特許第6189071号(P6189071)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6189071
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】乳酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/56 20060101AFI20170821BHJP
   C12R 1/845 20060101ALN20170821BHJP
【FI】
   C12P7/56
   C12P7/56
   C12R1:845
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-78415(P2013-78415)
(22)【出願日】2013年4月4日
(65)【公開番号】特開2013-236624(P2013-236624A)
(43)【公開日】2013年11月28日
【審査請求日】2016年3月15日
(31)【優先権主張番号】特願2012-95709(P2012-95709)
(32)【優先日】2012年4月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】壺井 雄一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史員
(72)【発明者】
【氏名】西村 祐美
(72)【発明者】
【氏名】澤田 和久
【審査官】 鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−253871(JP,A)
【文献】 特開2000−037196(JP,A)
【文献】 米国特許第04564594(US,A)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0003553(US,A1)
【文献】 特開2010−193846(JP,A)
【文献】 生物工学会誌 ,2000年,第78巻, 第12号,pp. 487-493
【文献】 J. Ind. Microbiol. Biotechnol.,2011年,Vol. 38 ,pp. 565-571
【文献】 Biochem. Eng. J.,2004年,Vol. 18,pp. 41-48
【文献】 J. Biosci. Bioeng.,2008年,Vol. 106, No. 6,pp. 541-546
【文献】 Chem. Eng. Sci.,2003年,Vol. 58,pp. 785-791
【文献】 Appl. Biochem. Biotechnol.,2010年,Vol. 161,pp. 137-146
【文献】 Biosci. Biotechnol. Biochem.,2008年,Vol. 72, No. 12,pp. 3167-3173
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/56
C12N 1/14−1/15
C12R 1/845
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(A1)及び(B):
(A1)リゾプス属菌の胞子を、界面活性剤を0.01%(w/v)以上1.5%(w/v)未満含有する、胞子発芽用の培養液中で発芽させ、乳酸脱水素酵素活性が向上した菌糸体を得る工程;及び
(B)得られた菌糸体をさらに、界面活性剤を0.2%(w/v)以下含有する、乳酸製造用の培養液中で培養し、乳酸を得る工程、
を含む乳酸の製造方法であって、
当該界面活性剤が、ソルビタン脂肪酸エステル、POEソルビタン脂肪酸エステル、EO付加モル数5以下のPOEアルキルエーテル、デオキシコール酸塩、及びアルケニルコハク酸塩からなる群より選択される少なくとも1種である、
乳酸の製造方法。
【請求項2】
前記乳酸製造用の培養液中における界面活性剤の濃度が、前記胞子発芽用の培養液中における界面活性剤の濃度の5分の1以下である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記界面活性剤が、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が20以下のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が5以下であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、デオキシコール酸塩、及びアルケニルコハク酸塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記工程(A1)と工程(B)の間に、下記工程(A2):
(A2)工程(A1)で得られた菌糸体を、界面活性剤を0.2%(w/v)以下含有する、菌糸体増殖用の培養液中で増殖させる工程、
をさらに含む、請求項1〜のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記菌糸体増殖用の培養液中における界面活性剤の濃度が、前記胞子発芽用の培養液中における界面活性剤の濃度の5分の1以下である、請求項記載の方法。
【請求項6】
前記リゾプス属菌が、Rhizopus oryzaeである、請求項1〜のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記Rhizopus oryzaeが、Rhizopus oryzae NBRC 4707、Rhizopus oryzae NBRC 4785、Rhizopus oryzae NBRC 5384、及びRhizopus oryzae NBRC 5418からなる群より選択される、請求項記載の方法。
【請求項8】
前記胞子発芽用の培養液中における前記界面活性剤が、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が4であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が3又は4であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、及びアルケニルコハク酸塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性プラスチック材料として注目されるポリ乳酸(poly-lactic acid、PLA)の原料となる乳酸は、植物由来原料から生物学的な生産法により得られる。このため、PLAは大気中のCO2量を増加させない素材(カーボンニュートラル素材)と言われる。乳酸には、光学異性体のD−体とL−体が存在するが、プラスチック材料としてのポリ乳酸の特性を制御するには、光学純度の高い乳酸が必要とされる。
【0003】
従来、生物学的な乳酸生産法としては、ラクトバシラス属(Lactobacillus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)等の乳酸菌を嫌気的に培養し、乳酸発酵させる方法が知られている(非特許文献1)。さらに、L−乳酸を特異的に生産する方法として、糸状菌であるリゾプス属(Rhizopus)を培養する方法が知られている(特許文献1〜3)。リゾプス属菌を用いた乳酸生産は、光学純度の高い乳酸が得られること、比較的単純な培地組成にて培養が可能であること等の利点があるが、一方で、生産速度の面で満足のいくものではない。
【0004】
糸状菌の培養では、接種量をコントロールするために、スラント等の固体培地にて十分増殖させることにより胞子を形成させ、その胞子を無菌水等に少量の界面活性剤により分散させ、単位培地当たり一定の胞子数となるように接種することが一般的に行われている(例えば特許文献2及び4)。また、一般的な糸状菌の培養法として、固体培養又は液体培養が知られている。リゾプス属を用いた物質生産には専ら液体培養が用いられ、この際の菌体形態は、繊維状、塊状、又はペレット状など様々な形態が利用されている(非特許文献2、特許文献2〜5)。
【0005】
リゾプス属菌を用いた乳酸生産において、その生産能を向上させるため、培地条件、培養条件などが種々検討されている(非特許文献3、特許文献3、4、6)。非特許文献4では、乳酸生産能と乳酸脱水素酵素(LDH)活性に相関を見出しており、Rhizopus oryzaeに遺伝子組換え技術によりLDHを導入し高発現させることで、乳酸生産能を向上させることに成功している。しかしながら、遺伝子組換えに因らずリゾプス属菌のLDH活性を向上させる方法は未だ明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭51−12990号公報
【特許文献2】特開2000−037196号公報
【特許文献3】特開2006−246846号公報
【特許文献4】特開平6−253871号公報
【特許文献5】特開平9−077803号公報
【特許文献6】米国特許第4564594号公報
【0007】
【非特許文献1】Enzyme and Microbial Technology (2000) vol.26:87-107
【非特許文献2】生物工学会誌(2000)第78巻第12号:487-493
【非特許文献3】Applied Biochemistry and Biotechnology (1999) vol.78:401-407
【非特許文献4】Applied Microbiology and Biotechnology (2004) vol.64:237-242
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、リゾプス属菌の乳酸脱水素酵素(LDH)活性又は乳酸生産能を向上させる方法、当該方法で得られたLDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌、及び当該リゾプス属菌を用いて効率よく乳酸を製造する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、人工的な遺伝子組換え技術に因らないで、リゾプス属菌の乳酸生産能を向上させる方法について検討した。その結果、本発明者らは、特定の条件で界面活性剤を含有する培地で胞子から発芽させ、菌糸体へと成長させたリゾプス属菌が、高いLDH活性を示し、さらに高い乳酸生産能を有することを見出した。また本発明者らは、当該リゾプス属菌を培養することにより、効率よく乳酸を製造することができることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、下記工程(A1):
(A1)リゾプス属菌の胞子を、界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程、
を含むリゾプス属菌の乳酸脱水素酵素活性(LDH)の向上方法であって、
当該界面活性剤が、ソルビタン脂肪酸エステル、POEソルビタン脂肪酸エステル、EO付加モル数5以下のPOEアルキルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種である、リゾプス属菌の乳酸脱水素酵素活性の向上方法を提供する。
【0011】
また本発明は、上記本発明のLDH活性向上方法により乳酸脱水素酵素活性が向上したリゾプス属菌を得ることを含む、乳酸生産能の向上したリゾプス属菌の生産方法を提供する。
【0012】
また本発明は、上記生産方法で得られたリゾプス属菌を提供する。
【0013】
また本発明は、下記工程(A1)及び(B):
(A1)リゾプス属菌の胞子を、界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、乳酸脱水素酵素活性が向上した菌糸体を得る工程;及び
(B)得られた菌糸体をさらに第3の培養液中で培養し、乳酸を得る工程、
を含む乳酸の製造方法であって、
当該界面活性剤が、ソルビタン脂肪酸エステル、POEソルビタン脂肪酸エステル、EO付加モル数5以下のPOEアルキルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種である、乳酸の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により得られたリゾプス属菌の菌体は、高いLDH活性を有しており、乳酸生産能も向上している。当該菌体を培養することにより、効率よく乳酸を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
一態様において、本発明は、リゾプス属菌のLDH活性を向上する方法を提供する。LDHは、ピルビン酸を乳酸へと変換する酵素であり、LDH活性の高いリゾプス属菌がより多くの乳酸を生産することが報告されている。本発明により得られたリゾプス属菌は、高いLDH活性や高い乳酸生産能を有しており、乳酸製造用のリゾプス属菌として有用である。
【0016】
上記本発明のLDH活性向上方法に供されるリゾプス属菌としては、生来的にLDH活性を有するリゾプス属菌、及び生来的に乳酸生産能を有するリゾプス属菌が挙げられる。LDH活性の向上、乳酸生産能の向上の観点から、本発明の方法に供される好ましいリゾプス属菌としては、Rhizopus oryzaeRhizopus arrhizusRhizopus chinensis、Rhizopus nigricans、Rhizopus tonkinensisRhizopus tritici等が挙げられる。さらに、本発明のLDH活性向上方法に供されるリゾプス属菌は、生来的にはLDH活性又は乳酸生産能がない又は低いが、人工的にLDH活性又は乳酸生産能が向上する改変を加えられたリゾプス属菌であってもよい。そのようなリゾプス属菌の例としては、乳酸生産能が低いRhizopus属菌株にldhA遺伝子を導入したRhizopus属菌株が挙げられる。上記に挙げたリゾプス属菌のうち、LDH活性及び乳酸生産能の向上性の観点、入手性の観点からは、Rhizopus oryzae がより好ましい。好ましいRhizopus oryzae菌株としては、菌株保存機関である(独)製品評価技術基盤機構の生物遺伝資源センター(NBRC)に寄託され、登録されているRhizopus oryzaeのNBRC 4707、NBRC 4785、NBRC 5384、及びNBRC 5418が挙げられる。これらの菌株は、NBRCのほか、独立行政法人理化学研究所 バイオリソースセンター(Riken BRC)等から入手可能である。
【0017】
本発明のLDH活性向上方法は、LDH活性又は乳酸生産性の向上が所望される上記に挙げたリゾプス属菌の胞子を、界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程(以下、「工程(A1)」ということがある。)を含む。
【0018】
工程(A1)に供するリゾプス属菌は全て胞子であることが好ましいが、菌糸を含んでいてもよい。リゾプス属菌の胞子は、例えば、上記に挙げたリゾプス属菌を含む胞子懸濁液を培地に接種して静置培養し、目視により菌糸成長と胞子形成を確認した後、培養物を界面活性剤を含む液体に懸濁し、静置後、上清を胞子懸濁液として回収することで調製することができる。回収した胞子懸濁液中の胞子数は、顕微鏡観察下でヘモサイトメーター等を用いて計数することができる。胞子懸濁液は、適宜希釈して所望の胞子数に調整することができる。
【0019】
工程(A1)においては、上記で得られた胞子懸濁液を、第1の培養液に接種して培養し、胞子を発芽させて菌糸体を得る。培養液に接種するリゾプス属菌の胞子数は、好ましくは1×102〜5×104個−胞子/mL−培養液、より好ましくは5×102〜1×104個−胞子/mL−培養液、さらに好ましくは1×103〜1×104個−胞子/mL−培養液である。工程(A1)で使用する胞子発芽用の第1の培養液には、市販の培地、例えば、ポテトデキストロース培地(以下、PDB培地、例えばベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー製)、Luria−Bertani培地(以下、LB培地「ダイゴ」、例えば日本製薬製)、Nutrient Broth(以下、NB培地、例えばベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー製)、Sabouraud培地(以下、SB培地、例えばOXOID製)等が利用できる。必要に応じて、工程(A1)で使用する第1の培養液には、発芽率と菌体生育の観点から、炭素源としてグルコース、キシロースなどの単糖、シュークロース、ラクトース、マルトースなどのオリゴ糖、又はデンプン等の多糖;グリセリン、クエン酸などの生体成分;窒素源として硫酸アンモニウム、尿素等、アミノ酸等;その他無機物としてナトリウム、カリウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、リン酸等の各種塩類を適宜添加することができる。単糖、オリゴ糖、多糖及びグリセリンの好ましい濃度は0.1〜30%(w/v)、クエン酸の好ましい濃度は0.01〜10%(w/v)、硫酸アンモニウム、尿素及びアミノ酸の好ましい濃度は0.01〜1%(w/v)、無機物の好ましい濃度は0.0001〜0.5%(w/v)である。
【0020】
さらに、工程(A1)で使用される第1の培養液は、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン(POE)ソルビタン脂肪酸エステル、エチレンオキサイド(EO)平均付加モル数が5以下のポリオキシエチレン(POE)アルキルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種の界面活性剤を含有する。これらの界面活性剤の存在下でリゾプス属菌を胞子から菌糸体へと培養することにより、菌のLDH活性及び乳酸生産能が向上する。上記界面活性剤のうち、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点、培養中の発泡を抑制する観点からは、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が20以下のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が5以下であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びEO平均付加モル数が10のポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が4であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が3又は4であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、及びアルケニルコハク酸塩からなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、ソルビタンモノラウレートがさらに好ましい。
【0021】
上記界面活性剤は、市販品を購入することができる。具体例として、ソルビタンモノラウレートとしては、レオドール(登録商標)SP−L10、レオドール(登録商標)スーパーSP−L10(いずれも花王製);ソルビタンモノオレートとしては、レオドール(登録商標)SP−O10V;EO平均付加モル数が20以下のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートとしては、レオドール(登録商標)TW−L106、レオドール(登録商標)スーパーTW−L120(いずれも花王製);EO平均付加モル数が5以下のポリオキシエチレンラウリルエーテルとしては、エマルゲン(登録商標)103、エマルゲン(登録商標)104P、エマルゲン(登録商標)106(いずれも花王製);デオキシコール酸塩としては、デオキシコール酸ナトリウム(和光純薬工業製);アルケニルコハク酸塩としては、ラテムル(登録商標)ASK(花王製);ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルとしては、TRITON(登録商標)X−100(MP Biomedicals社)、等を挙げることができる。
【0022】
工程(A1)に使用する第1の培養液には、上述した界面活性剤からなる群より選択される少なくとも1種を添加すればよい。当該第1の培養液における上記界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点から、培養液中の最終濃度として、0.01%(w/v)以上であり、好ましくは0.05%(w/v)以上、より好ましくは0.1%(w/v)以上、さらに好ましくは0.2%(w/v)以上である。また、同様の観点から、当該界面活性剤の培養液中の最終濃度は、好ましくは2.5%(w/v)未満、より好ましくは1.5%(w/v)未満、さらに好ましくは1.0%(w/v)未満、さらにより好ましくは0.8%(w/v)未満である。さらに、工程(A1)で用いる培養液中における上記界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点から、培養液中の最終濃度として、好ましくは0.01%(w/v)以上2.5%(w/v)未満、より好ましくは0.05%(w/v)以上1.5%(w/v)未満、さらに好ましくは0.1%(w/v)以上1.0%(w/v)未満、さらにより好ましくは0.2%(w/v)以上0.8%(w/v)未満である。
【0023】
工程(A1)においては、上記界面活性剤を含有する第1の培養液を用いて、上記リゾプス属菌を培養する。培養は、通常の手順にて行なえばよい。例えば、当該界面活性剤を含有する第1の培養液を含む培養容器に、リゾプス属菌胞子を接種し、好ましくは80〜250rpm、より好ましくは100〜170rpmで攪拌しながら、25〜42.5℃の培養温度制御下で、好ましくは24〜120時間、より好ましくは48〜72時間培養する。培養に供する第1の培養液の量は、培養容器にあわせて適宜調整すればよいが、例えば、200mL容バッフル付フラスコの場合は50〜100mL程度、500mL容バッフル付フラスコの場合は100〜300mL程度であればよい。この培養により、リゾプス属菌胞子は発芽し、菌糸体へと成長する。
【0024】
本発明のLDH活性向上方法は、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点から、さらに、工程(A1)で得られた菌糸体をさらに培養して増殖させる工程(以下、工程(A2)ということがある。)を含むことが好ましい。工程(A2)で使用する増殖用の培養液(以下、「第2の培養液」ということがある。)は特に限定されないが、通常使用されるグルコースを含む無機培養液であればよく、例えば、7.5〜30%グルコース、0.05〜2%硫酸アンモニウム、0.03〜0.6%リン酸2水素カリウム、0.01〜0.1%硫酸マグネシウム・7水和物、0.005〜0.05%硫酸亜鉛・7水和物、及び3.75〜20%炭酸カルシウム(いずれも濃度は%(w/v))を含有する培養液等が挙げられ、好ましくは、10%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、及び5.0%炭酸カルシウム(いずれも濃度は%(w/v))を含有する培養液が挙げられる。第2の培養液の量は、培養容器にあわせて適宜調整すればよいが、例えば、500mL容バッフル付フラスコの場合は50〜300mL、好ましくは100〜200mLであればよい。この培養液に、工程(A1)で培養したリゾプス属菌菌糸体を、湿重量として1〜6g−菌体/100mL−培地、好ましくは3〜4g−菌体/100mL−培地となるよう接種し、100〜300rpm、好ましくは170〜230rpmで攪拌しながら、25〜42.5℃の培養温度制御下で、12〜120時間、好ましくは24〜72時間培養する。
【0025】
工程(A2)で使用する第2の培養液は、第1の培養液に関して上記で挙げた界面活性剤を含有している必要はないが、含んでいてもよい。第2の培養液中における当該界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能の向上の観点から、工程(A1)で使用した第1の培養液中の該界面活性剤濃度の5分の1以下であることが好ましく、より好ましくは10分の1以下、さらに好ましくは20分の1以下である。例えば、工程(A2)で使用する第2の培養液における界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点から、培養液中の最終濃度として、好ましくは0.2%(w/v)以下、より好ましくは0.15%(w/v)以下、さらに好ましくは、0.1%(w/v)以下、さらに好ましくは0.05%(w/v)以下、さらに好ましくは0.01%(w/v)以下である。
【0026】
上記工程(A1)又は工程(A2)により得られたリゾプス属菌の菌糸体は、好ましくはペレット形状を有している。さらに、1つ1つの粒がはっきり独立しており、表面が滑らかで、粒径0.5〜5mm程度、且つ互いにほぼ均一な形状を有するペレットであると、後述する乳酸製造過程において取り扱いやすく、且つ繰り返し使用しても形状が壊れにくいためより好ましい。培養の時間、温度、培養中の攪拌速度などを変更することにより、所望の大きさや外観のペレットを形成することができる。しかし、本発明の方法においては、必ずしも菌糸体をペレット化する必要はなく、また必ずしもペレットの大きさや外観を調節する必要はない。
【0027】
次いで、上記工程(A1)又は工程(A2)により得られた菌糸体を、LDH活性が向上したリゾプス属菌として回収する。菌糸体の回収方法は、特に限定されず、傾斜法、ろ過、遠心分離等の通常の方法によって行うことができる。
【0028】
以上の本発明のリゾプス属菌のLDH活性の向上方法によって得られたリゾプス属菌は、LDH活性が向上していることによって、より高い乳酸生産能を有することができる。したがって、本発明の別の態様として、上記工程(A1)、好ましくはさらに上記工程(A2)を含むリゾプス属菌の乳酸生産能の向上方法が提供される。
【0029】
本発明のリゾプス属菌のLDH活性向上方法により、LDH活性及び乳酸生産能が向上したリゾプス属菌体を得ることができる。当該リゾプス属菌は、効率の良い乳酸製造に有用である。よって、本発明のさらに別の一態様として、上記工程(A1)、好ましくはさらに上記工程(A2)を行うことによってLDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌菌糸体を得ることを含む、LDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌の生産方法が提供される。本発明のさらに別の一態様として、上記工程(A1)、好ましくはさらに上記工程(A2)を行うことによって得られた、LDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌が提供される。
【0030】
なお別の一態様において、本発明は、上記工程(A1)、好ましくはさらに工程(A2)によって得られたリゾプス属菌の菌糸体を培養する工程(以下、「工程(B)」ということがある。)をさらに含む、乳酸の製造方法を提供する。当該本発明の乳酸の製造方法においては、上記の手順で得られたLDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌の菌糸体を培養して当該菌に乳酸を生産させ、その後生産された乳酸を回収すればよい。
【0031】
工程(B)で使用される乳酸生産用培養液(以下、「第3の培養液」ということがある。)は、グルコース等の炭素源、硫酸アンモニウム等の窒素源及び各種金属塩等を含み、乳酸を生産できる培養液であればよい。当該工程(B)に使用される第3の培養液としては、例えば、7.5〜30%グルコース、0.05〜2%硫酸アンモニウム、0.03〜0.6%リン酸2水素カリウム、0.01〜0.1%硫酸マグネシウム・7水和物、0.005〜0.05%硫酸亜鉛・7水和物、及び3.75〜20%炭酸カルシウム(いずれも濃度は%(w/v))を含有する培養液等が挙げられ、好ましくは、12.5%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、及び5.0%炭酸カルシウム(いずれも濃度は%(w/v))を含有する培養液が挙げられる。
【0032】
工程(B)で使用する第3の培養液の量は、培養容器にあわせて適宜調整すればよいが、例えば、200mL容三角フラスコの場合は20〜80mL程度、500mL容三角フラスコの場合は50〜200mL程度であればよい。この第3の培養液に、上述のLDH活性又は乳酸生産能が向上したリゾプス属菌体を、湿重量として10g〜90g−菌体/100mL−培養液、好ましくは15g〜50g−菌体/100mL−培養液の量となるように接種し、100〜300rpm、好ましくは170〜230rpmで攪拌しながら、25〜45℃の培養温度制御下で、4時間〜24時間、好ましくは6時間〜12時間培養する。
【0033】
工程(B)で使用する第3の培養液は、第1の培養液に関して上記で挙げた界面活性剤を含有している必要はないが、含んでいてもよい。第3の培養液中の当該界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能の向上の観点から、工程(A1)で使用した第1の培養液中の界面活性剤濃度の5分の1以下であることが好ましく、より好ましくは10分の1以下、さらに好ましくは20分の1以下である。例えば、工程(B)で使用する培養液中の界面活性剤の濃度は、LDH活性及び乳酸生産能向上の観点から、培養液中の最終濃度として、好ましくは0.2%(w/v)以下、より好ましくは0.15%(w/v)以下、さらに好ましくは、0.1%(w/v)以下、さらに好ましくは0.05%(w/v)以下、さらに好ましくは0.01%(w/v)以下である。
【0034】
上記第3の培養液から培養上清を回収することにより、乳酸を得ることができる。必要に応じて、傾斜法、膜分離、遠心分離、電気透析法、イオン交換樹脂の利用、蒸留、塩析等の方法、又はこれらの組み合わせにより、当該培養液中の乳酸を乳酸塩として回収した後、回収された乳酸塩から乳酸を単離又は精製してもよい。以上の手順により、高純度且つ高収量でL−乳酸を製造することができる。
【0035】
上記乳酸製造に供されたリゾプス属菌体は、乳酸製造のために繰り返し使用することができる。すなわち、乳酸を回収した後の第3の培養液から当該菌体を回収し、これを再度上記と同様に第3の培養液にて培養することで、再び乳酸を製造することができる。
【0036】
本発明の乳酸の製造方法は、菌の培養と、培養液に蓄積した乳酸の回収及び培養液の入れ替えとを交互に行う回分式方法であってもよいが、一部の培養液を断続的又は連続的に入れ替えて、菌の培養と培養液からの乳酸の回収とを並行して行う半回分式又は連続的な方法であってもよい。
【0037】
本発明はまた、例示的実施形態として以下の組成物、製造方法、用途又は方法を包含する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0038】
<1>リゾプス属菌の乳酸脱水素酵素活性の向上方法であって、
リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程を含む方法。
【0039】
<2>乳酸脱水素酵素活性の向上したリゾプス属菌の生産方法であって、
リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程を含む方法。
【0040】
<3>リゾプス属菌の乳酸生産能の向上方法であって、
リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程を含む方法。
【0041】
<4>乳酸生産能の向上したリゾプス属菌の生産方法であって、
リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得る工程を含む方法。
【0042】
<5>上記<1>〜<4>において、上記方法は、好ましくは、得られた菌糸体を第2の培養液中で増殖させる工程をさらに含む。
【0043】
<6>リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、菌糸体を得ることによって生産されたリゾプス属菌。
【0044】
<7>リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、得られた菌糸体を第2の培養液中で増殖させることによって生産されたリゾプス属菌。
【0045】
<8>乳酸の製造方法であって、
(A1)リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、乳酸脱水素酵素活性が向上した菌糸体を得る工程;及び
(B)得られた菌糸体を第3の培養液中で培養し、乳酸を得る工程、
を含む方法。
【0046】
<9>乳酸の製造方法であって、
(A1)リゾプス属菌の胞子を界面活性剤を0.01%(w/v)以上含有する第1の培養液中で発芽させ、乳酸脱水素酵素活性が向上した菌糸体を得る工程;
(A2)工程(A1)で得られた菌糸体を第2の培養液中で増殖させる工程;及び
(B)工程(A2)で得られた菌糸体を第3の培養液中で培養し、乳酸を得る工程、
を含む方法。
【0047】
<10>上記<8>〜<9>において、上記方法は、好ましくは、生産された乳酸を回収する工程をさらに含む。
【0048】
<11>上記<1>〜<10>において、上記界面活性剤は、
好ましくは、ソルビタン脂肪酸エステル、POEソルビタン脂肪酸エステル、EO付加モル数5以下のPOEアルキルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種であり、
より好ましくは、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が20以下のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が5以下であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、デオキシコール酸塩、アルケニルコハク酸塩、及びEO平均付加モル数が10のポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルからなる群より選択される少なくとも1種であり、
さらに好ましくは、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が4であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が3又は4であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、及びアルケニルコハク酸塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、
なお好ましくは、ソルビタンモノラウレートである。
【0049】
<12>上記<1>〜<11>において、上記第1の培養液中における上記界面活性剤の濃度は、
該培養液中の最終濃度として、好ましくは0.01%(w/v)以上、より好ましくは0.05%(w/v)以上、さらに好ましくは0.1%(w/v)以上、さらにより好ましくは0.2%(w/v)以上であり、そして好ましくは2.5%(w/v)未満、より好ましくは1.5%(w/v)未満、さらに好ましくは1.0%(w/v)未満、さらにより好ましくは0.8%(w/v)未満であるか、又は
培養液中の最終濃度として、好ましくは0.01%(w/v)以上2.5%(w/v)未満、より好ましくは0.05%(w/v)以上1.5%(w/v)未満、さらに好ましくは0.1%(w/v)以上1.0%(w/v)未満、さらにより好ましくは0.2%(w/v)以上0.8%(w/v)未満である。
【0050】
<13>上記<1>〜<12>において、上記リゾプス属菌は、好ましくはRhizopus oryzaeであり、より好ましくはRhizopus oryzae NBRC 4707、Rhizopus oryzae NBRC 4785、Rhizopus oryzae NBRC 5384及びRhizopus oryzae NBRC 5418からなる群より選択される。
【0051】
<14>上記<5>、<7>及び<9>〜<13>において、第2の培養液における界面活性剤の濃度は、好ましくは0.2%(w/v)以下、より好ましくは0.15%(w/v)以下、さらに好ましくは、0.1%(w/v)以下、さらに好ましくは0.05%(w/v)以下、さらに好ましくは0.01%(w/v)以下である。
【0052】
<15>上記<8>〜<14>において、第3の培養液における界面活性剤の濃度は、好ましくは0.2%(w/v)以下、より好ましくは0.15%(w/v)以下、さらに好ましくは、0.1%(w/v)以下、さらに好ましくは0.05%(w/v)以下、さらに好ましくは0.01%(w/v)以下である。
【0053】
<16>上記<1>〜<15>において、リゾプス属菌の胞子は、第1の培養液中で下記条件にて培養される。
攪拌:好ましくは80〜250rpm、より好ましくは100〜170rpm
温度:好ましくは25〜42.5℃
時間:好ましくは24〜120時間、より好ましくは48〜72時間
【0054】
<17>上記<5>、<7>及び<9>〜<16>において、菌糸体は、第2の培養液中で下記条件にて培養される。
攪拌:好ましくは100〜300rpm、より好ましくは170〜230rpm
温度:好ましくは25〜42.5℃
時間:好ましくは12〜120時間、より好ましくは24〜72時間
【0055】
<18>上記<8>〜<17>において、菌糸体は、第3の培養液中で下記条件にて培養される。
攪拌:好ましくは100〜300rpm、より好ましくは170〜230rpm、
温度:好ましくは25〜45℃
時間:好ましくは4時間〜24時間、より好ましくは6時間〜12時間
【実施例】
【0056】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0057】
製造例1 胞子懸濁液の調製法
菌株保存機関であるRiken BRC(理研バイオリソースセンター)より入手したRhizopus oryzae JCM14625株(=NBRC 5384)の胞子懸濁凍結保存試料(−80℃)をPDA培地(Difco Potato Dextrose Agar、ベクトン・ディッキンソン アンド カンパニー製)に1白金耳接種し、30℃にて7〜10日間静置培養を行なった。菌糸成長と胞子形成に伴う菌糸先端の黒色化を目視にて確認し、これに生理食塩水を30〜40mL加え、菌糸とともに胞子を白金耳にて50mL容フタ付き遠心チューブ(グライナー製)に移し採り、チューブ内で激しく混和した。混和後の胞子懸濁液を3GP100円筒ロート形ガラスろ過器(柴田科学製)にてろ過し、これを胞子液とした。胞子液中の胞子数は、生理食塩水にて適宜希釈し、ヘモサイトメーター(血球計算盤、D=1/50mm・1/400mm2)を用いて測定した。
【0058】
製造例2 菌糸体の調製
200mL容バッフル付三角フラスコ(旭硝子製)に下記に記載の界面活性剤を無添加又は最終濃度で0.5%(w/v)添加した80mLのPDB培地を供し、製造例1で調製したRhizopus oryzae の胞子懸濁液を1×103個−胞子/mL−培地となるように接種後、27℃にて3日間、170rpmで撹拌培養した。菌糸体はフィルター上に残るため、上記の培養物を予め滅菌処理したメッシュ網目250μmのステンレスふるい(アズワン製)を用いて濾過し、菌体をフィルター上に回収した。
界面活性剤
ソルビタンモノラウレート:レオドール(登録商標)SP-L10(花王)
ソルビタンモノオレート:レオドール(登録商標)SP-O10V(花王)
ポリオキシエチレン(3)ラウリルエーテル:エマルゲン(登録商標)103(花王)
ポリオキシエチレン(4)ラウリルエーテル:エマルゲン(登録商標)104P(花王)
ポリオキシエチレン(5)ラウリルエーテル:エマルゲン(登録商標)106(花王)
ポリオキシエチレン(6)ラウリルエーテル:エマルゲン(登録商標)108(花王)
ポリオキシエチレン(4)ソルビタンモノラウレート:レオドール(登録商標)TW-L106(花王)
ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート:レオドール(登録商標)TW-L120(花王)
デオキシコール酸ナトリウム(和光純薬工業)
アルケニルコハク酸カリウム塩(28%):ラテルム(登録商標)ASK(花王)
ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル:TRITON(登録商標)X-100(MP Biomedicals)
(界面活性剤の名称における「ポリオキシエチレン」に続く( )内の数字は、EO平均付加モル数を表す。)
【0059】
製造例3 菌糸体の増殖
500mL容三角フラスコに供した無機培養液100mL(組成:10%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、5.0%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に、回収した菌体3.0〜4.0g(湿重量)を接種し、27℃で約40時間、220rpmにて撹拌培養した。続いて、上記無機培養液にて培養を行なった培養物を、予め滅菌処理したステンレススクリーンフィルターホルダー(MILLIPORE製)を用いて濾過し、フィルター上に菌体を回収した。さらにこのフィルターホルダー上で、100mLの生理食塩水で菌体を洗浄した。洗浄に用いた生理食塩水は吸引ろ過して除去した。得られた菌体を、以下のLDH活性評価及び乳酸発酵生産能評価に用いた。
【0060】
試験例1 LDH活性評価−1
製造例3で得られたリゾプス属菌の湿菌体6.0gを、200mL容三角フラスコに供した乳酸生産評価用無機培養液40mL(組成:8.0%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、5.0%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に接種し、35℃、170rpmにて撹拌培養した。リゾプス属菌体の撹拌培養を4.5時間行い、予め滅菌処理したステンレススクリーンフィルターホルダー(MILLIPORE製)を用いて菌体を濾過し、フィルター上に菌体を回収した。さらに、このフィルターホルダー上で100mLの生理食塩水にて菌体を洗浄した。洗浄に用いた生理食塩水は吸引ろ過して除去した。得られた菌体0.3gを3mL破砕チューブ(安井器械製)に回収し、3mL用メタルコーン(安井器械製)を入れ、蓋を閉めた後、液体窒素で凍結した。凍結した3mL破砕チューブをマルチビーズショッカー(安井器械製)に供し、1700rpm、10秒間菌体を破砕した。その後、0.1M Tris−HCl(pH7.5)を1mL添加し、マルチビーズショッカーにて1700rpm、10秒間処理した。処理液を15000rpm、4℃で5分間遠心分離を行い、得られた上清を菌体抽出液とした。
LDH活性は、ピルビン酸を乳酸へと変換する活性であり、補酵素としてNADHを要求する酵素反応である。適宜希釈した菌体抽出液10μLを150μLの反応液(組成:0.1M Tris−HCl、700μM NADH)と混合し、30℃で5分間静置した。これに予め30℃に保温した20mMピルビン酸ナトリウム溶液を40μL添加して酵素反応を開始させた。この反応液の吸光度340nmを測定することで、LDH活性を測定した(非特許文献4参照)。1Uは、1分間に1μmolのNAD+を生成する酵素量と定義した。また、タンパク質濃度の測定では、BSAを標準とし、Protein Assay Dye Reagent Consentrate(Bio−Rad)を用いた。
結果を表1に示す。結果は、界面活性剤無添加時のLDH活性を100としたときの相対値で示した。ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート、EO平均付加モル数が20以下のポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、EO平均付加モル数が5以下であるポリオキシエチレンラウリルエーテル、デオキシコール酸ナトリウム、アルケニルコハク酸塩、又はEO平均付加モル数が10であるポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルを添加した培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌体は、界面活性剤を添加しない培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌(対照)と比較して、高いLDH活性を有していた。また、EO平均付加モル数が6であるポリオキシエチレンラウリルエーテルを添加した培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌体は、界面活性剤を添加しない培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌(対照)と比較して、LDH活性がやや低下することを確認した。
【0061】
【表1】
【0062】
試験例2 乳酸生産能評価−1
試験例1にて対照と比較してLDH活性を1.3倍以上に向上させた界面活性剤を用いてリゾプス属菌菌糸体を調製し、乳酸生産能を評価した。
すなわち、リゾプス属菌菌糸体を、上記界面活性剤を用いて製造例2の方法で調製し、製造例3の方法で増殖させた。得られたリゾプス属菌の湿菌体6.0gを、200mL容三角フラスコに供した乳酸生産評価用無機培養液40mL(組成:8.0%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、5.0%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に接種し、35℃、170rpmにて撹拌培養した。菌体接種30分後より、培養液上清を2時間毎に回収し、後述の参考例1に記載の手順にてグルコース及び乳酸の定量を行ない、参考例2に記載の算出方法に基づいて乳酸生産速度の相対値を求めた。
結果を表2に示す。結果は、界面活性剤無添加時の乳酸生産速度を100としたときの相対値で示した。試験例1で高いLDH向上活性を示した界面活性剤を添加した培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌はいずれも、界面活性剤を添加しない培地で胞子から菌糸体へと調製されたリゾプス属菌(対照)と比較して、高い乳酸生産能を有していた。
【0063】
【表2】
【0064】
試験例3 起泡性評価
上記試験例2で用いた界面活性剤の起泡性を反転撹拌法により評価した。直径50mmの目盛り付き円筒状容器に、界面活性剤を無添加又は最終濃度で0.5%(w/v)添加した100mLのPDB培地を入れ、平型プロペラを用いて1000rpmで6秒毎に該プロペラを反転させながら、300秒間反転撹拌した。撹拌終了の30秒後、培地中の泡の体積量を測定した。
結果を表3に示す。結果は界面活性剤無添加時の泡量を100としたときの相対値で示した。界面活性剤無添加時と比較して泡量が6倍以下のものは、ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP−L10)、ソルビタンモノオレート(レオドール(登録商標)SP−O10V)、ポリオキシエチレン(3)ラウリルエーテル(エマルゲン(登録商標)103)、ポリオキシエチレン(4)ラウリルエーテル(エマルゲン(登録商標)104P)、ポリオキシエチレン(4)ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)TW−L106)及びアルケニルコハク酸カリウム塩(28%)(ラテムル(登録商標)ASK)であり、これらは培養に適すると考えられた。さらに泡量が2倍以下のものは、ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP−L10)、ソルビタンモノオレート(レオドール(登録商標)SP−O10V)及びポリオキシエチレン(4)ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)TW−L106)であり、これらはより好ましく培養に適すると考えられた。
【0065】
【表3】
【0066】
試験例4 乳酸生産能評価−2
(菌糸体の調製)
(1)菌株保存機関NBRCより入手したRhizopus oryzae NBRC 4707株、NBRC 4785株、NBRC 5384株(=JCM14625株)、及びNBRC 5418株を用いて、製造例1と同様の方法にて胞子懸濁液を調製した。
(2)界面活性剤無添加又はソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP−L10、花王製)を最終濃度で0.5%(w/v)添加した60mLのPDB培地を用いて、100rpmで撹拌しながら、製造例2と同様の条件で胞子から菌糸体を調製した。(3)(2)で得られた菌体の全量を製造例3と同様の条件で無機培養液100mLに接種し、菌糸体を増殖させた。尚、界面活性剤無添加の対照条件では、活性剤無添加のPDB培地を用いて同様の手順で撹拌培養を行なった後、同様の無機培養液培地100mLにPDB種培養液を4〜8mL接種した。
(乳酸生産能評価)
上記調製した各種リゾプス属菌の湿菌体30gを、500mL容三角フラスコに供した乳酸生産評価用無機培養液100mL(組成:12.5%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、6.25%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に接種し、33.5℃、170rpmにて撹拌培養を行ない、試験例2と同様の手順で乳酸生産速度を求めた。
結果を表4に示す。結果は各菌株の対照(界面活性剤無添加)の乳酸生産速度を100としたときの相対値で示した。いずれの菌株でも、界面活性剤添加培地で胞子から調製された菌糸体は、乳酸生産能が向上した。
【0067】
【表4】
【0068】
試験例5 乳酸生産能評価−3
(菌糸体の調製)
(1)500mL容バッフル付三角フラスコ(旭硝子製)に、ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP−L10、花王製)を、無添加又は最終濃度が、それぞれ0.01、0.05、0.25、0.50、1.0、1.5、及び2.5%(w/v)となるように添加した200mLのPDB培地を供し、これに製造例1にて調製したRhizopus oryzae の胞子懸濁液を1×103個−胞子/mL−培地となるように接種し、27℃にて3日間、110rpmで撹拌培養した。
(2)上記の培養物を、予め滅菌処理したフィルターサポート及びメッシュ網目180μmのナイロンネットフィルター(MILLIPORE製)を用いて濾過し、菌体をフィルター上に回収した。回収した菌体を500mL容三角フラスコに供した無機培養液100mL(組成:10%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、5.0%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に2.0〜3.0gを接種し、27℃で約40時間、220rpmにて撹拌培養を行なった。
(3)対照となる界面活性剤無添加の条件では、活性剤無添加のPDB培地を用いて上記(1)と同様の手順で撹拌培養を行なった後、上述の(2)と同様の手順で無機培養液100mLにPDB種培養液を4〜8mL接種し、培養した。
(4)続いて、上記無機培養液にて培養を行なった培養物を、予め滅菌処理したフィルターサポート及びメッシュ網目180μmのナイロンネットフィルター(MILLIPORE製)を用いて濾過し、フィルター上に菌体を回収した。さらに、このフィルター上で50〜200mLの生理食塩水にて菌体を洗浄し、菌体を得た。
(乳酸生産能評価)
上記で調製したリゾプス属菌の湿菌体30gを、乳酸生産評価用無機培養液100mL(組成:12.5%グルコース、0.1%硫酸アンモニウム、0.06%リン酸2水素カリウム、0.025%硫酸マグネシウム・7水和物、0.009%硫酸亜鉛・7水和物、6.25%炭酸カルシウム、いずれも濃度は%(w/v))に接種し、33.5℃、170rpmにて撹拌培養した。菌体接種30分後より、菌体を含まない培養液上清を1時間毎に回収し、後述の参考例1に記載の手順にてグルコース及び乳酸の定量を行ない、参考例2に記載の算出方法に基づいて乳酸生産速度の相対値を求めた。
結果を表5に示す。表5の乳酸生産能は、界面活性剤無添加(対照)での結果を100としたときの相対値で示した。濃度0.01%(w/v)以上2.5%(w/v)未満の範囲で界面活性剤を添加した培地中で胞子から調製された菌糸体は、対照に比べて高いか又は同等の乳酸生産能を有していた。
【0069】
【表5】
【0070】
試験例6 菌体繰り返し利用による乳酸生産能評価
試験例4(2)と同様の手順で、界面活性剤無添加又はソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP-L10)を最終濃度で0.5%(w/v)含む培地でリゾプス属菌菌糸体を調製し、試験例4(3)と同様の手順で培養した。
得られた菌体を試験例5(4)と同様の手順で回収し、次いで湿菌体25gを用いて試験例5と同様の手順で、乳酸生産評価用無機培養液で4時間まで培養して乳酸生産速度を求めた。さらに同様の菌体回収と培養の手順を繰り返し、各回での乳酸生産速度を求めた(繰り返し数3)。各回の乳酸生産速度を、繰り返し1回目の対照(界面活性剤無添加)の乳酸生産速度の相対値として算出した。
結果を表6に示す。本発明の乳酸生産用リゾプス属菌体ペレットは、繰り返し利用においても高い乳酸生産能を維持していた。
【0071】
【表6】
【0072】
試験例7 乳酸生産能評価−4
製造例2と同様の手順で、ソルビタンモノラウレート(レオドール(登録商標)SP-L10)を最終濃度で0.5%(w/v)含む培地でリゾプス属菌菌糸体を調製し、製造例3と同様の手順で培養した。その菌体を用い、試験例2と同様の手順で培養し、乳酸生産速度を評価した。その際、乳酸生産評価用無機培地にレオドール(登録商標)SP-L10を無添加、又は終濃度でそれぞれ0.1%(w/v)、0.2%(w/v)、0.5%(w/v)及び1%(w/v)添加した。培養4時間目と8.5時間目での乳酸量を測定し、乳酸生産速度を算出した。結果を表7に示す。乳酸生産の際にレオドール(登録商標)SP-L10が培地に0.1%(w/v)以上混入すると、乳酸生産速度が低下した。
【0073】
【表7】
【0074】
参考例1 乳酸生産能評価培養におけるグルコース及び乳酸の定量
グルコース及び乳酸の定量は、HPLC装置LaChrom Elite(日立ハイテクノロジーズ製)を用いて行なった。分析カラムには、ガードカラムCation H(4.6mmI.D.×3.0cm、BioRad製)を接続した糖・有機酸分析カラムHPX−87H(7.8mmI.D.×30cm、BioRad製)を用い、溶離液10mM硫酸、流速0.85mL/分、カラム温度50℃の条件にて溶出を行なった。グルコース及び乳酸の検出は、それぞれ示唆屈折率検出器(RI検出器)及びUV検出器(検出波長210nm)を用いた。標準試料には、グルコース(販売元コード049−31165、和光純薬工業製)、及びL−乳酸リチウム(製品番号L2250、SIGMA−ALDRICH製)を使用し、これらを用いて作成した濃度検量線にて定量を行なった。
HPLC分析に供する各培養液上清試料は、予め37mM硫酸にて適宜希釈した後、DISMIC−13cp(0.20μmセルロースアセテート膜、ADVANTEC製)又はMULTI SCREEN MNHV45(0.45μmデュラポア膜、MILLIPORE製)を用いて不溶物の除去を行なった。
【0075】
参考例2 乳酸生産速度の計算法
各培養液上清試料を、参考例1に従って乳酸濃度(単位:g−乳酸/L−培地)を測定し、乳酸濃度の変化に要した時間(単位:hr)で除することにより、単位時間当たりの乳酸生産速度(単位:g−乳酸/L/hr)を算出した。さらに、各製造例における対照条件の乳酸生産速度に対する相対値を求めた。