特許第6191188号(P6191188)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6191188
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】金属加工油用エステル基油
(51)【国際特許分類】
   C10M 105/34 20060101AFI20170828BHJP
   C07C 69/58 20060101ALI20170828BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20170828BHJP
   C10N 40/22 20060101ALN20170828BHJP
【FI】
   C10M105/34
   C07C69/58
   C10N20:00 Z
   C10N40:22
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-63264(P2013-63264)
(22)【出願日】2013年3月26日
(65)【公開番号】特開2014-189555(P2014-189555A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2016年2月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124349
【弁理士】
【氏名又は名称】米田 圭啓
(72)【発明者】
【氏名】加治木 武
(72)【発明者】
【氏名】春山 貴幸
【審査官】 牟田 博一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−263631(JP,A)
【文献】 特開2005−154317(JP,A)
【文献】 特開2000−110076(JP,A)
【文献】 特開2002−114970(JP,A)
【文献】 特開2009−185191(JP,A)
【文献】 米国特許第02757139(US,A)
【文献】 特表2001−506597(JP,A)
【文献】 特表2007−504147(JP,A)
【文献】 平野 二郎,合成潤滑油 特に合成エステル油について,油化学,1973年,第22巻、第11号,第695-706頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00〜177/00
C10N 10/00〜 80/00
C07C 69/24、 69/58
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐トリデシルアルコールとオレイン酸との反応により得られるエステルであり、前記分岐トリデシルアルコールの分岐数が1.5〜2.5であることを特徴とする金属加工油用エステル基油。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油に使用されるエステル基油に関し、詳細には、低粘度で引火点が高く、流動点の低いエステル基油に関する。なお、本発明における潤滑油は、潤滑以外の目的で使用される油、例えば、金属加工油を概念的に包含し、機械や装置に使用される油全般を表す。
【背景技術】
【0002】
近年、潤滑油では省エネルギー性の向上を目的に、金属加工油では加工精度の向上を目的に、潤滑油の低粘度化が求められている。金属加工油の中でも切削油においては、従来よりも緻密な加工を行う際の精度の向上や冷却性の向上を目的に、切削油の低粘度化が強く求められている。
【0003】
潤滑油の低粘度化を進めるには使用する基油の低粘度化が必要であり、低粘度化に伴い基油の分子量は小さくなる。分子量の低い基油は揮発性が高くなることから、使用時において揮発する油による汚れや臭気などの作業環境の悪化への対策や、引火点の低下による安全性確保への対策を取らなければならない。
【0004】
潤滑油用基油として広く使用されている鉱物油は、分子間相互作用の弱い非極性な分子から構成されるので、低粘度化に伴い揮発性が大幅に増加してしまうことが知られている。そのような状況から、低粘度で揮発性が低く、引火点の高い合成系基油の開発が進められてきた。
【0005】
例えば、特許文献1には、α−オレフィンオリゴマーを用いた、低粘度で引火点の高い潤滑油組成物が開示されている。しかし、α−オレフィンオリゴマーも鉱物油と同じく非極性な炭化水素であるので、引火点が低く、使用に際し安全性の高い潤滑油とは言いがたい。
【0006】
この課題を克服するため、炭化水素よりも極性の大きいエステルを使用した、低粘度で引火点の高い潤滑油が開示されている。例えば、特許文献2と3には、低粘度であり、かつ消防法上で指定可燃物に分類される引火点250℃以上のエステルが開示されている。しかしながら、これらのエステルは、40℃の動粘度が20mm/s以上であり、低粘度という観点から満足できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−137951号公報
【特許文献2】特開2008−37994号公報
【特許文献3】特開2008−163115号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来の課題を解決するものであり、その目的は、低粘度で引火点が高く、流動点の低い金属加工油用エステル基油を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、特定のアルコールとオレイン酸との反応により得られるエステルが、上記の目的を達成できること、すなわち低粘度でありながら、引火点が高く、流動点が低いことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、分岐トリデシルアルコールとオレイン酸との反応により得られるエステルであり、前記分岐トリデシルアルコールの分岐数が1.5〜2.5であることを特徴とする金属加工油用エステル基油である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金属加工油用エステル基油は、粘度が低く、引火点が高いので、金属加工油の揮発による作業環境の悪化や、引火点の低下に伴う危険性が抑えられる。また、特段の対策を講じていない既存の設備を使用して、低粘度の金属加工油を使用することが可能となるので、例えば、切削加工においては、より緻密で加工精度の高い金属加工部材の製造が可能となる。さらに、本発明の金属加工油用エステル基油は、低い流動点を有しており、低温環境下においても固化し難いので、加熱用の設備を設置しなくても使用することができる。
なお、以下では「金属加工油用エステル基油」を「潤滑油用エステル基油」と表記することがある。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の潤滑油用エステル基油は、炭素数13の飽和分岐アルコール、すなわち分岐トリデシルアルコールとオレイン酸との反応により得られるエステルである。
使用する飽和分岐アルコールの炭素数が13未満の場合、引火点が低くなることがあり、炭素数が13を超える場合、粘度が高くなることがある。
【0013】
また、分岐トリデシルアルコールの分岐数が1.5〜2.5であり、1.8〜2.2であることが好ましい。
なお、本発明において、分岐トリデシルアルコールの分岐数はアルキル鎖における分岐数を表し、当該アルコールをH−NMRで分析して得られたメチル基の数から、主鎖構造の末端メチル基に相当する1を引くことで算出される。
【0014】
本発明で使用されるオレイン酸としては、工業的に入手可能なオレイン酸を主成分とするものを使用することができ、オレイン酸成分が70質量%以上のものが好ましく使用できる。オレイン酸以外の他の成分として、炭素数12〜22の飽和または不飽和カルボン酸が含まれていても良い。また、オレイン酸成分が多いほど引火点が高くなり、流動点が低くなることから、オレイン酸成分が80質量%以上含まれるものがさらに好ましい。
【0015】
本発明の潤滑油用エステル基油は、通常のエステル化反応およびエステル交換反応によって製造することができる。
分岐トリデシルアルコールとオレイン酸(カルボン酸)との当量比は、アルコールに対し、カルボン酸が好ましくは0.8〜1.5当量であり、生産効率と経済性の点からさらに好ましくは0.9〜1.2当量であり、このような当量比に調整し、必要に応じて触媒を加えて反応を行なう。触媒としては、硫酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などのブレンステッド酸、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、スズ、亜鉛等のルイス酸触媒を使用できる。
【0016】
エステル化反応は、窒素気流下、160℃以上で行い、反応液の酸価または水酸基価の1時間あたりの下がり幅が2.0mgKOH/g以下となるまで行う。過剰の脂肪酸やアルコールの除去を効率よく行うために、1時間あたりの下がり幅が1.0mgKOH/g以下となるまで行うのが好ましい。
反応終了後のエステル粗生成物中に存在する余剰のアルコールや反応時に生成した副生成物を除去するために、窒素気流下、減圧条件で留去することが好ましい。アルコールの除去は、液温160℃以上で、100Torr以下の真空度で行うのが好ましい。残存するアルコールは潤滑油用エステル基油の引火点を低下させるおそれがあるので、アルコールの除去はさらに高温かつ高真空度で行うのが好ましい。例えば、200℃以上において、30Torr以下で行うのが好ましい。
【0017】
また、エステル粗生成物中の余剰のカルボン酸を除去するために、アルカリによるカルボン酸の中和精製を行うことが好ましい。用いるアルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムが好ましく、5〜15質量%の水溶液で用いるのが好ましい。中和精製に際しては、エステル粗生成物に上記のアルカリ水溶液を加えて攪拌して静置し、分離した下層のカルボン酸石鹸水溶液を除去する。その後、エステル粗生成物中のカルボン酸石鹸をさらに除去するために、水洗い(温水洗い)を行うことが好ましい。水洗いは、エステル粗生成物に60〜90℃の温水を加え、攪拌して静置し、下層の水層を除去して行う。
【0018】
アルカリによるカルボン酸の中和、水洗いを行った後、活性白土、酸性白土および合成系の吸着剤を用いた吸着処理やスチーミングなどの操作を単独または組み合わせて行うことによって、本発明の潤滑油用エステル基油としてのエステルを得ることができる。
【0019】
本発明の潤滑油用エステル基油には、公知の添加剤、例えば、フェノール系の酸化防止剤、ベンゾトリアゾ−ル、チアジアゾールまたはジチオカーバメートなどの金属不活性化剤、エポキシ化合物またはカルボジイミドなどの酸補足剤、リン系の極圧剤などの添加剤を目的に応じて適宜配合することができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
【0021】
実施例および比較例で得られた潤滑油用エステル基油の各種分析は、以下の方法に従って実施した。
酸価:JOCS(日本油化学会) 2.3.1に準拠して測定した。
色相:JOCS(日本油化学会) 2.2. 1.3に準拠し、ガードナー(G)比色管にて測定した。
動粘度:JIS K−2283に準拠して測定した。
引火点:JIS K−2265に準拠し、クリーブランド式オープンカップ法にて測定した。
流動点:JIS K−2269に準拠して測定した。
なお、粘度指数は、40℃における動粘度と100℃における動粘度から算出される。
【0022】
飽和分岐アルコールのアルキル鎖における分岐数は、以下のように測定して算出した。
日本電子社製AL−400(400MHz)を用い、約50mgの試料を0.6mLの重クロロホルムに溶解し、各アルコールのH−NMRを測定した。
得られたNMRスペクトルにおけるアルコールの全てのアルキル鎖の水素を示す化学シフトの積分値を27とし、一級炭素の水素を示す化学シフトδ=0.88ppmの積分値を3で除した値をそのアルコールにおけるメチル基の数とした。
得られたメチル基の数から主鎖構造の末端メチル基である1を引いた値をそのアルコールの分岐数とした。
【0023】
〔実施例1〕
温度計、窒素導入管、攪拌機、ジムロート冷却管および容量30mLの油水分離管を取り付けた2Lの4つ口フラスコに、オレイン酸(日油(株)製、NAA−34)を920gと、分岐数が1.9である分岐トリデシルアルコールを688g仕込んだ(カルボン酸/アルコールの当量比=0.97)。油水分離器に溜まる反応水を抜き取りながら、反応液を220℃まで加熱して反応液の酸価を1時間ごとに測定し、1時間あたりの酸価の下がり幅が0.5mgKOH/g以下となるまで反応を行なった。
その後、反応液を220℃で30Torrまで減圧し、アルコールと揮発性の反応副生成物を除去した。
【0024】
85℃まで反応器を冷却した後、酸価から算出される水酸化ナトリウム量の1.5当量をイオン交換水で希釈して10質量%の水溶液を調製し、それを反応液に加えて1時間撹拌した。撹拌を止めた後、30分静置して下層に分離した水層を除去した。
次に、反応液に対して20質量%に相当する量のイオン交換水を加えて85℃で10分撹拌して、15分静置し、分離した水層を除去する操作を5回繰り返した。その後、100℃、30Torrで1時間撹拌することで脱水した。
最後に、反応液に対して2質量%に相当する量の活性白土を加え、80℃、30Torrの条件で1時間撹拌し、ろ過して吸着剤を除去することで所望のエステルを得た。
【0025】
参考例1
分岐トリデシルアルコールとして分岐数が2.9のものを用いた以外は、実施例1と同じ方法でエステルを調製した。
【0026】
〔比較例1〕
分岐トリデシルアルコールに代えて2−エチルヘキサノール(分岐数=1.0)を用いた以外は、実施例1と同じ方法でエステルを調製した。
【0027】
〔比較例2〕
分岐トリデシルアルコールに代えて2−エチルヘキサノール(分岐数=1.0)を用い、オレイン酸に代えてステアリン酸(日油(株)製、ステアリン酸さくら)を用いた以外は、実施例1と同じ方法でエステルを調製した。
【0028】
〔比較例3〕
分岐トリデシルアルコールに代えてノルマルデカノールを用いた以外は、実施例1と同じ方法でエステルを調製した。
【0029】
〔比較例4〕
分岐トリデシルアルコールに代えて2−ヘキシルデカノール(分岐数=0.9)を用いた以外は、実施例1と同じ方法でエステルを調製した。
【0030】
〔比較例5〕
比較例1と比較例4で得られた各エステルを、質量比30対70(比較例1対比較例4)の比率で配合した。
【0031】
上記実施例1、参考例1および比較例1〜5で得られたエステルの物性値を表1にまとめた。
なお、表1中、比較例5におけるカルボン酸は比較例1と比較例4で用いたカルボン酸を表し、アルコールは比較例1と比較例4で用いたアルコールを表し、アルコールの分岐数は比較例1と比較例4で用いたアルコールの分岐数の加重平均値である。
【0032】
【表1】
【0033】
表1に示すように、実施例1および参考例1のエステルは、40℃の動粘度が15mm/s以下であり、低粘度である。また引火点が250℃以上であり、消防法上での指定可燃物に分類されるものである。さらに、流動点が−30℃程度であり、低温環境下においても固化し難く、加熱用の設備を設置しなくても使用することができるものである。
【0034】
一方、比較例1〜5では、実施例1および参考例1のエステルと異なり、炭素数13の飽和分岐アルコール以外のアルコールやオレイン酸以外のカルボン酸を用いて反応させているので、動粘度、引火点、流動点の全てが良好なエステルは得られなかった。