速度を計測し、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)を第1指標値として算出し、第1指標値を処理部200へ出力する。
【0048】
第2指標値計測部102は、左心室運動機能を表わす第2の指標値の計測制御及び算出を周期的に行い、第2指標値を処理部200へ出力する。本実施形態では、
図2の経胸壁心エコー装置820がこれに該当する。第2指標値計測部102は、僧帽弁輪9の速度を計測し、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を第2指標値として算出し、第2指標値を処理部200へ出力する。
【0049】
第3指標値計測部103は、右心房圧と相関性の高い第3指標値の計測制御及び算出を周期的に行い、第3指標値を処理部200へ出力する。本実施形態では、
図2の頸静脈圧計測装置810がこれに該当する。第3指標値計測部103は、頸静脈圧を計測し第3指標値として処理部200へ出力する。
【0050】
心拍計測部104は、連続的に心拍を計測し、処理部200へ出力する。本実施形態では、
図2の心電図装置830がこれに該当する。
【0051】
処理部200は、所定のプログラムを実行することにより、各種演算処理を実行して、左心房圧計測装置800の動作を統合的に制御する。本実施形態では、右心房圧算出部204と、左心房圧算出部206と、画像生成部260とを有する。
図2の制御基板850がこれに該当する。
【0052】
右心房圧算出部204は、右心房圧と相関性の高い第3指標値から右心房圧を推定算出する。本実施形態では、頸静脈圧(jugular venous pressure : JVP)から右心房圧を算出する。算出方法については公知文献(Drazner et al. "Value of clinician assessment of hemodynamics in advanced heart failure", Circ Heart Fail,2008;1:170-177)を適宜参照可能である。
【0053】
左心房圧算出部206は、右心房圧算出部204で算出された右心房圧と、第1指標値計測部101で得られた収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と、第2指標値計測部102で得られた収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)とから左心房圧を上記式(J)に基づいて逐次算出し、算出された左心房圧を左心房圧データ506として記憶部500に時系列に記憶させる。
【0054】
画像生成部260は、左心房圧の計測結果を時系列に示す画像を生成し、当該画像の表示信号を生成して画像表示部360へ出力する。
【0055】
画像表示部360は、フラットパネルディスプレイなどの画像表示デバイスにより実現され、モニター中の各種情報を画像表示する。
図2のタッチパネル844がこれに該当する。
【0056】
記憶部500は、ICメモリーや、ハードディスクなどの記憶媒体により実現される。
図2のデータロガー846や、ICメモリー852がこれに該当する。
本実施形態の記憶部500はシステムプログラム502と、左心房圧計測プログラム504と、左心房圧データ506とを記憶する。また、各機能部で共有のデータ記憶領域として機能する。
【0057】
システムプログラム502は、処理部200をコンピューターとして機能させるための基本プログラムである。システムプログラム502を実行した状態で、左心房圧計測プログラム504を実行することにより、処理部200が有する各機能部を実現することができる。
【0058】
[処理の流れの説明]
図4は、本実施形態における左心房圧計測装置800による左心房圧の計測に係る処理の流れを説明するためのフローチャートである。ここで説明する一連の処理は、処理部200が左心房圧計測プログラム504を実行することにより実現される。
【0059】
先ず、左心房圧計測装置800は、心電図装置830による心電図の計測を開始し、心拍タイミング信号と心拍数のデータとを経胸壁心エコー装置820及び処理装置840に出力開始する(ステップS2)。もし、心電図装置830を独立した装置とする構成ならば、起動させて心電図計測を開始させるとともに、通信ケーブルを経胸壁心エコー装置820や処理装置840へ接続させ、それらの装置に心拍タイミング信号と心拍数のデータとを出力させればよい。
【0060】
次いで、左心房圧計測装置800は、頸静脈圧計測装置810による頸静脈圧の計測と計測データの出力とを開始し(ステップS4)、処理装置840による右心房圧の算出を開始する(ステップS6)。
【0061】
次に、経胸壁心エコー装置820による第1指標値の計測と計測データの出力とを開始する(ステップS10)。具体的には、三尖弁輪速度の計測を開始し(ステップS12)、計測した三尖弁輪速度のうち収縮期の最大値すなわち収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)を検出し、処理装置840へ出力する制御を開始する(ステップS14)。
【0062】
また、経胸壁心エコー装置820による第2指標値の計測と計測データの出力とを開始する(ステップS20)。具体的には、僧帽弁輪速度の計測を開始し(ステップS22)、計測した僧帽弁輪速度のうち収縮期の最大値すなわち収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を検出し、処理装置840へ出力する制御を開始する(ステップS24)。
【0063】
尚、ここまでの心電図の計測の開始(ステップS2)と、頸静脈圧の計測の開始(ステップS4)及び右心房圧の算出の開始(ステップS6)と、第1指標値の計測及び計測データの出力の開始(ステップS10)と、第2指標値の計測及び計測データの出力の開始(ステップS20)とを順番に実行することとして図示・説明したが、開始の順番は任意である。また、これらが並列に実行されて同時に計測が行われている状態で、次のステップS30以降の処理に続くこととなる。
【0064】
すなわち、左心房圧計測装置800は、右心房圧と、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)とが算出されたならば(ステップS30のYES)、第1指標値と第2指標値の相対比率(S
T/S
M)を算出し、S
T/S
Mと右心房圧とに基づいて式(J)を用いて左心房圧を推定算出する(ステップS40)。
次いで、算出した左心房圧を左心房圧データ506に格納し(ステップS46)、左心房圧の時系列表示画像を生成して、タッチパネル844に表示させる(ステップS48)。以降、ステップS30〜S48を繰り返す。
【0065】
[実証実験の説明]
最後に、実証実験について説明する。先ず、式(J)の3つの定数C1,C2,C3を求めた予備実験について説明する。予備実験では、“正常状態”の10頭の成犬について計測を行った後、一部の成犬については左冠動脈を閉塞させて“左心室不全状態”として計測を行い、残りの成犬については肺動脈を閉塞させて“右心室不全状態”として計測を行った。
【0066】
計測にあたっては、(1)頸静脈圧計測装置810による頸静脈圧(JVP)の計測と、(2)経胸壁心エコー装置820による収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)及び収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)の計測と、(3)左心房圧の近似値として肺動脈カテーテル法による肺動脈楔入圧(PCWP)の計測と、を同時に行った。これらの計測データは対応づけて1個のデータセットとされる。そして、上記3つの状態毎に輸液/出血することによって、肺動脈楔入圧(PCWP)、頸静脈圧(JVP)、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を大きく変化させ、起こり得る臨床ケースを十分にカバーできるだけの大きな変化幅を有した総計102個のデータセットが取得できた。
【0067】
予備実験の結果のうち、肺動脈楔入圧(PCWP)と頸静脈圧(JVP)との関係をグラフにすると
図5が得られた。肺動脈楔入圧(PCWP)と頸静脈圧(JVP)は統計学的には有意に相関していると言える。しかし、その程度は弱く(R
2=0.15)、回帰式の標準誤差は7.9(mmHg)であった。
【0068】
また、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)との比と、心臓の状態との関係をグラフにすると
図6が得られた。S
T/S
Mは、“正常状態”に比べて“左心室不全状態”では増加し“右心室不全状態”では低下した。つまり、“左心室不全状態”では右心室機能が相対的に向上し、“右心室不全状態”では右心室機能が相対的に低下したことがわかる。本実施形態における左心房圧を求める考え方の前提が正しいことを示している。
【0069】
そして、肺動脈楔入圧(PCWP)と、頸静脈圧(JVP)にS
T/S
Mを乗じた値との関係をグラフにすると、
図7のようになった。両者は強く相関し(R
2=0.80)、回帰式の標準誤差は3.8(mmHg)であり、
図5と比べて誤差は概ね半減した。
【0070】
本実施形態では、予備実験の計測結果から式(J)の3つの定数C1,C2,C3を回帰的に求めた値をC1,C2,C3として設定した。そして、予備実験とは別の成犬6頭について、予備実験と同様に、一部の成犬を“左心室不全状態”とし、残りの成犬を“右心室不全状態”として本実験を行った。本実験は、予備実験で定めた定数を前方視的に適用した実験である。予備実験で定めた定数と、本実験で計測された頸静脈圧(JVP)及びS
T/S
Mとに基づいて式(J)から推定肺動脈楔入圧(推定PCWP)、すなわち左心房圧(LAP)を算出した結果、
図8のグラフが得られた。
【0071】
式(J)で推定された左心房圧(推定LAP)は、実測の肺動脈楔入圧(PCWP)と高く相関し(R
2=0.84)、回帰式の標準誤差も2.4(mmHg)となった。本実施形態における左心房圧の推定方法が有効であることは明らかと言える。
【0072】
以上、本実施形態によれば、右心房圧と、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と、収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)とに基づいて左心房圧を推定する左心房圧計測装置を実現できる。
【0073】
また、本実施形態によれば、右心房圧の計測にあっては、従来の肺動脈カテーテル法のようにカテーテルを頸静脈から右心房を経て肺動脈まで挿入する必要がなく、またバルーンを肺動脈に楔入して一時的に血流を遮断する必要も無い。よって、被検者への負担を軽減できる。また、従来の肺動脈カテーテル法のようにカテーテルの挿入に高い熟練を必要とすることもない。これらのことは、左心房圧計測装置を広く医療現場に普及させる効果を生む。
【0074】
〔変形例〕
以上、本発明を適用した実施形態について説明したが、本発明の形態がこれに限定されるものではなく、発明の本質を逸脱しない限りおいて適宜構成用の変更・追加・省略が可能である。
【0075】
[その1]
例えば、上記実施形態では式(J)から左心房圧(LAP)を求める構成であったが、次式(K)で推定する構成も可能である。
左心房圧=B1・右心房圧・(S
T/S
M)+B2 ・・・式(K)
(但し、B1,B2は予備実験等から回帰的に求められる定数)
【0076】
[その2]
また、上記実施形態では右心房圧(RAP)を頸静脈圧(JVP)に基づいて算出する構成としているが、その他の生体情報から算出する構成に変更することも可能である。
具体的には、例えば、末梢静脈圧計測カテーテルを用いて計測される末梢静脈圧から算出する構成が可能である。末梢静脈圧は、右心房圧(RAP)に相関することが知られており([参考文献]Intensive Care Med. 2004;30: 627)、実施した動物実験によっても両者が高い相関を有することが実証された(
図9参照。R
2=0.8105。)。よって、
図10に示すように、上記実施形態における頸静脈圧計測装置810を、末梢静脈圧計測カテーテル862を用いる末梢静脈圧計測装置860に置き換えることができる。この構成の場合、右心房圧算出部204は末梢静脈圧に基づいて右心房圧を算出することができる。
【0077】
[その3]
また、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を、三尖弁輪8の収縮期平均速度と、僧帽弁輪9の収縮期平均速度に置き換えることができる。同様にして、収縮期最大三尖弁輪速度(S
T)と収縮期最大僧帽弁輪速度(S
M)を、三尖弁輪8の収縮期最大加速度と、僧帽弁輪9の収縮期最大加速度に置き換えることもできる。