特許第6193634号(P6193634)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6193634揮発性有機塩素化合物で汚染された汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤とこの浄化剤を用いた汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6193634
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】揮発性有機塩素化合物で汚染された汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤とこの浄化剤を用いた汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20170828BHJP
   B09C 1/10 20060101ALI20170828BHJP
   A62D 3/02 20070101ALI20170828BHJP
   C02F 3/34 20060101ALI20170828BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170828BHJP
   C12R 1/01 20060101ALN20170828BHJP
【FI】
   C12N1/20 DZNA
   C12N1/20 FZAB
   B09B3/00 E
   A62D3/02
   C02F3/34 Z
   !C12N15/00 A
   C12R1:01
【請求項の数】22
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-122656(P2013-122656)
(22)【出願日】2013年6月11日
(65)【公開番号】特開2014-239656(P2014-239656A)
(43)【公開日】2014年12月25日
【審査請求日】2016年6月3日
【微生物の受託番号】IPOD  FERM P-22210
【微生物の受託番号】IPOD  FERM P-22211
(73)【特許権者】
【識別番号】390023249
【氏名又は名称】国際航業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090402
【弁理士】
【氏名又は名称】窪田 法明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 徹朗
(72)【発明者】
【氏名】今田 千秋
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 誠治
【審査官】 安居 拓哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−267085(JP,A)
【文献】 特開2001−252688(JP,A)
【文献】 高安那津季 他,平成25年度日本水産学会春季大会,2013年 3月26日,p.193
【文献】 Woo-Jung Park,The Korean Journal of Microbiology,2010年,Vol.46, No.2,pp.183-191
【文献】 鈴木誠治,第17回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会要旨集,2011年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物とデルフチア(Delftia)属に属する微生物とのコンソーシアムを有効量含有し、テトラクロロエチレンを含む揮発性有機塩素化合物で汚染された汚染土壌や汚染地下水の浄化のために用いることを特徴とする揮発性有機塩素化合物で汚染された汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項2】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物がアシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)であり、デルフチア(Delftia)属に属する微生物がデルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)であることを特徴とする請求項1に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項3】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が塩分を含む環境下でテトラクロロエチレン分解活性を有することを特徴とする請求項2に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項4】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物がNaCl濃度0〜6%(W/V)の範囲で生育可能な微生物であることを特徴とする請求項2又は3に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項5】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が下記菌学的性質及び下記生理・生化学的性質を有する微生物であることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(チ)粘調度:生クリーム様
(6)生育温度試験(℃):12〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陰性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陰性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陰性
(16)n-カプリン酸資化性:陽性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陽性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陰性
(22)アゼライン酸資化性:陽性
(23)マロン酸資化性:陽性
(24)L-アルギニン資化性:陽性
(25)エタノール資化性:陽性
(26)安息香酸資化性:陽性
【請求項6】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号1に記載の配列を有する微生物であることを特徴とする請求項2〜5のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項7】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに寄託している受領番号FERM AP−22211の微生物であることを特徴とする請求項2〜6のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項8】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物がNaCl濃度0〜5%(W/V)の範囲で生育可能な微生物であることを特徴とする請求項2〜7のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項9】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が下記菌学的性質及び下記生理・生化学的性質を有する微生物であることを特徴とする請求項2〜8のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(6)生育温度試験(℃):4〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陽性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陽性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陽性
(16)n-カプリン酸資化性:陰性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陰性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陽性
【請求項10】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号2に記載の配列を有する微生物であることを特徴とする請求項2〜9のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項11】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに寄託している受領番号FERM AP−22210の微生物であることを特徴とする請求項2〜10のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤。
【請求項12】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物とデルフチア(Delftia)属に属する微生物とのコンソーシアムを、テトラクロロエチレンを含む揮発性有機塩素化合物で汚染された汚染土壌や汚染地下水の浄化のために用いて汚染土壌又は汚染地下水中のテトラクロロエチレンを含む揮発性有機塩素化合物を分解させることを特徴とする汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項13】
アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物がアシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)であり、デルフチア(Delftia)属に属する微生物がデルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)であることを特徴とする請求項12に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項14】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が塩分を含む環境下でテトラクロロエチレン分解活性を有することを特徴とする請求項13に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項15】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物がNaCl濃度0〜6%(W/V)の範囲で生育可能な微生物であることを特徴とする請求項13又は14に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項16】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が下記菌学的性質及び下記生理・生化学的性質を有する微生物であることを特徴とする請求項13〜15のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(チ)粘調度:生クリーム様
(6)生育温度試験(℃):12〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陰性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陰性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陰性
(16)n-カプリン酸資化性:陽性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陽性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陰性
(22)アゼライン酸資化性:陽性
(23)マロン酸資化性:陽性
(24)L-アルギニン資化性:陽性
(25)エタノール資化性:陽性
(26)安息香酸資化性:陽性
【請求項17】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号1に記載の配列を有する微生物であることを特徴とする請求項13〜16のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項18】
アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物が独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに寄託している受領FERM AP−22211の微生物であることを特徴とする請求項13〜17のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項19】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物がNaCl濃度0〜5%(W/V)の範囲で生育可能な微生物であることを特徴とする請求項13〜18のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項20】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が下記菌学的性質及び下記生理・生化学的性質を有する微生物であることを特徴とする請求項13〜19のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(6)生育温度試験(℃):4〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陽性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陽性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陽性
(16)n-カプリン酸資化性:陰性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陰性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陽性
【請求項21】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号2に記載の配列を有する微生物であることを特徴とする請求項13〜20のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【請求項22】
デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物が独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに寄託している受領番号FERM AP−22210の微生物であることを特徴とする請求項13〜21のいずれか1項に記載の汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、シス-1,2-ジクロロエチレン、塩化ビニルモノマー等の揮発性有機塩素化合物(以下、VOC)で汚染された汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤とこの浄化剤を用いた汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
過去から現在に至る日本の各地域での産業活動の結果、VOCによる土壌・地下水汚染が広範囲に拡がっている。そして、企業の自主的な取り組みや社会の関心の高まりから、この土壌・地下水汚染が顕在化し、その解決が企業等の社会的使命となっている。
【0003】
VOCによる土壌・地下水汚染を浄化する方法としては、汚染された土壌を掘削し浄化処理施設にて無害化して埋め戻す方法、汚染された地下水を汲みあげることで汚染物質を回収・除去する方法、酸化剤等を地中に投入して化学的に分解する方法、微生物分解を利用したバイオレメディエーション(bioremediation)等、種々の方法が提案されている。
【0004】
しかしながら、一度汚染された広範囲の土壌・地下水汚染を浄化するためには、莫大な費用を要することもあり、低コスト浄化手法の確立が求められている。また、平成22年4月に改正・施行された土壌汚染対策法により、汚染土壌の搬出が更に厳格化され、汚染土壌を区域外の浄化処理施設に搬出して無害化することが困難になった。
【0005】
このような状況の中で注目されているのが、汚染土壌の搬出を伴わない原位置浄化技術であり、特に微生物の力を利用して環境を回復するバイオレメディエーションのニーズが高まっている。その理由としてバイオレメディエーションは、他の原位置浄化技術と比較し安価であること、環境負荷が小さいことが挙げられる。
【0006】
VOCによる汚染土壌や地下水に対し微生物を利用して浄化するバイオレメディエーションとしては、一般的には、有機物で構成される栄養剤を地中に投入し、嫌気性の微生物により脱塩素化することが行われている。しかし、嫌気性バイオレメディエーションは、浄化期間が長く、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレン等の嫌気性微生物分解生成物であるシス-1,2-ジクロロエチレンや塩化ビニルモノマーなど有害な物質が蓄積する等の問題もある。
【0007】
一方、好気性微生物では、共代謝によってもテトラクロロエチレンが分解しないとされている。更に、アンモニア酸化細菌やメタン酸化細菌による共代謝では、トリクロロエチレン等の分解過程で有害な物質であるクロロ酢酸類が生成する。このためVOCによる土壌・地下水汚染に対して、好気性バイオレメディエーションによる浄化はほとんど行われていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−229579号公報
【特許文献2】特開2007−104916号公報
【特許文献4】特開2005−205299号公報
【特許文献5】特開平07−124543号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】大成建設技術センター報 第40号(2007)「揮発性有機塩素化合物汚染地盤の微生物浄化技術 新たな適合性評価手法の検討と汚染サイトへの適用」 伊藤雅子、根岸昌範、高畑陽、樋口雄一、有山元茂
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、従来の嫌気性バイオレメディエーションでは、VOCによる土壌や地下水汚染を速やかに浄化できない点で、好気性のバイオレメディエーションではテトラクロロエチレンが分解しない点である。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、テトラクロロエチレンを含むVOC分解活性を有する微生物コンソーシアムを用いてVOCで汚染された汚染土壌又は汚染地下水を速やかに浄化する浄化剤とこの浄化剤を用いた汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上述の課題を解決すべく鋭意検討した結果、東京湾海水から単離した複数の菌が、高いVOC分解率を安定的に示すことを発見し、これらの菌の安全性の確認(菌株特定によるBSLの確認、ミジンコ及び藻類に対する毒性試験の実施)、環境中での分析方法の確立(リアルタイムPCR法による定量方法の確立及び土壌からの抽出率の確認)、大量培養方法の確立を行った。
【0013】
すなわち、本発明は、アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物とデルフチア(Delftia)属に属する微生物とのコンソーシアムを有効量含有した汚染土壌又は汚染地下水の浄化剤とこの浄化剤を用いた汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法である。ここで、アシネトバクター(Acinetobacter)属に属する微生物としてはアシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)を使用し、デルフチア(Delftia)属に属する微生物としてはデルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)を使用することができる。
【0014】
また、アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物の最適生育温度は10〜37℃である。また、この微生物は塩分を含む環境下で揮発性有機塩素化合物分解活性を有しており、NaCl濃度0〜6%(W/V)の範囲で生育可能である。また、この微生物の菌学的性質及び生理・生化学的性質は下記の通りであり、独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに受領番号FERM AP−22211として寄託した。
【0015】
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(チ)粘調度:生クリーム様
(6)生育温度試験(℃):12〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陰性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陰性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陰性
(16)n-カプリン酸資化性:陽性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陽性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陰性
(22)アゼライン酸資化性:陽性
(23)マロン酸資化性:陽性
(24)L-アルギニン資化性:陽性
(25)エタノール資化性:陽性
(26)安息香酸資化性:陽性
【0016】
また、アシネトバクター・べネチアヌス(Acinetobacter venetianus)に属する前記微生物(Acinetobacter venetianus S4)は16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号1に記載の配列を有している。
【0017】
また、デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物の最適生育温度は4〜37℃である。また、この微生物はNaCl濃度0〜5%(W/V)の範囲で生育可能である。また、この微生物の菌学的性質及び生理・生化学的性質は下記の通りであり、独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに受領番号FERM AP−22210として寄託した。
【0018】
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(6)生育温度試験(℃):4〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陽性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陽性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陽性
(16)n-カプリン酸資化性:陰性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陰性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陽性
【0019】
また、デルフチア・アシドボランス(Delftia acidovorans)に属する前記微生物(Delftia acidovorans S2)は16SrRNA遺伝子の塩基配列が配列表の配列番号2に記載の配列を有している。
【0020】
次に、本発明による汚染土壌・地下水の浄化方法をVOC単独の汚染の場合と鉱物油との複合汚染を対象とした場合に分けて説明する。
【0021】
VOC単独の汚染の場合、浄化に酸素を多くは要しないため、本菌及び栄養塩(窒素やりんの無機塩)、必須元素(微量の金属類)を添加することで浄化が可能である。これら薬剤の添加方法としては、注入井戸を用いる方法(井戸注入法)、自走式ボーリングマシンを用いた直接注入(ロット注入)、高圧噴射攪拌法、重機を用いた土壌攪拌工法等がある。分解速度を上昇するため、酸素供給工法を併用することも可能である。
【0022】
VOCと鉱物油の複合汚染を対象とした浄化の場合、油含有量濃度が高いこと、浄化対象が混合物となりその分解には十分な酸素が必要となるため、土壌・地下環境に効率よく酸素を供給することが重要となる。酸素の供給方法として、従前からのエアーズパーシング(バイオスパーシング)のほか、マイクロナノバブルを利用する方法(二重管井戸工法、バイオ循環工法等)、過酸化マグネシウムや過酸化水素等の過酸化物を用いる方法がある。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、VOCを好気的に分解させるので、VOCで汚染された土壌又は地下水に含まれているVOCを、嫌気的に分解させる場合と比べ、効率的に分解させることができ、従って、VOCで汚染された土壌又は地下水を短期間に効率的に浄化することができるという効果がある。
【0024】
また、VOCを嫌気的に分解させると有害な化合物が生成するが、本発明によれば、VOCを好気的に分解させるので、VOCを分解させる途中でクロロ酢酸等の有害な化合物(中間生成物)が生成せず、従って、有害な中間生成物の蓄積による土壌又は地下水の二次汚染の心配がないという効果がある。
【0025】
また、本発明によれば、鉱物油類とVOCのどちらも分解させることができるので、鉱物油とVOCの両方で汚染された土壌又は地下水を同時に好気環境で浄化することができ、従って、鉱物油とVOCの両方で汚染された土壌又は地下水を低コストで浄化することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は単離菌の組合せパターンと油分解率(%)との関係を示すグラフである。
図2図2は70%以上の分解率を示した単離菌の組合せを示す図である。
図3図3は塩濃度試験における分解率を示すグラフである。
図4図4はトリクロロエチレンの濃度変化を示すグラフである。
図5図5はシス-1,2-ジクロロエチレンの濃度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明者らは難分解性の潤滑油などを効率よく分解する微生物の探索研究を実施し、東京湾の表面海水中から高い鉱物油類分解能を示す二つのフローラ(以下flora A,flora B)を得た。これらのフローラを地下水・土壌汚染へ応用するためには、それらの鉱物油類分解能が保持され、安全性を満たす必要があると思われる。
【0028】
複数の微生物が含まれるフローラの場合、その分解能や群集構造が、継代培養や保存等の過程で変化する可能性が考えられる。そこで、flora A およびflora B は、鉱物油類のみを炭素源とした継代培養および鉱物油類を用いずに高栄養培地を用いた培養を行い、継代培養や保存等の過程で鉱物油類分解能が保持されることを確認した。
【0029】
次に、これら二つのフローラの中から、安定した高い鉱物油類分解能を有するとともに、ベンゼンに対しても高い分解能を示すflora Aを選択し、構成菌の単離と同定を行い、安全性(バイオセーフティレベル、BSL)を評価した。
【0030】
また、単離した菌の組合せによる鉱物油類分解能についても調べた。ここで、鉱物油類としてはシェルテラスオイルC46(C22〜C36の炭素範囲で、C30〜C32にピークを持つ。)を用いた。この鉱物油類は97質量%以上の基油と3質量%以下の添加剤で構成されている工業用潤滑油である。
【実施例1】
【0031】
東京湾表面海水中から分離した高い鉱物油類分解能を示すfloraA培養液100μlを、10 ml の鉱物油類分解菌増殖培地(MSM培地)(油0.5 %)を含む50 ml の遠心チューブに接種した後、27 ℃、140rpmで振とう培養した。培養14日後にその培養液100 μlを分取し、新しいMSM培地(油0.5 %)に接種した。以後同様の操作を繰り返すことにより継代培養を行った。
【0032】
なお、MSM培地はNH4NO3 4 g, KH2PO4 4.7 g, Na2HPO4 0.119 g, CaCl2・2H2O 0.01g, MgS04・7H2O 1 g, MnCl2・4H2O 0.01 g, FeS04・7H2O 0.015 gをイオン交換水1Lに添加した後pHを7に調整し、オートクレーブ滅菌(121℃、15分)したものを使用した。また、添加潤滑油は孔径0.2 μmのフィルターで濾過滅菌した後、培地に0.5 %添加した。
【0033】
高い油分解能が見られたflora Aの菌叢をpH7に調整した蛋白分解物寒天培地に画線培養し、得られたコロニーの単離を行った。その結果、flora A から、k1、k2、k3、k4の4種類の菌が単離された。
【実施例2】
【0034】
次に、得られた単離菌の全ての組合せについて油分解率を調べるために、単離菌それぞれについて酵母エキス2.0gとポリペプトン4.0gを1Lのイオン交換水に添加した培地で培養した。そして、それぞれの単離菌の培養液50μlをMSM培地(油0.5%)に接種し、27℃で7日間振とう培養し、Thin LayerChromatography - Flame Ionization Detection (TLC-FID)により油分解率を調べた。
【0035】
また、培養14日目の培養液について、培養液と等量のヘキサンで培養液中の油分を抽出し、Itoらの方法に基づいてTLC-FID法により油分解能を測定した。Itoらの方法:Ito H, Hosokawa R, Morikawa M, Okuyama H: A turbine oil degrading bacterial consortium from soils of oil fields and its characteristics. International Biodeterioration and Biodegradation. 2008; 61: 223 232.
【0036】
次に、単離菌k1、k2、k3、k4の全ての組合せパターンについて油分解率を測定したところ、図1に示す通りであった。そして、これらの結果の中で、70%以上の油分解率を示すものは図2に示す通りであった。これらの結果から、以下のことが言える。
【0037】
鉱物油類分解の場合、1種類の菌だけでは高い分解能を示さず、2種類以上の菌の組合せにより、初めて高い分解能を示すので、鉱物油類分解に関して複数の微生物の相互作用が重要であることがわかる。また、単離菌4種類混合の場合より、2種類又は3種類混合の場合の方が油分解率が高いので、鉱物油類分解には4種類の菌全てが必要ではないことがわかる。
【0038】
更に、油分解率が70%以上の高分解率を示した組合せのいずれにも、k3が共通して含まれていることから、微生物群集での油分解において、k3菌は重要な役割を演じていると推察される。ただし、k3菌単独では油分解率が低いことから、他の菌がk3菌の油分解を促進する役割を果たしていると考えられる。
【実施例3】
【0039】
次に、k1菌とk3菌についてゲノムDNAを抽出した後、PCRを行い、16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定した。k1の塩基配列は配列表の配列番号2に示す通りであり、k3菌の塩基配列は配列表の配列番号1に示す通りであった。
【0040】
そして、この塩基配列に基づき、定法により、データベース中の登録配列と相同性を比較し、これらの菌の種を同定した。k1菌はDelftia acidovoransに属する微生物(以下、Delftia acidovorans S2という。)であり、k3菌はAcinetobacter venetianusに属する微生物(以下、Acinetobacter venetianus S4という。)であることがわかった。
【0041】
以上の結果から、日本細菌学会発行「病原体等安全取扱・管理指針」によると、Delftia acidovorans S2(k1菌)はBSL 1 に該当し、Acinetobacter venetianus S4(k3菌)はBSLに該当なしであり、ミジンコ及び藻類に対する影響はないことを確認している。
【実施例4】
【0042】
生育温度の検討
nutrient broth 培地(ニュートリエントブロス:肉エキス 3.0g、ペプトン 5.0g、水1.0L、pH6.8±0.2)を、12本の25mLの試験管に10mLずつ入れ、そのうち6本にDelftia acidovorans S2(k1菌)を植菌し、別の6本にAcinetobacter venetianus S4(k3菌)を植菌した。それらの試験管を4℃、10℃、20℃、27℃、37℃、50℃で、Delftia acidovorans S2(k1菌)を植菌した試験管とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)を植菌した試験管を1本ずつ静置し、10間培養し、生育温度を検討した。結果は表1に示す通りであった。
【0043】
【表1】
【0044】
表1において、−、+、++、+++ の印は、−が生育せず、+が生育、++が生育良好、+++が非常に良く生育するを意味する。Delftia acidovorans S2(k1菌)の生育可能範囲は、4〜37℃の範囲であり、10〜37℃の範囲が最適生育温度であることが分かる。Acinetobacter venetianus S4(k3菌)の生育可能範囲は、10〜37℃の範囲であり、この温度範囲内で同等の良好な生育を示した。
【実施例5】
【0045】
生育pHの検討
nutrient broth 培地(ニュートリエントブロス:肉エキス 3.0g、ペプトン 5.0g、水1.0L)について、塩酸と水酸化ナトリウムを用いてpHを4,5,6,7,8,9,10,11に調整し、8種類のpHが異なる培地を調製した。25mLの試験管にpHを調整した培地10mLを入れ、S2菌を植菌した(1種類のpHにつき1本)。S4菌についても同様に行った。それらの試験管を、27℃で7日間振盪培養した。結果は表2に示す通りであった。
【0046】
【表2】
【0047】
表2において、−、+、++、+++ の印は、−が生育せず、+が生育、++が生育良好、+++が非常に良く生育することを意味する。S2菌の生育可能範囲は、pH5〜10の範囲であり、pH7〜9の範囲が最適生育pHであることが分かる。S4菌の生育可能範囲は、pH5〜10の範囲であり、pH7〜9の範囲が最適生育pHであることが分かる。
【実施例6】
【0048】
耐NaClの検討
nutrient broth 培地に、NaClを濃度が0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10%になるように加え、この培地でDelftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)を、27℃で7日間振盪培養し、耐NaClの濃度を検討した。結果は表3に示す通りであった。
【0049】
【表3】
【0050】
表3において、−、+、++、+++ の印は、−が生育せず、+が生育、++が生育良好、+++が非常に良く生育するを意味する。Delftia acidovorans S2(k1菌)は、NaCl濃度0〜5%(w/v)の範囲で生育可能であった。Acinetobacter venetianus S4(k3菌)は、NaCl濃度0〜6%(w/v)の範囲で生育可能であった。
【実施例7】
【0051】
次に、Delftia acidovorans S2(k1菌)の菌学的性質及び生理・生化学的性質について調べたところ、下記の通りであった。なお、Delftia acidovorans S2(k1菌)は独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに受領番号FERM AP−22210として寄託した。
【0052】
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(6)生育温度試験(℃):4〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陽性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陽性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陽性
(16)n-カプリン酸資化性:陰性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陰性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陽性
【実施例8】
【0053】
また、Acinetobacter venetianus S4(k3菌)の菌学的性質及び生理・生化学的性質について調べたところ、下記の通りであった。なお、Acinetobacter venetianus S4(k3菌)は独立行政法人産業総合研究所の特許生物寄託センターに受領番号FERM AP−22211として寄託した。
【0054】
A.菌学的性質
(1)細胞形態 :幅0.4〜0.5μm、長さ1.0〜1.5μm の桿菌
(2)グラム染色性:陰性
(3)胞子の有無:陰性
(4)運動性:陰性
(5)コロニー形態(48時間培養)
(イ)直径:2.5〜3.0 mm
(ロ)色調:淡黄色
(ハ)形:円形
(ニ)隆起状態:半レンズ状
(ホ)周縁:全縁
(ヘ)表面の形状など:スムーズ
(ト)透明度:不透明
(チ)粘調度:生クリーム様
(6)生育温度試験(℃):12〜37℃
B.生理・生化学的性質
(1)硝酸塩還元:陰性
(2)インドール産生:陰性
(3)ブドウ糖酸性化:陰性
(4)アルギニンジヒドロラーゼ:陰性
(5)ウレアーゼ:陰性
(6)エスクリン加水分解:陰性
(7)ゼラチン加水分解:陽性
(8)β−ガラクトシダーゼ:陰性
(9)ブドウ糖資化性:陰性
(10)L-アラビノース資化性:陰性
(11)D-マンノース資化性:陰性
(12)D-マンニトール資化性:陰性
(13)N-アセチル-D-グルコサミン資化性:陰性
(14)マルトース資化性:陰性
(15)グルコン酸カリウム資化性:陰性
(16)n-カプリン酸資化性:陽性
(17)アジピン酸資化性:陽性
(18)dl-リンゴ酸資化性:陽性
(19)クエン酸ナトリウム資化性:陽性
(20)酢酸フェニル資化性:陰性
(21)チトクロームオキシダーゼ:陰性
(22)アゼライン酸資化性:陽性
(23)マロン酸資化性:陽性
(24)L-アルギニン資化性:陽性
(25)エタノール資化性:陽性
(26)安息香酸資化性:陽性
【0055】
文献(Int J Syst Evol Microbiol (2009), 59, 118-124.)のTable 1. に示されている Acinetobacter 属細菌の種々化合物の資化性比較表に従い、S4菌とAcinetobacter venetianus strain ATCC31012 について資化性を調べた。
【0056】
その結果、S4菌は上記項目(22)〜(26)および(17)に示したすべての化合物に対して資化性陽性であった。それに対してAcinetobacter venetianus strain ATCC31012は、項目(22)〜(25)の化合物には資化性陽性であったが、項目(22)および(17)の化合物には資化性陰性であった。
【0057】
S4菌は、Acinetobacter venetianus strain ATCC31012 の16S rRNA遺伝子とは100%の相同性を有するが、資化性においては異なる性質を示した。
【実施例9】
【0058】
次に、Delftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)のコンソーシアム(混合菌)による軽油の分解能を調べた。実験に用いた鉱物油類としてはガソリンスタンドで販売されているディーゼル燃料を用いた。Delftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)は前培養をして用いた。前培養培地 100mLに、S2菌 またはS4菌を植菌し、27℃、160rpmで2日間振とう培養した。この培養液を植菌液として用いた。前培養培地1Lの組成は、酵母エキス 2.0gとポリペプトン 4.0gであり、オートクレーブ滅菌(121℃、15分)したものを使用した。
【0059】
Delftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)のそれぞれについて、前培養液1mLを、500 mlの 鉱物油類分解菌増殖培地を含む3Lのフラスコ(3本)に添加し、27℃、120rpmで振とう培養した。鉱物油類分解菌増殖培地としてはMSM培地に油0.5%を添加した培地を用いた。
【0060】
MSM培地は淡水系の培地であり、1Lの組成はNH4NO3 4g, KH2PO4 4.7g, Na2HPO4 0.119g, CaCl2・2H2O 0.01g, MgSO4・7H2O 1g, MnCl2・4H2O 0.01g, FeSO4・7H2O 0.015gにNaOHでpHを7に調整し、オートクレーブ滅菌(121℃、15分)したものを使用した。また、添加潤滑油は孔径0.2μmのフィルターで濾過滅菌したものを使用した。
【0061】
培養開始後7、14、21日目の培養液について、JIS K0102 24 に基づいてノルマルヘキサン抽出物質として油分を定量した。なお、分解菌を添加しない培養液をコントロールとして使用した。結果は表4に示す通りであった。
【0062】
【表4】
【実施例10】
【0063】
また、Delftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)のコンソーシアム(混合菌)による灯油の分解能を調べた。鉱物油類として、灯油を用いた以外、実施例9と同様に実施した。結果は表5に示す通りであった。
【0064】
【表5】
【実施例11】
【0065】
塩分濃度と鉱物油類分解能との関係を調べた。実験に用いた鉱物油類としては、シェルテラスオイルC46(炭素数C22〜C36のアルカンを含む)を用いた。本製品は97質量%以上の基油と3質量%以下の添加剤で構成されている工業用潤滑油である。
【0066】
実験に用いたDelftia acidovorans S2(k1菌)とAcinetobacter venetianus S4(k3菌)は前培養をして用いた。前培養培地 100mLに、Delftia acidovorans S2(k1菌) またはAcinetobacter venetianus S4(k3菌)を植菌し、27℃、160rpmで2日間振とう培養した。この培養液を植菌液として用いた。前培養培地1Lの組成は、酵母エキス 2.0gとポリペプトン 4.0gであり、オートクレーブ滅菌(121℃、15分)したものを使用した。
【0067】
Delftia acidovorans S2(k1菌)またはAcinetobacter venetianus S4(k3菌)の前培養液100μlを、10mlの鉱物油類分解菌増殖培地を含む50mlのフラスコに添加し、27℃、120rpmで振とう培養した。ここで、鉱物油類分解菌増殖培地としては、NaCl濃度0%の場合は、MSM培地に油0.5%を添加、NaCl濃度1〜10%の場合、NaClを添加したMSM培地に油0.5%を添加したものを用いた。
【0068】
MSM培地は淡水系の培地であり、1Lの組成はNH4NO3 4g, KH2PO4 4.7g, Na2HPO4 0.119g, CaCl2・2H2O 0.01g, MgSO4・7H2O 1g, MnCl2・4H2O 0.01g, FeSO4・7H2O 0.015gにNaOHでpHを7に調整し、オートクレーブ滅菌(121℃、15分)したものを使用した。また、添加潤滑油は孔径0.2μmのフィルターで濾過滅菌したものを使用した。
【0069】
培養開始後14日目の培養液について、培養液と等量のn-ヘキサンで培養液中の油分を抽出し、その抽出液と同量のステアリン酸(内部標準物質)のn-ヘキサン溶液(10mg/mL)を混合し、TLC-FID(シリカゲル薄層クロマトグラフィー−水素炎イオン化検出法)法により油分の定量を行った。なお、分解菌を添加しない培養液をコントロールとして使用した。結果は図3に示す通りであった。
【実施例12】
【0070】
50mLガラス遠沈管に、12メッシュ以下に揃えたシルト質土壌を120℃で40分間オートクレーブ処理して調製した滅菌土壌を0.15g、鉱物油としてシェルテラスオイルC46(炭素数C22〜C36のアルカンを含む)を20mgおよび無機培地(表6)を入れ、実施例11で調製したDelftia acidovorans S2(k1菌) およびAcinetobacter venetianus S4(k3菌)をそれぞれ0.5mL加えて27℃で振とう培養を行った。この試料の水分量は94w%である。
【0071】
【表6】
【0072】
培養開始後14日目と21日目の培養液について、6mLのn-ヘキサンで培養液中の油分を2回抽出し、その抽出液と同量のステアリン酸(内部標準物質)のn-ヘキサン溶液(10mg/mL)を混合し、TLC-FID(シリカゲル薄層クロマトグラフィー−水素炎イオン化検出法)法により油分の定量を行った。なお、分解菌を添加しない培養液をコントロールとして使用した。
【0073】
各培養液から抽出された鉱物油残存量(mg)を表7に示した。コントロールに対して、分解菌を添加した培養液中の鉱物油残存率は、培養7日目に30%、培養21日目に10%まで減少した。なお、シルト土壌とは、凝集して0.02〜0.002mm程度の土塊を形成する物性の土壌を指す。
【0074】
【表7】
【実施例13】
【0075】
汚染地から採取した地下水に、(1)無機栄養塩と必須元素及びS2菌・S4菌をそれぞれ106cell/ml程度になるように添加したもの、(2)有機酸等主体とした嫌気性バイオレメディエーション用栄養剤を添加したもの、(3)何も添加しなかったもの(コントロール)を用意した。
【0076】
そして、これらを20℃の暗所で養生し、定期的にGC-PID法により、VOC濃度(トリクロロエチレンの濃度、シス‐1,2-ジクロロエチレンの濃度)を測定した。結果は図4図5に示す通りであった。ここで、図4はトリクロロエチレンの濃度変化を示すグラフ、図5はシス‐1,2-ジクロロエチレンの濃度変化を示すグラフである。
【0077】
図4及び図5に示すように、(1)のS2菌・S4菌を用いた好気分解の場合、トリクロロエチレンとシス-1.2-ジクロロエチレンとも2週間で定量下限値未満にまで同時に分解されることがわかる。
【0078】
これに対し、(2)の嫌気分解では、トリクロロエチレンは、シス-1,2−クロロエチレンを経て、塩化ビニル物モノマー等に分解するため、途中でシス-1,2-ジクロロエチレン濃度が上昇し、環境基準値以下にまで分解するのに60日を要した。
【0079】
以上の結果から、S2菌・S4菌を用いてVOCを好気的に分解させる方法は、嫌気性バイオレメディエーションと比較して、浄化期間の短縮が可能なことが明らである。なお、(1)のS2菌・S4菌を用いた好気分解の場合、試験水中に試験期間を通じて塩化ビニルモノマーは確認されなかった。
【実施例14】
【0080】
汚染地下水と、滅菌した汚染地下水に、それぞれ無機栄養塩と必須元素及びS2菌・S4菌をそれぞれ106cell/ml程度になるように添加し、これらを20℃の暗所で養生し、VOC濃度をGC-PID/FID法により定期的に測定した。結果は表8、表9に示す通りであった。
【0081】
滅菌してない汚染地下水にS2菌・S4菌等を添加した系では、表8に示すように、約2週間でテトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、シス-1,2-ジクロロエチレン(cis-DCE)が地下水基準値以下にまで分解している。
【0082】
また、滅菌した汚染地下水にS2菌・S4菌等を添加した系でも、表9に示すように、約2週間でテトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、シス-1,2-ジクロロエチレン(cis-DCE)が地下水基準値以下にまで分解している。
【0083】
また、テトラクロロエチレンの濃度は、表8、表9に示すように、滅菌したものと、滅菌しないものとで大差が無いので、他の菌による分解の影響はないと思われ、テトラクロロエチレンはS2菌、S4菌により分解されたものと思われる。
【0084】
また、好気性微生物の共代謝による分解の際、中間物として生成するジクロロ酢酸、嫌気性微生物による分解生成物である塩化ビニルモノマーが、試験期間を通じて検出されなかったので、テトラクロロエチレン等はS2菌・S4菌により好気的に直接分解されていると思われる。
【0085】
以上の結果から、好気的には微生物分解しないとされているテトラクロロエチレン(PCE)が、S2菌・S4菌により直接分解されていることが分かる。
【表8】
【0086】
【表9】
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の揮発性有機塩素化合物分解菌は、水中でも、土壌中でも揮発性有機塩素化合物に対して高い分解能を発現する。更に本発明の揮発性有機塩素化合物分解菌は、海水より高濃度のNaCl濃度でも増殖する。従って、本発明の揮発性有機塩素化合物分解菌および浄化法によれば、揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水または土壌を微生物を利用して浄化するバイオレメディエーション技術が提供される。揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水または土壌が、海水より高いNaCl濃度を有する場合においても、本発明の微生物を利用したバイオレメディエーション技術が有効であることが期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]