(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6195513
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】リモネン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 5/25 20060101AFI20170904BHJP
C07C 5/29 20060101ALI20170904BHJP
C07C 5/31 20060101ALI20170904BHJP
C07C 5/42 20060101ALI20170904BHJP
C07C 13/20 20060101ALI20170904BHJP
C07C 13/23 20060101ALI20170904BHJP
C07C 13/38 20060101ALI20170904BHJP
C07C 13/42 20060101ALI20170904BHJP
C07C 15/02 20060101ALI20170904BHJP
C07C 15/44 20060101ALI20170904BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20170904BHJP
C07C 49/603 20060101ALI20170904BHJP
C07C 49/647 20060101ALI20170904BHJP
C07C 45/28 20060101ALI20170904BHJP
C07C 29/04 20060101ALI20170904BHJP
C07C 35/17 20060101ALI20170904BHJP
C07C 35/18 20060101ALI20170904BHJP
C07C 37/06 20060101ALI20170904BHJP
C07C 37/50 20060101ALI20170904BHJP
C07C 39/06 20060101ALI20170904BHJP
C07C 39/07 20060101ALI20170904BHJP
C07C 49/76 20060101ALI20170904BHJP
C07C 67/00 20060101ALI20170904BHJP
C07C 69/24 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
C07C5/25
C07C5/29
C07C5/31
C07C5/42
C07C13/20
C07C13/23
C07C13/38
C07C13/42
C07C15/02
C07C15/44
A23L33/105
C07C49/603
C07C49/647
C07C45/28
C07C29/04
C07C35/17
C07C35/18
C07C37/06
C07C37/50
C07C39/06
C07C39/07
C07C49/76 A
C07C67/00
C07C69/24
【請求項の数】11
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-251378(P2013-251378)
(22)【出願日】2013年12月4日
(65)【公開番号】特開2015-107932(P2015-107932A)
(43)【公開日】2015年6月11日
【審査請求日】2016年12月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】300000018
【氏名又は名称】株式会社 アスキー
(74)【代理人】
【識別番号】100097825
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 久紀
(74)【代理人】
【識別番号】100137925
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 紀一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100158698
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 基樹
(72)【発明者】
【氏名】星野 宗広
(72)【発明者】
【氏名】田中 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】岩井 秀雄
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 理斗
(72)【発明者】
【氏名】キタイン アルマンド
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 満
【審査官】
三原 健治
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−087987(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
B09B
C08B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リモネン含有物を過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の湿式酸化処理を行う工程を含むことを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体から選ばれる少なくとも1以上を製造する方法。
【請求項2】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度150〜160℃の条件で50〜80分間の湿式酸化処理を行い、油相からリモネン異性化物及び/又はリモネン部分酸化物を分離・精製することを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物及び/又は部分酸化物を製造する方法。
【請求項3】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度180〜200℃の条件で30〜60分間の湿式酸化処理を行い、油相からリモネン異性化物を分離・精製することを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物を製造する方法。
【請求項4】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の湿式酸化処理を行い、水相から水溶性リモネン誘導体を分離・精製することを特徴とする、無触媒下で水溶性リモネン誘導体を製造する方法。
【請求項5】
反応容器が、振とう機能を有する回分式反応器であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
溶媒を容量比としてリモネン含有物の1〜20倍用いることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
リモネン含有物が、柑橘果皮から抽出されたエッセンシャルオイル及び/又は該エッセンシャルオイルからの分離物であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
リモネン含有物を過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体から選ばれる少なくとも1つへ変換する方法。
【請求項9】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜160℃の条件で50〜80分間の湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物及び/又は部分酸化物に変換する方法。
【請求項10】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度180〜200℃の条件で30〜60分間の湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物へ変換する方法。
【請求項11】
リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンを水溶性リモネン誘導体へ変換する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リモネン誘導体の製造方法等に関する。詳細には、リモネンを芳香性に優れ且つ安定したリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体などへ変換するための方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
柑橘類は果実加工品などに多く用いられているが、その果皮など未利用部分の多くは産業廃棄物として捨てられてしまう。このような廃棄物を有効活用する方法の1つとして、果皮中に含まれる精油(エッセンシャルオイル)などの有効成分を抽出し、香料成分として一般食品や健康食品(サプリメント、特定保健用食品など)、医薬品等の添加物質に利用する方法が開発されている。
【0003】
柑橘果皮からの精油等の抽出方法としては、水蒸気蒸留法や有機溶剤抽出法(ソックスレー抽出法など)等が用いられている。しかしながら、このような方法で得られた抽出物中には「リモネン(Limonene)」と呼ばれる芳香成分が多くを占めており、このリモネンの香りは微弱であって、柑橘香のベースとはなるが、個々の種を特徴づける香り成分ではないだけでなく、空気酸化され易くオフフレーバー(品質が劣化して二次的に生じる異臭、変質臭、悪変臭など)の原因となることから、リモネンは精油の保存期間延長や濃縮精油として使用しやすくする目的のため大半が除去されてきた。
【0004】
このようなリモネンなどの安定性の低い香り成分については、カプセル化により変質等を防ぐ技術(特許文献1)などが開示されているが、当業界においては、上述のような未利用廃棄物の更なる削減、さらなる有価成分取得等のためのリモネン等に関する新たな技術開発が引き続き求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−194419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、柑橘果皮などに多く含まれるリモネンを、芳香性に優れ且つ安定した組成物(リモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体など)へ変換させたものを製造するための方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究の結果、リモネン含有物を水又は過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理を行うことにより、簡便且つ効率的にリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体などを得ることができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)リモネン含有物を水又は過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理を行う工程を含むことを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体から選ばれる少なくとも1以上を製造する方法。
(2)リモネン含有物を1〜3mol/L(好ましくは2〜3mol/L)の過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度150〜160℃の条件で50〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理を行い、油相からリモネン異性化物及び/又はリモネン部分酸化物を分離・精製することを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物及び/又は部分酸化物を製造する方法。
(3)リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、温度180〜200℃の条件で30〜60分間の水熱処理又は湿式酸化処理を行い、油相からリモネン異性化物を分離・精製することを特徴とする、無触媒下でリモネン異性化物を製造する方法。
(4)リモネン含有物を水又は1〜3mol/Lの過酸化水素水(好ましくは2〜3mol/Lの過酸化水素水)とともに反応容器に入れ、温度150〜200℃の条件で10〜80分間(好ましくは30〜80分間)の水熱処理又は湿式酸化処理を行い、水相から水溶性リモネン誘導体を分離・精製することを特徴とする、無触媒下で水溶性リモネン誘導体を製造する方法。
(5)反応容器が、振とう機能を有する回分式反応器(振とう式回分式反応器)であることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)溶媒(水又は過酸化水素水)を容量比としてリモネン含有物の1〜20倍(好ましくは2〜10倍)用いることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の方法。
(7)リモネン含有物が、柑橘果皮から抽出されたエッセンシャルオイル及び/又は該エッセンシャルオイルからの分離物であることを特徴とする、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法。
【0009】
(8)リモネン含有物を水又は過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体から選ばれる少なくとも1つへ変換する方法。
(9)リモネン含有物を1〜3mol/L(好ましくは2〜3mol/L)の過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜160℃の条件で50〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物及び/又は部分酸化物に変換する方法。
(10)リモネン含有物を1〜3mol/Lの過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度180〜200℃の条件で30〜60分間の水熱処理又は湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンをリモネン異性化物へ変換する方法。
(11)リモネン含有物を水又は1〜3mol/Lの過酸化水素水(好ましくは2〜3mol/Lの過酸化水素水)とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間(好ましくは30〜80分間)の水熱処理又は湿式酸化処理をすることを特徴とする、リモネンを水溶性リモネン誘導体へ変換する方法。
(12)反応容器が、振とう機能を有する回分式反応器(振とう式回分式反応器)であることを特徴とする、(8)〜(11)のいずれか1つに記載の方法。
(13)溶媒(水又は過酸化水素水)を容量比としてリモネン含有物の1〜20倍(好ましくは2〜10倍)用いることを特徴とする、(8)〜(12)のいずれか1つに記載の方法。
(14)リモネン含有物が、柑橘果皮から抽出されたエッセンシャルオイル及び/又は該エッセンシャルオイルからの分離物であることを特徴とする、(8)〜(12)のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、柑橘果皮などに多く含まれるが安定性などに難があり利用しにくかったリモネンから、反応触媒を用いることなく、簡便且つ効率的に安定なリモネン誘導体(リモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体など)を得ることができる。そして、得られたリモネン誘導体は芳香性が高く、安定性も高く、より有価な成分となっており、さらに水溶性リモネン誘導体は、精油などでは利用しにくかった水基材の食品、化粧品等への利用が容易に可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】リモネンの湿式酸化処理において、反応温度200℃における、溶媒(過酸化水素水)の濃度及び反応時間と、その条件での反応生成物をまとめたグラフを表す。なお、縦軸は反応液油相中の各成分の組成(上からリモネン分解物、リモネン部分酸化物、リモネン異性化物、リモネンの順)を示し、横軸は反応条件を示す。
【
図2】リモネンの湿式酸化処理において、反応温度150℃における、溶媒(過酸化水素水)の濃度及び反応時間と、その条件での反応生成物をまとめたグラフを表す。なお、縦軸は反応液油相中の各成分の組成(上からリモネン分解物、リモネン部分酸化物、リモネン異性化物、リモネンの順)を示し、横軸は反応条件を示す。
【
図3】反応温度200℃、反応時間50分間、過酸化水素濃度2.0mol/Lの条件でリモネンを湿式酸化処理した場合の、油相中の成分のGC/MSクロマトグラムを表す。なお、図中の成分1は1−methyl−4−(1−methylethylidene)−Cyclohexene、成分2は1,7,7−trimethyl−Bicyclo[2,2,1]hept−2−ene、成分3はα−phellandrene、成分4は1−methyl−2−[1−methylethyl]−Benzene、成分5はLimonene、成分6は4−methylene−1−[1−methylethyl]−Bicyclo[3.1.0]hexane、成分7は3−Carene、成分8は4−methyl−1−(1−methylethenyl)−Cyclohexene、成分9は1−methyl−4−(1−methylethyl)−1,3−Cyclohexadiene、成分10は2,4−dimethyl−1−(1−methylethyl)−Benzene、成分11は1−(4−methylphenyl)−Ethanone、成分12は6−methyl−3−(1−methylethyl)−2−Cyclohexen−1−one、成分13は2−methyl−5−(1−methylethyl)−Phenol or thymolを示す。
【
図4】反応温度150℃、反応時間50分間、過酸化水素濃度3.0mol/Lの条件でリモネンを湿式酸化処理した場合の、油相中の成分のGC/MSクロマトグラムを表す。なお、図中の成分1はα−phellandrene、成分2は1−methyl−4−(1−methylethyl)−7−Oxabicyclo[2,2,1]heptane、成分3は(+)−2−carene、成分4は1−methyl−2−[1−methylethyl]−Benzene、成分5はLimonene、成分6はEucalyptol、成分7は1−methyl−4−(1−methylethyl)−1,4−Cyclohexadiene、成分8は4−methyl−Phenol、成分9は1−methyl−4−(1−methylethylidene)−Cyclohexene、成分10は1−methyl−4−(1−methylethenyl)−Benzene、成分11は1−methyl−4−(1−methylethyl)−3−Cyclohexen−1−ol、成分12は1−methyl−4−(1−methylethenyl)−Cyclohexanol、成分13は4−methyl−1−(1−methylethyl)−3−Cyclohexen−1−ol、成分14は1−(4−methylphenyl)−Ethanone、成分15はLinalyl propanoate、成分16はγ−Terpineol、成分17は2−methyl−5−(1−methylethenyl)−2−Cyclohexen−1−one、成分18は6−methyl−3−(1−methylethyl)−2−Cyclohexen−1−oneを示す。
【
図5】リモネンの水熱処理及び湿式酸化処理において、各種条件における水相中の水溶性産物(有機体炭素)濃度を表す。なお、縦軸は水溶性産物の全成分中の割合(%:ppm/ppm)、横軸は反応時間(分)を示し、グラフ中、菱形記号は2mol/Lの過酸化水素水を溶媒とした200℃の条件での結果、白四角記号は2mol/Lの過酸化水素水を溶媒とした150℃の条件での結果、黒三角記号は1mol/Lの過酸化水素水を溶媒とした200℃の条件での結果、×記号は1mol/Lの過酸化水素水を溶媒とした150℃の条件での結果、米記号は蒸留水を溶媒とした200℃の条件での結果、黒丸記号は蒸留水を溶媒とした150℃の条件での結果を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明では、リモネン誘導体を得るための原料としてリモネン含有物を使用する。ここで、本発明においてリモネン誘導体とは、酸化、置換等の化学反応によりリモネン分子内の一部が変化した化合物を意味し、リモネン部分酸化物、リモネン異性化物、水溶性リモネン誘導体などが含まれる。原料となるリモネン含有物は、例えば、柑橘果皮から水蒸気蒸留法や有機溶剤抽出法などにより抽出して得られる精油(エッセンシャルオイル)から分離、精製されたもの(分離物)が好ましい態様として例示されるが、これに限定されるものではなく、リモネンを含有する液状物(未精製の精油等)や固形物などを広く使用することができる。
【0013】
そして、上記リモネン含有物を溶媒とともに反応容器に封入して水熱処理(高温高圧水による処理)又は湿式酸化処理(高温高圧下で液相を保持した状態での酸化処理)による反応を行う。溶媒は、水又は過酸化水素水を用い、過酸化水素水を用いる場合には1〜3mol/L(好ましくは2〜3mol/L)の濃度のものを用いるのが好適である。また、溶媒の使用量は、リモネン含有物の1〜20倍量(容量比)が例示され、特に、2〜10倍量が好ましい。
【0014】
なお、本発明においては、反応系中に金属などの反応触媒が全く必要ないこと(無触媒下で反応を行うこと)が大きな特徴であり、さらに、リモネン含有物と溶媒(水又は過酸化水素水)以外に添加が必要な成分(塩基性物質、イオン性物質など)もなく、また、リモネン含有物と溶媒を混合した後、反応前にpH調整や濾過などの特段の前処理も必要ないことも特徴である。
【0015】
反応容器は、密封でき且つ所定の加熱加圧条件に耐えうるものであれば特段限定されないが、一定時間混合しながら反応できる金属製のものが好ましく、例えば、振とう機能を有する回分式(バッチ式)反応器(振とう式回分式反応器)、ミキサーを備えた連続式混合槽、流通式連続反応装置など様々な形状のものが適用可能な反応容器として例示される。
【0016】
そして、水熱処理又は湿式酸化処理の反応条件は、温度150〜200℃の条件となるように加圧加熱し、10〜80分間程度反応を行う。なお、リモネン部分酸化物を多く得る場合には1〜3mol/L(好ましくは2〜3mol/L)の過酸化水素水を用い温度150〜160℃、50〜80分間の条件、リモネン異性化物を選択的に得る場合には1〜3mol/Lの過酸化水素水を用い温度180〜200℃、30〜60分間の条件、水溶性リモネン誘導体を多く得る場合には水又は1〜3mol/L(好ましくは2〜3mol/L)の過酸化水素水を用い温度150〜200℃、10〜80分間(好ましくは30〜80分間)の条件がより好適である。
【0017】
このような条件での処理後、公知の方法により油相と水相を分離して必要成分をそれぞれの相から単離する。なお、油相中にはリモネン部分酸化物、リモネン異性化物の大部分が、水相中には水溶性リモネン誘導体の大部分が含まれる。
【0018】
なお、得られたリモネン部分酸化物、リモネン異性化物、及び水溶性リモネン誘導体等は、芳香性に優れ、安定性も高いものであり、特に水溶性リモネン誘導体は、水に溶けるというリモネンにはない特徴を有しており、これらは極めて有価な成分である。
【0019】
このようにして、リモネン含有物に所定の溶媒を加えて水熱処理又は湿式酸化処理を行うだけで、特段の反応前処理をすることなく、特別な添加剤も必要なく、さらには特別な反応触媒も用いず、リモネンから有価成分であるリモネン部分酸化物、リモネン異性化物、水溶性リモネン誘導体などを簡便且つ効率的に得ることができる。
【0020】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内においてこれらの様々な変形が可能である。
【実施例】
【0021】
リモネン含有液の水熱処理又は湿式加熱処理による反応生成物の確認をするため、下記のような試験を行った。
【0022】
まず、柑橘果皮より抽出・精製して得られたリモネン含有オイルと、溶媒(水又は過酸化水素水)を振とう式回分式反応器(内容積:8.8mL、材質:ステンレス鋼SUS316)に入れ、反応を行った。なお、反応温度、反応時間、リモネン含有オイル仕込量、溶媒量は次の条件で行った。
【0023】
反応温度:150℃、175℃、200℃の3条件
反応時間:10−80分間の間で数条件
リモネン含有オイル仕込量:0.43ml又は2.55ml
溶媒量:4.58ml
(過酸化水素水濃度:0.0mol/L(蒸留水)、1.0mol/L、2.0mol/L、3.0mol/Lの4条件)
【0024】
また、処理後の反応器内容物は、油相と水相を分液後、油相についてはGC/MS分析装置により定性分析を行い、水相については有機体炭素(TOC)分析計による水相中の有機体炭素濃度を測定した。
【0025】
なお、200℃および150℃の温度条件において、反応時間及び過酸化水素濃度を変えた湿式酸化処理の各試験により得られた油相中の生成物を、リモネン分解物(degradation products)、リモネン部分酸化物(oxidized products)、リモネン異性化物(isomers)、及び、リモネン(Limonene)に分類して含有割合を整理した結果を、
図1(200℃)、
図2(150℃)にそれぞれ示した。
【0026】
これらの結果から、温度200℃での湿式酸化処理では、油相中にリモネン異性化物が高選択的に存在し、特に、過酸化水素濃度2.0mol/L、反応時間50minではほぼ100%リモネン異性化物であること、及び、温度150℃、過酸化水素濃度2.0〜3.0mol/Lでの湿式酸化処理では、リモネン消費率50〜60%程度に対し、リモネン部分酸化物10%程度、リモネン異性化物35〜45%程度、リモネン分解物5%程度存在し、リモネン部分酸化物の生成選択性が増大することが明らかとなった。
【0027】
さらに、油相中に存在する組成物は、GC−MSクロマトグラムに関するデータベース検索により合致するか否かを判定することにより成分を特定した。代表的な事例として、最もリモネン消費率が高い条件(温度200℃、反応時間50分間、過酸化水素水濃度2.0mol/L)下での油相生成物中の定性分析結果を
図3に、最も生成油中の含酸素化合物の割合が高い条件(温度150℃、反応時間50分間、過酸化水素水濃度3.0mol/L)下での油相生成物中の定性分析結果を
図4に示す。
【0028】
一方、水相中の有機体炭素濃度は、
図5に示すように、過酸化水素濃度が高いほど高値を有した。これは、リモネンおよびその改質中間体が過酸化水素水との反応により、ヒドロキシル基が付加し、水溶化したものと推測することができる。これらOH基含有化合物の一部は化学構造中に疎水部を有するため、油相生成物のGC−MSクロマトグラムでの検出されたものと推察できる。また、含酸素化合物は、処理時間を長くすることにより、脱水反応が生起し、炭化水素系化合物(リモネン異性化物)へと転換すると考えられ、その結果、水相中の有機体炭素濃度が低減され、所望の芳香性および揮発性を有する精油成分の回収量増大が可能となった。
【0029】
以上より、リモネン含有液を水又は所要の濃度の過酸化水素水とともに無触媒下で水熱処理又は湿式酸化処理するのみで各種リモネン誘導体を得られること、及び、その条件設定を変えることによりリモネン異性化物を多く取得したり、水溶性リモネン誘導体を多く取得することができることが明らかとなった。なお、水溶性のリモネン誘導体の生成量が増大する条件で得られた水相には、「アロマウォーター」としての利用価値があり、これを基材とする化粧品、芳香剤のほか、医療分野への応用展開も可能になると見込まれる。
【0030】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0031】
本発明は、柑橘果皮などに多く含まれるリモネンを、芳香性に優れ且つ安定した組成物(リモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体など)へ変換させたものを製造するための方法等を提供することを目的とする。
【0032】
そして、リモネン含有物を水又は過酸化水素水とともに反応容器に入れ、無触媒下で、温度150〜200℃の条件で10〜80分間の水熱処理又は湿式酸化処理を行うこと、特に、リモネン部分酸化物を多く得る場合には1〜3mol/Lの過酸化水素水を用い温度150〜160℃、50〜80分間の条件、リモネン異性化物を選択的に得る場合には1〜3mol/Lの過酸化水素水を用い温度180〜200℃、30〜60分間の条件、水溶性リモネン誘導体を多く得る場合には水又は1〜3mol/Lの過酸化水素水を用い温度150〜200℃、10〜80分間の条件で処理を行うことで、簡便且つ効率的にリモネン異性化物、リモネン部分酸化物、水溶性リモネン誘導体などを得ることができる。