(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来から自動車等の車輪を支持する車輪用軸受装置は、車輪を取り付けるためのハブ輪を複列の転がり軸受を介して回転自在に支承するもので、駆動輪用と従動輪用とがある。構造上の理由から、駆動輪用では内輪回転方式が、従動輪用では内輪回転と外輪回転の両方式が一般的に採用されている。また、車輪用軸受装置には、懸架装置を構成するナックルとハブ輪との間に複列アンギュラ玉軸受等からなる車輪用軸受を嵌合させた第1世代と称される構造から、外方部材の外周に直接車体取付フランジまたは車輪取付フランジが形成された第2世代構造、また、ハブ輪の外周に一方の内側転走面が直接形成された第3世代構造、あるいは、ハブ輪と等速自在継手の外側継手部材の外周にそれぞれ内側転走面が直接形成された第4世代構造とに大別されている。
【0003】
これらの車輪用軸受装置は、内部からの潤滑グリースの漏洩と、外部からのダストや雨水等の浸入を防止して適正な軸受寿命を確保するため、シールにより密封される環状空間を有している。また、軸受内部と外部との温度差により、軸受内部の圧力は正圧になったり負圧になったりするが、負圧でかつその圧力がシールリップの耐圧を超えた場合には、水分を含んだ空気が軸受内部に侵入し、軸受内部での錆発生により軸受が短寿命となる恐れがあった。これを防止するためには、シールリップの緊迫力を上げたりする等、シールの密封性を高める必要があるが、その反面、シールの摺動抵抗が大きくなって回転トルクの増大、リップ摩耗を促進して密封性が低下すると共に、自動車の燃費に悪影響を及ぼす問題があった。
【0004】
このような問題を解決した車輪用軸受装置として
図10に示すような構造が知られている。この車輪用軸受装置は、内方部材51と外方部材52、および両部材51、52間に転動自在に収容された複列のボール53、53とを備えている。内方部材51は、ハブ輪54と、このハブ輪54に圧入された内輪55とからなる。
【0005】
ハブ輪54は、一端部に車輪取付フランジ56を一体に有し、この車輪取付フランジ56の円周等配位置にハブボルト56aが植設され、外周に内側転走面54aと、この内側転走面54aから軸方向に延びる円筒状の小径段部54bが形成され、内周にトルク伝達用のセレーション54cが形成されている。一方、内輪55は外周に内側転走面55aが形成され、ハブ輪54の小径段部54bに圧入固定されている。
【0006】
外方部材52は、外周に車体取付フランジ52bを一体に有し、内周に複列の外側転走面52a、52aが一体に形成され、これら複列の外側転走面52a、52aと、これらに対向する内方部材51の複列の内側転走面54a、55a間に複列のボール53、53がそれぞれ収容され、保持器57、57によって転動自在に保持されている。また、外方部材52と内方部材51との間に形成される環状空間の開口部にはシール58、59が装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩と、外部から軸受内部に雨水やダスト等が侵入するのを防止している。
【0007】
ここで、固定側部材となる外方部材52に径方向に貫通された通し孔60が形成され、外部と軸受内部とが連通されている。そして、この通し孔60にレギュレータ61が装着されている。このレギュレータ61は、中実円筒体からなる制御部材62で構成され、この制御部材62は通し孔60にOリング等からなる弾性部材63を介して摺動自在に嵌挿されている。そして、通し孔60の開口部には、内径側に突出した鍔部64と、環状溝65が形成され、この環状溝65に装着された止め輪66と鍔部64によって制御部材62の動きが規制されている。
【0008】
車両運転中に軸受温度が上昇した場合、昇温によってシール58、59で密封された軸受内部の内圧が上昇し、この内圧上昇に伴ってレギュレータ61の制御部材62が上方側に移動する。この制御部材62の移動に伴い、実質的に軸受内部の容積が増え、外部と軸受内部の圧力が略同一になった位置、すなわち、圧力差がなくなった位置で制御部材62が停止する。
【0009】
一方、車両停止後に軸受温度が下降した場合、運転中に膨張した軸受内部の空気が収縮して内圧が減少し、この内圧減少に伴ってレギュレータ61の制御部材62が下方側に移動する。この制御部材62の移動に伴い、実質的に軸受内部の容積が減少し、外部と軸受内部の圧力差がなくなった位置で制御部材62が停止する。
【0010】
したがって、この制御部材62の移動によって外部と軸受内部との圧力差を吸収することができ、外部と軸受内部との圧力差を常にゼロに保ち、外部からシール58、59を通って雨水等が浸入するのを防止して、シール58、59の密封性能を確保しつつ摺動抵抗を高めることなく低トルク化を図ることができる(例えば、特許文献1参照。)。
【0011】
また、これ以外にも、例えば、シールに貫通孔を形成し、この貫通孔の開口を含フッ素重合合体組成物による被覆処理が施された延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンフィルムによって塞ぎ、密封空間の内部と外部との間の圧力差を生じ難くし、密封性を向上させたシール装置(例えば、特許文献2参照。)や、シールケース内に軸受外部から軸受空間への空気の流入のみを許容する逆止弁を設けると共に、この逆止弁の空気が通る流路に空気の通過を許容し、液体および固体の通過を遮断するフィルタを設けた密封型転がり軸受(例えば、特許文献3参照。)も知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
然しながら、こうした従来の車輪用軸受装置では、レギュレータ61自体の構造が複雑になり、自動車等の車輪用軸受装置として量産には不向きであり、製造コストの上昇と装置の信頼性で実用的とは言えない問題があった。
【0014】
また、シールに貫通孔を設けて延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンフィルムを装着する場合、必要な通気孔面積を確保するには、シール断面高さの幅以内に通気孔を設けなければならないという制約があるため、貫通孔の数を増やすか、シールの断面高さを大きくし、大きな貫通孔を形成するかして貫通孔の面積を相当量大きくする必要がある。これではシールの断面高さが大きくなって軸受の大型化が避けられないと共に、加工コストが嵩み、実質的に実用化には向かない。また、シールケース内に逆止弁を設け、この逆止弁に空気の通過を許容し、液体および固体の通過を遮断するフィルタを設ける場合、逆止弁の構造が複雑になると共に、シールケースの断面高さを大きくする必要があり、軽量・コンパクト化の要求が強く、密封空間の内部と外部との間に圧力差が生じ易い環境下で使用される車輪用軸受装置に適用することは難しい。
【0015】
なお、低トルク化のアイテムの一つとして、シールのグリースリップの非接触化やリップの低緊迫力化が考えられるが、この場合、気密性が低下するというリスクがあると共に、気密性の低下によってシールが吸着するという問題が生じる恐れがあった。また、リップの低緊迫力化にも限界があった。
【0016】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、低コストで、軸受内部の圧力を安定化させてシールの密封性能を確保しつつ低トルク化を図った車輪用軸受装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
係る目的を達成すべく、本発明のうち請求項1記載の発明は、外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成された環状空間のアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、
前記キャップが耐食性を有する鋼板からカップ状に形成され、前記外方部材の端部に圧入される円筒状の嵌合部と、径方向内方に延びて前記内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部の軸受内方側に膨出する凹部が形成され、この凹部に前記軸受内部と外部とを連通する連通孔が
切り起こして形成され、
その舌片がラビリンス構造を構成すると共に、前記連通孔の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタが装着され、当該連通孔が液密的に塞がれている。
【0018】
このように、外方部材と内方部材との間に形成された環状空間のアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、
キャップが耐食性を有する鋼板からカップ状に形成され、外方部材の端部に圧入される円筒状の嵌合部と、径方向内方に延びて内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部の軸受内方側に膨出する凹部が形成され、この凹部に軸受内部と外部とを連通する連通孔が
切り起こして形成され、
その舌片がラビリンス構造を構成すると共に、連通孔の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタが装着され、当該連通孔が液密的に塞がれているので、装置の軽量・コンパクト化ができると共に、低コストで、軸受内部の圧力を安定化させてシールの密封性能を確保しつつ低トルク化を図った車輪用軸受装置を提供することができる。
また、プレス加工によって容易にかつ大きさ自在に連通孔を形成することができ、設計自由度が高くなると共に、一層低コスト化を図ることができる。
さらに、フィルタの周辺部品との干渉を避けることができると共に、外部から泥水やオイル等の異物が直接フィルタにかかるのを防止できるので、信頼性を向上させることができる。
またさらに、軸受内部のグリースがフィルタに付着して機能が低下するのを防止すると共に、外部から異物がフィルタを通して侵入した場合でも、この舌片で阻止し、軸受内部への侵入を防止することができ、一層信頼性を向上させることができる。
【0019】
好ましくは、請求項2に記載の発明のように、前記フィルタが延伸多孔質PTFEから形成され、前記開口部に接着剤によって接合されていれば、フィルタとしてフッ素樹脂の特性を保持しつつフッ素樹脂の加工性が悪いという課題を解決し、熱安定性、耐候性、撥水性、気体透過性、接着性等に優れているため、軸受の密封空間の内部と外部との間に圧力差が生じ易い環境下で使用されるこの種の車輪用軸受装置には好適である。
【0020】
また、請求項3に記載の発明
は、
外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成された環状空間のアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、前記キャップが合成樹脂から射出成形によって形成され、前記外方部材の端部に圧入される円筒状の嵌合部と、径方向内方に延びて前記内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部に前記軸受内部と外部とを連通する連通孔が形成され、この連通孔の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタが装着され、当該連通孔が液密的に塞がれていると共に、前記フィルタがインサート成形によって当該連通孔に一体固定されている。これにより、装置の軽量・コンパクト化ができると共に、低コストで、軸受内部の圧力を安定化させてシールの密封性能を確保しつつ低トルク化を図った車輪用軸受装置を提供することができる。また、フィルタを強固に固定することができ、フィルタを接合する工程を省略して軽量化と低コスト化を図ることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る車輪用軸受装置は、外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成された環状空間のアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、
前記キャップが耐食性を有する鋼板からカップ状に形成され、前記外方部材の端部に圧入される円筒状の嵌合部と、径方向内方に延びて前記内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部の軸受内方側に膨出する凹部が形成され、この凹部に前記軸受内部と外部とを連通する連通孔が
切り起こして形成され、
その舌片がラビリンス構造を構成すると共に、前記連通孔の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタが装着され、当該連通孔が液密的に塞がれているので、装置の軽量・コンパクト化ができると共に、低コストで、軸受内部の圧力を安定化させてシールの密封性能を確保しつつ低トルク化を図った車輪用軸受装置を提供することができる。
また、プレス加工によって容易にかつ大きさ自在に連通孔を形成することができ、設計自由度が高くなると共に、一層低コスト化を図ることができる。また、フィルタの周辺部品との干渉を避けることができると共に、外部から泥水やオイル等の異物が直接フィルタにかかるのを防止できるので、信頼性を向上させることができ、さらに、軸受内部のグリースがフィルタに付着して機能が低下するのを防止すると共に、外部から異物がフィルタを通して侵入した場合でも、この舌片で阻止し、軸受内部への侵入を防止することができ、一層信頼性を向上させることができる。
また、本発明に係る車輪用軸受装置は、外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、この内方部材と前記外方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成された環状空間のアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、前記キャップが合成樹脂から射出成形によって形成され、前記外方部材の端部に圧入される円筒状の嵌合部と、径方向内方に延びて前記内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部に前記軸受内部と外部とを連通する連通孔が形成され、この連通孔の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタが装着され、当該連通孔が液密的に塞がれていると共に、前記フィルタがインサート成形によって当該連通孔に一体固定されているので、装置の軽量・コンパクト化ができると共に、軸受内部の圧力を安定化させてシールの密封性能を確保しつつ、フィルタを強固に固定することができ、フィルタを接合する工程を省略して軽量化と低コスト化を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
外周に車体に取り付けられるための車体取付フランジを一体に有し、内周に複列の外側転走面が一体に形成された外方部材と、一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周に前記複列の外側転走面の一方に対向する内側転走面と、この内側転走面から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入され、外周に前記複列の外側転走面の他方に対向する内側転走面が形成された内輪からなる内方部材と、この内方部材と前記外方部材のそれぞれの転走面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と内方部材との間に形成された環状空間の開口部のうちアウター側の開口部にシールが装着されると共に、インナー側の開口部にキャップが装着されて軸受内部が密封された車輪用軸受装置において、前記キャップが耐食性を有する鋼板からプレス加工によってカップ状に形成され、前記外方部材の端部内周に圧入される円筒状の嵌合部と、この嵌合部から径方向外方に重合されて形成され、前記外方部材のインナー側の端面に密着する鍔部と、この鍔部から円筒部を介して径方向内方に延び、前記内方部材のインナー側の端部を覆う底部を備え、この底部の略中央部に連通孔が形成され、この連通孔の外部側の開口部に延伸多孔質PTFEからなるフィルタが接着剤によって接合されて当該連通孔が液密的に塞がれている。
【実施例1】
【0027】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明に係る車輪用軸受装置の第1の実施形態を示す縦断面図、
図2は、
図1のフィルタの装着部を示す要部拡大図、
図3(a)は、
図2の変形例を示す要部拡大図、(b)は、(a)の変形例を示す要部拡大図である。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウター側(
図1の左側)、中央寄り側をインナー側(
図1の右側)という。
【0028】
この車輪用軸受装置は第3世代と称される従動輪用であって、内方部材1と外方部材2、および両部材1、2間に転動自在に収容された複列の転動体(ボール)3、3とを備えている。内方部材1は、ハブ輪4と、このハブ輪4に所定のシメシロを介して圧入された内輪5とからなる。
【0029】
ハブ輪4は、アウター側の端部に車輪(図示せず)を取り付けるための車輪取付フランジ6を一体に有し、この車輪取付フランジ6の円周等配位置にハブボルト6aが植設されている。また、外周に前記複列の外側転走面2a、2aの一方(アウター側)に対向する内側転走面4aと、この内側転走面4aから軸方向に延びる小径段部4bが形成されている。
【0030】
一方、内輪5は外周に前記複列の外側転走面2a、2aの他方(インナー側)に対向する内側転走面5aが形成され、ハブ輪4の小径段部4bに所定のシメシロを介して圧入され、小径段部4bの端部を径方向外方に塑性変形させて形成した加締部4cによって所定の軸受予圧が付与された状態で軸方向に固定されている。
【0031】
ハブ輪4はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼からなり、内側転走面4aをはじめ、後述するシール8のシールランド部となる車輪取付フランジ6のインナー側の基部6bから小径段部4bに亙って高周波焼入れによって表面硬さを58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。なお、加締部4cは、鍛造後の素材表面硬さ25HRC以下の未焼入れ部としている。これにより、基部6bの耐摩耗性が向上するばかりでなく、車輪取付フランジ6に負荷される回転曲げ荷重に対して充分な機械的強度を有し、ハブ輪4の耐久性を向上させることができる。なお、内輪5および転動体3はSUJ2等の高炭素クロム軸受鋼からなり、ズブ焼入れにより芯部まで58〜64HRCの範囲で硬化処理されている。
【0032】
外方部材2はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼からなり、外周にナックル(図示せず)に取り付けるための車体取付フランジ2bを一体に有し、内周に複列の外側転走面2a、2aが一体に形成されている。これら複列の外側転走面2a、2aは、高周波焼入れによって表面硬さを58〜64HRCの範囲に硬化層が形成されている。
【0033】
外方部材2の複列の外側転走面2a、2aと、これらに対向する内方部材1の複列の内側転走面4a、5a間には複列の転動体3、3がそれぞれ収容され、保持器7、7によって転動自在に保持されている。また、外方部材2と内方部材1との間に形成される環状空間のアウター側の開口部にシール8が装着されると共に、インナー側の開口部にはキャップ9が装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩と、外部から軸受内部に雨水やダスト等が侵入するのを防止している。
【0034】
シール8は、外方部材2のアウター側の端部内周に圧入された芯金10と、この芯金10に加硫接着によって一体に接合されたシール部材11とからなる一体型シールで構成されている。芯金10は、オーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)や冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)からプレス加工にて断面が略L字状に形成されている。
【0035】
一方、シール部材11はNBR(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延び、断面が円弧状に形成された基部6bの外周面に所定の軸方向シメシロを介して摺接するサイドリップ11aとダストリップ11bおよび径方向内方に傾斜して延び、基部6bの外周面に所定の径方向シメシロを介して摺接するグリースリップ11cを有している。そして、芯金10の外表面を覆うように、シール部材11が回り込んで接合され、所謂ハーフメタル構造をなしている。これにより、気密性を高めて軸受内部を保護することができる。
【0036】
なお、シール部材11の材質としては、例示したNBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0037】
なお、ここでは、転動体3、3にボールを使用した複列アンギュラ玉軸受で構成された車輪用軸受装置を例示したが、これに限らず、円錐ころを使用した複列円錐ころ軸受で構成されたものであっても良い。また、ハブ輪4の外周に直接内側転走面4aが形成された第3世代と呼称される車輪用軸受装置を例示したが、本発明に係る車輪用軸受装置は、例えば、図示はしないがハブ輪の小径段部に一対の内輪が圧入された第2世代構造であっても良い。
【0038】
ここで、外方部材2に装着されたキャップ9は、耐食性を有する、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)や防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)からプレス加工によってカップ状に形成され、外方部材2のインナー側の端部内周に圧入される円筒状の嵌合部9aと、この嵌合部9aの端部から径方向外方に重合されて形成され、外方部材2のインナー側の端面2cに密着する鍔部9bと、この鍔部9bから円筒部9cを介して径方向内方に延び、内方部材1のインナー側の端部を覆う底部9dを備えている。
【0039】
ここで、キャップ9の底部9dの略中央部に連通孔12が形成され、この連通孔12を塞ぐようにフィルタ13が装着されている。本実施形態では、鋼板製のキャップ9のため、プレス加工によって容易にかつ大きさ自在に連通孔12を形成することができ、設計自由度が高くなると共に、低コスト化を図ることができる。また、このフィルタ13は、
図2に拡大して示すように、連通孔12のインナー側の開口部を液密的に塞ぐように接合されている。なお、この「液密的」とは、水分が漏れない状態のことをいう。
【0040】
このフィルタ13は、多孔質樹脂、例えば、延伸多孔質PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)から形成されている。この延伸多孔質PTFEは、フッ素樹脂の一つであるPTFEの分子量が大きく、加工性が悪いという課題を解決したもので、PTFEのファインパウダーと成形助剤とを混合したペーストを成形し、得られた成形体から成形助剤を除去した後、高温、高速度で延伸し、さらに焼成することにより得られるもので、微細な網目構造となっており、通気材として使用されている。特に、この延伸多孔質PTFEは、熱安定性、耐候性、撥水性、気体透過性、接着性等に優れているため、軸受の密封空間の内部と外部との間に圧力差が生じ易い環境下で使用されるこの種の車輪用軸受装置におけるフィルタとしては好適である。
【0041】
なお、フィルタ13は接着剤によって接合されているが、この接着剤としては、耐水性、耐薬品性、強度や耐熱性に優れたエポキシ樹脂系接着剤が使用されているが、これ以外にも、例えば、アクリル樹脂系、ウレタン樹脂系、塩化ビニル樹脂溶剤系、シリコーン系、フェノール樹脂系等の合成系の接着剤を例示することができる。
【0042】
本実施形態では、軸受空間を密封するキャップ9に連通孔12を形成し、この連通孔12の開口部に多孔質樹脂からなるフィルタ13を接合したので、簡単な構造で容易に連通孔12を塞ぐことができ、軽量・コンパクト化ができると共に、低コストで、軸受内部の圧力を安定化させてシール8の密封性能を確保しつつ低トルク化を図った車輪用軸受装置を提供することができる。
【0043】
例えば、車両運転中に軸受温度が上昇した場合、昇温によってシール8およびキャップ9で密封された軸受内部の内圧が上昇し、この内圧上昇に伴ってフィルタ13を通して軸受内部の空気が外部に排出される。一方、車両停止後に軸受温度が下降した場合、外部の空気がこのフィルタ13を通して軸受内部に進入して外部と軸受内部との圧力差を吸収することができる。すなわち、軸受内部と外部との間に呼吸を営ませて負圧を解消し、軸受内部が負圧になってシール8のリップが吸着して摺動抵抗を高めることなく外部からシール8を通って雨水等が浸入するのを防止すると共に、シール8の低トルク化を図ることができる。
【0044】
図3(a)、(b)は、前述した実施形態(
図2)の変形例である。(a)に示すフィルタ13は、キャップ14の底部14aに接合されている。このキャップ14は、前述したキャップ9と同様、耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼板や防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工によってカップ状に形成されている。この底部14aの略中央部にアウター側(軸受内方側)に膨出する円形の凹部15がプレス加工によって形成されると共に、この凹部15に連通孔12が打ち抜き加工によって形成されている。そして、連通孔12のインナー側の開口部を塞ぐように、フィルタ13が接合されている。このように、キャップ14の底部14aに凹部15を設け、この凹部15に連通孔12を形成してフィルタ13を接合することにより、周辺部品との干渉を避けることができると共に、外部から泥水やオイル等の異物が直接フィルタ13にかかるのを防止できるので、信頼性を向上させることができる。
【0045】
(b)に示すフィルタ13は、キャップ16の底部16aに接合されている。このキャップ16は、前述した凹部15と一部構成が異なる。具体的には、キャップ16の底部16aの略中央部のアウター側に膨出する円形の凹部17がプレス加工によって形成され、この凹部17に連通孔18が切り起こし加工によって形成されている。このように、連通孔18が切り起こし加工によって形成されることにより、その舌片18aがラビリンス構造の連通孔18を構成でき、軸受内部のグリースがフィルタ13に付着して機能が低下するのを防止すると共に、外部から異物がフィルタ13を通して侵入した場合でも、この舌片18aで阻止し、軸受内部への侵入を防止することができ、一層信頼性を向上させることができる。
【実施例2】
【0046】
図4は、本発明に係る車輪用軸受装置の第2の実施形態を示す部分断面図、
図5は、
図4のフィルタ装着部を示す要部拡大図である。なお、この実施形態は前述した実施形態(
図1)と基本的にはキャップの構成が異なるだけで、その他同一部品同一部位あるいは同一機能を有する部位には同じ符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0047】
この車輪用軸受装置は第3世代と称される従動輪用であって、外方部材2と内方部材1との間に形成される環状空間のアウター側の開口部にシール(図示せず)が装着されると共に、インナー側の開口部にはキャップ19が装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩と、外部から軸受内部に雨水やダスト等が侵入するのを防止している。
【0048】
外方部材2のインナー側の端部に装着されたキャップ19は、GF(グラス繊維)等の繊維状強化材が所定量充填されたPA(ポリアミド)66等の熱可塑性の合成樹脂から射出成形によって形成されている。これにより、キャップ19に衝撃荷重が負荷されてもそれを緩和することができると共に、軽量化と低コスト化を図ることができる。ここで、繊維状強化材は5〜50wt%添加されている。これにより、耐食性に優れ、強度・剛性が高くなり長期間に亘って耐久性を向上させることができる。なお、CFの添加量が5wt%未満では、補強効果が発揮されず、また、50wt%を超えると繊維が異方性を引き起こして密度が高くなり、射出成形時の寸法安定性が低下するので好ましくない。繊維状強化材としては、GFに限らず、これ以外に、CF(炭素繊維)やアラミド繊維、ホウ素繊維等を例示することができる。
【0049】
また、キャップ19の他の材質として、さらに、PPA(ポリフタルアミド)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)等の所謂エンジニアリングプラスチックと呼称される熱可塑性の合成樹脂やポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミドイミド(PAI)等の所謂スーパーエンジニアリングプラスチックと呼称される熱可塑性の合成樹脂、あるいは、フェノール樹脂(PF)、エポキシ樹脂(EP)、ポリイミド樹脂(PI)等の熱硬化性の合成樹脂であっても良い。
【0050】
キャップ19は、外方部材2の端部内周に圧入される円筒状の嵌合部19aと、この嵌合部19aから厚肉に形成され、外方部材2のインナー側の端面2cに密着する鍔部19bと、この鍔部19bから円筒部19cを介して径方向内方に延び、内方部材1のインナー側の端部を塞ぐ底部19dを備えている。なお、図示はしないが、強度アップと嵌合部の気密性を向上させるために、キャップ19の嵌合部19aと鍔部19bの部位に、芯金を金型に位置決めした状態で射出成形する、所謂インサート成形し、芯金を金属嵌合させるようにしても良い。
【0051】
ここで、本実施形態では、底部19dの略中央部に連通孔20が形成され、この連通孔20にフィルタ21が装着されている。このフィルタ21は、前述した実施形態と同様、多孔質樹脂からなり、空気を通す一方、水分やオイル等の通過を止め、外部と軸受内部との圧力差を吸収することができ、外部と軸受内部との圧力差を常にゼロに保ち、外部からシールを通って雨水等が浸入するのを防止して、低コストで、シールの密封性能を確保しつつシールの摺動抵抗を抑えて低トルク化を図ることができる。
【0052】
フィルタ21は、
図5に拡大して示すように、インサート成形によって連通孔20の中央部に一体固定されている。これにより、フィルタ21を強固に固定することができると共に、フィルタ21を接合する工程を省略することができ、低コスト化を図ることができる。
【実施例3】
【0053】
図6(a)は、本発明に係る車輪用軸受装置の第3の実施形態を示す縦断面図、(b)は、(a)のインナー側のシールを示す拡大図、
図7は、
図6(a)のフィルタの装着部を示す要部拡大図、
図8は、
図6(a)の外方部材単体を示す正面図、
図9は、
図7の変形例を示す要部拡大図である。なお、この実施形態は前述した実施形態(
図1)と基本的にはフィルタの装着部位が異なるだけで、その他同一部品同一部位あるいは同一機能を有する部位には同じ符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0054】
この車輪用軸受装置は第3世代と称される従動輪用であって、内方部材1と外方部材22、および両部材1、22間に転動自在に収容された複列の転動体3、3とを備えている。内方部材1は、ハブ輪4と、このハブ輪4に所定のシメシロを介して圧入された内輪5とからなる。
【0055】
外方部材22はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼からなり、外周に車体取付フランジ2bを一体に有し、内周に複列の外側転走面2a、2aが一体に形成されている。
【0056】
外方部材22の複列の外側転走面2a、2aと、これらに対向する内方部材1の複列の内側転走面4a、5a間には複列の転動体3、3がそれぞれ収容され、保持器7、7によって転動自在に保持されている。また、外方部材22と内方部材1との間に形成される環状空間の開口部にシール8、23が装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩と、外部から軸受内部に雨水やダスト等が侵入するのを防止している。
【0057】
インナー側のシール23は、
図6(b)に拡大して示すように、互いに対向配置されたスリンガ24と環状のシール板25とからなる、所謂パックシールで構成されている。スリンガ24は、防錆能を有する鋼板、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼板やフェライト系のステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成され、内輪5の外径に圧入される円筒部24aと、この円筒部24aから径方向外方に延びる立板部24bとからなる。そして、この立板部24bのインナー側の側面に磁気エンコーダ24cが加硫接着等で一体に接合されている。磁気エンコーダ24cは、ゴム等のエラストマにフェライト等の磁性体粉が混入され、周方向に交互に磁極N、Sが着磁されて車輪の回転速度検出用のロータリエンコーダを構成している。
【0058】
一方、シール板25は、外方部材22のインナー側の端部に内嵌される芯金26と、この芯金26に加硫接着により一体に接合されたシール部材27とからなる。芯金26は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板からプレス加工にて断面が略L字状に形成されている。
【0059】
シール部材27はNBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延び、スリンガ24の立板部24bのアウター側の側面に所定の軸方向シメシロを介して摺接する一対のサイドリップ27a、27bと、これらのサイドリップ27a、27bの内径側で軸受内方側に傾斜して延び、スリンガ24の円筒部24aに所定の径方向すきまを介して対向するグリースリップ27cを備えている。なお、シール部材27は、芯金26の外表面を覆うように回り込んで接合され、所謂ハーフメタル構造をなしている。
【0060】
ここで、本実施形態では、外方部材22の複列の外側転走面2a、2a間に連通孔28が形成され、この連通孔28の開口部にフィルタ29が装着されている。このフィルタ29は、前述した実施形態と同様、多孔質樹脂からなり、空気を通す一方、水分やオイル等の通過を止めて外部と軸受内部との圧力差を吸収することができる。また、異常な内圧変化を抑えることができるため、シール8、23のグリースリップ11c、27cを非接触タイプにすることができ、さらに軸受トルクを低減することができる。
【0061】
連通孔28は、
図7に拡大して示すように、外方部材22の外径面22aから内径面22bを貫通して形成され、この連通孔28の外部を臨む開口部にフィルタ29が接着剤によって接合されている。ここで、フィルタ29を接合する位相は、
図8に示すように、鉛直方向に対して±30°の範囲が好ましい。これにより、泥水やオイルあるいはグリース等の異物がフィルタ29に付着した場合でも、重力によって異物を排出することができ、信頼性を向上させることができる。
【0062】
図9に、前述した実施形態(
図7)の変形例を示す。連通孔30は、外方部材22’の外径面22aから内径面22bを貫通して形成され、この連通孔30の外部を臨む開口側に円形の凹部31が形成されている。そして、フィルタ29は、この凹部31に収容されるように、連通孔30の開口部に接着され、連通孔30を閉塞している。これにより、フィルタ29に直接飛び石等が衝突して損傷するのを防止し、信頼性を向上させることができる。
【0063】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。