【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のプラスチック成形金型鋼のうち、第1の本発明は、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.3〜2.0%、Cr:2.0〜6.0%、Ni:2.0%未満、Al:0.5%以下、B:0.001〜0.01%、MoとWを単独もしくは複合でMo+1/2W:0.4〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、かつ不可避不純物中でCu:0.25%以下、S:0.002%以下、O:0.0015%以下、N:0.01%以下に規制した組成を有
し、鋼中に存在するM23C6型のCr系炭化物粒子の平均粒径が等価円直径で70nm以下であることを特徴とする。
【0011】
第2の本発明のプラスチック成形金型鋼は、前記第1の本発明において、前記組成として、さらにV:0.3%以下を含有することを特徴とする。
【0012】
第3の本発明のプラスチック成形金型鋼は、前記第1または第2の本発明において、Ms点が420℃以上であることを特徴とする。
【0014】
第
4の本発明のプラスチック成形用金型鋼の製造方法は、前記第1〜第3の本発明のいずれかに記載のプラスチック成形用金型鋼
を製造する方法であって、前記第1〜第3の本発明のいずれかに記載のプラスチック成形用金型鋼の組成を有する材料に、固溶化処理を行った後、400℃〜550℃で時効処理を行うことを特徴とする。
【0015】
本発明では硬さ向上の手段として、上記特許文献で用いられたNiAlの析出を必要とせず、微細なM
23C
6型のCrを主構成元素とする炭化物の析出を利用することによって、希少金属であるNiの低減を実現している。前記炭化物は等価円直径70nm以下が望ましく、より望ましくは等価円直径2〜50nmである。さらに、これらの結果生じるMs点の向上及び析出温度の低下によって、固溶化後の下げ切り温度及び時効温度をそれぞれ向上及び低下させ、効率的な熱処理工程が可能となることを見出した。
【0016】
次に、本発明で成分範囲を限定した理由を以下に説明する。
C:0.01〜0.15%
Cは焼入れ性を向上させる元素であり、また目的の硬さに調整するためにも0.01%以上の含有が必要である。一方、多量に含有した場合にはCrと結合して過剰の炭化物を形成し、素地のCr濃度低下に伴って耐食性が低下するとともに、溶接性も劣化することから、その上限を0.15%とする。なお、同様の理由で下限を0.03%、上限を0.1%とするのが望ましい。
【0017】
Si:0.5〜2.0%
Siは溶製時に脱酸剤として作用するとともに、被削性を向上させる効果も有する。そのためには、0.5%以上の含有を要する。一方、含有量が多い場合は、成分偏析が生じて鏡面性を劣化させるとともに、過度の靱性低下を招くので、その含有量の上限を2.0%とする。なお、同様の理由で下限を0.5%、上限を1.5%とするのが望ましい。
【0018】
Mn:0.3〜2.0%
Mnは焼入れ性向上に効果的な元素であり、添加により良好な機械的特性を得ることができる。その効果を得るためには、0.3%以上の含有が必要である。ただし、過度の含有は靱性の低下を招くので、上限を2.0%とした。なお、同様の理由で下限を0.3%、上限を1.5%とするのが望ましい。
【0019】
Cr:2.0〜6.0%
Crは耐食性の向上及び焼入れ性の向上に有効な元素であり、加えて本発明ではCと結合して微細なM
23C
6型炭化物を形成し、硬さを向上させる作用ももたらす。含有量を増加させるほどこれらの効果は顕著となるが、一方で過度の含有は熱伝導率、耐食性及び溶接性の低下につながることから、含有量を2.0〜6.0%に調整する必要がある。なお、同様の理由で下限を3.0%、上限を5.0%とするのが望ましい。
【0020】
Ni:2.0%未満
NiはAlと結合してNiAlを形成するが、本発明ではNiAlの析出を必要とせず、希少金属であるNiを低減した組織設計とすることから、含有量上限を2.0%未満としている。
なお、極端な焼入れ性の低下を防ぎ、加えて母相の強度と靱性を確保する目的から、下限を0.5%とするのが望ましい。
【0021】
Al:0.5%以下
これまでプリハードンタイプの金型材ではNiAlの析出強化を利用しているため、Alを添加しなければならなかったが、本発明はNiAlを析出させない設計であるため、NiAlを析出させるためのAlは不要である。ただし、製鋼時の脱酸効果を得るためにAlを添加してもよいが、その場合の含有量の上限は0.5%とする。なお、NiAlの析出を抑制するため、上限を0.05%未満とするのが望ましく、さらに0.03%以下とするのが一層望ましい。
【0022】
B:0.001〜0.01%
Bは焼入れ性の向上効果を有するに加えて、被削性を付与させる作用もあるため、0.001%以上の含有が必要である。一方で過度に含有した場合は、熱間加工性を阻害することに加えて溶接時の割れ感受性を高めるために、その上限を0.01%とする。なお、上記と同様の理由で上限を0.005%とするのが望ましい。
【0023】
Cu:0.25%以下
Cuは時効処理によって析出し、素材を硬化させる作用を有するものの、靱性を著しく劣化させる。また、Cu添加鋼を製造した場合、鋼塊製造用の設備がCuで汚染されて、同一設備を使って製造するその後の製品にCuが混入する可能性がある。Cuは熱間加工性の著しい低下をもたらすので、Cu添加鋼を製造した後に、比較的Cu感受性が低い鋼を釜洗いの目的で製造するなどの制約が生じる。したがって、Cu含有量は、不可避不純物として極力低減させる必要があり、上限を0.25%に規制する。
【0024】
S:0.002%以下、O:0.0015%以下、N:0.01%以下
SはMn、OはSiやAlなど、NはAlなどと結合して非金属介在物を形成する。これらは、鏡面研磨時に脱落してピンホール欠陥の原因になりうるため、鏡面性を高める上での障害となる。また、腐食環境下での錆の起点ともなりうる。これらの理由から、上記した非金属介在物はできるだけ少なくするのが望ましく、そのためには、S、O、Nの含有量を極力低減させることが必要である。このため、S、O、Nの上限は、それぞれ0.002%、0.0015%、0.01%とする。
【0025】
Mo+1/2W:0.4%〜1.5%
MoとWは、溶体化処理後の冷却時あるいは時効処理時に微細な炭化物を形成し、硬さ向上の役割を果たすが、過剰に添加すると靱性の低下をもたらすことから、上限及び下限を定めることが必要である。ここでWは、Moに対して質量%でほぼ倍の量で同様の効果が認められることから、Mo+1/2Wの計算式で、下限を0.4%、上限を1.5%に規制する。なお、上記と同様の理由で下限を0.5%、上限を1.0%とするのが望ましい。
【0026】
V:0.3%以下
Vは焼戻し軟化抵抗性を高めるとともに、硬質の炭化物を微細に形成して耐磨耗性を向上させる効果があるので所望により含有させることができる。ただし、多すぎると金型加工時の工具の摩耗を増加させるとともに、多量の炭化物の析出による靱性低下を招くので、0.3%以下とする。
【0027】
次に、本発明でM
23C
6型のCr系炭化物粒子の平均粒径を限定した理由を以下に述べる。
本発明では、析出強化を目的としてM
23C
6型のCr系炭化物を析出させているが、析出粒子が微細なほど硬化作用が得られることから、等価円直径は70nm以下が望ましく、より望ましくは50nm以下とする。ただし、炭化物粒子の過度の微細化には体積分率の減少が伴い、これによる硬さの低下が避けられないことから、粒子径の下限値を2nmとするのが望ましい。
【0028】
また、本発明では、Ms点が420℃以上であるのが望ましい。Ms点を高めることで、固溶化後の下げ切り温度を向上させることができ、効率的な熱処理工程が可能となる効果がある。
【0029】
また、本発明の製造方法では、固溶化処理を行った後、400℃〜550℃で時効処理を行うことで、等価円直径70nm以下の微細なM
23C
6型Cr系炭化物の析出を硬さ向上手段として利用するため、NiAlの析出を利用しない組織設計が可能となり、その結果、希少金属であるNiの低減が可能となる。さらに、これらの結果生じるMs点の向上及び析出温度の低下によって、固溶化後の下げ切り温度及び時効温度をそれぞれ向上及び低下させる。