特許第6196239号(P6196239)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6196239-精神及び行動の障害治療剤 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6196239
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】精神及び行動の障害治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/496 20060101AFI20170904BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
   A61K31/496
   A61P25/14
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-552235(P2014-552235)
(86)(22)【出願日】2013年3月18日
(65)【公表番号】特表2015-514682(P2015-514682A)
(43)【公表日】2015年5月21日
(86)【国際出願番号】JP2013058473
(87)【国際公開番号】WO2013161471
(87)【国際公開日】20131031
【審査請求日】2016年3月17日
(31)【優先権主張番号】61/638,725
(32)【優先日】2012年4月26日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】特願2012-100816(P2012-100816)
(32)【優先日】2012年4月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】大日本住友製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100126778
【弁理士】
【氏名又は名称】品川 永敏
(74)【代理人】
【識別番号】100150500
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 靖
(72)【発明者】
【氏名】辻村 剛志
【審査官】 小堀 麻子
(56)【参考文献】
【文献】 Psychopharmacology,1995年,Vol.120, No.1,p.67-74
【文献】 分子精神医学,2011年,Vol.11, No.4,p.264-268
【文献】 Psychopharmacology,2011年,Vol.217, No.1,p.13-24
【文献】 メルクマニュアル 第18版 日本語版,2007年,p.2641-2643,p.2641-2643, 「自閉症スペクトラム障害」
【文献】 小児科臨床,2008年,Vol.61, No.12,p.2399-2403
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、自閉症の治療剤であって、その治療が中核症状の改善である治療剤
【請求項2】
ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、自閉症様症状を伴う遺伝性疾患の治療剤であって、その治療が中核症状の改善である治療剤
【請求項3】
遺伝性疾患が、脆弱性X症候群またはフェニルケトン尿症である、請求項の治療剤。
【請求項4】
ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、自閉症様症状を伴う先天性疾患の治療剤であって、その治療が中核症状の改善である治療剤
【請求項5】
先天性疾患が、先天性風疹症候群または巨細胞性封入体病である、請求項の治療剤。
【請求項6】
中核症状が社会適応能力障害および/またはコミュニケーション障害である請求項1〜5のいずれかに記載の治療剤。
【請求項7】
他の併用可能な向精神薬と組み合わせて用いられる、請求項1〜のいずれかに記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広汎性発達障害の治療剤および治療方法、より詳しくは、自閉症の新規な治療剤および治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記の化学式で示されるルラシドン(lurasidone)[化学名:(3aR,4S,7R,7aS)-2-{(1R,2R)-2-[4-(1,2-benzisothiazol-3-yl)piperazin-1-ylmethyl]cyclohexylmethyl}-hexahydro-4,7-methano-2H-isoindole-1,3-dione]は抗精神病薬としての薬理作用を有する化合物であり、ドパミンD2、セロトニン5−HT1A、5−HT2A、5−HT、およびノルアドレナリンα2C受容体に対する高い親和性を示す一方、ヒスタミンHおよびムスカリンM受容体に対する親和性が極わずかであることを特徴としている。ルラシドンは抗精神病効果、抗うつ効果、抗不安効果、錐体外路および中枢神経系抑制の副作用を潜在的に減少させる傾向を伴う薬理特性を有しており、統合失調症および双極性障害の治療への用途が期待されている(特許文献1、非特許文献1)。
【化1】
【0003】
疾病及び関連保険問題の国際統計分類(通称ICD-10)の第5章「精神および行動の障害」(F00−F99)のカテゴリーにおいて、心理的発達の障害(F80−F89)のサブカテゴリー中に、広汎性発達障害(F84)という小分類の疾患がある。ICD-10では広汎性発達障害をさらに細かく8つに分類している。すなわち、(小児)自閉症(childhood autism;ICD-10において定義される自閉症)、非定型自閉症、レット症候群、その他の小児期又は児童期崩壊性障害、精神遅滞(又は、知的障害)及び常同運動に関連した過動性障害、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、および、詳細不明広汎性発達障害、が挙げられる。その代表的な一つであり、一般にはそれらの総称として用いられることもある疾患として、自閉症(autism)がある。自閉症は、社会適応能力の障害、コミュニケーション障害、および、特定の行動及び興味への固執を特徴的に発症する。また、脆弱性X症候群、先天性風疹症候群、巨細胞性封入体病、フェニルケトン尿症などの遺伝性疾患及び/または先天性疾患にも自閉症様症状が認められる。
自閉症の有病率はおよそ1%程度と考えられており、女性に比し男性の有病率が3〜9倍程度高いことが報告されており、発症率に男女差がある疾患として知られている(非特許文献2)。自閉症患者では、社会適応能力障害およびコミュニケーション障害のような中核症状と、異常な繰り返し行動、多動、衝動性、および、易怒性等の周辺症状が認められる。自閉症は子供の頃に発症することが知られているが、成人になっても、中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)が続くため、自閉症患者は社会的に不利益を被っていると指摘されている。
自閉症に対する現在の治療方法は、TEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren)(自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)、ソーシャルスキルトレーニング(SST:Social Skills Training)などの各種プログラムが挙げられ、教育学的治療方法を基本としている。これらは自閉症患者のコミュニケーションを促し、彼らの社会生活における困難を軽減することを目的としており、根治的な治療方法は存在しない。自閉症の薬物療法については、周辺症状に有効とされる薬剤を用いた対症療法を行うことがあるのみである。例えば、自閉症の周辺症状の一つである易怒性(irritability、易刺激性ともいう)に対してアリピプラゾールやリスペリドンといった薬剤が対症的に用いられている(非特許文献3及び4)。しかしながら、自閉症の中核症状である社会適応能力障害やコミュニケーション障害に対して有効な治療薬は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−17440(US 5532372 A)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Expert Opin. Investg. Drugs, 2009, 18(11), 1715-1726.
【非特許文献2】British Medical Journal, 2003, 327, 488-493.
【非特許文献3】N Engl J Med, 2002, 347(5), 314-321.
【非特許文献4】Pediatrics, 2009, 124(6), 1533-1540.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は新規な広汎性発達障害の治療剤および治療方法を提供することにある。より詳しくは、自閉症の治療剤および治療方法を提供することにある。さらに詳しくは、広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)に有効な治療剤および治療方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、本願発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩が、広汎性発達障害および自閉症に対する治療効果を有すること、特に、広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)に対する改善効果を有することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
[1]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、広汎性発達障害の治療剤。
【0009】
[2]広汎性発達障害が、自閉症、非定型自閉症、レット症候群、その他の小児期又は児童期崩壊性障害、精神遅滞及び常同運動に関連した過動性障害、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、または詳細不明広汎性発達障害から選択される疾患である、[1]の治療剤。
【0010】
[3]広汎性発達障害が自閉症である、[1]の治療剤。
【0011】
[4]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、自閉症様症状を伴う遺伝性疾患の治療剤。
【0012】
[5]遺伝性疾患が、脆弱性X症候群またはフェニルケトン尿症である、[4]の治療剤。
【0013】
[6]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、自閉症様症状を伴う先天性疾患の治療剤。
【0014】
[7]先天性疾患が、先天性風疹症候群または巨細胞性封入体病である、[6]の治療剤。
【0015】
[8]治療が中核症状の改善である前記[1]〜[7]のいずれかの治療剤。
【0016】
[9]中核症状が社会適応能力障害および/またはコミュニケーション障害である前記[8]の治療剤。
【0017】
[10]社会適応能力障害が、社会的および情緒的な手がかりの察知の不適切さ、社会的信号の使用の拙劣さ、および、社会的行動、情緒的行動、およびコミュニケーション行動の統合の弱さ、並びに、社会的かつ情緒的な相互性の欠如、の中から選択される一以上の障害である前記[9]の治療剤。
【0018】
[11]社会適応能力障害が、社会的かつ情緒的な相互性の欠如である前記[9]または[10]の治療剤。
【0019】
[12]社会適応能力障害が、社会的および情緒的な手がかりの察知の不適切さ、および/または、社会的信号の使用の拙劣さ、である前記[9]または[10]の治療剤。
【0020】
[13]コミュニケーション障害が、ごっこ遊びおよび社会的模倣遊びの障害、言葉のやり取りの際の同調性の乏しさおよび相互性の欠如、言語表現の際の不十分な柔軟性、思考過程における創造性および想像力の欠損、言語能力の社会的使用の欠如、他人からの言語的および非言語的な働きかけに対する情緒的な反応の欠如、コミュニケーションの調節を反映する声の抑揚や強調の変化の使用の障害、並びに、話し言葉でのコミュニケーションにおいて強調するもしくは意味を補うための身振りの欠如、の中から選択される一以上の障害である前記[9]〜[12]のいずれかの治療剤。
【0021】
[14]コミュニケーション障害が、ごっこ遊びおよび社会的模倣遊びの障害、言葉のやり取りの際の同調性の乏しさおよび相互性の欠如、言語表現の際の不十分な柔軟性、並びに、思考過程における創造性および想像力の欠損、の中から選択される一以上の障害である前記[9]〜[13]のいずれかの治療剤。
【0022】
[15]治療が周辺症状の改善である前記[3]〜[7]のいずれかの治療剤。
【0023】
[16]周辺症状が異常な繰り返し行動、多動、衝動性および易怒性の中から選択される一以上の症状である前記[15]の治療剤。
【0024】
[17]周辺症状が易怒性である前記[16]の治療剤。
【0025】
[18]易怒性が攻撃性、自傷行為、かんしゃくおよび気分の易変性の中から選択される一以上の症状である前記[17]の治療剤。
【0026】
[19]広汎性発達障害が小児の広汎性発達障害である前記[1]〜[18]のいずれかの治療剤。
【0027】
[20]他の併用可能な向精神薬と組み合わせて用いられる、[1]〜[19]のいずれかの治療剤。
【0028】
[21]他の併用可能な向精神薬が抗不安薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、気分安定化薬および/またはルラシドン以外の統合失調症治療薬である、[20]の治療剤。
【0029】
[22]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩の治療上の有効量を治療が必要な哺乳動物に投与することを含む、広汎性発達障害の治療方法。
[23]広汎性発達障害の治療が、[2]〜[19]に示す障害、疾患または症状の治療である[22]の治療方法。
[24][20]または[21]に示す向精神薬と組み合わせて用いることを特徴とする[22]または[23]の治療方法。
【0030】
[25]広汎性発達障害の治療用医薬組成物を製造するための、ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩の使用。
[26]広汎性発達障害の治療用医薬組成物を製造するための、(i)ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩、および(ii)[20]または[21]に示す向精神薬との組み合わせの使用。
[27]広汎性発達障害の治療が、[2]〜[19]のいずれかに示す障害、疾患または症状の治療である[25]または[26]の使用。
【0031】
[28]広汎性発達障害の治療に使用するための、ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む医薬組成物。
[29]広汎性発達障害の治療に使用するための、(i)ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩、および(ii)[20]または[21]に示す向精神薬を含む医薬組成物。
[30]広汎性発達障害の治療が、[2]〜[19]のいずれかに示す障害、疾患または症状の治療である[28]または[29]の医薬組成物。
【0032】
[31]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、広汎性発達障害の治療のための医薬製品。
[32](i)ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩、およ(ii)[20]または[21]に示す向精神薬を含む、広汎性発達障害の治療のための医薬製品。
[33]広汎性発達障害の治療が、[2]〜[19]のいずれかに示す障害、疾患または症状の治療である[31]または[32]の医薬製品。
【0033】
[34]ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を含む、広汎性発達障害の治療のためのキット。
[35](i)ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩、および(ii)[20]または[21]に示す向精神薬を含む、広汎性発達障害の治療のためのキット。
[36]広汎性発達障害の治療が、[2]〜[19]のいずれかに示す障害、疾患または症状の治療である[34]または[35]のキット。
【発明の効果】
【0034】
本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩は、広汎性発達障害および自閉症の治療に有効であり、特に広汎性発達障害および自閉症における中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)の改善に効果がある。
さらに、本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩は、広汎性発達障害および自閉症で認められる周辺症状である、異常な繰り返し行動、多動、衝動性、易怒性(irritability,易刺激性ともいう)等にも有用であり、特に易怒性の治療効果がある。
本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩は、広汎性発達障害および自閉症と併発してよく認められる別の疾患症状、具体的には不安障害、うつ症状、気分障害などに対しても効果が期待される。
また、本発明によって、統合失調症患者および/または双極性障害患者における社会適応能力障害およびコミュニケーション障害の改善に対しても効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1図1は、実施例1における3チャンバー社会的相互作用試験の被検マウス(t:test mouse)、最初に同マウスを入れる中央の部屋(C:center)、同マウスにとって見知らぬ同系統同齢マウス(s:stranger)が収容された小型檻の設置された部屋(S:stranger side)および、空の小型檻が設置された部屋(E:empty side)の隣接した3部屋とその二つの隔壁に開閉可能な扉(AおよびB)を備えた試験箱を模式的に表したものである。
図2図2は、フェンサイクリジン(PCP)誘発社会的相互作用低下マウスにルラシドン塩酸塩(lurasidone hydrochloride)を経口投与し(0.3mg/kgおよび1.0mg/kgの2群)、その1時間後、実施例1の3チャンバー社会的相互作用試験を行い、見知らぬ同系統同齢マウス(s)のいる部屋(S)および空の部屋(E)の各部屋での滞在時間の合計を滞在時間(秒)で表示したものである。正常マウスの溶媒投与群およびPCP誘発社会的相互作用低下マウスの溶媒投与群の同試験結果を左半分に並べて表示し、PCP誘発社会的相互作用低下マウスの薬物(ルラシドン塩酸塩)投与群の同試験結果を右半分に表示している。なお、棒グラフは各処置群の平均値を示し、*はスチューデントのt検定によって算出した(検定の)危険率(P値)が0.05未満であることを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明におけるルラシドンは、遊離塩基体で用いられ、適宜その薬学上許容される酸付加塩および/または水和物および/または溶媒和物で用いられ得る。適当な酸付加塩には、例えば、コハク酸、臭化水素酸、酢酸、フマル酸、マレイン酸、メタンスルホン酸、乳酸、リン酸、塩酸、硫酸、酒石酸およびクエン酸から選択される酸の塩が挙げられる。また、これらの酸付加塩の混合物を用いてもよい。上記の酸付加塩の中で、塩酸塩、臭化水素酸塩が好ましく、特に塩酸塩が好ましい。
【0037】
本発明はルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩のプロドラッグの範囲も含まれる。かかるプロドラッグは、必要な化合物(ルラシドン)に生体内で容易に変換され得る本発明の化合物(ルラシドン)の機能性誘導体である。
本発明の具体的なプロドラッグは、これに制限されないが、例えば、Nature Reviews Drug Discovery, 2008, 7, 255-270 またはWO2011/084850A1に記載の方法で製造することができる。あるいは本発明の具体的プロドラッグは、これに制限されないが、例えば、WO2012/065102 A2、WO2012/065110 A2、WO2012/088441 A1、またはWO2013/016727 A1に記載の方法でも製造することができる。
【0038】
本発明で用いる「治療上の有効量」とは、組織、系、動物またはヒトにおいて、研究者または医師によって要求される生物学的または医薬的応答を誘発する薬物または医薬の量を意味する。
本発明で用いる「治療」とは、疾患のあらゆる治療(例えば、症状の改善、症状の軽減、症状の進行の抑制など)が含まれる。
【0039】
本発明で用いる「医薬製品」とは、特定の量で特定の成分を含む製品、並びに特定の量で特定の成分の組み合わせから直接的または間接的に生じるあらゆる製品を包含することを意図している。
【0040】
本発明で用いる「小児期」とは、0歳から概ね15歳位(例えば13歳〜17歳)までの期間を意味するが、特に本発明で用いる「小児」とは、本発明による広汎性発達障害、自閉症等の治療に関して用いられる場合、症状、治療効果および/又は安全性の観点から、上記の小児期内で、本発明の治療剤を投与するのに適した年齢範囲の患者を意味し、例えば、3歳〜17歳の患者、好ましくは、5歳〜17歳の患者、より好ましくは、5歳〜16歳の患者又は6〜17歳の患者、等が挙げられる。
【0041】
本発明で用いる「広汎性発達障害」とは、社会的相互作用およびコミュニケーション・パターンにおける質的障害、及び限局した常動的で反復的な関心と活動の幅によって特徴付けられる、一群の障害である。疾病及び関連保険問題の国際統計分類(ICD-10)の定義によると、広汎性発達障害の中には、(小児) (小児)自閉症(childhood autism;ICD-10において定義される自閉症)、非定型自閉症、レット症候群、その他の小児期(又は児童期)崩壊性障害、精神遅滞(又は、知的障害)及び常同運動に関連した過動性障害、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、および詳細不明広汎性発達障害が含まれる。また近年、広汎性発達障害に含まれる上記の各疾患を、広汎性発達障害の連続体の1要素として捉え、自閉症スペクトラム(autism spectrum又はautistic spectrum)と呼称する。なお広汎性発達障害に含まれる上記の各疾患を本明細書中で「自閉症等」と記載することがある。
【0042】
本発明で用いる「自閉症」とは、3歳以前に現れる発達の異常及び/または障害が存在し、社会的相互作用、コミュニケーション、限局した反復的な行動の3つの領域全てにみられる特徴的な型の機能異常によって定義された広汎性発達障害である。ICD-10において定義される自閉症はさらに、カナー症候群、高機能自閉症、児童精神病、自閉症、小児自閉症、および小児精神病の6種類の病名に分類され、これらは本発明の「自閉症」に全て含まれる。自閉症患者では、社会適応能力障害およびコミュニケーション障害のような中核症状と、異常な繰り返し行動、多動、衝動性および易怒性(irritability、易刺激性ともいう)等の周辺症状が認められる。
【0043】
本発明で用いる「社会適応能力障害」は、自閉症において常に認められる、社会的相互作用の質的な障害である。自閉症の中核症状である「社会適応能力障害」として、より具体的には、例えば、社会的および情緒的な手がかりの察知の不適切さ(これは、例えば、他者の感情に対する反応の欠如、および/または社会的文脈に応じた行動の調節の欠如によって示される)、社会的信号の使用の拙劣さが認められる。あるいは「社会適応能力障害」として、社会的行動、情緒的行動、およびコミュニケーション行動の統合の弱さ、そして特に、社会的かつ情緒的な相互性の欠如が挙げられる。
本発明で用いる「コミュニケーション障害」は、自閉症において常に認められる、コミュニケーションにおける質的な障害である。自閉症の中核症状である「コミュニケーション障害」として、より具体的には、例えば、ごっこ遊びおよび社会的模倣遊びの障害、言葉のやり取りの際の同調性の乏しさおよび相互性の欠如、言語表現の際の不十分な柔軟性、並びに思考過程における創造性および想像力の欠損が認められる。あるいは「コミュニケーション障害」として、どのような言語能力があっても、その言語能力の社会的使用の欠如、他人からの言語的および非言語的な働きかけに対する情緒的な反応の欠如、コミュニケーションの調節を反映する声の抑揚や強調の変化の使用の障害、並びに話し言葉でのコミュニケーションにおいて、強調したり意味を補うための身振りの同様な欠如が挙げられる。
自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)は、その上位概念である広汎性発達障害の全般あるいは自閉症スペクトラムにも共通して認められる症状である。したがって広汎性発達障害の中核症状においても、前記自閉症の中核症状と同様、社会適応能力障害およびコミュニケーション障害が認められる。
【0044】
また、自閉症の周辺症状として、より具体的には、異常な繰り返しには、無意味な儀式よる特殊な決まりきったやり方への異常な固執、並びに、日時、道順および時刻表などに対する異常な興味などが、多動および衝動性に関する行動障害には、おとなしくすべき状況で走り回り跳ね回る、および過度のおしゃべりなどが、易怒性に関する行動障害には、自己および他者への攻撃性などが、各々挙げられる。特に、自閉症の周辺症状である「易怒性(irritability)」は、「易刺激性」又は「自閉性障害による興奮性」ともいわれ、刺激に対して過度に反応しやすい状態を意味し、具体的には、攻撃性、自傷行為、かんしゃく、気分の易変性などが挙げられる。例えば、易怒性は、主として小児期(例えば、6〜17歳)もしくは児童期〜青年期(例えば、5歳〜16歳)の自閉症に伴われる症状である。
【0045】
本発明で用いる「遺伝性疾患」とは、遺伝子や染色体の異常が原因となって引き起こされ、子孫に伝わる疾患であり、自閉症様症状を伴うことがある。遺伝性疾患としては、脆弱性X症候群、フェニルケトン尿症などが挙げられ、これらの疾患にも前記、中核症状や周辺症状を含む自閉症様症状が認められる。
本発明で用いる「先天性疾患」とは、上記、遺伝子や染色体の異常が原因となる遺伝性疾患を含むが、他に、胎児期の母体へのウイルス(風疹、サイトメガロウイルス、コクサッキーウイルスなど)による先天感染、同じく母体の環境因子(アルコール、薬剤、母体の糖尿病など)が原因となって引き起こされる疾患も含み、心臓や脳などの重要な臓器の形態および機能に、生まれつきの異常が認められる疾患の総称であり、自閉症様症状を伴うことがある。先天性疾患としては、先天性風疹症候群、巨細胞性封入体病などが挙げられ、これらの疾患にも前記、中核症状や周辺症状を含む自閉症様症状が認められる。
【0046】
本発明における、広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)の改善の程度は、例えば、Childhood Autism Rating Scale(CARS)およびAutism Diagnostic Observation Schedule-Generic(ADOS-G)などを臨床指標として評価することができる。
本発明における、広汎性発達障害および自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)の改善の程度は、前記CARSおよびADOS-Gに加えて、例えば、Rimland Questionnaires、Expressive Vocabulary TestおよびSocial Responsiveness Scaleなどを臨床指標として評価することができる。
【0047】
本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩と他の併用可能な薬剤との組み合わせにおいて、これら複数の薬剤は別々に投与してもよく、また1つの医薬組成物として一緒に投与してもよい。また、本発明の組み合わせの一つの活性成分を他の活性成分に対して先に、同時に、または後に投与してもよい。これらの活性成分は、単一製剤形または分離した製剤形での医薬製剤に調製してもよい。
本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩と併用可能な他の薬剤としては、好ましいものとして、例えば他の向精神薬(抗不安薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、気分安定化薬、統合失調症治療薬など)などが挙げられる。ここで併用される他の向精神薬としては、抗不安薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、気分安定化薬が好ましく、具体的には、抗不安薬としてはジアゼパム、タンドスピロンなど、抗てんかん薬としてはカルバマゼピン、ゾニサミドなど、抗うつ薬としてはフルオキセチン、パロキセチンなど、気分安定化薬としては炭酸リチウムなどが挙げられる。
また本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩は、ルラシドン自体が統合失調症治療薬として知られているが、ルラシドン以外の統合失調症治療薬(アリピプラゾール、リスペリドン、ハロペリドール、クロザピン、オランザピンなど)を併用してもよい。本発明のルラシドンは、他の統合失調症治療薬では知られていない中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)の改善効果を特に有するものであるため、自閉症の周辺症状の一つである易怒性を改善することが知られるアリピプラゾール、リスペリドンのような他の統合失調治療薬と組み合わせることで、中核症状と周辺症状の複合的な治療効果や周辺症状の治療効果増強が期待できる。
【0048】
本発明のルラシドンは、医薬的に許容される酸を作用させることによって容易に塩を形成し得る。該酸としては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸等の無機酸、シュウ酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸等の有機酸を挙げることができる。ルラシドンの塩として、好ましくは塩酸塩が挙げられる。
【0049】
本発明の活性成分(ルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩)は、経口、非経口(例えば、筋肉内、腹腔内、静脈内、または皮下注射またはインプラント)、バッカル、経鼻、膣、直腸、舌下または局所(例えば、点眼)的な経路で投与してもよく、各投与経路に適した通常の無毒性の医薬的に許容される担体、補助剤、ベヒクルを含んだ適当な製剤中に、単独であるいは他の併用可能な薬剤と一緒に製剤化されていてもよい。
本発明で「キット」とは、活性成分、その他製剤成分の集合からなり、投与にあたって必要な装置(例えば、シリンジ、カートリッジ、バイアル、エアゾルなど)を適宜兼ね備え、適宜投与量を調整することを可能にした、エンドユーザーによって投与可能とした製剤のセットをいう。
【0050】
本発明の経口投与に適した医薬製品として、本発明の活性化合物であるルラシドンおよびその薬学的に許容される酸付加塩は、活性成分の個々の必要性に適応した投与量で普通の投与形態、例えば錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の型で経口的に投与することができ、あるいはまた、本発明の医薬製品として、その溶液、乳剤、懸濁液等の液剤の型にしたものを注射又はパッチ剤等の型で非経口的に投与することができる。
また、前記の適当な投与剤形は許容される通常の担体、賦形剤、結合剤、安定化剤などに活性化合物を配合することにより製造することができる。また注射剤形で用いる場合には許容される緩衝剤、溶解補助剤、等張剤、pH調整剤等を添加することもできる。
【0051】
本発明の活性成分の用量は特に制限されないが、その治療薬としての投与量および投与回数は、投与形態あるいは治療を要する疾病の病状の程度によって異なる。例えば、本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を成人1日当り1−200mg、1回または数回に分けて経口投与することができる。好ましくは、成人1日当り20−160mgである。例えばまた、本発明のルラシドンまたはその薬学上許容される酸付加塩を、上記成人での用量から体重換算することによって小児に対して用いることができ、例えば、小児1日当り1−160mg、1回または数回に分けて経口投与することができる。好ましくは、小児1日当り10−120mg、より好ましくは、20−120mgである。
本発明の活性化合物であるルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩の製剤(医薬製剤または医薬組成物)、または他の薬剤と組み合わせて単一の製剤で調製される場合、これに限らないが、例えばその活性成分の和がその製剤の組成物全体に対して0.1〜70重量%含まれている。好ましくは、その活性成分の和がその製剤の組成物全体に対して5〜40重量%である。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0053】
実施例1
(方法)
グルタミン酸受容体拮抗薬であるフェンサイクリジン(PCP:1-(1-phenyl-cyclohexyl)piperidine)を投与されたマウスは、社会的ひきこもり(社会的離脱)症状を示すことが知られている(PCP誘発社会的相互作用低下マウス)(参考文献1−(1):Psychopharmacology, 1995, 120, 67-74)。一方、3チャンバー社会的相互作用試験はマウスの社会的相互作用を評価することで、広汎性発達障害、特に、自閉症で認められる中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)を評価できる試験として知られている(参考文献1−(2):Genes, Brain and Behavior, 2004, 3, 287-302)。本発明者は、PCP誘発社会的相互作用低下マウスを3チャンバー社会的相互作用試験に適用することで、本発明における広汎性発達障害および自閉症の治療効果をより効果的に評価できるものと考え、以下の通りの実験を行った。
本発明におけるPCP誘発社会的相互作用低下マウスは、上記文献1−(1)記載の条件を改変し、下記の通り作製した。1群あたり9−11匹のICRマウス(5週齢〜7週齢,日本エスエルシー株式会社)に、生理食塩水を用いて濃度1mg/mLに調製したPCP投与液を10mg/kgの投与量で、1日2回、3日間、皮下投与した。
【0054】
3チャンバー社会的相互作用試験は、上記文献1−(2)記載の条件を一部改変し、下記の通り行った。動物実験室に、中央の部屋(C:center)の両側に各々隣接して、被検マウス(t:test mouse)にとって見知らぬ同系統同齢マウス(s:stranger)が収容される小型檻の設置された部屋(S:stranger side)および、空の小型檻が設置された部屋(E:empty side)の2部屋を配置し、部屋の間仕切りには開閉可能な扉(AおよびB)を備えた試験箱を設置する(図1参照)。試験前日に、見知らぬ同系統同齢マウス(s)として使用する予定のマウスを試験箱内に設置された小型檻に1時間入れ、馴化させた。
被検マウス(t)を照度20ルクスにした動物実験室に飼育ケージに収容したまま移動させ、1時間馴化させた。評価化合物であるルラシドン塩酸塩は0.5%メチルセルロース(MC)に懸濁し、10mL/kgの投与液量となるように調製し、試験開始1時間前に溶媒(薬物投与群と同投与液量の0.5%MC)もしくはルラシドン塩酸塩(投与量0.3mg/kgおよび1.0mg/kgの2群)を被検マウス(t)に強制経口投与し、それぞれ溶媒投与群もしくは薬物投与群とした。試験開始前の5分間、被検マウス(t)を、扉(AおよびB)を開放した上記試験箱に馴化させた。なお、本馴化の過程では見知らぬ同系統同齢マウス(s)は設置していない。その後、中央の部屋(C)に被検マウス(t)を追い込み、扉(AおよびB)を閉め、見知らぬ同系統同齢マウス(s)を設置した。試験開始と同時に中央の部屋(C)と両側の2部屋(SおよびE)間の閉じた扉(AおよびB)を再度開放した。試験開始後10分間における被検マウスの各部屋(C、SおよびE)滞在時間を、カメラと連動した画像解析ソフトウェア・プラットフォーム(エソビジョン、ノルダス社製)により自動で測定し、解析した。
なお、10分間の本試験時間中に両側の2部屋(SおよびE)に全く移動しない個体は試験不成立と考え、実験結果から除外した。
【0055】
(結果)
正常なマウスは社会的相互作用が強い動物であるので、本3チャンバー社会的相互作用試験においては通常、空の部屋(E)に比べ、見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が長くなる。しかし、上記のPCP投与マウス(PCP誘発社会的相互作用低下マウス)は社会的相互作用が低くなるため、空の部屋(E)の滞在時間が長くなることが予想される。図2左半分の結果が示す通り、PCPを投与していない正常マウス(溶媒投与群)では、空の部屋(E)と比較して見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が有意に長かったが(スチューデントのt検定:P<0.05)、PCPを投与されたマウス(溶媒投与群)では両部屋(SとE)の滞在時間に有意な差異はなかった。これらの結果から、PCP投与によりICRマウスの社会的相互作用が低下し、本試験系が広汎性発達障害および自閉症の中核症状モデルとなることが確認できた。
そして、図2右半分の結果が示す通り、PCP誘発社会的相互作用低下マウス(PCP投与マウス)へのルラシドン塩酸塩0.3mg/kg及び1.0mg/kgの両薬物投与群では共に、空の部屋(E)と比較して見知らぬ同系統同齢マウス(s)が居る部屋(S)の滞在時間が有意に長かった(スチューデントのt検定:P<0.05)。さらにルラシドン塩酸塩1.0mg/kg投与群はPCP投与マウスによる社会的相互作用の低下を正常マウスの水準にまで回復した。本マウス実験モデルの社会的相互作用の低下は広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)に相当する。したがって本結果から、ルラシドン塩酸塩は、広汎性発達障害および自閉症の中核症状(社会適応能力障害およびコミュニケーション障害)の改善により、これら疾患の治療効果を有することが示された。
【0056】
実施例2
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる動物モデルと試験方法として、上記以外に、以下の参考文献2−(1)または参考文献2−(2)に記載された動物モデルと試験方法またはそれに準ずる方法により、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩について、自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)に対する改善効果を確認できる。
参考文献2−(1):Neuropsychopharmacology, 2010, 35, 976-989.
参考文献2−(2):Cell, 2011, 147, 235-246.
【0057】
実施例3
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、Autistic Diagnostic Observation Schedule Generic、Rimland Questionnaires、Expressive Vocabulary Test (参考URL1)により、本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)について、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
参考URL1
http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00065962?term=synthetic+porcine+autism&rank=1
【0058】
実施例4
自閉症の各症状(中核症状および周辺症状)を評価しうる適切なデザインの臨床試験として、以下の参考文献4−(1)または参考文献4−(2)に記載された方法に準ずる臨床試験により、本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)について、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
参考文献4−(1):Journal of Autism and Developmental Disorders, 1980, 10(1), 91-103.
参考文献4−(2):Journal of Autism and Developmental Disorders, 2002, 32(6), 593-599.
より具体的には、例えば、DSM−IV−TR(精神疾患の診断・統計マニュアル第IV版,改訂版;Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th. Edition, Text Revison)あるいはICD-10(The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders Clinical descriptions and diagnostic guidelines)による自閉症診断基準を満たす患者群において、一定の投与期間(これに限定されないが、例えば36週間が挙げられる)本願発明の化合物を投与し、投与期間前後のChildhood Autism Rating Scale(CARS)総スコアを比較することにより、自閉症の各症状に対する改善効果を確認できる。
上記試験において、対象患者群、投与期間、薬剤の投与量、評価方法等の条件は適宜変更可能である。例えば、Autistic Diagnostic Observation Schedule Generic総スコアに加えて、Social Responsiveness Scaleからなるスコアによる評価および/またはExpressive Vocabulary Testを加えることもできる。また、参考文献4−(1)もしくは参考文献4−(2)に記載された他の試験方法、およびこれら文献に引用された文献に記載の試験方法、さらに、それら試験方法を適宜条件変更した試験方法も用いることができる。
【0059】
実施例5
アカゲザル、カニクイザル等の非ヒト霊長類は、ヒトと同様に共同注視(joint visual attention, JVA)によるコミュニケーションが可能であることが知られている。特に、コモン・マーモセットは比較的小さいが、JVAによるコミュニケーションが可能な非ヒト霊長類としても知られている。「共同注視(JVA)」とは、他者が見ているところ、もしくは、指示しているところを見ることであり、共同注視(conjugate gaze)ともいう。この共同注視能力の低下は、アイコンタクトの回避(共同注視の欠如)として自閉症に特有に認められる症状との関連が考えられ、特に自閉症の中核症状に深く関連すると考えられる。一方、NMDA拮抗薬(ケタミン、PCP、MK−801等)を投与することにより、認知機能の低下が認められることが、臨床および非臨床試験で報告されている。特に、コモン・マーモセットにケタミンを投与することによって、JVA能力が低下する。
したがって、以下の方法で本願発明の化合物(ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩)を試験することにより、本願発明の化合物の自閉症治療効果を評価できる。
非ヒト霊長類であるコモン・マーモセットを被検動物として、これにNMDA拮抗薬のケタミンを投与してJVA能力を低下させる。複数の箱のうちの1つの箱に被検動物から見えないように報酬として被検動物の好物をいれておく。研究者が、その視線を被検動物の目に合わせ(アイコンタクト)、アイコンタクトをしたまま複数の箱の中から当該報酬の入った箱を指差しする(研究者の視線は、被検動物の目の動きに応じ、報酬の入った箱に自然に向けられてもよい)。これにより、研究者の視線と指で被検動物に示唆を与える。そして被検動物が報酬を得るまでに興味を示した、報酬の入っていない箱の数をカウントする(カウント数)。カウント数が多いほどスコアが低くなるようにスコア付けの基準を設定し、カウント数をスコア化することで、JVAの能力レベルを評価できる。ここで用いる箱は、被検動物が真正面からは箱の中の報酬を見ることができないが、箱を開いたり壊したりせずに被検動物が箱の中にいれている報酬を手で取り出すことができるように工夫された箱を用いる。被検動物には、評価の事前に、上記の箱全部に報酬をいれて報酬を与え、箱の中に報酬があることを被検動物に認知させておく。NMDA拮抗薬(ケタミン)の投与量は、被検動物が覚醒しており、物体認識が可能な量で、かつ、JVA能力が低下する用量を用いる。NMDA拮抗薬(ケタミン)の投与によりスコアが低下した被検動物に対してルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩を投与し、上記同様にJVAの能力レベルを評価する。スコアの改善を指標として分析することで、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩の自閉症治療効果を評価できる。
【0060】
実施例6
若年性脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット(juvenile stroke-prone spontaneously hypertensive rat: juvenile SHRSP)を被験動物として用いた自発的交替行動測定試験(Y-maze test)及び高架式十字迷路試験(Elevated plus maze test)は、前者は注意機能と多動、後者は衝動性を、各々評価できる行動薬理試験である。これらは自閉症の症状、特に周辺症状に深く関連すると考えられる。したがって、これらの試験により、ルラシドンまたはその薬学的に許容される酸付加塩の自閉症治療効果、特に周辺症状の改善効果を確認できる。
図1
図2