(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6195850
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】人体組織の微小石灰化の複数の異なるタイプの非侵襲的分類システム
(51)【国際特許分類】
A61B 6/00 20060101AFI20170904BHJP
【FI】
A61B6/00 330Z
A61B6/00 350A
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-558057(P2014-558057)
(86)(22)【出願日】2013年2月7日
(65)【公表番号】特表2015-507984(P2015-507984A)
(43)【公表日】2015年3月16日
(86)【国際出願番号】EP2013052451
(87)【国際公開番号】WO2013124164
(87)【国際公開日】20130829
【審査請求日】2016年1月15日
(31)【優先権主張番号】12156853.9
(32)【優先日】2012年2月24日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501494414
【氏名又は名称】パウル・シェラー・インスティトゥート
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100099483
【弁理士】
【氏名又は名称】久野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】マルコ スタンパノーニ
(72)【発明者】
【氏名】ジェンティアン ワン
【審査官】
増渕 俊仁
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第06054712(US,A)
【文献】
特表2009−538156(JP,A)
【文献】
特開2004−253369(JP,A)
【文献】
特開2011−224329(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/128335(WO,A1)
【文献】
MIKLOS Z KISS, et al.,IMPROVED IMAGE CONTRAST OF CALCIFICATIONS 以下省略,PHYSICS IN MEDICINE AND BIOLOGY,英国,INSTITUTE OF PHYSICS PUBLISHING,2004年 8月 7日,V49 N15,P3427-3439
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 6/00−6/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体組織内の微細石灰化の吸収信号と小角散乱信号とを併用した、当該微細石灰化の複数の異なるタイプの非侵襲的分類システムであって、
a)回折格子ベースの干渉法またはアナライザ結晶ベースの撮影法またはコーデッドアパーチャ撮影法に基づくX線検査等の、吸収信号および小角散乱信号を記録するための装置と、
b)少なくとも1対の微細石灰化の分析を行うように構成された信号処理手段と
を有し、
前記分析は、異なるタイプの微細石灰化は逆の吸収信号および小角散乱信号を有するという認識に基づく、すなわち、一方のタイプは他方のタイプよりも弱い吸収信号を出すが、当該他方のタイプよりも強い小角散乱信号を出し、またはその逆であるという認識に基づく
ことを特徴とする、非侵襲的分類システム。
【請求項2】
微細石灰化の対に信号対(t1,t2)を対応付け、
ここで、t1,t2⊂{+,−}であり、t1およびt2はそれぞれ、前記吸収信号の相対信号強度および前記小角散乱信号の相対信号強度を表し、「+」はその信号の方が強いことを意味し、「−」はその信号の方が弱いことを意味し、
前記信号処理手段に含まれる評価モジュールが、2つの前記信号対が(+,−)および(−,+)の組合せを成すか否かを判別することにより、当該2つの各信号対がそれぞれ異なる微細石灰化タイプに分類されるか否かを判定し、符号が(−,+)である微細石灰化がタイプIの微細石灰化である蓋然性が高く、(+,−)は、タイプ II の微細石灰化である蓋然性の方が高いと認められることを示唆する、
請求項1記載の非侵襲的分類システム。
【請求項3】
データ処理手段は、前記微細石灰化の前記吸収信号と前記小角散乱信号との比rを使用して厚さパラメータを取り出し、微細石灰化のタイプIおよび IIを特定するように構成されており、
ここで、
【数1】
であり、
ACは前記吸収信号であり、かつ、
【数2】
であり、
SCは前記小角散乱信号であり、かつ、
【数3】
であり、
Lは標本の厚さであり、
μは減衰係数であり、
Sは一般化された散乱パラメータであり、
cは、装置の幾何学的条件とシステムパラメータとにより決定される定数であり、
さらに、
であるか否かを判別する、予め定められた閾値tが用いられる、
請求項1または2記載の非侵襲的分類システム。
【請求項4】
信号データが(マルチモダリティ)コンピュータ断層撮影により求められる場合、前記データ処理手段は吸収情報および散乱情報の投影像から当該吸収情報および小角散乱情報の断層画像を再構成し、前記減衰係数μおよび前記一般化された散乱パラメータSを直接求め、さらに、前記微細石灰化の2つのタイプでは前記2つの信号は逆である、
請求項3記載の非侵襲的分類システム。
【請求項5】
標本から定量的X線像を得るために前記吸収信号および小角散乱信号をX線用の装置から、とりわけ硬X線用の装置から受け取り、
前記装置は、
a.X線源と、
b.G0,G1およびG2との名称の3つの回折格子、または、G1およびG2との名称の少なくとも2つの回折格子と、
c.検出感度が空間的変調される、複数の個別のピクセルを有する位置感度検出器と、
d.前記検出器の画像を記録するための手段と、
e.吸収優位ピクセルとして、または微分位相コントラスト優位ピクセルとして、またはX線散乱優位ピクセルとして各ピクセルごとに撮影対象の特性を識別するため、複数の前記画像の各ピクセルの強度を評価するように構成された評価モジュールと
を有し、
f.0からπまで、または0から2πまで、連続的または離散的に前記標本を回転させるか、または当該標本に対して前記装置および前記線源を回転させながら、複数の前記画像を収集する、
請求項1から3までのいずれか1項記載の非侵襲的分類システム。
【請求項6】
前記非侵襲的分類システムは、いわゆる「近接場方式」または「タルボ方式」で動作する、
請求項5記載の非侵襲的分類システム。
【請求項7】
G1は、低吸収性の回折格子であるが相当量のX線位相シフトを生成する位相型回折格子、または、吸収型回折格子のいずれかである線状回折格子であり、
前記位相シフトは有利にはπまたはπの奇数倍であり、
G2は、G1の自己像の周期と等しい周期を有する、X線吸収コントラストが高い線状回折格子であり、
G2は前記検出器の前面の近傍に配置され、かつ、G2の線がG1の線と平行になるように配置されている、
請求項5または6記載の非侵襲的分類システム。
【請求項8】
近接場方式動作の場合、前記回折格子相互間の距離は当該方式の範囲内で自由に選択され、
タルボ方式の場合には、前記距離は以下の数式にしたがって選択されており、
【数4】
ここで、
n=1,3,5・・・であり、かつ、
【数5】
であり、
l=1,2,3・・・であり、
D
nは、平行X線ビームを用いる場合の奇数の分数タルボ距離であるのに対し、D
n,sphは、扇形または円錐形のX線ビームを用いる場合の奇数の分数タルボ距離であり、
Lは前記線源と前記G1との間の距離である、
請求項6または7記載の非侵襲的分類システム。
【請求項9】
いずれか1つの前記回折格子G0,G1またはG2を他の前記回折格子に対して相対的に移動させることにより位相ステッピングを行う、
請求項5から8までのいずれか1項記載の非侵襲的分類システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体組織の微小石灰化の複数の異なるタイプの非侵襲的分類システムに関する。
【0002】
乳がんは、女性で最も多いがんであり、がんによる死因で2番目に多い。診療に関する国際的な標準規格は厳格に遵守されておらず、常に最適な診断および治療処置を施せたならば、欧州における乳がんによる全死亡の35%は回避できた可能性があると推定される。
【0003】
現在のマンモグラフィの最高水準は、吸収型のX線撮影法である。マンモグラフィ像に微細石灰化が存在することが、診断上特に有意である重要な特徴である。乳房組織中にて見つかる微細石灰化には主に2つのタイプがあり、これらは良性および悪性の乳房病変と相関関係にあると考えられている。タイプIの微細石灰化は無水蓚酸カルシウム(CaC
2O
4・2H
2O)から成り、タイプ II は燐酸カルシウムから、主にカルシウムヒドロキシアパタイト(Ca
5(PO
4)
3(OH))により構成される。光学顕微鏡を用いて病理学的に調べると、タイプIの微細石灰化は琥珀色、薄黄色、部分透明性であり、偏光を当てられると複屈折特性を示す結晶構造を有するのが観察される。タイプ II の微細石灰化は非結晶質であり、一般的には卵形または紡錘形であり、灰白色であり、かつ、偏光を当てられても複屈折性を示さない。
【0004】
タイプIの微細石灰化は良性の乳管嚢胞において最も多く見られ、癌病巣において発見されるのは稀であるのに対し、タイプ II は、癌も含めて増殖性病変において最も多く見られる。タイプIの微細石灰化が存在することは、病変部が良性であるか、せいぜい非侵襲性小葉癌であることを強く示唆することが確認されている。したがって、これらのタイプを区別できれば、乳房の病変の特性を見分け、さらに、早期の乳がん診断を改善するのに非常に役立つ。これらのタイプの区別は、乳房撮影段階において判定することができ、生検率を低下させることができる。
【0005】
これら2つの微細石灰化タイプを種々の手法で区別する努力が払われてきた。これら種々の手法は、侵襲的手法と非侵襲的手法とに分けることができる。非侵襲的手法は、通常のマンモグラフィ像を解析することによりその目的を果たそうとするものであり、マンモグラフィにより検出された微細石灰化の形状、寸法、個数および凹凸等の形態的パラメータを相関付けようとする手法である。このようなアルゴリズムは、たとえばマンモグラフィ像の背景が暗いこと、石灰斑の密度が低いこと、石灰化の密集集簇化等の問題をはらんでいる。その上、形態的情報は特効性をもつものではないので、上述のアルゴリズムは特定の患者やマンモグラフィ像に限定され、臨床現場での診断では信頼性があるとは考えられていない。
【0006】
より正確な手法として、ラマン分光分析法を用いる手法がある。ラマン分光分析法は、光と物質との間のエネルギー交換に基づく技術であり、これにより得られるラマンスペクトルは化学物質固有であるため、この技術は微細石灰化タイプを特定することができる。その結果、このラマン分光分析法は、感度については88%に達し、良性の乳管に生じた微細石灰化と悪性の乳管に生じた微細石灰化との区別における特異性については93%に達することが示されている。
【0007】
マンモグラフィ方式の手法は非侵襲的であり、臨床現場にて用いることができるが、その信頼性は低い。その理由は、マンモグラフィ方式の手法がX線吸収情報のみでは微細石灰化の化学的組成や構造を特定できないという点にある。形態的情報は、患者それぞれが異なることと、感染の病巣の周囲とにより限定される。ラマン分光分析法の感度および特異性は比較的高いが、これは侵襲的手法であり、分析のためには生体外標本を準備しなければならず、このことにより、早期の診断目的での適用性が制限される。
【0008】
他の高信頼性の手法として、光学顕微鏡を用いたHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色法等の組織病理学手法がある。上述の2つのタイプの微細石灰化は、偏光を当てられるとそれぞれ異なる複屈折特性を示し、タイプIは複屈折性となるのが観察され、タイプ II は非複屈折性となる。しかし、この病理学的手法もまた侵襲的手法であるから、ラマン分光分析方式の上述の手法と同じ欠点を有する。
【0009】
それゆえ本発明の課題は、人体組織内の微細石灰化の複数の異なるタイプの非侵襲的分類システムであって、乳房撮影段階において微細石灰化の2つの前記タイプを区別することができ、かつ、形態的情報だけでなく、微細石灰化の内部の化学物質または構造を表現することができる、非侵襲的分類システムを実現することである。
【0010】
前記課題は本発明では、人体組織内の微細石灰化の吸収信号と小角散乱信号とを併用した、当該微細石灰化の複数の異なるタイプの非侵襲的分類システムであって、
a)回折格子ベースの干渉法またはアナライザ結晶ベースの撮影法またはコーデッドアパーチャ撮影法に基づくX線検査等の、吸収信号および小角散乱信号を記録するための装置と、
b)少なくとも1対の微細石灰化の分析を行うように構成された信号処理手段と
を有し、
前記分析は、異なるタイプの微細石灰化は逆の吸収信号および小角散乱信号を有するという認識に基づく、すなわち、一方のタイプは他方のタイプよりも弱い吸収信号を出すが、当該他方のタイプよりも強い小角散乱信号を出し、またはその逆であるという認識に基づく
ことを特徴とする、非侵襲的分類システムにより解決される。
【0011】
したがって本発明のシステムは、X線像においてこれら2つのタイプの(微細)石灰化が逆の吸収信号および小角散乱信号を示すという事実を利用したものである。乳房組織の前記2つの信号を同時に記録する上述の撮影システム(たとえば、WO 2012/000694 A1 または WO 2010/089319 A1 に記載されたX線回折格子干渉計)は、微細石灰化タイプを一義的に特定するために用いられる。本発明はマンモグラフィにおいて、早期の乳房ガン診断を改善するため、診断精度を向上させるため、かつ、生検率を低下させるために用いられる。
【0012】
前記システムの1つの有利な実施形態では、前記信号処理手段は微細石灰化の対に信号対(t
1,t
2)を対応付ける。ここで、t
1,t
2⊂{+,−}であり、t
1およびt
2はそれぞれ、吸収信号の相対信号強度および小角散乱信号の相対信号強度を表し、「+」はその信号の方が強いことを意味し、「−」はその信号の方が弱いことを意味する。また、前記信号処理手段に含まれる評価モジュールが、2つの信号対が(+,−)および(+,−)の組合せを成すか否かを判別することにより、当該2つの各信号対がそれぞれ異なる微細石灰化タイプであるか否かを判定する。その際には、符号が(−,+)である微細石灰化が微細石灰化タイプIに分類されるものである蓋然性が高く、(+,−)は、当該微細石灰化が微細石灰化タイプ II に分類されるものである蓋然性の方が高いと認められることを示唆する。
【0013】
本発明の精度およびロバスト性に関する性能を拡大するために、1実施形態では前記データ処理手段が、微細石灰化の吸収信号と小角散乱信号との比rを用いて厚さパラメータを取り出し、微細石灰化のタイプIおよび II を判別する。ここでは、
【数1】
であり、
ACは吸収信号であり、かつ
【数2】
であり、
SCは小角散乱信号であり、かつ
【数3】
である。ここで、Lは標本の厚さであり、μは減衰係数であり、Sは一般化された散乱パラメータであり、cは、装置の幾何学的条件およびシステムパラメータにより決定される定数である。さらに、
【数4】
を判別する、予め規定された閾値tも使用する。
【0014】
他の1つの有利な実施形態では、‐信号データを(マルチモダリティ)コンピュータ断層撮影により求める構成において‐前記データ処理手段は前記吸収信号および前記散乱信号の投影像からこれらの断層画像を再構成し、前記減衰係数μおよび一般化散乱パラメータSを直接求め、さらに、2つの微細石灰化タイプでは前記2つの信号は逆になる。
【0015】
装置に関しては、他の1つの有利な実施形態ではX線干渉計設備を設け、標本から定量的X線像を得るために前記吸収信号および小角散乱信号をX線装置から、とりわけ硬X線装置から受け取り、
前記装置は、
a.X線源と、
b.G0,G1およびG2との名称の3つの回折格子、または、G1およびG2との名称の少なくとも2つの回折格子と、
c.検出感度が空間的変調される、複数の個別ピクセルを有する位置検出器と、
d.検出器の画像を記録するための手段と、
e.吸収優位ピクセルとして、または微分位相コントラスト優位ピクセルとして、またはX線散乱優位ピクセルとして各ピクセルごとに撮影対象の特性を識別するため、画像列の各ピクセルの強度を評価するように構成された評価モジュールと
を有し、
f.0からπまで、または0から2πまで、連続的または離散的に前記標本を回転させるか、または当該標本に対して前記装置および前記線源を相対回転させながら、前記画像列を収集する。
【0016】
有利には上述の装置は、いわゆる「近接場方式」または「タルボ方式」で動作することができる。
【0017】
以下、X線干渉計装置の有利な詳細構成を挙げる。回折格子G1を、低吸収性の回折格子であるが相当量のX線位相シフトを生成する位相型回折格子、または、吸収型回折格子のいずれかである線状回折格子とし、前記位相シフトは有利にはπまたは当該πの奇数倍であり、前記回折格子G2は、前記回折格子G1の自己像の周期と等しい周期を有する、X線吸収コントラストが高い線状回折格子であり、当該回折格子G2は検出器の前面の近傍に配置され、かつ、当該回折格子G2の線が前記回折格子G1の線と平行になるように配置されている。
【0018】
近接場方式の動作の場合、回折格子相互間の距離は当該方式の範囲内であれば自由に選択することができ、タルボ方式の場合には当該距離は、以下の数式にしたがって選択することができる:
【数5】
ここで、n=1,3,5・・・であり、かつ、
【数6】
ここで、l=1,2,3・・・であり、D
nは、平行X線ビームを用いる場合の奇数の分数タルボ距離であるのに対し、D
n,sphは、扇形または円錐形のX線ビームを用いる場合の奇数の分数タルボ距離であり、LはX線源と回折格子G1との間の距離である。
【0019】
上述のX線干渉計装置は、1つの回折格子G0,G1またはG2を他の回折格子に対して移動させることにより位相ステッピングを行う位相ステッピング手法で用いることができる。
【0020】
以下、図面に基づいて本発明の有利な実施形態を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】逆の吸収信号および小角散乱信号を出す2つのタイプの微細石灰化を含む乳房組織サンプルを示す図である。これらの信号は、
図2に示された回折格子干渉計により撮影されたものである。
【
図2】2つの回折格子(上図)および3つの回折格子(下図)のX線イメージング装置を示す概略図である。
【0022】
物理学的背景に関しては、単一物質によるX線の吸収はベールの法則に従うこと、つまりI=I
0e
−μtであることが周知である。ここで、μはサンプルの線形減衰係数であり、tはサンプルの厚さである。これは、従来の臨床用装置にて用いられるX線イメージングの基本的原理である。
【0023】
より一般的には、媒質中における異方性が小さく無視できる程度である場合、組織とX線との相互作用は‐X線吸収も含めて‐複素形式でn=1−δ−iβにより表すことができる。同式中δは、サンプルの屈折率の実数部の減少分であり、位相シフト特性を表すのに対し、虚数部βはサンプルの吸収特性を表す。βは、以下の関係式
β=(λ/4π)μ
により、X線の線形減衰係数μに関連づけられる。同式中、λはX線の波長である。
【0024】
さらに、サンプル中のマイクロメータ領域やナノメータ領域のいかなる不均質性も、たとえば、本発明においてターゲット物質とされている微細石灰化等も、X線フォトンを散乱させる原因となる。この前方散乱は非常に小さい角度に集中するので、この現象は小角散乱と称される。この局所的な小角散乱パワーを測定することにより、サンプルに関する重要な構造的情報を得ることができるので、この小角散乱パワー測定は、材料のキャラクタリゼーションに幅広く用いられている。
【0025】
以下、吸収コントラストを「AC」と称し、小角散乱コントラストを「SC」と称する。X線撮影では、AC信号は減衰係数の線積分であることが周知であり、SC信号は、一般化された散乱パラメータの線形積分に直接比例する:
【数7】
ここで、Lはサンプルの厚さであり、μは減衰係数であり、Sは一般化された散乱パラメータであり、cは、イメージング装置の幾何学的条件およびシステムパラメータにより決定される定数である。
【0026】
既に述べたように、微細石灰化タイプの区別を行うのに最も使いやすい手段は、乳房撮影段階において非侵襲的に当該区別を行うことである。このことは、診断プロセスと患者とに対して非常に有利である。
【0027】
たとえば現在の吸収型のマンモグラフィ等のシングルモダリティX線イメージング法では、それは不可能である。というのも、分析のために化学的組成および構造情報を得ることができず、形態的情報しか得られないからである。
【0028】
さらに、従来のマンモグラフィには2Dの制限が課される。つまり、マンモグラフィ像から微細石灰化の厚さを求めることができない。それゆえ、2つの微細石灰化タイプがそれぞれ異なる減衰係数を有するにもかかわらず、厚さを知ることができないため、これらの2タイプを分類することが依然として不可能である。
【0029】
この問題を解決するための本発明の手段は、厚さパラメータを取り出すためにもう1つ別の物理量を用いることである。理想的には、この物理量は吸収情報と共に同時に得られるようにすべきである。この要求により、異なる環境においてサンプルの撮像を行うことに起因する誤差を最大限に低減することができる。本発明にて提案するマルチモダリティイメージングシステムは、たとえば回折格子干渉計のような可能性のある手段である。
【0030】
X線イメージングにおいて微細石灰化タイプIとタイプ II とを区別することの問題は、本発明では、小角散乱信号を用いることにより解決される。小角散乱信号を吸収信号の補足として考慮することにより、本発明は、2つの最も重要な微細石灰化タイプの減衰係数差および結晶構造の差異の双方を検討するものである。
【0031】
一般化すると、タイプIおよびタイプ II は、逆の吸収信号および散乱信号を示す。具体的には、一方のタイプが出す吸収信号は他方のタイプより弱いが、小角散乱信号は強い。小角散乱信号を追加して補完的に用いることにより、タイプの判定を補助することができる。観察例を
図1に示す。
【0032】
図1は乳房組織サンプルを示しており、これは、2つのタイプの微細石灰化が逆の吸収信号および小角散乱信号を出すことを示している。これらの信号は、
図2に示された回折格子干渉計により撮影されたものである。
図1(a)は、微細石灰化を含む乳房標本の吸収像を示しており、
図1(b)は、同一標本の小角散乱像を示している。
図1(c)は、
図1(a)および1(b)の薄灰色の四角形と濃灰色の四角形とにより特定したROIの細部図である。濃灰色の四角形(右側の四角形)に囲まれた微細石灰化の吸収信号は比較的弱いが、散乱信号は比較的強いのに対し、薄灰色の四角形(左側の四角形)に囲まれた微細石灰化の吸収信号は比較的強いが、散乱信号は比較的弱い。
【0033】
具体的には、実験による観察の結果、タイプIの微細石灰化の減衰係数はタイプ II より小さい。タイプIの微細石灰化は結晶構造であるから、X線フォトンがタイプIの微細石灰化を通過すると、比較的強い屈折が生じる。たとえば
図2に示された回折格子干渉計を用いると、この屈折は、画像情報に含まれる小角散乱信号に寄与することとなる。それゆえ、厚さが等しい場合、一般的にタイプIの散乱信号の方がタイプ II より大きくなる。
【0034】
信号評価手段を詳細に見てみると、これは、特定の評価ソフトウェアを実行する汎用のワークステーションであり、この評価は、微細石灰化に2つのタイプが存在し、これら2つのタイプの微細石灰化の吸収信号および小角散乱信号が逆であることにより、これら2つのタイプを一義的に特定できるということを利用する。一例として、2つの微細石灰化(AおよびB)が存在し、これらが逆の吸収信号および散乱信号を出すと仮定する。AC_A<AC_B かつ SC_A>SC_Bであると仮定する。ここで、ACは吸収信号を意味し、SCは小角散乱信号を意味する。これは一般的な話ではない。吸収信号は一般的に、数式(1)により表すことができる。AC_A<AC_Bである場合、2つの理由が考えられる。
【0035】
1つの理由は、これら2つの微細石灰化が同一タイプであるが、Bの厚さがAの厚さより大きいというものであり、もう1つの理由は、両微細石灰化が異なる微細石灰化タイプであるというものである。これら2つの可能性は、小角散乱信号により1つに絞ることができる。前者の場合であれば、T_A<T_Bとなる。ここでTは厚さを意味する。数式(2)において小角散乱信号のパワーは厚さLと比例関係にあるから、SC_A>SC_Bになることはあり得ない。したがって、両微細石灰化は異なるタイプであると判定することができる。さらに、微細石灰化AがタイプIであり、微細石灰化Bがタイプ II である蓋然性の方が高い。
【0036】
これら2つの各微細石灰化にそれぞれ信号対(t
1,t
2)を対応付けることができ、t
1,t
2⊂{+、−}であり、t
1およびt
2はそれぞれ、吸収信号の相対信号強度および小角散乱信号の相対信号強度を表す。「+」は、この信号の方が強いことを意味し、「−」は、この信号の方が弱いことを意味する。2つの信号対が(+,−)および(−,+)の組合せを成す場合、これらは異なるタイプである。符号が(−,+)である微細石灰化の方がタイプIである蓋然性が高く、(+,−)は、微細石灰化がタイプ II である蓋然性の方が高いことを示唆する。
【0037】
厚さパラメータを取り出すためには、数式(1)および数式(2)を用いて吸収と小角散乱との比rを求める。この比rは以下の通りとなる。
【数8】
閾値tを以下のように定める:
【数9】
この閾値tは、既知の微細石灰化で実験を行うことにより、統計的に決定することができる。この閾値が、データ処理手段に含まれる評価モジュールの感度および特異性を決定した。
【0038】
本発明は、マルチモダリティコンピュータ断層撮影法に適用することも可能である。吸収信号および散乱信号の投影像からこれらの信号の断層画像を再構成することにより、
と
とを直接得ることができる。これら2つの信号もまた、2つの各微細石灰化タイプでは逆になるので、同じルールが成り立つ。
【0039】
本発明では、マルチモダリティシステムを用いて得られた吸収信号と小角散乱信号とを用いて2つの微細石灰化タイプを区別する。このマルチモダリティシステムは、直近の15年間の間に開発されてきたものであり、アナライザ結晶、回折格子およびコーデッドアパーチャに基づく技術を含む。それゆえ本発明は、これらの技術に関連する。
【0040】
臨床用に用いるためには、病院環境において良好に機能する技術が必要とされる。それゆえ、回折格子をベースとした手法が特に確実である。というのも、この手法は通常のX線管と併用されると良好に機能するからである。回折格子型の干渉計を例として本発明の実施例を説明するが、これは単なる一具体例に過ぎない。
【0041】
回折格子型のX線撮影装置は、通常の吸収コントラスト(AC)信号と、位相シフトに起因して屈折により引き起こされる位相微分コントラスト(DPC)信号と、サンプル中における不均質性による散乱に起因して生じる小角散乱コントラスト(SC)信号(暗視野信号とも称される)という3つの異なる信号を生成することができる。
【0042】
X線の偏向を記録するためには、2つの回折格子G1およびG2(
図2a)または3つの回折格子G0,G1およびG2(
図2b)を備えた装置を用いることができる。2つの回折格子を用いた構成の場合、線源は空間的コヒーレンスに関する特定の要求を満たす必要があるが、3つの回折格子の装置の場合、空間的コヒーレンスは不要である。X線源サイズがp2*l/dより大きい場合、回折格子G0が必要とされる。ここで、p2は回折格子G2の周期であり、lはX線源と回折格子G1との間の距離であり、dは回折格子G1と回折格子G2との間の距離である。したがって、非コヒーレントのX線源と共に用いるには、特にX線管と共に用いるには、3つの回折格子構成が適している。
【0043】
DPCコントラストおよびSCコントラストから通常の減衰コントラスト(AC)を分離するためには、位相ステッピング手法が用いられる。回折格子のうち1つを入射ビームに対して横方向にずらしながら、複数の画像を取得する。この1つの回折格子の変位に依存して、検出器面における各ピクセルの強度信号が振動する。この振動の平均値がACを表す。上述の振動の位相は波面位相推移に直接関連するので、DPC信号と関連する。振動の振幅は、撮像対象中におけるX線の散乱に依存するので、これによりSC信号が得られる。
【0044】
(2つまたは3つの)回折格子に対しては、幾つかのアプローチが提案および使用されている。回折格子G0(必要な場合)がX線源の最近傍にあり、これは通常、周期p0の吸収線の透過回折格子により成る。この回折格子G0は、等しい周期の線のみから放射線を放出するX線源に置き換えることができる。回折格子G1は、X線源からより下流に配置され、周期p1の線により成る。回折格子G2は前記装置の最下流にあり、これは通常、周期p2の吸収線の透過回折格子により成る。これは、等しい周期の回折格子と同様の感度を有する検出システムに置き換えることができる。
【0045】
装置は、いわゆる「近接場方式」と「タルボ方式」という2つの方式に区別することができる。これら2つの方式の明確な区別は簡単にはできない。というのも、具体的な基準は回折格子構造のデューティ比と、回折格子が吸収型であるかまたは位相シフト型であるかとに依存するからである。たとえば、吸収線を有しデューティ比が0.5である回折格子の場合、「近接場方式」の条件はd≧p
2/2λとなる。
【0046】
「近接場方式」では、格子周期p、格子間隔dおよびX線波長λは、回折作用が無視できる程度になるように選択される。この場合、どの格子もすべて、吸収線により構成しなければならない。
【0047】
「タルボ方式」では、回折格子構造による回折は相当の大きさになる。ここでは回折格子G1は、吸収型または位相シフト型である格子線により構成しなければならず、有利なのは位相シフト型である。可能な位相シフト量は複数存在し、有利にはπ/2またはその倍数である。回折格子周期は、格子間の相対距離に一致しなければならない。「タルボ方式」の構成の場合、良好なコントラストを得るためにはタルボ効果を考慮する必要がある。回折格子周期および間隔の式は、文献に記載されている。
【0048】
サンプルは大抵、回折格子G0と回折格子G1との間に配置される(または、2つの回折格子の構成の場合には、回折格子G1より上流に配置される)が、サンプルを回折格子G1と回折格子G2との間に配置するのが有利である場合もある。
【0049】
本発明は上述のいずれの実施例にも関連する。つまり、2つの回折格子の構成および3つの回折格子の構成のいずれの場合にも、また、「近接場方式」および「タルボ方式」の双方の場合にも、また、サンプルが回折格子G1の上流または下流のいずれかに設置された構成双方にも関連する。
【0050】
本願にて開示した発明はさらに、走査型システムと共に用いても、またプレーナ形の回折格子形状でも動作することができる。
【0051】
通常、「位相ステッピング」手法または他の択一的な技術を用いて強度曲線(サンプル有り/無し)を求める。検出器における各ピクセルごとに、サンプルを用いた場合の強度曲線の平均強度がI
sであり、位相がΦ
sであり、鮮明度がV
sであると定義し、サンプルを用いない場合の強度曲線の平均強度がI
hであり、位相がΦ
hであり、鮮明度がV
hであると定義すると、以下のようになる:
【数10】
【数11】
【0052】
AC信号およびSC信号の双方の有効データ範囲は[0,+∞]であるのに対し、DPCの有効データ範囲は[−π,+π]である。これらの信号をプロットして得られた画像はすべて、位置合わせが完璧になされている。
【0053】
これら複数の情報信号を生成する同様の手法として、回折強調イメージング法がある。この手法では、強度曲線に相当するものをロッキング曲線と称する。