特許第6191615号(P6191615)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6191615
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】重合性組成物および硬化物
(51)【国際特許分類】
   C08G 75/045 20160101AFI20170828BHJP
   C09J 11/04 20060101ALI20170828BHJP
   C09J 11/06 20060101ALI20170828BHJP
   C09J 181/02 20060101ALI20170828BHJP
【FI】
   C08G75/045
   C09J11/04
   C09J11/06
   C09J181/02
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-542154(P2014-542154)
(86)(22)【出願日】2013年10月16日
(86)【国際出願番号】JP2013078026
(87)【国際公開番号】WO2014061687
(87)【国際公開日】20140424
【審査請求日】2016年7月5日
(31)【優先権主張番号】特願2012-230603(P2012-230603)
(32)【優先日】2012年10月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【弁理士】
【氏名又は名称】杉山 共永
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 仁
(72)【発明者】
【氏名】並木 康佑
(72)【発明者】
【氏名】竹内 基晴
【審査官】 中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−113027(JP,A)
【文献】 特開2004−035734(JP,A)
【文献】 特開2001−026608(JP,A)
【文献】 特開平06−025417(JP,A)
【文献】 特開2007−291313(JP,A)
【文献】 特開2003−238904(JP,A)
【文献】 特開2003−226718(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モノマー成分としてポリチオール化合物およびフェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有し、さらに安定剤として酸およびフリーラジカル重合禁止剤を含有する重合性組成物であって、
前記酸がリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、スルホン酸、スルホンイミドおよびカルボン酸から選ばれる少なくとも1種類以上のプロトン酸性官能基を有する化合物であり、
前記酸の含有量がモノマー成分100質量部に対して0.01〜10質量部の範囲である、前記重合性組成物
【請求項2】
フェニルチオ骨格を有するエン化合物が下記一般式で表される化合物である、請求項1に記載の重合性組成物。
【化1】
(式中、Xは任意の化学構造、Zは(メタ)アクリロイル基、ビニル基またはアリル基を示す。ベンゼン環部位は置換基があっても良い。)
【請求項3】
フリーラジカル重合禁止剤がニトロソ化合物、ニトロン化合物およびニトロキシド化合物からなる群から選ばれた一種以上の化合物である、請求項1または2に記載の重合性組成物。
【請求項4】
フリーラジカル重合禁止剤がN−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン塩誘導体である、請求項に記載の重合性組成物。
【請求項5】
N−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン塩誘導体の含有量がモノマー成分100質量部に対して0.001〜1質量部の範囲である、請求項に記載の重合性組成物。
【請求項6】
請求項1からのいずれかに記載された重合性組成物を重合して得られる硬化物。
【請求項7】
請求項1からのいずれかに記載された重合性組成物を含有する接着剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屈折率、透明度等について良好な光学特性を有し、光学接着剤、光学樹脂等の光学材料に好適に使用される硬化物を提供し得る、実用上十分な保存安定性を有する重合性組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エチレン性炭素−炭素二重結合を有する化合物(以下、「エン化合物」と呼称する)とチオール化合物との共重合反応(以下、「エン‐チオール反応」と呼称する)および共重合体は、当該分野ではよく知られた有用な技術である。エン‐チオール反応は重合開始剤がない場合でも光、熱によって反応が進行するが、実用的な硬化法としてラジカル重合開始剤を用いた光硬化法あるいは熱硬化法が広く用いられている。エン‐チオール反応は、反応速度が速い、酸素阻害を受けにくい、硬化収縮が小さい、といった特徴を持つ。そのため、コート材、シール材、封止材、接着剤といった速硬化樹脂としての用途、光学用樹脂等の成型品用途などが提案されている(特許文献1、非特許文献1など)。特に、高屈折率なエン化合物とチオール化合物からなる重合性組成物は、高屈折率の光学材料としての応用が提案されている(特許文献2、3など)。
ポリチオール化合物、フェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有する重合性組成物は重合硬化後の硬化物の屈折率が特に高く、光学材料として有用である。特許文献4では代表的なフェニルチオ(メタ)アクリレート類化合物である4,4’−ビス(メタクリロイルチオ)ジフェニルスルフィド(以下、「MPSMA」と呼称する)を用いた高屈折率重合性組成物が報告されている。しかしながら、フェニルチオ骨格を有するエン化合物を単純にチオールに溶解させた組成物は冷暗所においても不安定であり、熱重合反応が進行し増粘するため1液での長期間の保存ができないという実用上の問題があった。そのため、チオール化合物とフェニルチオ骨格を有するエン化合物とを含有する重合性組成物を安定に保存する方法の開発が望まれていた。
【0003】
エン‐チオール組成物の使用時にはその経時安定性が非常に重要であり、酸価、金属イオン、無機イオンの低減(特許文献5−7)、ニトロン系、ニトロキシド系、ニトロソ系化合物(特許文献8、9)、キノン系化合物(特許文献10)、ヨウ素系化合物(特許文献11)、リン系化合物(特許文献12)、等の安定剤の添加、といった様々な安定化法が報告されている。しかしながら、エン‐チオール組成物の反応性はモノマー、特にエン化合物の分子構造により大きく異なり、また有効な安定化剤も異なることから、既知の報告例から安定剤の効果を推測するのは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭63−20255号公報
【特許文献2】特開平2−289622号公報
【特許文献3】特開2005−298637号公報
【特許文献4】特開2003−226718号公報
【特許文献5】特開平6−306172号公報
【特許文献6】特表平7−508556号公報
【特許文献7】特開2001−306172号公報
【特許文献8】特開平6−25417号公報
【特許文献9】特開2007−269969号公報
【特許文献10】特開2007−291313号公報
【特許文献11】特開平5−155987号公報
【特許文献12】特開2004−35734号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Polymer Science: Part A: Polymer Chemistry, Vol. 42, 5301−5338(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のポリチオール化合物とフェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有する高屈折率エン‐チオール組成物は室温、暗所においても重合が速やかに進行するため保存安定性が低く、多くのエン‐チオール組成物で安定化効果を示すニトロソ化合物を添加した場合には安定化効果は見られるものの、その安定性は実用上不十分であった。また、不安定なエン‐チオール組成物の安定化の報告例があるキノン系安定化剤、ヨウ素系安定化剤、リン系安定化剤を単独で使用した場合、及びニトロソ化合物と併用した場合も実用上十分な安定化効果は得られなかった。なお、上記エン‐チオール組成物は不活性雰囲気下においては比較的安定であったが、常時不活性雰囲気を保つのは実用上困難である。以上のように、ポリチオール化合物とフェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有する重合性組成物は一般に高屈折率を示すため光学材料として有用であるものの熱安定性に乏しく、既知の安定剤を用いた場合でも長期の保存が難しいという問題点があった。そのため、実用上十分な熱安定性を有するポリチオール化合物とフェニルチオ骨格を有するエン化合物とを含有する重合性組成物が提供されれば、新たな高屈折率光学材料の開発につながると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、高屈折率硬化性組成物として有用なポリチオール化合物、フェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有する重合性組成物に対して、安定剤として酸化合物とフリーラジカル重合禁止剤を併用することで上記重合性組成物の保存安定性は大きく向上し、室温で1ヶ月程度保存可能な、実用上十分な安定性を付与できることを見出した。なお、ここで用いるフリーラジカル重合禁止剤とは、ラジカルトラッピング能を有するラジカル重合禁止剤全般を指す。本発明の態様は以下の通りである。
<1> モノマー成分としてポリチオール化合物およびフェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有し、さらに安定剤として酸およびフリーラジカル重合禁止剤を含有することを特徴とする重合性組成物である。
<2> フェニルチオ骨格を有するエン化合物が下記一般式で表される化合物である、上記<1>に記載の重合性組成物である。
【化1】
(式中、Xは任意の化学構造、Zは(メタ)アクリロイル基、ビニル基またはアリル基を示す。ベンゼン環部位は置換基があっても良い。)
<3> 酸がリン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、スルホン酸、スルホンイミドおよびカルボン酸から選ばれる少なくとも1種類以上のプロトン酸性官能基を有する化合物である、上記<1>または<2>に記載の重合性組成物である。
<4> 酸含有量がモノマー成分100質量部に対して0.01〜10質量部の範囲である、上記<1>から<3>のいずれかに記載の重合性組成物である。
<5> フリーラジカル重合禁止剤がニトロソ化合物、ニトロン化合物およびニトロキシド化合物からなる群から選ばれた一種以上の化合物である、上記<1>から<4>のいずれかに記載の重合性組成物である。
<6> フリーラジカル重合禁止剤がN−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン塩誘導体である、上記<5>に記載の重合性組成物である。
<7> N−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン塩誘導体の含有量がモノマー成分100質量部に対して0.001〜1質量部の範囲である、上記<6>に記載の重合性組成物である。
<8> 上記<1>から<7>のいずれかに記載された重合性組成物を重合して得られる硬化物である。
<9> 上記<1>から<7>のいずれかに記載された重合性組成物を含有する接着剤である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ポリチオール化合物およびフェニルチオ骨格を有するエン化合物を含有する重合性組成物の保存安定性を大きく向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、少なくとも一種類のポリチオール化合物(以下、「A成分」と呼ぶことがある)、少なくとも一種類のフェニルチオ骨格を有するエン化合物(以下、「B成分」と呼ぶことがある)を含有する重合性組成物に対して、酸(以下、「C成分」と呼ぶことがある)およびフリーラジカル重合禁止剤(以下、「D成分」と呼ぶことがある)を併用添加することで実用上十分に安定な重合性組成物を提供するものである。重合性組成物やその硬化物の物性調整等のために他の重合性化合物、溶剤、可塑剤等を併用しても良く、また、必要に応じて他の重合禁止剤、光重合開始剤、熱重合開始剤、酸化防止剤、光安定剤、紫外線吸収剤、密着剤、離型剤、顔料、染料等を添加することが可能である。
【0010】
ポリチオール化合物(A成分)とは、1分子中に複数のチオール基を有する化合物である。原子屈折の高い硫黄原子を持つため概して屈折率が高く、また、種々の不飽和結合性化合物に対してラジカル付加もしくはアニオン付加が進行するため、高屈折率重合性組成物の成分として好適である。A成分は単独で用いても良く、2種類以上を併用して用いても、単官能チオールを併用して用いても構わない。A成分の含有量は特に限定されないが、組成物中のチオール基数を炭素−炭素二重結合基数に対して0.05〜2当量とするのが好ましく、0.2〜1.5当量とするのが特に好ましい。A成分が少ない場合はエン‐チオール組成物の特徴である速硬化、低酸素阻害、低硬化収縮等の特徴が十分に現れず、A成分が多い場合は組成物の硬化後も未反応のチオール基が多く残存してしまう。
高屈折率光学材料として用いる場合、A成分はモノマー100質量部に対して5〜80質量部添加することが好ましく、10〜70質量部添加することがより好ましい。なお、この場合のモノマーとは、A成分、B成分及び含有するその他の重合性化合物を指す。
好ましいA成分の具体例としては、以下の化合物が挙げられる。2−メルカプトメチル−1,5−ジメルカプト−3−チアペンタン、2,4−ビス(メルカプトメチル)−1,5−ジメルカプト−3−チアペンタン、4−メルカプトメチル−1,8−ジメルカプト−3,6−ジチアオクタン、4,8−ビス(メルカプトメチル)−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカン、4,7−ビス(メルカプトメチル)−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカン、5,7−ビス(メルカプトメチル)−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカン、1,4−ジメルカプトメチルジチアン、ビス(2−メルカプトエチル)スルフィド等のアルキルポリチオール;ベンゼンジチオール、キシリレンジチオール、ベンゼントリチオール等の芳香族ポリチオール;2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール等の含ヘテロ原子ポリチオール。
また、後述する実施例で使用された4−メルカプトメチル−3,6−ジチア−1,8−オクタンジチオール、4,8−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンと4,7−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンと5,7−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンとの混合物、1,4−ジメルカプトメチルジチアン、ビス(2−メルカプトエチル)スルフィド、ペンタエリスリトールテトラキスチオプロピオネートは、本発明において好ましく使用することができるポリチオール化合物の一例である。
【0011】
フェニルチオ骨格を有するエン化合物(B成分)とは下記一般式
【化2】
(式中、Zは(メタ)アクリロイル基、ビニル基、アリル基等の不飽和結合性構造を示す。ベンゼン環部位は置換基があっても良い。)
て表される化合物であり、特に好ましいフェニルチオ骨格を有するエン化合物としては、下記一般式
【化3】
(式中、Xは任意の化学構造、Zは(メタ)アクリロイル基、ビニル基、アリル基等の不飽和結合性構造を示す。ベンゼン環部位は置換基があっても良い。)
で表される化合物が挙げられる。X部位の構造は任意であるが、スルフィド、スルホキシド、スルホン、エーテル、カーボネート、もしくは無置換(ビフェニル構造)の場合、得られる硬化物の屈折率が特に高く好ましい。また、ベンゼン環部位の置換基についても同様に、屈折率の観点からハロゲン、炭素数4以下のアルキルもしくはエーテル、もしくは無置換であることが好ましい。これらの化合物は、分子屈折の高いフェニルチオ骨格を有するため概して通常のエン化合物よりも屈折率が高く、高屈折率重合性組成物の成分として好適である。B成分は単独で用いても2種類以上を併用して用いても構わない。高屈折率光学材料として用いる場合、B成分はモノマー100質量部に対して5質量部以上添加することが好ましく、10〜50質量部添加することがより好ましい。B成分量が少ない場合は屈折率の向上幅が小さくなる。ただし、B成分量が5質量部よりも少ない場合であっても、暗所保存時には反応性の高いB成分とチオールとの反応が優先的に進行して組成物の変性を起こすため、本発明の安定剤は有用である。なお、この場合のモノマーとは、A成分、B成分及び含有するその他の重合性化合物を指す(以下、単にモノマーと記載する)。
また、好ましいB成分の具体例としては、以下の化合物が挙げられる。チオアクリル酸ベンゼン、チオメタクリル酸ベンゼン、(ビニルチオ)ベンゼン、(アリルチオ)ベンゼン等の単官能フェニルチオ骨格を有する化合物;4,4’−ビス(アクリロイルチオ)ジフェニルスルフィド、4,4’−ビス(メタクリロイルチオ)ジフェニルスルフィド、4,4’−ビス(ビニルチオ)ジフェニルスルフィド4,4’−ビス(アリルチオ)ジフェニルスルフィド等の2官能フェニルチオスルフィド化合物およびこれらの酸化体であるスルホキシド、スルホン化合物。
また、後述する実施例で使用された4,4’−ビス(メタクリロイルチオ)ジフェニルスルフィドは、本発明において好ましく使用することができるフェニルチオ骨格を有するエン化合物の一例である。
【0012】
酸(C成分)は、エン‐チオール組成物に対し溶解性を有する酸であればプロトン酸、ルイス酸、有機酸、無機酸等の酸の種類に関わらず使用可能である。C成分は単独で用いても2種類以上を併用して用いても構わない。また、ビニルスルホン酸等の反応性の酸化合物を予め他の組成物成分と反応させることで酸性官能基を導入しても構わない。C成分の具体例としては以下の化合物が挙げられる。メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、エタンスルホン酸、カンファースルホン酸、ドデシル硫酸等のアルキルスルホン酸;ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸等の芳香族スルホン酸;メタンスルホンイミド、トリフルオロメタンスルホンイミド等のスルホンイミド;KAYAMER PM−2およびPM−21(共にリン酸メタクリレート、日本化薬株式会社製)、メタンホスホン酸、ベンゼンホスホン酸、ベンゼンホスフィン酸等のリン酸、ホスホン酸及びホスフィン酸;トリフルオロ酢酸、しゅう酸等のカルボン酸;フェノール、ピクリン酸、スクアリン酸等の酸性水酸基を有する酸;3フッ化ホウ素、トリフェニルホウ素、トリエトキシアルミニウム等のルイス酸;モリブデン酸、シリコモリブデン酸、リンタングステン酸等のポリ酸;硫酸、塩化水素等の無機酸。
これらの酸の中でも、リン酸、ホスホン酸、ホスフィン酸、スルホン酸、スルホンイミドおよびカルボン酸から選ばれる少なくとも1種類以上のプロトン酸性官能基を有する化合物が好ましい。
無機酸はエン‐チオール組成物に対する溶解性が低い場合が多く、弱プロトン酸は有機モノマー中で有効に酸として働きにくいことから、有機スルホン酸、有機(亜)リン酸、スルホンイミド等の有機強酸が特に好ましい。
また、後述する実施例で使用された(+)−10−カンファースルホン酸、p−トルエンスルホン酸1水和物、ベンゼンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホンイミド、しゅう酸(無水)、ベンゼンホスホン酸、ベンゼンホスフィン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、及びリン酸メタクリレートであるKAYAMER PM−21は、本発明において好ましく使用することができる酸の一例である。
また、最適な酸添加量は酸強度および酸の分子量により異なるが、スルホン酸誘導体等のPKa値が2以下である強酸の場合、添加量はモノマー100質量部に対して0.01〜1質量部の範囲が好ましく、特に0.02〜0.5質量部の範囲が好ましい。リン酸等、PKa値が2〜4の中程度の強度の酸を用いる場合、添加量は0.05〜10質量部の範囲が好ましく、0.1〜5質量部の範囲が特に好ましい。添加量が少ない場合は重合禁止効果が十分でなく、添加量が多い場合はエン‐チオール組成物が逆に不安定化するため、いずれも実用上十分な熱安定性を得ることが難しくなる。
【0013】
フリーラジカル重合禁止剤(D成分)は通常のエン‐チオール組成物と同様、一般的なラジカル捕捉剤が使用可能である。N−オキソ化合物の安定化効果が概して高く、中でもN−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン塩誘導体は安定化効果が高いため好ましく、多くのモノマーへの溶解度が比較的高いN−ニトロソフェニルヒドロキシルアミンアルミニウム塩が特に好ましい。一般的なエン‐チオール組成物と同様、モノマー100質量部に対して0.001質量部程度の少量の添加であっても顕著な安定化効果が得られる。多量に添加した場合にはエン‐チオール組成物の安定性がやや低下する上、色調悪化の要因となるため、添加量はモノマー100質量部に対して0.001〜1質量部の範囲が好ましく、特に0.002〜0.5質量部の範囲が好ましい。但し、この範囲よりも過剰にD成分を添加した場合も重合性組成物の大きな安定性低下には繋がらない。D成分の具体例としては以下の化合物が挙げられる。ヒドロキノン、メチルヒドロキノン、t−ブチルヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテルなどのヒドロキノン類;p−ニトロソフェノール、ニトロソベンゼン、N−ニトロソジフェニルアミン、亜硝酸イソノニル、N−ニトロソシクロヘキシルヒドロキシルアミン、N−ニトロソフェニルヒドロキシルアミン、N,N’−ジニトロソフェニレンジアミンまたはこれらの塩などのニトロソ化合物;α−フェニル−N−t−ブチルニトロン、α−ナフチル−N−t−ブチルニトロンなどのニトロン化合物;2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジノキシド(TEMPO)、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジノキシドなどのニトロキシド化合物。
これらのフリーラジカル重合禁止剤の中でも、ニトロソ化合物、ニトロン化合物およびニトロキシド化合物からなる群から選ばれた一種以上の化合物が好ましい。
また、後述する実施例で使用されたN−ニトロソフェニルヒドロキシルアミンアルミニウム塩、t−ブチル−α−フェニルニトロン、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジノキシド(TEMPO)は、本発明において好ましく使用することができるフリーラジカル重合禁止剤の一例である。
【0014】
なお、本発明により得られる重合性組成物を高屈折率光学材料として用いる場合、物性調整や固体成分の溶解、組成物の希釈等の目的でB成分以外のエン化合物を添加することが実用上有利である場合があるが、その際に用いる化合物としては芳香環や複素環を有するエン化合物など、低着色で屈折率が高く、チオールと共重合可能な化合物が好ましい。好ましいB成分以外のエン化合物の具体例としては以下の化合物が挙げられる。イソシアヌル酸トリアリル、シアヌル酸トリアリル、フタル酸ジアリル、イソフタル酸ジアリル、テレフタル酸ジアリル、トリメリット酸トリアリル、ピロメリット酸テトラアリル、フェニル(メタ)アクリレート、2−フェノキシエチル(メタ)アクリレート、o−フェニルフェノール(メタ)アクリレート、2−(o−フェニルフェノキシ)エチル(メタ)アクリレート。これらの化合物は単独で用いても良く、2種類以上を併用して用いても構わない。
【0015】
また、本発明により得られる重合性組成物を硬化させるために各種重合開始剤を混合して使用することが可能である。重合開始剤には特に制限はなく、一般的なラジカル重合開始剤が使用可能である。重合開始剤の具体例としては以下の化合物が挙げられる。2,2−メトキシ−1,2−ジフェニルエタン−1−オン、1−ヒドロキシ−シクロヘキシルフェニルケトン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノプロパン−1−オン、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフィンオキサイド、2,4,6−トリメチルベンゾイル−ジフェニル−フォスフィンオキサイド等の光重合開始剤、ジ−t−ブチルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイド、ベンゾイルトリルパーオキサイド、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)等の熱重合開始剤。これらの化合物は単独で用いても良く、2種類以上を併用して用いても構わない。重合開始剤の含有量は特に限定されないが、重合性組成物100質量部に対して、0.1〜10質量部の範囲が好ましく、0.5〜5質量部の範囲がより好ましい。
【実施例】
【0016】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0017】
4−メルカプトメチル−3,6−ジチア−1,8−オクタンジチオール(A成分:以下、「GST」と呼称する)は特許第3048929号公報に、4,8−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンと4,7−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンと5,7−ジメルカプトメチル−1,11−ジメルカプト−3,6,9−トリチアウンデカンとの混合物(A成分:以下、「DDT」と呼称する)は特許第3444682号公報に、1,4−ジメルカプトメチルジチアン(A成分:以下、「DMMD」と呼称する)は特許第2895987号公報に従いそれぞれ合成し、実験に用いた。
ビス(2−メルカプトエチル)スルフィド(A成分:以下、「DMDS」と呼称する)は東京化成工業株式会社より、ペンタエリスリトールテトラキスチオプロピオネート(A成分:以下、「PETP」と呼称する)は淀化学株式会社より、4,4’−ビス(メタクリロイルチオ)ジフェニルスルフィド(B成分:以下、「MPSMA」と呼称する)は住友精化株式会社より、トリアリルイソシアヌレート(以下、「TAIC」と呼称する)はエボニックデグサジャパン株式会社より、9,9−ビス[4−(2−アクリロイルオキシエトキシ)フェニル]フルオレン及び低粘度アクリルモノマーの混合物(以下、「F5003」と呼称する)は大阪ガスケミカル株式会社より、2,4,6−トリメチルベンゾイル−ジフェニル−フォスフィンオキサイド(以下、「TPO」と呼称する)はBASFジャパン株式会社より、N−ニトロソフェニルヒドロキシルアミンアルミニウム塩(D成分:以下、「Q−1301」と呼称する)は和光純薬工業株式会社より、リン酸メタクリレートであるKAYAMER PM−21(C成分:以下、「PM−21」と呼称する)は日本化薬株式会社より、その他の化合物は東京化成工業株式会社より入手し、そのまま実験に用いた。
粘度測定にはBROOKFIELD社製 DV−II+PRO 回転型粘度計を用い、20℃で測定を行った。
屈折率測定にはアタゴ社製アッベ屈折計NAR−3Tを用いた。
エン‐チオール組成物の光硬化にはアイグラフィックス社製紫外硬化用光源装置UE01.51−3A/BM−E1Sを用いた。
【0018】
[実施例1〜7]
DMDS、DMMD、GST、DDT、PETP(いずれもA成分)から選ばれる1種類のポリチオール化合物を20質量部計量し、これにフリーラジカル重合禁止剤としてQ−1301(D成分)0.1質量部を加え、溶解させた。さらに、希釈成分としてF5003、TAICから選ばれる1種類のエン化合物60質量部、および安定剤として(+)−10−カンファースルホン酸(C成分:以下、「カンファースルホン酸」と呼称する)0.1質量部を加えて攪拌し、溶解させた。さらにフェニルチオ(メタ)アクリレートとしてMPSMA(B成分)を20質量部加え、均一溶液となるまで攪拌し重合性エン‐チオール組成物を調製した。粘度を測定した後にガラス容器に移し、60℃で24時間静置した。再び粘度を測定し、粘度の変化からエン‐チオール組成物の安定性評価を行った。粘度変化が少ないほど組成物は安定であると考えられる。また、調製した重合性エン‐チオール組成物に光重合開始剤としてTPO 1質量部を溶解させ、ガラス基板に挟み込んで厚さ約200μmの薄膜とした後、高圧水銀ランプを光源(10 mW/m)として10秒間光照射することで組成物を硬化させた。得られたエン‐チオール組成物の硬化フィルムの20℃でのナトリウムD線に対する屈折率を測定した。
【0019】
[比較例1〜7]
フリーラジカル重合禁止剤としてQ−1301(D成分)0.1質量部のみを加え、カンファースルホン酸(C成分)を添加しない他は、実施例1〜7と同様の方法で重合性エン‐チオール組成物を調製し、安定性評価を行った。ゲル化した組成物については高粘度であったため粘度測定が行えず、著しく安定性が悪いと判断した。
【0020】
[比較例8〜14]
Q−1301(D成分)及びカンファースルホン酸(C成分)を添加しない他は、実施例1〜7と同様の方法で重合性エン‐チオール組成物を調製し、安定性評価を行った。ゲル化した組成物については高粘度であったため粘度測定が行えず、著しく安定性が悪いと判断した。
【0021】
実施例1〜7、比較例1〜14において得られた結果を表1〜3に示す。
【表1】
【表2】
【表3】
実施例1〜7および比較例1〜14から、カンファースルホン酸(C成分)とQ−1301(D成分)を併用することによりMPSMA(B成分)を含む各種エン−チオール組成物の安定性が大幅に向上することが分かった。また、安定化された組成物を光硬化することで屈折率の高い硬化物を得ることができた。
【0022】
[実施例8〜14]
GST(A成分)を30質量部計量し、これにQ−1301(D成分)0.1質量部を加え、溶解させた。さらにF5003 50質量部、およびカンファースルホン酸、p−トルエンスルホン酸1水和物、ベンゼンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホンイミド、しゅう酸(無水)、ベンゼンホスホン酸、ベンゼンホスフィン酸(いずれもC成分)から選ばれる1種類の強酸性安定剤0.1質量部を加えて攪拌し、溶解させた。さらにMPSMA(B成分)を20質量部加え、均一溶液となるまで攪拌し重合性エン‐チオール組成物を調製した。粘度を測定した後にガラス容器に密閉し、40℃で1時間〜10日静置した後に再び粘度を測定し、粘度の変化から組成物の安定性評価を行った。
【0023】
[比較例15〜21]
Q−1301(D成分)とともに併用する安定剤をメチルヒドロキノン、ホウ酸トリフェニル、テトラブチルアンモニウムヨージド、ベンゾキノン、亜リン酸トリエチル、トリフェニルホスフィンから選ばれる1種類、0.1質量部、もしくは無添加とした他は、実施例8〜14と同様の方法で重合性エン‐チオール組成物を調製し、安定性評価を行った。
【0024】
実施例8〜14、比較例15〜21において得られた結果を表4、5に示す。また、一部の酸については参考値として水中でのPKa値を示す。
【表4】
【表5】
強酸を添加した場合、組成物の顕著な安定化効果が得られた。一般的な化学反応は10℃の温度上昇で約2倍の加速効果があることが知られており、実施例8〜14では40℃で1週間程度粘度の顕著な変化が無かったことから、20℃では1ヶ月程度安定に保存が可能であると予想され、実用上十分な安定性が得られたと判断できる。比較例15では、メチルヒドロキノンを添加した場合、試験4日目までは強酸を添加した組成物と同等の安定性を示したが、その後急激に粘度が上昇した。弱いルイス酸であるホウ酸トリフェニルや、テトラブチルアンモニウムヨージドを添加した場合にはやや安定化効果が見られたが、実施例8〜14で用いた強酸と比較すると効果が劣った。エン−チオール組成物一般に用いられる重合禁止剤であるキノン系、ホスフィン系化合物を添加した場合には安定化効果は認められなかった。
【0025】
[実施例15〜17]
GST(A成分)を30質量部計量し、これにQ−1301、t−ブチル−α−フェニルニトロン、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジノキシド(TEMPO)(いずれもD成分)から選ばれる1種類のフリーラジカル重合禁止剤0.1質量部、カンファースルホン酸(C成分)0.1質量部を加えて攪拌、溶解させ、さらにF5003 50質量部、MPSMA(B成分)を20質量部加えて攪拌混合して重合性エン‐チオール組成物を調製した。粘度を測定した後にガラス容器に移し、40℃で1時間、1日静置した後に再び粘度を測定し、粘度の変化から組成物の安定性評価を行った。
【0026】
[比較例22]
フリーラジカル重合禁止剤を無添加とした他は、実施例15〜17と同様の方法で重合性エン‐チオール組成物を調製し、安定性評価を行った。
【0027】
実施例15〜17、比較例22において得られた結果を表6に示す。
【表6】
フリーラジカル重合禁止剤としてQ−1301、t−ブチル−α−フェニルニトロン、TEMPOを添加した場合、いずれも組成物の安定化効果が見られた。用いた3種類のフリーラジカル重合禁止剤の中ではQ−1301の効果が最も高かった。
【0028】
[実施例18〜34]
GST(A成分)を30質量部計量し、これにQ−1301(D成分)0.1質量部を加え、溶解させた。さらにF5003 50質量部を加え均一な液とした。これにカンファースルホン酸 0.02〜0.2質量部、ベンゼンスルホン酸 0.04〜0.15質量部、ドデシルベンゼンスルホン酸(以下、「DBSA」と呼称する) 0.08〜0.50質量部、リン酸メタクリレートであるKAYAMER PM−21(以下、「PM−21」と呼称する) 0.1〜5質量部 から選ばれる1種類の酸(C成分)を加えて攪拌した後、さらにMPSMA(B成分)を20質量部加えて攪拌混合し、重合性エン‐チオール組成物を調製した。粘度を測定した後にガラス容器に移し、40℃で1日、15日静置した後に再び粘度を測定し、粘度の変化から組成物の安定性評価を行った。
【0029】
[実施例35〜39]
GST(A成分)を30質量部計量し、これにQ−1301(D成分)0.002〜0.5質量部を加えて攪拌し、さらにF5003 50質量部、カンファースルホン酸(C成分)0.1質量部を加えて攪拌した後、MPSMA(B成分)を20質量部加えて再度攪拌混合し、重合性エン‐チオール組成物を調製した。粘度を測定した後にガラス容器に移し、40℃で1日、15日静置した後に再び粘度を測定し、粘度の変化から組成物の安定性評価を行った。
【0030】
実施例18〜34および実施例35〜40において得られた結果を表7および表8に示す。
【表7】
【表8】
【0031】
Q−1301(D成分)のみ、もしくはカンファースルホン酸(C成分)のみを使用した場合と比較すると、いずれの実施例においても顕著な安定性の向上がみられた。酸の添加量が少ない場合は組成物の安定性が相対的に低く、逆に過剰に添加した場合は長時間保存時の安定性がやや低かった。スルホン酸誘導体を用いた場合、組成物の安定性は添加した酸のモル濃度と相関し、特に好ましい添加量は0.8〜15mmol/kg(0.02〜0.5質量部)、最適添加量は約3〜6 mmol/kgであった。また、スルホン酸誘導体と比較して大きなPKa値をもち、酸強度が弱いリン酸化合物であるPM−21を用いた場合、特に好ましい添加量は2.5〜120mmol/kg(0.1〜5質量部)であり、最適添加量は約24〜70 mmol/kg(1〜3質量部)とスルホン酸誘導体よりも多くなる傾向が見られた。また、実施例35〜39の範囲ではいずれも安定な組成物が得られたが、Q−1301(D成分)の添加量が少ない場合(実施例35)及び多い場合(実施例39)にはやや安定性が低かった。