特許第6190718号(P6190718)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6190718
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 11/06 20060101AFI20170821BHJP
【FI】
   C01B11/06 A
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-268973(P2013-268973)
(22)【出願日】2013年12月26日
(65)【公開番号】特開2015-124109(P2015-124109A)
(43)【公開日】2015年7月6日
【審査請求日】2016年9月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】特許業務法人SSINPAT
(72)【発明者】
【氏名】谷本 陽祐
(72)【発明者】
【氏名】田口 真一郎
(72)【発明者】
【氏名】山崎 久美子
【審査官】 森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−169129(JP,A)
【文献】 特開2009−132583(JP,A)
【文献】 特開2000−290003(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/043203(WO,A1)
【文献】 特表2010−514659(JP,A)
【文献】 特開昭59−102806(JP,A)
【文献】 特開昭62−270406(JP,A)
【文献】 特開2006−143571(JP,A)
【文献】 改訂六版 化学工学便覧,日本,丸善株式会社,1999年 2月25日,第426頁−第430頁、第443頁−44
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 11/00 − 11/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
30〜60質量%の水酸化ナトリウム水溶液を反応槽に供給する工程(1)と、
該反応槽に供給された水酸化ナトリウム水溶液に、塩素ガスを導入して反応温度20℃〜50℃で塩素化反応を行わせる工程(2)と、
前記工程(2)で析出した副生塩化ナトリウムを反応液から分離して除去することにより次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得る工程(3)と
を含み、
前記工程(2)が、単位体積あたりの撹拌所要動力が0.1〜15kW/m3、かつ、撹拌所要動力数Npと循環流量数Nqの比(Np/Nq)が0.5〜8の条件で撹拌しながら行われることを特徴とする低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項2】
前記塩素ガスを不活性ガスで希釈して導入する、請求項1に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項3】
前記塩素化反応において、導入される水酸化ナトリウムと塩素ガスとのモル比(NaOH/Cl2)が2.0〜2.5である、請求項1または2に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項4】
前記工程(2)の反応温度が30〜50℃である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項5】
前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩化ナトリウム濃度が5.0質量%以下である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項6】
前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩素酸イオン濃度が1.5質量%以下である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項7】
前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の次亜塩素酸ナトリウム濃度が30〜40質量%である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法で得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を水で希釈して所定の有効塩素濃度とする工程を含むことを特徴とする希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【請求項9】
前記有効塩素濃度が1〜20質量%である、請求項8に記載の希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ナトリウム濃度および塩素酸濃度の低い次亜塩素酸ナトリウム水溶液を効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)は、優れた殺菌作用や漂白作用を有することが知られており、一般的には水溶液の状態で、一般工業薬品として、プール、上水道、下水道及び家庭用等の殺菌用途として、または、製紙工業や繊維工業等における漂白用途もしくは排水処理用薬品として、広く用いられている。
【0003】
次亜塩素酸ナトリウム水溶液としては、一般に、有効塩素濃度12質量%を基準とし、反応副生物である塩化ナトリウムを10質量%程度含有している汎用の次亜塩素酸ナトリウム水溶液と、塩化ナトリウム濃度が4質量%以下の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液とが市販されている。
【0004】
次亜塩素酸ナトリウムを得るには、一般的に、水酸化ナトリウムと塩素を反応させる方法が採られる。例えば特許文献1には、水酸化ナトリウム水溶液と塩素を反応させて次亜塩素酸ナトリウム水溶液を製造するに際して、反応槽の反応液の最終液面より上に塩素導入管の開口位置を設けて、反応液を充分かき混ぜながら塩素化反応を行うことが提案されている。
【0005】
なお、特許文献1の2頁右下欄には、「撹拌が少ないと、反応液が局部的に、塩素と接触する時間が長くなる為に、生成した次亜塩素酸ナトリウムの分解反応が促進される結果、塩素酸ナトリウムが副生する等好ましくなく、ある程度の撹拌が必要である。しかし、この反応は迅速に行われるので、激しい撹拌は必要としない。」と記載され、「具体的には10m3の反応槽に対し60rpm程度であり、これは通常の反応の撹拌と大差ない。」と記載され、さらに「あまり速いと反応液の飛沫が反応槽の上部に付着する他余分の動力コストを要することになりなんらメリットはない。」と記載されている。このように、特許文献1には、次亜塩素酸ナトリウム水溶液製造における撹拌条件として、撹拌速度については記載があるものの、撹拌翼の形状や大きさ、撹拌槽とのバランスについては、「撹拌速度は反応液料や、撹拌翼の形状などの設計に基づき適宜最適条件を設定すればよい。」との記載に留まっている。
【0006】
また、特許文献1の実施例1,2では、次亜塩素酸ナトリウムの収率は86%及び88%といずれも90%未満に留まっており、実施例3では、94%の収率となっているが、得られる次亜塩素酸ナトリウム水溶液中の次亜塩素酸ナトリウム濃度が29%と低く、この次亜塩素酸ナトリウム水溶液を希釈しても低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得ることはできない。
【0007】
ここで、水酸化ナトリウムと塩素とから次亜塩素酸ナトリウムを得る反応は、以下の反応式で表される。
2NaOH+Cl2 → NaClO + NaCl + H2
しかしながら、本反応は、分解や、例えば下記式で表わされる副反応等により、塩化ナトリウムおよび塩素酸を副生する。
6NaOH + 3Cl2 → NaClO3 + 5NaCl + 3H2
【0008】
このように、上記式で表わされる副反応等が起こると、塩化ナトリウムや塩素酸が副生されるため、次亜塩素酸ナトリウム濃度が低下し、塩化ナトリウムや塩素酸濃度が増加する。その結果、希釈後の希薄次亜塩素酸ナトリウム中の食塩濃度や塩素酸濃度が上昇するという問題がある。
【0009】
また、塩素化は発熱反応であり、かつ塩化ナトリウムの結晶が副生することから、反応温度が高いほど除熱にかかるエネルギーは低く抑えられ、冷却用コイルへの食塩結晶のスケーリングを防ぐことができる。しかしながら、反応温度が高いと次亜塩素酸ナトリウムの分解量が多くなり、特に40℃以上では急激に分解が進行するため、大幅に原単位が悪化する(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭59−182204号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】日本ソーダ工業会 ソーダハンドブック編集ワーキンググループ編、「ソーダ技術ハンドブック 2009」、日本ソーダ工業会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、塩素酸や塩化ナトリウム等の不純物の含有量が少ない次亜塩素酸ナトリウム水溶液を高収率で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意検討した結果、水酸化ナトリウム水溶液に塩素ガスを導入する次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法において、特定の撹拌条件で撹拌しながら塩素化反応を行うことにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下の事項に関する。
【0014】
[1] 30〜60質量%の水酸化ナトリウム水溶液を反応槽に供給する工程(1)と、該反応槽に供給された水酸化ナトリウム水溶液に、塩素ガスを導入して反応温度20℃〜50℃で塩素化反応を行わせる工程(2)と、前記工程(2)で析出した副生塩化ナトリウムを反応液から分離して除去することにより次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得る工程(3)とを含み、前記工程(2)が、単位体積あたりの撹拌所要動力が0.1〜15kW/m3、かつ、撹拌所要動力数Npと循環流量数Nqの比(Np/Nq)が0.5〜8の条件で撹拌しながら行われることを特徴とする低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0015】
[2] 前記塩素ガスを不活性ガスで希釈して導入する、項[1]に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
[3] 前記塩素化反応において、導入される水酸化ナトリウムと塩素ガスとのモル比(NaOH/Cl2)が2.0〜2.5である、項[1]または[2]に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0016】
[4] 前記工程(2)の反応温度が30〜50℃である、項[1]〜[3]のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
[5] 前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩化ナトリウム濃度が5.0質量%以下である、項[1]〜[4]のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0017】
[6] 前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩素酸イオン濃度が1.5質量%以下である、項[1]〜[5]のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0018】
[7] 前記工程(3)で得られた次亜塩素酸ナトリウム水溶液の次亜塩素酸ナトリウム濃度が30〜40質量%である、項[1]〜[6]のいずれか1項に記載の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0019】
[8] 項[1]〜[7]のいずれか1項に記載の製造方法で得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を水で希釈して所定の有効塩素濃度とする工程を含むことを特徴とする希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【0020】
[9] 前記有効塩素濃度が1〜20質量%である、項[8]に記載の希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、煩雑な操作を必要としないため、コスト面および設備整備面で有利に、低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を高収率で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例および比較例で用いた反応槽を模式的に示した図である。
図2】実施例1で用いた撹拌翼を模式的に示した図である。該撹拌翼において、上下の二枚の羽根は45度で交差し、下の翼の両端は回転方向と逆側に折れ曲がっている。
図3】実施例2で用いた撹拌翼を模式的に示した図である。該撹拌翼は、典型的なディスクタービン翼であり、円盤の片側(下側)に歯が均等に6つ並んでいる。
図4】比較例1で用いた撹拌翼を模式的に示した図である。該撹拌翼は、典型的なパドル翼である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法について詳細に説明する。
本発明の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法は、
30〜60質量%の水酸化ナトリウム水溶液を反応槽に供給する工程(1)と、
該反応槽に供給された水酸化ナトリウム水溶液に、塩素ガスを導入して反応温度20℃〜50℃で塩素化反応を行わせる工程(2)と、
前記工程(2)で析出した副生塩化ナトリウムを反応液から分離して除去することにより次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得る工程(3)と
を含み、
前記工程(2)が、単位体積あたりの撹拌所要動力が0.1〜15kW/m3、かつ、撹拌所要動力数Npと循環流量数Nqの比(Np/Nq)が0.5〜8の条件で撹拌しながら行われることを特徴とする。
【0024】
工程(1)で反応槽に供給される原料水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、通常30〜60質量%、好ましくは35〜55質量%、より好ましくは40〜48質量%である。原料水酸化ナトリウム水溶液の濃度が前記範囲より低いと、所望の低食塩濃度の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を製造することが困難になる傾向にある。一方、原料水酸化ナトリウム水溶液の濃度が前記範囲より高いと、所定の濃度の水酸化ナトリウム水溶液を調整するために、蒸留等の繁雑な操作が必要となることがある。
【0025】
工程(2)の塩素化反応における反応温度は、通常20℃〜50℃、好ましくは25℃〜50℃、より好ましくは25℃〜40℃である。反応温度が前記範囲より低いと、冷却用コイルのスケーリングが生じやすくなる。一方、反応温度が前記範囲より高いと、次亜塩素酸ナトリウムの分解の進行速度が速く、原単位が減少する傾向にある。
【0026】
工程(2)の塩素化反応における反応時間は、好ましくは10〜200分、より好ましくは50〜150分、特に好ましくは70〜130分である。
工程(2)の塩素化反応において、導入される水酸化ナトリウムと塩素ガスとのモル比(NaOH/Cl2)は、好ましくは2.0〜2.5、より好ましくは2.01〜2.30、さらに好ましくは2.02〜2.20である。水酸化ナトリウムと塩素ガスとのモル比が前記範囲より低いと、過塩素化が進行しやすくなる一方で、前記範囲より高いと、得られる次亜塩素酸ナトリウム水溶液中に残存する水酸化ナトリウム濃度が高くなるので、品質上好ましくない。
【0027】
工程(2)において、水酸化ナトリウム水溶液に塩素ガスを導入することによって、下記式の反応が進行して、次亜塩素酸ナトリウムが生成する。
2NaOH+Cl2 → NaClO+NaCl+H2
【0028】
この塩素化反応では、次亜塩素酸ナトリウムと等モルの塩化ナトリウム(食塩)が生ずるが、原料として上記濃度の水酸化ナトリウム水溶液を使用した場合、溶解度の低い塩化ナトリウムの結晶が析出する。これを除去することで低食塩濃度高濃度次亜塩素酸ナトリウム水溶液が得られる。
【0029】
ここで、水道法では、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の不純物として、上記の塩化ナトリウムだけでなく、塩素酸も規制が強くなる傾向がある。この塩素酸を低減させるためには、例えば、特開2009−132583号公報に記載されているように、反応温度を26〜29℃に保つ必要があるとされている。これは、塩素酸が生成する原因が、以下に述べるような「自然分解」および「副反応」にあると考えられているからである。
【0030】
前記「自然分解」は、次亜塩素酸ナトリウムが自然に分解する現象のことであり、特に40℃以上で急激に分解が進行するとされている(非特許文献1参照)。この分解は下記の反応で表され、これにより塩素酸ナトリウム(NaClO3)が生成する。
NaClO → NaCl+O
2NaClO → NaCl+NaClO2
NaClO+NaClO2 → NaCl+NaClO3
【0031】
前記「副反応」は水酸化ナトリウムと塩素とを反応させた場合に起こる副反応のことであり、下記に示す反応によって塩素酸ナトリウムが副生するとされている。
6NaOH + 3Cl2 → NaClO3 + 5NaCl + 3H2
【0032】
このような自然分解および副反応は、いずれも反応系中において、次亜塩素酸ナトリウムの塩素に対する原単位を減少させるものである。つまり、塩素酸ナトリウムの生成は原単位を減少させるものであり、塩素酸ナトリウムの生成を抑えることは原単位を向上させることを意味する。
【0033】
これら二つの現象はいわば不可避の反応であり、特にコスト面および設備整備面で有利である高温状態においては、自然分解が急激に進行するため、塩素酸の生成を抑え、収率良く次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得ることは非常に困難であると考えられていた。
【0034】
しかしながら、本発明者らが鋭意検討したところ、水酸化ナトリウム水溶液に撹拌翼で撹拌を行いながら塩素ガスを吹き込む方法では、「自然分解」および「副反応」のいずれも塩素酸を生成して原単位を低下させる主要因ではないことが判明した。すなわち、「自然分解」および「副反応」以外に、塩素酸生成および原単位低下を引き起こす反応が起こっていると考えられる。
【0035】
そこで、本発明者らは「過塩素化」に着目した。前記「過塩素化」とは、非特許文献1によれば、塩素化反応が終了してカセイソーダがなくなると、下記分解反応が連鎖的に発生し、全ての次亜塩素酸ソーダが急激に分解する現象のことである。
NaClO + Cl2 + H2O → NaCl + 2HClO
NaClO + 2HClO → NaClO3 + 2HCl
NaClO + 2HCl → NaCl + H2O + Cl2
【0036】
この過塩素化は、水酸化ナトリウムに対し塩素を必要以上に供給した際に起こる暴走反応と考えられているが、本発明者らは、そのような条件に限らず、塩素ガスの吹込口付近で局所的に過塩素化が起こっていると考えた。つまり、塩素ガスの吹込口付近で水酸化ナトリウム濃度が低下して次亜塩素酸ナトリウム濃度が上昇することにより、塩素ガスが次亜塩素酸ナトリウムと反応していると考えられる。そうすると、上記反応式により次亜塩素酸ナトリウムが分解して塩素酸ナトリウムが生成するとともに、過塩素化により塩素が再生する。なお、塩素ガスの吹込口付近以外では、水酸化ナトリウム濃度は十分にあるので、再生された塩素は消費される。そのため、全ての次亜塩素酸ナトリウムが急激に分解することはないが、吹込口付近の次亜塩素酸ナトリウムが塩素酸に分解されて原単位の低下を招く。
【0037】
このような本発明者らが見出した知見に基づいて、本発明では、上述した局所的な過塩素化を抑制するために、単位体積あたりの撹拌所要動力が大きい条件で撹拌しながら塩素化反応を行う。ここで「単位体積あたりの撹拌所要動力」とは、撹拌翼を任意の速度で回転させるために要する撹拌動力[kW]を反応液の体積[m3]で割ったものであり、単位は[kW/m3]である。撹拌動力の値は、例えば撹拌中のモータの電力を測定することで得られる。
【0038】
工程(2)における撹拌条件である、単位体積あたりの撹拌所要動力は、通常0.1〜15kW/m3、好ましくは0.2〜10kW/m3、より好ましくは0.3〜5kW/m3である。単位体積あたりの撹拌所要動力が大きい条件にするには、それだけエネルギーが必要となりコスト面から好ましくない。また、単位体積あたりの撹拌所要動力を前記範囲より大きくしても、それにより得られる収率向上度合いは低い。
【0039】
また、本発明者らは、同じ撹拌動力においても、剪断力、すなわち吹き込まれる塩素の気泡を細かく砕く作用よりも、吐出力、すなわち吹き込まれる塩素の気泡や反応液を分散させる作用の方が過塩素化の抑制のために非常に効果が高いことを見出した。それゆえ、撹拌所要動力数Npと循環流量数Nqの比(Np/Nq)が低いほど局所的な過塩素化反応を抑制でき、低塩素酸濃度および低食塩濃度の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を高収率で得ることが可能となる。
【0040】
工程(2)における撹拌条件であるNp/Nqは、通常0.5〜8、好ましくは1〜7.5、より好ましくは1.5〜6である。この条件で撹拌を行うことにより、高収率で低食塩かつ低塩素酸濃度の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を得ることができる。Np/Nqが前記範囲より高い条件では、吐出力が低いために過塩素化反応を撹拌により効率的に抑制することが困難となる傾向にある。一方、Np/Nqが前記範囲より低い条件では、剪断力が低すぎるため十分な効果が得られない傾向にある。
【0041】
ここで、撹拌所要動力数Npは「Np≡P/(ρn35)」で表される無次元数であり、Pは撹拌動力[W]、ρは撹拌液の密度[kg/m3]、nは回転速度[rps]、dは撹拌翼直径[m]である。また、循環流量数Nqは「Nq≡q/(nd3)」で表され、qは全循環流量[m3/s]である。循環流量数Nqは反応槽型と撹拌翼型で決まり、Np/Nqは撹拌翼の特性を表すものである。Np/Nqが低いということは、吐出効率の高い吐出型の撹拌翼であると言え、Np/Nqが高いということは、逆に吐出効率が低く、剪断型の撹拌翼であると言える。なお、上述した「単位体積あたりの撹拌所要動力が大きい条件にする」ということは、前記Np/NqにおいてNpの値だけを大きくすることとほぼ同義である。
【0042】
撹拌翼は塩素ガスの導入口近傍に位置することが望ましく、具体的には、「反応器の底面から液面の高さ(A)」に対する「塩素ガスの導入口と撹拌翼の距離(B)」の比(B/A)が、好ましくは0.1〜0.8、より好ましくは0.2〜0.6となる位置である。
【0043】
本発明では、工程(1)で導入する塩素ガスを不活性ガスで希釈してもよい。これにより、吹込口付近の塩素濃度が減少し、局所的な過塩素化を抑制することができる。また、希釈用の不活性ガスは反応溶液中を撹拌する効果も有するために、系内の分散度を高め、より過塩素化を抑制することが可能である。
【0044】
本発明における不活性ガスとは、塩素や酸素と化学反応を起こしにくい気体である。具体的には、ヘリウム、ネオン、アルゴンなどの希ガス類元素のガスや、窒素ガスなどが挙げられ、さらに、本発明では、空気や炭酸ガスも不活性ガスとみなす。
【0045】
原料の塩素ガスを希釈する方法としては、例えば、予め所定濃度に希釈した塩素を調整する方法や、100%の塩素ガスと不活性ガスとを別々のラインから同一の吹き込みノズルに合流させる方法などが挙げられる。
【0046】
不活性ガスで希釈された塩素ガスの濃度は、塩素濃度として、好ましくは5〜95体積%、より好ましくは20〜80体積%、特に好ましくは30〜70体積%である。希釈塩素ガスの濃度が前記範囲よりも高いと十分な過塩素化抑制効果が得られないことがある。一方、希釈塩素ガスの濃度が前記範囲よりも低いと、塩素化反応の効率が低減する傾向にあるとともに、経済的でなく、さらに、不活性ガスの吹き出しにより反応液が反応槽内に飛び散ることがある。
【0047】
工程(3)では、例えば遠心分離器やろ過器などの固液分離装置を用いて、工程(2)で析出した副生塩化ナトリウムを反応液から分離して除去する。これにより、次亜塩素酸ナトリウム濃度が、好ましくは30〜40質量%、より好ましくは32〜38質量%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液が得られる。
【0048】
工程(3)で得られる次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩化ナトリウム濃度は、好ましくは5.0質量%以下、より好ましくは1.0〜5.0質量%、特に好ましくは3.0〜4.8質量%である。
【0049】
また、工程(3)で得られる次亜塩素酸ナトリウム水溶液の塩素酸イオン濃度は、好ましくは1.5質量%以下、より好ましくは0.01〜1.2質量%、特に好ましくは0.05〜1.0質量%である。このように、本発明の製造方法により得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、不純物である塩素酸濃度が低いため、低塩素酸次亜塩素酸ナトリウム水溶液として充分に製品価値がある。
【0050】
本発明の希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法は、上述した本発明の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液の製造方法により得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を水で希釈して所定の有効塩素濃度とする工程を含むことを特徴とする。
前記有効塩素濃度は、好ましくは1〜20質量%、より好ましくは2〜17質量%、特に好ましくは3〜15質量%である。
【実施例】
【0051】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
なお、以下の実施例および比較例では、図1に示すような反応槽を用いて塩素化反応を行った。反応槽1および撹拌翼5の材質はチタンであり、水酸化ナトリウム供給管2および塩素ガス導入管3の材質は塩化ビニルである。抜き出し口4から、反応物スラリーを抜き出すことができる。図1の反応槽の垂直方向における中央付近に示されている曲線は、運転時の液面を表している。図1の反応槽において、「反応器の底面から液面の高さ(A)」に対する「塩素ガスの導入口と撹拌翼の距離(B)」の比(B/A)は、0.54[=1300/(1050+1350)]である。撹拌翼5は、後述するように、実施例1,2および比較例1において、それぞれ異なる形状のものを使用し、塩素ガスの導入口と撹拌翼の距離(B)は、撹拌翼の最下端の位置から求められる。
【0052】
[実施例1]
撹拌器、コイル冷却器及び外部循環型冷却器を備えた、図1に示すような反応槽に、図2に示すような撹拌翼を用いて、単位体積あたりの撹拌所要動力が0.41kW/m3および撹拌所要動力数Npと循環流量数Nqの比(Np/Nq)が2.5の条件で撹拌を行いながら、原料として45質量%の水酸ナトリウム水溶液を1491kg/hrで供給し、この水酸化ナトリウム水溶液を30℃に維持しながら、塩素ガスを560kg/hrで導入し、平均滞留時間が約100分となるように塩素化反応を行った。なお、撹拌所要動力P=2.22kW、反応液の密度ρ=1500kg/m3、回転速度n=1.30rps、撹拌翼径d=0.67m、全循環流量q=0.351m3/sであったため、Np≡P/(ρn35)およびNq≡q/(nd3)から、Np=5およびNq=2と算出された。
【0053】
次いで、反応槽から反応物スラリー2051kg/hrを抜き出し、遠心分離器で固液分離することにより、析出した塩化ナトリウム631kg/hrと、次亜塩素酸ナトリウム濃度が33.7質量%であり、塩化ナトリウム濃度が4.8質量%であり、塩素酸イオン濃度が0.68質量%である低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液1419kg/hrとを得た。このときの収率は94.9%であった。なお、収率は、導入した塩素ガスを基準に、得られた次亜塩素酸ナトリウムのモル数から算出した値である(以下同様)。
【0054】
得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を純水で希釈して有効塩素濃度13質量%に調整した希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、塩化ナトリウム濃度が1.9質量%、塩素酸イオン濃度が0.27質量%であった。
【0055】
[実施例2]
撹拌器、コイル冷却器及び外部循環型冷却器を備えた、図1に示すような反応槽に、図3に示すような撹拌翼を用いて、単位体積あたりの撹拌所要動力が0.41kW/m3およびNp/Nqが7.1の条件で撹拌を行いながら、原料として45質量%の水酸ナトリウム水溶液を1442kg/hrで供給し、この水酸化ナトリウム水溶液を30℃に維持しながら、塩素ガスを552kg/hrで導入し、平均滞留時間が約100分となるように塩素化反応を行った。なお、撹拌所要動力P=2.22kW、反応液の密度ρ=1500kg/m3、回転速度n=1.30rps、撹拌翼径d=0.67m、全循環流量q=0.27m3/sであったことから、Np≡P/(ρn3d5)およびNq≡q/(nd3)から、Np=5およびNq=0.7と算出された。
【0056】
次いで、反応槽から反応物スラリー2018kg/hrを抜き出し、遠心分離器で固液分離することにより、析出した塩化ナトリウム655kg/hrと、次亜塩素酸ナトリウム濃度が32.1質量%であり、塩化ナトリウム濃度が4.4質量%であり、塩素酸イオン濃度が1.63質量%である次亜塩素酸ナトリウム水溶液1360kg/hrとを得た。このときの収率は90.0%であった。
【0057】
得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を純水で希釈して有効塩素濃度13質量%に調整した希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、塩化ナトリウム濃度が1.9質量%、塩素酸イオン濃度が0.69質量%であった。
【0058】
[比較例1]
撹拌器、コイル冷却器及び外部循環型冷却器を備えた、図1に示すような反応槽に、図4に示すような撹拌翼を用いて、単位体積あたりの撹拌所要動力0.41kW/m3およびNp/Nqが12の条件で撹拌を行いながら、原料として45質量%の水酸ナトリウム水溶液を1520kg/hrで供給し、この水酸化ナトリウム水溶液を30℃に維持しながら、塩素ガスを560kg/hrで導入し、平均滞留時間が約100分となるように塩素化反応を行った。なお、撹拌所要動力P=2.22kW、反応液の密度ρ=1500kg/m3、回転速度n=0.85rps、撹拌翼径d=0.67m、全循環流量q=0.204m3/sであったことから、Np≡P/(ρn35)およびNq≡q/(nd3)から、Np=17.8およびNq=1.48と算出された。
【0059】
次いで、反応槽から反応物スラリー2080kg/hrを抜き出し、遠心分離器で固液分離することにより、析出した塩化ナトリウム624kg/hrと、次亜塩素酸ナトリウム濃度が28.9質量%であり、塩化ナトリウム濃度が6.3質量%であり、塩素酸イオン濃度が2.04質量%の低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液1456kg/hrとを得た。このときの収率は81.5%であった。
【0060】
得られた低食塩次亜塩素酸ナトリウム水溶液を純水で希釈して有効塩素濃度13質量%に調整した希薄次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、塩化ナトリウム濃度が3.0質量%、塩素酸イオン濃度が0.95質量%であった。
上述した実施例および比較例の結果を下記表1に示す。
【0061】
【表1】
表1に示すように、撹拌所要動力が同一であるにも関わらず次亜塩素酸ナトリウムの収率が低下し、食塩濃度および塩素酸ナトリウム濃度が増大した理由は、吐出力が低いために塩素の吹込口付近で局所的な過塩素化が起こり、次亜塩素酸ナトリウムが分解されたためと考えられる。
【符号の説明】
【0062】
1 反応槽
2 水酸化ナトリウム供給管
3 塩素ガス導入管
4 抜き出し口
5 撹拌翼
図1
図2
図3
図4