特許第6192087号(P6192087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6192087
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】白金族触媒前駆体液体組成物
(51)【国際特許分類】
   H01G 9/20 20060101AFI20170828BHJP
   B01J 23/42 20060101ALI20170828BHJP
【FI】
   H01G9/20 115A
   B01J23/42 M
【請求項の数】12
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2012-141364(P2012-141364)
(22)【出願日】2012年6月22日
(65)【公開番号】特開2014-7040(P2014-7040A)
(43)【公開日】2014年1月16日
【審査請求日】2015年5月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】591282205
【氏名又は名称】島根県
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩田 史郎
(72)【発明者】
【氏名】古田 裕子
【審査官】 小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−073487(JP,A)
【文献】 特開2010−020940(JP,A)
【文献】 特開2006−222017(JP,A)
【文献】 特開昭54−071092(JP,A)
【文献】 特開昭54−043193(JP,A)
【文献】 特開2009−228067(JP,A)
【文献】 特開2012−009409(JP,A)
【文献】 特開2009−231110(JP,A)
【文献】 特開2011−233507(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01G 9/20
B01J 23/42
H01M 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)白金族触媒前駆体と、
(2)塩基性リチウム化合物と、
(3)有機溶媒と、
を含み、
前記白金族触媒前駆体が均一溶解した透明な白金族触媒前駆体液体組成物であって、
前記白金族触媒前駆体が、塩化白金酸、塩化パラジウム酸、塩化イリジウム酸、塩化ルテニウム酸、塩化ロジウム酸、若しくはそれらの塩、またはそれらの水和物からなる群から選択される一種以上の酸性化合物であり、
前記塩基性リチウム化合物が、水100g当たり前記白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られた水溶液のpHが6〜8となるような量で配合されており、
前記有機溶媒が、主有機溶媒としての一種以上のモノテルペンアルコールと一種以上の第一の副有機溶媒を含み、
前記第一の副有機溶媒は、前記白金族触媒前駆体を可溶化でき、かつ前記塩基性リチウム化合物に対する25℃における溶解度が1g/100g以上、かつ1分子当たりの水酸基数が1個である炭素数1〜6の水酸基含有有機溶媒であり、
前記第一の副有機溶媒は、均一溶解した液体組成物を得ることのできる量で配合されていることを特徴とする、白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項2】
前記白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で、さらに第二の副有機溶媒を含み、
該第二の副有機溶媒が、前記白金族触媒前駆体を可溶化できる、前記第一の副有機溶媒以外の炭素数1〜6の水酸基含有有機溶媒であることを特徴とする、請求項1に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項3】
前記第一の副有機溶媒が、メタノール、エタノール、炭素数3〜6のアルコキシアルコールからなる群から選択される一種以上の水酸基含有有機溶媒であることを特徴とする請求項1または2に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項4】
さらに、前記白金族触媒液体組成物の粘度が0.1〜500Pa・sとなるのに十分な量の粘度調整剤を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項5】
前記粘度調整剤が、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、メチルセルロース(MC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、メチルヒドロキシプロピルセルロース(MHPC)、及びエチルセルロース(EC)からなる群から選択される一種以上のセルロース誘導体であることを特徴とする、請求項4に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項6】
前記塩基性リチウム化合物が、水酸化リチウム、酸化リチウム、リチウムアルコキシド、カルボン酸リチウムからなる群から選択される一種以上であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項7】
前記モノテルペンアルコールが、リナロール、テルピネオール、ゲラニオール、シトロネオール、ゲラニオール、ボルネオール、ネロリドール、メントールからなる群から選択される一種以上であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の白金族触媒前駆体液体組成物。
【請求項8】
(1)白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を準備した後、液体組成物母剤となる一種以上のモノテルペンアルコールに、前記白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を添加して、白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液を調製する工程と、
(2)塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を準備した後、前記白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液に前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を添加する工程であって、前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液は、水100g当たり、調製される白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られる水溶液のpHが6〜8となるのに必要な量、添加する工程、及び
(3)必要に応じて粘度調整剤を用い、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の粘度を0.1〜500Pa・sに調整する工程と、を含み、
前記白金族触媒前駆体が、塩化白金酸、塩化パラジウム酸、塩化イリジウム酸、塩化ルテニウム酸、塩化ロジウム酸、若しくはそれらの塩、またはそれらの水和物からなる群から選択される一種以上の酸性化合物であり、
前記第二有機溶媒が、請求項1に記載の前記第一の副有機溶媒であり、
前記第一有機溶媒が、
(i)請求項1に記載の前記第一の副有機溶媒であるか、または
(ii)請求項2に記載の前記第二の副有機溶媒であるか、または
(iii)前記(i)と(ii)の混合溶媒であって、
但し、上記(ii)及び(iii)の場合には、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で前記(ii)の前記第二の副有機溶媒を用いるものとすることを特徴とする、白金族触媒前駆体液体組成物の調製方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の白金族触媒前駆体液体組成物を基板に塗布し、200℃以上の温度で熱処理することを特徴とする白金族触媒電極の作製方法。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の白金族触媒前駆体液体組成物を基板に塗布し、200℃以上の温度で熱処理することにより白金族触媒電極を作製する工程と、
前記白金族触媒電極を対極として色素増感太陽電池を作製する工程とを含む、色素増感太陽電池の作製方法。
【請求項11】
白金族触媒膜による被覆率が98%以上で、白金族触媒膜密度が10〜20μg/cm2の白金族触媒電極であって、
前記白金族触媒膜の表面を走査型電子顕微鏡観察像で観察した場合、前記白金族触媒膜が粒子径が5〜10nmの白金族触媒粒子により構成され、かつ前記白金族触媒粒子の少なくとも一部互いに結合していることを観察できることを特徴とする白金族触媒電極。
【請求項12】
請求項11に記載の白金族触媒電極を対極として備えることを特徴とする色素増感型太陽電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金族触媒電極を形成するために好適に用いられる白金族触媒前駆体液体組成物に関するものであり、特に色素増感太陽電池用の白金族触媒電極(対極)を形成するのに好適な組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
色素増感太陽電池用の対極には白金電極がよく用いられているが、該白金電極は、通常、スパッタリングにより作製されている。しかし、スパッタリングによる作製では、白金の無駄も多く製造コストが高くつくという問題があった。
【0003】
そこで、スパッタリングに代わる方法として、白金ないし白金前駆体の溶液を調製してこれを基板に塗布することによって作製する方法がこれまでにもいくつか報告されている。たとえば、特許文献1〜4では、白金金属微粒子をコロイド溶液等にして分散させた白金ペーストが開示されている。また、特許文献5〜9では、塩化白金酸等の白金前駆体を分散または溶解させた白金ペーストが開示されている。
【0004】
しかし、塩化白金酸などのハロゲン化物から作製された白金ペーストでは、印刷機の金属部分を腐蝕させてしまうという問題がある(たとえば、特許文献1の段落0014)。他方で、少量の白金を効率よく均一に塗布する目的には、溶解ペーストであることが好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−222017号公報
【特許文献2】特開2006−302848号公報
【特許文献3】特開2005−158380号公報
【特許文献4】特開平11−242913号公報
【特許文献5】特開2010−020940号公報
【特許文献6】特開2001−250595号公報
【特許文献7】特開2007−234249号公報
【特許文献8】特開2005−166444号公報
【特許文献9】特開平8−77826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、白金族触媒前駆体が均一に溶解し、かつ印刷機等を腐蝕させる心配のない水素イオン濃度の低い溶液であって、白金族触媒電極等を形成するために好適に用いられる液体組成物、及び該液体組成物を用いることにより、被覆率の高い白金族触媒電極を提供すること等を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(本発明の第一の態様)
(1)白金族触媒前駆体と、
(2)塩基性リチウム化合物と、
(3)有機溶媒と、
を含み、
前記白金族触媒前駆体が均一溶解した透明な白金族触媒前駆体液体組成物であって、
前記白金族触媒前駆体が酸性化合物であり、
前記塩基性リチウム化合物が、水100g当たり前記白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られた水溶液のpHが6〜8となるような量で配合されており、
前記有機溶媒が、主有機溶媒としての一種以上のモノテルペンアルコールと一種以上の第一の副有機溶媒を含み、
前記第一の副有機溶媒は、前記白金族触媒前駆体を可溶化でき、かつ前記塩基性リチウム化合物に対する25℃における溶解度が1g/100g以上、かつ1分子当たりの水酸基数が1個である炭素数1〜6の水酸基含有有機溶媒であり、
前記第一の副有機溶媒は、均一溶解した液体組成物を得ることのできる量で配合されていることを特徴とする、白金族触媒前駆体液体組成物である。
【0008】
なお、本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物には、任意に前記白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で、さらに第二の副有機溶媒を含むことができる。そして、該第二の副有機溶媒とは、前記白金族触媒前駆体を可溶化できる、前記第一の副有機溶媒以外の炭素数1〜6の水酸基含有有機溶媒である。
【0009】
(本発明の第二の態様)
(1)白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を準備した後、液体組成物母剤となる一種以上のモノテルペンアルコールに、前記白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を添加して、白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液を調製する工程と、
(2)塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を準備した後、前記白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液に前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を添加する工程であって、前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液は、水100g当たり、調製される白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られる水溶液のpHが6〜8となるのに必要な量、添加する工程、及び
(3)必要に応じて粘度調整剤を用い、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の粘度を0.1〜500Pa・sに調整する工程と、を含み、
前記第二有機溶媒が、前記本発明の第一の態様の第一の副有機溶媒であり、
前記第一有機溶媒が、
(i)前記本発明の第一の態様の第一の副有機溶媒であるか、または
(ii)前記本発明の第一の態様で任意に用いられる第二の副有機溶媒であるか、または
(iii)前記(i)と(ii)の混合溶媒であって、
但し、上記(ii)及び(iii)の場合には、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で前記(ii)の第二の副有機溶媒を用いるものとすることを特徴とする、
本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物の調製方法である。
【0010】
(本発明の第三の態様)
前記本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物を基板に塗布し、200℃以上の温度で熱処理することを特徴とする白金族触媒電極の作製方法である。
【0011】
(本発明の第四の態様)
白金族触媒膜による被覆率が98%以上で、白金族触媒膜密度が10〜20(μg/cm2)、白金族触媒粒子径が5〜10nmの白金族触媒により構成される白金族触媒電極である。
【0012】
(本発明の第五の態様)
前記本発明の第三態様の作製方法により作製することのできる白金族触媒電極または前記第四の白金族触媒電極を対極として備えることを特徴とする色素増感型太陽電池である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の白金族触媒前駆体液体組成物を用いることにより、印刷機や基板等の金属部分を腐蝕させることなく、スパッタリングを用いた場合と同等以上の触媒性能を有する白金族触媒電極を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の均一溶解性を示すための遠心分離(条件:1.5mlマイクロチューブ使用、室温(25℃)、回転数15,000rpm、30分の遠心分離)後の本発明品(a)(実施例6)及び比較品(b)(比較例3)及び(c)(比較例4)の白金族触媒前駆体液体組成物の相分離状況を示す写真である。
図2】本発明のような均一溶解型ペースト法による白金族触媒膜(d)と従来品の白金族触媒膜[(a)(スパッタリング法)、(b)(分散型ペースト法)及び(c)(支持材担持型)]の膜構造の相違を示す概略図である。
図3】実施例・比較例の白金族触媒膜を形成するための基板であるチタン基板の成膜前の表面の電子顕微鏡(SEM)観察像(図3(a)、倍率10万倍)、及びスパッタリング(堆積膜厚10nm)により、チタン基板上に作製された白金触媒膜の表面の電子顕微鏡(SEM)観察像である(図3(b)、倍率10万倍、比較例9)。図3(a)ではチタン基板表面の圧延加工痕が観察され、図3(b)にも下地の圧延加工痕がスパッタリング膜を通してかすかに観察された。
図4】分散型ペースト(比較例4)により作製された白金触媒膜(比較例8)の表面の電子顕微鏡(SEM)観察像 (図4(a)、倍率10万倍)、及び未中和均一溶解ペースト(比較例1)により作製された白金触媒膜(比較例7)の表面の電子顕微鏡(SEM)観察像 (図4(b)、倍率10万倍)である。
図5】水酸化リチウムにより中和した塩化白金酸ペースト(実施例6)により、チタン基板上に作製された焼成後の本発明の白金触媒膜(実施例16)の表面の電子顕微鏡(SEM)観察像である(倍率10万倍)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
A.本発明の第一の態様について
本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物は、白金族触媒前駆体、塩基性リチウム化合物及び有機溶媒を含み、かつ水素イオン濃度が低いため印刷機等を腐蝕させる心配のない均一溶解溶液である。
【0016】
(A−1)白金族触媒前駆体
白金族触媒前駆体とは、熱分解により白金族元素を生成することのできる酸性化合物をいう。ここで、白金族元素とは、ルテニウムRu、ロジウムRh、パラジウムPd、オスミウムOs、イリジウムIr及び白金Ptの6元素のことをいう。
【0017】
ここで、該化合物が酸性化合物かどうかは、水100g当たり白金族触媒前駆体を10g混合させて得られた水溶液につき、ガラス電極法、pHメーター、あるいはより簡便にはリトマス試験紙によってpHが酸性領域にあるかどうか、より好ましくはpHが6未満であるかどうかで確認できる。
【0018】
より具体的には、塩化白金酸、塩化パラジウム酸、塩化イリジウム酸、塩化ルテニウム酸、塩化ロジウム酸といった塩化白金族酸、若しくはそれらの塩、またはそれらの水和物や、硝酸ルテニウム、硝酸パラジウム等の白金族硝酸塩などを挙げることができる。
【0019】
これら白金族触媒前駆体の溶液は、一般に強酸であり、このままでは塗布に用いる印刷機や基板等の金属部分を腐蝕させるおそれがある。
【0020】
本発明の白金族触媒前駆体液体組成物中には、好ましくは白金族触媒前駆体液体組成物の全重量を基準として、0.01〜10.0重量%、より好ましくは0.5〜4.5重量%の範囲で白金族触媒前駆体を配合できる。
【0021】
(A−2)塩基性リチウム化合物
塩基性リチウム化合物とは、酸性化合物である前記白金族触媒前駆体の溶液の水素イオン濃度を低下させるために用いられる塩基性のリチウム化合物である。0.1mol/Lの水溶液を作製した場合に、好ましくはpHが8以上、より好ましくは10以上となる化合物が好ましい。
【0022】
主有機溶媒であるモノテルペンアルコールには溶解しにくいため、後記する第一の副有機溶媒を用いて溶解させる。このため、第一の副有機溶媒に対する25℃の溶解度が1g/100g以上である。すなわち、第一の副有機溶媒100g当たり、1g以上の塩基性リチウム化合物が溶解できる。なお、本明細書全体に渡って、溶解度表示「A g/B g」は「B g」の重量の溶媒に対して、「A g」の溶質が溶解することを示す。
【0023】
より具体的には、水酸化リチウム、酸化リチウム、リチウムアルコキシド、カルボン酸リチウムなどを挙げることができる。
【0024】
本発明で特に重要なのは、たとえばアンモニア水、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等のカチオンがリチウム以外の他の塩基で中和したのでは、コロイドや懸濁粒子を生じてしまい、目的とする均一溶解した中性の白金族触媒前駆体液体組成物が得られず、塩基性リチウム化合物によって中和した場合にのみ、目的とする均一溶解した中性の白金族触媒前駆体液体組成物が得られるという点である。
【0025】
また塩基性リチウム化合物の配合量としては、水100g当たり、調製される白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られた水溶液のpHが6〜8となるような量で配合される。前記混合は、チューブスターラーやチューブミキサーを用いて充分に攪拌・混合することによって行い、30分間静置した後の水相部分のpHを測定する。
【0026】
ここで、pHの測定はガラス電極法、pHメーター、あるいはより簡便にはリトマス試験紙によって行なう。
【0027】
(A−3)有機溶媒
(A−3−1)
本発明の有機溶媒は少なくとも、モノテルペンアルコールである主有機溶媒と、均一溶解した液体組成物を得ることのできる量の第一の副有機溶媒からなる。
【0028】
白金族触媒前駆体、たとえば塩化白金酸・六水和物はモノテルペンアルコール、たとえばα−テルピネオールに可溶である。しかし、塩基性リチウム化合物、たとえば水酸化リチウムはモノテルペンアルコール、たとえばα−テルピネオールにはほとんど溶解しないため、第一の副有機溶媒が必要となる。
【0029】
(A−3−2)
主有機溶媒であるモノテルペンアルコールとしては、リナロール、テルピネオール、ゲラニオール、シトロネオール、ゲラニオール、ボルネオール、ネロリドール、メントールからなる群から選択される一種以上を挙げることができる。そして、これらは純粋な単一の化合物としては、融点が室温より高いものも多いため、室温(25℃)で液体状態を保つように、二種以上の混合物として用いることができる。たとえば、α−テルピネオールを用いる場合、β−テルピネオールやγ−テルピネオールが少量混合されて室温(25℃)で安定して液体状態のα−テルピネオールを用いることが好ましい。
【0030】
主有機溶媒であるモノテルペンアルコールは、白金族触媒前駆体液体組成物の全重量を基準にして、10〜90重量%の量で用いることが好ましい。
【0031】
(A−3−3)
本発明にいう第一の副有機溶媒とは、前記白金族触媒前駆体を可溶化でき、かつ前記塩基性リチウム化合物に対する25℃における溶解度が1g/100g以上、より好ましくは2g/100g以上の水酸基含有有機溶媒であって、炭素数が1〜6であり、1分子当たりの水酸基数が1個の水酸基含有有機溶媒のことをいう。
【0032】
また、白金族触媒前駆体を可溶化できるとは、少なくとも白金族触媒前駆体に対する25℃の溶解度が1g/100g以上、より好ましくは2g/100g以上あることをいう。すなわち、第一の副有機溶媒100gにつき、塩基性リチウム化合物が1g以上、より好ましくは2g以上溶解できる。
【0033】
また、塩基性リチウム化合物に対する25℃における溶解度は、たとえば温度変化法等によって求めることができる。
【0034】
本発明にいう第一の副有機溶媒は、より具体的には、メタノール、エタノール、炭素数3〜6、より好ましくは3〜4のアルコキシアルコールからなる群から選択される一種以上の水酸基含有有機溶媒を例示することができる。
【0035】
本発明にいう第一の副有機溶媒は、好ましくはハンセン溶解性パラメーター(Hansen solubility parameters、たとえばCharles M. Hansen, HANSEN SOLUBILITY PARAMETERS, A User's Handbook, Second Edition, 2007, CRC Press 参照)の極性溶解性パラメーター(δp)が、少なくともエタノールの極性溶解性パラメーター(8.8MPa1/2)以上であり、水の極性溶解性パラメーター(16.0MPa1/2)未満であることが好ましい。
【0036】
これらの第一の副有機溶媒を用いることにより、主有機溶媒だけではほとんど溶解しない塩基性リチウム化合物を溶解させることができる。
【0037】
また、これらの第一の副有機溶媒は、主有機溶媒であるモノテルペンアルコールとの相溶性もよく、主有機溶媒が相分離を起こすこともない。
【0038】
ここで、炭素数3〜6、より好ましくは3〜4のアルコキシアルコールとは、1分子中の炭素数が3〜6個で一個の水酸基と一個のアルコキシ基を有する有機溶媒のことをいい、より具体的には、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノールを挙げることができる。
【0039】
これらの第一の副有機溶媒の中でも、エタノール、2−メトキシエタノールが好ましい。
【0040】
また、第一の副有機溶媒の配合量は、均一溶解した白金族触媒前駆体液体組成物を得ることのできる量とすることができるが、より具体的には、主有機溶媒であるモノテルペンアルコールの重量を基準として、好ましくは0.1〜50重量%、より好ましくは2.0〜20.0重量%の範囲とすることができる。
【0041】
なお、ここにいう「均一溶解」とは、1.5mlマイクロチューブに液体組成物サンプル1mlを加えて、室温(25℃)、回転数15,000rpm、30分間の条件で遠心分離しても、目視での分離が観察されず、溶解性を維持することをいう(図1(a)参照)。
【0042】
図1では、上記条件下での遠心分離後の3つの液体組成物サンプルの様子を示したものであり、一番左側のサンプル(a)は本発明品[主有機溶媒としてテルピネオール(主成分:α−テルピネオール)、第一の副有機溶媒(表1中の「第二有機溶媒」)として2−メトキシエタノールを使用、第二の副有機溶媒(表1中の「第一有機溶媒」)としてヘキシレングリコールを、均一溶解を維持する範囲内の量で使用、水酸化リチウム中和、実施例6]に対応しており、上記遠心分離後でも溶解性を維持しており、目視でなんらの分離も観察されない。
【0043】
これに対し、本発明品以外の中央のサンプル(b)[主有機溶媒としてテルピネオール(主成分:α−テルピネオール)、第一の副有機溶媒(表1中の「第二有機溶媒」)としてエチレングリコール、第二の副有機溶媒(表1中の「第一有機溶媒」)としてヘキシレングリコール使用、比較例3]では乳濁(液相−液相分離)した。
【0044】
さらに、一番右側のサンプル(c)[主有機溶媒としてテルピネオール(主成分:α−テルピネオール)、第一の副有機溶媒としてメタノールを使用、アンモニウム水中和、比較例4]では懸濁(液相−固相分離)し、遠心管の下部に分離層が観察された。
【0045】
(A−3−4)
本態様の白金族触媒前駆体液体組成物にはさらに、第二の副有機溶媒を含んでもよい。
【0046】
該第二の副有機溶媒は、白金族触媒前駆体を可溶化でき、前記第一の副有機溶媒以外の炭素数1〜6の水酸基含有有機溶媒である。前記白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で用いることができる。
【0047】
ここで、白金族触媒前駆体を可溶化できるとは、少なくとも白金族触媒前駆体に対する25℃の溶解度が1g/100g以上、より好ましくは2g/100g以上あることをいう。
【0048】
このような第二の副有機溶媒としては、たとえば、1,6−へキシレングリコールやイソプロピルアルコール等の水酸基含有有機溶媒は、白金族触媒前駆体、たとえば塩化白金酸・六水和物を溶解させることができるが、塩基性リチウム化合物、たとえば水酸化リチウムをほとんど溶解させることができない。しかし、前記白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の割合で、1,6−へキシレングリコールやイソプロピルアルコール等の第二の副有機溶媒を加えることは可能である。より具体的には、たとえば上記第一の副有機溶媒に対する重量比で0.01〜0.5倍の範囲で加えることができる。
【0049】
また、炭素数2〜4のジまたはトリオール、炭素数5〜6のシクロアルカンジオール、ジまたはトリエチレン(またはプロピレン)グリコール等の水酸基含有有機溶媒は、塩化白金酸・六水和物で代表される白金族触媒前駆体や、塩基性リチウム化合物を溶解させることはできると考えられるが、モノテルペンアルコールとの相溶性が比較的劣るため、これらの水酸基含有有機溶媒も、前記白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の割合で、任意に用いることができる。
【0050】
(A−4)粘度調整剤
本発明の白金族触媒前駆体液体組成物は、任意成分として粘度調整剤を含むことができる。
【0051】
粘度調整剤としては、セルロース誘導体を挙げることができる。
具体的なセルロース誘導体としては、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、メチルセルロース(MC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、メチルヒドロキシプロピルセルロース(MHPC)、及びエチルセルロース(EC)からなる群から選択される一種以上を挙げることができる。
【0052】
好ましい粘度範囲としては、好ましくは0.1〜500Pa・s(ずり速度4/秒)、より好ましくは10〜100Pa・s(ずり速度4/秒)とすることが、たとえば本発明の白金族触媒前駆体液体組成物をスクリーン印刷に用いる場合には好ましい。
【0053】
なお、ここにいう粘度はB型粘度計(共軸二重円筒型、測定温度30℃)によって測定することができる。
【0054】
B.本発明の第二の態様について
本発明の第二の態様は、前記本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物の調製方法であり、
(1)白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を準備した後、液体組成物母剤となる一種以上のモノテルペンアルコールに、前記白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液を添加して、白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液を調製する工程と、
(2)塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を準備した後、前記白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液に前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液を添加する工程であって、前記塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液は、水100g当たり、調製される白金族触媒前駆体液体組成物10gを混合させて得られる水溶液のpHが6〜8となるのに必要な量、添加する工程、及び
(3)必要に応じて粘度調整剤を用い、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の粘度を0.1〜500Pa・sに調整する工程と、を含む。
【0055】
(B−1)工程(1)
(B−1−1)
白金族触媒前駆体の第一有機溶媒溶液を用いて、白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液を調製する工程である。
【0056】
この工程に用いられる該モノテルペンアルコールは前記本発明の第一の態様にいう主有機溶媒に対応する。
【0057】
この工程に用いられる第一有機溶媒は、
(i)前記本発明の第一の態様の第一の副有機溶媒であるか、または
(ii)前記本発明の第一の態様で任意に用いられる第二の副有機溶媒であるか、または
(iii)前記(i)と(ii)の混合溶媒である。
【0058】
但し、上記(ii)及び(iii)の場合には、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の量で前記(ii)の第二の副有機溶媒を用いる。より具体的には、たとえば上記第一の副有機溶媒に対する重量比で0.01〜0.5倍の範囲の量とすることができる。
【0059】
(B−1−2)
白金族触媒前駆体の第一有機溶媒の溶液の準備は、たとえば白金族触媒前駆体を第一有機溶媒に溶解させることにより行なう。
【0060】
白金族触媒前駆体の第一有機溶媒溶液中の、白金族触媒前駆体の濃度は高い方が好ましいが、より具体的には、白金族触媒前駆体の第一有機溶媒溶液の全重量を基準として、50〜90重量%が好ましい。
【0061】
また、モノテルペンアルコールと上記第一有機溶媒溶液の量比は、モノテルペンアルコールの重量を基準にして1〜50重量%が好ましく、本工程により得られる白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液中の白金族触媒前駆体の濃度は0.5〜4.5重量%が好ましい。
【0062】
(B−2)工程(2)
(B−2−1)
塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒溶液を用いて、均一溶解した、水素イオン濃度の低い白金族触媒前駆体液体組成物を調製する工程である。
【0063】
この工程で塩基性リチウム溶液の調製に用いられる第二有機溶媒は、原則として前記本発明の第一の発明にいう第一の副有機溶媒に対応する。
【0064】
前記工程(1)において、第一有機溶媒として、前記本発明の第一の態様にいう第一の副有機溶媒を用いる場合、本工程(2)で第二有機溶媒として用いる第一の副有機溶媒は、第一有機溶媒として用いる第一の有機溶媒と同じでも異なってもよい。
【0065】
なお、本工程にいう第二有機溶媒には、任意に本発明の第一の態様にいう第二の副有機溶媒のうち、炭素数2〜4のジまたはトリオール、炭素数5〜6のシクロアルカンジオール、ジまたはトリエチレン(またはプロピレン)グリコールを部分的に含めてもよい。これらの水酸基含有有機溶媒は、塩化白金酸・六水和物で代表される白金族触媒前駆体のみならず、塩基性リチウム化合物も溶解させることはできると考えられるからである。もっとも、モノテルペンアルコールとの相溶性が比較的劣るため、これらの水酸基含有有機溶媒は、最終的に得られる白金族触媒前駆体液体組成物の均一溶解が維持される範囲内の割合で、任意に第二有機溶媒の一部として用いることができるにすぎない。
【0066】
(B−2−2)
塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒の溶液の準備は、たとえば塩基性リチウム化合物を第二有機溶媒に溶解させることにより行なう。
【0067】
塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒溶液中の塩基性リチウム化合物の濃度は高い方が好ましいが、例えば塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒溶液の全重量を基準として50〜90重量%が好ましい。
【0068】
また、モノテルペンアルコールと上記第二有機溶媒溶液の量比は、モノテルペンアルコールの重量を基準にして1〜50重量%が好ましい。
【0069】
(B−3)工程(3)
粘度調整剤を添加して、調製される白金族触媒前駆体液体組成物の粘度を0.1〜500Pa・sに調整する任意の工程である。
【0070】
粘度の測定法については、本発明の第一の態様における前記(A−4)を参照できる。
【0071】
ここで、上記粘度調整剤を添加する時期に関しては特に制限は無く、工程(2)の後に添加するのはもちろんのこと、それ以前の、たとえば工程(1)の後で工程(2)の前に添加してもよい。
【0072】
また、粘度調整剤の必要量を一度に同時期に添加する態様ばかりでなく、異なる時期に分割して添加してもよい。たとえば、工程(1)の後で工程(2)の前に粘度調整剤の必要量の一部を添加し、さらに工程(2)後に、残りの粘度調整剤を添加してもよい。
【0073】
さらに、工程(1)の白金族触媒前駆体の第一有機溶媒溶液に粘度調整剤をも含ませることで、工程(1)を行なうと同時に粘度調整剤を添加してもよく、工程(2)の塩基性リチウム化合物の第二有機溶媒溶液に粘度調整剤をも含ませることで、工程(2)と同時に粘度調整剤を添加してもよい。
【0074】
もっとも、粘度調整剤の添加は前記工程(2)の後の最終工程で行なうことが、乳濁や懸濁の有無、液性の中間評価が行ないやすいという点で好ましい。
【0075】
C.本発明の第三の態様について
本発明の第三の態様は、前記本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物を用いて白金族触媒電極を作製する方法である。
【0076】
本態様の方法は、前記本発明の第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物を基板に塗布する第一工程と、塗布された基板を200℃以上の温度で熱処理する第二工程を含む。
【0077】
(C−1)第一工程
基板としては、ガラス材料、セラミックス材料、金属材料等を用いることができ、その中でも酸化錫(Sn23)、酸化インジウム(In23)、ZnO(酸化亜鉛)等に代表される金属酸化物系透明導電材料やチタン、ステンレス、アルミニウム等の金属材料が好ましい。
【0078】
基板への白金族触媒前駆体液体組成物の塗布方法としては、スクリーンプリント法、スピンコート法、ロールコート法、インクジェット法、ディスペンス法、スプレー法を挙げることができ、特にスクリーンプリント法が好ましい。
【0079】
本工程で用いる白金族触媒前駆体液体組成物としては、粘度調整剤により0.1〜500Pa・s(ずり速度4/秒)、より好ましくは10〜100Pa・s(ずり速度4/秒)の粘度の液体組成物を用いることが好ましい。
【0080】
塗布量としては、最終的に得られる白金族触媒膜の厚みが1nm〜10nmとなるように塗布するのが好ましい。
【0081】
(C−2)第二工程
本工程により、白金族触媒前駆体を200℃以上の温度で熱処理して、白金族触媒を基板上に形成する。
【0082】
基板材料としてガラス材料を用いる場合、ガラス材料の熱変形を考慮すると、200〜600℃の範囲で熱処理するのが好ましい。基板材料として金属材料を用いる場合、表面酸化膜の形成を考慮すると、200〜400℃の範囲で熱処理を行うことが好ましい。
【0083】
より好ましい熱処理温度の範囲は、330〜370℃である。
【0084】
(C−3)得られる白金族触媒電極の特長
(C−3−1)
本態様の作製方法は、スパッタリングと異なり、白金族触媒の使用量を少量に抑えることができ(たとえば0.2g/m2以下)、また用いる白金族触媒前駆体液体組成物の水素イオン濃度が低いため、印刷機や基板(金属材料等を用いた場合)を腐蝕させることもないという利点を有する。
【0085】
また、本態様により、スパッタリングにより形成された白金族触媒電極と少なくとも同等の触媒性能の白金族触媒電極を得ることができる。
【0086】
より具体的には、以下の利点を有する触媒電極を得ることが可能である。
・均一に溶解した液体組成物を用いることから、基板上にむら無く均質な白金族触媒層を形成できること(高い被覆率)。
・粒子径の極めて小さい白金族触媒膜(たとえば粒子径が約10nm以下)を得ることができること。
・基板の細かい凹凸に追従した形態で白金族触媒膜が形成されるため、基板との密着強度も大きく、大きな接触面積の白金族触媒膜が得られること。
【0087】
(C−3−2)
スパッタリングで得られるような薄膜コーティング性状(電子顕微鏡で10万倍に拡大しても膜を構成する粒子は実質的には観察できない。すなわち、少なくとも粒径5nm以上の粒子は観察できない。比較例9、図3(b)及び図2(a)参照)。
【0088】
また、白金粒子または白金前駆体粒子の分散ペースト(たとえば比較例4)では、不均一な分布を有する海綿体構造(比較例8、被覆率77.6%、図4(a)及び図2(b))の膜が得られる。
【0089】
これに対して、本発明の方法で得られる白金族触媒電極上の白金族触媒膜は、上記のいずれとも異なる。
【0090】
すなわち、本願発明では白金族触媒前駆体の均一溶解した液体組成物(たとえば実施例6)を用いるため、細かい微粒子(粒径5〜10nm)により表面が均一に被覆された外観を有する白金族触媒膜を有する白金族触媒電極を得ることができる(実施例16、被覆率99.5%、図5及び図2(d)参照)。
【0091】
さらに、驚くべきことには、均一溶解液体組成物を用いても、塩基性リチウム化合物を添加せず強酸性のままの均一溶解液体組成物(たとえば比較例1)により形成された白金族触媒電極では、本願発明で得られるような高い白金族触媒膜による基板表面の被覆率は得られないことがわかった(比較例7、被覆率56.7%、図4(b)参照)。
【0092】
この原因については、本願発明で得られる白金族触媒膜中の白金族元素の粒径が比較的小さい(粒径5〜10nm)のに対して、比較例1では白金族元素がネットワーク構造を形成し、該ネットワーク構造を形成する白金族元素の粒径が、実施例6と比べるとかなり大きかった(粒径が20〜50nm程度)という事実から考察することができる。すなわち、本願発明(たとえば実施例6)のように塩基性リチウム化合物を添加してpHを中性領域に調節した白金族触媒前駆体液体組成物を用いた場合には、該前駆体の熱分解により形成される白金族元素の粒子は小さいままにとどまり、白金族触媒膜による基板表面の被覆率にほとんど悪影響を与えないのに対して、比較例1のように均一溶解させた白金族触媒前駆体液体組成物ではあるものの塩基性リチウム化合物を添加しないため強酸性のままの白金族触媒前駆体液体組成物を用いた場合には、該前駆体の熱分解により形成される白金族元素の粒子がより成長する傾向があり、周囲の白金族元素も取り込んでネットワーク構造を形成してしまうことにより被覆率が低下したものと考えられた。
【0093】
なお、上記にいう「被覆率」の測定法については、下記D.において説明する。
【0094】
D.本発明の第四の態様について
本願発明の第四の態様は、白金族触媒膜による被覆率が98%以上で、白金族触媒膜密度が10〜20(μg/cm2)、白金族触媒粒子径が5〜10nmの白金族触媒により構成される白金族触媒電極である。
【0095】
(D−1)
本態様にいう被覆率とは、白金族触媒膜により電極基板表面が被覆される割合(%)をいい、前記(C−3)にいう被覆率と同義である。該被覆率は、触媒電極中央部分(重心対応部分)の表面SEM観察像(10万倍)を白金部と非白金部で二値化[電子顕微鏡(SEM)画像のヒストグラム解析]することによって測定することができる。スクリーン印刷等により本発明の白金族触媒前駆体液体組成物を均一に塗布するため、触媒電極中央部の表面SEM観察像でも十分に白金族触媒膜の被覆率として代表することができる。より精度の高い被覆率を求めたい場合には、触媒電極表面をほぼ面積の等しい部分にn等分(n:2以上の整数)し、それぞれの中央部分の表面SEM観察像(10万倍)で観察して平均をとってもよい。たとえば、触媒電極中央部分で交差する2本の線分で挟まれた領域により触媒電極表面をほぼ面積の等しい4つの領域に分割し、各分割領域の中央部分(重心対応部分)の表面SEM観察像(10万倍)で観察して、前記触媒電極中央部分とあわせ5つの測定値の平均をとってもよい。
【0096】
また、本態様にいう白金族触媒膜密度(μg/cm2)とは、白金族触媒電極の単位表面(1cm2)当たりの白金族触媒膜の重量(μg)のこという。
【0097】
白金族前駆体液体組成物の塗布重量及び前記液体組成物中の白金族触媒前駆体の濃度から、電極基板に塗布された白金族触媒前駆体の重量を算出した後、前記白金族触媒前駆体の重量を白金族元素の重量(μg)に換算する。次いで、塗布面積及び上記被覆率から、被覆面積(cm2)を計算する。そして、算出された前記白金族元素の重量(μg)を前記被覆面積(cm2)で割ることによって、白金族触媒膜密度(μg/cm2)を計算する。
【0098】
さらに、本態様にいう白金族触媒粒子径とは、白金族触媒膜中の白金族触媒粒子の粒径であり、触媒電極中央部の表面SEM観察像(10万倍)で観察される球状白金族触媒粒子群の最長辺の長さを測定することによって求めることができる。スクリーン印刷等により本発明の白金族触媒前駆体液体組成物を均一に塗布するため、触媒電極中央部の表面SEM観察像から求めた粒径値でも十分に白金族触媒膜中の白金族触媒粒子の粒径値として代表することができる。より精度の高い粒径値を求めたい場合には、触媒電極表面をほぼ面積の等しい部分にn等分(n:2以上の整数)し、それぞれの中央部分の表面SEM観察像(10万倍)で観察して平均をとってもよい。たとえば、触媒電極中央部分で交差する2本の線分で挟まれた領域により触媒電極表面をほぼ面積の等しい4つの領域に分割し、各分割領域の中央部分(重心対応部分)の表面SEM観察像(10万倍)で観察して、前記触媒電極中央部分とあわせ5つの測定値の平均をとってもよい。
【0099】
(D−2)
本態様にいう白金族触媒電極は、前記第三の態様によって作製することができる。
【0100】
そして、被覆率及び粒子径については上記(C−3−2)で説明したように相関すると考えられ、前記第三の態様の作製方法において、前記第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物のpH[上記(A−2)、(C−3−2)参照]を調整することで制御できる。
【0101】
また、白金族前駆体液体組成物中の白金族触媒前駆体の濃度を調整することによっても、被覆率及び粒子径を制御できる。すなわち、前記濃度を大きくすると、一般的に被覆率及び粒子径は大きくなる傾向がある。白金塗布量の増大及び強熱中に形成される結晶核同士の結合確率の増大によるものと考えられる。
【0102】
さらに、白金族触媒膜密度は、前記第一の態様の白金族触媒前駆体液体組成物の塗布量を調整することで制御可能である。
【0103】
E.本発明の第五の態様について
本発明の第五の態様は、前記本発明の第三の態様の作製方法により作製された白金族触媒電極または前記本発明の第四の態様の白金族触媒電極を対極として備えることを特徴とする色素増感太陽電池である。
【0104】
色素増感太陽電池は、光増感色素を酸化物半導体上に吸着させて得られる酸化物半導体電極、電荷移動物質または有機ホール移動物質、及び対極から構成される。
【0105】
本態様により得られる色素増感太陽電池は、スパッタリングにより得られた白金族触媒電極を対極として備える色素増感太陽電池と同等以上の性能を有する。
【実施例】
【0106】
A.白金族触媒前駆体液体組成物の調製
以下の手順に従い、下記表1に記載の実施例1〜10及び比較例1〜6の各成分を混合して、それぞれの白金族触媒前駆体液体組成物を調製した。なお、下記工程はすべて室温で行なった。
(1)白金族触媒前駆体(塩化白金酸六水和物)を第一の有機溶媒に溶解させた後、モノテルペンアルコール(主成分:α−テルピネオール)に添加して、白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液を調製した。
(2)塩基性化合物を第二の有機溶媒に溶解させた後、前記工程(1)で調製した白金族触媒前駆体のモノテルペンアルコール溶液に添加して、表2の脚注*2によって決定されるpHが6〜8になるように調整した(表2参照)。
但し、比較例1においては、この工程(2)は行なわなかった。このため表2の脚注*2によって決定されるpHは1であった(表2参照)。
また、比較例2及び3においては、上記工程(1)及び(2)だけにより白金族触媒前駆体液体組成物を調製し、下記工程3による粘度調整は行なわなかった。
(3)実施例1〜10、比較例1及び比較例4〜6については、さらに粘度調整剤(エチルセルロース300cps)を添加して、粘度を43.4〜44.4Pa・sになるように調整した(表2参照)。
【0107】
【表1】
【0108】
*主要原料及び溶媒の入手先は以下のとおりである。
塩化白金酸六水和物:和光純薬 089-05311
ヘキシレングリコール:和光純薬 137-08165
水酸化リチウム:東京化成 LO225
酢酸リチウム:和光純薬 123-01542
酸化リチウム:STREM CHEMICALS 03-0343
リチウムメトキシド(10%メタノール溶液):和光純薬 129-04942
エチレングリコール:関東化学 14114-01
2−メトキシエタノール:和光純薬 055-01096
2−エトキシエタノール:和光純薬 052-02586
テルピネオール:日本香料株式会社、主成分:α−テルピネオール
エチルセルロース:日進化成 エトセル グレード300
【0109】
【表2】
【0110】
*1:性状について
1.5mlマイクロチューブに白金族触媒前駆体液体組成物サンプル1mlを加えて、室温(25℃)、回転数15,000rpm、30分間の条件で遠心分離した後の目視観察により決定した。
【0111】
すなわち、目視で乳濁も懸濁も観察されず、均一溶解性を維持した場合を「溶解」、目視で液相−液相分離が観察された場合を「乳濁」、目視で液相―固相分離が観察された場合を「懸濁」とした。
【0112】
なお、図1にはそれぞれ、実施例6[図1(a)]、比較例3[図1(b)]及び比較例4[図1(c)]の上記遠心分離後の状態を代表的に示している。なお、実施例6及び比較例4では、比較例3と異なり粘度調整剤(エチルセルロース)を添加しているが、図1(a)及び図1(c)は該粘度調整剤添加前の状態を示したものである。もっとも粘度調整剤(エチルセルロース)を添加しても実施例6及び比較例4には性状の変化はなかった。
【0113】
*2:pH測定について
水100g当たり各実施例1〜10または比較例1〜6の白金族触媒前駆体液体組成物10gの割合で、前記白金族触媒前駆体液体組成物に水を加えてチューブミキサーで十分に攪拌・混合させ、30分間静置した後の水相部分のpHをpH試験機(ファシオンpHメーターC−73)により室温下に測定することによって決定した。
【0114】
*3:粘度測定について
B型粘度計(共軸二重円筒型、測定温度30℃)によって測定した。
【0115】
(結果)
上記表1、2の結果から、本発明実施例1〜10では、すべて均一溶解したpH6〜8の白金族触媒前駆体液体組成物を得ることができた。
【0116】
これに対して、比較例2、3(第二有機溶媒としてエチレングリコールのみを使用)、比較例4〜6(塩基性リチウム化合物以外の塩基で中和)では乳濁ないし懸濁した。
【0117】
なお、比較例1は、本発明の白金族触媒前駆体液体組成物の塩基性リチウム化合物による中和前の組成物に対応する(pH=1)。
【0118】
B.白金族触媒電極の作製
以下の手順により白金族触媒電極を作製した。
【0119】
(B−1)
(1)上記A.にて調製した白金族触媒前駆体液体組成物(実施例1−10、比較例1及び比較例4)をスクリーン印刷機(Micro−Tec社製MT-320TV)を用いてチタン板(8.5×5cm、Nilaco社製)に塗布した。
(2)送風低温乾燥機(Advantec社製DRM620TA)を用いて160℃にて15分間、前記液体組成物の仮乾燥を行なった。
(3)電気マッフル炉(Advantec社製FUW252PA)を用いて、340〜360℃にて1時間、焼成を行なった。
(4)蒸留水の水槽に浸漬後、数秒間の超音波処理をすることで、炭化物などの焼成残物の洗浄除去を行った。
(5)エタノール槽に浸漬後、直ちに引き上げて室温で乾燥することにより、脱水処理を行なった。
【0120】
以上により、実施例1−10、比較例1及び比較例4(分散型ペースト)に対応する白金族触媒電極(実施例11−20、比較例7及び8)をそれぞれ作製した(表3)。
【0121】
【表3】
【0122】
(B−2)
追加の比較例として、スパッタリング法による白金族触媒電極の作製(比較例9)も行なった。
【0123】
すなわち、イオンスパッター装置(HITACHI製E1030形)を用い、設定膜厚10nmで、チタン板上に比較例9の白金族触媒(白金触媒)電極を作製した。
【0124】
C.白金族触媒電極の物性測定
実施例6、比較例1及び比較例4の白金族触媒前駆体液体組成物から、それぞれ得られた白金族触媒電極(実施例16、比較例7及び8)、及びスパッタリング法により得られた白金族触媒電極(比較例9)につき、白金族触媒膜による被覆率、白金族触媒膜密度、白金族触媒粒子径をそれぞれ測定した。
【0125】
結果を表4に示す。
【0126】
【表4】
【0127】
*1:触媒電極表面の中央部分での表面SEM観察像(10万倍)を白金部と非白金部で二値化することによって測定した(Media Cybernetics Inc.社製画像解析ソフト「Image-Pro PLUS version 5.0」使用)。
【0128】
すなわち、赤(R)、緑(G)、青(B)の三原色の各明度を0〜255までの256個の数値で表現し、R=65〜255、G=65〜255、B=65〜255の範囲の観察像部分と、そうでない部分の2つの部分に分け、前者の面積が塗布面積に占める割合により算出した。
【0129】
*2:白金族前駆体液体組成物の塗布重量及び前記液体組成物中の白金族触媒前駆体の濃度から、電極基板に塗布された白金族触媒前駆体の重量を算出した後、前記白金族触媒前駆体の重量を白金族元素の重量(μg)に換算した。次いで、塗布面積及び上記被覆率から、被覆面積(cm2)を計算した。そして、算出された前記白金族元素の重量(μg)を前記被覆面積(cm2)で割ることによって、白金族触媒膜密度(μg/cm2)を計算した。
【0130】
もっとも、比較例7のスパッタリング法により得られた触媒電極に関しては、被覆率に基づく被覆面積と、膜厚センサー(水晶振動子)により計測された白金膜厚、及び白金の密度(21.45g/cm3)に基づいて算出した。
【0131】
*3:触媒電極表面の中央部分での表面SEM観察像(10万倍)で観察される球状白金族触媒粒子群の最長辺の長さを測定することによって求めた。
【0132】
*4:表面SEM観察像(10万倍)では実質的な粒子は観察できなかった(装置スペックでの分解能2nm)。
【0133】
D.色素増感太陽電池の作製
以下の手順により、実施例21−30及び比較例10−12の色素増感太陽電池を作製した。
(1)FTO膜付きガラス基板(12×8cm、日本板硝子製)上に500℃、1時間の条件で焼結させた酸化チタン(粒径約20nmの発電層用ペースト*1及び粒径300〜400nmの散乱層用ペースト*1、いずれも日揮触媒化成製)に色素(Ru金属錯体*2)を吸着させ負極とした。
なお上記吸着は、色素溶液(アセトニトリルとtert−ブタノールの1:1の混合溶媒、色素濃度:0.3mM)に浸漬させ、40℃(溶液温度)にて2時間、浸漬した状態で静置することによって行なった。
(2)熱可塑性樹脂シート(アイオノマー樹脂、枠型、外寸2cm角、デュポンポリケミカル製)を絶縁層とした。
(3)上記B.で作製したチタン板上の白金金属触媒を正極とした。
(4)上記(1)、(2)及び(3)で準備した負極、絶縁層及び正極を順に重ね合わせ、介在する絶縁層により形成された負極と正極の間の間隙に電解液を注入して色素増感太陽電池を作製した。
(5)得られた色素増感太陽電池につき作製後直ちに、ソーラシュミレーター(YSS−200A、山下電装製)を用いて、AM1.5、100mW/cm2の模擬太陽光照射下にて光電変換効率の測定を行なった。結果を表5に示す。
【0134】
*1:基板上に順に発電層膜厚約6μm、散乱層膜厚約3μmを形成させた。
【0135】
*2:神戸天然物化学製 SK−1色素(国際公開第2007/091525号の合成例1及び合成例2参照)
【0136】
【表5】
【0137】
*1:光電変換効率は下記式により計算した。
光電変換効率(%)=
[(短絡電流密度×開放電圧×曲線因子)/(照射太陽光エネルギー)]×100
【0138】
(結果)
上記表5から明らかなように、実施例21〜30の色素増感太陽電池は、スパッタリング法により作製された白金族触媒電極(比較例9)を用いた比較例12の色素増感太陽電池と比べて同等またはそれ以上の光電変換効率を示した。
【0139】
また、実施例21〜30の色素増感太陽電池は、分散型ペースト(比較例4)を用いて作製された白金族触媒電極(比較例8)を用いた比較例11の色素増感太陽電池、及び未中和の均一溶解型ペースト(比較例1)を用いて作製された白金族触媒電極(比較例7)を用いた比較例10の色素増感太陽電池と比べても、よりすぐれた光電変換効率を示した。
図1
図2
図3
図4
図5