(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6196580
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】貼り付け溶射シート及び溶射皮膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/00 20160101AFI20170904BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
C23C4/00
B32B15/08 P
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-92126(P2014-92126)
(22)【出願日】2014年4月25日
(65)【公開番号】特開2015-209571(P2015-209571A)
(43)【公開日】2015年11月24日
【審査請求日】2016年4月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000104423
【氏名又は名称】カンメタエンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086346
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 武信
(72)【発明者】
【氏名】植野 修一
(72)【発明者】
【氏名】許田 直樹
【審査官】
辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭58−106899(JP,A)
【文献】
登録実用新案第3047676(JP,U)
【文献】
特開2000−239823(JP,A)
【文献】
特開2013−135146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材シートと、前記基材シートの一方の面に溶射された溶射層とを備えた貼り付け溶射シートにおいて、
前記基材シートは、一方の面と他方の面との両方の面にアクリル樹脂製の粘着剤層を備え、
前記溶射層は、前記一方の面の粘着剤層の表面に配置された膜厚が50〜100μmの亜鉛溶射による基礎溶射層と、前記基礎溶射層の表面に配置された溶射皮膜層とを備え、
前記溶射皮膜層は、前記亜鉛溶射とは異なる種類の材質により構成された膜厚が20〜50μmの溶射皮膜であり、
前記他方の面の粘着剤層を目的の加工対象部位に粘着させることで、前記加工対象部位の表面に前記溶射層を配置できるように構成したことを特徴とする貼り付け溶射シート。
【請求項2】
前記溶射皮膜層の表面に配置された合成樹脂の表面層を備えたことを特徴とする請求項1記載の貼り付け溶射シート。
【請求項3】
請求項1または2に記載の貼り付け溶射シートを、加工対象部位に張り付けることによって、前記加工対象部位の表面に前記溶射層を配置することを特徴とする溶射皮膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工対象部位に貼り付けて用いることができる溶射シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の溶射施工は、加工面に対して施工する表面処理技術であり、加工面に対して溶射皮膜を密着させるために、下地処理としてブラスト施工を行うなどして加工面に凹凸形状を付与していた。従って、溶射施工には加工対象物の存在が不可欠であった。
そのため、加工対象物に対して溶射施工を行うためには、加工対象物を施工工場まで送るか、もしくは溶射装置を加工対象物の場所まで移動させて現地で施工する必要があった。
【0003】
他方、溶射施工を、金属部品以外の非金属のシート状部材に適用する技術が特許文献1〜3によって知られている。
例えば、特許文献1では、額縁等に内挿される絵画の紙材等の非金属製のシート状部材において、カビ菌等の発生を防止するために、イオン溶出金属を溶射することが開示されている。この特許文献1には、非金属部材からなるシートにアルミニウム及びイオン溶出金属(例えば、亜鉛、チタン、銅等)を溶射機で溶射することによって、イオン溶出シートを形成することが示されている。
【0004】
特許文献2では、足の裏に適用する敷物として、重ね合わせられた一対の布地と、一対の布地との間に形成された金属粉末層とで構成された中敷が開示されている。この特許文献2には、金属粉末層を、いずれか一方の布地の一側に、インバータドライブ溶射装置で溶着することが開示されている。
【0005】
また、特許文献3では、樹脂材または紙材等の非金属部材やシートに、溶射材料として、粉末状のイオン溶出金属を、プラズマガンに供給して溶射するプラズマ溶射機による溶射方法に関するとともに、その溶射方法によって溶射された抗菌性や防臭性を備えた非金属部材からなるシート材を開示している。
【0006】
ところが、これらの特許文献1〜3に示された技術は、加工対象物として、非金属製のシートを選択したものにすぎず、加工対象物に直接溶射を行わずに加工対象物に溶射皮膜を形成することを示唆するものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−9011公報
【特許文献2】実用新案登録第3017493号公報
【特許文献3】特開2010−167049号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、加工対象物に直接溶射を行わずに加工対象物に溶射皮膜を形成することができるようにすることで、従来の溶射施工が有する種々の課題を解決することができる貼り付け溶射シートの提供を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、基材シートと、前記基材シートの一方の面に溶射された溶射層とを備え、前記基材シートを目的の加工対象部位に張り付けることで、前記加工対象部位の表面に前記溶射層を配置できるようにした貼り付け溶射シートを提供する。
前記基材シートは、少なくともいずれか一方の面に粘着剤層を備え、前記一方の面の粘着剤層上には、溶射により溶射層が形成される。そして、他方の面の粘着剤層を目的の加工対象部位に粘着させて前記基材シートを前記加工対象部位に張り付けることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る貼り付け溶射シートは、加工対象物に直接溶射を行うのではなく、貼るだけで、加工対象物に溶射皮膜を形成することができるため、次に列挙する効果を選択的に得ることができる。
(1)従来の溶射加工で施工対象となっている金属、プラスチック類、コンポジット材類はもちろんのこと、今まで施工ができなかった、紙、フィルムのような薄い材料や、ゴムのような弾力性のあるような材料に対しても表面に本発明に係る貼り付け溶射シートを貼りつけ、その効果を得ることができる。
【0011】
(2)溶射に必要な加工対象物へのブラストや、機械加工や、加熱などの処理を行う必要がなくなる。
(3)溶射加工のために加工対象物を溶射装置のある場所まで送ったり、あるいは、加工対象物のある場所に溶射装置を設置する必要がない。そのため、加工対象物又は溶射装置の移送、取り付け、取り外しの手間がなくなり、移送コストも不要となり、また、施工のために施工業者が加工対象物のある現場に出向く必要がなくなる。さら に納期の短縮にも寄与することができる。
【0012】
(4)摩耗などの原因で溶射皮膜がその効果を失った場合も、貼り付けた溶射シートを剥がせば、施工前の表面を取り戻すことができるし、新たな貼り付け溶射シートを張り替えるだけで、溶射皮膜の効果をが回復する。
(5)溶射は加工後に目的の効果が適正に発揮され得ない場合もあり得るが、本発明の貼り付け溶射シートを加工目的物の全体或いは一部に貼り付けてテストすることで、溶射皮膜の効果を試すことが容易となる。従って、本発明の貼り付け溶射シートは、テスト片として使用し、そのテストの後に、貼り付け溶射シートを本番として貼り付けることもでき、或いは、テスト片のみとして用いて、テスト後には加工目的物に通常の溶射を行うようにすることもできる。
【0013】
(6)通常の溶射加工はスプレーによる施工なので、パイプ内面などの死角部分に対しては施工ができない部分が生じるが、本発明の貼り付け溶射シートが貼れる形状や形状であれば、従来の直接の溶射加工では困難な箇所に対しても、溶射皮膜を利用することが可能となる。
【0014】
(7)従来の溶射加工を局部的に行う場合には、その周囲をマスキングする必要があった。そのため、マスキングの手間もかかることは勿論、目的の加工部以外のマスキング上に溶射皮膜が付着することは避けられず、その分の溶射皮膜は材料ロスとなる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(A)本発明の実施の形態に係る20の断面図、(B)同使用状態の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態を説明する。
図1(A)に示すように、この溶射シートは、表面側から表面層1、溶射皮膜層2、基礎溶射層3、粘着剤層4、基材シート5、粘着剤層6及び離型紙7の層構造を有する。以下、それぞれの詳細を説明するが、説明に際しては溶射シートの製造工程順に説明を行う。
【0017】
(基材シート5について)
まず基材シート5は、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエステルテープ、ポリエチレンテープ等の合成樹脂、アルミニウム等の金属製、紙製、布製やこれらの複合材製を用いることができるが、特に、完成した溶射シートを屈曲させて使用することを考慮すると、屈曲させる際、基材シート5自体が大きく伸びると、溶射皮膜層2がその伸びに追従せずに割れたり剥離したりするおそれがある。そのため、基材シート5は伸長しにくい合成樹脂製が好ましい。
【0018】
(粘着剤層4及び粘着剤層6について)
粘着剤層4及び粘着剤層6は、粘着テープなどに用いられるものを用いることができる。具体的には、粘着の強度にもよるが、ゴム系、アクリル系、シリコーン系の各種粘着剤を用いることができるが、特に、溶射皮膜を2を形成する観点から、耐熱性のあるものが好ましく、具体的には、耐熱温度が80℃以上あることが望ましい。なお、粘着の強度としては、JIS1541の1種(主な用途:構造用接合部)に分類され得るものが望ましい。
【0019】
(離型紙7について)
離型紙7は、粘着剤層6に対して離型性を有するものを用いることができる。基材シート5〜離型紙7は市販の粘着テープや粘着シートを選択して用いることも可能であり、粘着剤層4の表面側にも離型紙がある場合には、これを剥がして用いる。
【0020】
(基礎溶射層3について)
前記の表面側の粘着剤層4の上に、基礎溶射層3を溶射する。基礎溶射層3は、亜鉛、錫、亜鉛・アルミニウム合金などを用いることができる。この基礎溶射層3は、溶射皮膜層2と粘着剤層4との間に介在して、粘着剤層4の剥離を抑制するものであり、溶射皮膜層2の材質にもよるが、亜鉛が最も好ましい。基礎溶射層3の膜厚は特に限定されないが、溶射皮膜層2に比して薄いものでよく、50〜100μm程度が適当である。
この基礎溶射層3を粘着剤層4の上に加工することによって、溶射皮膜層2を施工するときの熱が粘着剤層4に直接伝わるのを防ぐことができる。
【0021】
(溶射皮膜層2について)
溶射皮膜層2は、溶射の目的に適する機能性能を付与するものであり、希望する特性(硬度や粗面度)を持つ溶射材を乗法に従って施工する。溶射材としては、金属、セラミックス、プラスチック、サーメットなどが挙げられる。金属としては、亜鉛、アルミニウム、亜鉛・アルミニウム合金、炭素鋼、ステンレス鋼、ニッケル及びニッケル合金、錫、銅及び銅合金、モリブデンなどを例示できるものであり、1層又は2層以上の複数層を形成してもよい。溶射皮膜層2の膜厚は特に限定されず、目的とする機能や性能に応じて設定することができるが、溶射皮膜層2自体をあまり厚く施工すると、基材の屈曲に対して追従できずに割れたり剥離したりするため、20〜50μm程度が適当である。
【0022】
(表面層1について)
表面層1は、封孔のためや、目的とする機能性能に応じて必要に応じて付加されるものものであり、例えば、粘着物に対する離型性を持たせるためにシリコーン樹脂などの合成樹脂を塗布することができる。表面層1の膜厚も特に限定されず、目的とする機能や性能に応じて設定することができるが、一般的には10〜20μm程度が適当である。
【0023】
(使用方法)
以上の構成よりなる溶射シートは、離型紙7を剥がして、粘着剤層6の粘着力によって加工対象部位8に貼り付けるだけで、加工対象部位8の上に溶射皮膜を形成することができる。加工対象部位8の種類は特に限定されず、その形状についても、シートが貼れるものであれば曲面状のものであってもよい。溶射シートは適当な大きさに切断して用いることができるため、必要な箇所のみに溶射皮膜を材料の無駄なく、形成することができる。また、粘着剤層6に代えて、もしくは粘着剤層6と併用して、他の接着剤や粘着剤を用いることもできる。これによって、加工対象物に直接溶射を行わずに加工対象物に溶射皮膜を形成することができる。その結果、加工対象部位8として、金属、プラスチック類、コンポジット材類はもちろんのこと、今まで溶射の施工ができなかった、紙、フィルムのような薄い材料や、ゴムのような弾力性のあるような材料をも用いることが出きるものであり、さらに、パイプ内部などの溶射の困難な部位にも溶射皮膜を形成することができ、溶射の利用範囲を広げることができたものである。また、溶射に必要な加工対象物へのブラストや、機械加工や、加熱などの処理を行う必要がなくなり、粘着材による粘着やその他の接着が可能であれば、前処理を行うことなく、あるいは簡便な前処理のみで溶射皮膜を形成することができる。さらに、溶射加工のために加工対象物を溶射装置のある場所まで送ったり、あるいは、加工対象物のある場所に溶射装置を設置する必要がなくなり、溶射シートを加工対象物のある場所に送って貼り付けるだけでよいため、専門の技術者を派遣する必要もない。また、摩耗などの原因で溶射皮膜がその効果を失った場合も、新たな貼り付け溶射シートを張り替えるだけで、溶射皮膜の効果をが回復する。本発明の貼り付け溶射シートを、溶射性能のテスト片として使用することもできる。
【実施例】
【0024】
(実施例1〜3)
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこの実施例に限定して理解されるべきではない。
表1に示すように、3層構造(粘着剤層4、基材シート5、粘着剤層6)及び粘着剤層6の裏面に離型紙を備えた両面粘着テープに対して、基礎溶射層3及び溶射皮膜層2を粘着剤層4の表面に溶射により形成し、さらに溶射皮膜層2の表面に表面層1を塗布して、実施例1の溶射シートを完成させた。また、溶射皮膜層2を異なる材質に変更した実施例2及び3の溶射シートを完成させた。
【0025】
【表1】
【0026】
(使用試験)
実施例1〜3のそれぞれの溶射シートを、鉄・ステンレス・アルミ・CFRP板・アクリル板の5種類の加工対象部位8に粘着剤層6によって貼り付けた。完成した各溶射シートの大きさは、500mm×1,000mmであり、これを切断して、100mm×100mmとしたものをそれぞれ貼り付けた。上記5種類の加工対象部位8のそれぞれは、平面状のものと、半径約10〜50mmの円管とした。
【0027】
貼り付けた直後の状態を目視によって確認したところ、いずれの場合にあっても、割れや剥離は確認することができなかった。
貼り付けた後30日経過の状態を目視によって確認したところ、いずれの場合にあっても、割れや剥離は確認することができなかった。
【符号の説明】
【0028】
1 表面層
2 溶射皮膜層
3 基礎溶射層
4 粘着剤層
5 基材シート
6 粘着剤層
7 離型紙
8 加工対象部位