(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態に係る鋼板の製造方法では、溶鋼の連続鋳造、熱間圧延、熱延後酸洗、冷間圧延、冷延板焼鈍、焼鈍後酸洗、水洗及び乾燥等を行う。以下の説明において、溶鋼に含まれる各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0016】
まず、溶鋼の連続鋳造及び熱間圧延では、Si含有量が0.4%〜3.0%の溶鋼の連続鋳造を行ってスラブを作製し、このスラブの加熱及び熱間圧延を行う。
【0017】
連続鋳造及び加熱は一般的な条件で行うことができる。上記のように、Si含有量が0.4%以上の場合に、酸洗が必要とされる程度にSi酸化物が生成する。Si含有量が3.0%超では、冷延板焼鈍中にSi酸化物が鋼板の表面に多量に形成され、酸洗を行ってもSi酸化物を十分に除去することができないため、化成処理性を確保することが困難となる。従って、Si含有量は3.0%以下とする。
【0018】
熱間圧延では、好ましくは850℃〜1000℃の温度範囲で仕上げ圧延を行う。得られた熱延鋼板の巻き取り温度は、好ましくは550℃〜750℃の範囲とする。
【0019】
熱延後酸洗は一般的な条件で行うことができる。
【0020】
次に、得られた熱延鋼板の冷間圧延を行って、冷延鋼板を得る。冷間圧延の圧延率を50%未満としようとすると、熱延鋼板を予め過度に薄くしておかなければならないことがあるため、生産効率が低下する。従って、冷間圧延の圧延率は、好ましくは50%以上とする。冷間圧延の圧延率を85%超としようとすると、冷間圧延時の負荷が著しく大きくなることがある。従って、冷間圧延の圧延率は、好ましくは85%以下とする。なお、圧延率は、冷間圧延前の鋼板の厚さをh1、冷間圧延後の鋼板の厚さをh2としたときに、(h1−h2)/h1で算出される値である。
【0021】
次に、得られた冷延鋼板の冷延板焼鈍を行う。冷延板焼鈍は、例えば、予熱室、加熱室、均熱室、冷却室及び過時効室を備える連続焼鈍炉を用いて行うことができる。
【0022】
冷延板焼鈍の保持温度を好ましくは750℃以上とし、保持時間を好ましくは1分以上とする。冷延板焼鈍の保持温度が750℃未満、保持時間が1分未満では、再結晶焼鈍によって所望の延性その他の機械的特性が得られないことがある。
【0023】
焼鈍炉内の雰囲気は、N
2を主体とし、1vol%〜40vol%のH
2が添加されてもよく、必要に応じて水蒸気が添加されてもよい。焼鈍炉内の雰囲気は、不可避的に混入するH
2O及びその他の不純物ガスを含む。
【0024】
焼鈍炉内における雰囲気ガスの露点が−35℃超では、鋼板の表層が不可避的に脱炭し、鋼板の機械的特性が劣化する。従って、焼鈍炉内における雰囲気ガスの露点を−35℃以下とする。焼鈍炉内には水蒸気が添加されていてもよく、そのときの水蒸気量は、−35℃におけるH
2Oの平衡蒸気圧が3.2×10
−4気圧であり、焼鈍炉内における雰囲気ガスの全圧が通常大気圧と同等であることを考慮すると、0.03vol%程度である。焼鈍炉内に水蒸気が不可避的に混入することもあり、そのときの水蒸気量は、0.02vol%程度である。水蒸気が不可避的に混入する場合、焼鈍炉内における雰囲気ガスの露点は約−40℃である。
【0025】
冷延板焼鈍の後、酸洗を行う。酸洗を行うことにより、冷延板焼鈍中に鋼板の表面に形成されたSi酸化物やMn酸化物を除去する。酸洗の方法については、特に限定されるものではないが、例えば、冷延板焼鈍後の鋼板を、酸洗液が充填された酸洗浴槽内に搬送しながら連続的に浸漬させることにより行うことができる。
【0026】
酸洗液としては、特に限定されるものではないが、塩酸、硫酸若しくは硝酸又はこれらの組み合わせを合計で1質量%〜20質量%含有した溶液を用いることができる。酸洗液の温度は、特に限定されるものではないが、30℃〜90℃であればよい。酸洗液に鋼板を浸漬させる浸漬時間は、特に限定されるものではないが、2秒〜20秒であればよい。
【0027】
次に、酸洗後の鋼板を水洗する。水洗の方法については、特に限定されるものではないが、例えば、酸洗後の鋼板を、水洗に用いられるリンス水が充填された浴槽内に搬送しながら連続的に浸漬させることにより行うことができる。
【0028】
リンス水の電気伝導度が5.0mS/m超では、水洗中に、鋼板の表面にFe酸化膜が成長しやすくなるため、優れた化成処理性が得られない。従って、リンス水の電気伝導度は、5.0mS/m以下とし、好ましくは1.0mS/m以下とする。リンス水の電気伝導度は低ければ低いほどFe酸化膜の成長を抑制できるため、化成処理性を確保しやすい。一方、理論純水であっても、水には自己解離に起因するH
+イオンとOH
−イオンが10
−7mol/Lずつ存在する。また、文献(電気化学概論、松田好晴、岩倉千秋、丸善、東京、1994、第15頁)によれば、H
+イオンとOH
−イオンのモル電気伝導度はそれぞれ349.81S・cm
2/mol、198.3S・cm
2/molである。これらのことから、理論純水の電気伝導度は5.4μS/mであると予想される。従って、リンス水の電気伝導度を5.4μS/m未満にすることはできない。例えば、10μS/m未満といった低い電気伝導度を維持するためには、超純水を用いるだけではなく、大気中から二酸化炭素が水に溶解して炭酸イオンが発生することによって電気伝導度が上昇することも防がなければならない。このため、雰囲気を管理する必要があり、経済的でない。従って、リンス水の電気伝導度を10μS/m未満とすることは、コストが不必要に過大になるため好ましくない。
【0029】
水洗時間が15秒超では、水洗中に、鋼板の表面にFe酸化膜が成長しやすくなるため、優れた化成処理性が得られない。従って、水洗時間は、15秒以下とし、好ましくは5秒以下とする。水洗時間が1秒未満では、水洗によって酸を除去することができず、鋼板に残留した酸は鋼板からFe
2+イオンを溶出させ、Fe
2+イオンは周囲の酸素と反応してFe酸化膜を厚く形成するため、化成処理性の劣化や製品外観を黄色く変色させる原因になる。従って、水洗時間は、好ましくは1秒以上とする。
【0030】
Siは、冷延板焼鈍中に鋼板の表面にSi酸化物を形成するため、化成処理性を劣化させる。このSi酸化物を酸洗により除去できたとしても、鋼板中に固溶しているSiも化成処理性を劣化させる。化成処理性は、鋼板中のSi含有量に依存する。鋼板中のSi含有量が多いほど、化成処理性が劣化しやすいため、鋼板中のSi含有量に応じて、リンス水の電気伝導度を低く、かつ、水洗時間を短く制御することが好ましい。
【0031】
鋼板中のSi含有量と、リンス水の電気伝導度及び水洗時間との関係を、表1に示す。鋼板中のSi含有量が0.4%以上1.25%未満である場合には、リンス水の電気伝導度を好ましくは5.0mS/m以下とし、水洗時間を好ましくは15秒以下とする。鋼板中のSi含有量が1.25%以上2.5%未満である場合には、リンス水の電気伝導度を好ましくは3.0mS/m以下とし、水洗時間を好ましくは9秒以下とする。鋼板中のSi含有量が2.5%以上3.0%以下である場合には、リンス水の電気伝導度を好ましくは1.0mS/m以下とし、水洗時間を好ましくは3秒以下とする。このようにリンス水の電気伝導度及び水洗時間を制御することによって、化成処理性を十分に確保することができる。
【0033】
水洗に用いられるリンス水は、水源地の流域にある岩石の成分に由来するNa
+、Mg
2+、K
+、Ca
2+を含有し、酸洗を行うことによって混入するH
+、Fe
2+、Fe
3+、Cl
−、NO
3−、SO
42−を含有し得る。リンス水の電気伝導度は、これらのイオン濃度に依存しており、各イオンについてのイオン濃度(mol/L)と、1モル当たりの電気伝導率との積を求め、各イオンにおけるこれらの積を合計することによって算出することができる。すなわち、リンス水に含まれるH
+の濃度(mol/L)を[H
+]、Na
+の濃度(mol/L)を[Na
+]、Mg
2+の濃度(mol/L)を[Mg
2+]、K
+の濃度(mol/L)を[K
+]、Ca
2+の濃度(mol/L)を[Ca
2+]、Fe
2+の濃度(mol/L)を[Fe
2+]、Fe
3+の濃度(mol/L)を[Fe
3+]、Cl
−の濃度(mol/L)を[Cl
−]、NO
3−の濃度(mol/L)を[NO
3−]、SO
42−の濃度(mol/L)を[SO
42−]としたときに、式1が満たされることが好ましい。文献(電気化学概論、松田好晴、岩倉千秋、丸善、東京、1994、第15頁)によれば、各イオン種の1mol/L当たりの電気伝導度は、H
+:349.81(S・cm
2/mol)、Na
+:50.1(S・cm
2/mol)、Mg
2+:53.05×2(S・cm
2/mol)、K
+:73.5(S・cm
2/mol)、Ca
2+:59.5×2(S・cm
2/mol)、Fe
2+:53.5×2(S・cm
2/mol)、Fe
3+:68.4×3(S・cm
2/mol)、Cl
−:76.35(S・cm
2/mol)、NO
3−:71.46(S・cm
2/mol)、SO
42−:80.0×2(S・cm
2/mol)である。従って、リンス水の電気伝導度は、式1によって計算することができる。なお、1(S・cm
2/mol)は100(mS・l/m・mol)と換算される。
349.81[H
+]+50.1[Na
+]+53.05×2[Mg
2+]
+73.5[K
+]+595×2[Ca
2+]+53.5×2[Fe
2+]
+68.4×3[Fe
3+]+76.35[Cl
−]+71.46[NO
3−]
+80.0×2[SO
42−] ≦ 5/100 (式1)
【0034】
リンス水の電気伝導度が高いほど水洗中の鋼板の表面にFe酸化膜が形成しやすくなる理由は、次の通りである。水洗中は、鋼板の成分に由来するFeが、次のアノード反応によりFe
2+イオンとしてリンス水中に溶出する。
Fe → Fe
2++2e
−
【0035】
一方、大気中の酸素がリンス水中に溶けることによって次のカソード反応が起き、OH
−イオンが生成する。
1/2O
2+H
2O+2e
− → 2OH
−
【0036】
その後、リンス水中でFe
2+と2OH
−とが結合し、水酸化鉄(Fe(OH)
2)として沈殿する。水酸化鉄からH
2Oが脱離することによってFeOの酸化膜が形成される。
Fe
2++2OH
− → Fe(OH)
2
Fe(OH)
2 → FeO+H
2O
【0037】
この一連の反応において、リンス水の電気伝導度が低い場合には、リンス水中に生成したFe
2+イオン及びOH
−イオンの近傍では、それぞれ正電荷/負電荷が過剰になるため、所定の量以上のFe
2+イオン及びOH
−イオンが生成するのを妨げられると考えられる。一方、リンス水の電気伝導度が高い場合には、リンス水にはキャリアとなる各種の陽イオン/陰イオンが多く含まれているため、Fe
2+イオンが生成されれば周囲の陰イオンが接近し、逆にOH
−イオンが生成されれば周囲の陽イオンが接近することによって電気的に中性の状態が維持され、上記一連の反応が促進されると考えられる。これらのことから、水洗時間が長くなるほど上記一連の反応が促進されるため、鋼板の表面にFe酸化膜が形成しやすくなると推定される。
【0038】
水洗後の鋼板は、例えば、通常ゴム製であるリンガーロールによって圧下されてもよい。水洗後の鋼板の表面に付着しているリンス水を掻き落とすことができる。水洗後の鋼板の表面に付着しているリンス水の量を低減することによって、次の乾燥に要するエネルギーや時間を低減することができる。
【0039】
次に、水洗後の鋼板を乾燥する。乾燥の方法については、特に限定されるものではないが、例えば、水洗後の鋼板を搬送方向に沿うように設置し、搬送される鋼板にドライヤーで熱風を吹き付けることにより行うことができる。なお、ドライヤー(ブロワー)の乾燥能力については、特に限定されるものではないが、鋼板を搬送するスピードを考慮して、鋼板を十分に乾燥できればよい。
【0040】
乾燥は、水洗の終了から60秒以内に開始する。水洗の終了から乾燥を開始するまでの時間が60秒超では、鋼板の表面にFe酸化膜が生成して、化成処理性が劣化し、鋼板の表面外観が劣化する。仮に、水洗で用いられるリンス水が清浄であっても、鋼板の表面にリンス水が付着したまま一定時間が経過した場合には、鋼板の表面にFe酸化膜が生成するおそれがある。
【0041】
鋼板の水洗中には、鋼板の成分に由来するFeからFe
2+イオンがリンス水中に溶出するアノード反応と、大気中の酸素がリンス水中に溶けてOH
−イオンを生成するカソード反応とが生ずる。これらの反応は、水洗の完了から乾燥の開始までの間も進行するため、生成するFe酸化膜の量が増大すると推定される。
【0042】
このようにして、本実施形態に係る鋼板を製造することができる。なお、乾燥後に、鋼板をコイル状に巻き取ってもよい。コイル状に巻き取る前に、鋼板に防錆剤を塗布してもよい。防錆剤によって鋼板の表面に形成される被膜が、周囲の水分及び大気中の酸素から鋼板の表面を保護するため、Fe酸化膜の生成を抑制することができる。このため、鋼板の化成処理性を確保することができるとともに、鋼板の表面外観を美麗に保持することができる。
【0043】
以上のことから、本実施形態に係る鋼板の製造方法によれば、Niめっき処理を行うことなく良好な化成処理性が得られるため、化成処理性及び脱脂性を両立させることができる。具体的には、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、リンス水の電気伝導度、水洗時間、及び水洗終了から乾燥開始までの時間を制御することによって、水洗時及び水洗終了後に鋼板の表面に生成され得るFe酸化膜の生成及び成長を抑制することができる。これにより、鋼板の化成処理性を安定的に確保することができ、化成処理性を確保するためのNiめっき処理を省略することができる。さらに、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、冷延板焼鈍時の露点を制御することによって、鋼板の表層における不可避的な脱炭に起因する機械的特性の劣化を抑制することができる。
【0044】
本実施形態により製造することができる鋼板は多様であり、例えば、本実施形態により高強度鋼板及び高強度でないSi含有鋼板を製造することができる。
【0045】
高強度鋼板を製造する場合、溶鋼は、例えば、C:0.05%〜0.25%、Si:0.4%〜3.0%、Mn:0.5%〜4.0%、Al:0.005%〜0.1%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Ni、Cu、Cr又はMo:0.0%〜1.0%、かつ、Ni、Cu、Cr及びMoの総含有量:合計で0.0%〜3.5%、B:0.0000%〜0.005%、Ti、Nb又はV:0.000%〜0.1%、かつ、Ti、Nb及びVの総含有量:合計で0.0%〜0.20%、かつ残部:Fe及び不純物で表される化学組成を有している。不純物としては、鉱石やスクラップ等の原材料に含まれるもの、製造工程において含まれるもの、が例示される。
【0046】
(C:0.05%〜0.25%)
Cは、急冷時のマルテンサイト相の生成などによる組織強化によって、鋼板の強度を確保する。C含有量が0.05%未満では、通常の焼鈍条件で十分にマルテンサイト相が生成せず、強度を確保することが困難なことがある。従って、C含有量は、好ましくは0.05%以上とする。C含有量が0.25%超では、十分なスポット溶接性を確保することができないことがある。従って、C含有量は、好ましくは0.25%以下とする。
【0047】
(Si:0.4%〜3.0%)
Siは鋼板の延性の劣化を抑制しつつ、強度を向上させる。その作用効果を十分に得るために、Si含有量は0.4%以上とする。Si含有量が3.0%超では、冷間圧延時の加工性が低下することがある。従って、Si含有量は3.0%以下とする。
【0048】
(Mn:0.5%〜4.0%)
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させ、強度を確保する。その作用効果を十分に得るために、Mn含有量は、好ましくは0.5%以上とする。Mn含有量が4.0%超では、熱間圧延時の加工性が劣化し、連続鋳造及び熱間圧延における鋼の割れの原因となることがある。従って、Mn含有量は、好ましくは4.0%以下とする。
【0049】
(Al:0.005%〜0.1%)
Alは鋼の脱酸元素である。また、AlはAlNを形成して結晶粒の細粒化を抑制し、熱処理による結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板の強度を確保する。Al含有量が0.005%未満では、その効果が得られにくい。従って、Al含有量は、好ましくは0.005%以上とする。Al含有量が0.1%超では、鋼板の溶接性が劣化することがある。従って、Al含有量は、好ましくは0.1%以下とする。アルミナクラスターによる鋼板の表面欠陥を発生しにくくするためには、Al含有量は、より好ましくは0.08%以下とする。
【0050】
(P:0.03%以下)
Pは、鋼の強度を高める。従って、Pが含有されていてもよい。精錬コストが多大となるため、P含有量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。P含有量が0.03%超では、加工性が低下することがある。従って、P含有量は、好ましくは0.03%以下とし、より好ましくは0.02%以下とする。
【0051】
(S:0.02%以下)
Sは、通常の製鋼方法では不純物として鋼に含まれる。S含有量が0.02%超では、鋼の熱間圧延時の加工性を劣化させ、また、曲げ加工や穴広げ加工時に破壊の起点となる粗大なMnSを形成するため加工性を劣化させることがある。従って、S含有量は、好ましくは0.02%以下とする。S含有量が0.0001%未満では、コストが多大となるため、S含有量は、好ましくは0.0001%以上とする。鋼板の表面欠陥を発生しにくくするためには、S含有量は、より好ましくは0.001%以上とする。
【0052】
Ni、Cu、Cr、Mo、B、Ti、Nb及びVは、必須元素ではなく、鋼板に所定量を限度に適宜含有されていてもよい任意元素である。
【0053】
(Ni、Cu、Cr又はMo:0.0%〜1.0%、かつ、Ni、Cu、Cr及びMoの総含有量:合計で0.0%〜3.5%)
Ni、Cu、Cr及びMoは、炭化物の生成を遅らせて、オーステナイトの残留に貢献する。また、オーステナイトのマルテンサイト変態開始温度を低くする。このため、加工性や疲労強度を向上させる。従って、Ni、Cu、Cr又はMoが含有されていてもよい。その効果を十分に得るために、Ni、Cu、Cr又はMoの含有量は、好ましくは0.05%以上とする。Ni、Cu、Cr又はMoの含有量が1.0%超では、強度の向上効果が飽和すると共に、延性が著しく劣化する。従って、Ni、Cu、Cr又はMoの含有量は、好ましくは1.0%以下とする。また、Ni、Cu、Cr及びMoの総含有量が3.5%超では、鋼の焼入れ性が必要以上に向上するため、フェライトを主体とした、加工性の良好な鋼板の製造が困難となると共に、コストが上昇する。従って、Ni、Cu、Cr及びMoの総含有量は、好ましくは合計で3.5%以下とする。
【0054】
(B:0.0000%〜0.005%)
Bは、鋼の焼入れ性を向上させる。また、合金化処理のための再加熱に際し、パーライト変態及びベイナイト変態を遅滞させる。従って、Bが含有されていてもよい。その効果を十分に得るために、B含有量は、好ましくは0.0001%以上とする。B含有量が0.005%超では、フェライト及びオーステナイトの二相が共存する温度域から冷却する際に、十分な面積率のフェライトが成長しなくなり、フェライトを主体とした、加工性の良好な鋼板の製造が困難となる。従って、B含有量は、好ましくは0.005%以下とし、より好ましくは0.002%以下とする。
【0055】
(Ti、Nb又はV:0.000%〜0.1%、かつ、Ti、Nb及びVの総含有量:合計で0.0%〜0.20%)
Ti、Nb及びVは、炭化物、窒化物(又は炭窒化物)を形成し、フェライト相を強化するため、鋼板を高強度化させる。従って、Ti、Nb又はVが含有されていてもよい。その効果を十分に得るために、Ti、Nb又はVの含有量は、好ましくは0.001%以上とする。Ti、Nb又はVの含有量が0.1%超では、コストが上昇するだけでなく、強度の向上効果が飽和し、更に、不必要にCを浪費する。従って、Ti、Nb又はVの含有量は、好ましくは0.1%以下とする。また、Ti、Nb及びVの総含有量が0.20%超では、コストが上昇するだけでなく、強度の向上効果が飽和し、更に、不必要にCを浪費する。従って、Ti、Nb及びVの総含有量は、好ましくは0.20%以下とする。
【0056】
高強度でないSi含有鋼板を製造する場合、溶鋼は、例えば、C:0.15%以下、Si:0.4%〜1.0%、Mn:0.6%以下、Al:1.0%以下、P:0.100%以下、S:0.035%以下、かつ残部:Fe及び不純物で表される化学組成を有している。不純物としては、鉱石やスクラップ等の原材料に含まれるもの、製造工程において含まれるもの、が例示される。
【0057】
(C:0.15%以下)
Cは、製銑において鉄鉱石をコークスで還元したことにより鋼中に含有され、製鋼の一次精錬で除去しきれなかった残留物であるが、鋼板の強度を確保することがある。C含有量は、JIS G 3141を参考に、好ましくは0.15%以下とする。
【0058】
(Si:0.4%〜1.0%)
Siは、鋼板の延性の劣化を抑制しつつ、強度を向上させることがある。また、Siは、鋼の精錬において鋼中の酸素と結合し、鋼塊を凝固させる際に気泡の発生を抑制することもある。その作用効果を十分に得るために、Si含有量は0.4%以上とする。Si含有量の上限値は、好ましくは1.0%以下とする。
【0059】
(Mn:0.6%以下)
Mnは、鋼の精錬においてSを除去するために含有されるが、鋼板の強度を確保することがある。Mn含有量は、JIS G 3141を参考に、好ましくは0.6%以下とする。
【0060】
(Al:1.0%以下)
Alは鋼の脱酸元素である。また、AlはAlNを形成して結晶粒の細粒化を抑制し、熱処理による結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板の強度を確保する。Al含有量の上限値は、好ましくは1.0%以下とする。
【0061】
(P:0.100%以下)
Pは、鉄鉱石に由来し、製鋼の一次精錬で除去しきれなかった残留物であるが、鋼の強度を高めることがある。P含有量は、JIS G 3141を参考に、好ましくは0.100%以下とする。
【0062】
(S:0.035%以下)
Sは、通常の製鋼方法では不純物として鋼に含まれる。S含有量は、JIS G 3141を参考に、好ましくは0.035%以下とする。
【0063】
さらに必要に応じて、高強度でないSi含有鋼板が上記元素以外の合金元素を含有してもよい。
【0064】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例】
【0065】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0066】
(実施例1)
表2に示す鋼種A〜鋼種Eを鋳造してスラブを作製し、各スラブについて常法で熱間圧延を行い、熱延鋼板を得た。得られた熱延鋼板について酸洗を行い、その後冷間圧延を行い、冷延鋼板を得た。得られた冷延鋼板を100mm×50mmに切断した。表2中の下線は、その数値が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0067】
【表2】
【0068】
次に、得られた冷延鋼板について、表3〜表11に示す条件で冷延板焼鈍、酸洗、水洗及び乾燥を順次行った。冷延板焼鈍については、連続焼鈍模擬装置を用い、焼鈍温度を800℃とした。表3〜表11中の下線は、その数値が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0069】
【表3】
【0070】
【表4】
【0071】
【表5】
【0072】
【表6】
【0073】
【表7】
【0074】
【表8】
【0075】
【表9】
【0076】
【表10】
【0077】
【表11】
【0078】
なお、冷延板焼鈍が終了した後、鋼板の表層における脱炭層の有無を評価した。得られた試料について、長手方向中央部及び幅方向中央部付近から小片を採取し、その断面に樹脂を埋め込んだ後、機械研磨及び仕上げ鏡面研磨を施した。その後、試料の最表層から板厚方向に10μm間隔で、マイクロビッカース硬度計を用いて、測定荷重を0.01kgfとして硬さを測定し、硬さプロファイルを得た。また、採取した小片における板厚方向の中央部の硬度を測定し、最表層の硬度プロファイルと比較した。中央部の硬さの90%より柔らかい領域における厚さ方向の寸法が20μm以下であれば、脱炭層の厚さは許容範囲内として「Excellent(E)」とし、30μm以上であれば「Worse(W)」とした。その結果を表3〜表11に示す。
【0079】
水洗で用いたリンス水は、純水製造装置で純水を作製し、必要に応じて純水に所定量の塩化カリウムを添加して、電気伝導度を調整した。このとき、電気伝導度は、堀場製作所製のハンディタイプ電気伝導率計ES−51で測定された。リンス水中のK
+イオン濃度及びCl
−イオン濃度が、式1を満たせば「Excellent(E)」とし、式1を満たさなければ「Worse(W)」とした。また、純水の溶存酸素量を隔膜電極法で測定したところ、2.4mg/Lであった。表12に、リンス水の組成、電気伝導度の測定値、(式1)による電気伝導度の計算値を示す。
【0080】
【表12】
【0081】
水洗は、各試料を、酸洗用の浴液から引き上げた後、直ちに所定のリンス水を所定の流量で各試料の中心部に所定時間当て続けて行った。このとき、リンス水の供給量は、三宅化学株式会社製トーヨーポンプTP−G2を用いて、7L/minと一定とした。また、水量密度は、試験片が100mm×50mmであり、ポンプの水量が7L/minであるため、23L/(秒・m
2)と計算された。乾燥は、各試料について、ブロワーから熱風を当てることによって行った。
【0082】
得られた試料について、酸化膜の厚さをグロー放電発光分光分析装置(GDS)で測定した。GDSは、株式会社リガク製GDA750を用いた。酸化膜の厚さの定量は、試料の表層から深さ方向における各元素の濃度プロファイルをGDSで確認し、酸素濃度が最大値の半分になる深さを確認して行った。この深さ位置から表層までの寸法を酸化膜の厚さとした。その結果を表3〜表11に示す。
【0083】
得られた試料について、化成処理性の評価を行った。得られた試料の表面にリン酸塩化成処理皮膜を生成させた。リン酸塩化成処理は、脱脂、水洗、表面調整、化成処理、再度の水洗、乾燥の順に行った。脱脂は、得られた試料に対して、日本パーカライジング社製の脱脂剤FC−E2001を、温度40℃で2分間スプレーして行った。水洗は、得られた試料に対して、室温の水道水を30秒スプレーして行った。表面調整は、日本パーカライジング社製の表面調整剤PL−Xの浴に、得られた試料を室温で30秒間浸漬して行った。化成処理は、日本パーカライジング社製の化成処理剤PB−SXの35℃の浴に、得られた試料を2分間浸漬して行った。再度の水洗は、得られた試料に対して、水道水を30秒スプレーし、次いで純水を30秒スプレーして行った。乾燥は、得られた試料を熱風炉で乾燥させて行った。このようにリン酸塩化成処理皮膜が形成された試料について、以下の手順で化成処理性を評価した。走査型電子顕微鏡(SEM)で各試料の表面の化成結晶を撮影した。化成結晶が緻密に形成されており、かつ結晶の長辺が2μm以上4μm以下であれば「Excellent(E)」と評価した。化成結晶が緻密に形成されており、かつ結晶の長辺が4μm超8μm以下であれば、「Medium(M)」と評価した。化成結晶が緻密に形成されておらず、試料自体の露出がみられるか、または化成結晶が緻密であっても結晶の長辺が8μm超であれば、「Worse(W)」と評価した。その結果を表3〜表11に示す。
【0084】
得られた試料について、脱脂性の評価を行った。上記脱脂後、試料に水を付着させて目視観察した。試料が水をはじいたら「Worse(W)」、はじかなければ「Excellent(E)」とした。その結果を表3〜表11に示す。
【0085】
表3〜表11に示すように、試料No.4、試料No.5、試料No.7〜試料No.9、試料No.17、試料No.23、試料No.25、試料No.26、試料No.29、試料No.31、試料No.32、試料No.36〜試料No.39、試料No.42〜試料No.44、試料No.48〜試料No.52、試料No.57〜試料No.60、試料No.63〜試料No.65、試料No.69〜試料No.73、試料No.78〜試料No.81、試料No.84〜試料No.86、試料No.90〜試料No.94、試料No.99〜試料No.102、試料No.105〜試料No.107、試料No.111〜試料No.115、試料No.120〜試料No.123、試料No.126〜試料No.128、試料No.132〜試料No.136、試料No.141、試料No.142、試料No.144〜試料No.147、試料No.150〜試料No.152、試料No.156〜試料No.160、試料No.165、試料No.166、試料No.168〜試料No.171、試料No.174〜試料No.176、試料No.180〜試料No.184、試料No.189、試料No.190、試料No.192〜試料No.195、試料No.198〜試料No.200、試料No.204〜試料No.208、試料No.213、試料No.214、試料No.216〜試料No.219、試料No.222〜試料No.224、試料No.228〜試料No.232、試料No.237、試料No.238、試料No.240〜試料No.243、試料No.246〜試料No.248、試料No.252〜試料No.256、試料No.261、試料No.262、試料No.264〜試料No.267、試料No.270〜試料No.272、試料No.276〜試料No.280、試料No.285、試料No.286、試料No.288〜試料No.291、試料No.294〜試料No.296、試料No.300〜試料No.304、試料No.309、試料No.310、試料No.312〜試料No.315、試料No.318〜試料No.320、試料No.324〜試料No.328、試料No.333、試料No.334、試料No.336〜試料No.339、試料No.342〜試料No.344、試料No.348〜試料No.352、試料No.357、試料No.358、試料No.360〜試料No.363、試料No.366〜試料No.368、試料No.372〜試料No.376、試料No.381、試料No.382、試料No.384〜試料No.387、試料No.390〜試料No.392、試料No.396〜試料No.400、試料No.405、試料No.406、試料No.408〜試料No.411、試料No.414〜試料No.416及び試料No.420〜試料No.424では、露点、リンス水の電気伝導度、水洗時間、水洗終了から乾燥開始までの時間及び化学組成が本発明の範囲内にあるため、良好な化成処理性及び脱脂性が得られた。試料No.35、試料No.56、試料No.77、試料No.98、試料No.119、試料No.140、試料No.164、試料No.188、試料No.212、試料No.236、試料No.260、試料No.284、試料No.308、試料No.332、試料No.356、試料No.380及び試料No.404では、酸洗後に水洗を行わないで乾燥を行ったため、表面に錆が厚く形成され、酸化膜の厚さを測定することができなかった。
【0086】
(試験例1)
特許文献4に開示されているリンス水の電気伝導度を求め、これを本発明において用いられたリンス水の電気伝導度と比較した。特許文献4に開示されている最も清浄なリンス水である、実験No.1のリンス水を再現した。各イオン濃度は、Fe
2+:3.2g/L、NO
3− :1.1g/L、Cl
−:2.3g/Lである。まず、純水中に0.032mol/LのFeCl
2と、0.009mol/LのFe(NO
3)
2とを溶解した液を作製した。得られたリンス水について、堀場製作所製のハンディタイプ電気伝導率計ES−51を用い、電気伝導率を測定した。この結果を表13に示す。また、表13には、上記実施例1において用いたリンス水のイオン濃度及び電気伝導度を併記した。
【0087】
【表13】
【0088】
表13に示すように、特許文献4に開示されている最も清浄なリンス水の電気伝導度は、本発明の範囲外であることが確認された。
鋼板の製造方法は、Si含有量が0.4質量%〜3.0質量%の溶鋼の連続鋳造を行ってスラブを得る工程と、スラブの熱間圧延を行って熱延鋼板を得る工程と、熱延鋼板の冷間圧延を行って冷延鋼板を得る工程と、冷延鋼板の冷延板焼鈍を行う工程と、冷延板焼鈍の後、酸洗を行う工程と、酸洗の後、水洗を行う工程と、水洗の後、乾燥を行う工程と、を有する。冷延板焼鈍では、露点を−35℃以下とし、水洗で用いられるリンス水の電気伝導度を5.0mS/m以下とし、水洗では、水洗時間を15秒以内とし、水洗の終了から60秒以内に乾燥を開始する。