(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
内径側がスプライン嵌合された内径側摩擦板と外径側がスプライン嵌合された外径側摩擦板とが、共通の回転軸周りで相対回転可能に設けられており、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板をピストンにより前記回転軸方向に押圧すると、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板のうちの一方の摩擦板に設けたフェーシング材が、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板のうちの他方の摩擦板に圧接して、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板との相対回転が、押圧力に応じて規制されるクラッチにおける冷却構造であって、
前記周方向で隣接するフェーシング材の間に潤滑油を供給する油孔が、前記回転軸周りの周方向に間隔をあけて配置されており、
前記一方の摩擦板において前記フェーシング材は、前記回転軸周りの周方向に所定間隔を空けて設けられて、前記周方向で隣接するフェーシング材の間に、遠心力により内径側から外径側に移動する潤滑油が通流する溝が形成されており、
前記回転軸方向から見た前記溝の幅が狭くなるほど、前記溝を通過する潤滑油の流量が少なくなるとともに、前記溝を通過する潤滑油での空気含有率が低くなり、
前記回転軸方向から見た前記溝の幅の下限を、前記溝を通過する潤滑油の流量に基づいて設定すると共に、上限を、前記溝を通過する潤滑油での空気含有率に基づいて設定し、
前記下限は、前記溝を通過する潤滑油の流量が、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板の所定温度以下への冷却が可能な最小の流量となる第1の閾値幅に設定され、
前記上限は、前記溝を通過する潤滑油での空気含有率が、当該空気含有率の潤滑油により、前記内径側摩擦板と前記外径側摩擦板の前記所定温度以下への冷却が可能な最大の含有率となる第2の閾値幅に設定されているクラッチにおける冷却構造。
前記凹溝の幅の下限は、前記凹溝の幾何学的形状の製造性が成立すると共に、前記潤滑油の通流が可能となる最小の幅に設定されている請求項3に記載のクラッチにおける冷却構造。
前記所定温度は、前記クラッチの耐熱許容温度に基づいて設定された温度であって、前記耐熱許容温度よりも低い温度である請求項1から請求項4の何れか一項に記載のクラッチにおける冷却構造。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施の形態にかかるクラッチの冷却構造を説明する図である。
【
図2】摩擦板の内径側での潤滑油の分布と、摩擦板に設けたフェーシング材を説明する図である。
【
図3】ドット溝の幅と、潤滑油の流量および潤滑油での空気含有率との関係を説明する図である。
【
図4】ワッフル溝の幅と、潤滑油での空気含有率と摩擦板の温度との関係を説明する図である。
【
図5】ドット溝の幅とワッフル溝の幅の上限と下限を説明する図である。
【0013】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
図1は、実施の形態にかかるクラッチにおける冷却構造を説明する図であり、(a)は、無段変速機の前後進切替機構3周りを拡大して示す断面図であり、(b)は、(a)における領域Aの拡大図である。
【0014】
変速機ケース1の内部では、前カバー部11とダブルピニオン遊星歯車組2との間に、前進クラッチ4と後進ブレーキ5とが位置している。
後進ブレーキ5は、前進クラッチ4の外径側に位置しており、クラッチドラム45の外周にスプライン嵌合したドライブプレート51と、変速機ケース1の内周にスプライン嵌合したドリブンプレート55と、油圧により回転軸Xの軸方向にストロークするピストン53と、を有している。
【0015】
ドライブプレート51とドリブンプレート55とは、回転軸Xの軸方向で交互に配置されており、これらドライブプレート51とドリブンプレート55とを、ピストン53により回転軸Xの軸方向に押圧すると、ドライブプレート51に設けたフェーシング材52(
図1の(b)参照)が、ドリブンプレート55に圧接して、ドリブンプレート55とドライブプレート51とが相対回転不能に締結されるようになっている。
【0016】
ここで、ドリブンプレート55は、変速機ケース1の内周にスプライン嵌合して設けられており、回転軸X周りの回転が規制されている。そのため、ドライブプレート51とドリブンプレート55とが相対回転不能に締結されると、ドライブプレート51がスプライン嵌合したクラッチドラム45は、回転軸X周りの回転が規制されるようになっている。
【0017】
クラッチドラム45は、外周にドライブプレート51がスプライン嵌合する周壁部451と、周壁部451の一端から内径側に延びる底壁部450と、を有している。クラッチドラム45は、有底円筒形状を成しており、周壁部451の内周には、前進クラッチ4のドリブンプレート46がスプライン嵌合して設けられている。
【0018】
前進クラッチ4は、このドリブンプレート46と、クラッチハブ41の外周にスプライン嵌合したドライブプレート42と、油圧により回転軸Xの軸方向にストロークするピストン44と、を有している。
【0019】
クラッチハブ41は、ドライブプレート42が外周にスプライン嵌合する周壁部411と、周壁部411の一端から内径側に延びる底部410と、から有底円筒形状に形成されている。
変速機ケース1内においてクラッチハブ41と、クラッチドラム45は、互いの開口を対向させた向きで、回転軸Xの軸方向から組み付けられており、この状態においてクラッチハブ41は、クラッチドラム45の周壁部451の内側に収容されている。
【0020】
図2の(a)に示すように、回転軸Xの軸方向から見て、クラッチハブ41の周壁部411は、外径側に位置するスプライン山部411aと内径側に位置するスプライン谷部411bとが、回転軸X周りの周方向に交互に連なって形成されており、スプライン山部411aの外周に、前進クラッチ4のドライブプレート42がスプライン嵌合するようになっている。
この状態において、ドライブプレート42は、内径側に突出する突出部420aを、回転軸X周りの周方向で隣接するスプライン山部411a、411aの間に位置させており、ドライブプレート42は、回転軸X周りの周方向におけるクラッチハブ41との相対回転が規制された状態で、回転軸Xの軸方向に変位可能に設けられている。
【0021】
図1に示すように、前進クラッチ4では、ドライブプレート42とドリブンプレート46とが、回転軸Xの軸方向で交互に配置されており、これらドライブプレート42とドリブンプレート46とを、ピストン44により回転軸Xの軸方向に押圧すると、ドライブプレート42に設けたフェーシング材43(
図1の(b)参照)が、ドリブンプレート46に圧接して、ドライブプレート42とドリブンプレート55と、が相対回転不能に締結されるようになっている。
【0022】
ここで、クラッチハブ41の底部410は、内径側の周縁部410aがサンギヤ21の円筒状の基部210に溶接されており、サンギヤ21とクラッチハブ41とは、回転軸X周りの周方向の相対回転が規制された状態で、互いに連結されている。
そして、サンギヤ21は、前後進切替機構3の入力軸31の外周にスプライン嵌合して取り付けられているので、図示しない駆動源から入力される回転駆動力で入力軸31が回転すると、サンギヤ21とクラッチハブ41にスプライン嵌合したドライブプレート42とが、回転軸X周りに一体に回転するようになっている。
【0023】
そのため、この状態で、ドライブプレート42とドリブンプレート55とがピストン44により相対回転不能に締結されると、入力軸31に入力された回転駆動力が、互いに締結されたドライブプレート42とドリブンプレート46とを介して、クラッチドラム45に伝達されるようになっている。
【0024】
クラッチドラム45の内径側には、前カバー部11の円筒状の支持部111に外挿された円筒状の内壁部453が設けられており、この内壁部453には、当該内壁部453を径方向に貫通して油孔453aが設けられている。
実施の形態では、回転軸X周りに回転する入力軸31の外周に、油孔31aが形成されており、この油孔31aを介して、変速機ケース1の内部に潤滑油が供給されるようになっている。
そして、この油孔31aから変速機ケース1の内部に供給された潤滑油は、回転による遠心力で、径方向外側に移動するようになっており、油孔31aから供給された潤滑油の一部が、クラッチドラム45の内壁部453に設けた油孔453aを通って、内壁部453の径方向外側に位置するクラッチハブ41の周壁部411まで到達できるようになっている(
図1の(a)、矢印参照)。
【0025】
そして、クラッチハブ41の周壁部411に到達した潤滑油は、周壁部411に設けた油溝411cを通って、周壁部411の径方向外側に位置するドライブプレート42とドリブンプレート46に供給されて、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを潤滑(冷却)するようになっている。
【0026】
図2の(a)に示すように、ドライブプレート42は、回転軸Xの軸方向から見てリング状を成す板状の基部420を有している。
この基部420のドリブンプレート46に対向する領域には、回転軸Xの径方向に所定幅W(
図2の(b)参照)を有するフェーシング材43が貼り付けられており、実施の形態では、板状の基部420の両面にフェーシング材43が設けられている(
図1の(b)参照)。
【0027】
フェーシング材43は、回転軸X周りの周方向に間隔を開けて複数設けられている。
実施の形態では、平面視において略平行四辺形形状のフェーシング材43A、43Cの間に、平面視において台形形状のフェーシング材43Bを配置した構成を基本単位としており、基部420では、この基本単位のフェーシング材43(43A、43B、43C)が、回転軸X周りの周方向に複数連なって配置されている。
なお、以下の説明においては、フェーシング材43A、43B、43Cを特に区別しない場合には、単純にフェーシング材43と表記する。
【0028】
周方向で隣接するフェーシング材43、43の間には、潤滑油OLが通流するドット溝421(421a、421b、421c)が形成されており、実施の形態では、ドット溝421を通流する潤滑油OLにより、ドライブプレート42が冷却されるようになっている。
【0029】
図2の(b)に示すように、フェーシング材43Aとフェーシング材43Cの間のドット溝421aは、回転軸Xの軸方向から見てリング状を成す基部420の直径線Lmに沿って等しい幅Waで形成されている。
【0030】
フェーシング材43Aとフェーシング材43Bの間のドット溝421bと、フェーシング材43Bとフェーシング材43Cの間のドット溝421cは、それぞれ基部420の直径線Lmを挟んで対称に設けられており、これらドット溝421b、421cもまた、長手方向の全長に亘って等しい幅Waで形成されている。
【0031】
実施の形態では、ドット溝421b、421cは、それぞれ直径線Lmに対して所定角度θ傾いており、回転軸X周りの周方向におけるドット溝421b、421cの間隔L1は、基部420の内径側から外径側に向かうにつれて広くなっている。
なお、以下の説明においては、ドット溝421a、421b、421cを特に区別しない場合には、単純にドット溝421と表記する。
【0032】
フェーシング材43の表面には、平面視において格子状を成すワッフル溝431が、設けられており、ドット溝421を通流する潤滑油OLの一部が、このワッフル溝431を通流すると共に、このワッフル溝431を通流する潤滑油OLがフェーシング材43から熱を奪うことで、フェーシング材43と、基部420におけるフェーシング材43が貼り付けられた領域とが冷却されるようになっている。
【0033】
実施の形態では、ワッフル溝431のないフェーシング材43をドライブプレート42の基部420に貼り付けたのち、格子状の突起を持つパンチ(図示せず)でフェーシング材43を押圧することで、ワッフル溝431を形成している。
そのため、フェーシング材43においてワッフル溝431は、ドリブンプレート46との圧接面430から凹状に窪んだ溝として形成されており、ワッフル溝431の各々は、それぞれ同じ幅Wbで形成されている。
【0034】
ここで、変速機ケース1内での潤滑油OLの移動と分布を説明する。
実施の形態では、ドット溝421やワッフル溝431を通流する潤滑油OLは、回転軸X周りに回転する入力軸31の油孔31aから変速機ケース1内に供給される。ここで、油孔31aから供給される潤滑油OLには回転による遠心力が作用しているので、潤滑油OLは、変速機ケース1の内部を外径側に向けて移動する。
そして、入力軸31の油孔31aから変速機ケース1内に供給された潤滑油OLは、入力軸31の外径側に位置する内壁部453の油孔453aを通ってドライブプレート42に到達するようになっている。
【0035】
ここで、従来では、より多くの潤滑油を摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)に供給すれば、これら摩擦板を有するクラッチ(前進クラッチ4)の冷却性が良くなるという考えが一般的であり、入力軸31から供給される潤滑油の量を増やすことで、クラッチの冷却性を高めようとすることが一般的であった。
本願出願人は、内径側から供給される潤滑油の変速機ケース1内での分布を解析したところ、潤滑油の油孔(入力軸31の油孔31aやクラッチドラム45の油孔453a)が、回転軸X周りの周方向に間隔を配置されているために、入力軸31の油孔31aから供給される潤滑油や、クラッチドラム45の油孔453aから径方向外側に供給される潤滑油の分布に、偏りが生じることを見いだした。
【0036】
ここで、クラッチドラム45の油孔453aの径方向外側での潤滑油の分布を例に挙げて説明すると、
図2の(a)に示すように、図中時計回り方向CWに回転するクラッチドラム45の内壁部453では、回転軸X周りの周方向に間隔を開けて油孔453aが設けられている。そのため、内壁部453の外径側には、油孔453aから供給された潤滑油OLの密度が高い領域Aと、潤滑油OLよりも空気の密度の方が高い領域Bとが形成され、これらの領域Aと領域Bの位置は、クラッチドラム45の回転に連動して、回転軸X周りの周方向に変位する。
【0037】
そのため、潤滑油OLが最終的に到達するクラッチハブ41の周壁部411の内周(ドライブプレート42の内径側)にも、上記のような潤滑油OLの密度が高い領域Aと、潤滑油OLよりも空気の密度の方が高い領域Bとが混在することになる。
【0038】
ここで、本願出願人は、(1)空気と潤滑油では、潤滑油の方が空気よりも比重が大きいので、同じ大きさの遠心力が作用したときには、潤滑油の方が空気よりも径方向外側に移動しやすいこと、(2)遠心力で移動する潤滑油が通流する溝(ドット溝421、ワッフル溝431)では、溝の幅が狭いほど潤滑油の流量が少なくなると共に通流する潤滑油での空気の含有率が低くなり、溝の幅が広いほど潤滑油の流量が多くなると共に通流する潤滑油での空気の含有率が高くなること、(3)空気の熱伝導率は潤滑油の熱伝導率よりも低いので、潤滑油での空気の含有率が低いほど、潤滑油が溝を通流する際の摩擦板(ドライブプレート、ドリブンプレート)の冷却性が向上し、潤滑油での空気の含有率が高いほど、潤滑油が溝を通流する際の摩擦板の冷却性が低下すること、を種々検討のうえで見いだすと共に、これらに基づいて、(a)摩擦板の冷却性は、溝の幅が狭い場合には、潤滑油の流量に依存し、溝の幅が広い場合には、溝を通流する潤滑油での空気の含有率に依存するという傾向を見いだした。
【0039】
そこで、実施の形態では、これら見いだした傾向に基づいて、溝(ドット溝421、ワッフル溝431)の幅の上限と下限を設定して、摩擦板(ドライブプレート、ドリブンプレート)の冷却性の向上を図っている。
【0040】
以下、溝(ドット溝421、ワッフル溝431)の幅の上限と下限の設定を説明する。
図3の(a)は、ドット溝421の幅Waと、ドット溝421を通流する潤滑油OLの流量との関係を説明する図であり、(b)は、ドット溝421の幅Waと、ドット溝421を通流する潤滑油OLでの空気含有率と、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の温度との関係を説明する図である。
図4は、ワッフル溝431の幅Wbと、ワッフル溝431を通流する潤滑油OLでの空気含有率と、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の温度との関係を説明する図である。
図5は、ドット溝421の幅Waの上限および下限と、ワッフル溝431の幅Wbの上限と下限とを説明する図である。
【0041】
[ドット溝]
図3の(a)に示すように、ドット溝421の幅Waを広くすると、ドット溝421を通過可能な潤滑油OLの流量は増加する(図中、通過可能な潤滑油流量)。
しかし、
図3の(b)に示すように、ドット溝421の幅Waが広くなると、幅Waが広くなるにつれてドット溝421に空気が流入しやすくなるので、ドット溝421を通過する潤滑油OLでの空気含有率が増加する(図中、空気含有率)。
【0042】
ここで、空気の熱伝導率は潤滑油OLの熱伝導率よりも低いので、潤滑油OLでの空気の含有率が低いほど、潤滑油OLがドット溝421を通過する際の摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の冷却性が向上し、潤滑油OLでの空気の含有率が高いほど、潤滑油OLがドット溝421を通過する際の摩擦板の冷却性が低下する。
【0043】
実施の形態では、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)を予め設定された上限温度Tmax以下に確実に冷却できる空気含有率を実験等により求め、求めた空気含有率となる場合のドット溝の幅bを、ドット溝の幅Waの上限として決定している(
図3の(b)、
図5参照)。
【0044】
また、ドット溝421の幅Waが狭くなると、潤滑油OLでの空気含有率が低下する。これは、(a)ドット溝421の幅Waが狭くなると、潤滑油OLと空気がドット溝421に流入しにくくなること、(b)空気と潤滑油OLでは、潤滑油OLの方が空気よりも比重が大きいので、同じ大きさの遠心力が作用したときには、潤滑油OLの方が空気よりも移動しやすいので、潤滑油OLの方が優先的にドット溝421に流入すること、によるものである。
【0045】
そのため、ドット溝421の幅Waの下限を決定するに当たり、溝の幅が狭い場合には、摩擦板の冷却性に対する潤滑油での空気勧誘率の影響は低く、摩擦板の冷却性は、潤滑油の流量に依存することに着目し、実施の形態では、摩擦板を上限温度Tmax以下に確実に冷却できる潤滑油OLの流量であって、最小限の流量を実験等により求め、求めた流量となる場合のドット溝の幅aを、ドット溝の幅Waの下限として決定している(
図3の(a)、
図5参照)。
【0046】
すなわち、実施の形態では、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の冷却性は、ドット溝421の幅が狭い場合には、潤滑油OLの流量に依存し、溝の幅が広い場合には、ドット溝421を通流する潤滑油OLでの空気の含有率に依存するという点に着目し、ドット溝421の幅Waを、上記した下限aと上限bとの間に設定している(a<Wa<b:
図5参照)。
【0047】
[ワッフル溝]
図4に示すように、ワッフル溝431の幅Wbを広くすると、ワッフル溝431を通流する潤滑油OLでの空気含有率が上昇する(図中、空気含有率)と共に、空気含有率の上昇に伴って、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の温度が上昇する(図中、摩擦板温度)。
【0048】
また、ワッフル溝431の幅Wbが広くなってフェーシング材43におけるワッフル溝431の割合が多くなると、フェーシング材43がドリブンプレート46に圧接した際のフェーシング材43とドリブンプレート46との接触面積が少なくなるので、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要な設計基準のμ値(摩擦抵抗値)を確保できなくなるおそれがある。
【0049】
ここで、摩擦板を上限温度Tmax以下に確実に冷却できる空気含有率と、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要な設計基準のμ値(摩擦抵抗値)を、それぞれ実験などにより求め、求めた空気含有率となる場合のワッフル溝431の幅cと、フェーシング材43におけるワッフル溝431の割合が、求めたμ値を確保できる上限の割合未満となる場合のワッフル溝431の幅dと、を比較した。
その結果、空気含有率に応じて決まるワッフル溝431の幅cよりも、μ値に応じて決まるワッフル溝431の幅dのほうが小さくなるので(
図5参照)、実施の形態では、μ値に応じて決まるワッフル溝431の幅dを、ワッフル溝431の幅Wbの幅の上限値としている。
【0050】
ここで、ドライブプレート42におけるフェーシング材43の面積は、締結に必要なμ値に影響する因子である。そのため、ドライブプレート42におけるドット溝421の幅Waが大きくなると、フェーシング材43の全面積が低くなるので、この仮の上限の幅dは、ドット溝421の幅Waが広くなるにつれて、小さくなる(
図5、符号d参照)。
【0051】
さらに、ワッフル溝431の幅の下限は、ワッフル溝431の幾何学的形状の製造性が成立すると共に、潤滑油OLが通過が可能となる最小の幅eに設定している(
図5参照)。
【0052】
前記したように、ドット溝421の幅Waが狭い領域では、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の冷却性は潤滑油OLの流量に依存し、ドット溝421の幅Waが広い場合には、摩擦板の冷却性は通流する潤滑油OLでの空気の含有率に依存する。
そのため、
図5に示すように、実施の形態では、ドット溝421の幅Waは、潤滑油OLでの空気含有率に基づいて決定された上限値bと、潤滑油OLの流量に基づいて決定された下限値aとの間に設定している。
これにより、潤滑油OLの流量の不足(幅Waが下限値a未満の場合)による冷却不良や、潤滑油OLでの空気含有率が多いことによる冷却容量不足(幅Waが上限値bよりも大きい場合)による冷却不良を好適に防止できる。
【0053】
さらに、実施の形態では、フェーシング材43におけるワッフル溝431の割合が、ドライブプレート42とドリブンプレート46との締結に必要な設計基準のμ値を確保可能な割合となるように、ワッフル溝431の幅Wbの上限の幅dを設定しているので、フェーシング材43を冷却しつつ、クラッチ(前進クラッチ4)の締結不良の発生を好適に防止できる。
なお、ドット溝421の幅Waの方が、クラッチの冷却に対する影響が大きいので、実施の形態では、ワッフル溝431の幅Wbの下限は、ワッフル溝431の幾何学的形状の製造性が成立すると共に、潤滑油OLが通過が可能となる最小の幅eに設定している。
【0054】
このような範囲内に、ドット溝421の幅Waとワッフル溝431の幅Wbとを設定することで、クラッチ(前進クラッチ4)の締結不良を発生させることなく、クラッチ(前進クラッチ4)を適切に潤滑(冷却)できるようになる。
【0055】
以上の通り、実施の形態では
(1)共通の回転軸X周りで相対回転可能に設けられたドライブプレート42(内径側摩擦板)とドリブンプレート46(外径側摩擦板)とをピストン44により回転軸X方向に押圧すると、ドライブプレート42に設けたフェーシング材43が、ドリブンプレート46に圧接して、ドライブプレート42とドリブンプレート46との相対回転が、押圧力に応じて規制される前進クラッチ4(クラッチ)における冷却構造であって、
回転軸Xの軸方向から見てリング状を成すドライブプレート42の基部420では、フェーシング材43が、回転軸X周りの周方向に所定間隔を空けて設けられて、周方向で隣接するフェーシング材43、43の間に、遠心力により内径側から外径側に移動する潤滑油OLが通流するドット溝421が等幅で形成されており、
回転軸X方向から見たドット溝421の幅Waの下限を、ドット溝421を通過する潤滑油OLの流量に基づいて設定すると共に、上限を、ドット溝421を通過する潤滑油での空気含有率に基づいて設定し、
ドット溝421の幅Waの下限は、ドット溝421を通過する潤滑油OLの流量が、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを、上限温度Tmax(所定温度)以下に冷却可能な最小の流量となる幅a(第1の閾値幅)に設定され、
ドット溝421の幅Waの上限は、ドット溝421を通過する潤滑油OLでの空気含有率が、当該空気含有率の潤滑油OLにより、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを、上限温度Tmax(所定温度)以下に冷却可能な最大の含有率となる幅b(第2の閾値幅)に設定されている構成とした。
【0056】
遠心力で移動する潤滑油OLが通流するドット溝421では、ドット溝421の幅Waが狭いほど潤滑油OLの流量が少なくなると共に通流する潤滑油OLでの空気の含有率が低くなり、ドット溝421の幅が広いほど潤滑油OLの流量が多くなると共に通流する潤滑油OLでの空気の含有率が高くなる。
ここで、空気の熱伝導率は潤滑油OLの熱伝導率よりも低いので、潤滑油OLでの空気の含有率が低いほど、潤滑油OLがドット溝421を通過する際の冷却性が向上し、潤滑油OLでの空気の含有率が高いほど、潤滑油がドット溝421を通過する際の冷却性が低下する。
そのため、ドット溝421の幅Waが狭い場合には、冷却性は潤滑油OLの流量に依存し、ドット溝421の幅Waが広い場合には、冷却性は通流する潤滑油OLでの空気の含有率に依存する。
よって、上記のように構成して、ドット溝421の幅が狭いほうを規定する下限を、潤滑油OLの流量に基づいて設定し、ドット溝421の幅が広いほうを規定する上限を、通流する潤滑油OLでの空気含有率に基づいて設定すると、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)の冷却性に対する影響の大きい因子に基づいて、ドット溝421の幅Waの上限と下限が設定されることになる。これにより、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)を適切に冷却することができるドット溝421の幅Wa上限と下限を設定できるので、ドライブプレート42とドリブンプレート46を有する前進クラッチ4をより適切に冷却できるようになる。
【0057】
特に、クラッチハブ41の回転数が高い場合には、当該クラッチハブ41の周壁部411に到達した潤滑油OLに作用する遠心力が高くなるので、ドット溝421を通流する潤滑油の流速が早くなる。
ここで、ドット溝421を通流する潤滑油の流速が早くなると、潤滑油OLとドライブプレート42の基部420との接触時間が短くなるので、潤滑油OLが基部420から奪うことのできる熱量が低くなってしまう。
上記したように、実施の形態にかかるドライブプレート42では、ドット溝421の幅Waが、潤滑油OLでの空気含有率を考慮して、従来の摩擦板100(ドライブプレート:
図6参照)でのドット溝101の幅よりも狭くしている。
そのため、従来の摩擦板100の場合よりも、ドット溝421を通流する潤滑油OLの流速が低くなる。
これにより、潤滑油OLとドライブプレート42の基部420との接触時間が長くなり、接触時間が長くなった分だけ、潤滑油OLがドライブプレート42から奪うことのできる熱量が多くなるので、前進クラッチ4の冷却性がより向上するようになっている。
【0058】
さらに、ドット溝421の幅Waが、従来の摩擦板100(
図6参照)でのドット溝101の幅よりも狭くなっているので、ドット溝421を通流する潤滑油OLでの空気含有率が低くなっている。
空気含有率の低い潤滑油OLの方が、空気含有率の高い潤滑油よりもより多くの熱を、ドライブプレート42から奪うことができるので、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)をより確実に冷却して、前進クラッチ4の冷却性を向上させることができる。
よって、従来の自動変速機の場合よりも前進クラッチ4がスリップ状態になる時間が長くなるような場合でも、前進クラッチ4を適切に冷却することができる。
【0059】
また、前進クラッチ4の冷却性が従来の摩擦板100よりも向上するので、内径側(入力軸31側)から供給する潤滑油OLの量を抑えても、従来と同等の冷却性を確保できる。よって、内径側から供給する潤滑油OLの量を抑えて、潤滑油OLを供給するオイルポンプへの負荷を低減することが可能になる。
【0060】
(2)フェーシング材43のドリブンプレート46との圧接面430には凹状に窪んだワッフル溝431(凹溝)が設けられており、
回転軸X方向から見たフェーシング材43の面積におけるワッフル溝431面積の割合は、フェーシング材43がドリブンプレート46に圧接した際に、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要なμ値(摩擦抵抗値)を確保可能な割合に設定されている構成とした。
【0061】
フェーシング材43におけるワッフル溝431の割合が多くなると、フェーシング材43がドリブンプレート46に圧接した際にフェーシング材43とドリブンプレート46との接触面積が少なくなるので、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要なμ値を確保できなくなるおそれがある。
かかる場合、ドライブプレート42とドリブンプレート46を冷却できても、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結できなくなり、ドライブプレート42とドリブンプレート46とがスリップ状態になって、ドライブプレート42とドリブンプレート46との耐久性が低下する虞がある。
上記のように構成して、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要なμ値を確保することで、ドライブプレート42とドリブンプレート46との締結不良を防止しつつ、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを適切に冷却できる。
【0062】
(3)ワッフル溝431の幅Wbの上限は、
ワッフル溝431を通過する潤滑油OLの流量が、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを、上限温度Tmax(所定温度)以下に冷却可能な最小の流量となる幅c(第3の閾値幅)と、
フェーシング材43の面積におけるワッフル溝431の面積の割合が、フェーシング材43がドリブンプレート46に圧接した際に、ドライブプレート42とドリブンプレート46とを相対回転不能に締結するのに必要なμ値(摩擦抵抗値)を確保可能な割合となる幅d(第4の閾値幅)とに基づいて設定されて、
ワッフル溝431の幅Wbの下限は、ワッフル溝431の幾何学的形状の製造性が成立すると共に、潤滑油OLが通流が可能となる最小の幅に設定されている構成とした。
【0063】
このように構成すると、ドライブプレート42とドリブンプレート46との相対回転不能な締結を確保しつつ、空気含有率の低い潤滑油OLをワッフル溝431に供給して、フェーシング材43を従来よりも均一に冷却することができる。ここで、ドライブプレート42の基部420におけるフェーシング材43の面積は広いので、フェーシング材43をより均一に冷却できるようになると、ドライブプレート42の全体を均一、かつ適切に冷却することができるので、摩擦板(ドライブプレート42、ドリブンプレート46)をより確実に冷却して、前進クラッチ4の冷却性をいっそう向上させることができる。
【0064】
(4)上限温度Tmax(所定温度)は、ドライブプレート42とドリブンプレート46の耐熱許容温度に基づいて設定された温度であって、耐熱許容温度よりも低い温度である構成とした。
【0065】
このように構成すると、ドライブプレート42とドリブンプレート46のスリップによる発熱を、耐熱許容温度よりも低い温度に抑えることができるので、ドライブプレート42とドリブンプレート46を有する前進クラッチ4の耐久性の低下を好適に抑えることができる。また、ドライブプレート42に貼り付けられたフェーシング材43の炭化も好適に防止できるので、前進クラッチ4の寿命が、設計寿命以下となることを好適に防止できる。
【0066】
ここで、前記した実施の形態では、フェーシング材43がドライブプレート42に設けられている場合を例示したが、フェーシング材43は、ドリブンプレート46におけるドライブプレート42との対向面に設けられていても良い。
このようにすることによっても、前記した実施の形態の場合と同様の作用効果が奏されることになる。
【0067】
さらに、前記した実施の形態では、本発明に係るクラッチの冷却構造を、無段変速機が備える前後進切替機構3の前進クラッチ4に適用した場合を例示したが、本発明に係るクラッチの冷却構造は、駆動源から入力される回転駆動力の伝達系路上に複数の摩擦締結要素が設けられており、各摩擦締結要素における摩擦板の締結/開放の組み合わせを切り替えて、所望の変速段を実現する自動変速機での摩擦締結要素(クラッチ)に適用しても良い。