(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6195896
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】リグノセルロース紡糸液、リグノセルロース再生繊維およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 2/00 20060101AFI20170904BHJP
【FI】
D01F2/00 Z
【請求項の数】25
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-502273(P2015-502273)
(86)(22)【出願日】2013年3月25日
(65)【公表番号】特表2015-514164(P2015-514164A)
(43)【公表日】2015年5月18日
(86)【国際出願番号】EP2013056267
(87)【国際公開番号】WO2013144082
(87)【国際公開日】20131003
【審査請求日】2016年2月29日
(31)【優先権主張番号】102012006501.9
(32)【優先日】2012年3月29日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】503306168
【氏名又は名称】フラウンホーファー・ゲゼルシャフト・ツール・フェルデルング・デア・アンゲヴァンテン・フォルシュング・エー・ファウ
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】レーマン,アンドレ
(72)【発明者】
【氏名】ボーリッシュ,イエルク
(72)【発明者】
【氏名】プロッツ,ロベルト
(72)【発明者】
【氏名】フィンク,ハンス‐ペーター
【審査官】
加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2009/0084509(US,A1)
【文献】
特開2008−248466(JP,A)
【文献】
特表2009−520846(JP,A)
【文献】
国際公開第02/048435(WO,A1)
【文献】
特表2014−518954(JP,A)
【文献】
国際公開第2006/000197(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/056924(WO,A1)
【文献】
TAO CAI,A NEW PROCESS FOR DISSOLUTION OF CELLULOSE IN LONIC LIQUIDS,POLYMER ENGINEERING & SCIENCE,2012年 3月27日,V52 N8,P1708-1714
【文献】
NING SUN,COMPOSITE FIBERS SPUN DIRECTLY FROM SOLUTIONS 以下省略,GREEN CHEMISTRY,2011年 1月 1日,V13 N5,P1158-1161
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 2/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種のイオン性液体中のリグノセルロースの溶液を含む、リグノセルロース紡糸液であって、
前記少なくとも一種のイオン性液体は、1−アルキル−3−メチルイミダゾリウム カチオンと、4〜7の炭素原子を有する本質的に疎水性のカルボン酸アニオンからなり、前記紡糸液が、少なくとも10重量%の濃度のリグノセルロースを含み、80℃で測定した際、30000Pas以下のゼロせん断粘度を有することを特徴とする、リグノセルロース紡糸液。
【請求項2】
前記カルボン酸アニオンが、周期表の15,16及び/又は17族の原子より多くの炭素原子を含むか、あるいはそれからなることを特徴とする、請求項1に記載のリグノセルロース紡糸液。
【請求項3】
前記カルボン酸アニオンが、少なくとも一つのカルボキシル基以外の親水基を含まないことを特徴とする、請求項1に記載のリグノセルロース紡糸液。
【請求項4】
前記カルボン酸アニオンが、
a)少なくとも一つのC=C二重結合を有する(特に、C4及び/又はC5カルボン酸アニオンの場合);
b)少なくともその領域で分岐している(特に、C4,C5及び/又はC6カルボン酸アニオンの場合)、及び/又は
c)少なくともその領域で環化している(特に、C6又はC7カルボン酸アニオンの場合)
ことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のリグノセルロース紡糸液。
【請求項5】
前記カルボン酸アニオンが、2,2−ジメチルプロピオン酸アニオン、2−ブテン酸アニオンおよびシクロヘキシルカルボン酸アニオンからなる群より選択されることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項6】
前記紡糸液が、リグノセルロースを10〜35重量%、好ましくは10〜30重量%の濃度で含むことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項7】
1−アルキル−3−アルキルイミダゾリウム カチオン中の1位のアルキル基が、置換もしくは非置換C1−C6アルキル基、もしくはアリール基であり、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、アリル、ベンジル、イミダゾリル、メトキシメチル、メトキシエチルおよびエトキシエチル、特に好ましくはエチルおよびブチルからなる群より選択されることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項8】
前記リグノセルロースは、リグノセルロースの総重量に対して、
a)少なくとも5重量%、特に好ましくは5〜35重量%の割合のリグニン;
b)少なくとも5重量%、特に好ましくは5〜35重量%の割合のヘミセルロース;及び/又は
c)少なくとも30重量%、好ましくは30〜70重量%の割合のセルロース;
を含むことを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項9】
前記リグノセルロースは、少なくとも一種の植物の木材原料、好ましくは少なくとも一種の一年生植物の又は少なくとも一種の木の、特に好ましくは、小麦、ライ麦、トウモロコシ、麻、亜麻、ポプラ及び/又はブナからなる群より選択される少なくとも一種の植物の木材原料を含むか、あるいはそれからなることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項10】
前記紡糸液が、好ましくは紡糸液の濾過によって製造された、均一で粒子を含まない紡糸液であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項11】
前記紡糸液が、80℃で測定した際、500Pas〜3000Pas,好ましくは1000Pas〜2500Pasのゼロせん断粘度を有することを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項12】
前記紡糸液が、5体積%以下、好ましくは2体積%以下、特に好ましくは1体積%以下の水を含むことを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項に記載の紡糸液。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の紡糸液を製造するための方法であって、
リグノセルロースを水及び/又は脂肪族アルコールと混合し、および、140℃以下の温度にて、5時間以内に、前記水及び/又は脂肪族アルコールの少なくとも一部を分離しながら、前記イオン性液体中に溶解する
ことを特徴とする方法。
【請求項14】
リグノセルロースからなる再生繊維を製造するためのエアギャップ紡糸法であって、以下のステップを含む方法:
a)少なくとも10重量%のリグノセルロースを少なくとも一種のイオン性液体中に含み、80℃で測定した際、30000Pas以下のゼロせん断粘度を有するリグノセルロース紡糸液を、少なくとも一つの紡糸ノズルの少なくとも一つの孔を通じて押し出し、少なくとも一つの糸を製造する;
b)前記少なくとも一つの糸を少なくとも一つのエアギャップ中で引き伸ばす;及び
c)前記少なくとも一つの糸を少なくとも一つの再生浴中で凝固させる。
【請求項15】
前記紡糸液が、60〜150℃、好ましくは80〜130℃、特に好ましくは90〜120℃の温度に設定されることを特徴とする、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
100μm以上の孔径、好ましくは100μm〜600μmの孔径を有する前記少なくとも一つの紡糸ノズルの孔を通じて前記紡糸液が押し出されることを特徴とする、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
前記少なくとも一つの糸が、少なくとも20mmの長さ、好ましくは20〜500mmの長さを有する少なくとも一つのエアギャップ中で引き伸ばされることを特徴とする、請求項14〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記少なくとも一つの糸が、2〜10、好ましくは3〜9、特に好ましくは4〜8の絞り比で引き伸ばされることを特徴とする、請求項14〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
前記少なくとも一つの糸が、水、高分子溶媒、イオン性液体および脂肪族C1−C8アルコールからなる群より選択される液体を含むかあるいはそれからなる少なくとも一つの再生浴中で凝固されることを特徴とする、請求項14〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
前記少なくとも一つの再生浴中での凝固後、前記少なくとも一つの糸は、さらなるステップにおいて、好ましくは少なくとも80℃の温度で、特に好ましくは少なくとも100℃の温度で乾燥されることを特徴とする、請求項14〜19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記少なくとも一つの糸が、少なくとも一つの紡糸油で仕上げ加工され、この際、前記少なくとも一つの糸は、好ましくは、再生浴中での前記少なくとも一つの糸の凝固後及び/又は前記少なくとも一つの糸の乾燥後に、少なくとも一つの紡糸油で仕上げ加工されることを特徴とする、請求項14〜20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記紡糸液は、80℃で測定した際、500Pas〜3000Pas、好ましくは1000Pas〜2500Pasのゼロせん断粘度を有することを特徴とする、請求項14〜21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
ステップa)の前に、紡糸液の均質化および紡糸液からの粒子の除去が、好ましくは紡糸液の濾過によって行われることを特徴とする、請求項14〜22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
請求項1〜14のいずれか1項に記載のリグノセルロース紡糸液が使用されることを特徴とする、請求項14〜23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
織物繊維としての、及び/又は熱可塑性プラスチック材料を含むコンポジットのための強化繊維としての、請求項14〜24のいずれか1項に記載の方法によって製造された再生繊維の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース紡糸液、リグノセルロースからなる再生繊維、およびその製造方法に関する。本発明に係る方法によって、初めて、リグニンやヘミセルロースのようなセルロース付着物質を分離するための化学的分離法を予め行うことなく、または、原料の熱機械的前処理を行うことなく、繊維を形成するためにリグノセルロースを処理することができる。本発明の主題は、種々の起源のリグノセルロースのための溶媒として、特に適合するイミダゾールタイプのイオン性液体を使用することである。それから製造されたほぼ均一な紡糸液から、工業用のセルロース紡糸法で得られたものに匹敵する機械的パラメータを有する安定したフィラメントが、工業用の紡糸装置を使用して製造できる。これによって、複雑なセルロース抽出も木材原料の熱的及び/又は化学的前処理も要求されない。
【背景技術】
【0002】
再生可能な原料からできるだけ簡単かつ経済的に製造できる製品および物質に対する需要が世界的に高まっている。特に、木材は、それが量的に最も使用されている生物由来の原料であるだけでなく、多様な応用範囲を持つ非常に複雑な天然物質でもあるため、着目されている。
【0003】
全ての利用可能な木材原料において共通するが変動する主成分セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンの組成は、異なる処理アプローチを必要とし、その最も重要なものは、今なおセルロースの分離(Kraft process, sulphite method, Kirk-Othmer, Encyclopaedia of Chemical Technology, 1996, 4
thEd., Vol.20, p.493-546)、構成材料としての使用およびたいていの場合残存物質の熱再生利用である。
【0004】
乏しくなっていく資源および適切な分離方法の開発の観点から、ヘミセルロースやリグニンも、物質の再生利用のために供給されることがますます多くなっている(Braun et al. in Carbon 2005, 43, 385-394)。しかしながら、望ましい目標は、なお、エネルギーおよび物質を消費する分離方法を回避すること、及び、可溶化された木材原料の直接的な処理である。
【0005】
20世紀の90年代以来、多くの場合100℃未満の融点を有する有機塩、いわゆるイオン性液体(IL)が溶媒として集中的に調査されてきた(M.E. Zakrzewska et al. in Energy Fuels 2010, 24 p.737-745; P. Maki-Arvela et al. in Industrial Crops and Products 2010, 32, p.175-201)。選択されたILが25%までのセルロースを溶解でき(S. Zhu et al. in Green Chem. 2006, 8, p.325-327)、および、例えばフィラメントあるいはファブリックの形成処理を可能にする一方(EP 1980653 A2, US 2008/0241536; WO 2006/000197 A1)、これは木材原料のためにはまだ達成されていないか、あるいは極めて厳しい限定付きでのみ達成される。
【0006】
そのような溶液に関する今日までのベストな結果は、ほぼ、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド(BMIMCl)または1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロリド(AMIMCl)等の塩化物ベースのIL(WO 2005/017001 A1, US 2008/0188636 A1)によってのみ達成されるが、これらは、その腐食性(HCl)のため、それに伴って必要となる大規模な工場のための費用を大幅に増加させる。
【0007】
さらに、良好な溶液は、最大で8重量%の「木材」含量への不経済な希釈に起因して頻繁にセルロースの解重合をもたらす原料の高価な前処理(マイクロウェーブ、超音波)(N. Sun in Green Chem., 30, 2009, 11, p.646-655)によって(WO 2005/017001 A1, I. Kilpelainen et al. in J. Agric. Food Chem. 2007, 55, p.9142-9148)、24時間を超える溶解時間(WO 2008/043837 A1)によって、あるいは、使用したILの再生利用を著しく困難にするPEG等の添加剤(WO 2009/105236 A1)のいずれかによって達成される。
【0008】
上述した参考文献は、リグノセルロース成分(すなわち、基本的にセルロース、ヘミセルロースおよびリグニン)を分離する代替方法を示す目的で、主に木材の可溶化に着目している。他のものは、リグノセルロースの構成成分を、単量体化合物を得るために解重合する目的を有する(WO 2007/112090A2)。
【0009】
ナイフコーティングされたフィルムを形成するための材料の開発が、US 2008/0188636 Aに示されている。モノフィラメントを形成するため、溶液からの低濃度(<5重量%)のリグノセルロース処理が、最初にSun等において記載されている(in Green Chem., 2011, 13, p.1158-1161)。そこでは1−エチル−3−メチルイミダゾリウム・アセテート(EMIMAc)が溶媒として使用されている。さらに、紡糸に適切な溶液のクオリティを得るために、リグノセルロースのアルカリ前処理が欠かせない。
【0010】
アルカリ抽出は、リグノセルロース成分の部分的な分離をもたらす。Sun等によって記載された溶液のコンディション(温度175℃のリグノセルロース溶液)は、さらに、ヘミセルロース、リグニンおよびセルロースの大規模な解重合をもたらし、これは得られるモノフィラメントの機械的特性(最大で、17cN/texの引裂強度)に反映される。さらに、Sun等で使用された装置(インジェクター)は、エアギャップ紡糸の原理に従って機能する工業スケールの紡糸プラントと比較できない。極めて重大な欠陥が当業者に知られており、それゆえ達成される結果は代表的ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
要約すれば、技術水準において、リグノセルロースの溶液を高濃度で且つ低い温度並びに短い溶液時間にて提供できるイオン性液体は開示されていない。技術水準で使用されるILに起因する比較的高い温度および長い溶液時間の結果として、リグノセルロースは溶液の間に化学的に変化し始める(例えば、ポリマー成分の解重合)。これは、紡糸液製品の特性(例えば、繊維の引張強度)にネガティブな影響を与える。さらに、長い溶液時間および紡糸液中の低いリグノセルロース濃度は経済的ではない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
技術水準における前記問題は、請求項1に係るリグノセルロース紡糸液、請求項14の特徴を有する紡糸液の製造方法、請求項15の特徴を有するエアギャップ紡糸法、請求項26に係る再生繊維、および請求項29に係る再生繊維の使用によって解決される。さらなる従属請求項は、有利な展開を明らかにする。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明によれば、少なくとも一種のイオン性液体中のリグノセルロース溶液を含むリグノセルロース紡糸液が提供され、前記少なくとも一種のイオン性液体は、1−アルキル−3−メチルイミダゾリウムカチオンと本質的に疎水性のカルボン酸アニオンからなり、前記紡糸液は、その中にリグノセルロースが少なくとも10重量%の濃度で含まれること、および前記紡糸液が、80℃で測定した際、30000Pas以下のゼロせん断粘度を有することを特徴とする。
【0014】
本発明に係る紡糸液は、技術水準に対して、以下の点で有利である:
−紡糸液が、リグノセルロースを溶解した状態で少なくとも10重量%の濃度で含む;
−紡糸液が、リグノセルロースを、低度の解重合ポリマー成分とともに含み、その結果として優れた紡糸特性を有する;
−紡糸液は、高比率のリグニン(5〜30重量%)およびヘミセルロース(5〜30重量%)のフィラメントを形成することができる;
−紡糸液中に腐食性(例えば、Cl
-含有)ILが存在しない;
−紡糸液が、制限なく工業スケールで製造できる。
【0015】
本発明の好ましい実施形態では、前記リグノセルロースは、木材原料(すなわち、植物からリグノセルロースを抽出するための)に関し、イオン性液体中に溶解する前に、(化学的な)分解法は要求されない。リグノセルロース源としての未処理の木材原料の使用は、極めて大きな利点を有する:
−紡糸液は、前もって蒸解法を行わずに、木材原料の直接溶解によって製造できる。その結果、紡糸液製造の際の時間とコストが削減されるため、紡糸液の製造が非常に経済的になる。
−全ての植物、好ましくは一年生植物及び/又は木、に基づく木材原料を、さらなる前処理(TMP、照射、酸または苛性溶液の作用等)なしで、非常に均一に溶解することができる。化学的前処理の削除によって、リグニンとヘミセルロースは、木材原料の標準的な蒸解法によって生じるような化学修飾なしで、紡糸液中に存在する。ここから、紡糸液製品に関する利点が生じる(例えば、再生繊維の強度および弾性係数に関する高い値)。
−木材原料の前処理、添加剤(例えば、DMSO、PEG等)の添加の免除および適度な温度によって、容易にリサイクルできる再生浴が紡糸プロセス後に得られる。その結果、環境負荷は大きく減少する。
【0016】
前記紡糸液は、80℃で測定した際、500Pas〜3000Pasのゼロせん断粘度,好ましくは1000Pas〜2500Pasのゼロせん断粘度を有することができる。この範囲のゼロせん断粘度は、再生繊維の製造に特に有利であることが判明している。
【0017】
好ましくは、前記カルボン酸アニオンは、周期表の15,16及び/又は17族の原子(15族の例:NおよびP、16族の例:OおよびS、17族の例:F,Cl,BrおよびI)より多くのC原子を有するかそれからなる。
【0018】
特に好ましくは、前記カルボン酸アニオンは、少なくとも一つのカルボキシル基(例えば、1つだけのカルボキシル基)は別として、他の親水基を含まない。
【0019】
特に好ましい実施形態では、前記カルボン酸アニオンは、少なくとも3つのC原子、好ましくは少なくとも4つのC原子を含む。
【0020】
さらに、前記カルボン酸アニオンは以下の特徴を有することができる。
a)少なくとも一つの二重結合を有する(特に、C3,C4及び/又はC5カルボン酸アニオンの場合);
b)少なくともその領域で分岐している(特に、C4,C5及び/又はC6カルボン酸アニオンの場合);及び/又は
c)少なくともその領域で環化している(特に、C6又はC7カルボン酸アニオンの場合)
【0021】
本発明によれば、前記カルボン酸アニオンは、3〜18、好ましくは3〜12、特に好ましくは4〜7の炭素原子を有するか、あるいはそれからなることができる。
【0022】
特に好ましくは、前記カルボン酸アニオンは、2,2−ジメチルプロピオン酸アニオン、2−ブテン酸アニオンおよびシクロヘキシルカルボン酸アニオンからなる群より選択される。
【0023】
驚くべきことに、1−アルキル−3−メチルイミダゾリウム カチオンと本質的に疎水性のカルボン酸アニオン(特に、上述した好ましい実施形態のアニオン)からなるイオン性液体(IL)がリグノセルロースあるいは木材原料でさえ、技術水準と比べてより高い濃度でおよび特定の温度でより短い時間で溶解できることが見出された。さらに、C
3−C
7カルボン酸アニオンの場合、分岐、環化及び/又は二重結合の存在が、リグノセルロース(例えば、木材原料の形の)の溶解に有利である(低い溶解温度および短い溶解時間)ことが見出された。
【0024】
好ましくは、本発明に係る紡糸液は、リグノセルロースを水及び/又は脂肪族アルコールと混合し、且つ、150℃以下、好ましくは140℃以下、特に好ましくは130℃以下の温度でイオン性液体中に溶解することによって製造される。さらに、前記紡糸液は、前記水及び/又は脂肪族アルコールの少なくとも一部を分離しながら、リグノセルロースを、10時間以下、好ましくは7時間以下、特に好ましくは5時間以下の時間以内に溶解することによって製造されることが好ましい。
【0025】
リグノセルロース紡糸液の製造は、撹拌ユニットまたは混練ユニット内で行われることができる。
【0026】
本発明に係る紡糸液は、好ましくは、リグノセルロースの総重量に対して、
a)少なくとも5重量%、特に好ましくは5〜35重量%の割合のリグニン;
b)少なくとも5重量%、特に好ましくは5〜35重量%の割合のヘミセルロース;及び/又は
c)少なくとも30重量%、好ましくは30〜70重量%の割合のセルロース;
を含む。
【0027】
好ましくは、前記紡糸液は10〜35重量%、好ましくは10〜30重量%のリグノセルロースを含む。
【0028】
イオン性液体のカチオンに関して、1−アルキル−3−アルキルイミダゾリウム カチオン中の1位のアルキル基は、置換もしくは非置換C
1−C
6アルキル基、もしくはアリール基であってもよく、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、アリル、ベンジル、イミダゾリル、メトキシメチル、メトキシエチルおよびエトキシエチル、特に好ましくはエチルおよびブチルからなる群より選択される。
【0029】
前記紡糸液は、少なくとも一種の植物の、好ましくは少なくとも一種の一年生植物または少なくとも一種の木の、特に好ましくは、小麦、ライ麦、トウモロコシ、麻、亜麻、ポプラ及び/又はブナからなる群より選択される少なくとも一種の植物のリグノセルロースを含むことができ、あるいはそれからなってもよい。
【0030】
リグノセルロースは木材原料であってもよく、すなわち本発明の好ましい実施形態では、天然のリグノセルロースが紡糸液中に溶解される。この場合、リグノセルロースは、イオン性液体への溶解の前に化学処理されない(例えば、クラフト法あるいは亜硫酸法によって)およびその結果として化学修飾もされない。例えば、粉末化した麦藁(wheat straw)からなるリグノセルロースを使用することができる。
【0031】
リグノセルロースは、イオン性液体中へのリグノセルロースの溶解性をさらに向上させるため、紡糸浴中に溶解する前に乾燥されてもよい。前記紡糸液は、5体積%以下、好ましくは2体積%以下、特に好ましくは1体積%以下の水を含むことができる。
【0032】
好ましくは、前記紡糸液は均一で粒子を含まない紡糸液である。これは、例えば、紡糸液を濾過装置で濾過することによって製造できる。均一な、粒子を含まない紡糸液は、この紡糸液から製造される再生繊維の性質に有利な影響を与える。
【0033】
さらに、本発明によれば、再生繊維を製造するための方法が提供され、この方法は以下のステップを含む:
a)少なくとも10重量%のリグノセルロースを少なくとも一種のイオン性液体中に含み、80℃で測定した際、30000Pas以下のゼロせん断粘度を有するリグノセルロース紡糸液を、少なくとも一つの紡糸ノズルの少なくとも一つの孔を通じて押し出し、少なくとも一つの糸を製造する;
b)前記少なくとも一つの糸を少なくとも一つのエアギャップ中で引き伸ばす;
c)前記少なくとも一つの糸を少なくとも一つの再生浴中で凝固させる
【0034】
本発明に係る再生繊維の製造方法は、エアギャップ紡糸法に関する。エアギャップ紡糸法では、粘性のある紡糸液が、紡糸ノズルの穴を通じて押し出され、(押し出された)繊維はエアギャップ中で引き伸ばされる。
【0035】
紡糸液は、この際、60〜150℃、好ましくは80〜130℃、特に好ましくは90〜120℃の温度に設定されることができる。
【0036】
当該方法において、前記紡糸液は、前記少なくとも一つの紡糸ノズルの孔(100μm以上の直径、好ましくは100μm〜600μmの直径を有する)を通じて押し出されることができる。
【0037】
さらに、前記少なくとも一つの糸は、少なくとも20mmの長さを有する、好ましくは20〜500mmの長さを有する少なくとも一つのエアギャップ中で引き伸ばされることができる。
【0038】
前記少なくとも一つの糸は、本発明において、2〜10、好ましくは3〜9、特に好ましくは4〜8の絞り比で引き伸ばされることができる。
【0039】
さらに、前記少なくとも一つの(押し出された)糸は、水、高分子溶媒、イオン性液体および脂肪族C
1−C
8アルコールからなる群より選択される液体を含むかあるいはそれからなる少なくとも一つの再生浴(凝固浴)中で凝固されることができる。前記再生浴は好ましくは水、または、高分子溶媒と水の混合物を含む。
【0040】
前記少なくとも一つの再生浴中での凝固後、前記少なくとも一つの糸は、さらなるステップにおいて、好ましくは少なくとも80℃の温度で、特に好ましくは少なくとも100℃の温度で乾燥されることができる。
【0041】
さらに好ましい実施形態では、前記少なくとも一つの糸は、少なくとも一つの紡糸油で仕上げ加工される。これは、好ましくは、少なくとも一つの再生浴中での前記少なくとも一つの糸の凝固後及び/又は前記少なくとも一つの糸の乾燥後に行われる。少なくとも一つの糸を紡糸油で仕上げ加工するとは、少なくとも一部の領域において、前記少なくとも一つの糸の表面に紡糸油を塗布することと解されるべきである。結果として、静電荷および糸同士の「癒着」が低減され、これは続く布地生産のプロセスに特に有利な効果をもたらす。
【0042】
前記糸(スレッド)または繊維(ファイバー)は、洗浄され、仕上げ加工され、乾燥され、そしてその後フィラメントとして巻き取られることができる。任意に、複数の糸または繊維がフィラメントに形成され及び/又はフィラメント形成のために巻き取られることができる。
【0043】
前記方法で使用される紡糸液は、80℃で測定した際、500Pas〜3000Pasの、好ましくは1000Pas〜2500Pasのゼロせん断粘度を有することができる。
【0044】
好ましくは、本発明に係る方法のステップa)の前に、紡糸液の均質化および紡糸液からの粒子の除去が行われる。これは、例えば紡糸液の濾過によって達成される。
【0045】
本発明に係る方法のさらに好ましい実施形態では、本発明に係る前記リグノセルロース紡糸液が、前記方法においてリグノセルロース紡糸液として使用される。
【0046】
さらに、本発明に係る方法によって製造できるリグノセルロースからなる再生繊維が提供される。天然の木材原料をリグノセルロースとして前記リグノセルロース紡糸液中に溶解できる、すなわち、コストのかかるリグノセルロースの前処理(例えば、化学的プロセス)が要求されないので、本発明に係る再生繊維は経済的に製造できる。
【0047】
本発明に係る再生繊維は、好ましくはDIN 53834に準拠して測定した際、少なくとも20cN/texの強度、好ましくは20cN/tex〜50cN/texの強度を有する。さらに、本発明に係る再生繊維は、少なくとも1000cN/texの弾性係数、好ましくは1000cN/tex〜2500cN/texの弾性係数によって識別されることができる。
【0048】
前記再生繊維は、以下の含有量を有することができる。
a)少なくとも5重量%、好ましくは5〜35重量%のリグニン、
b)少なくとも5重量%、好ましくは5〜35重量%のヘミセルロース、及び/又は
c)少なくとも30重量%、好ましくは30〜70重量%のセルロース
【0049】
本発明に係る再生繊維は、例えば、織物繊維として及び/又は熱可塑性プラスチック材料を含むコンポジットのための強化繊維として使用されることができる。
【0050】
本発明の主題は、続く実施例を参照してより詳細に説明されるが、当該主題は、ここに示される特定の実施形態に限定されない。
【0051】
実施例1:イオン性液体の製造
イオン性液体として以下のものが使用された:
1−ブチル−メチルイミダゾリウム ピバレート;
1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレート;
1−エチル−3−メチルイミダゾリウム クロトネート;
1−エチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレート;および
1−エチル−3−メチルイミダゾリウム アセテート(比較物質として)
【0052】
これらは、文献(WO2009/040242A1)において知られている標準方法に従って製造された。
【0053】
例えば、7706gの1-ブチル−3−メチルイミダゾリウム メチルカーボネートの27.8%メタノール溶液(10mol)が、1282gのシクロヘキサンカルボン酸(10mol)とともに、撹拌下で2時間、50℃に加熱される。続いて、メタノールは、ロータリー・エバポレーター中で回収される。さらに真空中、P
2O
5上で400℃で乾燥された後、約2700gの1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレートが得られる。このILは、約35℃の融点を有し、0.5%未満の含水量(カール・フィッシャー滴定)および約1%のメタノール含量を有する(
1H−NMR)。
【0054】
実施例2:1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレート中へ溶解された小麦リグノセルロース
280gの空気乾燥された小麦リグノセルロースに、2300gの1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレートが混合され、水平混練機中で、130℃の温度にて5時間以内に溶解された。その結果得られた黒い粘性のある溶液は、繊維残渣をほぼ含まず、80℃で測定した際、1200Pasのゼロせん断粘度を有する。これは、紡糸液の質を高めるために濾過された。前記溶液はその後、押出機により、40穴の紡糸ノズル(孔径200μm)を通じて押し出され、エアギャップ中で絞り比4で引き伸ばされた。フィラメントは、水性の凝固浴中で沈降させられた。蒸留水でフィラメントの洗浄が行われ、加熱ローラーによって105℃で乾燥が行われた。
【0055】
前記フィラメントは、27cN/texの強度、2.9%の伸び及び1800cN/texの弾性係数を有していた。
【0056】
実施例3:1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレート中へ溶解された麻藁(hemp straw)リグノセルロース
280gの空気乾燥された麻藁に、2300gの1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレートが混合され、水平混練機中で、130℃の温度にて3時間以内に溶解された。その結果得られた黒い懸濁液は、繊維残渣をほぼ含まず、80℃で測定した際、1500Pasのゼロせん断粘度を有する。前記溶液は、押出機により、40穴の紡糸ノズル(孔径200μm)を通じて押し出され、エアギャップ中で絞り比6で引き伸ばされた。フィラメントは、水性の凝固浴中で沈降させられた。蒸留水でフィラメントの洗浄が行われ、加熱ローラーによって105℃で乾燥が行われた。
【0057】
前記フィラメントは、22cN/texの強度、4.3%の伸び及び1351cN/texの弾性係数を有していた。
【0058】
実施例4:1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレート中へ溶解された小麦リグノセルロース
325gの空気乾燥された小麦リグノセルロースに、2300gの1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム シクロヘキシルカルボキシレートが混合され、水平混練機中で、130℃の温度にて4時間以内に溶解された。その結果得られた黒い高粘性の溶液は、繊維残渣をほぼ含まず、80℃で測定した際、2300Pasのゼロせん断粘度を有する。前記溶液はその後、押出機により、80穴の紡糸ノズル(孔径100μm)を通じて押し出され、エアギャップ中で絞り比8で引き伸ばされた。フィラメントは、水性の凝固浴中で沈降させられた。蒸留水でフィラメントの洗浄が行われ、加熱ローラーによって105℃で乾燥が行われた。
【0059】
前記フィラメントは、36cN/texの強度、2100cN/texを有していた。
【0060】
実施例5:1−エチル−メチルイミダゾリウム アセテート中へ溶解された小麦リグノセルロース(比較例)
320gの小麦リグノセルロースに、2700gの1−エチル−3−メチルイミダゾリウム アセテートが混合され、水平混練機中で、130℃の温度にて6時間以内に溶解された。その結果得られた黒い溶液は、繊維残渣をほぼ含まず、80℃で測定した際、200Pasのゼロせん断粘度を有する。前記溶液は、押出機により、40穴の紡糸ノズルを通じて押し出されたが、裂け目がノズルで直接観察されたため、糸の形成は不可能であった。