(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6189616
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】鉄基焼結合金製回転軸シールリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16J 15/28 20060101AFI20170821BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20170821BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20170821BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20170821BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20170821BHJP
F16J 15/18 20060101ALI20170821BHJP
F02B 39/00 20060101ALI20170821BHJP
【FI】
F16J15/28
C22C38/00 304
B22F5/00 S
B22F1/00 T
B22F1/00 V
B22F3/24 B
F16J15/18 C
F02B39/00 N
F02B39/00 U
【請求項の数】8
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-71293(P2013-71293)
(22)【出願日】2013年3月29日
(65)【公開番号】特開2014-194262(P2014-194262A)
(43)【公開日】2014年10月9日
【審査請求日】2016年3月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】高橋 林太郎
【審査官】
山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−304059(JP,A)
【文献】
特開平05−311208(JP,A)
【文献】
特開昭58−130259(JP,A)
【文献】
特開昭60−059043(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/28
C22C 38/00
B22F 5/00
B22F 1/00
B22F 3/24
F16J 15/18
F02B 39/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基焼結合金製の回転軸シールリングであって、前記焼結合金が、質量%で、Cr:10〜20%、Mo:3〜10%、Co:8〜18%、V:0.2〜1.0%、C:0.05〜0.25%、並びに残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有し、前記回転軸シールリングの摺動面がHv 400〜600の硬さを有することを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項2】
請求項1に記載の回転軸シールリングにおいて、前記焼結合金の基地組織に金属間化合物及び金属炭化物が分散したことを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項3】
請求項2に記載の回転軸シールリングにおいて、前記基地組織がマルテンサイトを含むことを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項4】
請求項3に記載の回転軸シールリングにおいて、前記マルテンサイトが、空孔部を除く前記基地組織の90%以上であることを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の回転軸シールリングにおいて、400℃、10時間の熱ヘタリ試験での張力減退率が8%以下であることを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の回転軸シールリングが、ターボチャージャの回転軸に用いられることを特徴とする回転軸シールリング。
【請求項7】
鉄基焼結合金製の回転軸シールリングの製造方法であって、質量%でCr:10〜20%、Mo:3〜10%、Co:8〜18%、V:0.2〜1.0%、C:0.05〜0.25%、並びに残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する混合粉末又は合金粉末をプレス成形し、焼結した後、時効硬化処理を行うことを特徴とする回転軸シールリングの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の回転軸シールリングの製造方法において、前記時効硬化処理を400〜600℃の温度で行うことを特徴とする回転軸シールリングの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸とハウジングとの間に介在して気密作用をなす回転軸シールリングに関し、特に、耐熱性及び耐摩耗性に優れた自動車エンジン用ターボチャージャの鉄基焼結合金製回転軸シールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジン用ターボチャージャの回転軸シールリングは、リング自体の張力によりハウジング内周に張り出し、保持され、回転しないように配設され、高速で回転する回転軸と摺動しながら、張力を保持していることが求められる。また、高温の排気ガスに曝されるタービンホイール側の回転軸シールリングは、高温の使用環境でのシール機能が求められる。
【0003】
近年、自動車エンジンの環境対応による燃費の向上と高性能化を両立する手段として、エンジンの排気量を20〜50%低減する、いわゆるダウンサイジングが推し進められ、さらに、高出力化及び高トルク化を実現する技術としてターボチャージング(過給)を組合せることが行われている。ターボチャージャの高性能化が進むと、構成部品への負荷も増大し、ターボチャージャの回転軸とハウジングとの間の気密を保つ回転軸シールリングへの負荷も増大し、従来の回転軸シールリングでは耐熱性や耐摩耗性が十分でなくなってきている。特に、上述したように、使用中に張力を保持していることが求められるため、高温下での耐摩耗性や耐酸化性に加え、靱性が高く、さらに長時間高温の排気ガスに曝されても張力を保持できる性能が要求されるようになってきた。
【0004】
ターボチャージャの回転軸シールリングとしては、特許文献1に開示されているように、SKH51材(JIS G 4403)の長尺の線材を螺旋状にカーリング加工した後に切断し、合口を有するC字形リング状としたものや、特許文献2に開示されているように、多孔質の焼結合金にモリコート(MoS
2微粒子を含有)を含浸処理したシールリングが使用されてきた。
【0005】
しかしながら、特許文献1や特許文献2によるシールリングは、長時間高温の排気ガスに曝されると、張力が減退してシール性が低下し、且つ、高温での摺動により摩耗が増大するという問題が生じ、最近の厳しい仕様のターボチャージャの回転軸シールリングとしては使用できないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−177504号公報
【特許文献2】実開昭63−178668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題に鑑み、耐熱性及び耐摩耗性を備え、張力減退率の少ない鉄基焼結合金製の回転軸シールリング及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鉄基焼結合金製回転軸シールリングについて鋭意研究の結果、鉄基焼結合金の材料組成を、Cr、Mo、Co、V、C及び残部Feとし、C量を比較的低く抑えて靱性を確保し、且つ、時効処理により微細な金属間化合物又は金属炭化物が析出分散した組織とすることで、耐熱性及び耐摩耗性を両立し、張力減退率の少ない鉄基焼結合金製回転軸シールリングを得ることができることに想到した。
【0009】
すなわち、本発明の回転軸シールリングは、鉄基焼結合金製の回転軸シールリングであって、前記焼結合金が、質量%で、Cr:10〜20%、Mo:3〜10%、Co:8〜18%、V:0.2〜1.0%、C:0.05〜0.25%、並びに残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有
し、前記回転軸シールリングの摺動面がHv 400〜600の硬さを有することを特徴とする。
【0011】
前記回転軸シールリングにおいて、前記焼結合金の基地組織に金属間化合物及び金属炭化物が分散していることが好ましい。また、前記基地組織はマルテンサイトを含むことが好ましく、前記マルテンサイトは、空孔部を除く前記基地組織の90%以上であることが好ましい。
【0012】
さらに、前記回転軸シールリングにおいて、400℃、10時間の熱ヘタリ試験での張力減退率が8%以下であることが好ましい。
【0013】
さらに、前記回転軸シールリングは、ターボチャージャの回転軸に用いられることが好ましい。
【0014】
また、本発明の鉄基焼結合金製の回転軸シールリングの製造方法は、質量%でCr:10〜20%、Mo:3〜10%、Co:8〜18%、V:0.2〜1.0%、C:0.05〜0.25%、並びに残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する混合粉末又は合金粉末をプレス成形し、焼結した後、時効硬化処理を行うことを特徴とする。前記時効硬化処理は、400〜600℃の温度で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の鉄基焼結合金製の回転軸シールリングは、焼結合金の材料組成を、Cr、Mo、Co、V、C及び残部Feとし、C量を比較的低く抑えて靱性を確保し、且つ、時効処理により微細な金属間化合物又は金属炭化物が析出分散した組織とすることにより、張力減退率が小さく、優れた耐熱性及び耐摩耗性を有する。これにより、高性能化及び高負荷化するターボチャージャ用の回転軸シールリングとして、優れた耐久性能を維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の回転軸シールリングを示す図である。
【
図2】本発明の回転軸シールリングを適用したターボチャージャのシール部の概略を示した図である。
【
図3】
図2の回転軸シールリング周辺(A部)を拡大した図である。
【
図4】本発明の回転軸シールリング材の耐摩耗性評価に用いた摩耗試験機の概略を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の回転軸シールリング1は、
図1に示すように、自由状態で合口隙間(m)のある合口を有している。シールリング1の合口形状は、
図1はストレート形状を示しているが、アングル形状、ステップ形状、あるいは複合ステップ形状など、各種の合口形状が適用できる。本発明の回転軸シールリング1は、
図2及び3に示すようなターボチャージャの回転軸2に設けられたシールリング溝8内でハウジング3に対向し、合口隙間を閉じて装着されたときは、自己張力によりハウジング3の内周面5に張り出し、回転しないように保持される。一方、回転軸2は高速で回転し、また排気ガスの圧力によりシールリング1をシールリング溝8の溝壁6側に押圧するので、シールリング1と回転軸2は、側面7と溝壁6の間で高速で摺動する。よって、シールリング1に要求される特性としては、高温下での高速摺動に耐えられる耐摩耗性、高温の排気ガスに耐えられる耐熱性、耐腐食性、さらに高温下でも自己張力を失わないように張力減退率の低いことが求められている。
【0018】
上記のシールリングの要求特性を満たすため、本発明の回転軸シールリング用鉄基焼結合金は、質量%で、Cr:10〜20%、Mo:3〜10%、Co:8〜18%、V:0.2〜1.0%、C:0.05〜0.25%、並びに残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する。
【0019】
Cr(クロム)は、合金化することによって耐熱性を向上し、また、焼結合金の溶体化処理後の冷却過程でマトリックスがマルテンサイト化するために必要な元素であって、質量%で10〜20%とする。Crが10%未満では十分な耐熱性を確保できず、所定のマルテンサイト組織が得られなくなる。一方、Crが20%を超えると、フェライトやオーステナイト組織を過剰に含む組織となるため、性能のバラツキが発生して好ましくない。
【0020】
Mo(モリブデン)及びCo(コバルト)は、合金化による高温強度及び硬さの向上に寄与し、なおかつ時効処理時に共に金属間化合物を形成、析出することにより耐熱性及び耐摩耗性の両方を向上させる元素であって、それぞれ質量%で3〜10%及び8〜18%とする。Moが3%未満、Coが8%未満では、良好な耐熱性及び耐摩耗性が得られない。一方、Moが10%、Coが18%を超えて含有すると、析出物の析出過多あるいは粗大化によるマトリックスの脆弱化と相手攻撃性の増加が生じて好ましくない。
【0021】
V(バナジウム)及びC(炭素)は、高温強度の向上に寄与し、耐熱性を向上させ、さらに炭化物を析出して耐摩耗性を向上させる元素であって、それぞれ質量%で、0.2〜1.0%及び0.05〜0.25%とする。Vが0.2%未満、Cが0.05%未満では、前記効果が期待できずに性能低下に繋がる。一方、Vが1.0%、Cが0.25%を超えて含有すると、炭化物の析出が促進され、相手攻撃性が高くなってしまい好ましくない。Cは、Vの他にCrやMoとも炭化物を形成するので、焼結合金の靱性を比較的高く保つためにも、Cが0.25%を超えないことが重要である。
【0022】
本発明の回転軸シールリングは、上記の合金組成とし、時効硬化処理を施すことにより、ビッカース硬度でHv 400〜600の硬さを
有する。顕微鏡組織としては、金属間化合物や金属炭化物が分散した基地組織がマルテンサイト組織を含むことが好ましく、空孔部を除いた断面におけるマルテンサイト組織が90%以上であることがより好ましい。残留オーステナイトに注目すれば、基地組織の10%未満であることが好ましい。
【0023】
本発明の回転軸シールリングの特徴である低い張力減退率は、一般に、
張力減退率=[{(加熱前張力)−(加熱後張力)}/(加熱前張力)]×100(%)…(1)
で表される。これは、自由状態の合口隙間(m)と合口を閉じた時の合口隙間(s1)からも表すことができ、加熱前合口隙間をm、加熱後の合口隙間をm’とすれば、
張力減退率={(m−m’)/(m-s1)}×100(%)……………………………………(2)
と書ける。張力減退率は、例えば、400℃、10時間の熱ヘタリ試験で測定した張力減退率が8%以下であることが好ましく、7%以下であればより好ましく、6%以下であればさらに好ましい。
【0024】
本発明の鉄基焼結合金製のターボチャージャ用回転軸シールリングは、上記組成の合金粉末又は上記組成となるように合金元素粉とFe合金粉等を混合した混合粉末をプレス成形し、焼結した後、時効硬化処理することによって製造される。合金粉末又は混合粉末には、その合計量に対して、0.5〜2質量%のステアリン酸塩等を離型剤として配合してもよい。焼結は、プレス成形した成形体を、必要により脱脂処理した後、真空雰囲気中で、1200〜1350℃の温度範囲で焼成することによって行うのが好ましい。焼結後に時効硬化処理することが重要で、焼結後に冷却のみ行ったものや溶体化処理を行っただけのものでは、耐摩耗性や耐熱性などの必要な特性を得ることができない。時効硬化処理は400〜600℃で行うことが好ましく、これにより、強度、硬度を向上し、耐摩耗性とともに耐熱性向上により張力減退率を低くすることができる。
【実施例】
【0025】
実施例1
成分組成が、質量%で、Cr:15%、Mo:5%、Co:13%、V:0.5%の鉄基合金粉末(プレアロイ粉末)に黒鉛粉を配合し、さらに前記粉末の総量に対して0.5%のステアリン酸亜鉛を配合して混合した混合粉を原料粉とした。この原料粉をシールリングの金型に充填して成形プレスにより面圧6.5 t/cm
2で圧縮・成形し、得られた成形体を脱脂処理後、真空雰囲気において1300℃で焼結処理し、1050℃で溶体化処理を行った。その後、600℃で時効処理を行い、さらに機械加工して、最終的に、呼び径(d)15.8 mmφ、厚さ(a1)0.8 mm、幅(h1)1.6 mm、合口隙間(m)2.0 mmのシールリングを作製した。また、硬度試験用に10 mmφ×5 mmと耐摩耗試験用に5 mm×5 mm×18 mmのテストピースも作製した。
【0026】
[1] 硬度試験
10 mmφ×5 mmのテストピースを鏡面研磨し、マイクロビッカース硬度計により荷重100 gで測定した。硬さは、Hv 494であった。
【0027】
[2] 熱ヘタリ試験
熱ヘタリ試験は、鋳鉄製のハウジングにシールリングの合口が閉じるように装着し、400℃で10時間の加熱を行った。張力減退率は、熱ヘタリ試験前後のシールリングの合口隙間(m)の変化量から算出した。張力減退率は5.5%であった。
【0028】
[3] 耐摩耗試験
耐摩耗試験は、
図4に示す摩耗試験機を用い、シールリング材として耐摩耗試験用テストピースから先端をR形状に研磨した摩耗試験片11を、回転軸相当材(軸受鋼(SCM440H))からなる回転するドラム型摺動相手材12に、所定の加圧力(
図4ではエアシリンダー13を用いている)で押し付けて行った。試験前後での摩耗試験片の深さ方向の形状変化を摩耗量として算出した。なお、潤滑油供給管14から所定の速度で潤滑油が供給されている。試験条件は、試験温度:200℃、試験時間:3時間、摺動速度:0.5 m/sec、荷重:125 N、潤滑油供給量:0.15 ml/minとした。結果は、摩耗量3.8μmであった。
【0029】
実施例2〜6及び比較例1〜5
成分組成を表1に示した組成にした以外は、実施例1と同様にして、実施例2〜5及び比較例1〜5のシールリング及びテストピースを作製した。また、400℃で時効処理した以外は、実施例1と同様にして実施例6のシールリング及びテストピースを作製した。硬度試験、熱ヘタリ試験、耐摩耗試験についても実施例1と同様にして行った。その結果を、実施例1の結果とともに、表1(つづき)に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
表1(つづき)
【符号の説明】
【0032】
1 回転軸シールリング
2 回転軸
3 ハウジング
4 タービンホイール
5 ハウジング内周面
6 シールリング溝壁面
7 回転軸シールリング側面
8 シールリング溝
11 摩耗試験片(シールリング材)
12 ドラム型摺動相手材
13 エアシリンダー
14 潤滑油供給管