特許第6196170号(P6196170)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6196170
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20170904BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20170904BHJP
   F16C 33/16 20060101ALI20170904BHJP
   F16C 33/24 20060101ALI20170904BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
   C23C14/06 F
   F16C17/02 Z
   F16C33/16
   F16C33/24 Z
   F16C33/10 Z
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-23237(P2014-23237)
(22)【出願日】2014年2月10日
(65)【公開番号】特開2015-151551(P2015-151551A)
(43)【公開日】2015年8月24日
【審査請求日】2016年8月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】特許業務法人 サトー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】稲見 茂
(72)【発明者】
【氏名】マカリース コリン
(72)【発明者】
【氏名】図師 耕治
【審査官】 山田 頼通
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−162099(JP,A)
【文献】 特開2009−167512(JP,A)
【文献】 特開2002−322555(JP,A)
【文献】 特開2004−010923(JP,A)
【文献】 特開2011−001598(JP,A)
【文献】 特表2009−504448(JP,A)
【文献】 特開2010−070848(JP,A)
【文献】 米国特許第07947372(US,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
F16C 17/02
F16C 33/10
F16C 33/16
F16C 33/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面側に、複数層からなる摺動層を有する摺動部材であって、
前記摺動層は、最表面に炭素基の軟質層を備えると共に、前記軟質層の直下にダイヤモンドライクカーボン層を備え、
前記軟質層は、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaであり、且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30であり、
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、硬さHdが、5〜60GPaであることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記軟質層の厚み寸法T(μm)と、前記ダイヤモンドライクカーボン層の硬さHd(GPa)との関係は、
T≦2のときに、Hd×T≧6であり、
2<T≦3.2のときに、Hd×(T−2)≦6であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面側に複数層からなる摺動層を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車のエンジン等に用いられるすべり軸受等の摺動部材は、裏金層上に設けられた例えば銅合金等の軸受合金層(基材)上に、ダイヤモンドライクカーボン(以下「DLC」とも略す)層を設けることにより、耐摩耗性の向上を図ることが考えられている(特許文献1、2参照)。
【0003】
即ち、特許文献1では、基材上に、硬質層と軟質層との積層構造を有する硬質炭素皮膜を形成し、その表面を研磨することにより、下地の硬質層が露出した平滑な摺動表面を得るようにする技術が開示されている。また、特許文献2では、基材上に、窒化炭素膜(a−CNx膜)と、その窒化炭素膜上に形成された非晶質のカーボンコーティング膜とを備えた構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−167512号公報
【特許文献2】特開2009−13192号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、表面にDLC層を設けた摺動部材(軸受)にあっては、従来のエンジン環境にあっては、比較的良好に機能し、損傷なく使用することができていた。ところが、エンジンの更なる高性能化、高機能化が進められると、特に、ハイブリッド車のように、エンジンの起動、停止を頻繁に繰返す環境下では、摺動部材にとってはより過酷な状況に曝されることになり、摺動部材における摩擦特性のより一層の向上が求められる。そのためには、境界潤滑域での摩擦係数の低減、混合潤滑域への早期移行を図ることが重要となる。
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、表面の平滑化によって低摩擦係数を図ろうとしているものの、摺動面にオイルを引込んで、油膜を形成することが難しいため、境界潤滑域での摩擦係数は高いものとなっていた。また、特許文献2では、境界潤滑域の摩擦係数は低くなるが、なじみ層厚さが薄いため形状なじみはなされず、油膜を形成しないため、混合潤滑域への早期移行が難しいものとなっていた。尚、この特許文献2では、窒素雰囲気を必要としており、油中で使用するすべり軸受への適用は想定されていない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基材上にDLC層を備えるものにあって、境界潤滑域での摩擦係数の低減を図ると共に、混合潤滑域への早期移行を図ることができる摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、基材上にDLC層を備える摺動部材にあって、境界潤滑域での摩擦係数の低減及び混合潤滑域への早期移行を図るべく、鋭意研究を重ねた。その結果、DLC層の表面部に、軟質層を設ける積層構造とすると共に、それら軟質層及びDLC層の物性を制御することにより、境界潤滑域における摩擦特性を向上させ、且つ、オイルの引込みを起こしやすく(油膜形成をしやすく)することができることを見出し、本発明を成し遂げたのである。尚、本発明における硬さ及びヤング率は、周知のナノインデンターにより求められる数値である。
【0009】
即ち、本発明の摺動部材は、基材の表面側に、複数層からなる摺動層を有するものであって、前記摺動層は、最表面に炭素基の軟質層を備えると共に、前記軟質層の直下にダイヤモンドライクカーボン層を備え、前記軟質層は、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaであり、且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30であり、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、硬さHdが、5〜60GPaであるところに特徴を有する(請求項1の発明)。
【0010】
上記構成によれば、摺動層の最表面に炭素基の軟質層を有し、その軟質層が、所定の硬さを有する硬いDLC層上に存在することにより、境界潤滑域(摺動層と相手部材との間の油膜が極めて薄く、相手部材との直接接触が頻繁となる状態)において、相手部材との間での適度な初期なじみ性(相手部材に対応する形状への早期の変形し易さ)を得ることができ、掘り起こし及び凝着を抑えることができ、ひいては、摩擦係数を大幅に低減することができる。しかも、ヤング率E/硬さHtの比の値を規定したことにより、早期に混合潤滑域(摺動層と相手部材との間に薄い油膜が形成され、相手部材との直接接触も起こっている状態)に移行させ、更に摩擦係数を低減させることができる。
【0011】
前記DLC層は、硬さHdが5〜60GPaであることが必要となる。前記軟質層のヤング率E及び硬さHtは、ナノインデンターにより求められ、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaである。且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30であることが重要となる。歩留まり等生産性上、より好ましくは、20〜30である。これに対し、軟質層における比の値[E/Ht]が、10未満である場合には、ヤング率に対して硬さが過剰であるため、摩耗がほとんどなく初期なじみが得られず、境界潤滑域での摩擦係数低減の効果に劣るものとなる。他方、比の値[E/Ht]が、30を越える場合には、ヤング率に対して硬さが不足してしまい、なじみ(摩耗)の度合いが大きくなって境界潤滑域での低摩擦係数を得ることができるが、オイルを引込みにくく、油膜形成ができにくいものとなる。
【0012】
図1には、本発明品A(10≦E/Ht≦30)、比較品B(E/Ht<10)、比較品C(30<E/Ht)の3種類の軟質層に関して、オイルの引込み速度と摩擦係数との関係を調べたボールオンディスク試験の結果(ストライベック線図)を例示している。また、図2(a)、(b)、(c)は、夫々、本発明品A、比較品B、比較品Cにおける軟質層の初期なじみ(摩耗)の様子を模式的に示す断面図である。
【0013】
軟質層が硬い比較品Bでは、図2(b)に示すように、初期なじみが得られず(適切に摩耗せず)、図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数(μ)は大きいものとなっている。他方、軟質層が軟らか過ぎる比較品Cでは、図2(c)に示すように、初期なじみは十分に得られるため、図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数を低減することができるものの、油膜が破断されがちになり、混合潤滑域での摩擦係数の低下の開始が遅くなる。これに対し、本発明の構成を有する本発明品Aでは、図2(a)に示すように、適度な初期なじみ性が得られ、且つ、油膜形成を促進することができる。この結果、図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数を低減させることができると共に、摩擦係数の低下が開始される速度を小さくして混合潤滑域に早期に移行させることができ、より一層の摩擦特性の向上を図ることができる。
【0014】
本発明のDLC層は、ダイヤモンド及びグラファイト構造からなる非晶質体を主構成として形成されている層である。具体的には、金属含有DLC、弗素含有DLC、水素含有DLC、水素非含有DLC等の各種のDLCを採用することができる。また、このDLC層も、CVD法(化学気相成長法)、PVD法(物理気相成長法)などによって、基材上に形成することができる。成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、やはり、DLC層のヤング率、硬さ、膜厚を制御することができる。このDLC層は、硬さHdが、5〜60GPaであることが必要となる。
【0015】
本発明の軟質層は、炭素基の膜からなり、例えば、DLC(水素含有DLCや水素非含有DLCが好ましい)、ポリマーライクカーボン(以下「PLC」と略す、水素含有PLCが好ましい)、グラファイト(以下「Gr」と略す)を採用することができる。この軟質層は、CVD法(化学気相成長法)、PVD法(物理気相成長法)などによって形成することができる。このとき、成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、ヤング率、硬さ、膜厚を制御することができる。更に、構造的に、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレン等を採用することも可能である。この場合、軟質層には、いわゆる樹脂オーバレイ(固体潤滑剤(例えばMoS、WS等)及びバインダ樹脂からなる層)を含まないものとすることができる。また、軟質層の厚みとしては、例えば、0.05〜10.0μmとすることができる。
【0016】
本発明における基材とは、摺動層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層上に軸受合金層を設けたものを基材として、その軸受合金層上に摺動層を設けることができる。またその際に、軸受合金層と上述してきたDLC層との間に、例えば接着層や別のDLC層等の中間層を設けることもできる。前記軸受合金層の材質としては、Al基、Cu基等を採用することができる。
【0017】
本発明においては、前記軟質層の厚み寸法T(μm)と、前記ダイヤモンドライクカーボン層の硬さHd(GPa)との関係が、
T≦2のときに、Hd×T≧6であり、
2<T≦3.2のときに、Hd×(T−2)≦6
となるように構成することができる(請求項2の発明)。
【0018】
本発明者等の研究によれば、上記請求項1の構成に加えて、更に、軟質層の厚み寸法Tと、その下側のDLC層の硬さHdとを更に上記関係式を満たすようにすることにより、境界潤滑域での摩擦係数の低減、混合潤滑域への早期移行による摩擦特性の向上の効果を、より一層高めることができることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】3種類の軟質層における引込み速度と摩擦係数との関係を調べた試験結果を概略的に示す図
図2】本発明品A(a)、比較品B(b)、比較品C(b)における軟質層の初期なじみ(摩耗)の様子を概略的に示す断面図
図3】本発明の実施形態を示すもので、摺動部材の構造を模式的に示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を、例えば自動車のエンジンのクランクシャフト用のすべり軸受に適用した実施形態について、図面を参照しながら説明する。後に掲載する表1に示すように、実施例1〜12は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)であり、特許請求の範囲(請求項1)に記載された構成を備えている。また、そのうち実施例7〜12の摺動部材は、更に請求項2に記載された通りの構成を備えている。
【0021】
図3は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)11の構成を概略的に示している。この摺動部材11は、基材12の表面(上面)側に、複数層からなる摺動層13を備えている。本実施形態では、前記摺動層13は、図示しないクランクシャフト等の相手部材が摺動する表面側(最表面)に炭素基の軟質層14を備えると共に、その軟質層14の直下にDLC層15を備えた二層構造とされている。
【0022】
尚、詳しく図示はしていないが、前記基材12は、例えば鋼からなる裏金層と、その裏金層の上面(摺動面側)に設けられたAl、Al合金、Cu、Cu合金等からなる軸受合金層とを備えている。また、上記基材12(軸受合金層)とDLC層15との間に、例えば別のDLC層等の中間層を設けるようにしても良い。
【0023】
前記軟質層14は、炭素基の膜からなり、具体的には、DLC、PLC、Grが採用されている。この軟質層14の厚み寸法Tは、0.05〜10.0μmとされている。そして、軟質層14は、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaであり、且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30とされている。
【0024】
前記DLC層15は、具体的には、金属含有DLC、弗素含有DLC、水素含有DLC、水素非含有DLCが採用されている。尚、後述する表1では、夫々Me、F、H、Hフリーと記す。このDLC層15の厚み寸法Tdは、例えば、1.0〜5.0μmとされている。そして、このDLC層15は、硬さHdが、5〜60GPaとされている。
【0025】
また、本実施形態では、実施例7〜12の摺動部材に限っては、軟質層14の厚み寸法T(μm)と、DLC層15の硬さHd(GPa)との関係が、
T≦2の場合には、Hd×T≧6であり、
2<T≦3.2の場合には、Hd×(T−2)≦6
となるように構成されている。
【0026】
上記した摺動部材11は、例えば次の手順で製造される。即ち、まず、鋼からなる裏金層上に、Cu基又はAl基の軸受合金層をライニングすることにより、いわゆるバイメタルからなる基材12が形成される。この基材12は、半円筒状又は円筒状に成形される。成形された基材12は、軸受合金層の表面に、例えばボーリング加工又はブローチ加工等の表面仕上げが施される。
【0027】
そして、前記基材12(軸受合金層)上に、プラズマCVD法又はPVD法によって、DLC層15を形成する。更に、DLC層15上に、プラズマCVD法又はPVD法等によって、軟質層14を形成する。このとき、成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、軟質層14のヤング率、硬さ、膜厚を制御することができる。具体的には、この実施形態では、PVDとしてのスパッタリング法を用いて、DLC層15を成膜させた後、バイアス電圧0Vとしてヤング率、硬さ、膜厚を制御した軟質層14を形成した。
【0028】
さて、本発明者等は実施形態の摺動部材11について、境界潤滑域での摩擦係数、及び、混合潤滑域への移行早さを調べるための試験、即ち、周知のボールオンディスク試験を行った。試験を行うにあたっては、表1に示すように、本発明を具体化した実施例1〜12、及び、比較のための比較例1〜4の16種類の試験片(例えば直径46mmの円板)を作製した。尚、表1ではCu合金軸受合金層を用いた。表1には、実施例1〜12及び比較例1〜4の構成、即ち、軟質層14の種類、ヤング率E、硬さHt、比の値[E/Ht]、厚み寸法T、DLC層15の種類、硬さHd、厚み寸法Tdを、試験結果と共に示している。
【0029】
実施例1〜12では、所定の硬さHd及び厚み寸法Tdを有するDLC層15上(最表面)に、DLC、PLC、Grからなる軟質層14を所定厚み寸法Tで有すると共に、軟質層14のヤング率E、硬さHt、それらの比の値[E/Ht]が所定範囲内とされている。即ち、軟質層14におけるヤング率Eが6〜30GPaの範囲内であり、硬さHtが0.2〜3.0GPaの範囲内であり、且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30とされている。
【0030】
これに対し、比較例1では、軟質層14を設けないもの(表面がDLC層)とされている。比較例2〜4ではDLC層115上に軟質層114が存在するものの、比較例2では、軟質層114のヤング率E、硬さHtがともに大きく、比の値[E/Ht]が10未満の値である5とされている。比較例3では、比の値[E/Ht]が、30を超えた値である35とされている。比較例4では、軟質層114のヤング率Eが、30GPaを超えた値である40とされている。
【0031】
また、実施例1〜12に関しては、軟質層14の厚み寸法Tと、DLC層15の硬さTdとの関係についても、併せて記載している。このとき、厚み寸法Tが2μm以下の場合には、Hd×Tの値を記載し、厚み寸法Tが2μmを越え3.2μm以下の場合には、Hd×(T−2)の値を記載している。上記のように、実施例7〜12では、T≦2の場合に、Hd×T≧6であり、2<T≦3.2の場合に、Hd×(T−2)≦6であるという範囲を満たしている。実施例1〜6については、その範囲から外れている。
【0032】
ボールオンディスク試験については、周知であるので、詳しい説明は省略するが、垂直軸を中心に回転する試験片に対し、その上面外周部に同一位置で転動する鋼球を例えば荷重1Nで載置し、それらの相対速度を一定(例えば500mm/s)に保ったまま、速度を可変させ、鋼球と試験片との間にあるオイル(例えばSAE♯10)が引込まれる速度を変化させて各引込み速度における摩擦係数を測定するものである。試験結果は、次の表1の通りである。ここでは、境界潤滑域での摩擦係数μb、及び、摩擦係数μbの低下が開始する(μbが0.01低下する)引込み速度Vmを記載している。
【0033】
【表1】
【0034】
この試験結果から明らかなように、DLC層15上に軟質層14を所定厚み寸法Tで有すると共に、軟質層14のヤング率E、硬さHt、それらの比の値[E/Ht]を所定範囲内とした実施例1〜12の摺動部材11は、いずれも、境界潤滑域での摩擦係数μbが比較的小さく、且つ、摩擦係数μbの低下が開始する引込み速度Vmが比較的小さく、早期に混合潤滑域に移行するものとなった。これに対し、軟質層を設けなかった比較例1、軟質層14のヤング率Eや硬さHt、それらの比の値[E/Ht]のいずれかが所定範囲から外れた比較例2〜4では、境界潤滑域での摩擦係数μbが大きく、摩擦係数μbの低下が開始する引込み速度Vmも比較的大きくなっていた。
【0035】
これは、実施例1〜12の摺動部材11にあっては、軟質層14が、所定の硬さHdを有するDLC層15上に存在することにより、境界潤滑域において、相手部材との間での適度な初期なじみ性を得ることができ、掘り起こし及び凝着を抑えて摩擦係数を大幅に低減することができたものと考えられる。しかも、軟質層14におけるヤング率E、硬さHt、それらの比の値[E/Ht]を、所定範囲内としたことにより、早期に混合潤滑域に移行させ、更に摩擦係数を低減させることができたものと考えられる。
【0036】
これに対し、軟質層114における比の値[E/Ht]が、10未満である比較例2では、硬すぎるため、摩耗がほとんどないため初期なじみが得られず、境界潤滑域での摩擦係数低減の効果に劣るものとなると考えられる。また、比の値[E/Ht]が、30を越える比較例3の場合には、ヤング率に対して軟らか過ぎてしまい、なじみ(摩耗)の度合いが大きくなって境界潤滑域での低摩擦係数を得ることができるが、オイルを引込みにくく、油膜形成ができにくいものとなると考えられる。
【0037】
そして、実施例の中を見てみると、比の値[E/Ht]の値が20以上である、実施例4〜6及び実施例10〜12は、摩擦係数μbの低下が開始する引込み速度Vmを、より小さくすることができた。従って、比の値[E/Ht]の値は、20〜30であることがより好ましいと考えられる。更に、軟質層14の厚み寸法Tと、DLC層15の硬さTdとの関係を、所定範囲とした実施例7〜12では、その範囲から外れている実施例1〜6に比べて、境界潤滑域での摩擦係数μbをより一層小さくすることができた。尚、軸受合金層の材質としてAl基を採用した場合も同様の試験結果を得た。
【0038】
尚、本発明の摺動部材は、上記した実施形態(各実施例)に限定されるものではなく、例えば、裏金層や軸受合金層の材質や厚み寸法、DLC層や軟質層の形成方法等についても、様々な変更が可能である。また、各成分には不可避的不純物が含まれ得る。更には、摺動部材は、自動車のエンジン用のすべり軸受に限らず、様々な用途に使用することができる等、本発明は要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得るものである。
【符号の説明】
【0039】
図面中、11は摺動部材、12は基材、13は摺動層、14は軟質層、15はダイヤモンドライクカーボン層を示す。
図1
図2
図3