【実施例】
【0072】
例1:
本例は患者の左眼が優位眼であり右眼が非優位眼である場合である。非優位眼は限られた範囲での運動は可能である。
【0073】
図8に本システムの構成をブロック図として示す。本例用のブロック図には、
図6a、
図6bに関連して上で既に述べた構成要素が含まれている。
【0074】
レンズL2は優位眼LEの前方に位置している。レンズL2は従来のレンズである。優位眼に焦点の問題がない場合は、レンズの度数はゼロでもよい。そうではない場合、優位眼用レンズL2は検眼士の処方通りの度数を有することができる。患者の優位眼はこのレンズを通して風景を遮られることなく見ることができ、たとえば前方の物体38が見える。
【0075】
第1アイトラッカー24は優位眼用レンズL2の下部に位置しており、(実用上)優位眼の視界を妨げることがなく、また同時に、優位眼の位置を信頼性高く追跡することができる。
図8ではこれを「正常視野」として示す。
【0076】
広角表示装置26は非優位眼の前方に位置している。
【0077】
アイピースレンズ34は広角表示装置26と非優位眼NLEとの間に位置しており、非優位眼は表示部上に映る焦点の合った物体の画像を見ることができる。このアイピースレンズは、患者の眼に必要な矯正度数を有する必要がある。したがって非優位眼は、表示部上に映る物体の仮想画像のみを見ることになる。
図8ではこれを「仮想視野」として示す。
【0078】
第二アイトラッカー22は非優位眼の表示装置26の下部に位置し、非優位眼の視界を妨げることがなく、また同時に、非優位眼の位置を信頼性高く追跡することができる。
【0079】
広角デジタルビデオカメラ28は非優位眼の右側に位置し、カメラには、患者の頭部前方の外の風景が、遮られることなく、非優位眼が健康であれば見えるのと同じように映る。カメラは適切なCCDまたはCMOS固体センサ(またはその他のセンサ)を備え、非優位眼NLEが正常に動くことができれば見えるであろう視野全体を含むに充分な視野を有するレンズを備える。実用上、この角度は少なくとも70°の範囲内であり、約100°であると好ましい。
【0080】
カメラは広角レンズを有するため、非優位眼の位置にある正常な眼が見ることのできる視野の大部分を瞬時に捉えることができる。立体像を知覚するためには人間の脳は、優位眼の位置と非優位眼の位置の双方からの僅かに異なる2つの画像を同時に受け取る必要があるため、この位置は重要である。得られた画像は処理装置30により迅速に加工処理され、優位眼の素早い動きも正しく追跡される。
図8では概略的に、カメラが捉える画像が電子的にカメラから処理装置に送られることを矢印で示している。もう1つの矢印は、加工後のシフトされた画像が電子的に表示装置に送られることを示している。
【0081】
上述のように、カメラは物体までの距離を計測可能でありオートフォーカス機能を有していることが好ましい。
【0082】
例2:
本例は患者の左眼が優位眼であり右眼が非優位眼であり、非優位眼が完全麻痺状態である場合である。
【0083】
本例の治療用システムのブロック図は基本的に
図8と同様である。ただし、本例では非優位眼が麻痺のためまったく動くことがなく、頭部の方向に対して固定の方向を向くため、第二アイトラッカーは不要となる。したがって非優位眼の注視角度αは予め知られているので、これを考慮して優位眼と非優位眼の間の角度偏差補正に必要な計算を行うことができる。
【0084】
例3:
本例は患者の両眼がいずれも異常な方向を向いている場合を扱う(つまり、交代斜視、眼振など)
【0085】
本システムのブロック図を
図9に示す。容易に分かる通り、
図8に示す図のシステムと基本的に同様である。
【0086】
したがって、同様の構成要素は同様の参照符号で示している。ただし、本例の治療用システムの構成では、優位眼付近に位置する追加のビデオカメラ40と、優位眼の前方に位置する追加の広角表示装置39とが必要となる。
【0087】
追加のアイピースレンズ42を優位眼の前方に設けてもよい。
【0088】
仮想視野の方向をカメラと物体との間の直線で、また、必要視野の方向を両眼と物体との間の直線で示している。
【0089】
次の表に、発明を限定することのない例として、上に挙げた例それぞれに必要なシステムのハードウェア構成例をまとめる。
【0090】
【表1】
【0091】
次に、
図10〜14を参照して、上に挙げた3つの例について本発明に係る視覚障害治療方法を説明する。
【0092】
例1:
以下の計算では、物体が患者から遠く離れており両眼が平行に全く同じ方向を注視する必要があると仮定する。優位眼は空間内の物体を注視する。
【0093】
ここで、
図10の左側に示すように、物体が(頭部に対して)β=10°左方に位置すると仮定する。患者が物体を注視すると、第1アイトラッカーは優位眼の注視方向を検出し、優位眼の注視角度βを決定しこのデータを処理装置に送る。
【0094】
第二アイトラッカーは非優位眼付近に位置している。
【0095】
非優位眼は空中の任意の方向を注視している。ここで、
図10の右側に示すように、非優位眼はβ=30°右方を注視していると仮定する。この角度αは、患者の斜視などが原因となっている。第二アイトラッカーは非優位眼の注視角度αを決定しこのデータを処理装置に送る。
【0096】
このように、優位眼はその視野の中心で物体の画像を見ているが、非優位眼はその注視方向からα+β=40°左方にある物体の画像を見ることになる。この状態は
図11に示している。このような角度偏差があると2つの異なる画像を脳内で結合させることができず、複視を防ぐために非優位眼が見る画像は抑制されなければならない。
【0097】
ここで、物体の画像を撮像するビデオカメラが、頭部に対して右方にγ=15°傾いているとする。これを
図12に示す。この傾きのために、ビデオカメラから「見える」物体の画像は左方にβ+γ=25°シフトしている。この状態を
図12の右側に示す。
【0098】
ビデオカメラが撮像した像は処理装置に送られる。
【0099】
ビデオカメラにより生成される画像を用いて、処理装置は患者の両眼から物体までの距離を計算しこの距離をメモリに保存する。この算出は、写真術で用いられる、パッシブ方式のオートフォーカス、位相差検出、コントラスト検出、アクティブ方式のオートフォーカスなどのフォーカス技法を用いて行うことができる。
【0100】
広角表示装置は非優位眼の前方に位置し、非優位眼の自然視野の全体を遮断している。ここで、広角表示装置は右方にγ=15°傾けて固定されており、表示部の中心は非優位眼が有するであろう160°の視野の中心にあると仮定する。これを
図13の右側に示す。
【0101】
処理装置30は上述した必要な画像処理を行い、非優位眼の実際の注視方向の真正面に画像を表示するために画像を電子的にシフトさせるのに必要な傾き角度を算出する。本例では画像を右方に(β+γ)+(α-γ)=β+α=10+30=40°の角度で電子的にシフトさせる必要がある。このようにシフトさせることにより、両眼の注視方向における角度偏差は補正されて、両眼は視野の中心で、それぞれの光学軸の注視方向の真正面で画像を見ることができる。これを
図13に示している。したがって、両眼が正しい角度で物体を注視しているかのように、患者の脳はこれら2つの画像を結合させて1つの正常な立体像を結ぶことができる。
【0102】
画像処理、計算、および角度偏差補正はシステムにより連続的に行われ、非優位眼前方の画像は常に、優位眼が注視する方向に応じた必要な角度で映される。
【0103】
ここで、物体が患者からあまり離れておらず、両眼が平行ではなく輻輳角度で物体を見る必要があると仮定する。
【0104】
たとえば、測距機能により計測される物体までの距離が350mmであるとする。既に
図4を参照して説明したように、処理装置は輻輳角度δを5.3°として算出する。容易に分かる通り、この角度δ全体をシフト角度に加えればよい。
【0105】
つまり、本例では、物体が患者から350mm離れている場合、また上述の通り輻輳角度δ=5.3°と算出された場合、非優位眼の前方に表示される画像は左方に全体でα+δ=30+5.3=35.3°シフトさせる必要がある。
【0106】
したがって本例でも、非優位眼は、あたかも正常眼として正しい方向で物体を注視しているかのように、前方の表示装置上に移される画像を知覚することになる。これによって、非優位眼は実際には物体を注視していないにもかかわらず、脳は立体像を知覚することができる。
【0107】
実用時には、物体と患者頭部との距離がたとえば2m未満の場合、輻輳角度の算出が必要となる。
【0108】
次に、
図14を参照して、3つの例すべてについてそのプロセスフローをまとめる。
第1の例では処理工程は
図14aに示す通りとなる。
【0109】
治療工程は、優位眼の注視方向を検出し注視角度を取得するステップ1400から始まる。これはアイトラッカー24により行われる。取得した注視角度は処理装置のメモリに保存される。
【0110】
1410で示す次のステップでは、風景の大部分を網羅する視野角を有する広角デジタルカメラ28により風景の全体画像を取得する。
【0111】
次のステップ1420では、対象の物体までの距離を計測し、計測値を処理装置のメモリに保存する。
【0112】
続くステップ1430ではカメラの焦点を調節する。
【0113】
さらなるステップ1440では非優位眼の注視方向を検出しその注視角度を取得する。これはアイトラッカー22により行われる。取得した注視角度は処理装置のメモリに保存される。
【0114】
次のステップ1450では処理装置により優位眼と非優位眼の注視角度間の偏差を算出する。先に算出した物体までの距離によっては、さらに輻輳角度も算出する。
【0115】
次のステップ1460では、カメラが生成した画像を、非優位眼の角度偏差を補正すべく画像をシフトするよう処理を行う。
【0116】
最終ステップ1470では、シフトした画像を非優位眼前方に位置する広角表示装置26上に表示する。
【0117】
上記一連のステップを連続的に繰り返す。
【0118】
例2に適した治療方法のプロセスフローを
図14bに示す。
【0119】
例1に適した方法は基本的に例2と同様であり
図14bでは同様の処理工程は同様の参照符号で示している。
【0120】
ただし、例2に適した治療方法には、麻痺した非優位眼の注視方向は既に知られているため、ステップ1440が無い。
【0121】
例3に適した治療法のプロセスフローを
図14cに示す。
【0122】
ここでも、同様の工程は同様の参照符号で示している。ただし本例では、追加のアルゴリズムにより両眼の注視角度を求める必要がある。あるアルゴリズムでは、処理装置は一方の眼を固定的に優位眼と定義し、優位眼に関連する瞬間的な値ではなくその注視角度の平均値を計算に用いる。
【0123】
また別のアルゴリズムでは、両眼の運動を分析しこれに基づいて自動で交互に優位眼を定義する。
【0124】
例3のプロセスフローは、両眼の注視角度を求めるステップ1405から始まる。この後ステップ1480を実行する。ステップ1480では、広角カメラ28、36によって風景の全体画像を2つ求める。次のステップ1490では必要な注視方向を算出する。さらなるステップ1420、1430は、例1について先に説明したプロセスフローと同様である。ステップ1500では両眼について集めたデータに基づき優位眼を指定する。次のステップ1450、1460は、例1について先に説明したプロセスフローと同様である。最終ステップ1510では、各眼の前方に位置するそれぞれの広角表示装置に、シフトさせた画像を表示する。
【0125】
この構成では、患者は、角度偏差が補正されることなく実際に見える異常な画像より安定した画像を見ることになる。
【0126】
したがって、本発明のシステムおよび方法により、複視および麻痺に関連する視覚障害を治療することが可能となる。
【0127】
機械的に動く構成要素を備えないコンパクトなシステムで視覚障害を治療することが可能になるので、本治療はアイウェアを装着する患者の利便性を目的として行うことができる。
【0128】
本発明は上述の例に限られず、当業者であれば、添付の請求の範囲に定義される発明の範囲を逸脱することなく、変更や改変を行うことができるのは言うまでもない。
【0129】
したがってたとえば、電池パックに代えて、またはこれに加えて、システムが外部に接続されていてもよい。この接続により、(たとえば充電などの)電力供給や、較正、履歴データ、眼球トレーニング運動、仮想画像挿入などのデータ入出力を行うことができる。
【0130】
高解像度を得るために、広角デジタルカメラは複数の画像センサを備えることができる。
【0131】
アイウェアのレンズに広角表示装置を装着する代わりに、網膜走査ディスプレイまたはその他の技術を用いてもよい。市販の網膜走査ディスプレイ装置の例として、日本のブラザー社の開発による網膜走査ディスプレイ装置を挙げることができる。
【0132】
また、上述の説明、および/または以下の請求の範囲、および/または添付の図面に開示する特徴点は、本発明を様々な形態で実施するために個別にまたは組み合わせて用いるものであることは言うまでもない。
【0133】
以下の請求の範囲における「備える(comprise)」「含む(include)」「有する(have)」という用語やこれらの活用形は、「〜を含むがこれに限定されない」の意味で用いる。