(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6195237
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】QTW機の飛行制御システム
(51)【国際特許分類】
B64C 13/16 20060101AFI20170904BHJP
B64C 29/00 20060101ALI20170904BHJP
B64C 27/26 20060101ALI20170904BHJP
B64C 27/28 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
B64C13/16 Z
B64C29/00 A
B64C27/26
B64C27/28
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-111970(P2013-111970)
(22)【出願日】2013年5月28日
(65)【公開番号】特開2014-231253(P2014-231253A)
(43)【公開日】2014年12月11日
【審査請求日】2016年2月16日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1. 平成25年4月18日一般社団法人日本航空宇宙学会主催の「第44期年会講演会講演集」(DVD−ROM)に発表。 2. 平成25年4月18日一般社団法人日本航空宇宙学会主催の「第44期年会講演会」において発表。
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100092200
【弁理士】
【氏名又は名称】大城 重信
(74)【代理人】
【識別番号】100110515
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 益男
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(72)【発明者】
【氏名】村岡 浩治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 昌之
【審査官】
志水 裕司
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−143268(JP,A)
【文献】
MURAOKA, Koji,Quad Tilt Wing VTOL UAV: Aerodynamic Characteristics and Prototype Flight Test,AIAA Infotech@Aerospace Conference,米国,American Institute of Aeronautics and Astronautics,2009年 4月 7日,p. 1-10,AIAA 2009-1834
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B64C 13/16
B64C 13/20
B64C 13/50
B64C 27/22
B64C 27/26
B64C 27/28
B64C 29/00 − 29/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4発のプロペラはモータ回転数制御装置によりそれぞれのモータで独立駆動され、前後翼のティルト角はティルトサーボ装置により、前後翼の左右のフラッペロンはフラッペロンサーボ装置により、垂直尾翼のラダーはラダーサーボ装置により制御される4発ティルト翼機の飛行制御システムであって、前記制御の信号を発信するコンピュータは機上に搭載され、操縦信号処理計算機と制御用計算機とを備え、当該コンピュータはティルト角によって変化する空力舵面のコントロールパワーを考慮した操縦舵面分配システムを用いて機体運動制御に適切な操縦舵面能力の分配をあらかじめ定めるようにしたことを特徴とするQTW機の飛行制御システム。
【請求項2】
飛行機モードにおいて機体ヨーレートが発生した場合に対抗ヨーモーメントを発生させるパワーラダー機能を備えると共に、機体運動に関する様々な不確定要素に対する頑強性を有するように主翼のティルト角によってスケジューリングするSAS/CASシステムを備えた請求項1に記載のQTW機の飛行制御システム。
【請求項3】
機体運動モデルのモデル化誤差に対しては、想定したティルト角に隣接するティルト角における機体運動モデルを導入することによりモデル化誤差を表現し、想定したティルト角における機体運動モデルとモデル化誤差を表現した機体運動モデルについて同時に安定性・操縦性を達成させる制御則設計を前記コンピュータに採用して搭載した請求項1または2に記載のQTW機の飛行制御システム。
【請求項4】
飛行機モードにおいて、機体ヨーレートが発生した場合には、対抗するヨーレートを発生するよう動力源へ印加するコマンド指令値に差を持たせる"パワーラダー"機能を持たせることにより、個々の動力源の推力を推定/測定することなく動力源の性能差に対処するものとしたことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のQTW機の飛行制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Quad Tilt Wing(4発ティルト翼:以下QTWと略記する)機などのティルト機構を有するタンデム翼形態垂直離着陸機全般の飛行制御システムの技術に関する。
【背景技術】
【0002】
QTW機は主翼を水平面に対して垂直に設定することでヘリコプターのように垂直上昇ができ、上昇後は主翼を前方に傾けて普通の固定翼機として飛行することが出来る。ヘリコプターに比べて最高速度が大きく航続距離が長い、固定翼機と比べて短い滑走路もしくは滑走路を使わずに離着陸可能などの利点がある。その点では軍用のV-22「オスプレイ」と似ているが、QTW機はローターだけでなく主翼自体が傾斜するという点で様式を異にする。
【0003】
QTW機の飛行制御システムについては特許文献1の「航空機の飛行制御システム及び飛行制御システムを搭載した航空機」が提案されている。この発明は具体的には、主翼のティルト角に関係なく操縦者に一律の操縦特性をもたらす飛行制御システム構成および飛行制御則の基本的な考え方に関する提案である。またその発明者を含む千葉大学の研究グループによって具体的な航空機運動のモデリング、制御則設計および飛行試験結果が非特許文献1に報告されている。しかし、この特許文献1には飛行制御則の具体的な設計方法の記述はなく、段落[0038]において「操縦者が任意の操作をした場合には、不必要な運動成分を相殺し、必要な運動成分のみを取り出せるように、動翼サーボの制御量と、ラダーサーボの制御量と、モータの制御量とが演算部において計算される。」と記述されているのみで、「不必要な運動成分を相殺する」具体的な方法や想定してしなかった要素(モデル化誤差や4つある動力源の性能差)に対処する制御方法は記述されておらず、この記載から、垂直飛行を行うヘリコプターモードから水平飛行を行う固定翼機モードヘ安全に遷移する飛行制御を実行することは非常に難しい。
【0004】
また、非特許文献1の「ティルト翼機構を有する4発ロータQTW-UAVの姿勢制御」には、具体的な飛行制御則の設計方法が記述してあり、最適サーボ系を設計することにより想定していなかった要素へのある程度の対処が可能な制御則の設計方法となっている。しかし、ヘリコプターモードの近傍でしか制御則が設計されておらず、QTW機の最大の特徴であるヘリコプターモードから固定翼機モードまでの全ての飛行領域をカバーする完全遷移飛行は達成していない。両モードに遷移する間の安全な飛行制御が基本的な技術課題となっている。
【0005】
本発明者らの研究グループは、本発明に先立ち、4つある動力源の性能差を想定していない小型QTW機をJAXA(独立行政法人宇宙航空研究開発機構)内部で開発し、ヘリコプターモードから固定翼機モードまでの完全遷移飛行を実証し、非特許文献2と3の内容を学会発表している。
なお、QTW機は4つの動力源を搭載しているため、"4つある動力源の性能差への対処"は飛行機モードにおける安全な飛行を実施する上で非常に重要な技術であり、一つの動力源が有するパワーが増加するほどその必要性も増加する技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−143268号公報 「航空機の飛行制御システム及び飛行制御システムを搭載した航空機」 平成21年7月2日公開
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本機械学会論文集C編第73巻(731号) 104〜111頁「ティルト翼機構を有する4発ロータQTW-UAVの姿勢制御」2007年7月発行
【非特許文献2】PROCEEDINGS OF THE INTERNATIONAL COUNCIL OF THE AERONAUTICAL SCIENCES Koji Muraoka, Noriaki Okada, Daisuke Kubo and Masayuki Sato,“TRANSITION FLIGHT OFQUAD TILT WING VTOL UAV”ICAS2012-11.1.3,2012.
【非特許文献3】2012年日本航空宇宙学会第43期年会講演会, 東京, 佐藤昌之, 村岡浩治, 岡田典秋, 久保大輔「4発ティルトウィング形態 VTOL 無人機の飛行制御則設計」JSASS-2012-1079
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決する課題は、QTW機の安全飛行の問題の観点から、1)機体形状が変化することに伴う操縦舵面能力の適切な分配、2)従来の航空機と同様の操縦方法を達成しつつ、機体運動モデルのモデル化誤差や4つある動力源の性能差等の正確な想定が困難な事項に対処する飛行制御システムの構成、3)飛行制御則の搭載を含むこれらの技術のトータルインテグレーション、を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のQTW機の飛行制御システムは、上記1)の課題、機体形状が変化することに伴う操縦舵面能力の適切な分配の問題について、主翼のティルト角によって変化する空力舵面のコントロールパワーを考慮した操縦舵面分配システムを用いて機体運動制御に適切な操縦舵面能力の分配をあらかじめ定めるようにした。この操縦舵面分配システムは、NASAで開発され、プロペラのみがティルトするBellXV-15機における"Primary Flight Contro1"に似た技術であるが、プロペラやエンジンが発生する推力だけでなく、空力舵面の効きも主翼のティルト角に応じて変化させた点に特徴がある。
【0010】
本発明のQTW機の飛行制御システムは、上記2)の課題、従来の航空機と同様の操縦方法を達成しつつ、機体運動モデルのモデル化誤差や4つある動力源の性能差等の正確な想定が困難な事項に対処する飛行制御システムの構成については、航空機特有の制御則構成であるSAS/CAS[Stability Augmentation System;SAS(安定性増大装置)およびControl Augmentation System;CAS(操縦性増大装置)]を主翼のティルト角によってスケジューリング(これは、ゲインスケジューリング制御と呼ばれ、航空機の制御では古くから広く使われている既存技術を応用した)させることで、機体運動の安定化および姿勢角コマンド保持機能を持たせ、従来の航空機と同様の操縦を実現する。また、機体運動特性のモデル化誤差に対しては、想定したティルト角に隣接するティルト角(例えば、想定したティルト角が60[deg]の場合、隣接するティルト角は50[deg]および70[deg])における機体運動モデルを導入することでモデル化誤差を表現し、想定したティルト角における機体運動モデルとモデル化誤差を表現した機体運動モデルを同時に安定性・操縦性を達成させる制御則を設計する方法(この考えはロバスト制御と呼ばれ、様々な制御対象に広く使われているが、通常、モデル化誤差は異なる速度における機体運動モデルや搭載アクチュエータモデルの変動を考えるのみであり、異なる機体形状における機体運動モデルを用いた点に特徴がある)を用いることで対処するものとした。さらに、飛行機モードにおいて、機体ヨーレートが発生した場合には、対抗するヨーレートを発生するよう動力源へ印加するコマンド指令値に差を持たせる"パワーラダー"機能を持たせることで、個々の動力源の推力を推定/測定することなく動力源の性能差に対処するものとした。
【0011】
本発明のQTW機の飛行制御システムは、上記3)の課題、飛行制御則の搭載を含むこれらの技術のトータルインテグレーションについては、上記のように設計した飛行制御則を機体搭載計算機に搭載することで対処するものとした。
【発明の効果】
【0012】
本発明のQTW機の飛行制御システムは、ティルト角90[deg]から0[deg]までのすべてのティルト角において、QTW機は安定かつ操縦者の意図する姿勢角を保持することが可能となり、安全な飛行が可能となる。特に、飛行機モードにおいて、機体ヨーレートが発生した場合には、対抗するヨーレートを発生するよう動力源へ印加するコマンド指令値に差を持たせる"パワーラダー"機能を持たせることにより、個々の動力源の推力を推定/測定することなく動力源の性能差に対処することが出来、その結果、ヨー回転の安定化が可能となり、安定性の向上が確保される。
【0013】
本発明のQTW機の飛行制御システムは、無人の実験機を用いたテスト飛行により、ヘリコプターモードと飛行機モードに切換える遷移モードにおける安定性・安全性の確認と、本発明の飛行制御則設計の有効性が立証出来た。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の飛行制御システムを組込んだ無人機QTWUAVを写した写真である。
【
図2】本発明に係るQTW機の飛行制御システムの基本構成図である。
【
図3】本発明の飛行制御システムの姿勢制御ロジックを説明する図である。
【
図4】本発明の飛行制御システムのティルト角スケジュールを示した図である。
【
図5】本発明の飛行制御システムにおける縦運動のSAS/CAS構成ブロック線図である。
【
図6】本発明の飛行制御システムにおける横/方向運動のSAS/CAS構成ブロック線図である。
【
図7】無人機QTWUAVを用いた飛行テストにおける飛行実証写真である。
【
図8】無人機QTWUAVでティルト角90[deg]で垂直離陸から飛行機モードによる巡航までの完全遷移を実施した飛行試験の時歴データを示したグラフである。
【
図9】無人機QTWUAVでSTOL特性の確認を行った飛行試験の時歴データを示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
完全遷移飛行を実証したQTW無人機(Unmanned Aerial Vehicle;略してQTWUAV)の実機の写真を
図1に、その主要諸元を表1に、そして本発明の飛行制御システムのシステム構成図を
図2に示す。全長1750mm×全幅2377mm、重量43.2kgの小型機である。QTW機として前後2つの翼に左右2つ計4発のプロペラを備え、この実機は動力に電動モータ2を用いている。
【表1】
図2において、無線操縦装置16以外は全て機体に搭載された装備品であり、パイロットによる操縦を可能とするために、受信機15と無線操縦装置16を割り当てている。この無線操縦装置16には、ピッチスティック、ロールスティック、ヨースティック・コレクティブスティックが必須であるが、ティルト角変化のためのスイッチの他、様々なスイッチを配することも可能である。その場合、SAS(安定性増大装置)およびCAS(操縦性増大装置)の適用の有無などはパイロット自身が操作可能となる。4発のプロペラ1はモータ回転数制御装置8によりそれぞれのモータ2で独立駆動され、前後翼3のティルト角はティルトサーボ機構9により、前後翼の左右のフラッペロン31はフラッペロンサーボ機構10により、垂直尾翼4のラダー41はラダーサーボ機構11により、そして前輪5はノーズギヤサーボ機構12により制御される。なお、
図2には飛行制御用のコンピュータ14の搭載を示しているが、実際には「操縦信号処理計算機」と「制御用計算機」の二つの計算機に分割して搭載している。これは、それぞれに操縦舵面分配システムのプログラムとSAS/CASのプログラムを搭載することで、SAS /CASのプログラムに不具合が生じた場合も、適切に定義された操縦舵面分配システムを通した手動操縦により安全な飛行を可能にするためである。飛行制御用のコンピュータ14には各種センサ13からの信号が入力され、オートパイロットも可能な構成となっている。4発のプロペラ用電動モータ2にはそれぞれモータバッテリ6が接続され、これとは別に電子系統用のバッテリ7が備えられている。
【0016】
QTW機は主翼のティルト角に応じて姿勢角制御のロジックが変化する。その様子を
図3に示す。ヘリコプタモードにおいては前後プロペラの推力差がピッチ制御機能を、左右プロペラの推力差がロール制御機能を、そしてプロペラ後流効果すなわち、前後左右の翼後縁に取り付けられたフラッペロンがヨー制御機構を果たす。飛行機モードでは前後フラッペロンがピッチ制御機能とロール制御機能を、左右プロペラの推力差と垂直尾翼後縁に取り付けられたラダーがヨー制御機能を果たす。この図で「遷移モード」と記述されている箇所が本発明の飛行制御の主要部となる部分で、操縦舵面分配システムによる適切な操縦舵面能力が分配されている。
【0017】
図5および
図6に、本発明の飛行制御システムの縦運動および横/方向運動飛行制御則のブロック線図をそれぞれ示す。図中の記号は表2に示すとおりである。
【表2】
ここで、制御入力分配行列すなわち、第5図中のK
long(τω)および第6図中のK
lat(τω) が前述の「操縦舵面分配システム」に相当し、「δfl
long」と「δfl
lat」の和が主翼後縁フラッペロンの角度、「δth
long」と「δth
lat」の和が動力源であるモータのスロットル開度となる。これらは、非特許文献3中にある「Primary Flight Contro1」に相当し、主翼のティルト角に応じて制御デバイスの入力分配を定める役割を有する。この分配は、制御デバイスの効き度合いを考慮して定めている。
飛行制御は、k
flelv(τw),k
pwelv(τw) ,k
flai1(τw) ,k
pwai1(τw),k
flrud(τw) ,k
rud(τw) ,k
pwrud(τw)のフィードバックゲインを有するSASと、k
iθ(τw),k
pθ(τw) ,k
iφ(τw) ,k
pφ(τw)のフィードバックゲインとゲインおよび時定数がそれぞれk
tc(τw),T
tc (τw)と与えられたターンコーディネータからなるCASにより構成されている。これらのゲインは、飛行特性を支配するティルト角毎に応じて、使用/不使用を定めている。
【0018】
制御則設計に関し、制御ゲインは、(1)複数の設計点選択、(2)設計点において制御仕様を満たす制御器の設計、(3)線形補間を用いた全設計対象範囲に対応する制御器の構成の手順を経て設計した。
(1)の設計点選択は、主翼のティルト角による飛行特性変化を考慮し、
図4のように定めた。
(2)の制御器設計においては、機体の空力特性の推定誤差に対してロバスト性能が要求されたことから、設計点におけるノミナルモデルに加え設計点近傍のティルト角におけるモデルを摂動モデルとして導入し、両方に共通な制御ゲインを設計した。表3に、設計点のノミナルモデルと摂動モデルにおけるティルト角とそのティルト角において経路角0[deg]としたトリム時の真対気速度を示す。なお、制御対象がもつ様々な不確かさを摂動とよび、摂動を0としたときの公称モデルをノミナルモデルという。
【表3】
設計点におけるSAS/CASゲインの設計は、設計すべき制御ゲインを集めた列ベクトルをκとし、事前の数値シミュレーションおよび機体特性を考慮して得られた設定可能範囲をKとしたとき、以下の最適化問題を解くことにより求めた。
【数1】
上式中の「f
cost(κ)」は、制御性能をあらわす評価関数である。(1)式の意味は、「ノミナルモデルおよび摂動モデルから得られる評価関数の最大値を最小化するκをあらかじめ指定されたK内から求める」ことである。このことより、ロバスト性能を有し、かつ現実的な制御ゲイン設計が期待できる。ここで、Kはフライト時に想定される姿勢角速度や姿勢角に対しても制御入力が飽和しないように定めた。
このようにして得られたゲインを(3)の線形補間手順を経ることでティルト角90[deg]〜clean形態に対応するSAS/CASを設計した。
【0019】
以下に設計点における具体的な設計手順を述べる。
まず、SASゲイン設計の詳細を述べる。SASゲイン設計には、閉ループシステムの安定度を示す関数として以下を用いた。
【数2】
ただし、 eig(A
cl)はノミナルモデルもしくは摂動モデルと制御ゲインベクトルκから構成される閉ループシステムの極の集合を、C
admisは複素平面内の[−0.07,0.07]×[−0.3,0.3]の領域を、Re(・)は複素数の実部をあらわす。すなわち、(2)式を用いた(1)式の意味は、C
admisに存在する極を除いて、実部が最大である閉ループ極の実部を最小にする制御ゲインベクトルκを求めることである。
また、設計すべきSASゲインの数は高々四つであること、および安定性の確保は安全な飛行上、非常に重要であることから、領域Kを格子状に区切り、その全ての組み合わせから最適なゲインを求めた。なお、設計点1は設計点2と同じモデルを制御対象としていることから、設計点2の結果を設計点1の結果とした。同様の議論が横/方向運動にも適用できるが、設計点1では前進速度がほぼ零であることから、ラダーの安定性への寄与は小さい。そこで、設計点1のゲインはk
rud(τw)のみ零とした設計点2の結果を用いた。また、縦運動においては、設計点6と7の動特性は大きく異なるため、それぞれに制御ゲインを設計したが、横/方向運動の動特性の差は比較的小さく、かつ設計点6は設計点7のモデルをすべて含むため、設計点6のゲインを設計点7の設計結果とした。
【0020】
設定した領域K、多少のチューニングを経て最終的に得られたSASゲイン、および閉ループシステムの安定性を表4および表5にまとめる。横/方向運動はすべての設計点においてロバスト安定化が達成されているが、縦運動においては、すべての設計点においてロバスト安定化が達成できなかったことがわかる。
【表4】
この表で、縦運動SASゲイン(設計点1は設計点2の結果を採用) 閉ループ安定性では、記載されたシステムは安定、それ以外では不安定
【表5】
この表で、横/方向運動SASゲイン(設計点1はk
rud(τω)=0とした設計点2の結果を、設計点7は設計点6の結果を採用) 閉ループ安定性では記載されたシステムは安定、それ以外は不安定
なお、三軸の角速度信号だけでなく、角加速度信号の併用も検討したが、その効果は非常に小さかったため、本稿では角速度信号のみをフィードバックするSAS構成とした。
【0021】
次に、CASゲイン設計の詳細を述べる。CASの目的が操縦性向上であることから、パイロットコマンドに対する追従性能をあらわす関数を「f
cost(κ)」に設定する。本稿では、単位ステップコマンドに対する誤差の有限時間二乗積分を用いた。
【数3】
ここで、x,x
comは、それぞれ、ピッチ角もしくはロール角、およびそれらのコマンド値であり、T
eval は適切に定めた積分時間である。
なお、(3)式の計算にはMatlab(登録商標)Simulinkを用いた数値シミュレーションにより求め、κの最適化には、Matlab(登録商標)に組み込まれている数値最適化関数を用いて求めた。
設定した領域K、積分時間T
eval、多少のチューニングを経て最終的に得られたCASゲイン、および閉ループシステムの安定性を表6および表7にまとめる。なお、SAS設計時の議論と同様に、設計点1は縦運動および横/方向運動共に設計点2の結果を、設計点7は横/方向運動のみ設計点6の結果とした。
【表6】
【表7】
縦運動においては、SASのみではロバスト安定化が達成できなかったが、CASを加えることでほとんどの設計点においてロバスト安定化が達成されたことが確認できる。
【0022】
ターンコーディネータは安定性に無関係であることから、ノミナルモデルのみを用いて設計を行った。ゲインκ
tc(τw)は、一定ロール角を保持して旋回する際に必要となるラダー舵角を簡易な計算により求め、その時のロール角で除することにより求めた。また、フィルタの時定数は、単位ステップδ
ψstick、を加えた10[s]程度の数値シミュレーションを行い、数値最適化計算により横方向速度の二乗時間積分が最小となる時定数を求めた。多少のチューニングを経て最終的に得られたターンコーディネータの結果を表8にまとめる。なお、前進速度がほぼ零である設計点1および2は、ターンコーディネータを不使用としたため、設計していない。
【表8】
【実施例】
【0023】
前述のように設計した飛行制御則を用いて行った完全遷移飛行およびSTOL(Short Take-Off and Landing)離陸状況を示す。
図7の写真は、完全遷移飛行およびSTOL離陸時の写真であり、ティルト角が90[deg]の回転翼機形態にて垂直離陸した後、飛行機形態(clean形態)による巡航までの完全遷移を実施した飛行試験の時歴を示す。
飛行試験は、北海道大樹町にある多目的航空公園にて2012年10月に行った。フライトは、無線操縦装置を用い、ラジコンヘリコプターのパイロットによって行われ、飛行制御則の評価は主に飛行データ記録及びパイロットコメントにより実施した。
図8に、ティルト角が90[deg]の回転翼機形態にて垂直離陸した後、飛行機形態(clean形態)による巡航までの完全遷移を実施した飛行試験の時歴を示す。
なお、CASは離陸直後から垂直着陸までの全ての飛行範囲で使用した。
【0024】
本飛行試験において、ロール角保持は精度良く機能していることが確認できる。ピッチ角保持に関しては、ティルト角が15[deg]においてピッチ角とそのコマンドに差が見られるものの、概ね良好に機能していることが確認できる。なお、これらは速度およびティルト角変化が生じている状況下において達成されており、設計した個々の制御ゲインのロバスト性が確認できる。また、主翼のティルト角に応じたゲインスケジューリングSAS/CASを適用することで、VTOL(垂直離着陸)形態から飛行機形態までの完全遷移が達成されたことも確認できる。さらに、「ホバリング時および低速飛行時はSASのみでも十分飛行可能だが、CASを利用するとワークロードが大きく低減される。また、高速飛行時には位置や姿勢の確認などのタスクがあり、CASを使用することで、これらのタスクも不安なく実施できる。」とのパイロットコメントも得られており、操縦性が良好であり、かつパイロットワークロードの低減も達成したことが確認された。
QTWUAVは、VTOL特性だけでなく、 STOL特性も有する。STOL離陸は、主翼のティルト角を15[deg]〜60[deg]傾けた状態で滑走離陸する。ティルト角が90[deg]での離陸に比べて滑走が必要となるものの、翼が生む揚力を利用することができるため、搭載重量の増加が可能となり、QTW機の有用性が向上するという利点を有する。
図9に、STOL特性の確認を行った飛行試験の時歴を示す。約8[m/s]の速度にて離陸したことが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
垂直離着陸特性および固定翼機特性を併せ持たせる航空機全般(有人, 無人は間わない)。
【符号の説明】
【0026】
1 プロペラ 2 プロペラ用モータ
3 前後翼 31 フラッペロン
4 垂直尾翼 41 ラダー
5 前輪 6 プロペラ用モータバッテリ
7 電子系統用バッテリ 8 モータ回転数制御装置
9 ティルトサーボ装置 10 プラッペロンサーボ装置
11 ラダーサーボ装置 12 ノーズギアサーボ装置
13 各種センサ