特許第6191806号(P6191806)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6191806表面処理鋼板および表面処理鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6191806
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】表面処理鋼板および表面処理鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/60 20060101AFI20170828BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20170828BHJP
【FI】
   C23C22/60
   C23C28/00 A
【請求項の数】13
【全頁数】46
(21)【出願番号】特願2017-526153(P2017-526153)
(86)(22)【出願日】2017年3月9日
(86)【国際出願番号】JP2017009451
【審査請求日】2017年5月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-45664(P2016-45664)
(32)【優先日】2016年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-45665(P2016-45665)
(32)【優先日】2016年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100128587
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 一騎
(72)【発明者】
【氏名】莊司 浩雅
(72)【発明者】
【氏名】東新 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】植田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】森下 敦司
【審査官】 内藤 康彰
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/080268(WO,A1)
【文献】 特開2012−062565(JP,A)
【文献】 特開2011−252184(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C22/00−22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板上に形成された亜鉛を含むめっき層と、前記めっき層上に形成された皮膜とを有し、
前記皮膜は、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含み、
前記皮膜の断面における表面から膜厚1/5の厚みまでの領域において、前記アクリル樹脂の面積率が80〜100面積%であり、
前記皮膜の膜厚中心から前記表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域と前記膜厚中心から前記めっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域とからなる領域において、前記アクリル樹脂の面積率が5〜50面積%である、表面処理鋼板。
【請求項2】
前記皮膜の前記表面には、平面視にて島状の突起が複数存在し、
平面視において、前記皮膜の前記表面上における任意の位置に、長さ10μm以上で任意の方向に延びる3本以上の仮想直線を引いたときに、前記仮想直線が前記突起を横切った部分である複数の線分の長さの平均値を、前記突起の長さと定義した場合、前記突起の長さは、0.1〜5.0μmである、請求項1に記載の表面処理鋼板。
【請求項3】
一辺が1μmの矩形領域における前記皮膜の前記表面の算術平均粗さ(Ra)が5〜50nm、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が50〜500nm、二乗平均平方根粗さ(Rq)が10〜100nmである、請求項2に記載の表面処理鋼板。
【請求項4】
前記皮膜中の隣接する前記突起同士の間の領域における前記ジルコニウムの濃度は、前記突起の形成されている領域における前記ジルコニウムの濃度よりも低い、請求項2または3に記載の表面処理鋼板。
【請求項5】
前記皮膜中の隣接する前記突起同士の間の領域における前記アクリル樹脂の濃度は、前記突起の形成されている領域における前記アクリル樹脂の濃度よりも高い、請求項2〜4のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項6】
前記皮膜において、前記バナジウムの質量と前記ジルコニウムの質量との質量比(V/Zr)が、0.07〜0.69であり、
前記リンの質量と前記ジルコニウムの質量との質量比(P/Zr)が、0.04〜0.58であり、
前記コバルトの質量と前記ジルコニウムの質量との質量比(Co/Zr)が、0.005〜0.08である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項7】
前記皮膜に前記ジルコニウムは、金属換算で、4〜400mg/m含有される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項8】
前記皮膜の断面における前記アクリル樹脂の面積率が20〜60面積%である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項9】
前記めっき層が、60質量%以下のAl、10質量%以下のMg、2質量%以下のSiのうちの1種以上と、亜鉛および不純物からなる、請求項1〜8のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項10】
前記アクリル樹脂が、15〜25質量%のスチレンと、1〜10質量%の(メタ)アクリル酸と、40〜58質量%の(メタ)アクリル酸アルキルエステルと、20〜38質量%のアクリロニトリルとの共重合体であって、前記アクリル樹脂のガラス転移温度が−12〜24℃である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項11】
前記皮膜が、5質量%以下のフッ化物イオンを含有する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の表面処理鋼板の製造方法であって、
鋼板上に亜鉛を含むめっき層を形成する工程と、
前記めっき層上に、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む水系表面処理薬剤を、ロールコータを用いて塗布し、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜を形成してから前記塗膜の乾燥を開始するまで0.5秒以上保持する工程と、
前記塗膜を乾燥させる工程と
を有する表面処理鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記水系表面処理薬剤を塗布する工程において、前記鋼板が前記ロールコータに突入するときの前記鋼板の温度が、5℃以上80℃以下である、請求項12に記載の表面処理鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に皮膜を有する表面処理鋼板および表面処理鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、亜鉛を含むめっき鋼板は、家電製品、建材、自動車などの多様な分野で使用されている。また、亜鉛を含むめっき鋼板の耐食性などを向上させる方法として、亜鉛めっきを含む鋼板の表面に皮膜を形成する技術が広く用いられている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−055777号公報
【特許文献2】特開2005−097733号公報
【特許文献3】国際公開第2009/116484号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の亜鉛を含むめっき鋼板の表面に形成された皮膜は、耐食性を向上させることができても、接着剤との接着性が十分でないといった問題点があった。
本発明の課題は、接着剤との接着性が良好な皮膜を表面に備え、優れた耐食性を有する表面処理鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意研究した。
その結果、亜鉛を含むめっき鋼板上に、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含み、皮膜の断面における表面から膜厚1/5の厚みまでの領域においてアクリル樹脂の面積率が80〜100面積%であり、皮膜の膜厚中心から前記表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域と前記膜厚中心から前記めっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域とからなる領域においてアクリル樹脂の面積率が5〜50面積%である皮膜を形成させることで、接着剤との接着性が良好で、優れた耐食性を有する皮膜が得られることを見出した。
【0006】
また、上記鋼板上の皮膜は、表面に平面視にて島状の突起が複数存在し、平面視において、前記皮膜の前記表面上における任意の位置に、長さ10μm以上で任意の方向に延びる3本以上の仮想直線を引いたときに、前記仮想直線が前記突起を横切った部分である複数の線分の長さの平均値を、前記突起の長さと定義した場合、前記突起の長さは、0.1〜5.0μmであることを見出した。
そして、驚くべきことに、本発明の優れた接着剤との接着性、及び優れた耐食性は、皮膜の断面構造と表面の形態構造が一体となって発揮されることも見出した。
さらに、本発明者は、本発明の皮膜をめっき鋼板上に形成させるための条件検討を行って、アクリル樹脂を含む水系表面処理薬剤を使用して、本発明の皮膜をめっき鋼板上に形成させる製造方法を確立することに成功した。
本発明の要旨は以下のとおりである。
【0007】
[1] 鋼板と、前記鋼板上に形成された亜鉛を含むめっき層と、前記めっき層上に形成された皮膜とを有し、
前記皮膜は、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含み、
前記皮膜の断面における表面から膜厚1/5の厚みまでの領域において、前記アクリル樹脂の面積率が80〜100面積%であり、
前記皮膜の膜厚中心から前記表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域と前記膜厚中心から前記めっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域とからなる領域において、前記アクリル樹脂の面積率が5〜50面積%である、表面処理鋼板。
【0008】
[2] 前記皮膜の前記表面には、平面視にて島状の突起が複数存在し、
平面視において、前記皮膜の前記表面上における任意の位置に、長さ10μm以上で任意の方向に延びる3本以上の仮想直線を引いたときに、前記仮想直線が前記突起を横切った部分である複数の線分の長さの平均値を、前記突起の長さと定義した場合、前記突起の長さは、0.1〜5.0μmである、[1]に記載の表面処理鋼板。
[3] 一辺が1μmの矩形領域における前記皮膜の前記表面の算術平均粗さ(Ra)が5〜50nm、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が50〜500nm、二乗平均平方根粗さ(Rq)が10〜100nmである、[2]に記載の表面処理鋼板。
[4] 前記皮膜中の隣接する前記突起同士の間の領域における前記ジルコニウムの濃度は、前記突起の形成されている領域における前記ジルコニウムの濃度よりも低い、[2]または[3]に記載の表面処理鋼板。
[5] 前記皮膜中の隣接する前記突起同士の間の領域における前記アクリル樹脂の濃度は、前記突起の形成されている領域における前記アクリル樹脂の濃度よりも高い、[2]〜[4]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
【0009】
[6] 前記皮膜において、前記バナジウムの質量と、前記ジルコニウムの質量との質量比(V/Zr)が、0.07〜0.69であり、
前記リンの質量と、前記ジルコニウムの質量との質量比(P/Zr)が、0.04〜0.58であり、
前記コバルトの質量と、前記ジルコニウムの質量との質量比(Co/Zr)が、0.005〜0.08である、[1]〜[5]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
【0010】
[7] 前記皮膜に前記ジルコニウムは、金属換算で、4〜400mg/m含有される、[1]〜[6]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
[8] 前記皮膜の断面における前記アクリル樹脂の面積率が20〜60面積%である[1]〜[7]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
[9] 前記めっき層が、60質量%以下のAl、10質量%以下のMg、2質量%以下のSiのうちの1種以上と、亜鉛および不純物からなる、[1]〜[8]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
[10] 前記アクリル樹脂が、15〜25質量%のスチレンと、1〜10質量%の(メタ)アクリル酸と、40〜58質量%の(メタ)アクリル酸アルキルエステルと、20〜38質量%のアクリロニトリルとの共重合体であって、前記アクリル樹脂のガラス転移温度が−12〜24℃である、[1]〜[9]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
[11] 前記皮膜が、5質量%以下のフッ化物イオンを含有する、[1]〜[10]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
【0011】
[12] [1]〜[11]のいずれかに記載の表面処理鋼板の製造方法であって、
鋼板上に亜鉛を含むめっき層を形成する工程と、
前記めっき層上に、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む水系表面処理薬剤を、ロールコータを用いて塗布し、塗膜を形成する工程と、
前記塗膜を形成してから前記塗膜の乾燥を開始するまで0.5秒以上保持する工程と、
前記塗膜を乾燥させる工程と
を有する表面処理鋼板の製造方法。
[13] 前記水系表面処理薬剤を塗布する工程において、前記鋼板が前記ロールコータに突入するときの前記鋼板の温度が、5℃以上80℃以下である、[12]に記載の表面処理鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の表面処理鋼板は、接着剤との接着性が良好であり、かつ、優れた耐食性を有する皮膜を表面に備えている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態に係る表面処理鋼板の断面構造を説明するための模式図である。
図2】第1実施形態の表面処理鋼板の有する皮膜の表面を示した模式図である。
図3】第2実施形態に係る表面処理鋼板の断面構造を説明するための模式図である。
図4】実施例42に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図5】実施例41に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図6】実施例3に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図7】実施例112に係る表面処理鋼板の表面をSEMで観察した画像と、画像上に引いた3本の仮想直線とを示した写真である。
図8】実施例109に係る表面処理鋼板の表面をSEMで観察した画像と、画像上に引いた3本の仮想直線とを示した写真である。
図9】実施例70に係る表面処理鋼板の表面のSEM像である。
図10】実施例70に係る表面処理鋼板の表面のAFM像である。
図11】実施例111に係る表面処理鋼板の表面のSEM像である。
図12】実施例111に係る表面処理鋼板の表面のAFM像である。
図13】比較例9に係る表面処理鋼板の表面のSEM像である。
図14】比較例9に係る表面処理鋼板の表面のAFM像である。
図15】比較例8に係る表面処理鋼板の表面のSEM像である。
図16】比較例8に係る表面処理鋼板の表面のAFM像である。
図17】第1実施形態に係る表面処理鋼板の具体例としての表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図18図17に示す表面処理鋼板の表面のSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
1. 表面処理鋼板
1.1 第1実施形態
図1は、第1実施形態の表面処理鋼板の断面構造を説明するための模式図である。
図1に示す表面処理鋼板10は、鋼板1と、鋼板1の表面1a(図1では上面)に形成された亜鉛を含むめっき層2と、めっき層2上に形成された皮膜3とを有する。
図1に示す表面処理鋼板10では、鋼板1の片面の表面1a側のみにめっき層2および皮膜3が形成されている場合を例に挙げて説明するが、本発明の表面処理鋼板は、鋼板の両面にめっき層および皮膜が形成されていてもよい。また、めっき層2が、鋼板1の両面に形成されている場合、皮膜3は片面にのみ形成されていてもよいし、両面に形成されていてもよい。
【0016】
(鋼板)
本実施形態において、表面1aにめっき層2が形成される鋼板1は、特に限定されるものではない。例えば、鋼板1として、極低C型(フェライト主体組織)、Al−k型(フェライト中にパーライトを含む組織)、2相組織型(例えば、フェライト中にマルテンサイトを含む組織、フェライト中にベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライト中に残留オーステナイトを含む組織)、微細結晶型(フェライト主体組織)等のいずれの型の鋼板を用いても良い。
【0017】
(めっき層)
めっき層2は、鋼板1の片面または両面の表面に形成されている。めっき層2は、亜鉛を含むものであればよく、60質量%以下のAl、10質量%以下のMg、2質量%以下のSiのうちの1種以上と、亜鉛および不純物からなるものであることが好ましい。不純物とは、製造工程などで混入する不純物を意味し、例えば、Pb、Cd、Sb、Cu、Fe、Ti、Ni、B、Zr、Hf、Sc、Sn、Be、Co、Cr、Mn、Mo、P、Nb、V、Bi、そして更に、La、Ce、Y等の3族元素等が挙げられる。これら不純物元素の合計は0.5質量%程度以下であることが好ましい。
めっき層2が、60質量%以下のAl、10質量%以下のMg、2質量%以下のSiのうちの1種以上と、亜鉛および不純物からなるものである場合、より一層優れた耐食性を有する表面処理鋼板10となる。
めっき層2のめっき付着量は特に制限されず、従来知られている一般的な範囲内でよい。
【0018】
(皮膜)
皮膜3は、めっき層2上に形成されたものである。
図1に示す皮膜3は、粒子状のアクリル樹脂31と、インヒビター相32とからなる。インヒビター相32は、ジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む。
本実施形態における「アクリル樹脂」は、(メタ)アクリル酸アルキルエステルの重合体を含む樹脂であることが好ましく、(メタ)アクリル酸アルキルエステルのみを重合した重合体であってもよいし、(メタ)アクリル酸アルキルエステルと、その他のモノマーとを重合した共重合体であってもよい。また、本明細書において「(メタ)アクリル」は「アクリル」または「メタクリル」を意味する。
【0019】
アクリル樹脂は、皮膜3と上塗り層との密着性および接着剤との接着性の向上に寄与するとともに、表面処理鋼板10の耐食性向上に寄与する。
アクリル樹脂としては、(メタ)アクリル酸アルキルエステルと、その他のモノマーとの共重合体を用いることが好ましい。共重合体としては、スチレン(b1)と、(メタ)アクリル酸(b2)と、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)と、アクリロニトリル(b4)との共重合体を用いることが好ましい。
【0020】
特に、アクリル樹脂として、15〜25質量%のスチレン(b1)と、1〜10質量%の(メタ)アクリル酸(b2)と、40〜58質量%の(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)と、20〜38質量%のアクリロニトリル(b4)との共重合体を用いることが好ましい。アクリル樹脂として、このような共重合体を用いることで、より一層、上塗り層との密着性および接着剤との接着性が良好で、優れた耐食性を有する皮膜3が得られる。
【0021】
アクリル樹脂中のスチレン(b1)、(メタ)アクリル酸(b2)、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)、アクリロニトリル(b4)の成分比は、赤外吸収(IR)分析、ラマン分析、質量分析などの分析方法を用いて、皮膜を分析することにより算出できる。
【0022】
スチレン(b1)は、皮膜3のめっき層2および上塗り層との密着性を高め、表面処理鋼板10の耐食性を高める。モノマー成分の全質量に対してスチレン(b1)を15質量%以上含有すると、スチレン(b1)によって得られる効果が、より一層向上する。スチレン(b1)の含有量は17質量%以上であることが、より好ましい。スチレン(b1)の含有量が25質量%以下であると、スチレン(b1)の含有量が多すぎて皮膜3が硬くなることが防止される。その結果、皮膜3とめっき層2および上塗り層との密着性がより一層向上し、表面処理鋼板10の耐食性がより一層向上する。スチレン(b1)の含有量は23質量%以下であることが、より好ましい。
【0023】
(メタ)アクリル酸(b2)は、皮膜3とめっき層2および上塗り層との密着性を高め、表面処理鋼板10の耐食性を高める。モノマー成分の全質量に対して(メタ)アクリル酸(b2)を1質量%以上含有すると、(メタ)アクリル酸(b2)によって得られる効果が、より一層向上する。(メタ)アクリル酸(b2)の含有量は2質量%以上であることが、より好ましい。(メタ)アクリル酸(b2)の含有量が10質量%以下であると、皮膜3の耐水性が良好となり、より優れた耐食性が得られる。(メタ)アクリル酸(b2)の含有量は6質量%以下であることが、より好ましい。
【0024】
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)は、表面処理鋼板10の耐食性を高める。モノマー成分の全質量に対して(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)を40質量%以上含有すると、より優れた耐食性が得られる。(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)の含有量が58質量%以下であると、より優れた耐食性が得られる。(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)の含有量は55質量%以下であることが、より好ましい。
【0025】
(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)としては、例えば、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸ブチル、アクリル酸2−メチルヘキシル、およびこれらの異性体などから選ばれる1種以上を用いることができる。これらの中でも特に、耐食性が優れる点で、アクリル酸エチルおよび/またはアクリル酸ブチルを用いることが好ましい。
【0026】
アクリロニトリル(b4)は、皮膜3と接着剤との接着性を高める。モノマー成分の全質量に対してアクリロニトリル(b4)を20質量%以上含有すると、より一層、皮膜3と接着剤との接着性が向上する。アクリロニトリル(b4)の含有量が38質量%以下であると、皮膜3の耐水性が良好となり、より優れた耐食性が得られる。アクリロニトリル(b4)の含有量は35質量%以下であることが、より好ましい。
【0027】
アクリル樹脂が共重合体である場合、スチレン(b1)と、(メタ)アクリル酸(b2)と、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)と、アクリロニトリル(b4)と、他のビニル基含有モノマーとの共重合体であってもよい。
【0028】
他のビニル基含有モノマーとしては、特に限定するものではないが、例えば、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、4−ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、エトキシ−ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アリルエーテル、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アリルエーテル、4−ヒドロキシブチル(メタ)アリルエーテル、アクリル酸2−ジメチルアミノエチル、アクリルアミド、アリルアルコール、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、クロトン酸、イタコン酸、シトラコン酸、桂皮酸、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、アリルグリシジルエーテル、グリシジル(メタ)アクリレート、2−(1−アジリジニル)エチルアクリレート、イミノールメタクリレート、アクリロイルモルホリン、蟻酸ビニル、酢酸ビニル、酪酸ビニル、アクリル酸ビニル、ビニルトルエン、ケイ皮酸ニトリル、(メタ)アクリロキシエチルフォスフェート、およびビス−(メタ)アクリロキシエチルフォスフェートなど挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。これらの中でも、エマルションの安定性に優れる点から、2−ヒドロキシエチルアクリレート、4−ヒドロキシブチルアクリレート、エトキシ−ジエチレングリコールアクリレートおよびアクリルアミドが好ましい。
【0029】
本明細書において「(メタ)アクリレート」は「アクリレート」または「メタクリレート」を意味する。「(メタ)アリルエーテル」は「アリルエーテル」または「メタリルエーテル」を意味する。「(メタ)アクリロ」は「アクリロ」または「メタクリロ」を意味する。
【0030】
アクリル樹脂は、ガラス転移温度が−12〜24℃であることが好ましく、−10〜20℃であることがより好ましい。ガラス転移温度が−12℃以上であると、より一層優れた耐食性を有する皮膜3が得られる。ガラス転移温度が24℃以下であると、より一層、上塗り層との密着性および接着剤との接着性が良好となる。
【0031】
アクリル樹脂のガラス転移温度は、以下の式(1)にて算出される。
1/Tg(K)=W/Tg+W/Tg+・・・+W/Tg (1)
(式(1)中、Tgは、アクリル樹脂(A)のガラス転移温度(K)であり、W、W、・・・、Wは、アクリル樹脂を構成する各モノマーのホモポリマーの重量分率であり、Tg、Tg、・・・、Tgは、各モノマーのホモポリマーのガラス転移温度である。)
【0032】
皮膜3全体のアクリル樹脂の濃度は、20〜60質量%であることが好ましい。アクリル樹脂の濃度が20質量%以上であると、アクリル樹脂を含むことによる効果が十分に得られる。アクリル樹脂の濃度が60質量%以下であると、ジルコニウム含有量を十分に確保でき、ジルコニウムとアクリル樹脂とを含むことによる相乗効果により、より一層優れた耐食性が得られる。アクリル樹脂の濃度は40質量%以下であることが、より好ましい。また、皮膜3全体のアクリル樹脂の濃度が上記範囲内であると、より確実に後述する「上部領域A」および「中心領域C」におけるアクリル樹脂の面積率の範囲を達成することができる。
【0033】
皮膜3中のジルコニウム、バナジウム、リン、コバルトは、いずれも表面処理鋼板10の腐食抑制剤(インヒビター)として機能し、表面処理鋼板10の耐食性を向上させる。ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルトは、それぞれ腐食抑制剤としての機能が効果的に発揮される腐食環境が異なる。このため、腐食抑制剤として、ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルトの4種を含有することで、様々な腐食環境下での腐食を抑制でき、より優れた耐食性が得られる。
【0034】
皮膜3中のジルコニウムは、アクリル樹脂と架橋構造を形成している。このため、皮膜3は、優れたバリア性を有する。また、皮膜3中のジルコニウムは、めっき層2の表面とZr−O−M結合(M:めっき層中の金属元素)を形成していると推定される。このことにより、皮膜3は、めっき層2との優れた密着性を有する。
【0035】
皮膜3のジルコニウム含有量は、金属換算で4〜400mg/mであることが好ましい。ジルコニウム付着量が4mg/m以上であると、ジルコニウムとめっき層2の表面との結合による密着性向上効果、およびジルコニウムとアクリル樹脂との架橋構造によるバリア性向上効果が、より一層向上する。その結果、より一層優れた耐食性が得られる。ジルコニウム付着量は50mg/m以上であることが、より好ましい。ジルコニウム付着量が400mg/m以下であると、皮膜3にジルコニウムを含有することに起因するクラックが生じることを防止でき、より優れた耐食性が得られる。ジルコニウム付着量は350mg/m以下であることが、より好ましい。
【0036】
皮膜3中のバナジウムは、腐食環境下でめっき層2に優先的に溶出し、めっき層2の溶解によるpH上昇を抑制して、表面処理鋼板10の耐食性を向上させる。
皮膜3中のリンは、めっき層2の表面に、リン酸亜鉛などの難溶性の金属塩からなる不動態化皮膜を形成し、表面処理鋼板10の耐食性を向上させる。難溶性の金属塩は、めっき層2の一部が溶解して生成した金属イオンと、リンとの反応によって生成する。難溶性の金属塩は、皮膜3の形成に用いるリンを含む水系処理薬剤をめっき層2に塗布したこと、および/または皮膜3の形成後にめっき層2が腐食環境下になったことによって、めっき層2の一部が溶解して形成される。
【0037】
皮膜3中のコバルトは、表面処理鋼板10の耐黒変性および耐食性を向上させる。
本実施形態において、めっき層2が、亜鉛−アルミニウム−マグネシウム合金からなるものである場合、めっき層2中のアルミニウムおよびマグネシウムが腐食環境下で犠牲防食効果を発現する。このため、めっき層2中の亜鉛が、酸素欠乏状態で酸化する黒変現象が生じる場合がある。黒変現象は、めっき層2の溶解し易い部分で起こりやすい。皮膜3中のコバルトは、めっき層2中の亜鉛の酸化(腐食)速度を減少させて、黒変現象を防止すると推定される。
【0038】
皮膜3は、バナジウムの質量と、ジルコニウムの質量との質量比(V/Zr)が0.07〜0.69であることが好ましい。上記の質量比(V/Zr)が0.07以上であると、バナジウムによる耐食性向上効果が十分に得られ、より一層優れた耐食性が得られる。また、上記の質量比(V/Zr)が0.69以下であると、ジルコニウム含有量を確保できるため、好ましい。上記の質量比(V/Zr)は0.14〜0.56であることが、より好ましい。
【0039】
皮膜3は、リンの質量と、ジルコニウムの質量との質量比(P/Zr)が0.04〜0.58であることが好ましい。(P/Zr)が0.04以上であると、リンによる耐食性向上効果が十分に得られ、より一層優れた耐食性が得られる。上記の質量比(P/Zr)が0.58以下であると、ジルコニウム含有量を確保できるため、好ましい。上記の質量比(P/Zr)は0.07〜0.29であることが、より好ましい。
【0040】
皮膜3は、コバルトの質量と、ジルコニウムの質量との質量比(Co/Zr)が0.005〜0.08であることが好ましい。上記の質量比(Co/Zr)が0.005以上であると、コバルトによる耐黒変性および耐食性向上効果が十分に得られ、より一層優れた耐食性が得られるとともに、黒変現象を抑制できる。上記の質量比(Co/Zr)が0.08以下であると、ジルコニウム含有量を確保できるため、好ましい。上記の質量比(Co/Zr)は0.009〜0.03であることが、より好ましい。
【0041】
皮膜3中のV、P、Co、Zrの含有量は、皮膜3を蛍光X線分析し、皮膜中のV、P、Co、Zrが酸化物として存在するとみなして算出できる。本発明者が検討した結果、上記の方法により算出した皮膜中のV、P(リン酸換算)、Co、Zrの各成分は、水系表面処理薬剤の全固形分に対する質量比(V、リン酸、Co、Zr)と対応することが確認できた。したがって、皮膜中のV、P(リン酸換算)、Co、Zrの含有量(質量%)は、水系表面処理薬剤の全固形分に対する質量比を百分率で示したものと見なすことができる。
【0042】
皮膜3は、5質量%以下のフッ化物イオンを含有していてもよい。皮膜3中のフッ化物イオンは、皮膜3を形成する際に使用する水系表面処理薬剤中に、必要に応じて含有されるフッ化物イオンを含む成分に由来する。フッ化物イオンを含む成分は、皮膜3の密着性および接着性を向上させるために用いられる。皮膜3中のフッ化物イオンの含有量が5質量%以下であると、フッ化物イオンを含むことに起因する結露白化の発生を防止できる。より詳細には、フッ化物イオンの含有量が5質量%以下であると、結露水中に溶出するフッ化物イオン量が僅かとなる。このため、結露水の乾燥過程で皮膜3上にフッ化物イオンが濃縮・析出しても、結露白化として現れない微量にとどまる。したがって、結露白化による外観の悪化(白錆発生)を防止できる。皮膜3中のフッ化物イオンの含有量は3質量%以下であることが好ましい。
【0043】
図1に示す皮膜3では、皮膜3の断面における表面33から膜厚1/5の厚みまでの領域A(以下、「上部領域」という場合がある。)およびめっき層2との界面34から膜厚1/5の厚みまでの領域B(以下、「下部領域」という場合がある。)において、アクリル樹脂の面積率は、80〜100面積%である。また、皮膜3の断面における皮膜3の膜厚中心から表面33側に膜厚1/10の厚みまでの領域C1(以下、「上側中央領域」という場合がある。)と、膜厚中心からめっき層2側に膜厚1/10の厚みまでの領域C2(以下、「下側中央領域」という場合がある。)とからなる領域(以下、領域C1と領域C2とからなる領域Cを「中心領域」という場合がある。)において、アクリル樹脂の面積率は、5〜50面積%である。
したがって、図1に示す皮膜3では、上部領域Aおよび下部領域Bのアクリル樹脂31の濃度が、中心領域Cのアクリル樹脂31の濃度よりも高くなっている。
【0044】
図1に示す皮膜3では、皮膜3の断面における上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率が80面積%以上であるので、表面33に存在する高濃度のアクリル樹脂31によって、湿潤環境下での皮膜3中からの腐食抑制剤(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)の溶出が抑制される。このため、皮膜3によるバリア性が長期に亘って発揮され、優れた耐食性が得られる。また、上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率が80面積%以上であるので、表面33に存在する高濃度のアクリル樹脂31によって、皮膜3と接着剤との良好な接着性が得られる。皮膜3の断面における上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率は、90面積%以上であることが好ましく、100面積%であってもよい。また、皮膜3の断面における上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率は、膜厚中心から表面33に向かって高くなっていることが好ましい。この場合、上部領域Aにアクリル樹脂31が存在することによる効果が、より一層顕著となる。
【0045】
また、本実施形態では、皮膜3の断面における下部領域Bのアクリル樹脂31の面積率が80面積%以上であるので、皮膜3のめっき層2との界面34に、アクリル樹脂31が高濃度で存在する。このため、皮膜3とめっき層2との界面34において、良好な密着性が得られる。その結果、本実施形態の表面処理鋼板10では、皮膜3に代えて、例えば、皮膜中のアクリル樹脂量が同じで皮膜全体のアクリル樹脂濃度が均一である皮膜が形成されている場合と比較して、優れた耐食性が得られる。界面34における密着性を向上させるために、皮膜3の断面における下部領域Bのアクリル樹脂31の面積率は、90面積%以上であることが好ましく、100面積%であってもよい。
【0046】
皮膜3の断面における中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率が5面積%以上であるので、ジルコニウムとアクリル樹脂との架橋構造によるバリア性向上効果が得られる。中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率は、10面積%以上であることが好ましい。
皮膜3の断面における中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率が50面積%以下であるので、皮膜3中にインヒビター相32(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)を十分に含有しているものとなり、優れた耐食性、耐黒変性が得られる。中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率は、40面積%以下であることが好ましい。
【0047】
皮膜3の断面全体におけるアクリル樹脂31の面積率は、20〜60面積%であることが好ましい。皮膜3の断面におけるアクリル樹脂31の面積率が20面積%以上であると、アクリル樹脂31を含むことによる効果が十分に得られる。アクリル樹脂31の面積率は30面積%以上であることが、より好ましい。皮膜3の全体断面におけるアクリル樹脂31の面積率が60面積%以下であると、インヒビター相32(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)の面積率を十分に確保でき、インヒビター相32とアクリル樹脂31とを含むことによる相乗効果により、より一層優れた耐食性が得られる。アクリル樹脂31の面積率は50面積%以下であることが、より好ましい。
【0048】
また、本実施形態に係る表面処理鋼板10の皮膜3は、図2に示すような表面構造を有している。図2は、本実施形態に係る表面処理鋼板の有する皮膜の表面を示した模式図である。図2に示す皮膜3の表面には、突起35が複数密集して存在している。突起35は、表面処理鋼板の表面を、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察することにより確認される突起状の部分(島部)である。各突起35は、平面視において不定形で不揃いな島状の形状を有する。突起35の長さは、0.1〜5.0μmであることが好ましい。また、隣接する突起35、35同士の間の領域は、陥没した谷部となっており、各突起35の全周は当該谷部によって取り囲まれている。なお、各突起35の形状は、図示の態様に限定されず、略同一であってもよいし、例えば四角形、六角形、略円形、略楕円形等の一定の形状を有していてもよい。
【0049】
本実施形態における突起35の長さとは、以下に示す方法により算出した数値である。まず、図2に示すように、皮膜3の表面上における任意の位置に、長さ10μm以上で任意の方向に延びる3本以上の仮想直線L(図2には1本の仮想直線のみを記載するが、他の仮想直線も同様である。)を引く。次に、3本以上の仮想直線Lが横切った全ての突起35、35に関し、3本以上の仮想直線Lが複数の突起35、35を横切った部分の複数の線分の長さ(例えば、図2における符号a、b、c、d)を測定する。そして、仮想直線Lが突起35、35上を横切った部分の複数の線分の長さの平均値(例えば、a、b、c、d、・・・の平均値)を算出し、その平均値を突起35の長さとする。
なお、突起35の長さを測定する際には、皮膜3の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して得た画像を用いることができる。SEMの画像を用いて突起35の長さを測定する場合、各突起35の輪郭は、コントラスト(明暗差)の強さにより識別できる。
【0050】
特に突起35の長さが5.0μm以下であると、皮膜3がジルコニウムを含有することに起因するクラックが、皮膜3に生じることを防止でき、より一層優れた耐食性が得られる。突起35の長さは、より効果的に皮膜3のクラックを防止するため、2.0μm以下であることがより好ましい。一方、突起35の長さが過度に短いと、皮膜3上に上塗り層を形成するために使用する塗料の濡れ性が低下して、上塗り層に対する突起35のアンカー効果が低下する場合がある。特に突起35の長さが0.1μm以上であると、皮膜3上に形成する上塗り層や接着剤に対する突起35のアンカー効果が十分に得られる。その結果、皮膜3と、接着剤との接着性がより一層向上し、上塗り層との密着性が良好となり、優れた耐食性を有する表面処理鋼板となる。突起35の長さは、突起35によるアンカー効果を高めるために、0.2μm以上であることがより好ましい。
【0051】
突起35の長さを算出するために測定した全ての突起35の長さのうちの最小値(上記の3本以上の仮想直線の横切った全ての突起における前記突起上を横切った仮想直線の長さのうちの最小値)は、0.1μm以上であることが好ましく、0.2μm以上であることがより好ましい。突起35の長さの最小値が0.1μm以上であると、皮膜3上に形成する上塗り層や接着剤に対する突起35のアンカー効果が顕著となる。
【0052】
また、突起35の長さを算出するために測定した突起35の長さのうちの最大値(上記の3本以上の仮想直線の横切った全ての突起における前記突起上を横切った仮想直線の長さのうちの最大値)は、5.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以下であることがより好ましい。突起35の長さの最大値が5.0μm以下であると、より効果的に皮膜3のクラックを防止できる。
【0053】
一辺が1μmの矩形領域における皮膜3の表面の算術平均粗さ(Ra)が5〜50nm、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)が50〜500nm、二乗平均平方根粗さ(Rq)が10〜100nmであることが好ましい。皮膜3の表面におけるRa、Rt、Rqが上記範囲内であると、Ra、Rt、Rqが十分に大きいため、皮膜3の表面(突起35の表面)が適度に粗いことによるアンカー効果によって、皮膜3と上塗り層との密着性および接着剤との接着性がより一層良好となる。上記のアンカー効果をより一層向上させるために、算術平均粗さ(Ra)は10nm以上、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は100nm以上、二乗平均平方根粗さ(Rq)は20nm以上であることがより好ましい。
【0054】
皮膜3の表面におけるRa、Rt、Rqが上記範囲内であると、Ra、Rt、Rqが十分に小さいため、皮膜3がジルコニウムを含有することに起因するクラックを、より効果的に防止でき、より優れた耐食性が得られる。上記のクラック防止効果を一層向上させるために、算術平均粗さ(Ra)は40nm以下、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)は400nm以下、二乗平均平方根粗さ(Rq)は80nm以下であることがより好ましい。
【0055】
皮膜3中の隣接する突起35、35同士の間の領域(谷部)におけるジルコニウムの濃度は、突起35の形成されている領域(島部)におけるジルコニウムの濃度よりも低いことが好ましい。この場合、皮膜3がジルコニウムを含むことによるバリア性によって、より一層優れた耐食性が得られる。
皮膜3中の「隣接する突起35同士の間の領域」および「突起35の形成されている領域」におけるジルコニウムの濃度は、EPMA(電子線マイクロアナライザ)やSEM/EDX(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)を用いて、皮膜3を表面から分析する方法により確認できる。
【0056】
また、皮膜3中の隣接する突起35、35同士の間の領域(谷部)におけるアクリル樹脂の濃度は、突起35の形成されている領域(島部)におけるアクリル樹脂の濃度よりも高いことが好ましい。この場合、隣接する突起35同士の間に凝集しているアクリル樹脂によって、皮膜3と上塗り層とのより良好な密着性が得られるとともに、皮膜3と接着剤とのより良好な接着性が得られる。
【0057】
隣接する突起35、35同士の間にアクリル樹脂が凝集していることは、以下に示す方法により確認できる。すなわち、皮膜3の表面を、EPMA(電子線マイクロアナライザ)やSEM/EDX(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)を用いて分析する。
本実施形態の皮膜では、上記の分析方法により検出された炭素成分はアクリル樹脂に由来するため、上記の分析方法により検出された炭素成分の分布をアクリル樹脂の分布とみなして評価する。
【0058】
なお、皮膜中の炭素成分がアクリル樹脂に由来することは、以下に示す方法により確認できる。すなわち、表面処理鋼板上から酸処理により剥離した皮膜に対して、赤外線分光分析と熱分解GC−MS(ガスクロマトグラフ−質量分析計)分析とを行なう。赤外線分光分析により得られた皮膜の赤外吸収スペクトルにおける樹脂成分由来の観測吸収の帰属から解析した結果と、熱分解GC−MSの分析結果とから、皮膜中の炭素成分がアクリル樹脂に由来することを確認できる。
【0059】
本実施形態に係る表面処理鋼板10は、表面に特定の大きさの平面視で島状の突起35、35が複数存在している皮膜3を有するため、接着剤との接着性がより一層良好であり、かつ上塗り層との密着性が良好である。
【0060】
さらに、本実施形態に係る表面処理鋼板10では、皮膜3中に含まれるジルコニウムとアクリル樹脂31とが架橋構造を形成している。また、皮膜3中のジルコニウムが、めっき層2の表面とZr−O−M結合(M:めっき層中の金属元素)を形成している。これらのことにより、表面処理鋼板10の有する皮膜3は、めっき層2との優れた密着性を有するとともに、優れたバリア性とを有する。したがって、表面処理鋼板10は、優れた耐食性を有する。
【0061】
次に、図4図17及び図18を参照して、本実施形態に係る表面処理鋼板10の断面構造と表面構造の相関について説明する。図17に、本実施形態に係る表面処理鋼板10の具体例(後述する実施例42)としての鋼板の断面のTEM像を、図18に、図17に係る表面処理鋼板の表面のSEM像を示す。図4及び図17に示すように、本実施形態に係る表面処理鋼板10の断面には、皮膜3の中心領域Cを含んだ上部領域Aから下部領域Bの範囲において、アクリル樹脂が厚み方向につながっている箇所が観察される。当該箇所は、図18に示すように、表面観察における隣接する突起35、35同士の間においてアクリル樹脂が凝集している箇所であり、突起35と突起と35の間の谷部(図18中の複数の矢印で表わされる箇所を参照。)に対応する。すなわち、該アクリル樹脂が皮膜3の断面で厚み方向に柱状につながることでアクリル樹脂の凝集箇所が形成される。皮膜中にインヒビター相(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)のみ存在しアクリル樹脂が存在しない場合、後述する図13(実施例の比較例9)のようにクラックが発生するが、本実施形態においてはアクリル樹脂からなる柱状のブリッジ部分がミクロンオーダー間隔で形成されることによって緩衝材として作用し、皮膜3のクラックが抑制される。
【0062】
つまり、本実施形態に係る表面処理鋼板10の皮膜3は、(1)皮膜3の表面にアクリル樹脂が凝集して腐食抑制剤の溶出を防ぐバリア効果(長期の耐食性)、(2)皮膜3中にアクリル樹脂が柱のように凝集して表面の突起35と突起35との谷間の部分を支えるブリッジ効果(クラック発生の抑制、接着剤との接着性、上塗り層との密着性)を発揮する驚くべき構造になっている。
【0063】
本実施形態に係る表面処理鋼板10の皮膜3の断面及び表面の構造の形成機構は、アクリル樹脂を含む水系表面処理薬剤の塗布工程の鋼板突入温度、塗布から乾燥までの時間等と関係していると推測される。この理由として、鋼板1とアクリル樹脂を含む水系表面処理薬剤が接触する際に鋼板1の表面1a上の塗膜内でアクリル樹脂とそれ以外の成分の表面自由エネルギー差によってアクリル樹脂が表面吸着、界面吸着することで特殊な構造が形成されると推測されるからである。そして、塗膜内でのアクリル樹脂の移動速度、移動時間を決定する重要な因子として、鋼板突入温度、塗布から乾燥までの時間などが挙げられる。
【0064】
1.2 第2実施形態
図3は、第2実施形態の表面処理鋼板の断面構造を説明するための模式図である。
図3に示す表面処理鋼板20は、図1に示す表面処理鋼板10と同様に、鋼板1と、鋼板1の表面1a(図3では上面)に形成された亜鉛を含むめっき層2と、めっき層2上に形成された皮膜3aとを有する。
【0065】
図3に示す表面処理鋼板20では、図1に示す表面処理鋼板10と皮膜中のアクリル樹脂31の濃度分布が異なっている。具体的には、図3に示す表面処理鋼板20では、皮膜3aの断面におけるめっき層2との界面34から膜厚1/5の厚みまでの領域B(下部領域)のアクリル樹脂の面積率が、80面積%未満となっている。よって、表面処理鋼板20では、領域Bのインヒビター相32(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)の面積率が十分に確保されていることにより、インヒビター相32による耐食性向上効果が効果的に得られる。
【0066】
本実施形態の表面処理鋼板20は、図1に示す表面処理鋼板10と同様に、皮膜3aの断面における上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率が80面積%以上であるので、表面33に存在する高濃度のアクリル樹脂31によって、湿潤環境下での皮膜3a中からの腐食抑制剤(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)の溶出が抑制される。このため、皮膜3aによるバリア性が長期に亘って発揮され、優れた耐食性が得られる。また、上部領域Aのアクリル樹脂31の面積率が80面積%以上であるので、表面33に存在する高濃度のアクリル樹脂31によって、皮膜3aと接着剤との良好な接着性が得られる。
【0067】
また、本実施形態に係る表面処理鋼板20は、皮膜3aの断面における中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率が5面積%以上であるので、ジルコニウムとアクリル樹脂との架橋構造によるバリア性向上効果が得られる。しかも、皮膜3aの断面における中心領域Cのアクリル樹脂31の面積率が50面積%以下であるので、皮膜3a中にインヒビター相32(ジルコニウム、バナジウム、リン、コバルト)を十分に含有しているものとなり、優れた耐食性、耐黒変性が得られる。
【0068】
また、表面処理鋼板20も、表面処理鋼板10と同様に、図2に示すような表面構造を有している。したがって、表面処理鋼板20は、接着剤との接着性が良好であり、かつ上塗り層との密着性が良好である。
【0069】
さらに、表面処理鋼板20においても、図1に示す表面処理鋼板10と同様に、皮膜3a中に含まれるジルコニウムとアクリル樹脂31とが架橋構造を形成している。さらに、皮膜3a中のジルコニウムが、めっき層2の表面とZr−O−M結合(M:めっき層中の金属元素)を形成している。これらのことにより、表面処理鋼板20の有する皮膜3aは、めっき層2との優れた密着性を有するとともに、優れたバリア性とを有する。したがって、表面処理鋼板20は、より優れた耐食性を有する。
【0070】
次に、図5を参照して、第2の実施形態に係る表面処理鋼板20の断面構造と表面構造の相関について説明する。第2実施形態においても第1実施形態と同様に、表面処理鋼板20の皮膜3aの断面には、皮膜3a中心領域Cを含んだ上部領域Aから下部領域Bの範囲において、アクリル樹脂が厚み方向につながっている箇所が観察される。当該箇所は、上述した表面観察における隣接する突起35、35同士間の谷部においてアクリル樹脂が凝集している箇所である。すなわち、該アクリル樹脂が皮膜3aの断面で厚み方向につながることでアクリル樹脂の凝集箇所が形成される。それにより、上述の第1の実施形態で説明したように、皮膜3aの表層のクラックが抑制され、接着剤との接着性や、上塗り層との密着性が向上する(ブリッジ効果)。第2実施形態も第1実施形態と同様の構造になっている。
【0071】
2. 表面処理鋼板の製造方法
次に、上述した第1実施形態および第2実施形態に係る表面処理鋼板10、20を製造する方法について、例を挙げて説明する。
まず、鋼板1を用意し、鋼板1の片面または両面の表面に従来公知の方法により、亜鉛を含むめっき層2を形成する。
次に、第1実施形態および第2実施形態の皮膜3、3aに含まれる各成分を所定の割合で含む水系表面処理薬剤を、めっき層2上に塗布して乾燥させることにより、めっき層2上に皮膜3、3aを形成する。
【0072】
(水系表面処理薬剤)
水系表面処理薬剤は、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む。本実施形態では、水系表面処理薬剤として、例えば、炭酸ジルコニウム化合物(A)とアクリル樹脂(B)とバナジウム化合物(C)とリン化合物(D)とコバルト化合物(E)と水とを配合してなるpH8〜11のものを用いる。
【0073】
(アクリル樹脂(B))
アクリル樹脂(B)は、水系表面処理薬剤を塗布して乾燥することにより、上述した皮膜3、3a中に含まれるアクリル樹脂31となる。
水系表面処理薬剤中のアクリル樹脂(B)の含有量は、水系表面処理薬剤の全固形分に対し20〜60質量%であることが好適である。水系表面処理薬剤中のアクリル樹脂(B)の含有量は、より好ましくは20〜40質量%である。水系表面処理薬剤中のアクリル樹脂(B)の含有量が20質量%以上である場合、皮膜3、3a全体のアクリル樹脂31の濃度が20〜60質量%である皮膜3、3aを形成できるため、好ましい。
【0074】
水系表面処理薬剤に用いられるアクリル樹脂(B)の重合方法は、特に限定するものではない。例えば、懸濁重合、乳化重合、および溶液重合法を用いることができる。また、アクリル樹脂(B)を重合するに際して、溶媒および/または重合開始剤を用いてもよい。重合開始剤としては、特に制限されるものではなく、例えば、アゾ系化合物や過酸化物系化合物等のラジカル重合開始剤を用いることができる。重合開始剤は、樹脂の全固形分に対し、0.1〜10質量%用いることが好ましい。反応温度は、通常、室温〜200℃であり、好ましくは40〜150℃である。反応時間は、30分間〜8時間、好ましくは2〜4時間である。
【0075】
(炭酸ジルコニウム化合物(A))
水系表面処理薬剤中の炭酸ジルコニウム化合物(A)は、水系表面処理薬剤を塗布して乾燥することにより、アクリル樹脂(B)と架橋反応し、ジルコニウムとアクリル樹脂31との架橋構造を有する皮膜3、3aを形成する。また、炭酸ジルコニウム化合物(A)は、水系表面処理薬剤を塗布して乾燥させる際に炭酸イオンが揮発し、残ったジルコニウム同士が酸素を介して結合し、高分子量化する。この過程で−Zr−OH基がめっき層2の表面とZr−O−M結合(M:めっき層中の金属元素)を形成する。
【0076】
炭酸ジルコニウム化合物(A)の種類は特に限定されず、例えば、炭酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム、炭酸ジルコニウムカリウム、炭酸ジルコニウムナトリウムなどが挙げられ、これらの1種以上を用いることができる。これらの中でも、耐食性に優れる皮膜3、3aが得られるため、炭酸ジルコニウムおよび/または炭酸ジルコニウムアンモニウムを用いることが好ましい。
【0077】
(バナジウム化合物(C))
水系表面処理薬剤に含まれるバナジウム化合物(C)としては、例えば、五酸化バナジウム(V)、メタバナジン酸(HVO)、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウム(VOCl)等の5価のバナジウム化合物を還元剤で2〜4価に還元したもの、三酸化バナジウム(V)、二酸化バナジウム(VO)、オキシ硫酸バナジウム(VOSO)、オキシ蓚酸バナジウム[VO(COO)]、(バナジウムオキシアセチルアセトネート[VO(OC(CH)=CHCOCH))]、バナジウムアセチルアセトネート[V(OC(CH)=CHCOCH))]、三塩化バナジウム(VCl)、リンバナドモリブデン酸{H15−X[PV12−xMo40]・nHO(6<x<12,n<30)}、硫酸バナジウム(VSO・8HO)、ニ塩化バナジウム(VCl)、酸化バナジウム(VO)等の酸化数4〜2価のバナジウム化合物等が挙げられる。
【0078】
(リン化合物(D))
水系表面処理薬剤に含まれるリン化合物(D)としては、例えば、リンを含有する酸基を有する無機酸アニオン、リンを含有する酸基を有する有機酸アニオンなどが挙げられる。
リンを含有する酸基を有する無機酸アニオンとしては、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、縮合リン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラリン酸、ヘキサメタリン酸等の無機酸の少なくとも1個の水素が遊離した無機酸アニオンおよびそれらの塩類が挙げられる。
【0079】
リンを含有する酸基を有する有機酸アニオンとしては、例えば、1−ヒドロキシメタン−1,1−ジホスホン酸、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、1−ヒドロキシプロパン−1,1−ジホスホン酸、1−ヒドロキシエチレン−1,1−ジホスホン酸、2−ヒドロキシホスホノ酢酸、アミノトリ(メチレンホスホン酸)、エチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−ペンタ(メチレンホスホン酸)、2−ホスホン酸ブタン−1,2,4−トリカルボン酸、イノシトールヘキサホスホン酸、フィチン酸等の有機ホスホン酸、有機リン酸等の少なくとも1個の水素が遊離した有機酸アニオンおよびそれらの塩類が挙げられる。
【0080】
(コバルト化合物(E))
水系表面処理薬剤に含まれるコバルト化合物(E)としては、例えば、硫酸コバルト、硝酸コバルトおよび炭酸コバルトなどが挙げられる。
【0081】
(潤滑剤)
水系表面処理薬剤には、表面処理鋼板の耐傷付き性を向上させるために、潤滑剤を含有させてもよい。潤滑剤としては、例えば、ポリエチレンワックス、酸化ポリエチレンワックス、酸化ポリプロピレンワックス等が挙げられる。
潤滑剤の含有量は、水系表面処理薬剤の全固形分に対し、1〜8質量%が好適である。潤滑剤の含有量が1質量%以上であると、耐傷付き性の向上効果が十分に得られる。また、潤滑剤の含有量が8質量%以下であると、潤滑剤を含むことによって皮膜3の塗装密着性が低下することを防止できる。
【0082】
潤滑剤は、質量平均粒径0.1〜5.0μmのものが好ましい。質量平均粒径が0.1μm以上であると、潤滑剤が凝集しにくく、安定性に優れた水系表面処理薬剤となる。また、潤滑剤の質量平均粒径が5.0μm以下であると、分散安定性が良好となる。
潤滑剤の質量平均粒経の測定方法は、限定されるものではないが、例えば、日機装株式会社製(レーザー回折散乱式粒度分布測定装置MICROTRAC HRA−X100)で測定できる。
【0083】
(pH)
水系表面処理薬剤のpHは8〜11であることが好ましく、より好ましくは8.5〜10である。水系表面処理薬剤のpHが8以上であると、炭酸ジルコニウム化合物(A)が安定して水系表面処理薬剤中に溶解できる。一方、水系表面処理剤のpHが11以下であると、水系表面処理薬剤をめっき層2に塗布した際に、めっき層2が過剰に溶解することを抑制できる。また、pHが当該範囲内であると、水系表面処理薬剤が安定する。
【0084】
水系表面処理材のpHの測定方法は、限定されるものではなく、例えば、東亜DKK株式会社製(HM−30R)を用いて測定温度25℃で測定できる。
水系表面処理材のpHの調整に用いる調整剤は、特に限定されず、アンモニア、炭酸グアニジン、炭酸、酢酸、フッ化水素酸などが挙げられる。
【0085】
(フッ化物イオンを含む成分)
水系表面処理薬剤には、必要に応じて、フッ化物イオンを含む成分が含まれていてもよい。フッ化物イオンを含む成分は、皮膜3、3aの密着性および接着性を向上させるために用いる。
水系表面処理薬剤に含有されるフッ化物イオンを含む成分としては、例えば、ジルコンフッ化アンモニウム、ケイフッ化アンモニウム、チタンフッ化アンモニウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸などが挙げられる。
水系表面処理薬剤中のフッ化物イオンを含む成分は、めっき層2上に水系表面処理薬剤からなる塗膜を形成した後、塗膜を乾燥させることにより、一部または全部が消失する。
【0086】
水系表面処理薬剤は、フッ素の質量と、ジルコニウムの質量との質量比(F/Zr)が0.01〜2.0であることが好ましい。上記の質量比(F/Zr)が0.01以上であると、皮膜3中のフッ化物イオンの含有量を確保でき、皮膜3の密着性および接着性が向上するため好ましい。上記の質量比(F/Zr)が2.0以下であると、ジルコニウム含有量を確保できるため、好ましい。上記の質量比(F/Zr)は0.1〜0.2であることが、より好ましい。
【0087】
水系表面処理薬剤は、上記した成分を脱イオン水、蒸留水などの水中で混合することにより得られる。
水系表面処理薬剤には、必要に応じて、アルコール、ケトン、セロソルブ系の水溶性溶剤、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、防菌防カビ剤、増粘剤、溶接性向上のための導電性物質、意匠性向上のための着色顔料や艶消し材料などを添加しても良い。これらは本発明で得られる品質を損なわない程度に添加することが重要であり、添加量は多くても水系表面処理液の全固形分に対して5質量%未満である。
【0088】
水系表面処理薬剤の粘度は、特に限定されないが、25℃で測定される値が、例えば1mPa・s以上4mPa・s以下、好ましくは1.2mPa・s以上3mPa・s以下、より好ましくは1.5mPa・s以上2mPa・s以下である。水系表面処理薬剤の粘度が4mPa・s以下であると、塗膜形成時においてアクリル樹脂の移動速度が十分に早くなり、後述する原理によって、上部領域Aおよび中心領域Cにおけるアクリル樹脂の面積率の範囲をより確実に達成できる。また、水系表面処理薬剤の粘度が1mPa・s以上であると、優れた生産性でロールコータを用いた塗布ができ、かつ、皮膜3、3aを形成することができる。なお、粘度は、例えばJIS Z 8803:2011に記載される方法を用いて測定することができる。
【0089】
次に、本実施形態では、このようにして得られた水系表面処理薬剤を、めっき層2上に塗布することにより、塗膜を形成する。
めっき層2上に水系表面処理薬剤を塗布する方法としては、ロールコータを用いる。本実施形態では、ロールコータを用いて塗布するので、周速比を調節することで膜厚を容易に制御できるとともに、優れた生産性が得られる。
【0090】
また、水系表面処理薬剤のめっき層2上への塗布時において、鋼板1がロールコータに突入するときの鋼板1の温度(以下、「鋼板突入温度」という場合もある。)は、5℃以上80℃以下とすることが好ましい。上記の皮膜3の構造は、アクリル樹脂を含む水系表面処理薬剤を鋼板1表面に塗布した後、該アクリル樹脂の一部が、後述するように塗膜中の上下に移動して表面吸着、界面吸着することにより形成される。鋼板突入温度が、上記下限値である5℃以上の場合、表面吸着の速度を十分に大きくすることができ結果、後述する塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間内に、アクリル樹脂が十分な距離を移動し、上部領域Aおよび中心領域Cにおけるアクリル樹脂の面積率の範囲を達成でき、かつ、表面構造においても隣接する突起35、35同士の間の谷部にアクリル樹脂が凝集して存在することによりクラックが抑制される。一方で、鋼板突入温度が上記上限値である80℃を超えると、水系表面処理薬剤の組成によっては、水系表面処理薬剤中の水分の蒸発が急激すぎる結果、泡状の小さな膨れや穴が生じる現象、いわゆるワキ現象が生じてしまう。鋼板突入温度は、より好ましくは10℃以上60℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下である。
【0091】
また、水系表面処理薬剤のめっき層2上への塗布時における水系表面処理薬剤の温度は、特に限定されないが、例えば、5℃以上60℃以下、好ましくは10℃以上50℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下とすることができる。塗布時における水系表面処理薬剤の温度を上記範囲内とすることにより、優れた生産性でロールコータを用いた塗布ができ、かつ、皮膜3、3aを形成することができる。
【0092】
水系表面処理薬剤のめっき層2上への塗布時における水系表面処理薬剤の付着量は、特に限定されないが、例えば、0.03g/m以上3g/m以下、好ましくは0.3g/m以上2g/m以下である。水系表面処理薬剤の付着量は、アクリル樹脂の塗膜内における移動距離に影響を与える。したがって、付着量が上記範囲内であると、ジルコニウムとめっき層2の表面との結合による密着性向上効果、およびジルコニウムとアクリル樹脂との架橋構造によるバリア性向上効果が、より一層向上する。その結果、より一層優れた耐食性が得られる。皮膜3、3aにジルコニウムを含有することに起因するクラックが生じることを防止でき、より優れた耐食性が得られる。
【0093】
本実施形態では、水系表面処理薬剤をめっき層2上に塗布して塗膜を形成してから乾燥を開始するまで、0.5秒以上、好ましくは0.5〜8秒間、より好ましくは0.5〜4秒間、塗膜が形成された鋼板1を乾燥することなく保持する。亜鉛を含むめっき層2上に、炭酸ジルコニウム化合物(A)とアクリル樹脂(B)とを含む水系表面処理薬剤を塗布した場合、以下に示すように、めっき層2上に塗布して塗膜を形成してから、乾燥を開始するまでの時間を調節することにより、乾燥後に得られる皮膜中のアクリル樹脂の分布を制御できる。
【0094】
アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む水系表面処理薬剤を、亜鉛を含むめっき層2上にロールコータを用いて塗布して塗膜を形成すると、塗膜中に含まれるアクリル樹脂(B)は、表面エネルギーのバランスによって、自己整合的に安定して存在できる位置への移動を開始する。具体的には、塗膜中のアクリル樹脂(B)は、安定して存在できる最上面または最下面に向かって移動する。塗膜中のアクリル樹脂(B)が最も安定して存在できるのは、最上面である。このため、塗膜中のアクリル樹脂(B)の最上面に向かう移動速度は、塗膜中のアクリル樹脂(B)の最下面に向かう移動速度よりも速い。
【0095】
なお、塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間と、塗膜中を移動するアクリル樹脂(B)の配置との関係は、水系表面処理薬剤の組成や水系表面処理薬剤中のアクリル樹脂(B)の濃度等に応じて変化する。しかし、塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間が0.5秒以上であると、塗膜中の十分な量のアクリル樹脂(B)が自己整合的に最上面に向かって移動できる。よって、塗膜中の最上面にアクリル樹脂(B)が濃縮され、乾燥後に得られる皮膜3、3aは、図1および図3に示すように、皮膜3の断面における上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80〜100面積%となり、中心領域Cのアクリル樹脂の面積率が5〜50面積%となる。
【0096】
塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間が3秒以上であると、塗膜中の十分な量のアクリル樹脂(B)が自己整合的に最上面および最下面に向かって移動できる。よって、塗膜中の最上面および最下面にアクリル樹脂(B)が濃縮され、乾燥後に得られる皮膜3は、図1に示すように、皮膜3の断面における上部領域Aだけでなく、下部領域Bのアクリル樹脂の面積率も80〜100面積%となり、中心領域Cのアクリル樹脂の面積率が5〜50面積%となる。
塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間を好ましくは8秒以下、より好ましくは4秒以下にすると、優れた生産性が得られる。
【0097】
上述した塗膜中でのアクリル樹脂(B)の移動は、亜鉛を含むめっき層2上に、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含む水系表面処理薬剤を、ロールコータを用いて塗布して塗膜を形成した場合に生じる特有のものである。
例えば、アクリル樹脂に代えてウレタン樹脂など他の樹脂を含む水系表面処理薬剤を、亜鉛を含むめっき層上に塗布した場合、乾燥を開始するまでの時間を上記範囲内にしても、塗膜の最上面および最下面に樹脂が濃縮されることはない。
【0098】
次に、塗膜形成後に所定の時間保持した塗膜を乾燥させる。
上記の水系表面処理薬剤を、ロールコータを用いて塗布し、乾燥させることで、以下に示す作用により、表面に平面視島状の突起が複数密集して形成される。
すなわち、所定時間保持した塗膜においては、アクリル樹脂が最上面付近に浮上している。この状態で塗膜が加熱され、表面が硬化することにより、所定の島状の突起が複数密集して形成されると推定される。
【0099】
塗膜を乾燥させる際の温度は、塗膜を乾燥させる際の最高到達板温(PMT)が60〜200℃であることが好ましく、80〜180℃であることがより好ましい。最高到達板温が60℃以上であると皮膜3、3a中に主溶媒である水分が残存しにくく、好ましい。また、最高到達板温が200℃以下であると、アクリル樹脂31の分解が起こらないため、耐食性低下などの問題を生じることがない。
【0100】
塗膜を乾燥させる際の加熱時間は、例えば、加熱炉内に塗膜の形成された鋼板を通過させる方法により加熱する場合、加熱炉の長さや、塗膜の形成された鋼板のライン速度に応じて適宜決定できる。
塗膜を乾燥させる際の乾燥方法としては、例えば、誘導加熱、熱風乾燥または炉内乾燥が挙げられる。
以上の工程により、第1実施形態に係る表面処理鋼板10または第2実施形態に係る表面処理鋼板20が得られる。
【0101】
表面処理鋼板10、20の皮膜3、3aと、良好な接着性が得られる接着剤および上塗り層としては、例えば、シリコン系(アクリル変性、エポキシ変性を含む)、エポキシ系、アクリル樹脂系、フェノール系、ウレタン系、酢酸ビニル系、シアノアクリレート系、スチレンーブタジエンゴム系のもの等が挙げられる。
また、表面処理鋼板10、20の皮膜3、3a上に、接着剤を介して接着される材料としては、特に限定されず、例えば、鋼板、モルタル、フロートガラス、陶磁器質タイル、およびMDF(中密度繊維板)などが挙げられる。
【実施例】
【0102】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0103】
1. 表面処理鋼板の製造
主に表面処理鋼板の皮膜の断面を観察することを前提に、以下のようにして表面処理鋼板を製造した。
まず、以下に示す両面にめっき層を有する鋼板を用意した。また、以下に示す各成分を表3に示す配合比で含む水系表面処理薬剤を調整した。
水系表面処理薬剤は、プロペラ攪拌機を用いて攪拌している一定量の脱イオン水中に、各成分を順次添加して、固形分濃度が15質量%となるように調製した。水系表面処理薬剤のpHの調整剤としては、炭酸および/またはアンモニアを用いた。水系表面処理薬剤がリン化合物(P)としてD1とD2とを含む場合、水系表面処理薬剤中のPに換算したときの質量が、D1:D2=85:15となるように調製した。
【0104】
(両面にめっき層を有する鋼板)
M1:溶融Znめっき(めっき付着量90g/m
M2:溶融11%Al−3%Mg−0.2%Si−Znめっき(めっき付着量90g/m
M3:電気Znめっき(めっき付着量20g/m
M4:電気11%Ni−Znめっき(めっき付着量20g/m
M5:溶融55%Al−1.6%Si−Znめっき(めっき付着量90g/m
【0105】
(水系表面処理薬剤の成分)
「ジルコニウム化合物(Zr)」
A1:炭酸ジルコニウムカリウム
A2:炭酸ジルコニウムアンモニウム
A3:ジルコンフッ化アンモニウム
【0106】
「アクリル樹脂」
表1に略号を示した、スチレン(b1)、(メタ)アクリル酸(b2)、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(b3)、アクリロニトリル(b4)を、表2に示す比率で使用して、表2に示すB1〜B17の共重合体(アクリル樹脂)を得た。表1の右端のTgは各モノマーの重合体のガラス転移温度である。表2の右端のTgはB1〜B17のアクリル樹脂のガラス転移温度である。
なお、表3の水系表面処理薬剤中のアクリル樹脂の含有量は、水系表面処理薬剤の全固形分に対する質量(質量%)である。
【0107】
【表1】


【0108】
【表2】

【0109】
「バナジウム化合物(V)」
C1:バナジウムアセチルアセトネート
C2:オキシ蓚酸バナジウム
【0110】
「リン化合物(P)」
D1:リン酸
D2:1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸
【0111】
「コバルト化合物(Co)」
E1:炭酸コバルト
E2:硝酸コバルト
【0112】
「フッ素化合物(F)」
F1:チタンフッ化アンモニウム:(NHTiF
F2:ケイフッ化アンモニウム:(NHSiF
【0113】
【表3】
【0114】
上記の両面にめっき層を有する鋼板を、下記(1)に示す方法により脱脂した。その後、脱脂した両面にめっき層を有する鋼板の両面に、下記(2)に示す方法により上記の水系表面処理薬剤を塗布して塗膜を形成し、下記(3)に示す方法により塗膜を乾燥させ、実施例および比較例の表面処理鋼板を得た。
【0115】
(1)脱脂
脱脂剤(日本パーカライジング(株)製アルカリ脱脂剤、商品名:ファインクリーナーE6406)を用いて、上記の両面にめっき層を有する鋼板を脱脂(20g/L建浴、60℃、10秒スプレー、スプレー圧50kPa)した。その後、スプレーを用いて10秒間水洗を行った。
【0116】
(2)水系表面処理薬剤の塗布
脱脂した両面にめっき層を有する鋼板の両面に、表4、5に示す塗布方法を用いて表3に示す水系表面処理薬剤を塗布し、表4、5に示す塗膜保持時間(両面にめっき層を有する鋼板に水系表面処理薬剤を塗布してから、加熱炉で鋼板の加熱を開始するまでの時間)で保持し、塗膜を形成した。
なお、鋼板がロールコータに突入するときの鋼板の温度(鋼板突入温度)が表4、5に示す温度となるように、鋼板を加温した。塗膜保持時間は、ロールコータから加熱炉までの鋼板の搬送速度を制御することにより調整した。また、水系表面処理薬剤は、表4、5に示すZr付着量となるように、水系表面処理薬剤の濃度および塗布量を調製して塗布した。また、この際、各例における水系表面処理剤の25℃での粘度は、1.5〜2mPa・sの範囲内であった。また、塗布時における水系表面処理薬剤自体の温度を、表4、5に示すように調整した。さらに、各例において、水系表面処理薬剤自体の塗布量は、0.3〜2g/mであった。
なお、鋼板突入温度が100℃の場合、水系表面処理薬剤No.3の水分の蒸発が急激に起こった結果、泡状の小さな膨れや穴が発生する現象(いわゆるワキ現象)が起こり、外観不良を生じた。したがって、高品質の皮膜層を有する表面処理鋼板を適切に製造することができなかった。よって、鋼板突入温度は、好ましくは80℃以下であるといえる。
【0117】
(3)塗膜の乾燥
めっき層上に塗膜の形成された鋼板を、温風循環型オーブン(加熱炉)を用いて塗膜上に熱風を供給しながら、最高到達板温(PMT)150℃で加熱し、めっき層上に形成された塗膜を乾燥させた。
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】

【0120】
2. 評価
このようにして得られた実施例および比較例の表面処理鋼板について、以下の各項目を調べた。その結果を表6〜表9に示す。
【0121】
「皮膜中のV、P、Co、Zrの含有量」
皮膜中のV、P(リン酸換算)、Co、Zrの含有量(質量%)は、表3に示す水系表面処理薬剤の全固形分に対する質量比を百分率で示したものとみなす。
【0122】
「Zr付着量」
蛍光X線分析装置(商品名:ZSX−PrimusII(株式会社リガク製))にて測定した。
【0123】
「皮膜中のフッ化物イオンの含有量」
各表面処理鋼板から切り出した100mm×200mmのサンプルを20組用意した。次に、各サンプルをそれぞれ、60℃、100mLの水に10分間浸漬した。次いで、サンプルを浸漬した水2000mLを回収し、エバポレータで濃縮して、イオンクロマトグラフにより分析した。その結果を用いて、皮膜中のフッ化物イオン(Fとして換算)の含有量(質量%)を算出した。
このようにして算出した結果、全ての実施例および比較例において、皮膜中のフッ化物イオンの含有量は3質量%以下であった。
【0124】
「アクリル樹脂の面積率」
各表面処理鋼板の表面に、保護膜として炭素膜を蒸着し、さらにFIB(集束イオンビーム加工装置、SMI3050SE:日立ハイテクサイエンス社製)を用いて、数μmの炭素膜を成膜した。その後、FIBを用いて加速電圧30kV(仕上げ加工;5kV)でマイクロサンプリングを実施し、これを薄膜化して皮膜断面試料とした。
各皮膜断面試料を、EDS(エネルギー分散型X線分光器)を有するTEMまたはSEMを用いて観察し、3箇所ずつEDS分析(元素マッピング)を行って検出元素マップを得た。得られた検出元素マップを100マス(10×10)に分割し、画像のコントラストを用いてC成分とそれ以外の元素について二値化して、皮膜断面試料の各領域におけるC成分の面積率をアクリル樹脂の面積率として算出した。
また、各表面処理鋼板上から酸処理により剥離した皮膜に対して、赤外線分光分析と熱分解GC−MS(ガスクロマトグラフ−質量分析計)分析とを行った。そして、赤外線分光分析により得られた皮膜の赤外吸収スペクトルにおける樹脂成分由来の観測吸収の帰属から解析した結果と、熱分解GC−MSの分析結果とから、皮膜中のC成分がアクリル樹脂であることを確認した。
算出したアクリル樹脂の面積率は、以下のように評価した。
【0125】
<表面から膜厚1/5の厚みまでの領域(上部領域A)>
1:0面積%以上80面積%未満
2:80面積%以上90面積%以下
3:90面積%以上100面積%以下
【0126】
<膜厚中心から表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域と膜厚中心からめっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域(中心領域C)>
1:0面積%以上5面積%未満
2:5面積%以上50面積%以下(10面積%以上40面積%以下を除く)
3:10面積%以上40面積%以下
4:50面積%超100面積%以下
【0127】
<めっき層との界面から膜厚1/5の厚みまでの領域(下部領域B)>
1:0面積%以上80面積%未満
2:80面積%以上90面積%以下
3:90面積%以上100面積%以下
【0128】
<皮膜断面全体>
1:0面積%以上20面積%未満
2:20面積%以上60面積%以下(30面積%以上50面積%以下を除く)
3:30面積%以上50面積%以下
4:60面積%超100面積%以下
【0129】
「耐食性」
平板試験片と、高さ7mmのエリクセン加工を施したエリクセン加工試験片とを作製した。各試験片に対し、JIS Z 2371に準拠する塩水噴霧試験を所定時間まで実施した。耐食性の評価基準を以下に示す。
【0130】
平板試験片(塩水噴霧試験240時間後)
4:5%以下
3:白錆5%超15%以下
2:白錆15%超30%以下
1:白錆30%超
【0131】
エリクセン加工試験片(塩水噴霧試験72時間後)
4:15%以下
3:白錆15%超30%以下
2:白錆30%超50%以下
1:白錆50%超
【0132】
「耐黒変性」
恒温恒湿試験機を使用して、70℃×RH85%の雰囲気下で試験片を144時間静置した後の外観を目視観察した。耐黒変性の評価基準を以下に示す。
5:全く変化なし
4:殆ど変化が認められない
3:端に若干変色が認められる
2:若干変色が認められる
1:明らかな変色が認められる
【0133】
「接着剤との接着性」
各種接着剤を用いて、表面処理鋼板同士の接着性を下記(評価方法1)および(評価方法2)により実施した。接着剤を以下に示す。
A:エポキシ系(コニシ製、E2300J)
B:アクリル系(電気化学工業製、ハードロック8)
C:シリコン系(東レダウコーニング製、PV8303)
D:シリコン系(セメダイン製、PM210)
E:シリコン系(セメダイン製、スーパーX No.8008)
F:フェノール系(セメダイン製、110)
G:ウレタン系(セメダイン製、UM700)
H:酢酸ビニル系(コニシ製、CH18)
I:クロロプレンゴム系(セメダイン製、575F)
【0134】
(評価方法1)
表面処理鋼板からなる2枚の試験片(25±0.5mm×100±0.5mm×1.6mm厚)の間に接着剤を塗布し、接着部分の面積が25±0.5mm×12.5±0.5mmであるラップシアー試験体を作製した。接着剤を塗布してから所定時間養生したラップシアー試験体について、以下に示す引張せん断荷重および凝集破壊率の評価基準により評価した。
【0135】
(評価方法2)
(評価方法1)で1次接着性を評価したものと同じ試験体を、温度85℃、湿度85%で所定時間経過した後、以下に示す引張せん断荷重および凝集破壊率の評価基準により評価した。
【0136】
(引張せん断荷重の評価基準(基準X))
各ラップシアー試験体について、引張り速度:100mm/min、室温:25℃で引張せん断試験を行った。そして、各ラップシアー試験体の引張せん断荷重と、無処理材(表面処理鋼板に代えて皮膜を形成する前の両面にめっき層を有する鋼板を用いた試験体)の引張せん断荷重との比(試験体の引張せん断荷重/無処理材の引張せん断荷重)を算出し、評価した。引張せん断荷重比の評価基準を以下に示す。
4:1.1以上
3:1.0超〜1.1未満
2:1.0(無処理材と同等)
1:1.0未満
【0137】
(凝集破壊率の評価基準(基準Y))
凝集破壊率は、引張せん断試験後の各ラップシアー試験体における接着剤の残存面積(凝集破壊率)を、引張せん断試験後の無処理材における凝集破壊率と比較して評価した。凝集破壊率の評価基準を以下に示す。
4:接着剤の残存面積が無処理材と比較して明らかに増加
3:接着剤の残存面積が無処理材と比較して増加
2:接着剤の残存面積が無処理材と同等
1:接着剤の残存面積が無処理材と比較して低下
【0138】
「上塗り層との密着性」
試験板に対して下記条件で塗装を施し、塗膜密着性試験を行った。その結果を表6、7に示す。
(塗装条件)
塗装条件塗料:関西ペイント(株)社製アミラック#1000(登録商標)(白塗料)
塗装法:バーコート法
焼付け乾燥条件:140℃、20分間
塗膜厚:25μm
評価方法は、以下の通りである。
【0139】
(塗膜密着性試験)
試験板を沸騰水に2時間浸漬し、一昼夜放置後、1mm角、100個の碁盤目をNTカッターで切り入れ、粘着テープによる剥離テストを行い、塗膜剥離個数にて評価した。評価基準を以下に示す。
4:剥離個数が1個未満
3:剥離個数が1個以上、10個未満
2:剥離個数が10個以上、50個未満
1:剥離個数が50個以上
【0140】
【表6】
【0141】
【表7】
【0142】
【表8】
【0143】
【表9】
【0144】
【表10】
【0145】
表6〜表10に示すように、本発明の実施例である実施例1〜68に係る表面処理鋼板は、いずれも、十分な耐食性、耐黒変性を有し、接着剤との接着性が良好であった。
これに対し、表6〜表10に示すように、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトのうち、いずれかを含まない皮膜を有する比較例1〜比較例5に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であった。このため、比較例1〜比較例7では、接着剤との接着性が不十分であった。特に、比較例2では、皮膜がアクリル樹脂成分を含まないため、表面構造におけるクラックが顕著に発生し密着性が不良であった。
また、コバルトを含まない皮膜を有する比較例5では、耐黒変性が不十分であった。
さらに、表面処理薬剤を塗布して0.5秒未満の保持の後加熱を行った比較例6に係る表面処理鋼板においては、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であり、表面構造におけるクラック抑制が不十分であるため、上塗り層との密着性および接着剤との接着性が不十分であった。さらに、鋼板突入温度を5℃未満とした比較例6に係る表面処理鋼板でも、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であり、表面構造におけるクラック抑制が不十分であるため、上塗り層との密着性および接着剤との接着性が不十分であった。
【0146】
各実施例および比較例の表面処理鋼板の断面を、電界放射型透過電子顕微鏡(FE-TEM)(日本電子社製)を用いて観察した。
図4は、実施例42に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図4に示す実施例42に係る表面処理鋼板の断面のTEM像では、表面に、複数の粒子状の白色部分(アクリル樹脂)と、灰色のインヒビター相とからなる皮膜が観察され、最上面および最下面のアクリル樹脂の濃度が、皮膜全体のアクリル樹脂の濃度よりも高濃度となっている。
実施例42に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%以上であり、下部領域Bのアクリル樹脂の面積率が90面積%以上であり、中心領域Cのアクリル樹脂の面積率が5面積%以上50面積%以下であった。
【0147】
また、実施例42に係る表面処理鋼板の断面の拡大TEM像を図17に、実施例42に係る表面処理鋼板の表面のSEM像を図18に示す。図17に示すように、中心領域Cを含む上部領域Aから下部領域Bにかけた厚み方向の範囲において、アクリル樹脂が柱状につながったアクリル樹脂のブリッジ部分が観察される(図中、矢印部分参照)。このようなブリッジ部分は、図18中矢印で示される突起と突起との間の谷部に対応する。このような皮膜3中にアクリル樹脂が柱のように凝集して表面の突起35と突起35との谷間の部分を支えるブリッジ部分により、クラック発生の抑制、接着剤との接着性、上塗り層との密着性が向上したものと考えられた。
【0148】
図5は、実施例41に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図5に示す実施例41に係る表面処理鋼板の断面のTEM像では、表面に、複数の粒子状の白色部分(アクリル樹脂)と、灰色のインヒビター相とからなる皮膜が観察され、最上面のアクリル樹脂の濃度が、皮膜全体のアクリル樹脂の濃度よりも高濃度となっている。
実施例41に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%以上であり、下部領域Bのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であり、中心領域Cのアクリル樹脂の面積率が5面積%以上50面積%以下であった。
【0149】
図6は、実施例3に係る表面処理鋼板の断面のTEM像である。
図6に示す実施例3に係る表面処理鋼板の断面のTEM像では、表面に、複数の粒子状の白色部分(アクリル樹脂)と、灰色のインヒビター相とからなる皮膜が観察され、最上面のアクリル樹脂の濃度が、皮膜全体のアクリル樹脂の濃度よりも高濃度となっている。
実施例3に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%以上であり、下部領域Bのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であり、中心領域Cのアクリル樹脂の面積率が5面積%以上50面積%以下であった。
【0150】
3. 表面処理鋼板の製造
次に、表面処理鋼板の表面状態を観察するために、以下のようにして表面処理鋼板を製造し、評価した。まず、上記の両面にめっき層を有する鋼板を、下記(4)に示す方法により脱脂した。その後、脱脂した両面にめっき層を有する鋼板の両面に、下記(5)に示す方法により上記の水系表面処理薬剤を塗布して塗膜を形成し、(6)に示す方法により塗膜を乾燥させ、各実施例および比較例に係る表面処理鋼板を得た。
【0151】
(4)脱脂
脱脂剤(日本パーカライジング(株)製アルカリ脱脂剤、商品名:ファインクリーナーE6406)を用いて、上記の両面にめっき層を有する鋼板を脱脂(20g/L建浴、60℃、10秒スプレー、スプレー圧50kPa)した。その後、スプレーを用いて10秒間水洗を行った。
【0152】
(5)水系表面処理薬剤の塗布
脱脂した両面にめっき層を有する鋼板の両面に、ロールコータを用いて表3に示す水系表面処理薬剤を塗布することにより、塗膜を形成した。水系表面処理薬剤は、表11、12に示すZr付着量となるように、水系表面処理薬剤の濃度および塗布量を調製して塗布した。また、塗布時における水系表面処理薬剤自体の温度を、表11、12に示すように調整した。さらに、各例において、水系表面処理薬剤自体の塗布量は、0.3〜2g/mであった。
なお、鋼板突入温度が100℃の場合、水系表面処理剤の水分の蒸発が急激に起こった結果、泡状の小さな膨れや穴が発生する現象(いわゆるワキ現象)が起こり、外観不良を生じた。したがって、高品質の皮膜層を有する表面処理鋼板を適切に製造することができなかった。よって、鋼板突入温度は、好ましくは80℃以下であるといえる。
【0153】
なお、この際、鋼板がロールコータに突入するときの鋼板の温度(鋼板突入温度)が表11、12に示す温度となるように、鋼板を加温した。塗膜保持時間は、ロールコータから加熱炉までの鋼板の搬送速度を制御することにより調整した。また、この際、各例における水系表面処理薬剤の25℃での粘度は、1.5〜2mPa・sの範囲内であった。
【0154】
(6)塗膜の乾燥
めっき層上に塗膜の形成された鋼板を、誘導加熱(IH)装置を用いて、最高到達板温(PMT)150℃で加熱し、めっき層上に形成された塗膜を乾燥させた。

【0155】
【表11】
【0156】
【表12】
【0157】
4. 評価
このようにして得られた実施例および比較例の表面処理鋼板について、上述した「2.評価」の各項目を調べた。また、以下の各項目を評価した。その結果を表13〜表15に示す。なお、「接着剤との接着性」の評価については、上記Aに示す接着剤について、代表的に評価を行った。
【0158】
「皮膜表面の突起の長さ」
電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日立製作所社製)を用いて、実施例112の表面処理鋼板の表面を5000倍の倍率で観察し、図7に示す画像を得た。得られた長方形(長辺約13μm、短辺約9.5μm)の画像上に、画像の対角線と、対角線の交点を通り長辺に平行な直線とからなる3本の仮想直線を引いた。そして、仮想直線が横切った全ての突起について、それぞれ突起上を横切った仮想直線の長さを測定し、その平均値を算出して、突起の長さとした。また、突起の長さを算出するために測定した全ての突起の長さのうちの最小値と最大値を調べた。
その結果、実施例112の突起の長さは0.87μm、上記の最小値は0.15μm、上記の最大値は1.62μmであった。
【0159】
また、実施例112の表面処理鋼板と同様にして、実施例109の表面処理鋼板の表面を観察し、図8に示す画像を得た。得られた画像を用いて実施例112と同様にして突起の長さと、突起の長さを算出するために測定した全ての突起の長さのうちの最小値と最大値を調べた。
その結果、実施例109の突起の長さは0.35μm、上記の最小値は0.15μm、上記の最大値は0.92μmであった。
【0160】
実施例109と実施例112を除く全ての実施例および比較例においても、実施例112の表面処理鋼板と同様にして、表面処理鋼板の表面を観察し、得られた画像を用いて実施例112と同様にして突起の長さと、突起の長さを算出するために測定した全ての突起の長さのうちの最小値と最大値を調べた。その結果を表13〜15に示す。
【0161】
「皮膜表面の突起の粗さ」
一辺が1μmの矩形領域における表面の算術平均粗さ(Ra)、粗さ曲線の最大断面高さ(Rt)、二乗平均平方根粗さ(Rq)をそれぞれ原子間力顕微鏡(AFM)(Digital Inst.社製)を用いて測定した。その結果を表13〜15に示す。
【0162】
「皮膜中のジルコニウム分布」
EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いて、皮膜を表面から分析する方法により、皮膜中の「隣接する突起同士の間の領域」および「突起の形成されている領域」におけるジルコニウムの濃度を求め、以下の基準により評価した。その結果を表13〜15に示す。
Y:隣接する突起同士の間の領域におけるジルコニウムの濃度が、突起の形成されている領域のジルコニウムの濃度未満である。
N:隣接する突起同士の間の領域におけるジルコニウムの濃度が、突起の形成されている領域のジルコニウムの濃度以上である。
【0163】
「隣接する突起同士の間の成分」
皮膜の表面を、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いて分析し、上記分析により検出された炭素成分の分布をアクリル樹脂の分布とみなし、以下の基準により評価した。その結果を表13〜15に示す。
Y:隣接する突起同士の間の領域における炭素成分の濃度が、突起の形成されている領域の炭素成分の濃度を超える。
N:隣接する突起同士の間の領域における炭素成分の濃度が、突起の形成されている領域の炭素成分の濃度以下である。
【0164】
なお、各表面処理鋼板上から酸処理により剥離した皮膜に対して、赤外線分光分析と熱分解GC−MS(ガスクロマトグラフ−質量分析計)分析とを行ない、赤外線分光分析により得られた皮膜の赤外吸収スペクトルにおける樹脂成分由来の観測吸収の帰属から解析した結果と、熱分解GC−MSの分析結果とから、各皮膜中の炭素成分がアクリル樹脂に由来することを確認した。
【0165】
【表13】
【0166】
【表14】
【0167】
【表15】
【0168】
表13〜15に示すように、本発明の実施例である実施例68〜133に係る表面処理鋼板は、いずれも、耐食性、接着剤との接着性および上塗り層との密着性が良好であった。
これに対し、表13〜15に示すように、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトのうち、いずれかを含まない皮膜を有する比較例8〜比較例13に係る表面処理鋼板では、耐食性または接着剤との接着性が不十分であった。
【0169】
実施例69〜133について、皮膜の断面における表面から膜厚1/5の厚みまでの領域(上部領域A)において、アクリル樹脂の面積率が80〜100面積%であり、膜厚中心から前記表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域(上側中心領域C1)と前記膜厚中心から前記めっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域(下側中心領域C2)とからなる領域(中心領域C)において、アクリル樹脂の面積率が5〜50面積%であることを確認した。また、皮膜の表面には、平面視不定形で島状の突起が複数密集して形成されており、クラックは抑制されていた。
【0170】
アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトのうち、いずれかを含まない皮膜を有する比較例8〜比較例12に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であった。このため、比較例8〜比較例12では、接着剤との接着性が不十分であった。特に、比較例9はアクリル樹脂成分を含まないため、表面構造におけるクラックが顕著に発生し密着性が不良であった。また、コバルトを含まない皮膜を有する比較例12では、耐黒変性が不十分であった。
さらに、鋼板突入温度を5℃未満とした比較例13に係る表面処理鋼板では、上部領域Aのアクリル樹脂の面積率が80面積%未満であり、表面構造におけるクラック抑制が不十分であるため、上塗り層との密着性および接着剤との接着性が不十分であった。
【0171】
図9は実施例70に係る表面処理鋼板の表面のSEM像であり、図10はAFM像である。図11は実施例111に係る表面処理鋼板の表面のSEM像であり、図12はAFM像である。
図9図12に示すように、実施例70、実施例111の表面処理鋼板における皮膜の表面には、平面視不定形で島状の突起が複数密集して形成されていた。
【0172】
図13は比較例9のSEM像であり、図14はAFM像である。比較例9の皮膜は、アクリル樹脂を含まない。このため、図13および図14に示すように、比較例9の表面処理鋼板における皮膜の表面には、平面視不定形で島状の突起が形成されていなかった。図13に示すように、比較例9の表面処理鋼板における皮膜の表面には、めっき層に達する亀裂(クラック)が存在していた。
【0173】
図15は比較例8に係る表面処理鋼板のSEM像であり、図16はAFM像である。比較例8に係る表面処理鋼板の皮膜は、ジルコニウムを含まない。このため、図15および図16に示すように、比較例8に係る表面処理鋼板における皮膜の表面には、平面視不定形で島状の突起が形成されていなかった。
【0174】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上述した形態に限定されない。すなわち、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で当業者が想到し得る他の形態または各種の変更例についても本発明の技術的範囲に属するものと理解される。
【符号の説明】
【0175】
1 鋼板、2 めっき層、3、3a 皮膜、10、20 表面処理鋼板、31 アクリル樹脂、32 インヒビター相、33 表面、34 界面、35 突起、L 仮想直線
【要約】
【課題】接着剤との接着性が良好な皮膜を表面に備え、優れた耐食性を有する表面処理鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板と、前記鋼板上に形成された亜鉛を含むめっき層と、前記めっき層上に形成された皮膜とを有する表面処理鋼板が提供される。前記皮膜は、アクリル樹脂とジルコニウムとバナジウムとリンとコバルトとを含み、皮膜の断面における表面から膜厚1/5の厚みまでの領域において前記アクリル樹脂の面積率が80〜100面積%であり、前記皮膜の膜厚中心から表面側に膜厚1/10の厚みまでの領域と膜厚中心からめっき層側に膜厚1/10の厚みまでの領域とからなる領域においてアクリル樹脂の面積率が5〜50面積%である。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18