【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0053】
実施例1
(方法)
グルタミン酸受容体拮抗薬であるフェンサイクリジン(PCP:1-(1-phenyl-cyclohexyl)piperidine)を投与されたマウスは、社会的ひきこもり(社会的離脱)症状を示すことが知られている(PCP誘発社会的相互作用低下マウス)(参考文献1−(1):Psychopharmacology, 1995, 120, 67-74)。一方、3チャンバー社会的相互作用試験はマウスの社会的相互作用を評価することで、広汎性発達障害、特に、自閉症で認められる中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)を評価できる試験として知られている(参考文献1−(2):Genes, Brain and Behavior, 2004, 3, 287-302)。本発明者は、PCP誘発社会的相互作用低下マウスを3チャンバー社会的相互作用試験に適用することで、本発明における広汎性発達障害および自閉症の治療効果をより効果的に評価できるものと考え、以下の通りの実験を行った。
本発明におけるPCP誘発社会的相互作用低下マウスは、上記文献1−(1)記載の条件を改変し、下記の通り作製した。1群あたり9−11匹のICRマウス(5週齢〜7週齢,日本エスエルシー株式会社)に、生理食塩水を用いて濃度1mg/mLに調製したPCP投与液を10mg/kgの投与量で、1日2回、3日間、皮下投与した。
【0054】
3チャンバー社会的相互作用試験は、上記文献1−(2)記載の条件を一部改変し、下記の通り行った。動物実験室に、中央の部屋(C:center)の両側に各々隣接して、被検マウス(t:test mouse)にとって見知らぬ同系統同齢マウス(s:stranger)が収容される小型檻の設置された部屋(S:stranger side)および、空の小型檻が設置された部屋(E:empty side)の2部屋を配置し、部屋の間仕切りには開閉可能な扉(AおよびB)を備えた試験箱を設置する(
図1参照)。試験前日に、見知らぬ同系統同齢マウス(s)として使用する予定のマウスを試験箱内に設置された小型檻に1時間入れ、馴化させた。
被検マウス(t)を照度20ルクスにした動物実験室に飼育ケージに収容したまま移動させ、1時間馴化させた。評価化合物であるルラシドン塩酸塩は0.5%メチルセルロース(MC)に懸濁し、10mL/kgの投与液量となるように調製し、試験開始1時間前に溶媒(薬物投与群と同投与液量の0.5%MC)もしくはルラシドン塩酸塩(投与量0.3mg/kgおよび1.0mg/kgの2群)を被検マウス(t)に強制経口投与し、それぞれ溶媒投与群もしくは薬物投与群とした。試験開始前の5分間、被検マウス(t)を、扉(AおよびB)を開放した上記試験箱に馴化させた。なお、本馴化の過程では見知らぬ同系統同齢マウス(s)は設置していない。その後、中央の部屋(C)に被検マウス(t)を追い込み、扉(AおよびB)を閉め、見知らぬ同系統同齢マウス(s)を設置した。試験開始と同時に中央の部屋(C)と両側の2部屋(SおよびE)間の閉じた扉(AおよびB)を再度開放した。試験開始後10分間における被検マウスの各部屋(C、SおよびE)滞在時間を、カメラと連動した画像解析ソフトウェア・プラットフォーム(エソビジョン、ノルダス社製)により自動で測定し、解析した。
なお、10分間の本試験時間中に両側の2部屋(SおよびE)に全く移動しない個体は試験不成立と考え、実験結果から除外した。
【0055】
(結果)
正常なマウスは社会的相互作用が強い動物であるので、本3チャンバー社会的相互作用試験においては通常、空の部屋(E)に比べ、見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が長くなる。しかし、上記のPCP投与マウス(PCP誘発社会的相互作用低下マウス)は社会的相互作用が低くなるため、空の部屋(E)の滞在時間が長くなることが予想される。
図2左半分の結果が示す通り、PCPを投与していない正常マウス(溶媒投与群)では、空の部屋(E)と比較して見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が有意に長かったが(スチューデントのt検定:P<0.05)、PCPを投与されたマウス(溶媒投与群)では両部屋(SとE)の滞在時間に有意な差異はなかった。これらの結果から、PCP投与によりICRマウスの社会的相互作用が低下し、本試験系が広汎性発達障害および自閉症の中核症状モデルとなることが確認できた。
そして、
図2右半分の結果が示す通り、PCP誘発社会的相互作用低下マウス(PCP投与マウス)へのルラシドン塩酸塩0.3mg/kg及び1.0mg/kgの両薬物投与群では共に、空の部屋(E)と比較して見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が有意に長かった(スチューデントのt検定:P<0.05)。さらにルラシドン塩酸塩1.0mg/kg投与群はPCP投与マウスによる社会的相互作用の低下を正常マウスの水準にまで回復した。本マウス実験モデルの社会的相互作用の低下は広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)に相当する。したがって本結果から、ルラシドン塩酸塩は、広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)の改善により、これら疾患の治療効果を有することが示された。
【0056】
実施例2
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる動物モデルと試験方法として、上記以外に、以下の参考文献2−(1)または参考文献2−(2)に記載された動物モデルと試験方法またはそれに準ずる方法により、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩について、自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)に対する改善効果を確認できる。
参考文献2−(1):Neuropsychopharmacology, 2010, 35, 976-989.
参考文献2−(2):Cell, 2011, 147, 235-246.
【0057】
実施例3
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、Autistic Diagnostic Observation Schedule Generic、Rimland Questionnaires、Expressive Vocabulary Test (参考URL1)により、本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)について、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
参考URL1
http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00065962?term=synthetic+porcine+autism&rank=1
【0058】
実施例4
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、以下の参考文献4−(1)または参考文献4−(2)に記載された方法に準ずる臨床試験により、本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)について、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
参考文献4−(1):Journal of Autism and Developmental Disorders, 1980, 10(1), 91-103.
参考文献4−(2):Journal of Autism and Developmental Disorders, 2002, 32(6), 593-599.
より具体的には、例えば、DSM−IV−TR(精神疾患の診断・統計マニュアル第IV版,改訂版;Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th. Edition, Text Revison)あるいはICD-10(The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders Clinical descriptions and diagnostic guidelines)による自閉症診断基準を満たす患者群において、一定の投与期間(これに限定されないが、例えば36週間が挙げられる)本願発明の化合物を投与し、投与期間前後のChildhood Autism Rating Scale(CARS)総スコアを比較することにより、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
上記試験において、対象患者群、投与期間、薬剤の投与量、評価方法等の条件は適宜変更可能である。例えば、Autistic Diagnostic Observation Schedule Generic総スコアに加えて、Social Responsiveness Scaleからなるスコアによる評価および/またはExpressive Vocabulary Testを加えることもできる。また、参考文献4−(1)もしくは参考文献4−(2)に記載された他の試験方法、およびこれら文献に引用された文献に記載の試験方法、さらに、それら試験方法を適宜条件変更した試験方法も用いることができる。
【0059】
実施例5
アカゲザル、カニクイザル等の非ヒト霊長類は、ヒトと同様に共同注視(joint visual attention, JVA)によるコミュニケーションが可能であることが知られている。特に、コモン・マーモセットは比較的小さいが、JVAによるコミュニケーションが可能な非ヒト霊長類としても知られている。「共同注視(JVA)」とは、他者が見ているところ、もしくは、指示しているところを見ることであり、共同注視(conjugate gaze)ともいう。この共同注視能力の低下は、アイコンタクトの回避(共同注視の欠如)として自閉症に特有に認められる症状との関連が考えられ、特に自閉症の中核症状に深く関連すると考えられる。一方、NMDA拮抗薬(ケタミン、PCP、MK−801等)を投与することにより、認知機能の低下が認められることが、臨床および非臨床試験で報告されている。特に、コモン・マーモセットにケタミンを投与することによって、JVA能力が低下する。
したがって、以下の方法で本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)を試験することにより、本願発明の化合物の自閉症治療効果を評価できる。
非ヒト霊長類であるコモン・マーモセットを被検動物として、これにNMDA拮抗薬のケタミンを投与してJVA能力を低下させる。複数の箱のうちの1つの箱に被検動物から見えないように報酬として被検動物の好物をいれておく。研究者が、その視線を被検動物の目に合わせ(アイコンタクト)、アイコンタクトをしたまま複数の箱の中から当該報酬の入った箱を指差しする(研究者の視線は、被検動物の目の動きに応じ、報酬の入った箱に自然に向けられてもよい)。これにより、研究者の視線と指で被検動物に示唆を与える。そして被検動物が報酬を得るまでに興味を示した、報酬の入っていない箱の数をカウントする(カウント数)。カウント数が多いほどスコアが低くなるようにスコア付けの基準を設定し、カウント数をスコア化することで、JVAの能力レベルを評価できる。ここで用いる箱は、被検動物が真正面からは箱の中の報酬を見ることができないが、箱を開いたり壊したりせずに被検動物が箱の中にいれている報酬を手で取り出すことができるように工夫された箱を用いる。被検動物には、評価の事前に、上記の箱全部に報酬をいれて報酬を与え、箱の中に報酬があることを被検動物に認知させておく。NMDA拮抗薬(ケタミン)の投与量は、被検動物が覚醒しており、物体認識が可能な量で、かつ、JVA能力が低下する用量を用いる。NMDA拮抗薬(ケタミン)の投与によりスコアが低下した被検動物に対してルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩を投与し、上記同様にJVAの能力レベルを評価する。スコアの改善を指標として分析することで、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩の自閉症治療効果を評価できる。
【0060】
実施例6
若年性脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(juvenile stroke-prone spontaneously hypertensive rat: juvenile SHRSP)を被験動物として用いた自発的交替行動測定試験(Y-maze test)及び高架式十字迷路試験(Elevated plus maze test)は、前者は注意機能と多動、後者は衝動性を、各々評価できる行動薬理試験である。これらは自閉症の症状、特に周辺症状に深く関連すると考えられる。したがって、これらの試験により、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩の自閉症治療効果、特に周辺症状の改善効果を確認できる。