(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Mg:0.2〜1.0%、Si:0.2〜1.0%を含み、かつ(Mg含有量)+(Si含有量)≦1.2%を満たし、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl−Mg−Si系アルミニウム合金板であって、この板の示差走査熱分析曲線において、230〜330℃の温度範囲内に、発熱ピークが1つだけか、または、互いのピーク間の温度差が50℃以下の発熱ピークが2つだけ存在し、前記1つだけの発熱ピークの高さか、または、前記2つだけの発熱ピークのうちのピーク高さが大きい方の発熱ピークの高さが20〜50μW/mgの範囲であることを特徴とする成形性と焼付け塗装硬化性とに優れたアルミニウム合金板。
但し、前記板の各測定箇所における示差熱分析においては、試験装置:セイコ−インスツルメンツ製DSC220G、標準物質:アルミ、試料容器:アルミ、昇温条件:15℃/min、雰囲気:アルゴン(50ml/min)、試料重量:24.5〜26.5mgの同一条件で各々行い、得られた示差熱分析のプロファイル(μW)を試料重量で割って規格化した(μW/mg)後に、前記示差熱分析プロファイルでの0〜100℃の区間において、示差熱分析のプロファイルが水平になる領域を0の基準レベルとし、この基準レベルからの発熱ピーク高さを測定する。
前記アルミニウム合金板が、更に、Fe:0.5%以下(但し、0%を含まず)、Mn:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Cr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Zr:0.1%以下(但し、0%を含まず)、V:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Ti:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Cu:0.5%以下(但し、0%を含まず)、Ag:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Zn:0.5%以下(但し、0%を含まず)の1種または2種以上を含む請求項1に記載の成形性と焼付け塗装硬化性とに優れたアルミニウム合金板。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境などへの配慮から、自動車等の車両の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車の大型ボディパネル構造体(アウタパネル、インナパネル)の材料として、鋼板等の鉄鋼材料にかえて、成形性や焼付け塗装硬化性に優れた、より軽量なアルミニウム合金材の適用が増加しつつある。
【0003】
この自動車の大型ボディパネル構造体の内、フード、フェンダー、ドア、ルーフ、トランクリッドなどのアウタパネル(外板) にも、薄肉でかつ高強度アルミニウム合金板として、Al−Mg−Si系のAA乃至JIS 6000系 (以下、単に6000系とも言う) アルミニウム合金板の使用が検討されている。
【0004】
この6000系アルミニウム合金板は、Si、Mgを必須として含み、特に過剰Si型の6000系アルミニウム合金は、これらSi/Mgが質量比で1以上である組成を有し、優れた時効硬化能を有している。このため、自動車の前記アウタパネルへのプレス成形や曲げ加工時には、低耐力化により成形性を確保する。そして、成形後のパネルの塗装焼付処理などの、比較的低温の人工時効( 硬化) 処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し、パネルとしての必要な強度を確保できる、焼付け塗装硬化性(以下、ベークハード性=BH性、焼付硬化性とも言う) がある。
【0005】
一方、自動車の前記アウタパネルは、周知の通り、アルミニウム合金板に対し、プレス成形における張出成形時や曲げ成形などの成形加工が複合して行われて製作される。例えば、フードやドアなどの大型のアウタパネルでは、張出などのプレス成形によって、アウタパネルとしての成形品形状となされ、次いで、このアウタパネル周縁部のフラットヘムなどのヘム (ヘミング) 加工によって、インナパネルとの接合が行われ、パネル構造体とされる。
【0006】
ここで、6000系アルミニウム合金は、優れたBH性を有するという利点がある反面で、室温時効性を有し、溶体化焼入れ処理後の室温保持で時効硬化して強度が増加することにより、パネルへの成形性、特に曲げ加工性が低下する課題があった。例えば、6000系アルミニウム合金板を自動車パネル用途に用いる場合、アルミメーカーで溶体化焼入れ処理された後(製造後)、自動車メーカーでパネルに成形加工されるまでに、1ヶ月間程度室温におかれ(室温放置され)、この間で、かなり時効硬化(室温時効)することとなる。特に、厳しい曲げ加工が入るアウタパネルにおいては、製造直後では、問題無く成形可能であっても、1ヶ月経過後では、ヘム加工時に割れが生じるなどの問題が有った。したがって、自動車パネル用、特にアウタパネル用の6000系アルミニウム合金板では、1ヶ月間程度の比較的長期に亙る室温時効を抑制する必要がある。
【0007】
更に、このような室温時効が大きい場合には、BH性が低下して、前記した成形後のパネルの塗装焼付処理などの、比較的低温の人工時効(硬化) 処理時の加熱によっては、パネルとしての必要な強度までに、耐力が向上しなくなるという問題も生じる。
【0008】
従来から、このような6000系アルミニウム合金板の室温時効による、成形性とBH性との低下に対し、板の調質後(溶体化および焼入れ処理後)の室温放置中に形成されるMg−Si系クラスタを制御することが、種々提案されている。そのうちの一つとして、これらMg−Si系クラスタを、6000系アルミニウム合金板の示差走査熱分析曲線(示差走査熱量分析曲線とも言い、以下、DSCとも言う) の吸熱ピークや発熱ピークにて制御する技術が提案されている。
【0009】
例えば、特許文献1、2では、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するMg−Si系クラスタとして、特に、Si/空孔クラスタ(GPI)の生成量を規制することが提案されている。これら技術では、GPIの生成量を規制するために、T4材 (溶体化処理後自然時効後) のDSCにおいて、GPIの溶解に相当する150〜250℃の温度範囲における吸熱ピークがないことを規定している。また、これら技術では、このGPIの生成を抑制乃至制御するために、溶体化および室温まで焼入れ処理した後に、前記70〜150℃で0.5〜50時間程度保持する低温熱処理を施している。
【0010】
特許文献3では、過剰Si型の6000系アルミニウム合金材であって、このアルミニウム合金材の溶体化および焼入れ処理を含む調質処理後のDSCにおいて、Si/空孔クラスタ(GPI) の溶解に相当する150〜250℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW 以下であり、かつMg/Siクラスタ(GPII)の析出に相当する250〜300℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さを2000μW以下とすることが提案されている。このアルミニウム合金材は、前記調質処理後少なくとも4カ月間の室温時効後の特性として、耐力が110〜160MPaの範囲であり、かつ前記調質処理直後との耐力差が15MPa以内、伸びが28%以上であり、更に2%のひずみ付与後150℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上である特性を有する。
【0011】
特許文献4では、このような低温短時間の焼付け塗装硬化処理でのBH性を得るため、6000系アルミニウム合金板の調質処理後のDSCにおいて、100〜200℃の温度範囲における発熱ピーク高さW1を50μW以上とし、かつ、200〜300℃の温度範囲における発熱ピーク高さW2と、前記発熱ピーク高さW1との比W2/W1を20.0以下とすることが提案されている。
【0012】
ここで、前記発熱ピークW1は、人工時効硬化処理の際のβ”(Mg
2Si相)の核生成サイトとなるGPゾーンの析出に対応しており、W1のピーク高さが高いほど、人工時効硬化処理の際のβ”の核生成サイトとなるGPゾーンが、調質処理後の板に既に形成、確保されているとする。この結果、成形後の焼付け塗装硬化処理時に、速やかにβ”が成長し、BH性を向上させるとしている。一方、前記発熱ピークW2の方は、β”自体の析出ピークに対応しており、成形される板の耐力を135MPa未満に低耐力化させて成形性を確保するために、この発熱ピークW2高さをできるだけ小さくするとしている。
【0013】
特許文献5では、DSCにおいて、BH性に特に関わる、特定の温度範囲における発熱ピーク高さを3つ(3箇所)選択して各々制御し、BH性(焼き付け塗装硬化特性)を高めることが提案されている。この3つの発熱ピークとは、230〜270℃のピークA、280〜320℃のピークB、330〜370℃のピークCであり、ピークBの高さを20μW/mg以上、かつ各ピークの比A/Bを0.45以下、C/Bを0.6以下とすることで、2%のひずみ付与後に170℃×20分の人工硬化処理を施した際の0.2%耐力増加量を100MPa以上とする方法が提案されている。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の実施の形態につき、要件ごとに具体的に説明する。
【0027】
(化学成分組成)
先ず、本発明のAl−Mg−Si系(以下、6000系とも言う)アルミニウム合金板の化学成分組成について、以下に説明する。本発明が対象とする6000系アルミニウム合金板は、前記した自動車の外板用の板などとして、優れた成形性やBH性、強度、溶接性、耐食性などの諸特性が要求されるので、組成の面からもこれらの要求を満たすようにする。その上で、本発明では、主要元素であるMg、Siの含有量を低めにすることによって、製造後の板の室温時効後の成形時の0.2%耐力を110MPa以下に低くして、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルなどへの成形性を向上させる。それとともに、焼付け塗装硬化後の0.2%耐力を170MPa以上とすることを、組成の面から可能とする。
【0028】
このような課題を満足するために、アルミニウム合金板の組成は、質量%で、Mg:0.2〜1.0%、Si:0.2〜1.0%を含み、かつ(Mg含有量)+(Si含有量)≦1.2%を満たし、残部がAlおよび不可避的不純物からなるものとする。なお、各元素の含有量の%表示は全て質量%の意味である。
【0029】
本発明では、これらMg、Si以外のその他の元素は基本的には不純物あるいは含まれても良い元素であり、AA乃至JIS規格などに沿った、あるいはそれよりも低めのレベルの、各元素の含有量 (許容量) とする。すなわち、資源リサイクルの観点から、本発明でも、合金の溶解原料として、高純度Al地金だけではなく、Mg、Si以外のその他の元素を添加元素(合金元素)として多く含む6000系合金やその他のアルミニウム合金スクラップ材、低純度Al地金などを多量に使用した場合には、下記のような他の元素が必然的に実質量混入される。そして、これらの元素を敢えて低減する精錬自体がコストアップとなり、ある程度含有する許容が必要となる。また、実質量含有しても、本発明目的や効果を阻害しない含有範囲がある。
【0030】
したがって、本発明では、このような下記元素を各々以下に規定するAA乃至JIS 規格などに沿った上限量以下の範囲での含有を許容する。具体的には、前記アルミニウム合金板が、更に、Fe:0.5%以下(但し、0%を含まず)、Mn:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Cr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Zr:0.1%以下(但し、0%を含まず)、V:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Ti:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Cu:0.5%以下(但し、0%を含まず)、Ag:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Zn:0.5%以下(但し、0%を含まず)の1種または2種以上を、この範囲で、上記した基本組成に加えて、更に含んでも良い。
【0031】
上記6000系アルミニウム合金における、各元素の含有範囲と意義、あるいは許容量について以下に説明する。
【0032】
Si:0.2〜1.0%
SiはMgとともに、塗装焼き付け処理などの人工時効処理時に、強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、自動車パネルとしての必要な強度(耐力)を得るための必須の元素である。Si含有量が少なすぎると、人工時効処理後の時効析出物量が少なくなりすぎて、焼付け塗装後の強度増加量が低くなってしまう。一方Si含有量が多すぎると、板の製造直後の強度だけでなく、製造後の室温時効量も高くなり、成形前の強度が高くなりすぎて、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルなどへの成形性が低下してしまう。また、粗大な晶出物および析出物が形成されて、曲げ加工性が著しく低下する。なお、Si含有量の好ましい上限値は、0.8%である。
【0033】
パネルへの成形後の、より低温、短時間での塗装焼き付け処理での優れた時効硬化能を発揮させるためには、Si/ Mgを質量比で1.0以上とし、一般に言われる過剰Si型よりも更にSiをMgに対し過剰に含有させた6000系アルミニウム合金組成とすることが好ましい。
【0034】
Mg:0.2〜1.0%
Mgも、Siとともに強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、パネルとしての必要耐力を得るための必須の元素である。Mg含有量が少なすぎると、人工時効処理後の析出物の析出量が少なくなりすぎて、焼付け塗装後の強度増加量が低くなってしまう。一方、Mg含有量が高すぎると、板の製造直後の強度だけでなく、製造後の室温時効量も高くなり、成形前の強度が高くなりすぎて、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルなどへの成形性が低下してしまう。なお、Mg含有量の好ましい上限値は、0.8%である。
【0035】
(Mg含有量)+(Si含有量)≦1.2%
MgとSiとの合計含有量である、(Mg含有量)+(Si含有量)は、成形前の6000系アルミニウム合金板の組織として、この板のDSCにおいて230〜330℃の温度範囲に存在する発熱ピークに大きく影響する。
【0036】
後述する適切な製造方法をとることを前提に、(Mg含有量)+(Si含有量)を1.2%以下とすることによって、230〜330℃の温度範囲内に発熱ピークが2つだけ存在する場合に、これら2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差を50℃以下とでき、前記温度範囲内に発熱ピークが1つだけ存在する場合には、この発熱ピークの高さが20〜50μW/mgの範囲とすることができる。
【0037】
このために、(Mg含有量)+(Si含有量)はできるだけ低い方が好ましいが、(Mg含有量)+(Si含有量)の下限量は、板としての基本的を発揮するためのMgとSiとの最低必要量である、各下限含有量によって決まる。この点も考慮すると、(Mg含有量)+(Si含有量)での下限は好ましくは0.6%以上とする。
【0038】
一方、(Mg含有量)+(Si含有量)が1.2を超えて大きくなりすぎると、後述する適切な製造条件によっても、規定範囲内にDSCの発熱ピークを制御することが難しくなる。すなわち、230〜330℃の温度範囲に発熱ピークが2つ存在する場合には、これら2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃以下とできなくなる。また、前記温度範囲内に発熱ピークが1つだけ存在する場合には、この発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲とすることができなくなる。このため、成形時(焼付け塗装前)の強度を低くすることと、焼付け塗装時の強度増加量を大きくすることを、両立させにくくなる。このため、(Mg含有量)+(Si含有量)での上限は1.2%以下、好ましくは1.0%以下とする。
【0039】
(示差走査熱分析曲線、示差走査熱量分析曲線、DSC):
以上のような組成とした上で、本発明では、自動車パネルなどとしての高強度を保証するために、焼付け塗装硬化処理後において析出する析出物の量を保証する目安として、この板のDSCにおいて、従来は230〜330℃の温度範囲内に互いに離れて存在していた2つの発熱ピークを、互いに近接して(温度差が小さくなって)重なり合うような組織とする。これによって、自動車パネル成形時の0.2%耐力を110MPa以下に低くした上で、焼付け塗装硬化後の0.2%耐力を170MPa以上とすることを可能とする。
【0040】
ここで、示差走査熱分析曲線(DSC)とは、前記調質処理後のアルミニウム合金板の融解過程における熱的変化を、後述する条件による示差熱分析により測定して得られた固相からの加熱曲線である。
【0041】
このDSCにおいて、従来技術では230〜330℃の範囲に、互いにピーク間の温度差(距離)が遠く離れて存在したβ’’とβ’との2つの発熱ピークを、互いに近接させて(温度差を小さくして)重なり合うように変化させた組織を、本発明では規定している。すなわち、この板のDSCにおいて、230〜330℃の温度範囲内に、発熱ピークを1つだけか、または、互いのピーク間の温度差が50℃以下の発熱ピークを2つだけ存在させている。そして、前記1つだけの発熱ピークの高さか、または、前記2つだけの発熱ピークのうちのピーク高さが大きい(高い)方の発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲としている。
【0042】
6000系アルミニウム合金は、クラスタ、GPゾーン、強化相1(β'')、強化相2(β’)、平衡相(Mg
2Si)と、時効温度によって種々の析出相が生成する。この中で、焼付け塗装(人工時効処理)後の強度を高くするためには、焼付け塗装時にβ’’やβ’を生成することが有効と推測される。ただ、板の室温時効後の成形時の0.2%耐力を110MPa以下に低くするために、Mg、Siの含有量を低めにした、本発明の6000系アルミニウム合金板では、Mg、Siの含有量が比較的高い、通常の6000系アルミニウム合金板に比して、前記強化相1(β'')や強化相2(β’)のBH(人工時効処理)時の発生挙動(発生温度)が大きく異なってくる。
【0043】
これらβ’’やβ’のBH時(塗装焼き付け処理時)の発生挙動の変化を、DSCにおいて模擬することが可能であり、これが本発明でのDSCによる組織の規定の土台となっている。
【0044】
β’’やβ’のBH時の発生挙動をDSCによって模擬すると、例えば、Mg、Siの含有量が比較的高い、通常の6000系アルミニウム合金板では、β’’やβ’の発熱ピークは230〜330℃の範囲に、互いにより広く離れて存在する。より具体的に、従来のβ’’の発熱ピークは、前記温度範囲の中の、温度が低い前半の240〜260℃近傍に多く存在し、一方の、従来のβ’の発熱ピークは、前記温度範囲の中の、温度が高い後半の310〜320℃近傍に、互いのピーク間の温度差が50℃を超えて各々存在していた。
【0045】
なお、このような従来の発熱ピークの状態は代表例であり、この発熱ピークの発生挙動は、当然ながら板の組成や製造条件によっても種々異なる。例えば、前記特許文献5のように、DSCにおいて、BH性に関わる発熱ピークが3つ(3箇所)存在し、230〜270℃のピークA、280〜320℃のピークB、330〜370℃のピークCと各々されている場合もある。
【0046】
これに対して、同じく、このβ’’やβ’のBH時の発生挙動をDSCによって模擬すると、Mg、Siの含有量を低めにした本発明の6000系アルミニウム合金板では、β’’やβ’の発熱ピークは、前記通常の6000系アルミニウム合金板に比して、発熱ピークの発生位置(ピーク位置)やピーク間の距離(温度差)が、互いに近接してくる(重なり合う)ことが特徴である。そして、この現象は、板の製造条件、特に、溶体化および焼入れ処理後の予備時効処理の条件を変えることによって生じることも特徴である。
【0047】
常法による製造では、Mg、Siの含有量を低めにした本発明の6000系アルミニウム合金板でも、Mg、Siの含有量が比較的高い通常の6000系アルミニウム合金板と同様に、β’’やβ’の発熱ピークは、230〜330℃の広い温度範囲に、ピーク間距離では50℃以上の温度差をあけた2つの山に分離している。この典型例としては、後述する
図1に示すDSCや実施例表2における比較例19がこれに相当する。
【0048】
これに対して、製法を変えて、板の圧延後の調質において、溶体化および焼入れ処理後の予備時効処理の条件を変えた場合に、β’’やβ’の発熱ピークは、互いのピークの温度差が50℃未満と少なくなって、互いのピークが重なり合う(近接する)ように発生することを知見した。
【0049】
本発明者らの知見によれば、β’’の発熱ピーク(1つ目あるいは前半のピークとも言う)の発生温度は、それまでの温度が低い250〜260℃近傍の位置(温度)から、温度が高い270〜290℃近傍の位置(温度)へと移動する。一方のβ’の発熱ピーク(2つ目あるいは後半のピークとも言う)の発生温度は、それまでの温度が高い300〜310℃近傍の位置(温度)から、温度が低い290〜300℃近傍の位置(温度)へと移動する。
【0050】
そして、このように、β’’とβ’との互いの発熱ピークの、互いのピーク間の温度差が50℃未満と少なくなって、互いのピークが近接あるいは重なり合うように発生した場合には、BH後の耐力を高くする人工時効析出物量を保証できることを知見した。すなわち、β’’とβ’との発熱ピークが互いに近接あるいは重なり合うようにすることで、パネル成形時の0.2%耐力を110MPa以下に低くした上で、BH後のパネルの0.2%耐力を170MPa以上と高くすることが可能となる。これに対して、これら2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃を超えて広がった場合には、前記特性を発揮できなくなる。
【0051】
このように、β’’やβ’の互いの発熱ピークが重なり合う場合を具体的に規定したのが、本発明の規定である。すなわち、前記6000系アルミニウム合金板のDSCにおいて、230〜330℃の温度範囲内、好ましくは250〜320℃の温度範囲内に、互いのピーク間の温度差が50℃以下、好ましくは30℃以下である、低温側のβ’’の発熱ピークと、高温側のβ’の発熱ピークとを2つだけ(合計で2つだけ)存在させ、このうちのどちらかピーク高さが大きい(高い)方の発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲としている。また、230〜330℃の温度範囲内に、低温側のβ’’と高温側のβ’との互いの発熱ピークが、より重なり合って、これら互いのピーク間の温度差が判別(計測)できなくなった、いわば合成された(重複した)発熱ピークが1つだけ存在すると判別される場合であって、その発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲としている。
【0052】
本発明において、230〜330℃の温度範囲内、好ましくは250〜320℃の温度範囲内に、互いのピーク間の温度差が50℃以下、好ましくは30℃以下の発熱ピークが2つだけ存在する場合、β’’の発熱ピークは、低温側の1つ目あるいは前半のピークとして、270〜290℃近傍に存在する。また、β’の発熱ピークは、高温側の2つ目あるいは後半のピークとして、290〜300℃近傍に存在する。そして、これら発熱ピークの互いのピーク間の温度差を50℃以下とし、これら発熱ピークのうちの、どちらかピーク高さが大きい方の発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲としているのが、後述する
図1のDSCや実施例表2における発明例0、1、16、17、19、21などの例である。
【0053】
また、後述する
図1のDSCや実施例表2における発明例5、6、12、15、18、20などは、230〜330℃の温度範囲内、好ましくは270〜300℃の温度範囲内に、低温側のβ’’と高温側のβ’との互いの発熱ピークがより重なり合って、これら互いのピーク間の温度差が判別できなくなった、合成された発熱ピークが1つだけ存在する場合である。
【0054】
このBH性を保証するためには、当然ながら、BH時の人工時効析出物量を表す、発熱ピーク高さも重要であり、230〜330℃の温度範囲内に存在する発熱ピークが2つの場合には、BH性に寄与する、ピーク高さが大きい方の発熱ピークである、β’の発熱ピーク(後述する実施例における発明例では概ね300℃近傍に発生)のピークの高さ(μW/mg)を、20〜50μW/mgの範囲とする。
【0055】
また、230〜330℃の温度範囲内に存在する発熱ピークが1つだけの場合、すなわち、前記β’’の発熱ピーク(1つ目あるいは前半のピーク、270〜290℃近傍)と、前記β’の発熱ピーク(2つ目あるいは後半のピーク、290〜300℃近傍)とが重なりあって、合成された1つだけの発熱ピークを形成している場合には、この発熱ピークの高さを20〜50μW/mgの範囲とする。
【0056】
これによって、パネル成形時の耐力を110MPa以下に低くした上で、BH後の耐力を170MPa以上とすることが可能となる。言い換えると、BH後の耐力を170MPa以上とするような、BH時に生成するβ’’とβ’との時効析出物量を保証できる。これらの発熱ピークの高さが20〜50μW/mgの範囲を、少なめに外れても、高めに外れても、焼付け塗装硬化処理によって、BH性に効果がある所望のβ’’やβ’などの時効析出物量が少なすぎるか、あるいは多すぎるかして、所望量析出させることができないことを意味している。このため、必然的に、パネル成形時の耐力を110MPa以下に低くした上で、BH後の耐力を170MPa以上とすることができなくなる。
【0057】
(製造方法)
次ぎに、本発明アルミニウム合金板の製造方法について以下に説明する。本発明アルミニウム合金板は、製造工程自体は常法あるいは公知の方法であり、上記6000系成分組成のアルミニウム合金鋳塊を鋳造後に均質化熱処理し、熱間圧延、冷間圧延が施されて所定の板厚とされ、更に溶体化焼入れなどの調質処理が施されて製造される。
【0058】
但し、これらの製造工程中で、本発明のDSCで規定する組織を得るためには、後述する通り、溶体化および焼入れ処理後の予備時効処理条件を、好ましい範囲とする。なお、他の工程においても、本発明のDSCで規定する組織を得るための好ましい条件もある。このような好ましい条件としなければ、本発明のDSCで規定する組織を得ることが難しくなる。
【0059】
(溶解、鋳造冷却速度)
先ず、溶解、鋳造工程では、上記6000系成分組成範囲内に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、連続鋳造法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。ここで、本発明の規定範囲内にクラスタを制御するために、鋳造時の平均冷却速度について、液相線温度から固相線温度までを30℃/分以上と、できるだけ大きく(速く)することが好ましい。
【0060】
このような、鋳造時の高温領域での温度(冷却速度)制御を行わない場合、この高温領域での冷却速度は必然的に遅くなる。このように高温領域での平均冷却速度が遅くなった場合、この高温領域での温度範囲で粗大に生成する晶出物の量が多くなって、鋳塊の板幅方向,厚さ方向での晶出物のサイズや量のばらつきも大きくなる。この結果、本発明の範囲に前記規定クラスタを制御することができなくなる可能性が高くなる。
【0061】
(均質化熱処理)
次いで、前記鋳造されたアルミニウム合金鋳塊に、熱間圧延に先立って、均質化熱処理を施す。この均質化熱処理(均熱処理)は、組織の均質化、すなわち、鋳塊組織中の結晶粒内の偏析をなくすことを目的とする。この目的を達成する条件であれば、特に限定されるものではなく、通常の1回または1段の処理でも良い。
【0062】
均質化熱処理温度は、500℃以上で融点未満、均質化時間は4時間以上の範囲から適宜選択される。この均質化温度が低いと結晶粒内の偏析を十分に無くすことができず、これが破壊の起点として作用するために、伸びフランジ性や曲げ加工性が低下する。この後、直ちに熱間圧延を開始又は、適当な温度まで冷却保持した後に熱間圧延を開始しても、本発明で規定するクラスタの数密度に制御することはできる。
【0063】
この均質化熱処理を行った後、300℃〜500℃の間を20〜100℃/hの平均冷却速度で室温まで冷却し、次いで20〜100℃/hの平均加熱速度で350℃〜450℃まで再加熱し、この温度域で熱間圧延を開始することもできる。
【0064】
この均質化熱処理後の平均冷却速度および、その後の再加熱速度の条件を外れると、粗大なMg−Si化合物が形成される可能性が高くなる。
【0065】
(熱間圧延)
熱間圧延は、圧延する板厚に応じて、鋳塊 (スラブ) の粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とから構成される。これら粗圧延工程や仕上げ圧延工程では、リバース式あるいはタンデム式などの圧延機が適宜用いられる。
【0066】
この際、熱延(粗圧延)開始温度が固相線温度を超える条件では、バーニングが起こるため熱延自体が困難となる。また、熱延開始温度が350℃未満では熱延時の荷重が高くなりすぎ、熱延自体が困難となる。したがって、熱延開始温度は350℃〜固相線温度、更に好ましくは400℃〜固相線温度の範囲とする。
【0067】
(熱延板の焼鈍)
この熱延板の冷間圧延前の焼鈍 (荒鈍) は必ずしも必要ではないが、結晶粒の微細化や集合組織の適正化によって、成形性などの特性を更に向上させる為に実施しても良い。
【0068】
(冷間圧延)
冷間圧延では、上記熱延板を圧延して、所望の最終板厚の冷延板 (コイルも含む) に製作する。但し、結晶粒をより微細化させるためには、冷間圧延率は60%以上であることが望ましく、また前記荒鈍と同様の目的で、冷間圧延パス間で中間焼鈍を行っても良い。
【0069】
(溶体化および焼入れ処理)
冷間圧延後、溶体化処理と、これに続く、室温までの焼入れ処理を行う。この溶体化焼入れ処理については、通常の連続熱処理ラインによる加熱,冷却でよく、特に限定はされない。ただ、各元素の十分な固溶量を得ること、および前記した通り、結晶粒はより微細であることが望ましいことから、520℃以上、溶融温度以下の溶体化処理温度に、加熱速度5℃/秒以上で加熱して、0.1〜10秒保持する条件で行うことが望ましい。
【0070】
また、成形性やヘム加工性を低下させる粗大な粒界化合物形成を抑制する観点から、溶体化温度から、室温の焼入れ停止温度までの平均冷却速度を3℃/s以上とすることが望ましい。溶体化処理後の室温までの焼入れ処理の平均冷却速度が小さいと、冷却中に粗大なMg
2Siおよび単体Siが生成してしまい、成形性が劣化してしまう。また溶体化後の固溶量が低下し、BH性が低下してしまう。この冷却速度を確保するために、焼入れ処理は、ファンなどの空冷、ミスト、スプレー、浸漬等の水冷手段や条件を各々選択して用いる。
【0071】
(予備時効処理:再加熱処理)
このような溶体化処理後に焼入れ処理して室温まで冷却した後、1時間以内に冷延板を予備時効処理(再加熱処理)する。室温までの焼入れ処理終了後、予備時効処理開始(加熱開始)までの室温保持時間が長すぎると、室温時効により溶解しやすいクラスタが生成してしまい、本発明のDSCで規定する発熱ピークが、前提として形成されない。したがって、この室温保持時間は短いほど良く、溶体化および焼入れ処理と再加熱処理とが、時間差が殆ど無いように連続していても良く、下限の時間は特に設定しない。
【0072】
この予備時効処理は、80〜120℃の比較的高温側の領域と、60〜40℃の比較的低温側の領域とにおける保持時間を各々確保することが重要である。これによって、本発明のDSCで規定する発熱ピークが形成される。
【0073】
ここで、前記80〜120℃の高温側領域と、前記60〜40℃の低温側領域とを、温度的に2段階などの段階的に分けても、連続して温度が変化するようにしても良い。また、前記高温側領域での温度保持を、この温度範囲で、一定の温度あるいは昇温により温度を順次変えた熱処理としても良い。また、前記低温側領域での温度保持を、この温度範囲で、一定あるいは降温により温度を順次変えた熱処理としても良い。要は、昇温や降温(徐冷)などで連続的に温度が変化しても、各々の温度域に各々必要な保持時間だけ、保持されていれば良い。そして、これら高温側と低温側での温度保持を、温度を段階的に区分けした連続する2段階の熱処理としても良く、保持温度を各々規定の温度範囲で、一定あるいは昇温、降温、放冷などを適宜組み合わせた連続的な熱処理としても良い。予備時効処理後の冷却は、放冷でも、急冷でも良い。
【0074】
前半の前記80〜120℃の高温側領域での保持時間は、板の昇温過程での80〜120℃の温度範囲での板の滞在時間も加えて、好ましくは5〜40時間とする。また、後半の前記60〜40℃の低温側領域での保持時間は、前記高温側領域での保持からの降温、あるいは放冷でも急冷でも冷却過程での60〜40℃の温度範囲での板の滞在時間も加えて、好ましくは20〜300時間とする。
【0075】
これらの温度や保持時間が各々低すぎる、あるいは短すぎると、予備時効処理をしない場合と同様となって、DSCにて規定する本発明の組織となりにくく、230〜330℃の温度範囲内に発熱ピークが生じないか、生じても、2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃を超えるか、規定する発熱ピークの高さが50μW/mgを超えてしまう。
【0076】
反対に、これらの温度や保持時間が各々高すぎたり、長すぎたりしても、DSCにて規定する本発明の組織となりにくく、230〜330℃の温度範囲内に発熱ピークが生じないか、規定する発熱ピークの高さが50μW/mgを超えてしまう。
【0077】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0078】
次に本発明の実施例を説明する。本発明でDSCで規定の組織が異なる6000系アルミニウム合金板を、溶体化および焼入れ処理後の予備時効処理の条件を変えて作り分けて製造した。そして、板製造後室温に30日間保持後の、BH性(塗装焼付け硬化性)、プレス成形性の指標としてのAs耐力や、曲げ加工性としてのヘム加工性を各々測定、評価した。
【0079】
前記作り分けは、表1に示す組成の6000系アルミニウム合金板を、表2に示すように、溶体化および焼入れ処理後の、予備時効処理の温度や保持時間などの条件を種々変えて行った。ここで、表1中の各元素の含有量の表示において、各元素における数値をブランクとしている表示は、その含有量が検出限界以下であることを示す。
【0080】
アルミニウム合金板の具体的な製造条件は以下の通りとした。表1に示す各組成のアルミニウム合金鋳塊を、DC鋳造法により共通して溶製した。この際、各例とも共通して、鋳造時の平均冷却速度について、液相線温度から固相線温度までを50℃/分とした。続いて、鋳塊を、各例とも共通して、540℃×6時間の均熱処理をした後、その温度で熱間粗圧延を開始した。そして、各例とも共通して、続く仕上げ圧延にて、厚さ3.5mmまで熱延し、熱間圧延板とした。熱間圧延後のアルミニウム合金板を、各例とも共通して、500℃×1分の荒焼鈍を施した後、冷延パス途中の中間焼鈍無しで加工率70%の冷間圧延を行い、厚さ1.0mmの冷延板とした。
【0081】
更に、この各冷延板を、各例とも共通して、連続式の熱処理設備で巻き戻し、巻き取りながら、連続的に調質処理(T4)した。具体的には、溶体化処理を、500℃までの平均加熱速度を10℃/秒として、540℃の目標温度に到達後5秒保持して行い、その後、平均冷却速度を100℃/秒とした水冷を行うことで室温まで冷却した。この冷却後、表2に示す温度(℃)、保持時間(hr)にて、高温側領域と低温側領域との2段階の予備時効処理を行った。この2段階の予備時効処理は、具体的には、高温側領域としてオイルバスを用いて、所定の温度、時間に保持した後に、低温側領域として恒温炉を用いて、所定の温度、時間保持し、その後徐冷(放冷)を行った。
【0082】
予備時効処理のうち、前記高温側領域での保持時間は、板の昇温過程での80〜120℃の温度範囲での板の滞在時間も加えた。また、前記低温側領域での保持時間は、前記高温側領域での保持からの降温、あるいは放冷での冷却過程での60〜40℃の温度範囲での板の滞在時間も加えた。
【0083】
これら調質処理後30日間室温放置した後の各最終製品板から供試板 (ブランク) を切り出し、各供試板の前記DSCや特性を測定、評価した。これらの結果を表2に示す。
【0084】
(DSC)
前記供試板の板厚中央部の10箇所における組織の前記DSCを測定し、これら10箇所の平均値にて、この板のDSC(示差走査熱分析曲線)において、230〜330℃の温度範囲に存在する発熱ピークにつき測定した。すなわち、この発熱ピークが2つの場合、これら互いの発熱ピーク間の温度差(℃)と、ピーク高さが大きい方の発熱ピーク高さのピークの高さ(μW/mg)とを求めた。また、この発熱ピークが1つだけの場合には、この発熱ピークの高さ(μW/mg)を各々求めた。
【0085】
但し、前記供試板の各測定箇所における示差熱分析においては、試験装置:セイコ−インスツルメンツ製DSC220G、標準物質:アルミ、試料容器:アルミ、昇温条件:15℃/min、雰囲気:アルゴン(50ml/min)、試料重量:24.5〜26.5mgの同一条件で各々行い、得られた示差熱分析のプロファイル(μW)を試料重量で割って規格化した(μW/mg)後に、前記示差熱分析プロファイルでの0〜100℃の区間において、示差熱分析のプロファイルが水平になる領域を0の基準レベルとし、この基準レベルからの発熱ピーク高さを測定した。これらの結果を表2に示す。
【0086】
(塗装焼付硬化性)
前記調質処理後30日間室温放置した後の各供試板の機械的特性として、0.2%耐力(As耐力)を引張試験により求めた。また、これらの各供試板を各々共通して、30日間の室温時効させた後に、170℃×20分の人工時効硬化処理した後(BH後)の、供試板の0.2%耐力(BH後耐力)を引張試験により求めた。そして、これら0.2%耐力同士の差(耐力の増加量)から各供試板のBH性を評価した。
【0087】
前記引張試験は、前記各供試板から、各々JISZ2201の5号試験片(25mm×50mmGL×板厚)を採取し、室温にて引張り試験を行った。このときの試験片の引張り方向を圧延方向の直角方向とした。引張り速度は、0.2%耐力までは5mm/分、耐力以降は20mm/分とした。機械的特性測定のN数は5とし、各々平均値で算出した。なお、前記BH後の耐力測定用の試験片には、この試験片に、板のプレス成形を模擬した2%の予歪をこの引張試験機により与えた後に、前記BH処理を行った。
【0088】
(ヘム加工性)
ヘム加工性は、前記調質処理後30日間室温放置後の各供試板についてのみ行った。試験は、30mm幅の短冊状試験片を用い、ダウンフランジによる内曲げR1.0mmの90°曲げ加工後、1.0mm厚のインナを挟み、折り曲げ部を更に内側に、順に約130度に折り曲げるプリヘム加工、180度折り曲げて端部をインナに密着させるフラットヘム加工を行った。
【0089】
このフラットヘムの曲げ部(縁曲部)の、肌荒れ、微小な割れ、大きな割れの発生などの表面状態を目視観察し、以下の基準にて目視評価した。下記の基準で、0〜2までが合格ライン、3以上が不合格である。
0;割れ、肌荒れ無し、1;軽度の肌荒れ、2;深い肌荒れ、3;微小表面割れ、4;線状に連続した表面割れ
【0090】
表1の合金番号0〜9、表2の番号0、1、5、6、12、15〜21に各々示す通り、各発明例は、本発明成分組成範囲内で、かつ好ましい条件範囲で製造され、予備時効処理を含めた調質処理も好ましい条件範囲内で行なっている。このため、これら各発明例は、表2に示す通り、本発明で規定するDSC条件を満たしている。すなわち、この板のDSCにおいて、230〜330℃の温度範囲に発熱ピークが1つだけか、または2つだけ存在し、前記発熱ピークが2つだけの場合には、互いのピーク間の温度差が50℃以下であるとともに、発熱ピークが高い側の発熱ピーク高さが20〜50μW/mgの範囲であり、前記発熱ピークが1つの場合には、この発熱ピークの高さが20〜50μW/mgの範囲である。
【0091】
なお、表2の230〜330℃の温度範囲に存在する発熱ピークが2つだけの場合のピーク高さは、発明例、比較例とも、300℃近傍に発生したピークの方がピーク高さが大きかったので、この発熱ピーク高さのピークの高さ(μW/mg)を求めた。
【0092】
この結果、各発明例は、前記調質処理後の室温時効後であって、かつ低温短時間での塗装焼付け硬化であっても、BH性に優れている。また、表2に示す通り、前記調質処理後の室温時効後であっても、As耐力が比較的低いために自動車パネルなどへのプレス成形性に優れ、ヘム加工性にも優れている。すなわち、本発明例によれば、室温時効した後に車体塗装焼付け処理された場合であっても、0.2%耐力差が70MPa以上で、BH後の0.2%耐力が170MPa以上の高いBH性や、As0.2%耐力で110MPa以下のプレス成形性や、良好な曲げ加工性が発揮できている。
【0093】
これに対して、表2の比較例2〜4、7〜11、13、14は、表1の発明例と同じ合金例1、2、3を用いている。しかし、これら各比較例は、表2に示す通り、予備時効処理条件が好ましい条件を外れている。この結果、DSCが本発明で規定する範囲から外れ、同じ合金組成である発明例に比して、室温時効が大きく、特に30日間室温保持後のAs耐力が比較的高いために自動車パネルなどへのプレス成形性やヘム加工性に劣り、かつBH性も劣っている。
【0094】
このうち、比較例2、9は、溶体化および室温まで焼き入れ処理後の、予備時効処理(加熱開始)までの時間が120分とかかりすぎている。このため、強度に寄与しないMg-Siクラスタが多く生成してしまい、230〜330℃の温度範囲に存在する2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃以下であるものの、この発熱ピークの高さが50μW/mgを超えている。
【0095】
比較例3は、予備時効処理の高温側領域の保持時間が48時間と長すぎる。このため、230〜330℃の温度範囲に存在する1つの発熱ピークの高さが20μW/mg未満と小さすぎる。
【0096】
比較例4、11、14は、予備時効処理の低温側領域の保持時間が2時間と短かすぎる。このため、230〜330℃の温度範囲に存在する2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃以下であるものの、この発熱ピークの高さが50μW/mgを超えているか、または、230〜330℃の温度範囲に存在するのが1つの発熱ピークの場合であっても、この発熱ピークの高さが50μW/mgを超えている。
【0097】
比較例10、13は、予備時効処理の高温側領域の保持時間が2時間と短かすぎる。このため、230〜330℃の温度範囲に存在するのが1つの発熱ピークであっても、この発熱ピークの高さが50μW/mgを超えている。
【0098】
比較例7は、予備時効処理の高温側領域の温度が70℃と低すぎる。このため、230〜330℃の温度範囲に存在する2つの発熱ピークの互いのピーク間の温度差が50℃以下であるものの、高い方の発熱ピークの高さが50μW/mgを超えている。
【0099】
比較例8は、予備時効処理の高温側領域の温度が130℃と高すぎる。このため、230〜330℃の温度範囲に存在するのが1つの発熱ピークであっても、この発熱ピークの高さが20μW/mg未満である。
【0100】
また、表2の比較例22〜30は、前記予備時効処理条件を含めて好ましい範囲で製造しているものの、表1の合金番号10〜18を用いており、必須元素のMg、Siの含有量が各々本発明範囲を外れているか、あるいは不純物元素量が多すぎる。このため、これら比較例22〜30は、表2に示す通り、各発明例に比して、特に30日間室温保持後のAs耐力が比較的高すぎて自動車パネルなどへのプレス成形性やヘム加工性に劣るか、あるいはBH性が劣っている。
【0101】
比較例22は表1の合金10であり、Siが少なすぎる。
比較例23は表1の合金12であり、Mg+Siが多すぎる。
比較例24は表1の合金11であり、Siが多すぎ、Mg+Siが多すぎる。
比較例25は表1の合金13であり、Feが多すぎる。
比較例26は表1の合金14であり、Mnが多すぎる。
比較例27は表1の合金15であり、CrおよびTiが多すぎる。
比較例28は表1の合金16であり、Cuが多すぎる。
比較例29は表1の合金17であり、Znが多すぎる。
比較例30は表1の合金18であり、ZrおよびVが多すぎる。
【0102】
これら発明例、比較例から選択したDSCを
図1に示す。
図1において、太い実線が発明例1、細い実線が発明例12、点線が比較例23を各々示す。
【0103】
発明例1のDSCは、1つ目のβ’’の発熱ピークが270℃近傍に発生しており、2つ目のβ’の発熱ピークが、これに近接した300℃近傍に発生しており、互いのピーク間の温度差が、表2の通り、27℃で、規定する50℃以下である。
【0104】
発明例12のDSCは、1つ目のβ’’の発熱ピークと、2つ目のβ’の発熱ピークとが重なり合って1つの合成ピークを構成しており、この合成ピークが290℃近傍に発生しており、そのピーク高さが、表2の通り、35.9μW/mgであり、20〜50μW/mgの範囲である。
【0105】
これに対して、比較例23のDSCは、1つ目のβ’’の発熱ピークが260℃近傍に発生しており、2つ目のβ’の発熱ピークが310℃近傍に発生しており、互いのピーク間の温度差が、表2の通り、53℃で、規定する50℃を超えている。
【0106】
以上の実施例の結果から、室温時効後の成形性とBH性向上に対して、前記本発明で規定する組成やDSCの各条件を全て満たす必要性があることが裏付けられる。
【0107】
【表1】
【0108】
【表2】