特許第6194831号(P6194831)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6194831脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステル含有脂質の晶析法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6194831
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステル含有脂質の晶析法
(51)【国際特許分類】
   C11B 7/00 20060101AFI20170904BHJP
   C11B 5/00 20060101ALI20170904BHJP
   C11C 1/08 20060101ALI20170904BHJP
   A23D 9/02 20060101ALI20170904BHJP
   A61K 8/36 20060101ALI20170904BHJP
   A61K 8/37 20060101ALI20170904BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20170904BHJP
   A61Q 1/00 20060101ALI20170904BHJP
   A61Q 5/00 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
   C11B7/00
   C11B5/00
   C11C1/08
   A23D9/02
   A61K8/36
   A61K8/37
   A61Q19/00
   A61Q1/00
   A61Q5/00
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-60374(P2014-60374)
(22)【出願日】2014年3月24日
(65)【公開番号】特開2015-183080(P2015-183080A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2017年3月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】村井 賢司
【審査官】 吉田 邦久
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/146526(WO,A1)
【文献】 特開平04−154897(JP,A)
【文献】 特開昭55−043170(JP,A)
【文献】 特開昭56−005104(JP,A)
【文献】 特開2014−043366(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0167197(US,A1)
【文献】 国際公開第2013/172075(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0140196(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 7/00
A23D 9/02
A61K 8/36
A61K 8/37
A61Q 1/00
A61Q 5/00
A61Q 19/00
C11B 5/00
C11C 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルを含有する脂質を晶析し圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別する工程において、単層または非共有結合により積層する層状構造を有する次の(a)〜(e)から選ばれる1種以の固化促進剤粒子が、晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部に固定化されている晶析装置を用いて晶析することを特徴とする、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
(a)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が3八面体構造である、層状珪酸塩鉱物。
(b)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が2八面体構造であり、T-Oの1:1またはT-O-T-Oの2:1:1単位層構造からなる層状珪酸塩鉱物であって、これを表面疎水処理したもの。
(c)単層または層状カーボン類。
(d)芳香族カルボン酸またはそのアルカリ金属塩
(e)テオブロミン
【請求項2】
単層または層状カーボン類がグラファイトである、請求項1に記載の脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
【請求項3】
グラファイトを晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部に固定化しているのがグラファイトシートまたはグラファイトフェルトである、請求項2に記載の脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の晶析装置を用いて晶析し、その後に圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別することを特徴とする脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの分別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡便な方法で多様な脂肪酸やグリセリン脂肪酸エステルの固化促進効果のある晶析装置を用いた脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルから選ばれる1以上からなる脂質の晶析法、及びその晶析法を用いて高融点画分と低融点画分に分別する分別脂質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリグリセリドを始めとするグリセリン脂肪酸エステルは、脂質加工食品類から化粧品類、医薬品類に至るまで種々の脂質製品に利用されている。これら製品のうち、特に冷却による脂質の固化を必要とするものにおいては、融解状態の脂質を固化させて最終製品を調製する際に、目標品質を得るためにその固化を短時間で効率良く行うことが求められている。
【0003】
特許文献1には、マーガリン等に含まれる脂質が冷却捏和装置中で完全には固化せず、保存中に脂質の固化が進行した結果、ざらつきが生じ品質が劣化する問題が挙げられており、この解決手段として使用する脂質の組成を規定している。しかし、特殊な反応工程を経て得られる脂質が必要であり、汎用性に欠ける。
【0004】
特許文献2には、マーガリンに適した固化性の良い脂質を得るために、炭素数20以上の脂肪酸のエステルを、脂質固化促進剤として添加する技術が開示されている。しかし、その使用量は脂質に対して数%と高く、また積極的に固化速度を促進する効果について触れられていない。
【0005】
特許文献3は本出願人による脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステル用固化促進剤に関し、脂質の晶析工程においてタルク等の単層または非共有結合により積層する層状構造を有する粒子を固化促進剤として添加、混合して晶析速度を向上させる方法である。本方法は、固化促進効果に優れたものであるが、使用した固化促進剤を分別高融点部から除去する工程が必須であり、さらに簡略化した晶析法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−161176号公報
【特許文献2】特開2000−116322号公報
【特許文献3】特許第5376100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルを晶析し圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別する工程において、特に食品用または化粧品用の脂質組成物を分別する工程において、晶析速度を向上させる固化促進効果のある晶析装置を用いた簡便な晶析法、及びそれを利用した分別法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記背景技術に鑑み鋭意探索した結果、固化促進効果のある固化促進剤粒子が晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部に固定化されている晶析装置を用いて、トリグリセリド等のグリセリン脂肪酸エステルの融液を冷却して晶析することで、固化開始時間が短縮されることを見出した。更に鋭意検討を重ねた結果、該晶析装置はグリセリン脂肪酸エステルのみならず脂肪酸に対しても同様の効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、
(1)脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルを含有する脂質を晶析し圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別する工程において、単層または非共有結合により積層する層状構造を有する次の(a)〜(e)から選ばれる1種以上の固化促進剤粒子が、晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部に固定化されている晶析装置を用いて晶析することを特徴とする、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
(a)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が3八面体構造である、層状珪酸塩鉱物。
(b)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が2八面体構造であり、T-Oの1:1またはT-O-T-Oの2:1:1単位層構造からなる層状珪酸塩鉱物であって、これを表面疎水処理したもの。
(c)単層または層状カーボン類。
(d)芳香族カルボン酸またはそのアルカリ金属塩
(e)テオブロミン
(2)単層または層状カーボン類がグラファイトである、(1)に記載の脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
(3)グラファイトが晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部を固定化しているのがグラファイトシートまたはグラファイトフェルトである、(2)に記載の脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの晶析法。
(4)(1)〜(3)のいずれか1に記載の晶析装置を用いて晶析し、その後に圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別することを特徴とする脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの分別方法。
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特定の構造を有する固化促進剤粒子が、晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部に固定化されている晶析装置を用いて、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステル融液を晶析するという簡便な方法により、多様な脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルの固化を促進することができる。その結果、これらを含有する脂質を高融点画分と低融点画分に分別する際の晶析速度を向上させ、分別の生産性を向上させることが可能となる。また、本発明によって分別された高融点部画分には固化促進剤が含まれないため、分別後に固化促進剤を除去する手間も不要になるという利点もある。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明をより詳細に説明する。
【0012】
(脂肪酸)
本発明の脂肪酸とは、炭化水素鎖の末端に1つのカルボキシル基を有する1価カルボン酸である。脂肪酸は任意の鎖長のものを使用することができ、飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸を含む不飽和脂肪酸、ヒドロキシル基を有する脂肪酸、分岐鎖を有する脂肪酸など、各種の脂肪酸が対象となる。
【0013】
これら脂肪酸は主に食品香料または化粧品原料として用いられるものであり、また、融点が100℃未満のものが好ましい。更に好ましくは、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸等の炭素数8〜36の直鎖飽和脂肪酸、パルミトレイン酸、オレイン酸等の不飽和脂肪酸を具体的に例示することができ、これらの多くは天然脂の加水分解物として得ることができる。
【0014】
(グリセリン脂肪酸エステル)
本発明のグリセリン脂肪酸エステルとは、グリセリンまたはグリセリンが2分子以上重合したポリグリセリンに対し、各種の脂肪酸がエステル結合したものである。結合脂肪酸は任意の鎖長のものを使用することができ、飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪酸を含む不飽和脂肪酸、ヒドロキシル基を有する脂肪酸、分岐鎖を有する脂肪酸など、各種の脂肪酸が対象となる。グリセリン脂肪酸エステルは、これら脂肪酸がグリセリン1分子当たり1〜3分子エステル結合したものであり、好ましくは同2〜3分子、更に好ましくは同3分子エステル結合したものである。本発明には、グリセリン1分子に対して脂肪酸3分子が結合した、トリグリセリドが最適である。
【0015】
これらグリセリン脂肪酸エステルは主に食品または化粧品原料として、また各種用途の乳化剤として用いられるものであり、融点が100℃未満のものが好ましい。更に好ましくは、トリグリセリドを主成分とする、菜種油,大豆油,ヒマワリ種子油,綿実油,落花生油,米糠油,コーン油,サフラワー油,オリーブ油,カポック油,ゴマ油,月見草油,パーム油,シア脂,サル脂,カカオ脂,ヤシ油,パーム核油,ココアバター,ゴマ油,ピーナッツ油等の植物油脂、ならびに乳脂,牛脂,ラード,魚油等の動物油脂、これらの動植物油脂を分別または水素添加処理したもの、さらにこれらの動植物油脂単独または2種類以上を任意に組み合わせてエステル交換処理したものを具体的に例示することができる。
【0016】
(層状構造)
本発明の固化促進剤は、単層または非共有結合により積層する層状構造からなる必要がある。ここで言う「非共有結合」とは、これら層間の0.5〜10Å、好ましくは0.5〜5Å程度(タルクは2.8Å)の間隙に存在する静電的相互作用やファンデルワールス力相互作用等による比較的弱い結合を指し、具体的にはイオン結合や金属結合、水素結合、疎水結合を例示することができる。それぞれの層は、構成する原子にもよるが、概ね1〜20Å程度(タルクは6.5Å)の層厚を有し、共有結合により構成されている。
【0017】
(固化促進剤)
本発明の脂質組成物用固化促進剤は、更に、次の(a)〜(e)から選ばれる1種以上からなる。
(a)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が3八面体構造である、層状珪酸塩鉱物であるもの。
ここで層状珪酸塩鉱物とは、粘土鉱物のうち劈開性を有する一群であり、タルク、カオリン、スメクタイト、マイカ等の層状珪酸塩鉱物が挙げられる。四面体層とは、Si4+,Al3+,Fe3+などのカチオンを中心に互いに結合した酸素原子が四面体を形成し、平面または擬平面上でヘキサゴナル様のメッシュパターンを形成するように特定面(基底面)の酸素原子を共有して連なったシートである。一方、八面体層は、Al3+,Fe3+など3価のカチオンを中心に互いに結合した酸素原子が八面体を形成し、八面体の占有率が2/3になるようにこれらがシート状に連なった2八面体構造と、Mg2+,Fe2+など2価のカチオンを中心に互いに結合した酸素原子が八面体を形成し、これらが密な状態でシート状に連なった3八面体構造に分けられ、四面体層を構成する四面体同様に基底面が存在する。
【0018】
四面体層(T)と3八面体層(O)からなる層状珪酸塩鉱物は、T-O-Tの2:1,T-Oの1:1,またはT-O-T-Oの2:1:1の単位層構造からなり、典型的には、タルク,蛇紋石,3八面体型スメクタイト,3八面体型バーミキュライト,金雲母及び黒雲母に代表される3八面体型マイカ,3八面体型クロライトが挙げられる。また、これに後述する表面疎水処理を行なっても良い。
これらは、単位層の少なくとも片面に四面体層を有しており、タルクのように各四面体の基底面で構成される表面、すなわち基底表面(basal surface)が疎水的で歪のないものが好ましい。
【0019】
(b)構成する四面体層(T)及び八面体層(O)のうち八面体層が2八面体構造であり、T-Oの1:1またはT-O-T-Oの2:1:1単位層構造からなる層状珪酸塩鉱物を表面疎水処理したもの。
すなわち、四面体層(T)と2八面体層(O)からなる層状珪酸塩鉱物のうち、T-Oの1:1,またはT-O-T-Oの2:1:1の単位層構造を有するものについて、表面疎水処理を施すことで本発明の効果が得られる。典型的にはカオリン,2八面体型クロライトが挙げられ、これらの表面を疎水処理する。疎水処理には、種々の方法を利用できるが、シランカップリング剤による表面修飾等の方法が好ましい。
【0020】
(c)単層または層状カーボン類、
炭素原子が層状に配置しているものであり、グラフェン,グラファイト,単層または複層からなるカーボンナノチューブ及びフラーレンが例示される。
【0021】
(d)芳香族カルボン酸またはそのアルカリ金属塩
芳香族カルボン酸とは、ベンゼン環と1以上のカルボキシル基を有するもので、1つのカルボキシル基を有するものとして、安息香酸,サリチル酸,没食子酸,ケイ皮酸を、2つのカルボキシル基を有するものとして、オルト-/イソ(メタ)-/テレ(パラ)-の各フタル酸,メリト酸が例示される。また、これらのナトリウム塩,カリウム塩等をそのアルカリ金属塩として挙げることができる。好ましくは、2以上のカルボキシル基を有する芳香族カルボン酸またはそのアルカリ金属塩である。
【0022】
(e)テオブロミン
テオブロミンとは、プリン塩基の一種であるキサンチンがメチル化された誘導体で、カカオに含まれる主要アルカロイドである。上記芳香族カルボン酸またはそのアルカリ金属塩同様、二量体を形成しやすく、これらの二量体が水素結合を介して層状に積層した結晶構造となる。
【0023】
本発明においては、これらの中でも特に、原子間共有結合で囲まれた歪のない面が、基底表面またはこれに相当する面に占める割合が高く、かつこれらの面が同一平面上で一次元または二次元方向に伸張している、タルク,グラファイト,カーボンナノチューブ,テレフタル酸を好適に使用できる。これらの粒子に使用制限はなく、単体、または混合物として使用しても良いし、基底表面合計面積が顕著に低下しない限りにおいては、賦形剤等を混合してなる製剤として使用しても良い。晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の一部または全部の固定化法として、晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面に簡便に貼り付け固定できるシート状または布状のものであるグラファイトシートやグラファイトフェルトが好適に使用できる。
【0024】
(固定化方法)
本発明において、晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面を固定化する方法としては、該表面に固化促進効果のある単層または非共有結合により積層する層状構造を有する固化促進剤粒子を保持しているものであれば特に制限はない。例えば、接着性のある樹脂類を用いて、固化促進剤粒子を晶析槽内側壁や撹拌翼表面にサンドペーパーのごとく均一に固定化する方法、グラファイトシートやグラファイトフェルトのような固化促進剤がシート状や布状に加工された素材でその表面に固化促進効果のある単層または非共有結合により積層する層状構造を有するものを晶析槽内側壁、撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面に接着性樹脂で貼り付ける方法やボルトナットやネジで固定する方法が例示できる。
晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面の固定化は、それらの一部であっても全部であっても差し支えないが、好ましくは晶析槽側壁の全部または撹拌翼表面の全部または邪魔板表面の全部、最も好ましくは晶析槽内側壁の全部及び撹拌翼表面の全部及び邪魔板の全部が固定化された晶析装置であるのが好ましい。なお、撹拌翼とは晶析漕の撹拌の目的で使用されるもので、撹拌機に接続された撹拌翼の回転により漕内に液流を発生させるものである。撹拌翼としては、平面状のパドル翼、プロペラ状の羽根など撹拌の目的を達成できるものであれば特にその形状に制限はない。また、邪魔板とは撹拌槽の内槽壁に溶接などで取り付ける板であり、撹拌効率を高めるために使用される場合がある。
【0025】
(添加量と粒径)
晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面に固定化された上記固化促進剤粒子は、その基底表面と脂質組成物を構成する分子である脂肪酸や脂肪酸エステルとの相互作用により固化促進効果を発現すると考えられ、微量の固定化でもその効果を得ることができるが、固定化量が多いほど、また固化促進剤粒子径が小さくなるほど基底表面合計面積が増加し、大きな効果を得ることができる。ただし、種類や形状、アスペクト比等によって、効果が大きく変わるため、期待する効果に合わせて固化促進剤の種類、粒子径及び固定化量を選択する必要がある。
【0026】
(脂溶性固化促進剤)
本発明においては、脂肪酸や脂肪酸エステルの固化促進効果のある高融点脂肪酸、高融点脂肪酸エステル、中融点安定結晶粉末などの脂溶性固化促進剤を添加しなくても優れた固化促進効果を得ることができるが、かかる脂溶性固化促進剤を添加することもできる。脂溶性固化促進剤を添加すると、分別高融点画分に該脂溶性固化促進剤が濃縮され、後の工程で改めて該脂溶性固化促進剤を除去する必要がある場合があるので、望ましくは使用しないのが好ましい。
【0027】
(脂質難溶性添加物)
本発明においては、分別対象とする脂質組成物に難溶性の固形分を併用することが可能で、その一例として、アラビアガム,寒天,キサンタンガム,セルロース及びその誘導体,キチン,キトサン,各種デキストリン,でん粉及び加工でん粉,イヌリン等の多糖類、食塩,塩化カリウム,塩化カルシウム,クエン酸ナトリウム,硫酸マグネシウム等の塩類、大豆,小麦,乳,卵等に由来する動植物タンパク及びその加水分解物を挙げることができる。しかし、上記固化促進剤に対するこれら固形分の添加量が多すぎると、該固化促進剤との会合により実質的な基底表面合計面積が顕著に低下するため、同添加量を重量比で10倍以下に抑えるのが好ましく、より好ましくは等量以下、さらに好ましくは10分の1以下である。
【0028】
(脂溶性添加物)
本発明においては、上記脂質組成物に脂溶性添加剤を併用することも可能であり、例えば、レシチン,ショ糖脂肪酸エステル,ソルビタン脂肪酸エステル,固化促進の対象とする以外のグリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤,着色料,着香料,防腐剤,酸化防止剤等を、単独または複数使用しても良い。これら添加剤は任意の量で使用できるが、添加剤自身の効果により上記固化促進剤の効果を妨げる場合に限り、例えば固化促進の対象とする脂質組成物全量に対し重量換算で0.1%以下というように、極力使用量を抑える方が良い。
【0029】
(分別への利用)
本発明の固化促進方法は、脂質組成物を高融点画分と低融点画分に分別することで分別脂質を製造する際の、生産性等の向上に利用することもできる。尚、分別脂質とは、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルを含む脂質組成物について、構成する個々の脂質を融点の差や溶媒への溶解性の差により分離分画(分別)したものである。適用する分別方法について特に制限はなく、ヘキサンやアセトンなどの溶剤を用いる溶剤分別法や、これらの溶剤を全く用いない乾式分別法等を任意に利用することができる。本発明の晶析槽内側壁、晶析用撹拌翼、邪魔板のいずれかの1箇所以上の表面に固定化された固化促進剤は、分別工程中に該表面から脱離や脱着しないものが最も好ましいが、一部脱離や脱着がある場合は分画された分別高融点部を加熱等の操作により脂質のみを融解し、濾過、遠心分離等の方法で脱離や脱着した固化促進剤を除去すればよい。脱離や脱着のない固定化物としては、前記グラファイトシートやグラファイトフェルトが好適に利用できる。
【0030】
(固化促進効果の評価)
本発明による脂質組成物の固化促進効果は、主にDSC測定に基づいて評価することができる。DSCとは、Differential Scanning Calorimetry(示差走査熱量測定)の略称であり、測定試料と基準物質との間の熱量の差を計測することで、凝固温度や融点、ガラス転移点等を測定する熱分析の手法である。熱流束示差走査熱量測定(熱流束DSC)と入力補償示差走査熱量測定(入力補償DSC)の二種類があるが、本発明においては、試料及び基準物質で構成される試料部の温度を、一定のプログラムによって変化させながら、その試料及び基準物質の温度が等しくなるように、両者に加えた単位時間当たりの熱エネルギーの入力差を温度の関数として測定する、熱流束DSC測定を行う。DSC測定では、一定速度または一定温度で試料の冷却を行なった際の発熱ピークの立ち上がり温度(凝固開始温度)及び発熱ピークトップ温度から、固化促進効果の有無を判定する。なお、評価に際しては、脂質のいわゆる「メモリー効果」の影響を避けるため、脂質全体の融点より十分高い温度、好ましくは最も融点の高い脂質成分の融点より約15℃以上高い温度で10分間保持した後、冷却を行うこととする。
【実施例】
【0031】
次に、実施例、比較例等を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例等は本発明を制限するものではない。なお、以下の記載において、「部」はすべて「重量部」を意味する。
【0032】
〔実施例1〕
80℃以上で完全融解した精製パーム中融点画分(不二製油社製、融点26℃)10mgをDSC測定用のアルミパンに計量し、これにグラファイトフェルト(TRUSCO社製スパッタフェルト、品番28CF−11)の表面の繊維片0.1mgを添加し、下記温度条件でDSC測定(島津製作所社製熱流束DSC測定器;DSC-60使用、以下同じ)による評価を行なった。
<評価温度条件>
DSC測定;初期温度 80℃(10分間),冷却速度 1℃/分,最終温度 0℃
【0033】
[参考例1]
80℃以上で完全融解した精製パーム中融点画分(不二製油社製、融点26℃)100部に対し、タルク粉末(商品名:タルクMS,日本タルク社製、メジアン径14μm)1部を添加、混合し、得られた混合液10mgをDSC測定用のアルミパンに計量し、実施例1同条件でDSCによる評価を行った。
【0034】
[比較例1]
実施例1において、精製パーム中融点画分(不二製油社製、融点26℃)10mgをDSC測定用のアルミパンに計量し、グラファイトフェルト切片を添加せずに実施例1同条件でDSCによる評価を行った。
【0035】
表1に、実施例1、参考例1、比較例1のDSCによる評価結果を示す。
表1
【0036】
DSCによる高温側ピークはパーム中融点部中のトリパルミチン(PPP)を主成分とする高融点成分の結晶化に伴う発熱ピークであるが、グラファイトフェルト繊維片添加の実施例1は無添加の比較例1と対比して凝固開始温度が高温側にシフトしており、明らかに固化促進効果が認められた。実施例1はタルク粉末添加の参考例1対比では固化促進効果がやや低い傾向であったが、これは繊維状のフェルトより粉末状の方が単位重量当たりの表面積が大きいためと考えられた。
【0037】
〔実施例2〕
80℃以上,15分間保持して完全融解した精製パーム中融点画分(不二製油社製、融点26℃)3,600gを内径200mmのステンレスバットに計量し、撹拌翼(ステンレス製パドル翼、外枠100×150mm、内枠80×106mmの片面に外枠と同サイズのグラファイトフェルト(TRUSCO社製、品番28CF−11,厚み2.8mm)を外枠の計8カ所でボルトナットで固定したもの)で30rpmで撹拌しながら晶析を行った。なお、本晶析装置には邪魔板は設置されていない。冷却は、ステンレスバットの底面のみを25℃水槽に接触させて冷却し、パーム中融点部の高融点画分の晶析を行った。晶析開始してから一定時間後に晶析混濁駅を採取し、直ちに0.5atm減圧下で吸引濾別し、得られた濾液側の脂質組成を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による組成分析を行い、PPPを主成分とする高融点成分の結晶化速度を評価した。
【0038】
[比較例2]

実施例2において、撹拌翼にグラファイトフェルトを固定することなく、撹拌翼(ステンレス製パドル翼、外枠100×150mm、内枠80×106mm)を用いて、実施例2同様に晶析を行い、実施例2同様にPPPを主成分とする高融点成分の結晶化速度を評価した。
【0039】
表2に、実施例2及び比較例2の評価結果を示す。
表2 濾液側のPPP含有量の経時変化
【0040】
表2に示すように、経時的なPPP含有量の低下速度を対比すると、グラファイトフェルト固定翼を用いた実施例2はステンレス翼を用いた比較例2よりも明らかに速い結果であり、PPP含有量が0.5%に低下する速度は実施例2が10時間に対し比較例2では16時間を要した。なお、濾液側PPP含有量の低下が大きいのは、結晶画分側の晶析の進行に伴い、PPPを主成分とする高融点成分が結晶画分側に濃縮され、濾別により高融点成分が結晶画分として除去されるためである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明により、脂肪酸またはグリセリン脂肪酸エステルを含有する脂質を晶析し圧搾及び/または濾過により高融点画分と低融点画分に分別する工程において、特に食品用または化粧品用の脂質組成物を分別する工程において、簡便な晶析速度を向上させる固化促進効果のある晶析装置を用いた晶析法、及びそれを利用した分別法を提供することができる。