【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者は、断続の間隔が広く、切れ刃に加わる衝撃が極めて強い強断続切削加工条件下において使用した場合でも、切れ刃がすぐれた耐チッピング性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0007】
本発明者らは、特許文献1に示される従来被覆工具を強断続切削加工に使用した場合について、チッピング発生のメカニズムを検討したところ、
(1)断続の間隔が長く切れ刃先端に強い衝撃が加わる強断続加工において、被覆工具の切れ刃先端部における硬質被覆層の下部層のΣ3の分布割合が5〜13%を満たす場合には、切れ刃稜線部の硬質被覆層に生じる亀裂の発生が促され亀裂本数が増加するが、これに伴い、破壊にまで至る応力集中が分散されるために、チッピング、欠損に至る深い亀裂が発生しない。
そのため、切れ刃先端部のチッピング、欠損の発生が抑制され、耐チッピング性が向上することを見出したのである。
【0008】
さらに、本発明者らは、
(2)被覆工具におけるΣ3分布割合が、例えば上記(1)と同様に5〜13%の場合には、逃げ面摩耗が生じる領域において被削材とのこすれによって強いせん断応力が作用し、硬質被覆層を構成する結晶粒の脱落に伴うすき取り摩耗が促進されて寿命が短くなるが、Σ3分布割合が22%以上の値である場合には耐摩耗性の低下は少なく、特に、Σ3分布割合が50%以上である場合には、その高い高温強度により結晶粒の脱落発生が抑制され、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることを見出したのである。
【0009】
つまり、本発明者は、被覆工具の切れ刃稜線部の硬質被覆層の下部層のΣ3の分布割合を5〜13%と定め、一方、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合を50%以上とすることによって、断続の間隔が長く切れ刃先端には強い衝撃が加わる強断続加工において、耐摩耗性の低下を招くことなく、すぐれた耐チッピング性を発揮することを見出したのである。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの2層以上からなり、かつ、その内の1層はチタンの炭窒化物層からなり、3〜20μmの合計平均層厚を有するチタン化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
上記(a)のチタン化合物層の内のチタンの炭窒化物層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、所定領域を0.1μm/stepの間隔で、基体表面の法線に対する、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出すると共に、前記構成原子共有格子点間に存在する構成原子を共有しない格子点の数N(この場合、NはNaCl型立方晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からN=28を上限とする)毎に定めたΣN+1で表される構成原子共有格子点形態(単位形態)のそれぞれの分布割合を算出し、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の分布割合を、前記Σ3〜Σ29の単位形態全体の合計分布割合に占める割合で示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、切れ刃稜線部では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の5〜13%を示し、切れ刃稜線部以外の領域では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の50%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すチタンの炭窒化物層、
で構成したことを特徴とする強断続加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0011】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層について、以下に説明する。
(a)Ti化合物層(下部層)
Ti化合物層は、自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と上部層であるAl
2O
3層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、切れ刃先端に強い衝撃がかかる強断続切削で熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0012】
(b)下部層の炭窒化チタン層
この発明においては、上記下部層のうちのチタンの炭窒化物層(以下、炭窒化チタン層,TiCN層ともいう))について構成原子共有格子点分布グラフを求めた場合、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合は、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の合計分布割合の5〜13%を示し、一方、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合は、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の合計分布割合の50%以上を占めることが重要である。
切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が5%未満の場合には、切れ刃稜線部の下部層の炭窒化チタン層に発生する亀裂本数が過度に増加するため、下部層自体が脆弱化し、一方、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が13%を超える場合には、切れ刃稜線部における亀裂形成による応力集中緩和効果が低下し、チッピング、欠損を発生し易くなるので、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合は5〜13%と定めた。
ここで、本発明でいう切れ刃稜線部とは、超硬合金母材の逃げ面およびすくい面が交差する稜線においてホーニング加工が施された領域(
図1および
図2のE−Fの領域)上に被覆された硬質被覆層表面(
図1および
図2のA−Bの領域)のことを言い、また、切れ刃稜線部の炭窒化チタン層(以下、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が5〜13%である炭窒化チタン層を、「改質TiCN層」で示す。)とは、
図1および
図2のC−D−F−Eで囲まれた領域の炭窒化チタン層を言う。
なお、以下では、下部層のうちの炭窒化チタン層を「TiCN層」で示し、このうち、特に、切れ刃稜線部の炭窒化チタン層を、「改質TiCN層」で示す。
また、切れ刃稜線部以外の領域における下部層の炭窒化チタン層のΣ3の分布割合が、22%以上になると、すき取り摩耗に対する耐摩耗性改善効果が徐々にあらわれ、Σ3分布割合が50%以上である場合には、その高い高温強度により結晶粒の脱落発生が抑制され、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることから、切れ刃稜線部以外の領域における下部層の炭窒化チタン層のΣ3の分布割合は50%以上と定めた。
【0013】
ここで、構成原子共有格子点分布グラフは、この出願前から既によく知られているように、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、例えば、硬質被覆層の層厚方向に平行な縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、所定領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対する、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し(この場合、前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有する炭窒化チタン結晶粒です)、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出すると共に、前記構成原子共有格子点間に存在する構成原子を共有しない格子点の数N(この場合、NはNaCl型立方晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の観点からN=28を上限とします)毎に定めたΣN+1で表される構成原子共有格子点形態(単位形態)のそれぞれの分布割合を算出し、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の分布割合を、前記Σ3〜Σ29の単位形態全体の合計分布割合に占める割合で示す構成原子共有格子点分布グラフを作成する。
【0014】
また、上記特定割合のΣ3を有するTiCN層、即ち、切れ刃稜線部ではΣ3の分布割合が5〜13%の改質TiCN層、一方、切れ刃稜線部以外の領域においてはΣ3の分布割合が50%以上であるTiCN層は、例えば、以下の方法によって形成することができる。
まず超硬合金製母材において、粒径4〜6μmのWC粉末を使用し、またブラシ、弾性砥石、ウェットブラスト等の方法により、その表面粗さがRa<0.05μmとなる様に、切れ刃にホーニング処理を施すとともに、切れ刃におけるホーニング部以外の箇所は加工がなされていない焼肌の状態、すなわち超硬合金製母材表面の炭化タングステン粒子に対して研磨等の加工が行われておらず、その表面粗さはRa>0.4μmの状態とする。
次に、工具基体表面に、通常の化学蒸着によって、チタンの炭化物層、窒化物層、炭酸化物層、炭窒酸化物層の少なくともいずれかを蒸着形成した後(なお、これらを形成しなくても可)、
≪第1段階≫
反応ガス組成(容量%):TiCl
4:2〜10%、CH
3CN:0.05〜0.3%、Ar:5〜15%、N
2:5〜15%、H
2:残り、
反応雰囲気温度:780〜820 ℃、
反応雰囲気圧力:5〜10 kPa、
反応時間:30 分、
の低温条件で、第1段階の蒸着を行い、次いで、
≪第2段階≫
反応ガス組成(容量%):TiCl
4:0.1〜0.8%、CH
3CN:0.05〜0.3%、Ar:10〜30%、H
2:残り、
反応雰囲気温度:930〜1000 ℃、
反応雰囲気圧力:6〜20 kPa、
反応時間:(所定の層厚になるまで継続)、
の条件で第2段階の蒸着を行うことによって、上記特定割合のΣ3を有するTiCN層を形成することができる。
【0015】
(c)Al
2O
3層(上部層)
Al
2O
3層は、すぐれた高温硬さと耐熱性を有し、硬質被覆層の耐摩耗性向上に寄与するが、その平均層厚が1μm未満では、硬質被覆層に十分な耐摩耗性を発揮せしめることができず、一方その平均層厚が15μmを越えて厚くなりすぎると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜15μmと定めた。
【0016】
なお、切削工具の使用前後の識別を目的として、黄金色の色調を有するTiN層を、必要に応じて蒸着形成してもよいが、この場合の平均層厚は0.1〜1μmでよく、これは0.1μm未満では、十分な識別効果が得られず、一方前記TiN層による前記識別効果は1μmまでの平均層厚で十分であるという理由からである。