(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
希土類磁石は、一般的に希土類元素R、鉄元素(Fe)またはコバルト元素(Co)等の遷移金属元素Tおよびホウ素元素(B)を含有するR−T−B系で表され、従来の合金磁石やフェライト磁石の磁気特性を著しく上回る磁気特性を有することが知られている。このような希土類磁石では、希土類元素がリッチな相とホウ素元素がリッチな相とが粒界相として存在し、これらの粒界相が強磁性の主相を取り囲む結晶粒の構造を取ることで、磁気特性と機械的強度とを実現している。このため、希土類元素がリッチな相が表面に現れ、この相が腐食する現象は避けられない。
例えば、R−T−B系の希土類磁石の一種で主相がNd
2Fe
14Bからなる所謂ネオジウム磁石では、ネオジウム元素が多く存在するNdリッチ相とホウ素元素が多く存在するBリッチ相とが粒界相として存在し主相を取り囲む。そして、このNdリッチ相の酸化反応や、水蒸気との反応により、酸化物Nd
2O
3や水酸化物Nd(OH)
3を形成し、これらの酸化物や水酸化物の生成による体積膨張によって、主相が焼結体から剥がれ落ちる粒界破壊が起こる。主相が焼結体から脱落すると、Ndリッチ相の腐食
が更に進行
し、脱落した主相に隣接する主相が新たに脱落し、こうした粒界破壊がどこまでも進行する。これによって、ネオジウム磁石の磁気特性は大幅に低下する。
こうした酸化物や水酸化物の生成は、多くの希土類磁石に共通する腐食の問題であ
り、熱間加工希土類磁石であるPr
2Fe
14Bにおいてもネオジウム磁石と同様の腐食現象が起こる。
【0003】
前記した希土類磁石の腐食を防止する方法として、希土類磁石の表面に、射出成形、押出し成形、トランスファー成形等によって樹脂の膜を形成する方法や、希土類磁石の表面に樹脂の溶液を塗布して被膜を形成させる方法が、希土類磁石メーカの製品カタログに記載されている。
また、希土類磁石の表面に燐酸塩処理やクロム酸塩処理等の化成処理を施して耐酸化性
化成被膜を形成する方法(例えば、特許文献1参照)や、Zn、Alの蒸着を施す、無電解Niメッキを施す方法(例えば、特許文献2参照)、希土類磁石と防錆を行う添加物とをバインダー樹脂で結合させる方法(例えば、特許文献3参照)も検討されている。
さらには、希土類磁石の表面に二酸化ケイ素保護膜やケイ酸塩保護膜を形成させる方法
として、保護膜の上に樹脂の被膜を形成させる技術(例えば、特許文献4参照)や希土類磁石と保護膜とを樹脂バインダーで結合させる技術(例えば、特許文献5参照)が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、
射出成形により希土類磁石の表面に樹脂の膜を形成する方法では膜厚が厚くなり、希土類磁石の表面からの漏れ磁束量が大きく低減し、磁気エネルギーの損失が大きくなるという問題がある。いっぽう膜厚を薄くした場合は、膜の内部にあるボイド等の構造欠陥部が温度衝撃等の熱応力を受けて破壊され、希土類磁石が腐食される恐れがあった。また、希土類磁石の表面に樹脂の溶液を塗布する場合では、複数回塗布することによって塗膜の厚みを確保するが、このような塗膜も内部にボイド等の欠陥を有するため、温度衝撃等の熱応力によって塗膜の内部が破壊され、使用環境条件が限定されていた。
特許文献1−3に記載されたような希土類磁石を表面処理する方法では、被膜の欠陥をなくすために、被膜の膜厚を厚くする、あるいは被膜を複数回繰り返して多層状に形成させる必要があった。しかし、被膜内部の構造欠陥を完全に無くすることは難しく、希土類磁石の表面を外界の酸素ガスおよび水蒸気から完全に遮断することは困難であった。
いっぽう、希土類磁石の表面に二酸化ケイ素保護膜やケイ酸塩保護膜を形成させる方法では、希土類磁石は様々な大きさや形状を有し、希土類磁石の表面は平坦でない曲面の場合が多いため、表面に均一
で、緻密で強固な保護膜を形成することは困難であった。
特に特許文献4に記載された技術では、反応活性なシリルイソシアネートを用いている
が、この技術では均一な膜成長をさせることが困難で、凹凸を有する膜が形成される。また、珪酸塩を希土類磁石表面の凹凸に物理吸着させるだけでは保護膜の結合力が弱く、保護膜が剥がれる恐れがある。
また、特許文献5に記載された技術では、エチルシリケートを用いたゾル−ゲル反応またはプラズマ粒子化学蒸着法により、保護膜を形成する技術が開示されているが、均一
で、緻密で強固な保護膜を形成することはできない。このため、膜によって酸素ガスや水蒸気等を完全に遮断することは難しく、膜自体も剥がれやすいため、結果として希土類磁石は腐食された。
【0006】
前記の希土類磁石の表面に設ける保護膜の問題を解決する新たな試みがなされている(特許文献6−10参照)。特許文献6−10に記載された技術は、希土類磁石の表面に合金相を形成し、この合金相によって希土類磁石の表面を被覆して腐食を防止する技術が開示されている。
つまり、特許文献6−10では、希土類磁石の表面に金属ないしは複数の金属を付着させ、この後、付着した金属をNdリッチ相と反応させ、希土類磁石の表面に合金相を形成させる技術が開示されている。この技術は、希土類磁石の表面に付着させた金属の熱拡散を利用する技術であり、付着させた金属がNdリッチ相に拡散することで、Ndリッチ相と反応した合金相が希土類磁石の表面に形成される。従って、金属の熱拡散現象を利用するため、金属の熱拡散係数が増大する温度まで昇温させなければならない。
いっぽう、希土類磁石は微粉砕した粉末を磁界中で成形し、これを焼結によって焼き固めて密度を増大させ、さらに、焼結で析出した粒界相が主相の周りを取り囲む結晶粒の構造とする時効処理を行い、これによって希土類磁石の保持力を高めている。前記した金属を拡散させる処理温度が時効処理温度より高くなると、希土類磁石の磁気特性に不可逆変化が起こり、磁気特性が永久に低下する問題をもたらす。また、時効処理温度より低くした場合は、金属の拡散係数が低下するため、長時間にわたって金属原子を熱拡散させる処理が必要になる。金属の熱拡散は、不要な酸化物を生成させないためアルゴンガス中で行うが、長時間の不活性ガス中での熱処理は処理費用がかさむ問題をもたらす。
また、希土類磁石は焼結によって体積が70%程度まで収縮するため、時効処理の後に機械加工によって寸法精度を確保している。しかし、このような機械加工による加工面には多くの物理的欠陥層があり、この欠陥層が脱落し易い状態にある。このため、希土類磁石の表面に耐食性をもたせるには、膜を形成させる前に希土類磁石の表面の物理的欠陥層をバレル研磨等により脱落させる必要が生じ、研磨、洗浄、乾燥からなる高価な事前処理を行っている。前記した希土類磁石の表面に合金相を形成させる方法においても、事前に物理的欠陥層を取り除いた後に合金相を形成させる。このため、さらに高価な費用をかけて合金相を形成することになる。
いっぽう、焼結後の結晶粒径の大きさは平均で5μm程度であり、表面の物理的欠陥層を取り除いた後の希土類磁石の表面は、結晶粒の大きさに近い表面粗さを有する。このため、合金相は表面粗さより充分に厚い厚みとして形成することで、耐食性を有する合金相となる。合金相は非磁性であるため、希土類磁石の表面からの漏れ磁束が大きく低減し、磁気エネルギーの損失が大きくなるという新たな問題をもたらす。
【0007】
ここで、耐食性の希土類磁石を実現する上で、課題を解決する手段に必要とされる要件を整理する。希土類磁石の腐食は、表面に存在するNdリッチ相が水蒸気や酸素ガスなどとの反応で起こる。このため、耐食性の希土類磁石を実現させるには、水蒸気や酸素ガスを遮断する部材を磁石の表面に形成することになる。この部材が次の要件を兼備すれば、耐食性の希土類磁石を実現する上での課題が解決でき、これまでにない優れた性質を兼備する理想的な耐食性の希土類磁石になる。第1の要件は、この部材の厚みは薄く、希土類磁石の表面からの漏れ磁束を低減させない。これによって、希土類磁石の優れた磁気特性が発揮できる。第2の要件は、この部材は磁石の表面と強固に結合する。これによって、希土類磁石は使用環境の制約を受けない。第3の要件は、この部材は希土類磁石表面の物理的欠陥層の存在に拘らず水蒸気や酸素ガスを遮断でき、希土類磁石表面の物理的欠陥層が脱落しない。これによって、格段に安価な耐食性希土類磁石が製造できる。第4の要件は、この部材は希土類磁石の大きさや形状の違いよらず、同様の手段で水蒸気や酸素ガスを遮断する部材が希土類磁石の表面に形成できる。第5の要件は、この部材は安価な材料を用いて、安価な製造方法で製造できる。
【0008】
前記したように、従来における耐食性の希土類磁石を実現させる
方法のいずれもが、磁石表面に連続した物質からなる被膜状の部材を形成する
方法であったため、前記した第1の要件を満たすことができなかった。つまり、希土類磁石の表面が結晶粒の大きさに近い粗さを持つため、被膜状部材の厚みが20μmを越える厚みとしなければならず、第1の要件を満たすことができなくなった。この理由は、希土類磁石の表面を水蒸気や酸素ガスから遮断する部材は、連続した物質からなる被膜状部材でなければならないとの考えによる。
また、希土類磁石表面に形成する連続した物質からなる被膜状部材が非磁性体である場合は、第2の要件を満たすことが難しい。この第2の要件を満たすためには、前記した特許文献6−10に開示された技術
に依れば、多くの課題を新たにもたらすことになる。つまり、希土類磁石の表面に強固に磁気吸着する強磁性の物質で被膜状部材を形成させるには、強磁性体は酸化しにくい酸化物で構成することになる。すなわち、酸化物の強磁性体であるフェライトを連続した被膜状部材として希土類磁石の表面に形成させることになるため、希土類磁石の表面に付着させたフェライトの原料を焼成させることが必要になり、この焼成温度が希土類磁石の焼結温度を優に超えるため、焼結で形成した希土類磁石の結晶粒の構造と組成とが壊れてしまうため、この手段は現実性がない。
さらに、第3の要件は考えもしなかった。つまり、連続した物質からなる被膜状部材でのみ、希土類磁石の表面を水蒸気や酸素ガスから遮断できると考えたため、希土類磁石表面の物理的欠陥層を事前に脱落させることは、被膜状の部材を形成させるためには必須の事前処理となる。
さらに、希土類磁石の表面に形成する連続した物質からなる被膜状の部材が、第4および第5の要件を満たす場合は、3段落で説明したような方法しか考えられず、これらの方法では4段落で説明したように第1から第3の要件を満たすことができない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係わる耐食性希土類磁石の
製造方法は、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を希土類磁石に吸着させ、該希土類磁石を大気中で熱処理し、前記有機鉄化合物の熱分解によって酸化鉄FeOを前記希土類磁石の表面に析出させ、さらに昇温して前記酸化鉄FeOをマグネタイトに酸化する、ないしは、前記酸化鉄FeOをマグネタイトに酸化した温度より高い温度に昇温して前記酸化鉄FeOをマグへマイトに酸化させる、これによって、前記マグネタイトないしは前記マグへマイトからなる粒状の微粒子の集まり
が、前記希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着
して該希土類磁石の表面に
前記粒状の微粒子の集まりからなる多層構造を形成し
、該粒状の微粒子の集まり
からなる多層構造が前記希土類磁石に耐食性をもたらす
耐食性希土類磁石が製造されることを特徴とする、耐食性希土類磁石の製造方法である。
【0010】
つまり、この耐食性希土類磁石の製造方法によれば、希土類磁石に吸着させた有機鉄化合物を熱分解して酸化鉄FeOを析出し、さらに、酸化鉄FeOを酸化すると、マグネタイトFe3O4ないしはマグへマイトγ−Fe2O3のいずれかの材質からなる微粒子が、大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、形状が粒状である微粒子として析出し、希土類磁石の表面に多層構造をなして磁気吸着する。このため、どのような大きさや形状を有する希土類磁石であっても、同様の手段でマグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が希土類磁石の表面に磁気吸着する。これによって、本製造方法による耐食性希土類磁石は、7段落で説明した第4の要件を満たす。さらに、有機鉄化合物を大気中で熱処理するだけの極めて簡単な手段で、希土類磁石にマグネタイトないしはマグへマイトの微粒子を磁気吸着させることができる。このため、本製造方法による耐食性希土類磁石は、7段落で説明した第5の要件を満たす。なお、酸化鉄FeOを酸化してマグネタイトFe3O4ないしはマグへマイトγ−Fe2O3を析出させる熱処理温度は、希土類磁石の時効処理温度より150℃以上低いため、熱処理によって希土類磁石の磁気特性が不可逆変化することはない。
すなわち、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を溶媒に分散させ、この分散液に希土類磁石を浸漬し、この後溶媒を気化させると、希土類磁石の表面に有機鉄化合物が吸着する。この希土類磁石を大気雰囲気で熱処理する。熱処理温度が有機鉄化合物を構成する有機物の沸点を超えると、有機物と酸化鉄FeOとに熱分解する。さらに熱処理温度を上げると、有機物は気化熱を奪って気化する。いっぽう酸化鉄FeOは、2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が温度上昇に伴って進む。この2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応において、酸化鉄FeOを構成する2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になるためマグネタイトになる。つまり、酸化鉄FeOを構成する2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になってFe2O3になり、組成式がFeO・Fe2O3のマグネタイトFe3O4になる。こうした2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が希土類磁石の表面で進行するため、マグネタイトFe3O4は希土類磁石の表面に、大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、形状が粒状である微粒子として磁気吸着する。つまり、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物は、溶媒に対する分散度が低く、また、酸化鉄FeOがマグネタイトに酸化する温度が低い。このため、マグネタイト微粒子は、希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、粒径が10nm以上で100nm未満の粒状の微粒子として析出する。なお、希土類磁石の結晶粒の平均粒径は約5μmで、大きさは1μmから10μmに及ぶ。
さらに昇温すると、マグネタイトFeO・Fe2O3を構成するFeOにおける2価の鉄イオンFe2+の全てが3価の鉄イオンFe3+になり酸化鉄Fe2O3を形成する。この酸化鉄Fe2O3は、マグネタイトFe3O4と同様の立方晶系の結晶構造をとるため、酸化鉄Fe2O3はγ相のマグへマイトγ−Fe2O3になる。マグネタイトFeO・Fe2O3における2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が完了すると、希土類磁石の表面にマグへマイトγ−Fe2O3が、大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、形状が粒状である微粒子として磁気吸着する。
つまりマグネタイトないしはマグへマイトは、いずれも強磁性であるフェリ磁性の性質を持つ。これによって、希土類磁石の着磁後において、マグネタイトないしはマグへマイトからなる微粒子は互いに強固に磁気吸着し、さらに希土類磁石から強力な磁気吸引力を受ける。また、マグネタイトの磁気キュリー点は585℃で、マグへマイトの磁気キュリー点は675℃である。いっぽう、ネオジウム磁石の磁気キュリー点は310−380℃である。このためマグネタイトないしはマグへマイトは、ネオジウム磁石が使用できる温度範囲で長期にわたって強磁性の性質を維持する。また、−40℃の極低温においても、マグネタイトないしはマグへマイトの磁気特性は常温と殆ど変わらない。このため、極低温においても長期にわたって強磁性の性質を発揮する。さらに、マグネタイトとマグへマイトはいずれも酸化物であり、ネオジウム磁石の磁気キュリー点を越える温度でも長期に安定した物質である。従って、ネオジウム磁石の使用温度範囲において、マグネタイトないしはマグへマイトからなる微粒子は互いに強固に磁気吸着し、かつ、希土類磁石から強力な磁気吸引力を受け、希土類磁石に耐食性を持たせることができる。このように本製造方法による耐食性希土類磁石は、7段落で説明した第2の要件を具体的に兼備する。
なお、マグへマイトは、大気中の450℃以上の温度で酸化鉄のα相であるヘマタイトα−Fe2O3に相転移する。ヘマタイトはフェリ磁性ではなく弱強磁性であるため、ヘマタイト微粒子同士の磁気吸着力と希土類磁石からの磁気吸引力とが低減し、希土類磁石の稼動時に表面からヘマタイト微粒子が脱落する可能性がある。しかし、ヘマタイトに相転移する温度が、ネオジウム磁石の磁気キュリー点より充分に高いため、ネオジウム磁石の使用する温度範囲でマグへマイトがヘマタイトに相転移することはない。
つまり、この
製造方法によれば、強磁性の酸化物
であるマグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状微粒子を希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着させることで、希土類磁石の表面は粒状微粒子の集まりで覆われる。さらに、微粒子の大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、かつ、粒状の微粒子であるため、こうした微粒子の集まりを希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着させて多層構造を形成すると、外界の水蒸気や酸素ガスが希土類磁石の表面に到達しにくくなる。つまり、磁気吸着した粒状微粒子が形成する僅かな隙間が、多層構造の粒状微粒子として形成されるため、磁気吸着した粒状微粒子で形成される隙間は、外界と希土類磁石の表面とを連通する通気性を持ちにくくなり、希土類磁石の表面に水蒸気や酸素ガスが侵入しにくくなる。
いっぽう、希土類磁石は使用前に巨大な磁界を印加して着磁させ、これによって、永久磁石としての性能が発揮される。希土類磁石の着磁においては、強磁性の酸化物
であるマグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状微粒子の集まりにも巨大な磁界が同時に印加され
、粒状微粒子の磁化が著しく増大する。従って、希土類磁石の使用時においては、粒状微粒子は大きな磁気吸引力で希土類磁石表面に磁気吸着する。また、直接希土類磁石の表面に磁気吸着しない粒状微粒子も、大きな磁気吸引力を希土類磁石から受ける。さらに、粒状微粒子同士も互いに強固に磁気吸着する。このため、
マグネタイトないしはマグヘマイトの粒状微粒子が希土類磁石の表面から脱落することはない。つまり、全ての粒状微粒子は、極めて近い距離に存在する希土類磁石が作る大きな磁場によって吸引される。また、全ての粒状粒子は互いに磁気吸着しているため、吸引力としてのクーロン力が粒状粒子に作用する。このクーロン力は、吸着した強磁性微粒子同士の距離の2乗、正確に言えば、磁気双極子同士の距離の2乗に反比例するため、粒状微粒子が微粒子であるがゆえに粒状粒子の磁化が小さくても、大きな磁気吸引力として全ての粒状粒子に作用する。
また、希土類磁石が高速で回転する際にも物理的欠陥層は脱落しない。つまり、希土類磁石の回転時には、粒状微粒子は回転の接線方向に慣性力を受ける。しかし、希土類磁石からの磁気吸引力と粒状微粒子同士の磁気吸着力とは、回転する希土類磁石の慣性力に比べて大きいため、希土類磁石が高速で回転しても、粒状微粒子が希土類磁石から脱落しない。これによって、希土類磁石の物理的欠陥層は脱落しない。
ここで、希土類磁石の使用時において、互いに磁気吸着した粒状微粒子の隙間に僅かに通気性があり、この通気性の隙間を介して水蒸気や酸素ガスが侵入し、希土類磁石の結晶粒の粒界を形成するNdリッチ相が腐食を起こして体積が膨張し始めたとする。しかし、Ndリッチ相の体積膨張は、Ndリッチ相の近傍に存在する全ての粒状微粒子に作用する希土類磁石からの磁気吸引力と、Ndリッチ相の近傍に存在する全ての粒状微粒子同士の磁気吸着力とによって抑止され、Ndリッチ相の腐食は進行しない。これによって、主相である結晶粒は脱落せず、希土類磁石の磁気特性の低下はない。
つまり、希土類磁石の腐食の問題点は、2段落で説明したように主相である結晶粒が連続して脱落することにある。いっぽう、多層構造をなす莫大な数からなる
マグネタイトないしはマグヘマイトの粒状微粒子は希土類磁石から大きな磁気吸引力を受け、また、粒状微粒子同士が強固に磁気吸着している。このため、粒状微粒子が希土類磁石から受ける大きな磁気吸引力と、粒状微粒子同士の強固な磁気吸着力とが常時希土類磁石に作用している。従って、Ndリッチ相の腐食が始まり、希土類磁石の表面に僅かな体積変化が現れると、この磁気吸引力と磁気吸着力とからなる磁気力は、Ndリッチ相の僅かな体積膨張を抑止する力として作用する。つまり、粒状微粒子が、希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さいため、Ndリッチ相が粒状微粒子の大きさより小さい極僅かな体積膨張でも、粒状微粒子に作用する磁気吸引力と磁気吸着力とからなる磁気力がNdリッチ相に作用し、Ndリッチ相の体積膨張は初期段階で抑止され、Ndリッチ相の腐食は進行しない。この結果、粒状微粒子の集まりは、水蒸気や酸素ガスを完全に遮断できなくても、Ndリッチ相の腐食を初期段階で抑止し進行させない作用をもたらす。これによって希土類磁石は耐食性を持つ。
また、
希土類磁石の表面に磁気吸着した強磁性の酸化物からなる
マグネタイトないしはマグヘマイトの粒状微粒子は、希土類磁石からの漏れ磁束を減衰させずに粒状粒子に伝達され、表層の粒状微粒子から空間に磁束を漏らすため、希土類磁石の表面の漏れ磁束は低減しない。さらに、粒状微粒子の全てが希土類磁石から大きな磁気吸引力を受け、また、粒状微粒子同士も強固に磁気吸着する。このため、希土類磁石の表面に物理的欠陥層が存在しても、粒状微粒子に作用する磁気吸引力と磁気吸着力とからなる磁気力で物理的欠陥層を保持する。従って、機械加工後に希土類磁石の表層に存在する物理的欠陥層を、事前に脱落させる必要がない。また、粒状微粒子は酸化物であるため、希土類磁石が使用される高温環境下でも水蒸気や酸素ガスなどと反応せず、長期にわたって強磁性の性質を維持する。この結果、多層構造からなる強磁性酸化物の粒状粒子の集まりは、7段落で説明した
第1の要件と第3の要件とを希土類磁石に付与する。
以上に説明したように、本発明に至る主要な考えは、9段落で説明したように、従来における連続した物質からなる被膜状の部材では、7段落で説明した耐食性希土類磁石に必要な要件を満たすことは困難であると考えた。つまり、従来の考えは、希土類磁石の表面を水蒸気や酸素ガスを完全に遮断する考えに基づくもので、この考えでは理想的な耐食性希土類磁石の実現が困難になる。そこで、希土類磁石の腐食現象を改めて見直した。この結果、希土類磁石の表面を水蒸気や酸素ガスから完全に遮断できなくても、希土類磁石の腐食が初期段階で抑止できれば腐食が進行せず、希土類磁石は耐食性を持つ。これによって、7段落で説明した5つの要件を満たす耐食性希土類磁石が実現できれば、理想的な耐食性希土類磁石になると考えた。この考えに基づき、材質が強磁性の酸化物であるマグネタイトないしはマグヘマイトからなり、大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、形状が粒状である微粒子の集まりを、希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着させ多層構造を形成させる耐食性希土類磁石の構成を導いた。
さらに、微粒子の大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、かつ、粒状の微粒子によって多層構造を形成するため、磁気吸着した粒状微粒子が形成する隙間には、液体は表面張力によって侵入することはできない。また、粒状微粒子が安定した酸化物で構成されるため、酸性やアルカリ性の液体と反応して変質すこともない。このため、従来では考えられなかった煮沸水や煮沸した酸性あるいはアルカリ性の液体中でも長期にわたって使用できる新たな用途に希土類磁石を用いることができる。
以上に説明したように、耐食性希土類磁石の製造方法は、希土類磁石を有機鉄化合物の分散液に浸漬し、この後、大気中で熱処理するだけでマグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が、大きさが希土類磁石の結晶粒の大きさより2桁小さく、形状が粒状である微粒子として希土類磁石の表面に磁気吸着する。このため、これらの処理において希土類磁石には機械的応力がかからない。従って、希土類磁石の表面に物理的欠陥層があっても、前記の処理において物理的欠陥層が脱落することはなく、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状の微粒子が希土類磁石の表面に磁気吸着して物理的欠陥層を保持する。これによって、従来に比べると格段に安価な手段で、希土類磁石の表面に耐食性を持たせることができる。
すなわち、本耐食性希土類磁石の製造方法は、有機鉄化合物を有機溶媒に分散させて分散液を作成する第1の製造工程と、有機鉄化合物の分散液に希土類磁石の集まりを浸漬して希土類磁石の表面に有機鉄化合物の分散液を接触させる第2の製造工程と、前記分散液を昇温して前記有機溶媒を気化させて有機鉄化合物を希土類磁石に吸着させる第3の製造工程と、前記希土類磁石の集まりを大気中で熱処理する第4の製造工程とからなる4つの製造工程によって、マグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状微粒子が多層構造として希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着し、耐食性の希土類磁石が製造される。
つまり、第1の製造工程は、有機鉄化合物を容器に充填し、有機溶媒を加えて撹拌するだけの工程である。これによって、有機鉄化合物が有機溶媒に分散された分散液が作成できる。第2の製造工程は、容器に希土類磁石の集まりを浸漬するだけの工程である。これによって、希土類磁石に有機鉄化合物の分散液が接触する。第3の製造工程は、容器の温度を有機溶媒の沸点まで昇温するだけの工程である。これによって、全ての希土類磁石の表面に有機鉄化合物が吸着する。第4の製造工程は、大気雰囲気において容器の温度を、有機鉄化合物の熱分解で生成された酸化鉄FeOがマグネタイトないしはマグヘマイトに酸化される温度まで昇温するだけの工程である。これによって、容器内にある全ての希土類磁石の表面にマグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状微粒子が多層構造として満遍なく磁気吸着する。このような極めて簡単な連続した4つの製造工程からなる1回の製造タクトで、大量の希土類磁石の表面にマグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状微粒子が多層構造をなして満遍なく磁気吸着する。これによって、耐食性を有する希土類磁石が、従来の手段より格段に安価な製造費用で製造でき、本製造方法による耐食性希土類磁石は、7段落で説明した第5の要件を満たす。
なお、耐食性希土類磁石の製造にあたっては、時効処理の後に機械加工を行った希土類磁石を用いる。つまり、第2工程から第4工程に至るまで、希土類磁石に機械的な応力は一切かからないため、希土類磁石の表面に形成された物理的欠陥層が脱落しない。また、熱処理後の希土類磁石の表面には、多層構造からなる強磁性の酸化物からなる粒状微粒子が磁気吸着して物理的欠陥層を磁気吸引力で支持するため、熱処理後の希土類磁石の取り扱いが容易になる。
また、有機鉄化合物の熱分解で生成されるマグネタイトないしはマグへマイトは、酸化鉄FeOの酸化によって生成されるため、針状粒子ではなく粒状粒子として析出する。いっぽう、従来技術においては、マグネタイトないしはマグへマイトは針状粒子として生成される。つまり、硫酸第一鉄ないしは硫酸第二鉄のアルカリ性の水溶液に大気を送って反応させると、針状粒子であるゲータイトと呼ばれる水酸化鉄α−FeOOHが析出する。
このゲータイトを、水素ガスの雰囲気で一度脱水させてヘマタイトα−Fe2O3とし、さらに、還元して針状のマグネタイトFe3O4粒子を生成する。この後、針状のマグネタイト粒子を大気中でゆっくりと加熱酸化させると、針状のマグへマイト粒子が生成される。針状のマグネタイト粒子ないしはマグへマイト粒子は、粒子の幅に対する長さの比率であるアスペクト比が大きいため、多層構造からなる針状微粒子が形成する隙間は、通気性を持ちやすくなる。このため、希土類磁石の表面に耐食性を持たせる用途に対しては、針状微粒子は粒状微粒子より劣る。更に針状微粒子を析出する製造工程は、有機鉄化合物の熱処理だけで粒状微粒子を析出する製造工程に比べ、より多くの複雑な製造工程が必要になるため製造費用が高くなる。
【0011】
(削除)
【0012】
(削除)
【0013】
(削除)
【0014】
(削除)
【0015】
前記した
耐食性希土類磁石を製造する製造方法において、熱分解で酸化鉄
FeOを生成する有機鉄化合物
が、鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物で
あり、該有機鉄化合物を用いて前記した製造方法に準拠して耐食性希土類磁石を製造する、耐食性希土類磁石の製造方法である。
【0016】
つまり、
鉄イオンが配位子を形成する酸素イオンと配位結合した有機鉄化合物を大気中で熱分解させると酸化鉄FeOが生成され、更に、酸化鉄FeOを酸化するとマグネタイトFe
3O
4ないしはマグへマイトγ−Fe
2O
3が析出する。すなわち、鉄イオンが配位子を形成する酸素イオンと配位結合した有機鉄化合物の大気中での熱分解反応において、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点を超えると熱分解が始まり、酸化鉄FeOと有機物に分解する。つまり、有機鉄化合物を構成する酸素イオンが配位子となって鉄イオンに近づいて配位結合しているため、鉄イオンと配位子である酸素イオンとの距離は短い。このため、有機鉄化合物の熱分解においては、最初に配位子である酸素イオンが鉄イオンと結合する短い距離の部位の反対側の結合部位、つまり、結合距離が長い部位が切れる。これによって、有機鉄化合物は、鉄イオンが酸素イオンと結合した酸化鉄FeOと有機物とに分解される。この後、有機物は気化熱を奪って気化する。いっぽう酸化鉄FeOは、温度上昇によって2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が進み、酸化鉄FeOは組成式がFeO・Fe
2O
3のマグネタイトFe
3O
4になる。さらに昇温すると、マグネタイトFeO・Fe
2O
3を構成するFeOにおける2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
2+になって酸化鉄Fe
2O
3のγ相、つまりマグへマイトγ−Fe
2O
3になる。こうして、鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物を熱処理することによって、マグネタイトないしはマグへマイトが析出する。この結果、希土類磁石の表面に、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が磁気吸着
し、耐食性希土類磁石が製造される。
【0017】
前記した鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物は、酢酸鉄、安息香酸鉄、カプリル酸鉄、ナフテン酸鉄のうちのいずれかのカルボン酸鉄
化合物ないしはアセチルアセトン鉄からなる有機鉄化合物で
あり、該有機鉄化合物を用いて前記した製造方法に準拠して耐食性希土類磁石を製造する、耐食性希土類磁石の製造方法である。
【0018】
つまり酢酸鉄Fe(CH
3COO)
2、安息香酸鉄Fe(C
6H
5COOHH)
3、カプリル酸鉄Fe
(C7H15COO)3、ないしはナフテン酸鉄Fe(
C10H7COO)
2などからなるカルボン酸鉄
化合物は、いずれもカルボン酸のカルボキシル基COOHを構成する酸素イオンが配位子となって2価
ないしは3価の鉄イオンに近づき、酸素イオンが2価
ないしは3価の鉄イオンとの間で配位結合する。また、アセチルアセトン鉄Fe(CH
3COCHCOCH
3)
3は、アセチルアセトンC
5H
8O
2の共役塩基であるアセチルアセトナートC
5H
7O
2−を構成する3個の酸素イオンが配位子となって鉄イオンと結合し、アセチルアセトナートが六員環を形成する有機鉄化合物である。このようなカルボン酸鉄
化合物ないしはアセチルアセトン鉄における熱分解反応は、カルボン酸ないしはアセチルアセトンの沸点を超えると熱分解が始まり、酸化鉄FeOとカルボン酸ないしはアセチルアセトンに分解する。つまり、カルボン酸のカルボキシル基を構成する酸素イオン、ないしはアセチルアセトナートを構成する酸素イオンが鉄イオンに近づいて配位結合するため、鉄イオンと配位子である酸素イオンとの距離は短い。このため、熱分解においては、配位子である酸素イオンが鉄イオンと結合する反対側の長い距離の部位が最初に切れる。これによって、鉄イオンが酸素イオンと結合した酸化鉄FeOと、カルボン酸ないしはアセチルアセトンに分解する。この後、カルボン酸ないしはアセチルアセトンは気化熱を奪って気化する。いっぽう酸化鉄FeOは、温度上昇によって、2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が進み、酸化鉄FeOは組成式がFeO・Fe
2O
3のマグネタイトFe
3O
4になる。さらに昇温するとマグネタイトFeO・Fe
2O
3を構成するFeOにおける2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になって酸化鉄Fe
2O
3のγ相、つまりマグへマイトγ−Fe
2O
3になる。こうして酸化鉄FeOの酸化反応によって、マグネタイトないしはマグへマイトが析出する。これによって、希土類磁石の表面に、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が磁気吸着
し、耐食性希土類磁石が製造される。
前記したカルボン酸鉄
化合物ないしはアセチルアセトン鉄は、汎用的なカルボン酸ないしは汎用的な有機物と鉄との化合物であるため、合成が簡単で安価な工業用薬品である。安価な工業用薬品を表層に物理的欠陥層を有する希土類磁石に吸着させ、この希土類磁石を大気中で熱処理するだけで、希土類磁石に耐食性を持たせることができるため、従来に比べて格段に安価な製造費用で新たな耐食性希土類磁石が製造できる
耐食性希土類磁石の製造方法である。
【0019】
(削除)
【0020】
(削除)
【発明を実施するための形態】
【0022】
実施形態1
熱分解によって酸化鉄
FeOを生成する有機鉄化合物を原料として用い、強磁性の粒状微粒子を希土類磁石の表面に多層構造として磁気吸着させた希土類磁石の集まりを製造する実施形態である。予め、有機鉄化合物がn−ブタノールに10重量%として分散させた分散液を作成し、この有機鉄化合物のn−ブタノール分散液を非磁性からなる容器に充填する。また、希土類磁石には、希土類磁石をフックに引っ掛ける貫通孔を一箇所予め設ける。そして、希土類磁石の集まりの各々をフックに引っ掛け、このフックを有機鉄化合物のn−ブタノール分散液に浸漬させる。なお、ネオジウム磁石を容器の底と一度接触させ、フックとネオジウム磁石との接触を解除した後に、再度ネオジウム磁石をフックに引っ掛けて分散液に浸漬させる。これによって、ネオジウム磁石のフックとの接触部にも
有機鉄化合物のn−ブタノール分散液が接触する。
次に
図1に示した熱処理を連続して行う。最初に、容器は120℃に設定された低温焼成室Aに一定時間入り、n−ブタノールが気化し、気化したn−ブタノールは回収機Cで回収する。これによって、有機鉄化合物が希土類磁石の表面に吸着する。さらに容器は高温焼成室Bに入る。高温焼成室Bは、相対的に低い温度に設定される低温焼成部B1と、相対的に高い温度に設定される高温焼成部B2とからなる。低温焼成部B1は、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点より若干高い温度まで昇温され、この後一定時間この温度に保持される。容器が低温焼成部B1に入ると、希土類磁石の表面に吸着した有機鉄化合物が有機物と酸化鉄
FeOとに熱分解する。これによって希土類磁石の表面に酸化鉄
FeOが析出する。熱分解で生成された有機物は気化し、有機物回収機Dによって回収される。高温焼成部B2は、酸化鉄
FeOが強磁性の酸化物に酸化される温度まで昇温され、この後一定時間この温度に保持される。高温焼成部B2に容器が入ると、酸化鉄
FeOが強磁性の酸化物に酸化され、これによって、強磁性の酸化物からなる粒状微粒子が希土類磁石の表面に満遍なく磁気吸着する。最後に、フックから希土類磁石の集まりを外す。
以上に説明したように、強磁性の酸化物からなる粒状微粒子が多層構造として表面に磁気吸着した希土類磁石の集まりを製造する製造方法は、有機鉄化合物のn−ブタノール分散液に希土類磁石の集まりを浸漬させる工程と、この希土類磁石の集まりを大気雰囲気で熱処理する工程とを連続して行う。また、熱処理する工程は3つの連続した熱処理工程からなる。こうした簡単な連続処理で耐食性希土類磁石を製造するため、従来の製造方法に比べて極めて安価な製造費用で耐食性希土類磁石が製造できる。
【0023】
実施形態2
実施形態1における有機鉄化合物としてカルボン酸鉄の一種であるナフテン酸鉄Fe(
C10H7COO)
2を用いて、マグネタイトの粒状微粒子が多層構造として希土類磁石の表面に磁気吸着した希土類磁石の集まりを製造する実施形態である。ナフテン酸鉄は、ナフテン酸C
10H
7CooHの2分子が鉄と反応して容易に合成されるカルボン酸鉄の一種である。つまり、ナフテン酸を構成するカルボキシル基COOHの水素イオンが容易に乖離し、この乖離した水素イオンと結合していた酸素イオンの部位に、2価の鉄イオンが結合し、
C10H7COO−Fe−COO
C10H7COOで構造式が表されるナフテン酸鉄が安価に製造できる。
図2に、希土類磁石の表面に、マグネタイトの粒状微粒子が多層構造として磁気吸着した希土類磁石の集まりを製造する製造工程を示す。最初に、ナフテン酸鉄と希土類磁石の集まりを用意する(S10工程)。なお、希土類磁石は主相がNd
2Fe
14Bからなるネオジウム磁石を用いる。ネオジウム磁石には、ネオジウム磁石を引っ掛ける貫通孔を一箇所予め設ける。次に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、ナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液を作成し、この分散液を容器に充填する(S11工程)。さらに、ネオジウム磁石をフックに引っ掛け、このフックを分散液に浸漬させる。なお、ネオジウム磁石を一度容器の底と接触させ、フックとネオジウム磁石との接触を解除した後に、再度ネオジウム磁石をフックに引っ掛けて分散液に浸漬させる。これによって、ネオジウム磁石とフックとの接触部にもナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液が接触する(S12工程)。次に、分散液が入った容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れる。最初に容器は120℃の低温焼成室Aに5分間入り、n−ブタノールが気化し、気化したn−ブタノールを回収機Cで回収する(S13工程)。これによって、全てのネオジウム磁石の表面にナフテン酸鉄が吸着する。次に容器は高温焼成室Bに入り、2段階の焼成が行われる。低温焼成部B1は10℃/
分の昇温速度で300℃まで昇温され、300℃に10分間保持される。低温焼成室B1に入ったネオジウム磁石は、表面に吸着したナフテン酸鉄がナフテン酸と酸化鉄
FeOに熱分解し、酸化鉄
FeOが希土類磁石の表面に析出する。熱分解によって生成されたナフテン酸は完全に気化し、気化したナフテン酸は回収機Dで回収される(S14工程)。この後、容器は高温焼成部B2に入る。高温焼成部B2は300℃から1℃/
分の昇温速度で350℃まで昇温され、350℃に30分間保持される。高温焼成部B2に入ったネオジウム磁石は、表面に析出した酸化鉄FeOがマグネタイトFe
3O
4に酸化され、生成されたマグネタイトFe
3O
4の粒状微粒子は、ネオジウム磁石の表面に多層構造として磁気吸着する(S15工程)。こうして全てのネオジウム磁石の表面は、マグネタイトの粒状微粒子によって満遍なく覆われる。最後に、フックからネオジウム磁石の集まりを外し、ネオジウム磁石を取り出す(S16工程)。
【0024】
実施形態3
実施形態2におけるナフテン酸鉄
を用いて、ネオジウム磁石の表面にマグへマイトγ−Fe
2O
3の粒状微粒子を多層構造として磁気吸着させたネオジウム磁石を製造する実施形態である。なお、本実施形態は酸化鉄FeOをマグへマイトに酸化するため、前記した実施形態2におけるS15工程における酸化鉄FeOをマグネタイトに酸化する高温焼成部B2における温度条件が異なり、他の工程は実施形態2と同様である。
最初に、ナフテン酸鉄とネオジウム磁石の集まりを用意する(S10工程に相当)。次に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、ナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液を作成し、この分散液を非磁性の容器に充填する(S11工程に相当)。さらにナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液に、ネオジウム磁石の集まりを互いに離間させて浸漬する(S12工程に相当)。なおネオジウム磁石は実施形態2と同様に、ネオジウム磁石に設けた貫通孔をフックに引っ掛け、このフックを分散液に浸漬することで、ネオジウム磁石の集まりを互いに離間させて浸漬させる。次に、分散液が入った容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れる。最初に容器は120℃の低温焼成室Aに5分間入り、n−ブタノールが気化し、気化したn−ブタノールを回収機Cで回収する(S12工程に相当)。これによって、全てのネオジウム磁石の表面にナフテン酸鉄が吸着する。次に容器は高温焼成室Bに入る。低温焼成部B1は10℃/
分の昇温速度で300℃まで昇温され、300℃に10分間保持される。低温焼成室B1に入ったネオジウム磁石は、表面に吸着したナフテン酸鉄がナフテン酸と酸化鉄
FeOに熱分解し、生成された酸化鉄
FeOが表面に析出する。熱分解によって生成されたナフテン酸は完全に気化し、気化したナフテン酸は回収機Dで回収される(S14工程に相当)。この後、容器は高温焼成部B2に入る。高温焼成部B2は300℃から1℃/
分の昇温速度で400℃まで昇温され、400℃に30分間保持される。高温焼成部B2に入ったネオジウム磁石は、表面に析出した酸化鉄FeOがマグへマイトγ−Fe
2O
3に酸化され、マグへマイトγ−Fe
2O
3からなる粒状微粒子が、ネオジウム磁石の表面に多層構造として磁気吸着する(S15工程に相当)。こうして全てのネオジウム磁石の表面は、マグへマイトの粒状微粒子によって満遍なく覆われる。最後に、フックからネオジウム磁石を取り出す(S16工程に相当)。
【0025】
実施例1
ナフテン酸鉄を用いて、ネオジウム磁石の表面にマグネタイト微粒子を多層構造として磁気吸着させた実施形態2に係わる実施例である。
最初に、原料となるナフテン酸鉄と溶媒のn−ブタノールとネオジウム磁石とを用意する。ナフテン酸鉄は、金属石鹸として市販されているナフテン酸鉄(例えば、東栄化工株式会社の製品)を用いた。n−ブタノールは試薬一級品を用いた。ネオジウム磁石は信越化学工業株式会社の製品を用い、成形時の圧縮方向と時効処理時の磁界の印加方向が直角となる直角磁場プレスタイプで、最大エネルギー積が50MGOeの特性を持ち、形状が角状タイプのN52を用いた。このネオジウム磁石の表面の無電解Niメッキを研磨によって剥がした後に、10mm×10mmの大きさに切り出し、加工後の表層の物理的欠陥層を残存したものを試料として用いた。
次に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、ナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を非磁性の容器に充填し、ネオジウム磁石からなる前記の試料を分散液に浸漬した。
さらに、容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れて熱処理を行なった。最初に容器を120℃に5分間放置してn−ブタノールを気化させた。n−ブタノールが気化した後は、ネオジウム磁石の試料の表面にナフテン酸鉄が吸着する。次に、10℃/
分の昇温速度で120℃から300℃まで昇温し、さらに300℃に10分間放置して、ナフテン酸鉄をナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解した。この後、300℃から1℃/
分の昇温速度で350℃まで昇温し、さらに350℃に30分間放置して、熱分解で生成された酸化鉄FeOを酸化させた。最後に、ネオジウム磁石の試料を容器から取り出した。
次に、前記した条件で製作した試料について観察と分析を行ない、目的とするマグネタイト微粒子が確実にネオジウム磁石の表面に満遍なく磁気吸着されているかを電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡は、JFEテクノリサーチ株式会社の極低加速電圧SEMを用いた。この装置は100Vからの極低加速電圧による表面観察が可能で、さらに導電性の被膜を形成せずに直接試料の表面が観察できる特徴を有する装置である。反射電子線の900−1000Vの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い、試料の表面と側面の凹凸を観察した。40−60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、試料の表面全体に10層前後の層状構造なして満遍なく吸着していることが確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に吸着した粒状微粒子を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子、酸素原子の双方が表面に均一に存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる粒状微粒子が吸着していることが確認できた。さらに極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、酸化鉄の結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料の表面全体に吸着した粒状微粒子がマグネタイトFe
3O
4であることが確認できた。なおEBSP解析機能とは、試料に電子線を照射したとき、反射電子が試料中の原子面によって回折されることによってバンド状のパターンを形成し、このバンドの対称性が結晶系に対応し、バンドの間隔が原子面間隔に対応しているため、このパターンを解析することで、結晶方位や結晶系を解析する機能をいう。
次に、前記した条件で製作した試料について、磁気特性を測定した。測定装置は、東英工業株式会社のパルス励磁型磁気特性測定装置を用い、B−H減磁曲線から最大エネルギー積を求めた。最大エネルギー積は、マグネタイトからなる粒状微粒子を磁気吸着させる前とほぼ同様の50MGOeの値を持った。この結果から、ネオジウム磁石の表面に磁気吸着したマグネタイトからなる多層構造が、ネオジウム磁石の表面からの漏れ磁束を低減させないことが確認できた。
さらに、試料について表1に示す各種試験を行い、マグネタイトからなる粒状微粒子の多層構造の耐食性に係わる性能を評価した。いずれの試験においても、試験後の試料の表面に変色が認められなかった。また、各々の試験後における試料の表面を洗浄して乾燥した後に磁気特性を測定した。B−H減磁曲線から求めた最大エネルギー積は、試験前とほぼ同様の50MGOeの値を持った。これらの結果から、ナフテン酸鉄の熱分解で生成したマグネタイトからなる粒状微粒子の多層構造は、ネオジウム磁石に対して耐食性をもたらすことが確認できた。
【0026】
表1に示した試験は、ネオジウム磁石の表面に磁気吸着させた強磁性微粒子からなる多層構造に係わる結露水、水蒸気、食塩水、酸性液を遮断する性能に係わる試験である。
温湿度サイクル試験は、結露状態で希土類磁石を使用される場合を想定した試験で、試料を湿度85%の条件下で、25℃から85℃に
15分で昇温し、85℃に6時間保持した後、−30℃まで
30分で冷却して、−30℃に3時間保持し、さらに25℃まで
15分で昇温して、25℃で2時間保持するという温湿度サイクルの環境下に晒す試験で、強磁性の粒状微粒子からなる多層構造に係わる結露水の遮断性能を評価する
試験である。
沸騰試験は、希土類磁石が自動車のラジエータの冷却水中に浸漬されて使用されるような場合を想定した試験で、強磁性の粒状微粒子からなる多層構造に係わる水蒸気の遮断性能を評価する
試験である。また、プレッシャークッカー試験は、強磁性の粒状微粒子からなる多層構造に係わる高圧水蒸気の遮断性能を評価する
試験であり、高温高湿状態における水蒸気の遮断性能を加速して試験を行うものである。
塩水浸漬試験は、強磁性の粒状微粒子からなる多層構造に係わる塩水の遮断性能と耐腐食性を評価する
試験である。加圧酸素LLC溶液浸漬試験は、希土類磁石が自動車のラジエータの冷却水中に浸漬されて使用され、冷却水中の不凍液(LLC溶液)が酸化された場合を想定した試験である。LLC溶液に2気圧の酸素ガスを強制的に送り込み、100℃以上で一定時間処理することにより、強制的に
酸化させたLLC溶液に対する強磁性微粒子からなる多層構造に係わる遮断性能と腐食性を評価する
試験である。
【0027】
表1
試験項目 試験条件
温湿度サイクル試験 連続24サイクルの温湿度サイクルを行う
煮沸試験 連続24時間沸騰水中に浸漬する
プレッシャークッカー試験 121℃2気圧の水蒸気に48時間放置する
塩水浸漬試験 65℃、5重量%の食塩水中に48時間浸漬する
加圧酸素LLC溶液浸漬試験 95℃の加圧酸素LLC溶液中に480時間浸漬
【0028】
実施例2
ナフテン酸鉄を用いて、ネオジウム磁石の表面にマグへマイト微粒子を多層構造として磁気吸着させた実施形態3に係わる実施例である。
最初に、前記した実施例1と同様に、原料となるナフテン酸鉄と溶媒のn−ブタノールとネオジウム磁石からなる試料を用意する。
次に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、ナフテン酸鉄のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を非磁性の容器に充填し、試料を分散液に浸漬した。
さらに、容器を120℃に5分間放置してn−ブタノールを気化させた。n−ブタノールが気化した後は、試料の表面にナフテン酸鉄が吸着する。次に、10℃/
分の昇温速度で120℃から300℃まで昇温し、さらに300℃に10分間放置して、ナフテン酸鉄をナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解した。この後、300℃から1℃/
分の昇温速度で400℃まで昇温し、さらに400℃に30分間放置して、熱分解で生成された酸化鉄FeOを酸化させた。この後、試料を取り出した。
次に、前記した条件で製作した試料について実施例1と同様の観察と分析とを行ない、目的とするマグヘマイト微粒子が確実に試料の表面に満遍なく磁気吸着されているかを確認した。電子顕微鏡の反射電子線の900−1000Vの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い、試料の表面と側面の凹凸を観察した。40−60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、試料の表面全体に10層前後の層状構造なして満遍なく吸着していることが確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に吸着した粒状微粒子を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子、酸素原子の双方が表面に均一に存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる粒状微粒子が吸着していることが確認できた。さらに極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶方位と結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料の表面全体に吸着した粒状微粒子がマグへマイトγ−Fe
2O
3であることが確認できた。
次に
製作した試料について、実施例1と同様に磁気特性を測定した。B−H減磁曲線から求めた最大エネルギー積は、マグへマイトを磁気吸着させる前とほぼ同様の50MGOeの値を持った。この結果から、ネオジウム磁石の表面に磁気吸着したマグへマイトが、ネオジウム磁石の表面からの漏れ磁束を低減させないことが確認できた。
さらに、前記した試料について、実施例1と同様に表1に示す各種の試験を行い、マグへマイトからなる粒状微粒子の多層構造が有する耐食性に係わる性能を評価した。いずれの試験においても、試験後の試料の表面には変色が認められなかった。また、試験後における試料のB−H減磁曲線から求めた最大エネルギー積は、試験前とほぼ同様の50MGOeの値を持った。これらの結果から、ナフテン酸鉄の熱分解で生成したマグへマイトからなる多層構造は、ネオジウム磁石に対して耐食性をもたらすことが確認できた。
【0029】
実施例3
実施形態1における有機鉄化合物としてアセチルアセトン鉄を用いて、ネオジウム磁石の表面にマグネタイト微粒子を多層構造として磁気吸着させた実施例である。原料となるアセチルアセトン鉄とn−ブタノールとネオジウム磁石を用意した。アセチルアセトン鉄は、金属石鹸として市販されているアセチルアセトン鉄(例えば、日本化学産業株式会社の製品であるナーセム第二鉄)を用いた。n−ブタノールは試薬一級品を用い、ネオジウム磁石は実施例1および2と同様の試料を用意した。
次に、アセチルアセトン鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、このアセチルアセトン鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、アセチルアセトン鉄のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を非磁性の容器に充填し、この容器にネオジウム磁石の試料を浸漬させた。
さらに、容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れて熱処理を行なった。最初に、容器を120℃に5分間放置してn−ブタノールを気化させ、試料の表面にアセチルアセトン鉄を吸着させた。次に10℃/
分の昇温速度で120℃から330℃まで昇温し、330℃に10分間放置して、アセチルアセトン鉄をアセチルアセトンと酸化鉄FeOに熱分解した。この後330℃から1℃/
分の昇温速度で350℃まで昇温し、350℃に30分間放置して、熱分解で生成された酸化鉄FeOを酸化させた。この後、試料を取り出した。
次に、前記した条件で製作した試料について、26段落で説明した観察と分析とを同様に行ない、試料の表面に40−60nmの大きさからなるマグネタイトからなる粒状微粒子が10層前後を形成して磁気吸着している事実を確認した。この結果から、前記で説明した条件でアセチルアセトン鉄を大気中で熱処理することで、試料の表面にマグネタイトの粒状微粒子が多層構造をなして満遍なく磁気吸着することが確認できた。
さらに、前記した条件で製作した試料について、27段落で説明した表1に示す各種試験を行った。いずれの試験においても、試験後の試料の表面に変色は認められず、試験前後の磁気特性に変化が認められなかった。これらの試験結果から、アセチルアセトン鉄の熱分解で生成したマグネタイトの粒状微粒子からなる多層構造は、ネオジウム磁石に対して耐食性をもたらすことが確認できた。
【0030】
実施例4
実施例3におけるアセチルアセトン鉄を用いて、ネオジウム磁石の表面にマグへマイト微粒子を多層構造として磁気吸着させた実施例である。実施例3と同様に、アセチルアセトン鉄とn−ブタノールとネオジウム磁石の試料を用意する。
次に、アセチルアセトン鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、このアセチルアセトン鉄をn−ブタノールに混合して撹拌し、アセチルアセトン鉄のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を非磁性の容器に充填し、この容器に試料を浸漬させた。
さらに、容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れて熱処理を行なった。最初に容器を120℃に5分間放置してn−ブタノールを気化させ、試料の表面にアセチルアセトン鉄を吸着させた。次に10℃/
分の昇温速度で120℃から330℃まで昇温し、330℃に10分間放置して、アセチルアセトン鉄をアセチルアセトンと酸化鉄FeOに熱分解した。この後、330℃から1℃/
分の昇温速度で430℃まで昇温し、430℃に30分間放置して、熱分解で生成された酸化鉄FeOを酸化させた。この後、試料を取り出した。
次に前記した条件で製作した試料について、29段落と同様の観察と分析とを行ない、試料の表面に40−60nmの大きさからなるマグへマイトの粒状微粒子が10層前後を形成して磁気吸着している事実を確認した。これらの結果から、前記した条件でアセチルアセトン鉄を大気中で熱処理することで、試料の表面にマグへマイトからなる粒状微粒子が多層構造をなして磁気吸着することが確認できた。
さらに、前記した条件で製作した試料について、27段落で説明した表1に示す各種試験を行った。いずれの試験においても、試験後の試料の表面に変色は認められず、試験前後の磁気特性に変化が認められなかった。これらの試験結果から、アセチルアセトン鉄の熱分解で生成したマグへマイトの粒状微粒子からなる多層構造は、ネオジウム磁石に対して耐食性をもたらすことが確認できた。