特許第6191873号(P6191873)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6191873すぐれた耐チッピング性を有する表面被覆切削工具
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  • 特許6191873-すぐれた耐チッピング性を有する表面被覆切削工具 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6191873
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】すぐれた耐チッピング性を有する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20170828BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-59159(P2014-59159)
(22)【出願日】2014年3月20日
(65)【公開番号】特開2015-182154(P2015-182154A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2016年9月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100119921
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 正之
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】西田 真
【審査官】 青山 純
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4518258(JP,B2)
【文献】 特開2012−76155(JP,A)
【文献】 特開2010−23151(JP,A)
【文献】 特開平10−225804(JP,A)
【文献】 特開平10−310878(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの2層以上からなり、かつ、その内の1層はチタンの炭窒化物層からなり、3〜20μmの合計平均層厚を有するチタン化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
上記(a)のチタン化合物層の内のチタンの炭窒化物層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、所定領域を0.1μm/stepの間隔で、基体表面の法線に対する、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出すると共に、前記構成原子共有格子点間に存在する構成原子を共有しない格子点の数N(この場合、NはNaCl型立方晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からN=28を上限とする)毎に定めたΣN+1で表される構成原子共有格子点形態(単位形態)のそれぞれの分布割合を算出し、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の分布割合を、前記Σ3〜Σ29の単位形態全体の合計分布割合に占める割合で示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、切れ刃稜線部では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の5〜13%を示し、切れ刃稜線部以外の領域では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の50%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すチタンの炭窒化物層、
で構成したことを特徴とする強断続加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、 切れ刃に強い衝撃が加わる強断続加工を行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム(以下、Alで示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる被覆工具が知られており、この被覆工具が、例えば各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削に用いられていることも知られている。
そして、上記の被覆工具において、これを切れ刃に衝撃がかかる断続切削加工に供した場合に、チッピング、欠損等の異常損傷が発生することを防止するために、いくつかの提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットからなる工具基体の表面に、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を下部層として、また、1〜15μmの平均層厚を有するAl層を上部層として被覆形成するとともに、Ti化合物層のΣ3の分布割合を従来の30%以下から60〜80%まで高めることで、高温強度を向上させ、その結果、短いピッチで繰り返し機械的衝撃の加わる鋼や鋳鉄の高速断続切削で耐チッピング性が向上させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−75976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に示される従来被覆工具は、これを、通常の高速断続切削条件で用いた場合には、所望の耐チッピング性を発揮するが、例えば、これを船舶用大型クランクスローの加工に代表される様に、断続の間隔が広く、すなわち切れ刃の温度上昇は抑えられるものの、切れ刃に加わる衝撃が極めて強い強断続加工においては、切れ刃先端は欠損しやすく、十分な耐チッピング性を備えるとはいえなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者は、断続の間隔が広く、切れ刃に加わる衝撃が極めて強い強断続切削加工条件下において使用した場合でも、切れ刃がすぐれた耐チッピング性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0007】
本発明者らは、特許文献1に示される従来被覆工具を強断続切削加工に使用した場合について、チッピング発生のメカニズムを検討したところ、
(1)断続の間隔が長く切れ刃先端に強い衝撃が加わる強断続加工において、被覆工具の切れ刃先端部における硬質被覆層の下部層のΣ3の分布割合が5〜13%を満たす場合には、切れ刃稜線部の硬質被覆層に生じる亀裂の発生が促され亀裂本数が増加するが、これに伴い、破壊にまで至る応力集中が分散されるために、チッピング、欠損に至る深い亀裂が発生しない。
そのため、切れ刃先端部のチッピング、欠損の発生が抑制され、耐チッピング性が向上することを見出したのである。
【0008】
さらに、本発明者らは、
(2)被覆工具におけるΣ3分布割合が、例えば上記(1)と同様に5〜13%の場合には、逃げ面摩耗が生じる領域において被削材とのこすれによって強いせん断応力が作用し、硬質被覆層を構成する結晶粒の脱落に伴うすき取り摩耗が促進されて寿命が短くなるが、Σ3分布割合が22%以上の値である場合には耐摩耗性の低下は少なく、特に、Σ3分布割合が50%以上である場合には、その高い高温強度により結晶粒の脱落発生が抑制され、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることを見出したのである。
【0009】
つまり、本発明者は、被覆工具の切れ刃稜線部の硬質被覆層の下部層のΣ3の分布割合を5〜13%と定め、一方、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合を50%以上とすることによって、断続の間隔が長く切れ刃先端には強い衝撃が加わる強断続加工において、耐摩耗性の低下を招くことなく、すぐれた耐チッピング性を発揮することを見出したのである。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、いずれも化学蒸着形成された、チタンの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの2層以上からなり、かつ、その内の1層はチタンの炭窒化物層からなり、3〜20μmの合計平均層厚を有するチタン化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着形成された、1〜15μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
上記(a)のチタン化合物層の内のチタンの炭窒化物層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、所定領域を0.1μm/stepの間隔で、基体表面の法線に対する、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出すると共に、前記構成原子共有格子点間に存在する構成原子を共有しない格子点の数N(この場合、NはNaCl型立方晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からN=28を上限とする)毎に定めたΣN+1で表される構成原子共有格子点形態(単位形態)のそれぞれの分布割合を算出し、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の分布割合を、前記Σ3〜Σ29の単位形態全体の合計分布割合に占める割合で示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、切れ刃稜線部では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の5〜13%を示し、切れ刃稜線部以外の領域では前記Σ3の分布割合が前記単位形態全体の合計分布割合の50%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すチタンの炭窒化物層、
で構成したことを特徴とする強断続加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0011】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層について、以下に説明する。
(a)Ti化合物層(下部層)
Ti化合物層は、自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と上部層であるAl層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、切れ刃先端に強い衝撃がかかる強断続切削で熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0012】
(b)下部層の炭窒化チタン層
この発明においては、上記下部層のうちのチタンの炭窒化物層(以下、炭窒化チタン層,TiCN層ともいう))について構成原子共有格子点分布グラフを求めた場合、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合は、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の合計分布割合の5〜13%を示し、一方、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合は、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の合計分布割合の50%以上を占めることが重要である。
切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が5%未満の場合には、切れ刃稜線部の下部層の炭窒化チタン層に発生する亀裂本数が過度に増加するため、下部層自体が脆弱化し、一方、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が13%を超える場合には、切れ刃稜線部における亀裂形成による応力集中緩和効果が低下し、チッピング、欠損を発生し易くなるので、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合は5〜13%と定めた。
ここで、本発明でいう切れ刃稜線部とは、超硬合金母材の逃げ面およびすくい面が交差する稜線においてホーニング加工が施された領域(図1および図2のE−Fの領域)上に被覆された硬質被覆層表面(図1および図2のA−Bの領域)のことを言い、また、切れ刃稜線部の炭窒化チタン層(以下、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が5〜13%である炭窒化チタン層を、「改質TiCN層」で示す。)とは、図1および図2のC−D−F−Eで囲まれた領域の炭窒化チタン層を言う。
なお、以下では、下部層のうちの炭窒化チタン層を「TiCN層」で示し、このうち、特に、切れ刃稜線部の炭窒化チタン層を、「改質TiCN層」で示す。
また、切れ刃稜線部以外の領域における下部層の炭窒化チタン層のΣ3の分布割合が、22%以上になると、すき取り摩耗に対する耐摩耗性改善効果が徐々にあらわれ、Σ3分布割合が50%以上である場合には、その高い高温強度により結晶粒の脱落発生が抑制され、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることから、切れ刃稜線部以外の領域における下部層の炭窒化チタン層のΣ3の分布割合は50%以上と定めた。
【0013】
ここで、構成原子共有格子点分布グラフは、この出願前から既によく知られているように、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、例えば、硬質被覆層の層厚方向に平行な縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、所定領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対する、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し(この場合、前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有する炭窒化チタン結晶粒です)、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出すると共に、前記構成原子共有格子点間に存在する構成原子を共有しない格子点の数N(この場合、NはNaCl型立方晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の観点からN=28を上限とします)毎に定めたΣN+1で表される構成原子共有格子点形態(単位形態)のそれぞれの分布割合を算出し、Σ3〜Σ29のそれぞれの単位形態の分布割合を、前記Σ3〜Σ29の単位形態全体の合計分布割合に占める割合で示す構成原子共有格子点分布グラフを作成する。
【0014】
また、上記特定割合のΣ3を有するTiCN層、即ち、切れ刃稜線部ではΣ3の分布割合が5〜13%の改質TiCN層、一方、切れ刃稜線部以外の領域においてはΣ3の分布割合が50%以上であるTiCN層は、例えば、以下の方法によって形成することができる。
まず超硬合金製母材において、粒径4〜6μmのWC粉末を使用し、またブラシ、弾性砥石、ウェットブラスト等の方法により、その表面粗さがRa<0.05μmとなる様に、切れ刃にホーニング処理を施すとともに、切れ刃におけるホーニング部以外の箇所は加工がなされていない焼肌の状態、すなわち超硬合金製母材表面の炭化タングステン粒子に対して研磨等の加工が行われておらず、その表面粗さはRa>0.4μmの状態とする。
次に、工具基体表面に、通常の化学蒸着によって、チタンの炭化物層、窒化物層、炭酸化物層、炭窒酸化物層の少なくともいずれかを蒸着形成した後(なお、これらを形成しなくても可)、
≪第1段階≫
反応ガス組成(容量%):TiCl:2〜10%、CHCN:0.05〜0.3%、Ar:5〜15%、N:5〜15%、H:残り、
反応雰囲気温度:780〜820 ℃、
反応雰囲気圧力:5〜10 kPa、
反応時間:30 分、
の低温条件で、第1段階の蒸着を行い、次いで、
≪第2段階≫
反応ガス組成(容量%):TiCl:0.1〜0.8%、CHCN:0.05〜0.3%、Ar:10〜30%、H:残り、
反応雰囲気温度:930〜1000 ℃、
反応雰囲気圧力:6〜20 kPa、
反応時間:(所定の層厚になるまで継続)、
の条件で第2段階の蒸着を行うことによって、上記特定割合のΣ3を有するTiCN層を形成することができる。
【0015】
(c)Al層(上部層)
Al層は、すぐれた高温硬さと耐熱性を有し、硬質被覆層の耐摩耗性向上に寄与するが、その平均層厚が1μm未満では、硬質被覆層に十分な耐摩耗性を発揮せしめることができず、一方その平均層厚が15μmを越えて厚くなりすぎると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜15μmと定めた。
【0016】
なお、切削工具の使用前後の識別を目的として、黄金色の色調を有するTiN層を、必要に応じて蒸着形成してもよいが、この場合の平均層厚は0.1〜1μmでよく、これは0.1μm未満では、十分な識別効果が得られず、一方前記TiN層による前記識別効果は1μmまでの平均層厚で十分であるという理由からである。
【発明の効果】
【0017】
この発明の被覆工具は、断続の間隔が長く切れ刃先端に強い衝撃が加わる鋼や鋳鉄などの強断続加工において、硬質被覆層の下部層のうちの1層であるΣ3の分布割合が5〜13%の改質TiCN層がその切れ刃稜線部におけるチッピング、欠損の発生を抑制するとともに、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合が50%以上であるTiCN層がすぐれた高温強度を有し、結晶粒の脱落発生を抑制することから、チッピング、欠損の発生もなくすぐれた耐摩耗性を長期の使用にわたって発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一つの実施態様の被覆工具の縦断面の模式図を示し、C−D−F−Eで囲まれた領域が、切れ刃稜線部の下部層の改質TiCN層であることを示す。
図2】本発明の他の実施の態様の被覆工具の縦断面の模式図を示し、C−D−F−Eで囲まれた領域が、切れ刃稜線部の下部層の改質TiCN層であることを示す。
図3】本発明被覆工具の切れ刃稜線部の下部層の改質TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフの一例を示す。
図4】本発明被覆工具の切れ刃稜線部以外の領域である逃げ面の下部層のTiCN層の構成原子共有格子点分布グラフの一例を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0020】
原料粉末として、いずれも4〜6μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切れ刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施し、ホーニング部表面粗さをRa<0.05μmとし、ホーニング部以外は焼肌のまま(即ち、Ra>0.4μm)とすることによりISO・SNMG120412に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0021】
つぎに、これらの工具基体A〜Cの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、硬質被覆層の下部層として、表2に示される条件で、改質TiCN層以外のTi化合物層を、表4に示される目標層厚になるまで蒸着形成した。
また、改質TiCN層については、表3に示す条件で表4に示される目標層厚になるまで蒸着形成した。
【0022】
次に、表3に示される条件にて、上部層としてのAl層を表5に示される目標層厚になるまで蒸着形成することにより表5に示す本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0023】
また、比較の目的で、硬質被覆層の下部層として、表2に示される条件で、改質TiCN層以外のTi化合物層を、表7に示される目標層厚になるまで蒸着形成した。
また、TiCN層については、表6に示す条件で表7に示される目標層厚になるまで蒸着形成した。
さらに、表2に示される条件にて、上部層としてのAl層を表8に示される目標層厚になるまで蒸着形成することにより表8に示す比較例被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0024】
次に、上記の本発明被覆工具と比較例被覆工具の切れ刃稜線部におけるTiCN層と切れ刃稜線部以外の領域(具体的には、逃げ面)におけるTiCN層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ作成した。
即ち、上記構成原子共有格子点分布グラフは、上記の切れ刃稜線と逃げ面の縦断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係で上限値をN=28とする)に占める分布割合を求めることにより作成した。
【0025】
この結果得られた、切れ刃稜線部のTiCN層におけるΣ3の分布割合と切れ刃稜線部以外の領域(逃げ面)のTiCN層におけるΣ3の分布割合を、表5、表8に示した。
【0026】
表5、表8にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具の切れ刃稜線部における改質TiCN層は、いずれもΣ3の占める分布割合が5〜13%の範囲内であり、また、切れ刃稜線部以外の領域におけるTiCN層のΣ3の分布割合は、いずれも50%以上であった。これに対して、比較例被覆工具のTiCN層は、切れ刃稜線部におけるΣ3の分布割合が5〜13%であって、かつ、切れ刃稜線部以外の領域におけるΣ3の分布割合が50%以上となるものはなかった。
なお、図3に、本発明被覆工具の切れ刃稜線部における改質TiCN層について求めた構成原子共有格子点分布グラフの一例を示し、図4に、本発明被覆工具の逃げ面(切れ刃稜線部以外の領域)におけるTiCN層について求めた構成原子共有格子点分布グラフの一例を示す。
【0027】
さらに、上記の本発明被覆工具1〜13および比較例被覆工具1〜13について、これの硬質被覆層の構成層を電子線マイクロアナライザー(EPMA)およびオージェ分光分析装置を用いて観察(層の縦断面を観察)したところ、前者および後者とも目標組成と実質的に同じ組成を有するTi化合物層とAl層からなることを確認した。
また、これらの被覆工具の硬質被覆層の構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(同じく縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
【表6】

【0034】
【表7】

【0035】
【表8】

【0036】
つぎに、上記の各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具1〜13および比較例被覆工具1〜13について、
被削材:JIS・SC450、
切削速度:150m/min、
切り込み:2.5mm、
送り:0.5mm/rev、
加工時間:10分
の条件(切削条件A)での炭素鋼鋳鋼品の乾式端面断続切削試験、
被削材:JIS・SCMnCr2B、
切削速度:110m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.47mm/rev、
加工時間:10分
の条件(切削条件B)でのマンガンクロム鋼鋳鋼品の乾式端面断続切削試験、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定するとともに、切れ刃のチッピング、欠損の有無を観察した。
この測定結果を表9に示した。
【0037】
【表9】

【0038】
表5、8、9に示される結果から、本発明被覆工具は、いずれも、切れ刃稜線部における改質TiCN層のΣ3の分布割合は5〜13%の範囲内であり、また、切れ刃稜線部以外の領域におけるTiCN層のΣ3の分布割合は50%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示し、断続の間隔が長く切れ刃先端に強い衝撃が加わる強断続加工に供した場合であっても、切れ刃先端部にチッピング、欠損の発生はなく、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
これに対して、比較例被覆工具は、チッピング発生あるいは逃げ面摩耗幅が寿命判定基準に達することにより、最大切削時間5分程度で工具寿命に至っており、本発明被覆工具に比して切削性能が劣ることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0039】
上述のように、この発明の被覆工具は、強断続加工においてすぐれた切削性能を発揮するが、各種鋼や鋳鉄などの通常条件での連続切削や断続切削においても、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。




図1
図2
図3
図4