特許第6193198号(P6193198)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6193198
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】鉄道車両の空気力係数推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 9/06 20060101AFI20170828BHJP
【FI】
   G01M9/06
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-208453(P2014-208453)
(22)【出願日】2014年10月10日
(65)【公開番号】特開2016-80375(P2016-80375A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2016年11月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100089635
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 守
(74)【代理人】
【識別番号】100096426
【弁理士】
【氏名又は名称】川合 誠
(72)【発明者】
【氏名】井澤 信明
(72)【発明者】
【氏名】菊地 勝浩
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 実
【審査官】 福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−086722(JP,A)
【文献】 三須 弥生 他,”研究報告 走行速度を考慮した鉄道車両の空気力係数の推定”,日本風工学会論文集,2012年10月,第37巻,第4号
【文献】 ORELLANO Alexander et al.,"Aerodynamic Performance of a Typical High-Speed Train",Proceedings of the 4th WSEAS International Conference on Fluid Mechanics and Aerodynamics,2006年 8月21日,pp.18-25
【文献】 HAN Yan et al.,"Wind tunnel measurements of aerodynamic force on vehicles and bridges under crosswinds",7th International Colloquium on Bluff Body Aerodynamics and Application(BBAA7),2012年 9月 2日,pp.1742-1753
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)変動する風速の統計的性質を変動風速モデルとして表し、
(b)変動する空気力の統計的性質を変動空気力モデルとして表し、
(c)前記変動空気力モデルから得られる平均空気力を、前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した値を平均空気力係数とし、
(d)乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における平均空気力係数比を数値計算により算出し、
(e)前記乱れのない風況における風洞実験から得られる空気力係数に、前記平均空気力係数比を積算させて、前記乱れのある風況における空気力係数を推定する鉄道車両の空気力推定方法において、
(a1)地面に対して水平な主流方向の風速を風速uと、地面に水平で主流方向に対し直角な方向の風速を風速vとを表し、前記風速uは平均風速〈u〉と変動風速u′の和で表され、前記風速vは変動風速v′で表し、前記変動風速u′、v′は、エルゴード(ergodic)性を満たし、正規分布に従う標本で表され、前記変動風速u′は平均0、分散σu 2 の正規分布N(0,σu 2 )に従い、前記変動風速v′は平均0、分散σv 2 の正規分布N(0,σv 2 )に従い、変動風速u′と変動風速v′は無相関であり、
(a2)上記の条件を満たす変動する風速の大きさur を表す前記変動風速モデルは次式
r =√〔(〈u〉+u′)2 +v′2 〕 ……(i)
で表されることを特徴とする鉄道車両の空気力係数推定方法。
【請求項2】
(a)変動する風速の統計的性質を変動風速モデルとして表し、
(b)変動する空気力の統計的性質を変動空気力モデルとして表し、
(c)前記変動空気力モデルから得られる平均空気力を、前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した値を平均空気力係数とし、
(d)乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における平均空気力係数比を数値計算により算出し、
(e)前記乱れのない風況における風洞実験から得られる空気力係数に、前記平均空気力係数比を積算させて、前記乱れのある風況における空気力係数を推定する鉄道車両の空気力推定方法において、
(b1)変動風速u′と変動風速v′が横力に影響を与えないと仮定した変動横力モデルは、CS (α,σu ,σv )を、風向角α、主流方向変動風速の標準偏差σu 、主流直角方向変動風速の標準偏差σv のときの横力係数であるとすると次式
S =(1/2)ρACS (90,0,0)〈u〉2 sin2 (〈α〉+arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕) ……(ii)
ただし、ここで、ρは:空気密度、A:車両側面積、Fs:横力で与えられることを特徴とする鉄道車両の空気力係数推定方法。
【請求項3】
請求項1記載の鉄道車両の空気力係数推定方法において、
(c1)前記変動横力モデルから得られる平均横力を前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )は次式
* S (〈α〉,σu ,σv )=〈FS 〉/(1/2)ρ〈ur 2 A ……(iii)
ただし、ここで、ρは:空気密度、A:車両側面積、Fs:横力で与えられることを特徴とする鉄道車両の空気力係数推定方法。
【請求項4】
請求項1乃至のいずれか1項に記載の鉄道車両の空気力係数推定方法において、
(d1)前記平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )を変動風速u′と変動風速v′がない一様流における風向角90°に対して測定される横力係数CS (90,0,0)で除した平均横力係数比* rは次式
* r=* S (〈α〉,σu ,σv )/CS (90,0,0)
=(〈u〉2 /〈ur 2 )〈sin2 α〉 ……(iv)
で与えられることを特徴とする鉄道車両の空気力係数推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、横風に対する鉄道車両の安全性を高めるための鉄道車両の空気力係数推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
横風による鉄道車両の転覆事故は、ひとたび発生すると大きな事故をもたらす可能性がある。日本では鉄道の開業以来、横風が原因と見られる脱線・転覆事故が30件以上発生している(下記非特許文献1参照)。さらに、列車の高速化や鉄道車両の軽量化という傾向が、横風に対する車両の走行安全性という点で及ぼす影響についての研究が進められている。
【0003】
横風影響下の車両転覆に影響の大きい外力は、横風による空気力、曲線通過時の超過遠心力、走行に伴う左右振動慣性力である(非特許文献2参照)。その中でも、特に影響の大きい力は、横風により車両の横方向に働く横力である。横力を含めた空気力は、自然風の風速、車両の進行方向と自然風のなす角(風向角)、列車の走行速度、車両形状と地上構造物の形状等によって変化する(非特許文献3,4参照)。横風によって発生する空気力は、現地で実車を用いて測定することが望ましいが、強風がなかなか吹かなかったり、経費の面からも、横風により発生する空気力を直接測定することは難しい。そのため、通常は車両の縮尺模型を用いた風洞実験から、後出の図2に示すような風況(平均風速や風速変動の大きさ)1〜3が求められている。風速と空気力の関係は空気力係数を用いて表される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】藤井昌隆,藤井俊茂,村石尚,「強風時の運転規制の歴史」、鉄道総研報告、Vol.9、No.3、1995、pp.43−48
【非特許文献2】日比野有,石田弘明,「車両の転覆限界風速に関する静的解析法」、鉄道総研報告、Vol.17、No.4、2003、pp.39−44
【非特許文献3】鈴木実,「模型走行装置を用いた横風に対する鉄道車両の風洞試験」、日本風工学会誌、Vol.36、No.3、2011、pp.258−263
【非特許文献4】M.Suzuki,K.Tanemoto,T.Maeda,「Aerodynamic characteristics of train/vehicles under cross wind」、Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics,91,2003,pp.209−218
【非特許文献5】日比野有,今井俊昭,種本勝二,「自然風下の実物大車両模型に働く空気力の観測」、鉄道総研報告、Vol.18、No.9、2004、pp.11−16
【非特許文献6】進藤章二朗、「低速風洞実験法」、コロナ社、1992、pp.17−23
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鉄道車両に作用する空気力を評価することが、鉄道車両の安全性確保のために重要である。空気力を評価するために、空気力係数が風洞実験により測定されているが、風況の違いによるパラメータが多く、測定には時間と費用がかかる。
【0006】
また、本願の特許出願人は、上記した風洞実験の有効性を確認するため、時間的に変動する自然風の下に、鉄道車両および高架橋の実物大模型を設置し、鉄道車両模型に作用する空気力を風速と同時に測定した(非特許文献5参照)。測定された風速と空気力から空気力係数を求めたところ、空気力係数が大きくばらついた(非特許文献5参照)。測定された風速から空気力係数を精度よく求める手法は、未だ確立されていない。
【0007】
本発明は、上記状況に鑑みて、簡便な方法により、乱れのある風況における空気力係数を推定することができる鉄道車両の空気力係数推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
〔1〕鉄道車両の空気力推定方法において、
(a)変動する風速の統計的性質を変動風速モデルとして表し、
(b)変動する空気力の統計的性質を変動空気力モデルとして表し、
(c)前記変動空気力モデルから得られる平均空気力を、前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した値を平均空気力係数とし、
(d)乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における平均空気力係数比を数値計算により算出し、
(e)前記乱れのない風況における風洞実験から得られる空気力係数に、前記平均空気力係数比を積算させて、前記乱れのある風況における空気力係数を推定する鉄道車両の空気力推定方法において、
(a1)地面に対して水平な主流方向の風速を風速uと、地面に水平で主流方向に対し直角な方向の風速を風速vとを表し、前記風速uは平均風速〈u〉と変動風速u′の和で表され、前記風速vは変動風速v′で表し、前記変動風速u′、v′は、エルゴード(ergodic)性を満たし、正規分布に従う標本で表され、前記変動風速u′は平均0、分散σu 2 の正規分布N(0,σu 2 )に従い、前記変動風速v′は平均0、分散σv 2 の正規分布N(0,σv 2 )に従い、変動風速u′と変動風速v′は無相関であり、
(a2)上記の条件を満たす変動する風速の大きさur を表す前記変動風速モデルは次式
r =√〔(〈u〉+u′)2 +v′2 〕 ……(i)
で表されることを特徴とする。

(a)変動する風速の統計的性質を変動風速モデルとして表し、
(b)変動する空気力の統計的性質を変動空気力モデルとして表し、
(c)前記変動空気力モデルから得られる平均空気力を、前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した値を平均空気力係数とし、
(d)乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における平均空気力係数比を数値計算により算出し、
(e)前記乱れのない風況における風洞実験から得られる空気力係数に、前記平均空気力係数比を積算させて、前記乱れのある風況における空気力係数を推定する鉄道車両の空気力推定方法において、
(b1)変動風速u′と変動風速v′が横力に影響を与えないと仮定した変動横力モデルは、CS (α,σu ,σv )を、風向角α、主流方向変動風速の標準偏差σu 、主流直角方向変動風速の標準偏差σv のときの横力係数であるとすると次式
S =(1/2)ρACS (90,0,0)〈u〉2 sin2 (〈α〉+arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕) ……(ii)
ただし、ここで、ρは:空気密度、A:車両側面積、Fs:横力で与えられることを特徴とする。
〕上記〔1〕記載の鉄道車両の空気力係数推定方法において、
(c1)前記変動横力モデルから得られる平均横力を前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )は次式
* S (〈α〉,σu ,σv )=〈FS 〉/(1/2)ρ〈ur 2 A ……(iii)
ただし、ここで、ρは:空気密度、A:車両側面積、Fs:横力で与えられることを特徴とする。
〕上記〔1〕乃至〔〕のいずれか1項に記載の鉄道車両の空気力係数推定方法において、
(d1)前記平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )を変動風速u′と変動風速v′がない一様流における風向角90°に対して測定される横力係数CS (90,0,0)で除した平均横力係数比* rは次式
* r=* S (〈α〉,σu ,σv )/CS (90,0,0)
=(〈u〉2 /〈ur 2 )〈sin2 α〉 ……(iv)
で与えられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、風洞実験の実施回数の削減が期待でき、簡便な方法により、乱れのある風況における空気力係数を推定することができる。
【0010】
また、流体数値シミュレーションと比較し、乱れのある風況における空気力係数の推定を、短時間で安価に実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】鉄道車両に作用する空気力を評価するための風洞実験の様子を示す図である。
図2】本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法を示す模式図である。
図3】風速の大きさur 、車体に垂直な風速wN 、横力FS の関係を示す模式図である。
図4】一様流および乱流境界層における平均横力係数比を示す図である。
図5】4種の線路構造物に対するモデル計算結果と風洞実験結果を示す図である。
図6】橋梁桁高2.0m、5車両系式に対するモデル計算結果と風洞実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法は、(a)変動する風速の統計的性質を変動風速モデルとして表し、(b)変動する空気力の統計的性質を変動空気力モデルとして表し、(c)前記変動空気力モデルから得られる平均空気力を、前記変動風速モデルから得られる平均風速の動圧と代表面積で除した値を平均空気力係数とし、(d)乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における平均空気力係数比を数値計算により算出し、(e)前記乱れのない風況における風洞実験から得られる空気力係数に、前記平均空気力係数比を積算させて、前記乱れのある風況における空気力係数を推定する鉄道車両の空気力推定方法において、(a1)地面に対して水平な主流方向の風速を風速uと、地面に水平で主流方向に対し直角な方向の風速を風速vとを表し、前記風速uは平均風速〈u〉と変動風速u′の和で表され、前記風速vは変動風速v′で表し、前記変動風速u′、v′は、エルゴード(ergodic)性を満たし、正規分布に従う標本で表され、前記変動風速u′は平均0、分散σu 2 の正規分布N(0,σu 2 )に従い、前記変動風速v′は平均0、分散σv 2 の正規分布N(0,σv 2 )に従い、変動風速u′と変動風速v′は無相関であり、(a2)上記の条件を満たす変動する風速の大きさur を表す前記変動風速モデルは次式
r =√〔(〈u〉+u′)2 +v′2 〕 ……(i)
で表される。
【実施例】
【0013】
以下、本発明の実施の形態に関して、無限編成長車両の中間車両の空気力係数のひとつである横力係数の場合について詳細に説明する。
【0014】
まず、実施例の概要について説明する。
【0015】
図1は鉄道車両に作用する空気力を評価するための風洞実験の様子を示す図である。ここでは、1/40縮尺模型による風洞実験装置が示されている。
【0016】
この図において、1は鉄道車両の縮尺模型であり、先頭車両1A、中間車両1Bなどからなる。ここでは、高架橋2上の鉄道車両の縮尺模型1に風3を作用させるようにしている。また、多くの乱流境界層生成要素4が配置され、風洞実験が行われるように構成されている。
【0017】
図2は空気力係数の推定の説明図であり、図2(a)は乱れのない風況における空気力係数(風洞実験)、図2(b)は空気力係数比(数値計算)の説明図であり、横軸は風向角、縦軸は本発明で提案する風況に依存する数値計算より得られる空気力係数比を示している。これに対して、図2(c)は空気力係数(推定値)の説明図であり、横軸は風向角、縦軸は乱れのある風況における空気力係数(推定値)を示している。ここで、風況1,2,3は、それぞれ異なる風速や変動の大きさを持っていることを示している。
【0018】
本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法は、自然風の統計的性質についてモデル化し、乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における空気力係数比を数値計算により算出し、その空気力係数比により、図2(a)の乱れのない風況における空気力係数(風洞実験結果)に図2(b)のような空気力係数の比(数値計算)を積算させて、図2(c)のような乱れのある風況における空気力係数の推定を行うものである。
【0019】
以下、本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法について詳細に説明する。
【0020】
本発明では、時間的に変動する風速および横力がエルゴード性を満たすものと仮定して、時間的にサンプリングされたデータが統計モデルに従うものとする。そして、変動する風速と変動する横力を簡単なモデルで表現した。
【0021】
なお、本願明細書では、イメージの多用を避けるため、ベクトル記号付き文字については文字の前に# を記載し、平均の比であることを示すオーバーライン付きの文字については文字の前に* を記載することで、それぞれの記号付き文字に代えるものとする。
【0022】
具体的には、以下のように置き換える。
【0023】
ここで、本願明細書で使用する主な記号の説明を行う。
【0024】
# u:風速ベクトル〔=(u,v,w)、本願発明ではw=0を仮定する〕
u:地面に対して水平な主流方向の風速成分、主流方向成分〔=〈u〉+u′〕
v:地面に水平で主流に対して直角な方向の風速成分、主流直角方向成分(=v′)
〈u〉:主流方向の平均風速
u′:主流方向の風速の変動成分
v′:主流直角方向の風速の変動成分
σu :主流方向の風速の変動成分の標準偏差
σv :主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差
r :風速の大きさ〔=|# u|=√(u2 +v2 )=√〔(〈u〉+u′)2 +v′2
N :車両側面に対して垂直な風速の大きさ
α:線路と風のなす風向角〔=〈α〉+α′〕
〈α〉:平均風向角
α′:風向角の変動成分
S :横力
ρ:空気密度
A:車両側面積
S (α,σu ,σv ):風向角α、主流方向の風速の変動成分の標準偏差σu 、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差σv における横力係数〔=FS /(1/2)・ρur 2 A〕
S (90,0,0):風向角90°、主流方向の風速の変動成分の標準偏差0、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差0における横力係数。すなわち、一様流で得られる風向角90°に対する横力係数
* S (〈α〉,σu ,σv ):平均横力〈FS 〉を平均風速〈ur 〉の動圧で除した平均横力係数〔=〈FS 〉/(1/2)ρ〈ur 2 A、≠〈CS (α,σu ,σv )〉〕
r:横力係数比〔=CS (α,σu ,σv )/CS (90,0,0)〕
* r:平均横力係数比〔=* S (〈α〉,σu ,σv )/CS (90,0,0)〕、≠〈CS (α,σu ,σv )〉/CS (90,0,0)
〈〉:期待値
本発明では変動風速と変動横力を簡単なモデルを用いて検討するため、変動風速モデルと変動横力モデルを導入する。それぞれのモデルについて以下に示す。
【0025】
まず変動風速モデルについて説明する。
【0026】
一般に風は、時々刻々と風速と風向角が変動する。ここでは、風は以下の条件を満たすものとする。
・風速ベクトル# uは、地面に対して水平な主流方向の風速u(以下、主流方向とする)、地面に水平で主流に対し直角な方向の風速v(以下、主流直角方向とする)、鉛直方向の風速wで表される。
・風速は、平均値と変動分に分解することができる。主流方向を例に取ると、主流方向の風速uはu=〈u〉+u′のように、平均風速〈u〉と変動風速u′の和で表される。
・平均的に主流方向のみに風が吹くため、主流直角方向の平均風速はゼロである。すなわち、〈v〉=0である。
・鉛直方向の空間スケールが、車両の高さより十分大きいため、鉛直方向の風速変動は車両に働く空気力に対して影響しない。すなわち、〈w〉=0、w′=0とする。
・変動風速u′、v′は、エルゴード(ergodic)性を満たし、正規分布に従う標本で表される。
・変動風速u′は平均0、分散σu 2 の正規分布N(0,σu 2 )に従う。変動風速v′は平均0、分散σv 2 の正規分布N(0,σv 2 )に従う。
・変動風速u′と変動風速v′は無相関である。
【0027】
以上の条件を満たす風を仮定し、その大きさur が次式で示される変動する風速を変動風速モデルとする。
【0028】
r =√〔(〈u〉+u′)2 +v′2 〕 ……(1)
次に、変動横力モデルについて説明する。
【0029】
図3は本発明に係る風速の大きさur 、車体に垂直な風速wN 、横力FS の関係を示す模式図であり、図3(a)はその正面図、図3(b)はその平面図である。ここで、11は車体、12は車輪、13は線路である。
【0030】
本発明では、簡単化のため、図1に示すように、検討の対象とする車両11は、線路13上に停車している無限編成長列車の中間車とする。
【0031】
一般的に空気力は、風の動圧に比例することから、無限編成長列車の中間車に発生する横力FS は、風速ベクトル# uの車両側面に対する垂直成分風速wN の動圧に比例すると考える。横力FS と動圧(1/2)ρwN 2 の関係を表す横力係数をCとすると、変動横力は次式で表される(図3参照)。
【0032】
S =(1/2)ρwN 2 AC ……(2)
ここで、ρは空気密度、Aは車両側面積である。横力係数Cについては、後述する。
【0033】
上記式(1)を用いると、車両側面に垂直な成分の風速wN は次式となる。
【0034】
N =ur sinα=√〔(〈u〉+u′)2 +v′2 〕×sin(〈α〉+α′) ……(3)
ただし、α′=arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕……(4)
ただし、風の線路に対する風向角αは平均風向角〈α〉と変動風向角α′の和α=〈α〉+α′で表されるとする。
【0035】
ここで、式(3)で示す横力の元となる風速wN において、式(1)で表されるような高周波数の風速変動の影響は小さいと考えることにする(このような考え方は、高周波数では空力アドミッタンスが減衰することに対応する)。すなわち、式(3)の『風速の大きさur において、u′とv′の影響は無視できる』ものとする。しかし、『風向角αに対するu′とv′の影響は無視しない』。このような仮定を導入すると、車両側面に垂直な成分の風速wN は次式のようになる。
【0036】
N ≒〈u〉sin(〈α〉+α′) ……(5)
次に、横力係数Cについて検討する。
【0037】
式(5)を導く際、風速の大きさur に対するu′とv′の影響は無視できる、すなわち、u′=0、v′=0と仮定した。u′=v′=0に対する流れは一様定常流(以下、一様流とする)である。車両側面に垂直な自然風の風向角は90°であり、風速変動が0なので、横力係数Cは、
C=CS (90,0,0) ……(6)
と仮定する。ここで、CS (α,σu ,σv )は、風向角α、主流方向の風速の変動成分の標準偏差σu 、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差σv のときの横力係数である。
【0038】
式(5)及び式(6)を式(2)に適用すると、変動横力モデルは次式で与えられる。
【0039】
S =(1/2)ρACS (90,0,0)〈u〉2 sin2 (〈α〉+arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕) ……(7)
次に、横力係数と横力係数比について説明する。
【0040】
主流方向の変動成分u′と主流直角方向の変動成分v′をそれぞれ与えると、それらに対して変動する風速ur と変動する横力FS の標本がそれぞれ1つ求められる。各標本に対して、横力係数を次式で定義する。
【0041】
S (α,σu ,σv )=FS /(1/2)ρur 2 A ……(8)
1つの標本に対して式(8)で定義した横力係数の平均値を考える。横力係数は通常風洞実験で求められるが、風洞実験では式(8)の右辺の分母、分子それぞれの平均値を測定し、それらの比で平均横力係数を決定している〔非特許文献6参照〕。本発明でも同様の考え方を採用し、式(7)で定義した変動横力モデルの平均から得られる平均横力〈FS 〉を、式(1)で定義した変動風速モデルの平均から得られる平均風速〈ur 〉の動圧で除した値を平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )と定義する。具体的には次式で求める。
【0042】
平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )=〈FS 〉/(1/2)ρ〈ur 2 A ……(9)
横力係数CS (α,σu ,σv )および平均横力係数* S (〈α〉,σu ,σv )に式(1)の変動風速モデル、式(7)の変動横力モデルを代入すると、それぞれ次式となる。
【0043】
S (α,σu ,σv )=(〈u〉2 /ur 2 )CS (90,0,0)sin2 α ……(10)
* S (〈α〉,σu ,σv )=(〈u〉2 /〈ur 2 )CS (90,0,0)〈sin2 α〉 ……(11)
式(10)および式(11)に含まれる横力係数CS (90,0,0)は変動風速のない一様流における風向角90°に対して測定される横力係数である。
【0044】
以下の検討では、この一様流における風向角90°の横力係数CS (90,0,0)に対して、風速変動がある流れでのCS (α,σu ,σv )がどのように変化するかを見る。そのため、次式で横力係数比rおよび平均横力係数比* rを定義する。
【0045】
r=CS (α,σu ,σv )/CS (90,0,0)
=(〈u〉2 /ur 2 )sin2 α ……(12)
* r=* S (〈α〉,σu ,σv )/CS (90,0,0)
=(〈u〉2 /〈ur 2 )〈sin2 α〉 ……(13)
このようにして求められた* rを、風洞試験結果により得られた乱れのない風況における空気力係数に積算すれば、乱れのある風況における空気力係数を平均風向角毎に求めることができる。
【0046】
ここで、本発明で提案する計算モデルで得られた上記横力係数比と過去に実施された風洞実験により得られた横力係数比を比較し、モデルの有効性を検討する。
【0047】
まず、本発明で比較に使用した風洞実験の概要を述べる。風洞実験では、在来線の明かり区間の代表的な線路構造物として、橋梁(桁高の違いにより3種類)、築堤(1種類)の計4種類の線路構造物を用い、車両形状として、5形式を用いて、空気力係数の測定が行われた。風洞気流としては、一様流と乱流境界層の大きく2条件がある。一様流は、風洞床面に自然に発達する薄い境界層部分を除いて、高さ方向に風速分布がなく乱れのない流れである。乱流境界層は、自然風の特性に合わせて、鉛直方向の風速分布や流れに変動がある流れである。車両に対する風向角は、30度、50度、70度、90度に対して空気力係数が測定されている。風洞実験で測定された時系列データの時間平均値を車両に働く空気力としている。
【0048】
計算モデルから得られた平均横力係数比と風洞実験で得られた平均横力係数比を比較する。乱流境界層に対する風洞実験で得られた横力係数* S,e (α,σu ,σv )を一様流中に対する風洞実験で得られた横力係数CS,e (90,0,0)で除して平均横力係数比* e を求めた。計算は以下の式を用いた。
【0049】
* e * S,e (α,σu ,σv )/CS,e (90,0,0) …(14)
モデル計算の有効性を確認するため、一様流および乱流境界層流における平均横力係数比に関して比較を行った結果を図4に示す。図4に示した風洞実験結果は、桁高2.0mの単線橋梁に対するものである。図4のシンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。モデル計算結果の曲線は、一様流および乱流境界層の条件で数値計算を実施し、その計算結果を直線で結んだものである。
【0050】
図4を見ると、一様流はもちろん乱流境界層における平均横力係数比に対しても、モデル計算結果は風洞実験結果とよく一致している。したがって、本発明で提案する変動風速モデルおよび変動横力モデルは平均横力係数比の検討に有効であると言える。また、一様流に対する風向角90度での横力係数を風洞試験で求めることで、他の風向角および気流条件に対する横力係数CS (90,0,0)を提案するモデルから予測できると言える。
【0051】
次に、さらに本発明のモデルの妥当性を検証するため平均横力係数比に対する線路構造物形状の影響を検討した。図5は乱流境界層、4線路構造物に対するモデル計算結果および風洞実験結果を示す図であり、シンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。
【0052】
図5を見ると、風向角90°における橋梁桁高1.0mにおいてややばらついているが、桁高に関わらず、モデル計算結果は風洞実験結果と良い一致を示した。築堤については、橋梁とは大きく異なる傾向となった。これは、一様流中築堤の横力係数CS,e (90,0,0)が、風洞床面に自然に発達する境界層の影響を受け、変動横力モデルで仮定したような流れ場における横力係数となっていないためと考えられる。
【0053】
以上より、橋梁に対する横力係数は、一様流に対する風向角90°のCS (90,0,0)を風洞試験で求めることで、90°以外の風向角および気流条件に対する横力係数を、提案モデルを用いて概ね予測できると考えられる。
【0054】
加えて、平均横力係数比に対する車両形式の影響を検討した。
【0055】
図6は乱流境界層、橋梁桁高2.0m、5車両形式に対するモデル計算結果と風洞実験結果を示す図であり、シンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。
【0056】
図6を見ると、車種によらず橋梁に対するモデル計算結果は風洞実験結果とほぼ一致した。その中でも、C形式とD形式が良く一致した。
【0057】
モデル計算結果と風洞実験結果の比較ではないが、図6を見ると、車両形式によらず平均横力係数比が似通った値になっている。これまで、横力係数をグラフに示す際、平均横力係数を縦軸にとってグラフを描いていたが、本発明で定義する平均横力係数比に関してグラフを描くと車両形式によらない曲線となる。この点からも、本発明で提案する横力係数比や平均横力係数比を用いれば、変動風による風洞試験を様々な条件で行わなくとも、一様流の風洞試験を行えばで、一定の精度で変動風中の空気力係数を推定することができる。
【0058】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法は、簡便な方法により、乱れのある風況における空気力係数を推定することができる鉄道車両の空気力係数推定方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1 鉄道車両の縮尺模型
1A 先頭車両
1B 中間車両
2 高架橋
3 風
4 乱流境界層生成要素
11 車体
12 車輪
13 線路
図1
図2
図3
図4
図5
図6