【実施例】
【0013】
以下、本発明の実施の形態に関して、無限編成長車両の中間車両の空気力係数のひとつである横力係数の場合について詳細に説明する。
【0014】
まず、実施例の概要について説明する。
【0015】
図1は鉄道車両に作用する空気力を評価するための風洞実験の様子を示す図である。ここでは、1/40縮尺模型による風洞実験装置が示されている。
【0016】
この図において、1は鉄道車両の縮尺模型であり、先頭車両1A、中間車両1Bなどからなる。ここでは、高架橋2上の鉄道車両の縮尺模型1に風3を作用させるようにしている。また、多くの乱流境界層生成要素4が配置され、風洞実験が行われるように構成されている。
【0017】
図2は空気力係数の推定の説明図であり、
図2(a)は乱れのない風況における空気力係数(風洞実験)、
図2(b)は空気力係数比(数値計算)の説明図であり、横軸は風向角、縦軸は本発明で提案する風況に依存する数値計算より得られる空気力係数比を示している。これに対して、
図2(c)は空気力係数(推定値)の説明図であり、横軸は風向角、縦軸は乱れのある風況における空気力係数(推定値)を示している。ここで、風況1,2,3は、それぞれ異なる風速や変動の大きさを持っていることを示している。
【0018】
本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法は、自然風の統計的性質についてモデル化し、乱れのある風況における空気力係数と乱れのない風況における空気力係数比を数値計算により算出し、その空気力係数比により、
図2(a)の乱れのない風況における空気力係数(風洞実験結果)に
図2(b)のような空気力係数の比(数値計算)を積算させて、
図2(c)のような乱れのある風況における空気力係数の推定を行うものである。
【0019】
以下、本発明の鉄道車両の空気力係数推定方法について詳細に説明する。
【0020】
本発明では、時間的に変動する風速および横力がエルゴード性を満たすものと仮定して、時間的にサンプリングされたデータが統計モデルに従うものとする。そして、変動する風速と変動する横力を簡単なモデルで表現した。
【0021】
なお、本願明細書では、イメージの多用を避けるため、ベクトル記号付き文字については文字の前に
# を記載し、平均の比であることを示すオーバーライン付きの文字については文字の前に
* を記載することで、それぞれの記号付き文字に代えるものとする。
【0022】
具体的には、以下のように置き換える。
【0023】
ここで、本願明細書で使用する主な記号の説明を行う。
【0024】
# u:風速ベクトル〔=(u,v,w)、本願発明ではw=0を仮定する〕
u:地面に対して水平な主流方向の風速成分、主流方向成分〔=〈u〉+u′〕
v:地面に水平で主流に対して直角な方向の風速成分、主流直角方向成分(=v′)
〈u〉:主流方向の平均風速
u′:主流方向の風速の変動成分
v′:主流直角方向の風速の変動成分
σ
u :主流方向の風速の変動成分の標準偏差
σ
v :主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差
u
r :風速の大きさ〔=|
# u|=√(u
2 +v
2 )=√〔(〈u〉+u′)
2 +v′
2 〕
w
N :車両側面に対して垂直な風速の大きさ
α:線路と風のなす風向角〔=〈α〉+α′〕
〈α〉:平均風向角
α′:風向角の変動成分
F
S :横力
ρ:空気密度
A:車両側面積
C
S (α,σ
u ,σ
v ):風向角α、主流方向の風速の変動成分の標準偏差σ
u 、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差σ
v における横力係数〔=F
S /(1/2)・ρu
r 2 A〕
C
S (90,0,0):風向角90°、主流方向の風速の変動成分の標準偏差0、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差0における横力係数。すなわち、一様流で得られる風向角90°に対する横力係数
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v ):平均横力〈F
S 〉を平均風速〈u
r 〉の動圧で除した平均横力係数〔=〈F
S 〉/(1/2)ρ〈u
r 〉
2 A、≠〈C
S (α,σ
u ,σ
v )〉〕
r:横力係数比〔=C
S (α,σ
u ,σ
v )/C
S (90,0,0)〕
* r:平均横力係数比〔=
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )/C
S (90,0,0)〕、≠〈C
S (α,σ
u ,σ
v )〉/C
S (90,0,0)
〈〉:期待値
本発明では変動風速と変動横力を簡単なモデルを用いて検討するため、変動風速モデルと変動横力モデルを導入する。それぞれのモデルについて以下に示す。
【0025】
まず変動風速モデルについて説明する。
【0026】
一般に風は、時々刻々と風速と風向角が変動する。ここでは、風は以下の条件を満たすものとする。
・風速ベクトル
# uは、地面に対して水平な主流方向の風速u(以下、主流方向とする)、地面に水平で主流に対し直角な方向の風速v(以下、主流直角方向とする)、鉛直方向の風速wで表される。
・風速は、平均値と変動分に分解することができる。主流方向を例に取ると、主流方向の風速uはu=〈u〉+u′のように、平均風速〈u〉と変動風速u′の和で表される。
・平均的に主流方向のみに風が吹くため、主流直角方向の平均風速はゼロである。すなわち、〈v〉=0である。
・鉛直方向の空間スケールが、車両の高さより十分大きいため、鉛直方向の風速変動は車両に働く空気力に対して影響しない。すなわち、〈w〉=0、w′=0とする。
・変動風速u′、v′は、エルゴード(ergodic)性を満たし、正規分布に従う標本で表される。
・変動風速u′は平均0、分散σ
u 2 の正規分布N(0,σ
u 2 )に従う。変動風速v′は平均0、分散σ
v 2 の正規分布N(0,σ
v 2 )に従う。
・変動風速u′と変動風速v′は無相関である。
【0027】
以上の条件を満たす風を仮定し、その大きさu
r が次式で示される変動する風速を変動風速モデルとする。
【0028】
u
r =√〔(〈u〉+u′)
2 +v′
2 〕 ……(1)
次に、変動横力モデルについて説明する。
【0029】
図3は本発明に係る風速の大きさu
r 、車体に垂直な風速w
N 、横力F
S の関係を示す模式図であり、
図3(a)はその正面図、
図3(b)はその平面図である。ここで、11は車体、12は車輪、13は線路である。
【0030】
本発明では、簡単化のため、
図1に示すように、検討の対象とする車両11は、線路13上に停車している無限編成長列車の中間車とする。
【0031】
一般的に空気力は、風の動圧に比例することから、無限編成長列車の中間車に発生する横力F
S は、風速ベクトル
# uの車両側面に対する垂直成分風速w
N の動圧に比例すると考える。横力F
S と動圧(1/2)ρw
N 2 の関係を表す横力係数をCとすると、変動横力は次式で表される(
図3参照)。
【0032】
F
S =(1/2)ρw
N 2 AC ……(2)
ここで、ρは空気密度、Aは車両側面積である。横力係数Cについては、後述する。
【0033】
上記式(1)を用いると、車両側面に垂直な成分の風速w
N は次式となる。
【0034】
w
N =u
r sinα=√〔(〈u〉+u′)
2 +v′
2 〕×sin(〈α〉+α′) ……(3)
ただし、α′=arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕……(4)
ただし、風の線路に対する風向角αは平均風向角〈α〉と変動風向角α′の和α=〈α〉+α′で表されるとする。
【0035】
ここで、式(3)で示す横力の元となる風速w
N において、式(1)で表されるような高周波数の風速変動の影響は小さいと考えることにする(このような考え方は、高周波数では空力アドミッタンスが減衰することに対応する)。すなわち、式(3)の『風速の大きさu
r において、u′とv′の影響は無視できる』ものとする。しかし、『風向角αに対するu′とv′の影響は無視しない』。このような仮定を導入すると、車両側面に垂直な成分の風速w
N は次式のようになる。
【0036】
w
N ≒〈u〉sin(〈α〉+α′) ……(5)
次に、横力係数Cについて検討する。
【0037】
式(5)を導く際、風速の大きさu
r に対するu′とv′の影響は無視できる、すなわち、u′=0、v′=0と仮定した。u′=v′=0に対する流れは一様定常流(以下、一様流とする)である。車両側面に垂直な自然風の風向角は90°であり、風速変動が0なので、横力係数Cは、
C=C
S (90,0,0) ……(6)
と仮定する。ここで、C
S (α,σ
u ,σ
v )は、風向角α、主流方向の風速の変動成分の標準偏差σ
u 、主流直角方向の風速の変動成分の標準偏差σ
v のときの横力係数である。
【0038】
式(5)及び式(6)を式(2)に適用すると、変動横力モデルは次式で与えられる。
【0039】
F
S =(1/2)ρAC
S (90,0,0)〈u〉
2 sin
2 (〈α〉+arctan〔v′/(〈u〉+u′)〕) ……(7)
次に、横力係数と横力係数比について説明する。
【0040】
主流方向の変動成分u′と主流直角方向の変動成分v′をそれぞれ与えると、それらに対して変動する風速u
r と変動する横力F
S の標本がそれぞれ1つ求められる。各標本に対して、横力係数を次式で定義する。
【0041】
C
S (α,σ
u ,σ
v )=F
S /(1/2)ρu
r 2 A ……(8)
1つの標本に対して式(8)で定義した横力係数の平均値を考える。横力係数は通常風洞実験で求められるが、風洞実験では式(8)の右辺の分母、分子それぞれの平均値を測定し、それらの比で平均横力係数を決定している〔非特許文献6参照〕。本発明でも同様の考え方を採用し、式(7)で定義した変動横力モデルの平均から得られる平均横力〈F
S 〉を、式(1)で定義した変動風速モデルの平均から得られる平均風速〈u
r 〉の動圧で除した値を平均横力係数
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )と定義する。具体的には次式で求める。
【0042】
平均横力係数
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )=〈F
S 〉/(1/2)ρ〈u
r 〉
2 A ……(9)
横力係数C
S (α,σ
u ,σ
v )および平均横力係数
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )に式(1)の変動風速モデル、式(7)の変動横力モデルを代入すると、それぞれ次式となる。
【0043】
C
S (α,σ
u ,σ
v )=(〈u〉
2 /u
r 2 )C
S (90,0,0)sin
2 α ……(10)
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )=(〈u〉
2 /〈u
r 〉
2 )C
S (90,0,0)〈sin
2 α〉 ……(11)
式(10)および式(11)に含まれる横力係数C
S (90,0,0)は変動風速のない一様流における風向角90°に対して測定される横力係数である。
【0044】
以下の検討では、この一様流における風向角90°の横力係数C
S (90,0,0)に対して、風速変動がある流れでのC
S (α,σ
u ,σ
v )がどのように変化するかを見る。そのため、次式で横力係数比rおよび平均横力係数比
* rを定義する。
【0045】
r=C
S (α,σ
u ,σ
v )/C
S (90,0,0)
=(〈u〉
2 /u
r 2 )sin
2 α ……(12)
* r=
* C
S (〈α〉,σ
u ,σ
v )/C
S (90,0,0)
=(〈u〉
2 /〈u
r 〉
2 )〈sin
2 α〉 ……(13)
このようにして求められた
* rを、風洞試験結果により得られた乱れのない風況における空気力係数に積算すれば、乱れのある風況における空気力係数を平均風向角毎に求めることができる。
【0046】
ここで、本発明で提案する計算モデルで得られた上記横力係数比と過去に実施された風洞実験により得られた横力係数比を比較し、モデルの有効性を検討する。
【0047】
まず、本発明で比較に使用した風洞実験の概要を述べる。風洞実験では、在来線の明かり区間の代表的な線路構造物として、橋梁(桁高の違いにより3種類)、築堤(1種類)の計4種類の線路構造物を用い、車両形状として、5形式を用いて、空気力係数の測定が行われた。風洞気流としては、一様流と乱流境界層の大きく2条件がある。一様流は、風洞床面に自然に発達する薄い境界層部分を除いて、高さ方向に風速分布がなく乱れのない流れである。乱流境界層は、自然風の特性に合わせて、鉛直方向の風速分布や流れに変動がある流れである。車両に対する風向角は、30度、50度、70度、90度に対して空気力係数が測定されている。風洞実験で測定された時系列データの時間平均値を車両に働く空気力としている。
【0048】
計算モデルから得られた平均横力係数比と風洞実験で得られた平均横力係数比を比較する。乱流境界層に対する風洞実験で得られた横力係数
* C
S,e (α,σ
u ,σ
v )を一様流中に対する風洞実験で得られた横力係数C
S,e (90,0,0)で除して平均横力係数比
* r
e を求めた。計算は以下の式を用いた。
【0049】
* r
e =
* C
S,e (α,σ
u ,σ
v )/C
S,e (90,0,0) …(14)
モデル計算の有効性を確認するため、一様流および乱流境界層流における平均横力係数比に関して比較を行った結果を
図4に示す。
図4に示した風洞実験結果は、桁高2.0mの単線橋梁に対するものである。
図4のシンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。モデル計算結果の曲線は、一様流および乱流境界層の条件で数値計算を実施し、その計算結果を直線で結んだものである。
【0050】
図4を見ると、一様流はもちろん乱流境界層における平均横力係数比に対しても、モデル計算結果は風洞実験結果とよく一致している。したがって、本発明で提案する変動風速モデルおよび変動横力モデルは平均横力係数比の検討に有効であると言える。また、一様流に対する風向角90度での横力係数を風洞試験で求めることで、他の風向角および気流条件に対する横力係数C
S (90,0,0)を提案するモデルから予測できると言える。
【0051】
次に、さらに本発明のモデルの妥当性を検証するため平均横力係数比に対する線路構造物形状の影響を検討した。
図5は乱流境界層、4線路構造物に対するモデル計算結果および風洞実験結果を示す図であり、シンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。
【0052】
図5を見ると、風向角90°における橋梁桁高1.0mにおいてややばらついているが、桁高に関わらず、モデル計算結果は風洞実験結果と良い一致を示した。築堤については、橋梁とは大きく異なる傾向となった。これは、一様流中築堤の横力係数C
S,e (90,0,0)が、風洞床面に自然に発達する境界層の影響を受け、変動横力モデルで仮定したような流れ場における横力係数となっていないためと考えられる。
【0053】
以上より、橋梁に対する横力係数は、一様流に対する風向角90°のC
S (90,0,0)を風洞試験で求めることで、90°以外の風向角および気流条件に対する横力係数を、提案モデルを用いて概ね予測できると考えられる。
【0054】
加えて、平均横力係数比に対する車両形式の影響を検討した。
【0055】
図6は乱流境界層、橋梁桁高2.0m、5車両形式に対するモデル計算結果と風洞実験結果を示す図であり、シンボルが風洞実験結果、曲線がモデル計算結果を線で結んだものである。
【0056】
図6を見ると、車種によらず橋梁に対するモデル計算結果は風洞実験結果とほぼ一致した。その中でも、C形式とD形式が良く一致した。
【0057】
モデル計算結果と風洞実験結果の比較ではないが、
図6を見ると、車両形式によらず平均横力係数比が似通った値になっている。これまで、横力係数をグラフに示す際、平均横力係数を縦軸にとってグラフを描いていたが、本発明で定義する平均横力係数比に関してグラフを描くと車両形式によらない曲線となる。この点からも、本発明で提案する横力係数比や平均横力係数比を用いれば、変動風による風洞試験を様々な条件で行わなくとも、一様流の風洞試験を行えばで、一定の精度で変動風中の空気力係数を推定することができる。
【0058】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。