(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ドグ歯が噛み合ってトルクを伝達している際に、ドグ歯が離隔する方向の解放力が作用する場合がある。そのように解放力が作用する構成の噛み合い式係合機構では、特許文献1に記載されたように歯当たりを解消させるために一方のドグ歯が他方のドグ歯から離隔することができるように構成されていると、トルク伝達時の解放力によって一方のドグ歯が他方のドグ歯から離隔する可能性がある。その場合には、ドグ歯の噛み合い長さが短くなる。したがって、ドグ歯の剛性などに基づいて定められる噛み合い長さを確保するためには、噛み合い式係合機構を係合させる際に、一方のドグ歯が他方のドグ歯から離隔する分、各ドグ歯を多く噛み合わせる必要がある。そのように各ドグ歯を多く噛み合わせると、噛み合い式係合機構の係合が終了するまでの時間が長くなる。
【0005】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、トルク伝達時に各ドグ歯の噛み合い長さが短くなることを抑制することができる噛み合い式係合機構
を備えた車両の変速機構を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、この発明は、
ブレーキまたはクラッチとして機能される噛み合い式係合機構を備えた車両の変速機構において、複数の第1ドグ歯が軸線方向に向けて突出しかつ円周方向に一定の間隔を空けて形成された第1部材と、前記第1ドグ歯の間に差し込まれる複数の第2ドグ歯が軸線方向に向けて突出しかつ円周方向に一定の間隔を空けて形成された第2部材
と、前記第1ドグ歯と前記第2ドグ歯とが噛み合うように前記第2部材をオイルの供給により前記第1部材側に移動させて前記噛み合い式係合機構を係合させる、または前記オイルの排出により前記第2部材を前記第1部材から離隔させて前記係合を解放させることで前記変速機構の変速比を変化させる押圧機構と、前記第1ドグ歯と前記第2ドグ歯との歯面
に設けられ、前記各歯面が接触して伝達するトルクに応じて前記第1部材と前記第2部材とを軸線方向に離隔させる方向の解放力を発生させる傾斜面
と、前記第1部材と前記第2部材とのいずれか一方の部材を軸線方向に摺動可能に保持するとともに、前記一方の部材と円周方向で接触することにより、その接触する面に作用する荷重に応じて前記解放力に抗する方向の反力を前記一方の部材に付与する傾斜面を有する保持部材
と、を備えていることを特徴とするものである。
【0007】
この発明では、前記保持部材の傾斜面は、前記解放力が発生した場合に、前記一方の部材
が他方の部材から離隔しない大きさの前記反力となる傾斜角度とされてもよい。
【0008】
この発明では、前記一方の部材における軸線方向に対する前記保持部材の傾斜面の傾斜角度は、前記一方の部材における軸線方向に対する前記第1ドグ歯と前記第2ドグ歯とのうち前記一方の部材に形成された一方のドグ歯の傾斜面の傾斜角度よりも大きくてもよい。
【0009】
この発明では、前記反力と同一方向の弾性力を前記一方の部材に作用させる弾性部材を更に備えてもよい。
【発明の効果】
【0010】
この発明によれば、各ドグ歯には、互いに対向した傾斜面が形成されており、その傾斜面に作用するトルクに応じて第1部材と第2部材とを軸線方向に離隔させる方向の解放力が発生する。一方、第1部材と第2部材とのいずれか一方の部材は、保持部材により軸線方向に摺動可能に保持されており、その保持部材は、一方の部材と円周方向で接触することにより、その接触する面に作用する荷重に応じて解放力に抗する方向の反力を一方の部材に付与するように構成されている。したがって、トルク伝達時に生じる解放力によって各ドグ歯の噛み合い長さが短くなることを抑制することができる。そのため、各ドグ歯の噛み合い長さが減少することを抑制することができるので、噛み合い式係合機構を係合させる際における第2部材の移動量が長くなることを抑制することができる。その結果、噛み合い式係合機構を係合させ終わるまでの時間を短くすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
この発明に係る噛み合い式係合機構の一例を
図2に示している。
図2に示す噛み合い式係合機構1は、車両の変速機構に設けられており、その変速機構の変速比を変化させる際に係合または解放するように構成されている。この噛み合い式係合機構1は、ギヤなどに連結された回転部材2と、変速機構のケース3に連結された固定部材4とにより構成されており、回転部材2と固定部材4とを係合することにより回転部材2を停止させるように構成されている。すなわち、この噛み合い式係合機構1は、ブレーキとして機能するように構成されている。
【0013】
図2に示す回転部材2は、ギヤなどに連結された有底円筒状の保持部材5と、保持部材5の内側に摺動可能に保持された環状のピストン6と、保持部材5の底面とピストン6の側面との間に設けらた弾性部材7とにより構成されている。この弾性部材7は、保持部材5の底面からピストン6を離隔させる方向に弾性力を作用させる圧縮バネである。なお、この弾性部材7は、上記弾性力を発生させることができる波状座金や皿バネなどである。
【0014】
上述した回転部材2では、ピストン6を保持部材5の底面側に押圧する荷重が作用する場合に、弾性部材7が圧縮されてピストン6が保持部材5の底面側に移動し、上記の荷重が作用していない場合に、弾性部材7の弾性力によりピストン6が保持部材5の底面から離隔する。このようにピストン6が弾性部材7に押圧されることにより保持部材5の開口部から離脱することを防止するためのスナップリング8が、保持部材5の開口部側の内周面に設けられている。また、保持部材5の背面には、軸線方向の荷重を受けるための環状部材9が設けられている。
【0015】
上述したピストン6は、この発明の実施例における「第1部材」に相当し、内周側の部分に、円周方向に所定の間隔を空けて複数の第1ドグ歯10が形成されている。この第1ドグ歯10は、固定部材4に形成された後述する第2ドグ歯と噛み合うものであって、保持部材5に対向した側面とは反対側の側面から軸線方向に突出して形成されている。また、ピストン6の円周方向に向いた第1ドグ歯10の側面10aは、ピストン6の軸線方向に対して傾斜しており、その傾斜角度ηが鋭角になっている。
【0016】
さらに、
図2に示す例では、上述したピストン6の側面のうちの外周側の部分に、保持部材5の底面側に向けて突出した台座部6aが、円周方向に所定の間隔を空けて複数形成されている。また、保持部材5の底面には、台座部6aの間に嵌まり込むように軸線方向に突出した複数の回り止め部5aが形成されている。したがって、保持部材5とピストン6とは、回り止め5aと台座部6aとが接触することにより一体に回転し、または第1ドグ歯10と後述する第2ドグ歯とが噛み合った場合には、回転部材2に伝達されるトルクに抗した反力トルクがピストン6を介して保持部材5に伝達される。
【0017】
これら台座部6aと回り止め部5aとが接触してトルクを伝達する際にピストン6が保持部材5の底面から離隔する方向の軸力Aを作用させるように構成されている。その構成を
図1に示している。なお、
図1は、
図2におけるI-I線に沿う断面図である。
図1に示す例では、台座部6aの回転方向を向いた側面6bは、ピストン6の軸線方向に対して傾斜しており、その傾斜角度θが鋭角になっている。
【0018】
また、回り止め部5aと台座部6aとが面接触するように構成されており、台座部6aの側面6bに対向した面5bは、保持部材5の軸線方向に対して傾斜しており、その傾斜角度θが鋭角になっている。したがって、台座部6aの側面6bと回り止め部5aの側面5bとが接触してトルクを伝達することにより、それら側面5b,6bの傾斜角度θに応じた軸力Aがピストン6に作用する。
【0019】
一方、
図2に示すケース3は、内側に突出した第1円筒部11と、第1円筒部11の外径よりも内径が大きくかつ第1円筒部11と同心円状に形成された第2円筒部12と、第2円筒部12の端部に段差部を介して連結されかつ第2円筒部12よりも内径が大きく形成された第3円筒部13とにより構成されている。また、固定部材4は、この発明の実施例における「第2部材」に相当するものであって、環状に形成されており、軸線方向における一方側の端部(以下、嵌合部と記す)14が、第1円筒部11と第2円筒部12との間に摺動可能に嵌め合わされている。この嵌合部14から軸線方向に突出した部分(以下、係合部と記す)15が、第3円筒部13の内面とスプライン係合している。したがって、固定部材4は、軸線方向に移動することができ、かつ回転することができないように構成されている。
【0020】
係合部15の内周部分には、上記嵌合部14とは反対側に突出した複数の第2ドグ歯16が形成されている。この第2ドグ歯16は、上記第1ドグ歯10の間に差し込まれるように構成されており、したがって、固定部材4の円周方向に所定の間隔を空けて複数形成されている。また、第2ドグ歯16は、第1ドグ歯10と噛み合ってトルクを伝達する際に面接触するように構成されている。すなわち、第2ドグ歯16の円周方向を向いた側面16aは、固定部材4の軸線方向に対して傾斜しており、その傾斜角度ηが第1ドグ歯10の側面10aの傾斜角度ηと同一に形成されている。なお、各ドグ歯10,16の側面10a,16aが、この発明を実施した場合における「歯面」に相当する。
【0021】
また、ケース3の内面のうち嵌合部14に対向した部分には、環状の溝17が形成されている。この環状の溝17は、図示しない油圧源からオイルが供給され、その溝17の油圧に応じた押圧力を嵌合部14の側面に作用させるように構成されている。すなわち、ケース3の内面と嵌合部14の側面とに囲われた空間が油圧室Cとなっている。したがって、固定部材4がピストンとして機能する油圧アクチュエータを構成しており、この構成がこの発明の実施例における「押圧機構」に相当する。
【0022】
上記押圧力に対向して固定部材4に弾性力を作用させるリターンスプリング18が設けられている。このリターンスプリング18は、油圧室Cにオイルが供給されていないときに、固定部材4が回転部材2側に突き出ることを防止するものであり、環状に形成された座金19と固定部材4との間に圧縮されて設けられている。なお、この座金19の外周面と第3円筒部13の内周面とがスプライン係合している。その座金19を挟んで固定部材4とは反対側に第3円筒部13に固定された環状の位置決め部材20が設けられている。
【0023】
上述した噛み合い式係合機構1を係合させる際には、まず、従来知られた噛み合い式係合機構と同様に相対回転する二つの回転数をほぼ一致させる。上述した例では、噛み合い式係合機構1がブレーキとして機能するので、回転部材2の回転数をほぼ「0」にする。この回転数の制御は、図示しない他の係合装置や動力源などを制御することにより行われる。さらに、油圧室Cにオイルを供給する。この油圧室Cに供給される油圧は、図示しない油圧制御弁などにより調圧された油圧であって、リターンスプリング18のバネ力よりも大きい操作力が固定部材4に作用するように定められている。そして、上記のように固定部材4に操作力が作用することにより、固定部材4が回転部材2側に向けて移動する。
【0024】
このように固定部材4が回転部材2側に向けて移動している過程で、回転部材2の円周方向における第1ドグ歯10の位相と、固定部材4の円周方向における第2ドグ歯16の位相とがほぼ一致していると、第1ドグ歯10の先端面と第2ドグ歯16の先端面とが接触する。各ドグ歯10,16の先端面が接触することによりピストン6が保持部材5の底面側に向けて押圧されて移動する。すなわち、ピストン6が、固定部材4から離隔する方向に移動する。
【0025】
上述したように回転部材2の回転数を「0」にするように制御しても、回転部材2は少なからず回転している場合がある。そのため、上述したようにピストン6が保持部材5の底面側に向けて移動することにより、各ドグ歯10,16の先端面に生じる摩擦力が小さくなるので、回転部材2が回転して、第1ドグ歯10の位相と、第2ドグ歯16の位相がずれる。つまり、隣り合う第1ドグ歯10との間に第2ドグ歯16が移動する。その結果、ピストン6が保持部材5の底面側に押圧されなくなるので、弾性部材7の弾性力により、第1ドグ歯10が第2ドグ歯16の間に差し込まれる。なお、回転部材2の回転数を完全に「0」としている場合には、各ドグ歯10,16の先端面が接触した場合に、図示しない係合装置や動力源などを制御して、回転部材2を回転させてもよい。
【0026】
上述したように回転部材2を構成することにより、第1ドグ歯10と第2ドグ歯16との先端面が接触した場合であっても、そのまま、回転部材2を回転させれば噛み合い式係合機構1を係合させることができる。言い換えると、回転部材2と固定部材4との回転数の偏差が比較的大きくても、噛み合い式係合機構1を係合させることができる。
【0027】
上述したように固定部材4を移動させて、第1ドグ歯10と第2ドグ歯16との噛み合
い長さが、剛性などを考慮して設計上定められた噛み合い長さになると、油圧室Cにオイ
ルが封入される。すなわち、油圧室Cに連通する図示しない油路が閉じられ、固定部材4
の軸線方向の位置が固定される。その状態で回転部材2にトルクが入力されると、回り止
め部5aと台座部6aとの側面5b,6bが接触し、かつ各ドグ歯10,16の側面10
a,16aが接触してトルクが伝達される。固定部材4は上述したように回転することが
できない。したがって、回転部材2が停止させられる。なお、この回り止め部5aの側面
5bが、この発明を実施した場合における「保持部材の
傾斜面」に相当する。
【0028】
その際にピストン6に作用する軸線方向の荷重の関係を説明する。まず、回り止め部5aと台座部6aとの側面5b,6bは、上述したように傾斜しているので、トルクが入力されることにより軸力Aがピストン6に付与される。この軸力Aの大きさは、以下の式で表すことができる。
A=Ftanθ …(1)
なお、この式における「F」は、側面6bに作用する円周方向の荷重であり、回転部材2に入力されるトルクを、回転中心から側面6bまでの距離で除算した値である。
【0029】
一方、各ドグ歯10,16の側面10a,16aも同様に傾斜しており、トルクが入力されることにより、ピストン6を保持部材5の底面側に押圧する解放力Bが生じる。これは、油圧室Cにオイルが封入されていることにより、固定部材4が反力を受け持つためである。その解放力Bの大きさは、以下の式で表すことができる。
B=Ftanη …(2)
【0030】
さらに、ピストン6には、弾性部材7の弾性力Dが作用する。また、各ドグ歯10,16との側面10a,16aとに生じる摩擦力や、回り止め部5aと台座部6aとの側面5b,6bとに生じる摩擦力などの抵抗力Eがピストン6に作用する。この抵抗力Eの向きは、ピストン6が保持部材5側に押圧されるとすれば、上記軸力Aや弾性力Dと同一方向に作用する。
【0031】
したがって、噛み合い式係合機構1にトルクが入力されている際にピストン6が保持部材5の底面側に移動することを防止するために、軸力Aと弾性力Dと抵抗力Eとの合力が、解放力Bよりも大きくなるように、回り止め部5aと台座部6aとの側面5b,6bの傾斜角度θが定められている。
図1に示す例では、その側面5b,6bの傾斜角度θは、各ドグ歯10,16の側面10a,16aの傾斜角度ηよりも大きく形成されている。なお、上述したように弾性力Dや抵抗力Eが、解放力Bに抗して作用するので、その分、軸力Aが解放力Bよりも小さくてもよい。したがって、側面5b,6bの傾斜角度θは、各ドグ歯10,16の側面10a,16aの傾斜角度よりも小さくてもよい。
【0032】
上述したように回り止め部5aおよび台座部6aの側面5b,6bの傾斜角度θと、各ドグ歯10,16の側面10a,16aの傾斜角度ηとを定めることにより、噛み合い式係合機構1にトルクが入力されている際に、ピストン6が保持部材5側に移動すること防止することができる。そのため、各ドグ歯10,16の噛み合い長さが減少することを防止することができるので、各ドグ歯10,16の噛み合い長さが減少することを想定して、予め固定部材4を回転部材2側に多く移動させるなどの噛み合い式係合機構1を係合させる際におけるピストン6の移動量の増加を抑制することができる。その結果、噛み合い式係合機構1を係合させる際の時間を短くすることができる。
【0033】
つぎに、この噛み合い式係合機構1を解放させる際の作用について説明する。上述したように噛み合い式係合機構1にトルクが入力されているときには、ピストン6に解放力Bが作用する。これは、油圧室Cにオイルが封入されて固定部材4の軸線方向の位置が固定されているためである。したがって、油圧室Cからオイルを排出すると、解放力Bは、固定部材4を回転部材2から離隔させる方向に作用する。そのため、この噛み合い式係合機構1を解放させる際には、油圧室Cからオイルを排出するとともに、噛み合い式係合機構1にトルクを入力して固定部材4に解放力Bを作用させる。この際に、油圧室Cからオイルを排出する制御と、噛み合い式係合機構1にトルクを入力する制御とは、特に協調する必要がない。したがって、上述したように各ドグ歯10,16の側面10a,16aを傾斜して形成することにより、噛み合い式係合機構1を解放させる際の制御を簡素化することができる。また、解放力Bを固定部材4に作用させながら解放することができるので、噛み合い式係合機構1を解放させる時間を短くすることができる。
【0034】
なお、各ドグ歯10,16の先端面が接触した場合に、一方のドグ歯10(16)が、他方のドグ歯16(10)から離隔する構成は、特に限定されない。また、第2ドグ歯16が第1ドグ歯10から離隔することができる固定部材4を構成してもよく、回転部材2および固定部材4の双方を、相手側のドグ歯10(16)から離隔することができる構成としてもよい。さらに、上述した例におけるピストン6に弾性力を付与する構成に限らず、例えば、各ドグ歯10,16が接触した場合に、ピストン6が保持部材5の底面側に移動したときに、回転部材2にトルクを入力して軸力Aを生じさせるように構成してもよく、または、ピストン6と保持部材5との隙間に空気などを吹き付けてピストン6を固定部材4側に押圧するように構成してもよい。また、この発明に係る噛み合い式係合機構は、ブレーキとして機能するものに限らず、係合させる対象となる二つの部材がそれぞれ回転可能に設けられ、噛み合い式係合機構を係合させることにより、一体に回転するように構成されたクラッチであってもよい。