(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1の実施の形態]
図1は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達制御装置が搭載された四輪駆動車の概略を示す構成図である。
【0012】
(四輪駆動車100の構成)
四輪駆動車100は、駆動力伝達系101と、駆動力伝達装置11と、制御装置12と、主駆動源であるエンジン102と、トランスミッション103と、主駆動輪としての前輪104L,104Rと、補助駆動輪としての後輪105L,105Rとを備えている。なお、
図1において符号中の文字「L」は四輪駆動車100の前進方向に対する左側を示し、文字「R」は四輪駆動車100の前進方向に対する右側を示している。
【0013】
駆動力伝達系101は、前輪側の駆動力伝達系101Aと、後輪側の駆動力伝達系101Bと、前輪側の駆動力伝達系101A及び後輪側の駆動力伝達系101Bをつなぐプロペラシャフト20とを有し、四輪駆動車100の四輪駆動状態を二輪駆動状態に、また二輪駆動状態を四輪駆動状態にそれぞれ切り替え可能に構成されている。駆動力伝達系101は、四輪駆動車100のトランスミッション103側から後輪105L,105Rに至る駆動力伝達経路に、フロントディファレンシャル21及びリヤディファレンシャル22と共に配置され、四輪駆動車100の図略の車体に搭載されている。
【0014】
前輪側の駆動力伝達系101Aは、フロントディファレンシャル21及び駆動力断続装置23を含み、プロペラシャフト20の前輪104L,104R側に配置されている。
【0015】
フロントディファレンシャル21は、サイドギヤ211L,211Rと、一対のピニオンギヤ212と、一対のピニオンギヤ212を回転可能に支持するギヤ支持部材213と、サイドギヤ211L,211R及び一対のピニオンギヤ212を収容するフロントデフケース214とを有し、トランスミッション103に連結されている。サイドギヤ211Lは、前輪104L側のアクスルシャフト24Lに接続され、サイドギヤ211Rは、前輪104R側のアクスルシャフト24Rに接続される。一対のピニオンギヤ212は、サイドギヤ211L,211Rにギヤ軸を直交させて噛合する。
【0016】
駆動力断続装置23は、第1のスプライン歯部231と、第2のスプライン歯部232と、スリーブ233とを有するドグクラッチからなる。駆動力断続装置23は、四輪駆動車100の前輪104L,104R側に配置され、スリーブ233が図略のアクチュエータによって進退移動可能である。第1のスプライン歯部231はフロントデフケース214に、第2のスプライン歯部232はリングギヤ262に、それぞれ回転不能に接続されている。スリーブ233は、第1のスプライン歯部231及び第2のスプライン歯部232にスプライン嵌合可能に連結されている。この構成により、駆動力断続装置23は、プロペラシャフト20とフロントデフケース214とを断続可能に連結する。
【0017】
後輪側の駆動力伝達系101Bは、リヤディファレンシャル22及び駆動力伝達装置11を含み、プロペラシャフト20の後輪105L,105R側に配置されている。
【0018】
リヤディファレンシャル22は、サイドギヤ221L,221Rと、一対のピニオンギヤ222と、一対のピニオンギヤ222を回転可能に支持するギヤ支持部材223と、サイドギヤ221L,221R及び一対のピニオンギヤ222を収容するリヤデフケース224とを有し、プロペラシャフト20に連結されている。一対のピニオンギヤ222は、サイドギヤ221L,221Rにギヤ軸を直交させて噛合する。サイドギヤ221Lは、後輪105L側のアクスルシャフト25Lに接続され、サイドギヤ221Rは、後輪105R側のアクスルシャフト25Rに駆動力伝達装置11を介して接続される。
【0019】
駆動力伝達装置11は、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Rと後輪105R側のアクスルシャフト25Rとの連結を断接可能である。リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Rと後輪105R側のアクスルシャフト25Rとの連結が遮断されると、エンジン102の駆動力が後輪105Rに伝達されなくなると共に、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221L,221R及び一対のピニオンギヤ222が空回りすることにより後輪105Lにも駆動力が伝達されなくなる。
【0020】
一方、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Rと後輪105R側のアクスルシャフト25Rとが連結されると、エンジン102の駆動力が後輪105Rに伝達されると共に、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Lを介して後輪105Lにも駆動力が伝達される。これにより、四輪駆動車100が四輪駆動状態となる。
【0021】
前輪104L,104Rは、エンジン102の駆動力がトランスミッション103及びフロントディファレンシャル21を介して前輪側のアクスルシャフト24L,24Rに伝達されることにより駆動される。一方の後輪105Lは、エンジン102の駆動力がトランスミッション103、駆動力断続装置23、プロペラシャフト20、及びリヤディファレンシャル22を介して後輪105L側のアクスルシャフト25Lに伝達されることにより駆動される。他方の後輪105Rは、エンジン102の駆動力がトランスミッション103、駆動力断続装置23、プロペラシャフト20、リヤディファレンシャル22、及び駆動力伝達装置11を介して後輪105R側のアクスルシャフト25Rに伝達されることにより駆動される。
【0022】
プロペラシャフト20の前輪104L,104R側の端部には、互いに噛合するドライブピニオン261及びリングギヤ262からなる前輪側歯車機構26が配置されている。また、プロペラシャフト20の後輪105L,105R側の端部には、互いに噛合するドライブピニオン271及びリングギヤ272からなる後輪側歯車機構27が配置されている。
【0023】
(制御装置12の構成)
制御装置12は、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の記憶素子からなる記憶部121と、記憶部121に記憶されたプログラムに従って動作するCPU(Central Processing Unit)等を有する制御部122と、制御部122で演算された電流指令値に基づいて駆動力伝達装置11の電動モータ5(後述)を制御するモータ制御回路123とを有している。モータ制御回路123により電動モータ5に電流が供給されると、駆動力伝達装置11によってリヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Rから後輪105R側のアクスルシャフト25Rにエンジン102の駆動力が伝達される。一方、電動モータ5に電流が供給されなくなると、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221Rと後輪105R側のアクスルシャフト25Rとの連結が遮断される。
【0024】
(駆動力伝達制御装置1の構成)
図2は、駆動力伝達装置11の構成例を示す断面図である。
図2において、回転軸線Oよりも上側は非作動状態を示し、下側は作動状態を示している。
【0025】
この駆動力伝達装置11は、電動モータ5と、電動モータ5の出力軸500の回転を減速させる減速機構9と、第1の摩擦部材としての複数のアウタクラッチプレート81及び第2の摩擦部材としての複数のインナクラッチプレート82を有する多板クラッチ8と、複数のアウタクラッチプレート81と共に回転する外側回転部材13と、複数のインナクラッチプレート82と共に回転する内側回転部材14と、電動モータ5の回転を受けて、多板クラッチ8を軸方向に押圧するカム推力を発生させるカム機構3と、カム機構3で発生したカム推力に対する反力を流体Lの圧力に変換する圧力変換機構6と、流体Lの圧力を検知する圧力センサ10と、本体部41及び蓋部42からなるハウジング4とを備える。
【0026】
ハウジング4の本体部41と蓋部42との間には、複数(3つ)のガイド部材32bが、回転軸線Oと平行に配置されている。ガイド部材32bは、円柱状であり、軸方向の一端部が本体部41に形成された保持孔41aに嵌合して固定され、他端部が蓋部42に形成された保持孔42aに嵌合して固定されている。また、ガイド部材32bには、カム機構3のリテーナ32を軸方向に付勢する付勢部材としてのリターンスプリング325が外嵌されている。リターンスプリング325は、軸方向に圧縮された状態で本体部41とリテーナ32との間に配置され、その復元力によってリテーナ32を蓋部42側に弾性的に押し付け、多板クラッチ8の解放時におけるリテーナ32の多板クラッチ8側への移動を抑制する。
【0027】
電動モータ5は、制御装置12によって制御される。制御装置12は、多板クラッチ8によって伝達すべきトルクに応じたカム推力が発生するように、流体Lの圧力に基づいて電動モータ5に供給する電流の指令値(電流指令値)を演算する。なお、本実施の形態では、電動モータ5として、固定子に設けられた巻線に電流を供給して磁界を発生させ、この磁界を回転子に設けられた永久磁石に作用させて回転子を回転させる構成のものを採用した場合について説明するが、電動モータとしては、例えば直動モータ(リニアモータ)のように、電気エネルギーを機械エネルギーに変換するものであれば、その形式に制限はない。つまり、電動モータとは、電気エネルギーを機械エネルギーに変換する機器の総称であり、限られた角度を旋回するアクチュエータ等も含まれる。
【0028】
多板クラッチ8は、ハウジング4内に封入されている潤滑油Loによって、複数のアウタクラッチプレート81と複数のインナクラッチプレート82とが潤滑される湿式クラッチである。この潤滑油Loにより、アウタクラッチプレート81とインナクラッチプレート82との摩擦摺動による摩耗が抑制される。潤滑油Loは、例えば鉱物油からなり、ハウジング4内に20〜80%の充填率で封入されている。
【0029】
外側回転部材13は、回転軸線Oを軸線とする軸状の軸部131と、軸部131とは反対側(カム機構3側)に開口する有底円筒状の円筒部132とを一体に有している。外側回転部材13は、ハウジング4の本体部41内に針状ころ軸受133,134を介して回転可能に支持されている。軸部131は、リヤディファレンシャル22のサイドギヤ221R(
図1参照)にスプライン嵌合によって連結されている。軸部131の外周面とハウジング4の本体部41の内面との間は、回転軸線O方向に沿って並列する一対のシール機構135によってシールされている。
【0030】
内側回転部材14は、回転軸線Oを軸線とする軸状のボス部141と、ボス部141とは反対側(
図1に示す後輪105R側)に開口する有底円筒状の円筒部142とを一体に有している。内側回転部材14は、外側回転部材13の円筒部132内に針状ころ軸受143,144を介して回転可能に支持されている。また、内側回転部材14は、ハウジング4の蓋部42に玉軸受145を介して回転可能に支持されている。内側回転部材14の円筒部142には、その開口から後輪105R側のアクスルシャフト25R(
図1参照)の先端部が挿入される。後輪105R側のアクスルシャフト25Rは、内側回転部材14にスプライン嵌合によって相対回転不能かつ回転軸線O方向に相対移動可能に連結される。
【0031】
ボス部141は、外側回転部材13における軸部131における円筒部132側の端部に形成された凹部131aに収容されている。ボス部141の外径は、円筒部142の外径よりも小さい寸法に設定されている。また、円筒部142における開口周辺部の外周面とハウジング4の蓋部42の内面との間は、シール部材146によってシールされている。
【0032】
多板クラッチ8は、外側回転部材13と内側回転部材14との間に配置されている。多板クラッチ8における複数のアウタクラッチプレート81と複数のインナクラッチプレート82とは、同一軸線(回転軸線O)上で相対回転可能に交互に配置され、回転軸線O方向に押圧されることにより互いに摩擦係合する。
【0033】
複数のアウタクラッチプレート81は、外側回転部材13の円筒部132の内周面に形成されたストレートスプライン嵌合部132bにスプライン嵌合し、外側回転部材13に対して相対回転不能、かつ回転軸線O方向に相対移動可能に連結されている。
【0034】
複数のインナクラッチプレート82は、内側回転部材14の円筒部142の外周面に形成されたストレートスプライン嵌合部14aにスプライン嵌合し、内側回転部材14に対して相対回転不能、かつ回転軸線O方向に相対移動可能に連結されている。
【0035】
電動モータ5は、ハウジング4の本体部41にアダプタ94を介してボルト5aによって取り付けられた電動機用ハウジング50内に収容されている。電動モータ5の出力軸500は、減速機構9及び歯車伝達機構7を介してカム機構3に連結されている。
【0036】
歯車伝達機構7は、第1の歯車71及び第2の歯車72を有している。第1の歯車71は、減速機構9の回転軸O
1上に配置され、ハウジング4の本体部41内に玉軸受73,74を介して回転可能に支持されている。第2の歯車72は、ギヤ部720が第1の歯車71に噛合するように配置され、支持軸76に玉軸受75を介して回転可能に支持されている。歯車伝達機構7は、減速機構9で減速された電動モータ5の回転力を受けて、カム機構3に伝達する。出力軸500の回転軸は、減速機構9の回転軸O
1と一致している。
【0037】
(減速機構9の構成)
減速機構9は偏心揺動減速機構であり、より詳しくは、少歯数差インボリュート減速機構である。減速機構9は、電動モータ5の出力軸500に相対回転不能に連結された回転軸90と、回転軸90の回転軸O
1に対して所定の偏心量をもって偏心する軸線O
2を中心軸線とする偏心部901と、偏心部901を収容する中心孔を有する外歯歯車からなる入力部材91と、回転軸O
1を中心軸とする内歯歯車からなる自転力付与部材92と、自転力付与部材92によって付与された自転力を入力部材91から受けて歯車伝達機構7の第1の歯車71に出力する複数の出力部材93(
図2には1つの出力部材93のみを示す)とを有している。
【0038】
回転軸90は、玉軸受95,96によって回転可能に支持され、偏心部901に挿通されている。偏心部901は回転軸90と一体に回転し、回転軸O
1を中心として偏心回転運動する。偏心部901の外周面と入力部材91の中心孔の内周面との間には、針状ころ軸受97が介在している。また、入力部材91には、複数の出力部材93を挿通させる複数の挿通孔911(
図2には1つの挿通孔911のみを示す)が周方向に沿って等間隔に形成されている。出力部材93の外周面と挿通孔911の内周面との間には、針状ころ軸受98が介在している。
【0039】
自転力付与部材92における内歯のピッチ円径は、入力部材91における外歯のピッチ円径よりも大きく形成されている。自転力付与部材92は、偏心回転する入力部材91の一部に噛合し、入力部材91に自転力を付与する。複数の出力部材93は、入力部材91の挿通孔911を挿通して歯車伝達機構7における第1の歯車71のピン取付孔710に取り付けられている。複数の出力部材93は、自転力付与部材92によって付与された自転力を入力部材91から受け、歯車伝達機構7の第1の歯車71に出力する。
【0040】
(カム機構3の構成)
次に、カム機構3について、
図3〜
図7を参照して詳細に説明する。
【0041】
図3は、カム機構3の構成例を示す斜視図である。
図4は、カム機構3のカム部材31を示す斜視図である。
図5は、カム機構3のリテーナ32を示す斜視図である。
図6は、カム機構3の転動部材33及び支持ピン34を示す斜視図である。
図7は、カム機構3の動作を説明するための説明図である。
【0042】
カム機構3は、減速機構9で減速された電動モータ5の回転力を受けて、多板クラッチ8を回転軸線O方向に押圧する推力を発生させる。換言すれば、カム機構3は、電動モータ5のトルクを、多板クラッチ8を押圧する押圧力に変換する。
【0043】
カム機構3は、電動モータ5の回転力を受けて回転する環状のカム部材31と、カム部材31に形成されたカム面を転動する転動部材33と、転動部材33の転動により発生する推力を多板クラッチ8側に出力する出力部材としてのリテーナ32とを有している。カム機構3は、内側回転部材14の円筒部142の外周側に配置され、カム部材31と円筒部142との間には、針状ころ軸受38(
図2参照)が配置されている。
【0044】
カム部材31は、
図4に示すように、内側回転部材14を挿通させる挿通孔310を有している。カム部材31の外周縁の一部には、径方向外方に突出した扇状の凸片311が設けられている。凸片311の外周面には、歯車伝達機構7の第2の歯車72(ギヤ部720)に噛合するギヤ部311aが形成されている。第2の歯車72のギヤ部720及びカム部材31のギヤ部311aは平歯車からなり、カム部材31は第2の歯車72に対して回転軸線Oに沿って移動可能である。
【0045】
カム部材31の軸線方向一側の端面には、挿通孔310の開口周縁から後輪105R(
図1参照)側に向かって突出する円筒部312が形成されている。カム部材31の軸線方向他側の端面には、多板クラッチ8に対向するカム面を構成する凸部316、及び凹部315が形成されている。
【0046】
凹部315及び凸部316は、カム部材31の周方向に交互に並列している。本実施の形態では、3つの凹部315と3つの凸部316が互いに隣接して配置されている。凹部315は、略均一な切り欠き幅をもつ一対の切り欠き側面315a,315bと、一対の切り欠き側面315a,315bの間に介在する切り欠き底面315cとを有する断面略矩形状の切り欠きによって形成されている。
【0047】
凸部316は、カム部材31の周方向に沿って傾斜した傾斜面316aと、平面316bとを有している。傾斜面316aは、凹部315側から第2の傾斜面316aに向かってカム部材31の軸線方向の厚さを漸次大きくするように傾斜している。平面316bは、カム部材31の軸線方向の厚さが略均一な平面で形成されている。
【0048】
リテーナ32は、
図5に示すように、内側回転部材14を挿通させる挿通孔320を有する環状である。リテーナ32は、複数(本実施の形態では3つ)のガイド部材32b(
図2参照)によりハウジング4に対する回転が規制されている。
【0049】
リテーナ32の多板クラッチ8側の端面には、挿通孔320の開口周縁から多板クラッチ8側に向かって突出する円筒部321が形成されている。円筒部321の外周側には、リテーナ32からの推力を受けて多板クラッチ8を押し付ける環板状の押付部材323(
図2参照)が配置されている。押付部材323は、外側回転部材13の円筒部132のストレートスプライン嵌合部132bにスプライン嵌合によって連結されている。押付部材323の一側端面とリテーナ32の多板クラッチ8側の端面との間には、針状ころ軸受324(
図2参照)が介在している。
【0050】
リテーナ32の外周縁には、径方向に突出した複数(本実施の形態では3つ)の凸片322が、周方向に沿って等間隔に設けられている。凸片322には、ガイド部材32bを挿通させるためのガイド挿通孔322aが形成されている。また、リテーナ32の外周縁には、
図6に示す支持ピン34を挿通させる複数(本実施の形態では3つ)のピン挿通孔32aが放射状に形成されている。
【0051】
支持ピン34は、
図3に示すように、ナット35によってリテーナ32に取り付けられている。
図6に示すように、支持ピン34の外周には、転動部材33が設けられている。転動部材33は、針状ころ36(
図2参照)を介して支持ピン34に対して回転可能に支持されている。
【0052】
図7に示すように、傾斜面316aにおけるカム部材31の周方向両端部のうち凹部315側の端部を始端部316a
1とすると、カム機構3は、転動部材33が始端部316a
1に配置された状態においてリテーナ32から回転軸線Oに平行な方向の第1のカム推力P
1(
図2参照)を出力する。
【0053】
また、傾斜面316aの始端部316a
1とは反対側(平面316b側)の端部を終端部316a
2とすると、カム機構3は、転動部材33が始端部316a
1と終端部316a
2との間に配置された状態においてリテーナ32から第1のカム推力P
1よりも大きな第2のカム推力P
2(
図2参照)を出力する。このとき、カム部材31は、カム推力P(第1のカム推力P
1、及び第2のカム推力P
2)の反作用により発生する反力F(第1のカム推力P
1の第1の反力F
1及び第2のカム推力P
2の第2の反力F
2)を、次に述べる圧力変換機構6のピストン61に伝達する。
【0054】
(圧力変換機構6の構成)
図8は、圧力変換機構6及びその周辺部を示す拡大図である。
図9は、
図8のA−A線断面図である。
図10は、圧力変換機構6のピストン61を示す断面斜視図である。
【0055】
圧力変換機構6は、カム推力Pの反力Fをカム機構3から受けるピストン61と、多板クラッチ8及びカム機構3が収容されたハウジング4の蓋部42に設けられ、流体L及び気体Gを収容する圧力室62と、蓋部42に取り付けられたスナップリング67と、スナップリング67とピストン61に形成された被押圧面61eとの間に配置され、ピストン61を軸方向に付勢する皿ばね66とによって構成されている。圧力変換機構6は、ピストン61を介して反力Fを圧力室62における流体Lの圧力に変換する。
【0056】
本実施の形態では、流体Lは例えば鉱物油であり、気体Gは圧力室62内の容積に対して、常温(25℃)において例えば3〜10%の割合で収容されている。流体L及び気体Gの温度は、ピストン61やハウジング4の蓋部42の熱伝導により、ハウジング4内に封入される潤滑油Loの温度に応じた値となる。
【0057】
圧力室62は、
図9に示すように、蓋部42の内側壁部421及び外側壁部422の間に回転軸線Oを中心として環状に形成された第1の圧力室621と、第1の圧力室621の底面621aに開口し、回転軸線Oに平行な方向に延びる第2の圧力室622とを有している。
【0058】
第1の圧力室621は、回転軸線Oに平行な方向に深さを有する環状溝であり、カム部材31側に開口している。第1の圧力室621の底面621aは、第1の圧力室621の深さ方向に直交する平坦な面によって形成され、底面621aの周方向の1箇所に第2の圧力室622が開口している。
【0059】
第2の圧力室622は、奥側の端部が閉塞された丸孔であり、例えばドリル加工によって形成され、その底面622aは円錐形状である。
【0060】
蓋部42には、圧力センサ10を取り付けるための取付孔423が、第2の圧力室622に連通して形成されている。換言すれば、第2の圧力室622は、圧力センサ10が設けられる位置に対応する位置に形成されている。取付孔423は、第2の圧力室622に対して直交するように形成され、その一端が第2の圧力室622に開口し、他端がハウジング4(蓋部42)の外部に開放された丸孔からなる。取付孔423の内面には雌ねじが形成され、この雌ねじに圧力センサ10の端部に設けられた筒部10aの外面に形成された雄ねじが螺合している。
【0061】
ピストン61は、回転軸線Oを中心として環状に形成され、圧力室62の第1の圧力室621に軸方向の一端部が収容されている。ピストン61の外周面61bには、外側壁部422の内周面422aとの間をシールする外側シール部材611aを保持する外側シール保持部611が、周方向の全周に亘って形成されている。同様に、ピストン61の内周面61cには、内側壁部421の外周面421aとの間をシールする内側シール部材612aを保持する内側シール保持部612が、周方向の全周に亘って形成されている。
【0062】
外側シール部材611a及び内側シール部材612aは、その断面が円形状の弾性部材からなり、例えば環状のOリングからなる。流体L及び気体Gは、ピストン61、外側シール部材611a、及び内側シール部材612aによって圧力室62内に封入されている。
【0063】
ピストン61には、流体Lを押圧する平坦な流体押圧面61aが形成されている。また、ピストン61には、流体押圧面61aとは反対側に、ピストン61とカム部材31との間に配置された針状スラストころ軸受37に接触する軸受接触面61dが形成されている。
【0064】
被押圧面61eは、軸受接触面61dの外周側に形成されている。皿ばね66は、被押圧面61eに接触してピストン61を押圧し、ピストン61を反力Fと同方向に付勢する。
【0065】
ピストン61が針状スラストころ軸受37を介してカム部材31からの反力Fを軸受接触面61dで受け、回転軸線Oに平行な方向に沿って第2の圧力室622側に向かって押し付けられると、流体押圧面61aが流体Lを押圧して圧力室62内の流体L及び気体Gが圧縮され、圧力室62内の圧力が高くなる。この際、気体Gは流体Lよりも圧力に対する圧縮率が高いので、圧力室62内においては、主として気体Gが圧縮される。
【0066】
一方、電動モータ5に電流が供給されず、カム推力Pが発生しないクラッチ解放時には、ピストン61がカム部材31からの反力Fを受けないので、流体L及び気体Gが圧縮されず、圧力室62内の流体Lの圧力が低くなる。ただし、ピストン61は被押圧面61eにおいて皿ばね66からの付勢力を受けるので、圧力室62内の圧力は、クラッチ解放時においても大気圧より高く維持される。また、気体Gは、その温度変化によって体積が大きく変動するので、圧力室62に気体Gが封入されていることにより、クラッチ解放時における圧力室62内の圧力が温度に応じて大きく変化する。つまり、圧力室62内の圧力は、圧力室62内に流体Lのみが封入されている場合に比較して、温度変化に応じた圧力の変化率が大きくなる。
【0067】
圧力センサ10は、流体Lの圧力が導入される筒部10aの先端部が第2の圧力室622内における流体Lに浸るように配置されている。圧力センサ10は、流体Lの圧力を検出して圧力値に応じた電気信号に変換し、制御装置12に出力する。制御装置12は、この電気信号に基づいて実際に多板クラッチ8に作用しているカム推力Pを推定し、この推定したカム推力が多板クラッチ8によって伝達すべきトルクに応じたカム推力となるように、電動モータ5に供給する電流の指令値をフィードバック的に演算する。
【0068】
(駆動力伝達制御装置1の動作)
次に、本実施の形態に示す駆動力伝達制御装置1の動作について、
図1、
図2、
図7及び
図11を用いて説明する。
【0069】
プロペラシャフト200と後輪105R側のアクスルシャフト25Rとを駆動力伝達装置11により連結させるには、制御装置12から電動モータ5に電流を供給し、電動モータ5の回転力をカム機構3に付与してカム機構3を作動させる。このとき、カム機構3のカム部材31が回転軸線O回り一方向に回転する。
図7に示すように、カム部材31が回転すると、転動部材33がカム部材31の凹部315に配置された状態(初期状態)から転動し、カム部材31の凸部316の傾斜面316a上に乗り上げて始端部316a
1に位置する。これにより、電動モータ5の回転力が、多板クラッチ8のアウタクラッチプレート81及びインナクラッチプレート82の間の隙間を詰めるための第1のカム推力P
1に変換される。また、第1のカム推力P
1の反作用により、圧力変換機構6のピストン61を押圧する第1の反力F
1が発生する。
【0070】
この際、転動部材33は、支持ピン34及び針状ころ36を介してリテーナ32を多板クラッチ8側(
図2及び
図7における矢印X方向)に押し付ける。リテーナ32は、多板クラッチ8のアウタクラッチプレート81とインナクラッチプレート82とを互いに接近させる方向に押付部材323を押し付ける。押付部材323がアウタクラッチプレート81及びインナクラッチプレート82を矢印X方向に押し付けることにより、互いに隣り合うアウタクラッチプレート81とインナクラッチプレート82との間の隙間が詰められる。
【0071】
また、カム部材31は、第1の反力F
1により、針状スラストころ軸受37を介して圧力変換機構6のピストン61側(矢印Xとは反対方向)に押し付けられる。これにより、ピストン61が圧力室62の底面621aに向かって押圧されて、圧力室62に収容された流体L及び気体Gが圧縮される。
【0072】
次に、カム部材31が電動モータ5の回転力を受けて、回転軸線O回り一方向にさらに回転すると、転動部材33は凸部316の傾斜面316aを平面316bに向かって転動し、傾斜面316aの終端部316a
2に到達する。これにより、電動モータ5の回転力が、多板クラッチ8のアウタクラッチプレート81及びインナクラッチプレート82を摩擦係合させるための第2のカム推力P
2に変換される。また、第2のカム推力P
2の反作用により、圧力変換機構6のピストン61を押圧する第2の反力F
2が発生する。
【0073】
転動部材33から第2のカム推力P
2を付与された押付部材323は、アウタクラッチプレート81及びインナクラッチプレート82を矢印X方向に押し付け、互いに隣り合うアウタクラッチプレート81及びインナクラッチプレート82同士が摩擦係合する。これにより、エンジン102の駆動力は、多板クラッチ8を介して外側回転部材13から内側回転部材14に伝達され、さらに内側回転部材14から後輪105R側のアクスルシャフト25Rを介して後輪105Rに伝達されて後輪105Rが回転駆動される。後輪105Rが回転駆動されることにより、対となる後輪105Lにも駆動力が伝達され、四輪駆動状態となる。
【0074】
一方、カム部材31は、第2の反力F
2により、ピストン61側(矢印Xとは反対方向)にさらに押し付けられる。これにより、ピストン61が圧力室62の底面621aに向かってさらに押圧されて、圧力室62に収容された流体L及び気体Gがさらに圧縮される。
【0075】
圧力変換機構6において圧縮された流体Lの圧力は圧力センサ10で検出される。圧力センサ10は、検出した流体Lの圧力に応じた電気信号を制御装置12に出力する。制御装置12は、圧力センサ10から出力された信号に基づいて、カム機構3で発生したカム推力P(第1のカム推力P
1及び第2のカム推力P
2)を算出し、算出したカム推力Pが伝達すべきトルクに必要なカム推力となるように電流指令値を演算し、電動モータ5に供給する電流を必要に応じて補正する。
【0076】
上記のように構成された駆動力伝達制御装置1を用いて電動モータ5に供給する電流と多板クラッチ8による実際の伝達トルクとの関係を測定すると、電動モータ5に供給する電流に対する伝達トルクが温度によって変動してしまう。つまり、電動モータ5に供給する電流が一定であっても、温度によって後輪105L,105Rに伝達される駆動力が変わってしまう。
【0077】
この理由としては、アウタクラッチプレート81とインナクラッチプレート82との潤滑に用いられている潤滑油Loの粘度の温度変化による影響が挙げられる。つまり、潤滑油Loの粘度は、温度が上昇すれば低くなり、温度が下降すれば高くなる傾向にあるため、潤滑油Loの温度によってアウタクラッチプレート81とインナクラッチプレート82との間で伝達されるトルクが変化する。その結果、電動モータ5に供給する電流に対する多板クラッチ8の伝達トルクが変動してしまう。
【0078】
そこで、本実施の形態に係る駆動力伝達制御装置1では、この潤滑油の粘性の変動による影響を低減するために、多板クラッチ8の解放時の流体Lの圧力と温度の関係を示す特性情報から流体Lの温度を推定し、その推定した温度に基づいて潤滑油の粘度の温度変化による影響を低減するように電流指令値をさらに補正する。この特性情報は制御装置12の記憶部121に記憶されており、例えば実験等の測定で予め得ることができる。この特性情報の具体例については後述する。
【0079】
(制御部122の処理)
制御部122は、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力又はその関連値を記憶部121に記憶し、カム推力の反力Fを受けた流体Lの圧力、及び記憶部121に記憶した流体Lの圧力又はその関連値に基づいて電流指令値を演算する。より具体的には、制御部122は、多板クラッチ8によって伝達すべきトルクに応じて求めた電流指令値を記憶部121に記憶した多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力又はその関連値に基づいて補正することで電流指令値を演算する。以下の説明では、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力の関連値として、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に応じて算出した流体Lの推定温度(以下、単に「推定温度」という)に基づいて電流指令値を演算する場合について説明する。
【0080】
図11は、制御装置12の制御部122が実行する処理を示すフローチャートである。なお、このフローチャートは、本発明を実施するための好適な一具体例として示すものであり、このフローチャートに示す処理手順とは異なる処理手順によっても、本発明の効果を奏することが可能である。
【0081】
制御部122は、車両走行状態に基づいて、多板クラッチ8によって外側回転部材13から内側回転部材14に伝達すべきトルクである目標トルク値を演算する(ステップS1)。この車両走行状態には、例えば前輪104L,104Rの平均回転速度と後輪105L,105Rの平均回転速度との差である前後輪差動回転速度や、運転者によるアクセルペダルの踏み込み等による加速操作量が含まれる。目標トルク値は、前後輪差動回転速度が大きいほど、また加速操作量が大きいほど、高く設定される。
【0082】
つまり、制御部122は、例えば前輪104L,104Rの何れかにスリップが発生して前後輪差動回転速度が増大した場合には目標トルク値を高くし、後輪105L,105Rへの駆動力配分割合を高めることで、スリップを収束させる。また、運転者がアクセルペダルを踏み込んだ場合には、後輪105L,105Rへの駆動力配分割合を高めることで、前輪104L,104Rのスリップを未然に防止し、安定的に四輪駆動車1を加速させる。
【0083】
次に、制御部122は、目標トルク値がゼロであるか否かを判定する(ステップS2)。目標トルク値がゼロである場合は(ステップS2:Yes)、圧力センサ10からの電気信号に基づいて流体Lの推定温度を算出し(ステップS3)、算出した推定温度を記憶部121に記憶する(ステップS4)。このステップS2及びS3の処理は、目標トルク値がゼロである間、所定の制御周期ごとに繰り返し実行され、記憶部121に記憶された推定温度の値は随時更新される。
【0084】
一方、ステップS2の処理において、目標トルク値がゼロでない場合は(ステップS2:No)、この目標トルク値に応じたカム推力が発生するように電流指令値を演算する(ステップS5)。
【0085】
次に、制御部122は、ステップS5で演算した電流指令値をモータ制御回路123に出力する(ステップS6)。これにより、モータ制御回路123によって補正後の電流指令値に応じた電流が電動モータ5へ供給され、電動モータ5の回転力が減速機構9を介してカム機構3に伝達される。カム機構3は、減速された電動モータ5の回転力を受けて多板クラッチ8を軸方向に押圧するカム推力を発生させ、このカム推力に対する反力が圧力変換機構6によって流体Lの圧力に変換される。
【0086】
次に、制御部122は、この流体Lの圧力を検出した圧力センサ10の電気信号に基づいてカム機構3で発生するカム推力を算出する(ステップS7)。次に、制御部122は、記憶部121からステップS4の処理で記憶部121に記憶した推定温度を読み出し(ステップS8)、算出したカム推力と推定温度とに基づいて、推定温度に応じた潤滑油Loの粘度を考慮して、多板クラッチ8を介して外側回転部材13から内側回転部材14に伝達されるトルク値を推定する(ステップS9)。
【0087】
つまり、推定温度が低い場合には、潤滑油Loの粘度が比較的高いので、ステップS8で算出されたカム推力に対して外側回転部材13から内側回転部材14に伝達されるトルク値を高めに推定する。そして、推定温度が高くなるにつれて、カム推力に対するトルク値が低くなるように、外側回転部材13から内側回転部材14に伝達されるトルク値を推定する。
【0088】
次に、制御部122は、ステップS11で推定したトルク値(推定トルク値)がステップS1で演算した目標トルク値と一致しているか否かを判定する(ステップS10)。なお、この判定は、ステップS9で推定した推定トルク値とステップS1で演算した目標トルク値との差が、両トルク値が実質的に同じであるとみなせる所定の範囲内にあるか否かによって行う。
【0089】
制御部122は、ステップS9で推定した推定トルク値とステップS1で演算した目標トルク値とが一致する場合(ステップS10:Yes)、
図11に示すフローチャートの処理を終了する。一方、ステップS9で推定した推定トルク値が目標トルク値と一致しない場合(ステップS10:No)、制御部122は、電流指令値を補正する(ステップS11)。
【0090】
このステップS11における補正は、ステップS9で推定した推定トルク値が目標トルク値を超えている場合には電流指令値を低減し、ステップS9で推定した推定トルク値が目標トルク値を下回っている場合には電流指令値を増大させることにより行う。低減又は増大の幅は、推定トルク値と目標トルク値との差が大きいほど、大きくすることが望ましい。
【0091】
ここで、ステップS9で求められる推定トルク値は、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に基づいて得られた潤滑油Loの粘性を考慮して演算され、ステップS11における補正は、潤滑油Loの粘性を考慮して演算された推定トルク値が目標トルク値に一致するように行われるので、制御部122は、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に基づいて電流指令値を補正することとなる。制御部122は、この補正後の電流指令値をモータ制御回路123に出力し(ステップS6)、ステップS7からS10の処理を再度実行する。
【0092】
(皿ばね66の作用及び効果)
本実施の形態では、スナップリング67とピストン61の被押圧面61eとの間に配置された皿ばね66が、ピストン61を反力Fと同方向に付勢している。この皿ばね66の作用及び効果について、
図12を参照して説明する。
【0093】
図12は、多板クラッチ8の解放時における流体Lの温度と圧力センサ10によって検出される圧力との関係を、皿ばね66を用いることなくスナップリング67によってピストン61を抜け止めした構成の比較例と対比して示すグラフである。このグラフでは、本実施の形態の場合を実線で示し、比較例の場合を二点鎖線で示している。また、記憶部121には、
図12に実線で示す特性が、特性情報として記憶されている。
【0094】
比較例の場合には、本実施の形態の場合と同様に、圧力室62内の温度変化によって流体L及び気体Gの体積が変化するが、温度低下によって流体L及び気体Gが収縮すると、ピストン61がスナップリング67から離間して、第1の圧力室621の底面621a側に移動する。
図12のグラフでは、ピストン61がスナップリング67から離間する圧力室62内の温度をt
1として示している。
【0095】
この比較例の場合、温度がt
1以下であると、圧力センサ10によって検出される流体Lの圧力が大気圧となり、圧力センサ10の検出値が0(ゼロ)で一定となる。つまり、温度t
1以下では、圧力センサ10の検出値に基づいて、流体Lの温度を求めることができなくなる。
【0096】
そこで、本実施の形態では、皿ばね66によってピストン61を押し付け、圧力室62における流体Lの圧力を高くし、使用温度範囲(−40℃から150℃)において圧力室62における流体Lの圧力が大気圧以上となるように駆動力伝達装置11を構成している。
【0097】
これにより、温度t
1における圧力センサ10の検出値がp
1となり、使用温度範囲の下限の温度においても、流体Lの圧力が大気圧以上となる。このため、使用温度範囲の全範囲において温度に応じて圧力センサ10の検出値が変化し、流体Lの圧力に基づく温度の推定が可能となる。
【0098】
(第1の実施の形態の作用及び効果)
以上説明した第1の実施の形態によれば、以下のような作用及び効果が得られる。
【0099】
(1)制御部122は、多板クラッチ8のクラッチ解放時における流体Lの圧力に基づいて、潤滑油Loの粘度の温度変化の影響を抑制するように電流指令値を補正するので、温度変化による多板クラッチ8の伝達トルクの変動を抑制することが可能となる。ひいては、駆動力伝達装置11によって後輪105L,105Rに伝達される駆動力を精度よく調節することが可能となる。
【0100】
(2)圧力室62には、流体Lと共に、流体Lよりも温度変化によって大きく膨張又は収縮する気体Gが含まれているので、温度変化に応じた圧力室62内の圧力の変化率が大きくなる。これにより、圧力センサ10の検出値に基づく温度推定の精度が高くなる。
【0101】
(3)ピストン61は、皿ばね66によって反力と同方向に付勢されるので、広い温度範囲において温度に応じて圧力センサ10の検出値が変化し、流体Lの圧力に基づく温度の推定が可能となる。
【0102】
[第2の実施の形態]
本発明の第2の実施の形態について、
図13を参照して説明する。本実施の形態では、制御部122が、潤滑油の粘度の変動による影響を低減するように、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に基づいて、多板クラッチ8によって伝達すべき目標トルク値を補正する。そして、制御部122は、補正した目標トルク値に応じた電流指令値を演算し、演算した電流指令値をモータ制御回路123へ出力する。
【0103】
図13は、本実施の形態に係る制御装置12の制御部122が実行する処理を示すフローチャートである。本実施の形態に係る制御部122は、その処理内容(ステップS21〜S28)が、第1の実施の形態に係る制御部122の処理内容(ステップS5〜S11)と異なる。また、本実施の形態に係るステップS1〜S4の処理内容は、第1の実施の形態に係るステップS1〜S4の処理内容と同様であるため、その重複した説明を省略する。
【0104】
制御部122は、ステップS2の処理において、目標トルク値がゼロでない場合(ステップS2:No)、ステップS4の処理で記憶部121に記憶した推定温度を読み出す(ステップS21)。次に、制御部122は、推定温度に応じた潤滑油Loの粘度による影響を低減するように、ステップS1で演算した目標トルク値を補正する(ステップS22)。
【0105】
つまり、推定温度が低い場合には、潤滑油Loの粘度が比較的高いので、外側回転部材13から内側回転部材14に伝達されるトルクはカム推力に対して高くなる。したがって、この潤滑油Loの温度変化の影響を抑制するように、推定温度に基づいて目標トルク値を低めに補正する。一方、推定温度が高い場合には、潤滑油Loの粘度が比較的低いので、この潤滑油Loの温度変化の影響を抑制するように、推定温度に基づいて、目標トルク値を高めに補正する。
【0106】
次に、制御部122は、補正した目標トルク値に応じたカム推力が発生するように電流指令値を演算し(ステップS23)、演算した電流指令値をモータ制御回路123に出力する(ステップS24)。これにより、モータ制御回路123によって電流指令値に応じた電流が電動モータ5へ供給され、電動モータ5の回転力が減速機構9を介してカム機構3に伝達される。カム機構3は、減速された電動モータ5の回転力を受けて多板クラッチ8を軸方向に押圧するカム推力を発生させ、このカム推力に対する反力が圧力変換機構6によって流体Lの圧力に変換される。
【0107】
次に、制御部122は、この流体Lの圧力を検出した圧力センサ10の電気信号に基づいてカム機構3で発生するカム推力を算出する(ステップS25)。制御部122は、算出したカム推力によって多板クラッチ8を介して外側回転部材13から内側回転部材14に伝達されるトルク値を推定する(ステップS26)。なお、このトルク値の推定は、潤滑油Loの粘性の温度変化を考慮することなく、例えばカム推力に所定の係数を乗じたり、予め記憶部121に記憶した特性マップを参照すること等によって行う。
【0108】
次に、制御部122は、ステップS26で推定したトルク値(推定トルク値)がステップS22で補正した目標トルク値と一致しているか否かを判定する(ステップS27)。
【0109】
制御部122は、ステップS26で推定した推定トルク値とステップS22で補正した目標トルク値とが一致する場合(ステップS27:Yes)、
図13に示すフローチャートの処理を終了する。
【0110】
一方、ステップS26で推定した推定トルク値が補正後の目標トルク値と一致しない場合(ステップS27:No)、制御部122は、電流指令値を補正する(ステップS28)。このステップS28における補正は、ステップS26で推定した推定トルク値が目標トルク値を超えている場合には電流指令値を低減し、ステップS26で推定した推定トルク値が目標トルク値を下回っている場合には電流指令値を増大させることにより行う。低減又は増大の幅は、推定トルク値と目標トルク値との差が大きいほど、大きくすることが望ましい。
【0111】
制御部122は、この補正後の電流指令値をモータ制御回路123に出力し(ステップS24)、ステップS25からS27の処理を再度実行する。
【0112】
本実施の形態によれば、第1の実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0113】
以上、本発明の駆動力伝達制御装置を上記実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能である。
【0114】
例えば、上記実施の形態では、記憶部121に多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に応じて算出した流体Lの推定温度を記憶し、この推定温度に基づいて電流指令値を演算する場合について詳細に説明したが、これに限らず、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力を記憶部121に記憶し、この記憶した圧力に基づいて電流指令値を演算してもよい。また、流体Lの推定温度から潤滑油Loの粘性をさらに推定し、推定した潤滑油Loの粘性を記憶部121に記憶して流指令値を演算に用いてもよい。この潤滑油Loの粘性は、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力の関連値の一例である。このように、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力の関連値としては、多板クラッチ8の解放時における流体Lの圧力に応じて変化する種々の指標値を用いることができる。
【0115】
また、上記実施の形態では、皿ばね66によってピストン61を付勢し、圧力室62の圧力を高めた場合について説明したが、これに限らず、皿ばね66に替えてコイルスプリングやゴム等の弾性部材を用いてもよい。また、リターンスプリング325のばね定数を大きくして、ピストン61を付勢してもよい。つまり、上記説明した実施の形態では、リターンスプリング325として、クラッチ解放時におけるリテーナ32の多板クラッチ8側への移動を抑制できる程度のばね定数を有するものを採用していたが、例えば使用温度範囲の全部又は一部において圧力室62の圧力を高めることができる程度のばね定数のものを用いることで、皿ばね66を用いた場合と同様の作用及び効果が得られる。この場合には、リターンスプリング325が本発明の弾性部材に相当する。
【0116】
また、流体Lの体積の温度変化によって、圧力センサ10の検出値に基づく温度推定が可能である程度に圧力室62の圧力が変化するのであれば、圧力室62内に気体Gを封入しなくともよい。