(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
プラスチック製品を成形する金型用の材料には様々な特性が求められるが、特にプラスチック製品が表面平滑で光沢を有し、美観の求められるものである場合には、金型を構成したときに成形面を鏡面状に平滑に仕上げることのできる鏡面研磨性の高いことが求められる。
【0003】
更に近年、プラスチック製品の生産性向上の要請が強く、これを実現するためにプラスチック製品の成形のハイサイクル化、即ち成形1サイクル当りのサイクルタイムの短縮化が強く求められており、プラスチック製品を成形する金型用材料としてはこうした要請を満たすことが求められる。
【0004】
一方で金型に要するコスト低減の要求は益々強く、これに応えるべく材料コスト,加工コストの低減が強く求められている。
また金型寿命が長ければ製品1個当りに占める金型コストを低減できる(つまり製品コストを低減できる)ため、金型を高寿命とするのに必要な靭性も求められる。
【0005】
ここでプラスチック製品には様々なものがあるが、その1つとして、外観上の美麗さが求められるテレビ画面の4周の枠体があり、近年この枠体は、最近におけるテレビ画面の大型化に伴って大形化しており、これを成形する金型も必然的に大型化してきている。
例えばこのような成形品を成形する金型は、幅が1m強で厚みが数10cm以上にも及ぶ大型のものとなることがある。
このような大型の金型用材料としては焼入性の高いものでなければならない。
従来からある金型用材料ではこうした要請に対して十分に応えられていないのが実情である。
【0006】
金型を、詳しくはその成形面を綺麗な鏡面状に仕上げるためには、金型用材料が高い鏡面研磨性を有することが必要である。
そのためには、金型用材料に添加するC量を低量とする必要がある。
【0007】
C量が多いと鋼材内に生成する炭化物も多くなる。このような鋼材から製造した金型表面には炭化物が現れやすく、この場合、金型表面を鏡面研磨したときその炭化物が脱落して、そこに脱落痕としての穴が生じる。その穴はプラスチック製品を成形したときに製品側に転写されてしまい、製品表面の美観を損ね、商品価値を無くしてしまう不具合を発生させる。
【0008】
但しC量を少なくすると、金型として必要な硬さが得られなくなる。
そこでC量を低量とした上で、硬さを確保する手段としてCuやNi,Alの金属間化合物を析出させ、その析出硬化によって金型の硬さを確保するようにした材料が近年開発されている。
【0009】
例えば下記特許文献1には、「耐食性プラスチック成形金型用鋼」についての発明が示され、そこにおいてC量を0.02〜0.2%と少なくした上で、焼戻し時にCuやNi,Alの金属間化合物を析出させることで硬さを高めるようにした点が開示されている。
しかしながらこの特許文献1に開示のものは、CuやNiを多く添加し、特にAlは0.5%以上多く添加して多量の金属間化合物を析出させるようにしており、この場合、合金成分の添加量が多くなることによってコストが高くなるとともに、Alの多量添加によって靭性が不十分となる。
【0010】
またこの特許文献1に開示のものは、製品成形のハイサイクル化(サイクルタイムの短縮化)のために重要となる、金型の冷却性能を高める点について言及はなく、そのための対策も特に講じられていない。
具体的には、金型の冷却に際して重要な働きをするSiの含有量が多い(請求項では1.5%以下としているものの、実施例では0.3%が下限で、これよりも少ないものは開示されていない)。
Siが0.3%以上多く含有されていると、射出後の金型の冷却性能が不足し、従来に増してのハイサイクル化を実現することが難しい。
【0011】
また下記特許文献2には、「被削性に優れた高強度金型用鋼材」についての発明が示され、そこにおいてプラスチック製品などの成形用の金型用鋼材として、C量を0.005〜0.1%と少なくした上で、Cuの析出効果やNi,Alによる金属間化合物の析出によって硬さを高めるようにした点が開示されている。
【0012】
但しこの特許文献2に開示のものも、NiとAlの金属間化合物を多量に析出させるようにしている。
具体的には、この特許文献2に開示のものでは、請求項ではNiを4.0%以下,Alを0.1〜2.0%としているものの、実施例ではAlの下限が0.74%で、何れの実施例もAl量がこれよりも多量であり、またNiについても実施例中1.78%が下限で、何れの実施例もNi量がこれよりも多量に添加されている。
更にCuについても、請求項では3.5%以下とされているものの、実施例での下限は0.77%で、何れの実施例もCu量はこれよりも多い。
【0013】
更にこの特許文献2に開示のものにおいても、製品成形のハイサイクル化のために重要となる金型の冷却性能を高める点について言及はなく、このための対策も特に講じられていない。
具体的にはこの特許文献2に開示のものにおいても、Siが多く含有されている(請求項では1.5%以下としているものの、実施例では0.28%が下限でこれよりも少ないものは開示されていない)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は以上のような事情を背景とし、熱伝導性能が高く、鏡面研磨性に優れるとともに靭性にも優れた成形用金型用鋼を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
而して請求項1のものは、質量%で、0.040<C<0.100, 0.03<Si<0.28, 1.11<Mn<1.45, 0.30<Cu<0.77, 0.30<Ni<1.78, 3.23<Cr<9.00, 0.10<Al<0.50であり、更に、0.04<Mo<1.00, 0.02<V<0.50の少なくとも1種を含み、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする。
なお、通常、成形用金型用鋼において、下記に示す成分とその範囲は、不可避的不純物として含まれ得る。
P≦0.03,S≦0.003, Cu≦0.30, Ni≦0.30, Al≦0.10, Mo≦0.04, V≦0.02,W≦0.30,O≦0.01,N≦0.02,Co≦0.30, Nb≦0.004, Ta≦0.004, Ti≦0.004, Zr≦0.004,B≦0.0001, Ca≦0.0005, Se≦0.03, Te≦0.005, Bi≦0.01, Pb≦0.03, Mg≦0.02
【0017】
請求項2のものは、請求項1において、質量%で、0.30<W≦4.00, 0.30<Co≦3.00の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0018】
請求項3のものは、請求項1,2の何れかにおいて、質量%で、0.004<Nb≦0.100, 0.004<Ta≦0.100, 0.004<Ti≦0.100, 0.004<Zr≦0.100の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0019】
請求項4のものは、請求項1〜3の何れかにおいて、質量%で、0.0001<B≦0.0050を更に含有することを特徴とする。
【0020】
請求項5のものは、請求項1〜4の何れかにおいて、質量%で、0.003<S≦0.050, 0.0005<Ca≦0.2000,0.03<Se≦0.50, 0.005<Te≦0.100, 0.01<Bi≦0.30,0.03<Pb≦0.50の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0023】
請求項
6のものは、請求項
1〜5の何れかにおいて、質量%で、5.00<Mn+Cr+0.5Ni<6.20であることを特徴とする。
【0024】
請求項
7のものは、請求項
1〜6の何れかにおいて、質量%で、0.19<0.5Mo+V<0.45であることを特徴とする。
【0025】
本発明は、Cの添加量を少量としつつCu,Ni及びAlの時効析出にて硬さを確保する鋼において、Mo,V添加に基づく2次硬化を効かせつつ、Cu,Ni及びAlの添加量を少なくしたことを特徴としたものである。
本発明者は、鋼を所定硬さとするために必要なCu,Ni及びAlの添加量を調べたところ、Cu,Ni及びAlの添加量をこの種の従来の鋼より少なくしても目標とする硬さ,例えば35〜45HRCを十分に実現できることを見出した。
本発明はこのような知見の下になされたものである。
而してこれらCu,Ni及びAlの添加量を少なくすることができれば材料コストを低減することができ、また鋼の被削性も良好となって加工コストを低減することが可能となる。
【0026】
本発明では、特に、金属間化合物を形成する元素であるAlを0.50%未満に低く規制している点を特徴としている。
Alを一定量以上に多く添加すると、金属間化合物の時効析出により靭性を低下させ、また時効析出に用いられないAlがマトリックス中に固溶してマトリックス自体の靭性を低下させる。
靭性が低下すれば鋼を用いて金型を構成したときに金型が割れ易くなる。
そこで本発明ではAlの添加量を少なく規制することで、鋼の靭性を高く確保している。
【0027】
本発明はまた、Alとともに金属間化合物を形成する元素であるNiの添加量を少なくすることで、鋼の鏡面研磨性を高め得ている点にも特徴を有する。
Niは鋼中で縞状に偏析を生じ易い元素で、このような形でNiの偏析が生じると、鋼にNiの濃い部分と薄い部分とが交互に生じる。
この場合、Niの濃い部分と薄い部分とで硬さや靭性等の機械的性質が異なるため、鏡面研磨したときに鋼に縞状(筋状)の凹凸を生ぜしめてしまう。
従ってこのような鋼にて金型を構成したとき、この縞状の凹凸がプラスチック製品等の成形品に転写されてしまい、製品の美観を大きく損ってしまい、商品価値を落としてしまう。
本発明ではNi添加量の上限を低く規制することで、こうした問題の発生防止を図っている。
Cuについても同じことが言える。CuはNiと同様に偏析を生じやすい。従って、Cu添加量の上限を低く規制することは、鏡面研磨したときに縞状の凹凸を生じさせない手段として有効である。本発明では、NiとCuを含有する従来の鋼よりもNiとCuを低減しているため、鏡面研磨したときに縞状の凹凸が発生し難いのである。
【0028】
本発明は、更に他の特徴として、Siの添加量を低量としており、このことで鋼の熱伝導率を高く確保している点を大きな特徴としている。
熱伝導率の高い(熱伝導性能の高い)鋼を用いて射出成形用の金型を構成したとき、金型の冷却性能が高まり、射出成形時における金型の熱引きが良くなって、成形1サイクル当りの時間を短縮化することができる。即ち射出形成による製品成形をハイサイクル化でき、生産性を高めることができる。
【0029】
尚、本発明の鋼はプラスチック製品を成形する金型用材料として特に好適であるが、プラスチック成形用金型以外の金型用材料として、例えば、ゴム製品を製造(成形)する金型用材料としても適している。
【0030】
次に本発明の化学成分等の限定理由を以下に詳述する。
[請求項1の化学成分について]
[C]:0.040<C<0.100
C≦0.040では、高い鏡面性の確保に必要な硬さ35HRC以上を特に焼戻し温度が高い場合に得にくい。0.100≦Cでは、耐食性が低下し溶接性も悪い。好適な範囲は、これらの特性のバランスに優れた0.060<C<0.095である。
【0031】
[Si]:0.03<Si<0.28
Si≦0.03では被削性の劣化が著しい。0.28≦Siでは熱伝導率の低下が大きい。好適な範囲は、被削性と熱伝導率のバランスに優れた0.05<Si<0.27である。
図1と表1は、0.078C-1.19Mn-0.72Cu-1.21Ni-4.02Cr-0.40Mo-0.10V-0.40Al-Si鋼を900℃で3Hr均熱した後に焼入れ、510℃で5Hr焼戻した後の被削性をSi量に対して示す。被削性評価用素材は、硬さが39〜42HRC、形状は55mm×55mm×200mmの角棒で、切削工具の横逃げ面最大磨耗量が300μmとなった時点を寿命(被削性)と判定した。切削距離が大きいほど、良く削れて好ましい。
Si≦0.03では、切削距離が極端に小さい。切削工具の摩耗を安定して抑制するには、0.03<Siが必要である。0.05<Siなら、さらに安定して摩耗を抑制できる。
【0033】
図2と表2は、発明鋼を900℃で3Hr均熱した後に焼き入れ、510℃で5Hr焼戻した後の、室温における熱伝導率をSi量に対して示す。素材は、
鋼S1:0.077C-1.19Mn-0.69Cu-1.21Ni-4.00Cr-0.39Mo-0.11V-0.41Al-Si鋼
鋼S2:0.068C-1.20Mn-0.70Cu-1.19Ni-5.13Cr-0.40Mo-0.10V-0.39Al-Si鋼
鋼S3:0.058C-1.20Mn-0.71Cu-1.22Ni-7.93Cr-0.40Mo-0.11V-0.41Al-Si鋼の3種である。
【0035】
熱伝導率評価用素材は、硬さが39〜42HRC、形状はφ10mm×2mmの小円盤である。熱伝導率は200℃においてレーザーフラッシュ法で測定した。即ち、レーザー発振器から発射したレーザー光を室温の試験片に対して直角に照射し、そのとき試験片の背面から放射される熱量を赤外線検出器で測定して、比熱と熱拡散率を求め、最終的に熱伝導率(=比熱×熱拡散率×密度)を算出した。
【0036】
熱伝導率が大きいほど、金型となった場合の冷却性能に優れるため好ましい。鋼材の成分によって熱伝導率は異なるが、Siの減少で高熱伝導率化する傾向は同じである。
いずれの鋼種系においてもSi<0.28で熱伝導率の増加の変曲点となった。すなわち、その成分系の熱伝導率を高く保つには、Si<0.28が必要である。Si<0.27であれば、高い熱伝導率を更に安定して得られる。Si≦0.05では、熱伝導率が飽和傾向を示す。
【0037】
金型となった場合の冷却性能が大きいか否かを判断する目安は,200℃における鋼材の熱伝導率が26W/m/K以上である。200℃に注目する理由は、射出成形工程中の金型表面が30〜300℃の範囲による事が多く、特に200℃近辺を推移することが多いためである。本発明では、200℃で28W/m/K以上の熱伝導率を持つ鋼材が好ましい。また、熱伝導率が26W/m/K以上でも冷却性能はかなり大きい。強度や耐食性などの問題から高合金化する成分系では熱伝導率は低目になるが、それでも200℃で26W/m/K以上の熱伝導率を持たせることが好ましい。
【0038】
本発明の適用分野であるプラスチックの射出成型では、生産性向上のニーズが強い。そのためには、製品1個の固化時間を短くする必要がある。すなわち、金型を速く冷やさなければならない。そこで、金型内部の冷却回路適正化が図られてきた。しかし、金型構造の問題から冷却孔を設置できない場合もある。また、冷却孔を金型表面に近づけ過ぎると、金型の早期割れの一因となる。
【0039】
一方、粉末や板の積層(焼結や接合)によって、従来では冷却孔を設置できない個所に冷却回路を設け、金型の冷却能を飛躍的に向上させる試みもある。しかし、製造に特殊な設備が必要となりコストもかかる。また、冷却孔を金型表面に近づけ過ぎると、金型の早期割れの一因となる。
【0040】
本発明では、以上の課題を解決し、効率的に金型を冷却することができる。すなわち、金型の熱伝導率を高めることで、冷却孔を金型表面に極端に近付けなくても充分な冷却効果が得られる。このため、金型の早期割れの問題は起こり難い。また、金型製造に特殊な設備は不要で、従来と同工程で金型を製造することが可能である。このように、熱伝導率と他特性のバランスを図ったことが、本発明の大きな特徴である。
【0041】
当然であるが、本発明の鋼を「粉末や板の積層(焼結や接合)によって金型を製造する」方法に適用すれば、さらに大きな冷却効果が得られる。
【0042】
[Mn]:1.11<Mn<1.45
Mn≦1.11では、焼入れ性が不足する。1.45≦Mnでは、熱伝導率の低下が著しい。また、Mnは凝固時に偏析し易く、著しい偏析は金型となった場合の鏡面研磨性に悪影響を及ぼす。好適な範囲は、焼入れ性と熱伝導率と鏡面研磨性のバランスに優れた1.15<Mn<1.39である。
【0043】
[Cu]:0.30<Cu<0.77
Cu≦0.30では、Cuの時効析出による高強度化の効果が小さい。0.77≦Cuでは、熱間加工時の割れが発生し易い。好適な範囲は、高強度化と熱間加工性のバランスに優れた0.40<Cu<0.75である。
【0044】
低C鋼は焼戻し温度が高いと強度を得にくい。これは、炭化物の2次析出による強化の程度が小さいためである。Cuの時効析出は、低C鋼の強度確保に有効な手段である。Cuの時効析出を利用する既存鋼では、1〜3%のCuを含有する事が多い。本発明では、このように多量のCuを使わずとも、炭化物の2次析出と金属間化合物(NiとAlから成る)の時効析出を併せることで、十分な強度を得ることが出来る。
【0045】
[Ni]:0.30<Cu<1.78
Ni≦0.30では、焼入れ性の改善効果が小さい。1.78≦Niでは、素材コストが非常に高くなる。また、Niは凝固時に偏析し易く、著しい偏析は金型となった場合の鏡面研磨性に悪影響を及ぼす。好適な範囲は、焼入れ性とコストと鏡面研磨性のバランスに優れた0.39<Ni<1.55である。
【0046】
[Cr]:3.23<Cr<9.00
Cr≦3.23では、耐食性を改善する効果が小さい。9.00≦Crでは、熱伝導率の低下が顕著である。好適な範囲は、耐食性と熱伝導率のバランスに優れた3.50<Cr<8.60である。耐食性が重要な場合には、熱伝導率はやや低下するものの4.50<Cr<8.60が好ましい。
【0047】
[Mo]:0.04<Mo<1.00
Mo≦0.04では、必要な硬さ35HRC以上を、特に焼戻し温度が高い場合に得にくい。1.00≦Moでは、破壊靭性値の低下が著しい。好適な範囲は、硬さと破壊靭性値のバランスに優れた0.10<Mo<0.90である。
【0048】
[V]:0.02<V<0.50
V≦0.02では、高い鏡面性の確保に必要な硬さ35HRC以上を、特に焼戻し温度が高い場合に得にくい。0.50≦Vでは、衝撃値や機械疲労強度の低下が著しい。好適な範囲は、硬さと衝撃値のバランスに優れた0.05<V<0.40である。
【0049】
[Al]:0.10<Al<0.50
Al≦0.10では、NiとAlから成る金属間化合物の時効析出による高強度化の効果が小さい。0.50≦Alでは、衝撃値の低下が顕著である。好適な範囲は、強度と靭性のバランスに優れた0.14<Al<0.47である。
【0050】
図3は、0.080C-0.19Si-1.23Mn-0.72Cu-1.20Ni-4.01Cr-0.38Mo-0.12V-Al鋼を900℃で3Hr均熱した後に焼入れ、525℃で5Hr焼戻した後の室温におけるHRC硬さをAl量に対して示す。高い鏡面性の確保に必要な硬さ35HRC以上を得るには、0.10<Alが必要である。0.14<Alであれば、硬さを更に安定して得られる。
【0051】
低C鋼は焼戻し温度が高いと強度を得にくい。これは、炭化物の2次析出による強化の程度が小さいためであり、NiとAlの金属間化合物の時効析出は、低C鋼の強度確保に有効な手段である。
【0052】
図4は、0.080C-0.19Si-1.23Mn-0.72Cu-1.20Ni-4.01Cr-0.38Mo-0.12V-Al鋼の11mm×11mm×55mmの角棒を900℃で3Hr均熱した後に急冷で焼入れ、500〜550℃で5Hr焼戻して39〜42HRCとした後、10mm×10mm×55mmのJIS 3号衝撃試験片を用いてシャルピー衝撃試験を行って評価した衝撃値をAl量に対して示す。試験温度は室温とした。衝撃値が大きいほど、割れにくいため好ましい。
【0053】
NiとAlから成る金属間化合物が析出する鋼(約1%のAlを含有)では、衝撃値の低さが問題となる。本鋼では、この問題を解決するため低Al化を検討した。衝撃値はAlの減少によって上昇し、その効果はAl<0.5で顕在化する。Al<0.47であれば、高い衝撃値を更に安定して得られる。
【0054】
本発明では、3種類の分散強化機構を利用して効果的に硬度を得ている。具体的には、(1)MoやVを主体とした炭化物の2次析出,(2)Cuの時効析出,(3)NiとAlから成る金属間化合物の時効析出である。金属間化合物を利用する既存鋼では、2〜3%のNiと1〜2%のAlを含有する事が多い。本発明では、このように多量のNiとAlを使わずとも、(1)と(2)を併せることで効果的に硬度を得つつ、高衝撃値化を達成している。
【0055】
[請求項2の化学成分について]
本発明鋼は低Cの為、焼戻し温度によっては強度の確保が難しい。そのような場合には、WやCoを選択的に添加し、強度の維持を図ればよい。Wは、炭化物の析出によって強度を上げる。Coは、母材への固溶によって強度を上げると同時に、炭化物形態の変化を介して析出硬化にも寄与する。具体的には、
0.30<W≦4.00
0.30<Co≦3.00
の少なくとも1種を含有させれば良い。
いずれの元素も、所定量を越えると特性の飽和と著しいコスト増を招く。好適な範囲は、
0.40≦W≦3.00
0.40≦Co≦2.00
である。
【0056】
[請求項3の化学成分について]
本発明鋼では、焼入れ時のオーステナイト結晶粒の成長を抑制する分散粒子がそれほど多くない。このため、予期せぬ設備トラブルなどによって、焼入れ加熱温度が高くなったり焼入れ加熱時間が長くなれば、結晶粒の粗大化による各種特性の劣化が懸念される。そのような場合に備え、Nb,Ta,Ti,Zrを選択的に添加し、これらの元素が形成する微細な析出物でオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制することが出来る。具体的には、
0.004<Nb≦0.100
0.004<Ta≦0.100
0.004<Ti≦0.100
0.004<Zr≦0.100
の少なくとも1種を含有させれば良い。
いずれの元素も、所定量を超えると炭化物や窒化物や酸化物が過度に生成し、衝撃値や鏡面研磨性の低下を招く。
【0057】
[請求項4の化学成分について]
近年、部品の大型化や一体化によって、金型のサイズは大きくなる傾向にある。大きな金型は冷却され難い。このため、焼入れ性が低い鋼材の大きな金型を焼き入れると、焼入れ中にフェライトやパーライトや粗大ベイナイトが析出して各種特性が劣化する。本発明鋼はかなり高い焼入れ性を有しており、そのような懸念は少ない。しかし、非常に大きな金型を冷却強度の弱い焼入れ方法で処理した場合にも備え、Bを添加して焼入れ性を更に高めることが出来る。
具体的には、
0.0001<B≦0.0050
を含有させる。
【0058】
なお、BはBNを形成すると焼入れ性の向上効果が無くなるため、鋼中にB単独で存在させる必要がある。具体的には、BよりもNとの親和力が強い元素で窒化物を形成させ、BとNを結合させなければ良い。そのような元素の例としては、請求項3に列挙した各元素が挙げられる。請求項3に列挙した元素は不純物レベルで存在してもNを固定する効果はあるが、製造過程で含まれ得るN量によっては請求項3に規定する範囲でそれらを添加しておくと良い。
【0059】
[請求項5の化学成分について]
本発明鋼は、被削性の非常に良い鋼(0.4<Si)よりもSiが低目である。このため、金型形状への機械加工や穴開けが難しくなることも懸念される。そのような場合は、S,Ca,Se,Te,Bi,Pbを選択的に添加し、被削性を改善すれば良い。
具体的には、
0.003<S≦0.050
0.0005<Ca≦0.2000
0.03<Se≦0.50
0.005<Te≦0.100
0.01<Bi≦0.30
0.03<Pb≦0.50
の少なくとも1種を含有させれば良い。
いずれの元素も、所定量を超えた場合は被削性の飽和と熱間加工性(金型用素材製造時)の劣化,衝撃値や鏡面研磨性の低下を招く。
【0060】
[請求項
6の化学成分について]
本発明において、Mn,Cr,Niの添加量を下限量としたときにはMn+Cr+0.5Ni=4.52となるが、焼入れ性が特に要求される場合は5.00<Mn+Cr+0.5Niとする。これによって、焼入れ冷却中にフェライトやパーライトや粗大ベイナイトが析出する危険性を更に低減できる。
また、本発明においてこれら成分を上限量で添加した場合には、Mn+Cr+0.5Ni=11.32となるが、熱伝導率が特に要求される場合はMn+Cr+0.5Ni<6.20とする。焼入れ性と熱伝導率のバランスに特に優れた範囲は、5.00<Mn+Cr+0.5Ni<6.20である。更に好適な範囲は、5.20<Mn+Cr+0.5Ni<6.05である。この範囲であれば、適正な焼入れ組織を安定して得ることができ、かつ200℃における熱伝導率は28W/m/K以上となる。
【0061】
図5は、発明鋼を900℃で3Hr均熱した後に焼入れ、520℃で5Hr焼戻して39〜41HRCとした状態の室温におけるシャルピー衝撃試験の衝撃値(2mmUノッチ)をMn+Cr+0.5Ni量に対して示す。素材は、
鋼L:0.072C-0.22Si-0.72Cu-0.40Mo-0.11V-0.40Al---3.24Cr-1.12Mn-0.31Ni鋼
鋼M:0.074C-0.20Si-0.71Cu-0.38Mo-0.12V-0.41Al---8.99Cr-1.44Mn-1.77Ni鋼
R1系:0.072C-0.21Si-0.68Cu-0.40Mo-0.10V-0.40Al---3.52Cr-Mn-Ni鋼
R2系:0.072C-0.20Si-0.70Cu-0.41Mo-0.09V-0.40Al---4.03Cr-Mn-Ni鋼
R3系:0.073C-0.20Si-0.72Cu-0.41Mo-0.10V-0.38Al---5.49Cr-Mn-Ni鋼
R4系:0.073C-0.21Si-0.70Cu-0.41Mo-0.10V-0.39Al---4.03Cr-Mn-Ni鋼
の全22鋼種である。鋼LはMn,Cr,Niを下限量で添加した組成、鋼MはMn,Cr,Niを上限量で添加した組成である。また鋼R1〜R4系は、請求項
6の規定範囲内でMnとNiを任意に添加した20鋼種からなるものである。ここで、焼入れは大断面型を模擬した工程としている。すなわち冷却速度は、900℃から600℃までが15℃/min、600℃から室温までは3℃/minとした。
【0062】
このような緩速焼入れでも高衝撃値が得られる素材は、焼入れ性に優れ、大きな金型にも安心して使う事ができる。
図5を見ると、鋼Lでも衝撃値21J/cm
2と比較的に高位であり、発明鋼の成分系は焼入れ性に優れる事が分かる。市販材の中には15J/cm
2以下の鋼も少なくない。ここで、5.00<Mn+Cr+0.5Niに注目すると、衝撃値の上昇が見られ、焼入れ性が特に良い領域である事は明らかである。5.20<Mn+Cr+0.5Niでは、更に安定して高衝撃値(およそ25J/cm
2以上)を得られる。
【0063】
図6は、200℃における熱伝導率とMn+Cr+0.5Niの関係を示す。鋼種は
図5と同じ22種類である。一般に、熱伝導率は合金元素の増加によって低下する。鋼Mでも24.4W/m/Kと比較的に高位であり、発明鋼の成分系は熱伝導率に優れる事が分かる。市販材の中には24W/m/K以下の鋼も少なくない。ここで、Mn+Cr+0.5Ni<6.20に注目すると、28W/m/K以上であり、特に高熱伝導率の領域である事は明らかである。Mn+Cr+0.5Ni<6.05では、更に安定して高熱伝導率を得られる。
一方、耐食性や窒化などのニーズによっては4.50<Crとし、6.20≦Mn+Cr+0.5Niでも良い。その場合の焼入れ性はやや過度とも言えるが、衝撃値は高くなるうえ、より大きな金型でも安心して焼入れが出来る。ただし、Mn+Cr+0.5Ni<6.20である鋼よりも熱伝導率は低くなる。それでも、26W/m/K以上の熱伝導率であれば、金型としての冷却能は充分に大きい。すなわち、6.20≦Mn+Cr+0.5Niについては、200℃において熱伝導率が26W/m/K以上になる成分系を選択すれば良い。
【0064】
[請求項
7の化学成分について]
本発明において、Mo,Vを下限量で添加した組成では、0.5Mo+V=0.06となるが、硬さを安定して得るには0.19<0.5Mo+Vとする。これによって、35HRC以上の硬さを更に得やすくなる。また、本発明において、これら成分を上限量で添加した組成では、0.5Mo+V=0.98となるが、破壊靭性値や衝撃値や機械疲労強度が特に要求される場合は、0.5Mo+V<0.45とする。上記特性のバランスに特に優れた範囲は、0.19<0.5Mo+V<0.45である。更に好適な範囲は、0.22<0.5Mo+V<0.42である。この範囲であれば、35HRC以上の硬さを安定して得ることができ、かつ破壊靭性値や衝撃値や機械疲労強度の顕著な低下も無い。
一方、窒化などの後工程上、どうしても高温で焼き戻さなければならないことがある。そのような場合には0.45≦0.5Mo+Vでも良い。
【0065】
図7は、発明鋼を900℃で3Hr均熱した後に焼入れ、535℃で5Hr焼戻した後の室温におけるHRC硬さを0.5Mo+V量に対して示す。素材は、
鋼L2:0.072C-0.19Si-1.21Mn-0.70Cu-1.18Ni-4.01Cr-0.39Al---0.05Mo-0.03V鋼
鋼M2:0.073C-0.20Si-1.20Mn-0.71Cu-1.17Ni-4.00Cr-0.39Al---0.99Mo-0.49V鋼
V1系:0.072C-0.21Si-1.19Mn-0.70Cu-1.20Ni-3.98Cr-0.40Al---0.15Mo-V鋼
V2系:0.074C-0.21Si-1.20Mn-0.73Cu-1.21Ni-4.03Cr-0.41Al---0.40Mo-V鋼
V3系:0.072C-0.20Si-1.19Mn-0.70Cu-1.20Ni-4.00Cr-0.40Al---0.65Mo-V鋼
V4系:0.072C-0.22Si-1.20Mn-0.68Cu-1.22Ni-3.99Cr-0.41Al---0.90Mo-V鋼
の全22鋼種である。鋼L2はMo-Vの下限成分、鋼M2はMo-Vの上限成分である。また鋼V1〜V4系は、請求項9の規定範囲内でVを任意に添加した20鋼種からなるものである。
図7を見ると、鋼L2でも35HRCを越えており、発明鋼の成分系は金型に必要な硬さを安定して得られる事が分かる。ここで、0.19<0.5Mo+Vに注目すると、硬さの上昇が見られ、高硬度化を狙う場合の望ましい領域である事は明らかである。0.22<0.5Mo+Vでは、更に安定して硬さ(およそ36HRC以上)を得られる。
【0066】
図8は、衝撃値とMo+Vの関係を示す。鋼種は
図7と同じ22種類である。
図5〜
図7と比較して、相関は単純でない。この理由は、組織微細化やマトリックス脆化や晶出物の影響が重畳するからである。Moを増量する場合、ある添加量までは組織が微細化するため高衝撃値化する。一方、固容量の増加はマトリックスを脆化させるため、Moの過添加で衝撃値は低下する。Vを添加すると、ある添加量までは結晶粒が微細化するため高衝撃値化する。Vが過添加になると、鋼塊製造の凝固時にVやCやNを主体とした粗大な晶出物が生じ、これが起点となるため衝撃値は低下する。さらに、Vが過多な鋼は焼入れの冷却時にVCがγ粒界に析出し、これも衝撃値低下の一因となる。
しかし、MoとVの量によっては低衝撃値化するとは言え、いずれの水準も25J/cm
2を越えている。市販材の中には15J/cm
2以下の鋼も少なくない。発明鋼は安定して高靭性であることも分かる。
発明鋼の衝撃値は26〜32J/cm
2の範囲で安定していると見ることもできるが、ここで、Mo+V<0.45に注目すると、衝撃値が安定する領域と見なせる。Mo+V<0.42では、この傾向が更に顕著となる。
【0067】
ところで、プラスチック製品の射出成形型には,生産時間の短縮(ハイサイクル化)を目的として、多くの水冷孔が設けられている。水冷孔の内部は水による腐食環境にあり、加えて引張応力が作用する。引張応力の源は、樹脂を射出した際の熱応力や、型締めや射出時の金型の撓みによる機械応力である。
【0068】
このように、腐食環境下で引張応力が作用し続けると、腐食部を起点に亀裂が発生し意匠面(成形面)に向かって進展してゆく。亀裂が意匠面に達すると水漏れが起こり,樹脂の射出成型が出来なくなる。
この現象は水冷孔割れと呼ばれる。水冷孔割れを起こした金型は交換することになり、金型費の増加や生産性の低下を招く。すなわち、水冷孔割れは重大なトラブルであり、回避しなければならない。
【0069】
以上の理由から、金型用鋼の水冷孔割れの感受性を評価する事が重要となる。以下では、水冷孔割れを模擬した試験について説明する。
【0070】
図9は、腐食環境下で引張応力が作用した場合に、鋼材が割れ易いか否かを試験する方法を示す。試験片は直径直径6mmの円柱状で、中央付近にノッチが設けられている。ノッチ部の直径は4mmである。
素材は、後述する発明鋼1、比較鋼2、比較鋼3と同じ合金成分である。
試験片を片持ち状態に支持した後、固定側とは反対の端部に錘を吊り下げて試験片に曲げの力を付加する。この時、ノッチ部の上側には引張応力が常時作用する。そしてこの状態でノッチ部に水を滴下し続ける。
以上により、水による腐食環境下で引張応力が作用する状況が作り出される。これが、金型の水冷孔割れを模擬しているのである。
【0071】
この試験方法では、錘を吊り下げてから試験片が破断するまでの時間を評価する。破断までの時間が長い程、水冷孔割れを起こし難い優れた金型材と判断できる。
【0072】
実験に際しては、5台の試験機に1本づつ試験片をセットし、同一鋼種の評価を全5台で並行する。そして、5本中の1本が破断した時間を「破断時間」として記録し、試験を終了する(残り4本が未破断であっても)。
【0073】
図10は、39HRCに調質した3鋼種に,44[N]を負荷した場合の破断時間を示す。発明鋼1は,比較鋼2の約1.5倍、比較鋼3の約300倍の破断時間である。すなわち、腐食環境下で引張応力が作用した場合に発明鋼1は破壊し難く、したがって水冷孔割れを起こし難い優秀な金型材と判断できる。
【0074】
このように、本発明の鋼は水冷孔割れを起こし難い特徴を有する。これは、耐食性が高く腐食部が発生し難いこと、靭性が高く亀裂が急速進展し難いこと、による。また、水から侵入した水素によって鋼材は脆化し、破壊が助長されるが、この水素をトラップして無害化する析出物(NiとAlから成る金属間化合物、時効析出したCu,MnS等)の種類と量が適正であることも、本発明の鋼が破壊し難い大きな理由である。
【0075】
また、本発明の鋼は、熱処理硬さを調整し易く、厳しい硬さ規格を外れ難いと言う特徴を有する。ここでは、39〜41HRCの狭い範囲の硬さ規格を要求された場合を例に説明する。
素材は、後述する発明鋼1、比較鋼1と同じ合金成分である。
【0076】
図11は、発明鋼1と比較鋼1の焼戻し温度に対する硬さの変化を示す。比較鋼1では、39〜41HRCの規格を満たすために、550〜560℃の10℃の範囲に鋼材を均熱する必要がある。したがって、設定すべき焼戻し条件は555℃×5Hrである。
【0077】
一般に、熱処理炉には均熱中の温度変動が5〜15℃ある。また、均熱中の温度変動が非常に小さい場合にも、炉内の位置による温度差が5〜15℃生じる。両者の温度差が加算されると、最大で30℃程度の温度差を生じることになる。
【0078】
したがって、比較鋼1は555℃での均熱を狙っても、実際には540〜570℃に加熱されることになる。この加熱条件は、
図11を見れば37〜42HRCを与える条件に相当する。すなわち、比較鋼1を39〜41HRCの狭い範囲に調質することは非常に難しく、断面内硬さは37〜42HRCとなる。
鋼材の部位によって硬さが異なると、被削性や鏡面研磨性を劣化させるため好ましくない。
【0079】
一方、発明鋼1では、39〜41HRCの規格を満たすために、527℃以下の温度域に加熱すれば良い。設定すべき焼戻し条件は、例えば510℃×5Hrである。先述の炉温バラツキの問題から、実際には495〜525℃に発明鋼は加熱されるが、それでもほぼ40HRCの硬さが得られる。
【0080】
このように、本発明の鋼は、硬さを狭い範囲に管理し易い特徴を有する。これは,C-Cr-Mo-V-Cu-Ni-Alのバランスを調整することによって、CrやMoやVを含む炭化物、NiとAlから成る金属間化合物、析出するCu、の量を適正化し、焼戻し温度に対する硬さの変化を緩やかにしている効果である。
【実施例】
【0082】
表3に示す組成の39種の鋼(表3中の空欄は化学成分が不純物レベルであることを示す)を大気中で溶解し、それぞれ7tonのインゴットに鋳込んだ。各鋼材のインゴットは、1200〜1300℃における均質化熱処理鋼の後、表面温度900〜1250℃の範囲で210×1020×3500(mm)のブロック形状に鍛造した。
【0083】
【表3】
【0084】
このブロックを900℃に再加熱し、3Hrの保持後,40〜100℃の油中に浸漬して焼き入れた。さらに、350〜560℃の温度域で5Hr保持して硬さを35〜43HRCに調質した。
調質後のブロック中心付近から切り出した素材で、被削性,衝撃値,熱伝導率,鏡面性,溶接性,耐食性,水冷孔割れの感受性,硬さバラツキを評価した。また製造コストも評価した。
【0085】
熱伝導率は、レーザーフラッシュ法によって200℃で測定した値である。この数字が大きいほど、金型になった場合の冷却性能に優れて好ましい。
【0086】
鏡面研磨性は、研磨剤の番手を変えて鋼材を磨いた時に、面に不具合(ウネリ,クモリ,ピンホール等)が発生しない上限の番手である。この数字が大きいほど研磨剤の砥粒が小さく、綺麗に磨けることを意味しており、より高品位の金型に使えるため好ましい。
【0087】
他の特性は、熱伝導率と鏡面研磨性ほどではないが、金型の製造性やメンテナンス性さらには費用に関わるため重要である。これらは、相対比較の記号で示した。◎→○→△→×となるに従って評価は下がる。
【0088】
被削性は、切り込み量や送り速度を共通として切削距離1000mmを削った時の切削工具の損耗状態で判断した。切削工具の摩耗量が少なく(≦150μm)かつ定常摩耗であれば◎、定常摩耗量が多い(<300μm)場合を○、摩耗量が更に増加し(≧300μm)異常摩耗も見られる場合を△、異常摩耗に加えて欠けが発生した場合を×とした。
【0089】
衝撃値は、2mmUノッチ試験片(JIS 3号)での室温における値で判断した。すなわち、衝撃値が40J/cm
2以上を◎、30〜40未満J/cm
2を○、20〜30未満J/cm
2を△、20J/cm
2未満を×とした。
【0090】
溶接性は、C量に応じた適正な溶接棒で多層盛りし、溶接部を切断して硬さ分布と割れを調査した結果から判断した。すなわち、割れが無く硬さの著しく低下した部位も無ければ◎、割れは無いが硬さの低下した領域がある場合は○、割れは無いが硬さの大きく低下した領域がある場合は△、割れが発生した場合を×とした。
【0091】
耐食性(耐候性)は、鏡面研磨した素材を海岸部かつ雨ざらしの環境で1カ月放置した時の錆び方から判断した。すなわち、ほとんど錆びないあるいは点状の腐食部が僅かであれば◎、点状の腐食部が目立つ状態は○、腐食部同士が連結し広範囲に錆びが広がった場合を△、錆びの領域が更に広がって金属光沢部が少ない場合を×とした。
【0092】
水冷孔割れの感受性は、先に述べた試験方法で評価した。いずれの材料にも、曲げ破断強度の90%の負荷を与えて試験した。この場合の破断時間を、水冷孔割れの感受性として評価した。
【0093】
硬さバラツキは,ブロック材の表面5個所(4個所の角部付近と中央部)におけるHRC硬さの、最大値と最小値の差である。
ブロック材各部位の硬さは、炉内温度バラツキの影響を受けて同一にはならない。先に述べた「硬さ調節のし易さ」の指標として、ここでは硬さバラツキを評価した。硬さバラツキが小さい程、炉温が変動しても硬さが狭い範囲に収まることを意味し、硬さ調整がし易い鋼材ということになる。
【0094】
結果が表4に示してある。
先ず、本発明鋼に関して説明する。特筆すべきは熱伝導率の高さで、安定して26W/m/K以上である。特に、鋼19〜鋼22以外は28W/m/K以上を確保している。すなわち、金型の冷却性能不足が起こり難い。また、鏡面研磨性も番手8000以上をクリアしており、表面品質レベルの高い金型に使うことができる。他の特性は記号による定性評価であるが、発明鋼には「×」が皆無であり、諸特性のバランスが良いことは一目瞭然である。被削性やコストに「△」も極一部あるが、他特性とのバランスで見れば何ら問題はない。すなわち、熱伝導率と鏡面研磨性の高さを基本性能とし、他特性やコストパフォーマンスにも優れる鋼が本発明である。また室温における平均硬さも35〜45HRCの範囲内となっている。
【0095】
さらに、発明鋼は、全て水冷孔割れを模擬した試験における破断時間が100Hrを超えている。数時間あるいは数十時間で破断するような発明鋼は無く、水冷孔割れを起こし難いと考えられる。
また、硬さバラツキは3以内に収まっている。特に、発明鋼18〜発明鋼22を除けば,全てが硬さバラツキ2以内である。すなわち、狭い硬さ規格を要求された場合にも対応可能である。
【0096】
以下では、比較鋼に関して説明する。比較鋼1は鏡面研磨性に優れ、熱伝導率と被削性も高い。一方、衝撃値と耐食性に難があり、割れや錆が問題になる。比較鋼2は鏡面研磨性に優れ、溶接性も良い。一方、熱伝導率と衝撃値に難があり、金型の冷却能不足や割れが問題になる。比較鋼3はかなりバランスの良い鋼材である。ただし、熱伝導率が低いため、金型の冷却能が不足する。
ハイサイクル化が要求される昨今、これは致命的な欠点である。また、コストも安くはなく、鋼材特性の割には高価な位置づけとなる。比較鋼4は、熱伝導率が高く被削性も良い。一方、耐食性と鏡面研磨性に難があり、適用範囲はかなり制限される。比較鋼5は、鏡面研磨性に優れ、耐食性も良い。一方、被削性と熱伝導率に難があり、型加工の難しさや金型の冷却能不足が問題になる。比較鋼6は、鏡面研磨性に優れ、耐食性も良い。一方、被削性と衝撃値と溶接性と熱伝導率に難があり、型の加工や補修の難しさ、さらには金型の冷却能不足が問題になる。
【0097】
さらに、水冷孔割れを模擬した試験における破断時間が40Hr未満という極端に短い比較鋼がある。このような鋼は、水冷孔割れを起こす危険性が高いと考えられる。
また、硬さバラツキが3を超える比較鋼もあり、このような鋼材は狭い硬さ規格を要求された場合の対応が困難である。
【0098】
【表4】
【0099】
以上のように、比較鋼では特性やコストに問題を抱えている。発明鋼は、35HRC以上の硬さを確保しつつ熱伝導率と鏡面研磨性の高さを有し、他特性やコストパフォーマンスにも優れている。
これは、Si量の適正化と、3種類の分散強化機構を適正に組み合わせたことによる効果である。
3種類の分散強化機構とは、(1)MoやVを主体とした炭化物の2次析出、(2)Cuの時効析出、(3)NiとAlから成る金属間化合物の時効析出、である。しかも本発明では、合金元素量が既存鋼よりも少ない状態で(2)と(3)を達成し、強度と他特性をバランスさせた点にも特徴がある。