(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
引張強さが1100MPa以上の高強度ボルトには、SCM435等の規格鋼が多用されている。SCM435等の規格鋼には、Mo等の合金元素が多量に添加されているため、鋼材コストが高くなる。鋼材コスト低減の要請に伴い、Moを省略したSCM代替鋼への要望が高まっている。しかし、合金元素を単純に低減するだけでは、焼入れ性が低下し、強度の確保が困難となる。
【0003】
そこで焼入れ性を向上し、強度を高めるためにボロンを添加したボロン含有鋼を高強度ボルトの素材として用いることが検討されている。ボロン含有鋼は、引張強さが1100MPa未満のボルトでは、既に使用が拡大している。しかし強度上昇に伴い耐遅れ破壊性が大幅に低下するため、使用環境の厳しい部位での適用は困難である。
【0004】
ボロン含有鋼の耐遅れ破壊性を向上させる技術は、既にいくつか提案されている。例えば特許文献1には、ボロン含有鋼に所定量のCuを添加することによって、鋼の耐食性を向上させ、鋼中への拡散性水素の侵入を抑制し、耐遅れ破壊性を向上させる技術が提案されている。しかしCuを添加させるだけでは耐遅れ破壊性の確保は不充分である。
【0005】
また特許文献2には、ボロン含有鋼の耐遅れ破壊性を改善するために、Vを添加する技術が提案されている。しかしVは、Moと同様、高価な希少金属であるため、Vを添加したボロン含有鋼は、SCM代替鋼としてのコスト低減効果は小さい。
【0006】
本出願人も特許文献3に、化学成分組成のうち、特に、SiとCの含有量の比を適正な範囲に制御することによって、過酷な環境下でも優れた耐遅れ破壊性を発揮するボロン添加高強度ボルト用鋼を提案した。しかしこのボロン添加高強度ボルト用鋼は、上記特許文献2と同様、Vを必須元素として添加しているため、SCM代替鋼としてのコスト低減効果は小さい。
【0007】
このように耐遅れ破壊性を改善するためにこれまで提案されている技術は、いずれも高強度、過酷環境下での耐遅れ破壊性や製造面で問題を有している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、MoやV等の高価な合金元素を添加することなく、引張強さが1100MPa以上の高強度でも優れた耐遅れ破壊性を示すボルトを提供するために、検討を重ねた。その結果、引張強さが1100MPa以上の高強度ボルトについては、合金元素を含有させるよりも、Mn含有量を極力低減することが耐遅れ破壊性の確保に有効であることが明らかとなった。また、Cは鋼の強度を確保する上で有用な元素であるが、その含有量を増加させると鋼の靭性や耐食性が悪化し、遅れ破壊を引き起こしやすくなった。
【0017】
そこで本発明の高強度ボルト用鋼は、引張強さが1100MPa以上の高強度ボルトにおける耐遅れ破壊性を改善するために、CとMnの含有量が下記式(1)を満足することが重要である。式(1)において、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を意味している。
1/([C]×[Mn])≧5.5 ・・・(1)
【0018】
本発明では、上記式(1)の左辺の値をX値としたとき、このX値を5.5以上とする。X値は、好ましくは6.5以上、より好ましくは7.0以上である。X値の上限は、後述するC量およびMn量から自ずと設定されるが、X値を過剰に大きくしても、耐遅れ破壊性に及ぼす効果は飽和するため、上限は、例えば、30程度であることが好ましい。X値は、より好ましくは20以下、更に好ましくは15以下である。
【0019】
このように耐遅れ破壊性を改善するために、Cを低減すると、強度が低下する。また、Mnを低減すると、焼入れ性が悪くなり、強度が低下する。
【0020】
そこで本発明では、強度を確保するために、CおよびMnの含有量を考慮したうえで、SiとCrを積極的に添加することが重要である。具体的には、引張強さが1100MPa以上の強度を確保するために、C、Si、Mn、およびCrの含有量が下記式(2)を満足することが重要である。式(2)において、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を意味している。
[C]+[Si]/2+[Mn]/2+[Cr]/3≧0.82 ・・・(2)
【0021】
上記式(2)における各元素の係数は、強度向上への寄与度を示している。本発明では、上記式(2)の左辺の値をY値としたとき、このY値を0.82以上とする。Y値は、好ましくは0.90以上、より好ましくは1.00以上である。Y値の上限は特に限定されないが、Y値が過剰に大きくなると、母材の強度が高くなり過ぎてボルト形状に成形する時の冷間鍛造性が劣化するため、上限は、1.30程度であることが好ましい。Y値は、より好ましくは1.20以下、更に好ましくは1.15以下である。
【0022】
次に、本発明の高強度ボルト用鋼の成分組成について説明する。本発明の高強度ボルト用鋼は、上述した上記式(1)および式(2)を満足するものであるが、その前提として、C:0.20〜0.35%、Si:0.3〜1.0%、Mn:0.6%以下(0%を含まない)、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)、Cr:0.3〜1.5%、Al:0.01〜0.1%、Ti:0.05〜0.1%、B:0.0003〜0.005%、およびN:0.01%以下(0%を含まない)を含有することが重要である。
【0023】
Cは、鋼の強度と延性をバランス良く確保するための元素であり、高強度ボルトとして必要な引張強さを確保する上で欠くことができない元素である。このような効果を発揮させるためには、Cは0.20%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.23%以上、より好ましくは0.25%以上である。しかし、過剰に含有すると、靭性および延性の低下を招いて耐遅れ破壊性が劣化する。従って本発明では、C量は0.35%以下とする。C量は、好ましくは0.32%以下、より好ましくは0.30%以下である。
【0024】
Siは、溶製時に脱酸剤として用いられる元素であり、また焼戻し軟化抵抗を高める作用を有し、強度を高めるために必要な元素である。従って本発明では、Si量は0.3%以上とする。Si量は、好ましくは0.4%以上、より好ましくは0.47%以上である。しかし、Si量が過剰になると、ボルト形状に成形するときの冷間鍛造性が劣化する。従って本発明では、Si量は1.0%以下とする。Si量は、好ましくは0.60%以下、より好ましくは0.55%以下である。
【0025】
Mnを過剰に含有すると、Mnが結晶粒界に偏析し、粒界強度が低下し、耐遅れ破壊性が著しく低下する。また、Mn量が過剰になると、耐食性が劣化し、耐遅れ破壊性が低下する。従って本発明では、Mn量は0.6%以下とする必要がある。Mn量は、好ましくは0.55%以下、より好ましくは0.5%以下である。しかし、Mnは、溶製時に脱酸剤として有効に作用すると共に、鋼の焼入れ性を高めて強度を高める作用を有している元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、0.1%以上含有させることが好ましい。Mn量は、より好ましくは0.2%以上、更に好ましくは0.30%以上である。
【0026】
Pは、不可避不純物として含有する元素であり、過剰に含有すると、粒界偏析を起こして粒界強度を低下させ、耐遅れ破壊性を悪化させる。従って本発明では、P量は0.02%以下とする。P量は、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.01%以下である。P量は、できるだけ低減することが好ましいが、P量を0.001%未満にするにはコスト高となるため、下限は、0.001%であればよい。
【0027】
Sは、不可避不純物として含有する元素であり、過剰に含有すると、熱間脆性を引き起こすばかりでなく、硫化物が結晶粒界に偏析し、粒界強度の低下を招いて耐遅れ破壊性を低下させる。従って本発明では、S量は0.02%以下とする。S量は、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.01%以下である。S量は、できるだけ低減することが好ましいが、S量を0.001%未満にするにはコスト高となるため、下限は、0.001%であればよい。
【0028】
Crは、焼入れ性を高め、強度を高めるのに作用する元素である。また、焼戻し軟化抵抗を高め、強度を向上させる作用も有している。更に、Crは、鋼の耐食性を高め、耐遅れ破壊性を向上させるのにも寄与する元素である。従って本発明では、Crは0.3%以上とする。Cr量は、好ましくは0.5%以上、より好ましくは0.75%以上である。しかし、Cr量を過剰に添加してもその効果は飽和すると共に、製造コストの増加を招く。従って本発明では、Cr量は1.5%以下とする。Cr量は、好ましくは1.4%以下、より好ましくは1.3%以下である。
【0029】
Alは、脱酸剤として添加されるほか、AlNを形成することによってオーステナイト粒の粗大化を防止でき、その結果、耐遅れ破壊性を向上させるのに作用する元素である。こうした作用を発揮させるために、Al量は0.01%以上とする。Al量は、好ましくは0.04%以上、より好ましくは0.05%以上である。しかし、Alを過剰に含有させてもその効果は飽和すると共に、製造コストの増加を招く。また、Alを過剰に含有すると、冷間鍛造性を悪化させる。従って本発明では、Al量は0.1%以下とする。Al量は、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.07%以下である。
【0030】
Tiは、鋼中のNおよびCと結合してTiNおよびTiCを析出させる元素である。TiNおよびTiCは、水素トラップサイトとして作用し、耐遅れ破壊性を向上させるのに寄与する。また、TiNおよびTiCは、結晶粒の微細化に有効に作用し、耐遅れ破壊性の更なる向上に寄与する。こうした作用を発揮させために、Tiは0.05%以上含有させる必要がある。Ti量は、好ましくは0.051%以上、より好ましくは0.052%以上である。しかし、Ti量が過剰になると冷間鍛造性の低下を招く。従って本発明では、Ti量は0.1%以下とする。Ti量は、好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下である。
【0031】
Bは、鋼の焼入れ性を高め、強度を高めるのに作用する元素である。従って本発明では、B量は0.0003%以上とする。B量は、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0010%以上である。しかし、Bを過剰に含有しても、その効果は飽和する他、却って靭性を低下させる。従って本発明では、B量は0.005%以下とする。B量は、好ましくは0.004%以下、より好ましくは0.003%以下とする。
【0032】
Nは、溶製後の凝固段階でTiと結合してTiNを形成し、結晶粒の微細化に寄与する元素である。結晶粒が微細化することにより、耐遅れ破壊性が向上する。こうした作用を有効に発揮させるには、Nは0.001%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.002%以上、更に好ましくは0.003%以上である。しかし、Nを過剰に含有し、TiNが過剰に形成されると、熱間圧延時に1300℃程度に加熱してもTiNは溶解せず、Ti炭化物の形成が阻害される。また、Nが固溶の状態で鋼中に存在すると、冷間鍛造性が著しく低下する。従って本発明では、N量は0.01%以下とする。N量は、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.006%以下である。
【0033】
本発明に係る高強度ボルト用鋼の成分組成は、上記の通りであり、残部は、鉄および不可避不純物である。該不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。
【0034】
本発明に係る高強度ボルト用鋼は、圧延後の金属組織がフェライトとパーライトの混合組織である。この混合組織には、ベイナイト組織が一部含まれていてもよい。ベイナイト組織は、金属組織全体に対して5面積%以下であることが好ましい。
【0035】
次に、本発明に係る高強度ボルト用鋼を製造する方法について説明する。本発明に係る高強度ボルト用鋼は、上記成分組成を満足する鋼を溶製し、鋳造した後、例えば、950℃以上に加熱し、800〜1000℃の温度域で、線材または棒鋼形状に、熱間圧延または熱間鍛造した後、600℃以下の温度まで、平均冷却速度を3℃/秒以下(0℃/秒を含まない)として徐冷することにより製造できる。
【0036】
950℃以上に加熱することによって、結晶粒の微細化に有効なTiの炭化物、窒化物、炭窒化物を、オーステナイトに固溶させることができる。この温度が950℃未満では、炭化物、窒化物、炭窒化物の固溶量が少なくなり、後の熱間圧延で微細なTiやVの炭化物、窒化物、炭窒化物が生成しにくくなる。そのため、焼入れ時の結晶粒微細化の効果が減少する。この温度は、より好ましくは1000℃以上である。加熱温度の上限は特に限定されないが、例えば、1350℃程度とすればよい。
【0037】
熱間圧延または熱間鍛造では、上記加熱時に固溶させたTiやVを微細な炭化物、窒化物、炭窒化物として鋼中に析出させればよい。そのためには仕上げ圧延温度または熱間鍛造温度を1000℃以下にすることが好ましい。仕上げ圧延温度または熱間鍛造温度が1000℃よりも高くなるとTiやVの炭化物、窒化物、炭窒化物が析出しにくくなるため、焼入れ時の結晶粒微細化の効果が減少する。一方、仕上げ圧延温度または熱間鍛造温度が低くなりすぎると、圧延荷重の増加や表面疵の発生増大があり、非現実的となるためその下限は800℃以上とすることが好ましい。ここで、仕上げ圧延温度は、最終圧延パス前または圧延ロール群前の放射温度計で測定可能な表面の平均温度とした。
【0038】
熱間圧延または熱間鍛造後の冷却では、後のボルト形状への成形性を向上させるため、金属組織をフェライトとパーライトの混合組織にすることが重要であり、そのためには熱間圧延または熱間鍛造後の平均冷却速度を3℃/秒以下にすることが好ましい。平均冷却速度が3℃/秒より大きくなると、ベイナイトやマルテンサイトが生成するため、ボルト形状への成形性が大幅に悪化する。平均冷却速度は、より好ましくは2℃/秒以下である。
【0039】
冷却して得られた高強度ボルト用鋼は、常法に従って、ボルト形状に成形した後、焼入れ処理および焼戻し処理を行い、金属組織を焼戻しマルテンサイトとすることによって、高強度で、しかも耐遅れ破壊性に優れた高強度ボルトが得られる。
【0040】
焼入れ処理および焼戻し処理の条件は特に限定されず、常法に従って行えばよい。
【0041】
焼入れ処理は、例えば、850〜960℃に加熱して行うことが好ましい。850℃以上に加熱することにより、安定的にオーステナイト化できる。加熱温度は、より好ましくは880℃以上、更に好ましくは900℃以上である。しかし、加熱温度が960℃を超えると、結晶粒が粗大化し、耐遅れ破壊性が劣化することがある。従って上記加熱温度は、960℃以下とすることが好ましい。加熱温度は、より好ましくは950℃以下、更に好ましくは940℃以下である。
【0042】
焼入れしたままのボルトは、靭性および延性が低く、そのままの状態ではボルト製品にならない。そこで、焼入れ処理した後は、焼戻し処理を施す。
【0043】
焼戻し処理は、例えば、300〜500℃に加熱して行うことが好ましい。焼戻し処理時の温度は、300℃以上が好ましく、より好ましくは330℃以上、更に好ましくは350℃以上である。低温焼戻し脆性を回避するには、380℃以上の温度で焼戻しするのが良い。しかし焼戻し温度が500℃を超えると、1100MPa以上の強度を確保することが難しくなる。従って500℃以下の温度で焼戻しすることが好ましい。焼戻し温度は、より好ましくは480℃以下、更に好ましくは450℃以下である。
【0044】
焼戻し処理における加熱保持時間は特に限定されず、例えば、20〜60分程度である。
【0045】
上記高強度ボルト用鋼は、ボルト形状に成形するに先立って、球状化処理を行なってもよい。球状化処理条件は特に限定されず、公知の条件を採用できる。
【0046】
球状化処理するときの加熱温度は、例えば、700〜800℃とすればよい。700℃以上に加熱することによって、パーライト組織中の炭化物を鋼中に溶かすことができる。加熱温度は、好ましくは710℃以上、より好ましくは720℃以上である。しかし加熱温度が800℃を超えると、冷却中に再生パーライトが生成し、冷間鍛造性が劣化することがある。従って加熱温度は、800℃以下とすることが好ましく、より好ましくは790℃以下、更に好ましくは780℃以下である。
【0047】
上記加熱温度で加熱した後は、室温まで、平均冷却速度を20℃/時間以下として冷却することが好ましい。平均冷却速度が20℃/時間を超えると、パーライト組織が形成されて冷間鍛造性が悪くなることがある。平均冷却速度は、より好ましくは18℃/時間以下、更に好ましくは16℃/時間以下である。
【0048】
本発明で規定する高強度ボルト用鋼を、焼入れ処理および焼戻し処理して得られた高強度ボルトの軸部は、表層から中心部まで金属組織が焼戻しマルテンサイトとなり、1100MPa以上の強度を確保できる。高強度ボルトの軸部における強度は、JIS B1051(2000年)に基づいて測定すればよい。
【0049】
上記高強度ボルトは、軸部における旧オーステナイトの結晶粒度番号が、8番以上であることが好ましい。旧オーステナイトの結晶粒が、微細化するほど耐遅れ破壊性が向上するからである。結晶粒度番号は、より好ましくは8.5番以上、更に好ましくは9.0番以上である。
【0050】
上記結晶粒度番号は、JIS G0551(2013年)に基づいて測定すればよい。
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記および後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0052】
下記表1に示す成分組成(残部は、鉄および不可避不純物)の鋼を溶製し、得られた鋳造片を1200℃に加熱し、圧延もしくは熱間鍛造を行い、600℃以下の温度まで、平均冷却速度を1℃/秒として徐冷し、直径12mmの線材を製造した。
【0053】
下記表1には、鋼に含まれるC量およびMn量に基づいて上記式(1)で求められるX値、鋼に含まれるC量、Si量、Mn量、およびCr量に基づいて上記式(2)で求められるY値を示す。
【0054】
次に、得られた線材の金属組織を観察した。金属組織は、線材を横断面で切断し、ナイタール腐食液でエッチングした後、D/4位置(Dは線材の直径)の任意の領域を光学顕微鏡で観察した。観察倍率は、400倍とした。その結果、線材の組織は、フェライトとパーライトの混合組織であった。
【0055】
次に、得られた線材を870℃に加熱した後、870℃から焼入れ処理を行った。焼入れ処理後、下記表2に示す焼戻し温度(℃)に再加熱し、1時間保持して焼戻し処理を行い、供試材を製造した。
【0056】
得られた供試材の金属組織を、上記線材と同じ手順で観察した。その結果、金属組織は、焼戻しマルテンサイト組織であった。
【0057】
次に、得られた供試材について、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号を測定した。結晶粒度番号は、得られた供試材をJIS G0551(2013年)で規定される焼入れ焼戻し法に従って結晶粒界を現出させ、供試材の縦断面におけるD/4位置(Dは供試材の直径)の任意の領域で測定した。
【0058】
次に、得られた供試材から、JIS Z2241(2011年)で規定される14A号試験片を切り出し、JIS Z2241(2011年)に従って引張試験を行い、引張強さを測定した。測定結果を下記表2に示す。本発明では、引張強さが1100MPa以上の場合を合格とする。
【0059】
次に、引張強さが1100MPa以上であった供試材について、耐遅れ破壊性を評価した。耐遅れ破壊性は、上記供試材から、
図1に示す切り欠き付き試験片を切り出し、引張試験および耐遅れ破壊試験を行って評価した。切り欠き付き試験片を用いたのは、ねじ部の応力集中を模擬するためである。即ち、上記切り欠き付き試験片を用い、JIS Z2241(2011年)に従って引張試験を行い、最大応力を測定した。なお、
図1に示したKtは応力集中係数を示している。
【0060】
また、耐遅れ破壊試験として、上記切り欠き付き試験片を、15%HCl水溶液に30分間浸漬し、水洗および乾燥した後、一定荷重を負荷し、100時間以上破断しない荷重の最大値(以下、100時間保持応力ということがある)を測定した。
【0061】
上記100時間保持応力を、上記最大応力で除した値(100時間保持応力/最大応力)を遅れ破壊強度比と定義し、この値を下記表2に示す。本発明では、遅れ破壊強度比が0.70以上の場合を合格とする。
【0062】
また、上記X値[1/([C]×[Mn])の値]と、遅れ破壊強度比との関係を
図2に示す。
図2においては、本発明例であるNo.1〜9をプロットすると共に、比較例であるNo.10〜20のうち、X値が本発明で規定する要件を外れるNo.12〜14、18、19をプロットした。なお、No.20のX値は本発明で規定する要件を外れているが、No.20は、Moを含有した参考例であるため、
図2にプロットしなかった。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
表1、表2、および
図2から、次のように考察できる。No.1〜9は、本発明で規定する要件を満足する例である。鋼の成分組成が適切に制御されているため、1100MPa以上の高強度と、優れた耐遅れ破壊性を達成できている。これに対し、No.10〜19は、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない例である。
【0066】
これらのうち、No.10は、C量が少な過ぎるため、Y値が0.82を下回った例であり、1100MPa以上の強度を確保できなかった。No.11は、C量が過剰な例であり、靭性および延性が低下したため、耐遅れ破壊性を改善できていないと考えられる。No.12〜14は、Mn量を過剰に含有し、X値が5.5を下回った例であり、偏析によって粒界強度が低下し、耐遅れ破壊性を改善できなかったと考えられる。No.15は、Si量が少な過ぎるため、Y値が0.82を下回った例であり、1100MPa以上の強度を確保できなかった。No.16は、Cr量が少な過ぎる例であり、Y値が0.82を下回ったため、1100MPa以上の強度を確保できなかった。
【0067】
No.17は、Ti量を含有しない例であり、水素トラップサイトとなるTiCが析出しなかったため、耐遅れ破壊性を改善できなかったと考えられる。No.18は、X値が5.5を下回った例であり、耐遅れ破壊性を改善できなかった。No.19は、Ti量が少な過ぎ、またX値が5.5を下回った例であり、耐遅れ破壊性を改善できなかった。No.20は、JIS規格のSCM435を模擬した参考例である。No.20は、1100MPa以上の強度を有し、しかも耐遅れ破壊性を改善できているが、Moを含有しているため、コスト高となっている。