(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の方法では、焼結合金内に意図的に大量の異物を配合することになるため、銅コーティングによって劈開こそしにくいものの、全体的な強度の低下は避けられなかった。また、特許文献2の方法では、孔などの凹部に合わせた形状の黒鉛を主体とする固体潤滑剤を準備する必要があるだけでなく、珪酸ナトリウムを接着剤として黒鉛を接着させるため、200℃ほどでの乾燥処理が必要であった(特許文献2[0017])。さらに、接着された黒鉛を主体とする固体潤滑剤は、摺動面にmmオーダーで分布しているため、固体潤滑剤が少ない箇所もmmオーダーで多数存在してしまい、その摺動部材に接する被摺動部材には、mmオーダーでの不連続な固体潤滑領域が発生してしまうという問題があった。
【0005】
そこでこの発明は、銅合金製の摺動部材を製造するにあたり、強度の低下を起こすことなく、また、接着や乾燥などの処理を行う必要なく、かつ、不連続面を発生させないように、摺動部材表面に黒鉛を配することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、摺動面に形成された複数の円形凹部と、上記円形凹部内に保持された黒鉛とを備え、上記円形凹部を形成する際にその周囲に生じる隆起部をその円形凹部の中央側へ塑性変形させた縮径開口部を備える摺動部材とすることで、上記の課題を解決したのである。
【0007】
上記の周囲に隆起部を生じる円形凹部の形成方法としては、一旦製造した摺動部材の表面に粒子を当てたディンプルを形成させたりすることで、外力により変形させて円形凹部を形成させながら、その円形凹部の肉の一部を周囲に蓄積、あるいは変形させて隆起部を生じさせるものがよい。
【0008】
なお、完全な真円である必要はなく、内部に黒鉛を保持できる範囲で、楕円形であってもよい。
【0009】
上記円形凹部に黒鉛を保持させる方法としては、黒鉛の薄い剥離片が上記円形凹部に収まるのであればよく、例えば、摺動面に直接に黒鉛の塊を圧接しながら動かすといったことによって、表面の円形凹部内に黒鉛の塊の一部が剥離されて付着すれば、それだけで静電的に黒鉛を保持することができる。また、黒鉛を液体中に分散させて、上記円形凹部に流し込んだ後、液体を除去することでも、上記円形凹部内に黒鉛を保持させることができる。
【0010】
上記の隆起部を円形凹部の中央側へ塑性変形させるのは、上記の黒鉛を保持させる前でもよいし、後でもよい。ただし、塑性変形前に保持させるのであれば、黒鉛の直接圧接でも、黒鉛分散液体による導入でもいずれも可能だが、塑性変形後に保持させるのであれば、開口部が縮径しているため、直接圧接による導入は難しく、黒鉛分散液体によるとよい。
【0011】
いずれの手順にせよ、適切な大きさで、かつ適切な占有率を占めるように形成された円形凹部に、後から黒鉛を保持させることによって、部材自体の強度低下を起こすことなく、表面に黒鉛を配することができる。黒鉛は銅合金に対して、その他の接着成分を使わなくても縮径開口部によって囲まれるために付着させた状態を長期間保持できるので、余分な処理は必要なく、かつ、接着剤を用いる場合よりも高い均一性をもって配置させることができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明により、銅合金製の部材から、強度低下を起こすことなく、また、接着や乾燥などの処理を行う必要なく、かつ、不連続面の発生を抑制しながら、長期間に亘って利用可能な、表面に黒鉛を配した有用な銅合金製摺動部材を得ることができる。
【0013】
さらにより好適には、この発明の条件下で銅合金の表面に開口部の縮径によって囲まれて保持された黒鉛が固体潤滑剤として作用することにより、その摺動部材は潤滑油の供給がない、いわゆる無給油の状態で長期間に亘って使用を続けることもできる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明について具体的に説明する。この発明は、表面に形成した円形凹部に保持させた黒鉛により潤滑油を供給する必要なく長期間に亘って利用できる銅合金系の摺動部材である。ここで銅合金系であるとは、50質量%以上が銅からなる合金であることをいい、Snを1質量%以上15質量%以下含む青銅系銅合金でもよい。このような青銅系銅合金となる成分であると、高強度となるため好ましい。その他、Fe、Pなど、一般的な銅合金が含有する元素を含んでいてよい。
【0016】
この発明にかかる摺動部材は、摺動部材の外形を形成させた後、(A)摺動面に上記円形凹部を形成させるステップ、(B)上記円形凹部に黒鉛を保持させるステップ、(C)上記円形凹部を縮径させるステップ、を、(B)と(C)の順番を可変可能に実行することで得られる。すなわち、
図1に掲げる手順と、
図2に掲げる手順のいずれかの方法で得ることが出来る。
【0017】
銅合金系材料によって摺動部材の外形を形成させる方法は特に限定されない。例えば、所定の成分比で配合した粉末を、溶解した後鋳型によって冷却して形成してもよいし、粉末を固めた後に焼結させて形成させてもよい。
【0018】
その上で、まずいずれの手順でも、上記円形凹部を形成するステップ(A)を行う。
図1、
図2とも、(a)から(b)の手順である。上記円形凹部の形成する方法は、その周囲に隆起部を生じさせながら形成できるものであれば、特に限定されるものではない。例えば、銅合金より硬度の高い粒子を激突させて、表面に微細なディンプルとして上記円形凹部を形成させる方法が挙げられる。この粒子は球形であると好ましいが、完全な球でなくても円形凹部は形成可能である。なお、円形凹部も完全な真円である必要はなく、内部に黒鉛を保持できる程度の変形であれば楕円であってもよい。
【0019】
その後のステップは手順により異なる。まず、上記円形凹部に黒鉛を保持するステップ(B)から説明する。このステップは、
図1の手順では(A)の後(bからc)に行うが、
図2の手順では(C)の後(cからd)に行う。上記円形凹部に黒鉛を保持させる方法は、黒鉛の剥離片を静電的に上記円形凹部に導入し、保持できれば特に限定されない。ただし、接着剤によらない結合であることが望ましい。例えば、塊状の黒鉛を、上記円形凹部を有する摺動面に圧接させたまま摩擦することで、凹部の縁で黒鉛の塊を削り、その剥離片を凹部内に固着させる方法が挙げられる。ここで用いる黒鉛の塊は、純粋な黒鉛でなくてもよく、黒鉛を塊にするための硫黄や粘土、その他の結合成分を有していてもよい。なお、これらの結合成分は、上記摺動面への静電的な付着に大きな影響を及ぼさないものである。また他の方法としては、液中に黒鉛の剥離片を分散させた分散液を塗布した後、溶媒を乾燥させてもよい。
【0020】
ただし、上記の保持方法のうち、摺動面に塊状の黒鉛を圧接摩擦する方法を行う場合には、下記(C)よりも先に(B)を実行する方が好ましい。下記(C)を実行した後では開口部が縮径されるために、黒鉛を圧接しても上記円形凹部の内部へ黒鉛を保持させることがやや難しくなるためである。一方、黒鉛分散液を用いる場合には、(B)と(C)の順番はどちらでも可能であり、
図1の手順、
図2の手順のどちらでも特にデメリットなく実行可能である。
【0021】
次に上記円形凹部を縮径させるステップ(C)を説明する。このステップは、
図1の手順では(B)の後(cからd)に行い、
図2の手順では(A)の後(bからc)に行う。
上記(A)の段階で上記円形凹部の周囲に形成された隆起部を、円形凹部の中央側へ向かって塑性変形させて縮径する。もし縮径されていないと、摺動される圧力によって黒鉛が円形凹部の縁から剥がれてしまい、
図3のような状態になりやすい。開口部が縮径された縮径開口部とすると、孔は小さくなるものの、内部には広い空間を残したまま、すなわち十分な黒鉛を保持したままとすることができるので、上記円形凹部に保持された黒鉛が、摺動時に剥離しにくくなり、長期間に亘って摺動性を保持できるようになる。
【0022】
上記の開口部を縮径させる方法としては、摺動表面全体に塑性変形できるだけの圧力を掛ける必要があり、具体的には、バニシングツール、プレス機、単純なローラによる加工、上記円形凹部よりも面積が十分に大きいハンマーによる打撃などが利用できる。なお、表面に黒鉛を有する材料で圧力を掛けると、黒鉛を円形凹部に補充させつつ縮径開口部を形成させることができる。
【0023】
またこのステップ(C)において、隆起部を変形させるに伴って摺動表面を平滑化しておくことが好ましい。すなわち、変形後は上記隆起部の頂上が、円形凹部の周辺と同じ高さにまで押さえ込まれていることが好ましい。
【0024】
黒鉛を保持させる時点での、摺動面において上記円形凹部が占める面積は、5%以上であることが好ましく、7%以上であるとより好ましく、10%以上であるとさらに好ましい。一方で、上記円形凹部が占める率が高いほど黒鉛を保持しやすいため、摺動部材自体の強度が確保できる範囲であれば特に上限は存在しない。
【0025】
上記のそれぞれの円形凹部の表面における開口部の大きさの平均は、形成させた時点において、5μm以上であると好ましい。開口部が小さすぎると、黒鉛を上記円形凹部に導入することが難しくなり、形状次第では保持することも難しくなるためである。
【0026】
一方、開口部を形成させた後に周囲の隆起部を中央側へ塑性変形させた後の縮径開口部は、75μm以下であると好ましい。75μmを超えると縮径開口部が広すぎて、黒鉛の剥離片を保持しきれなくなるおそれがあるためである。
【実施例】
【0027】
以下、この発明にかかる銅合金系摺動部材の具体的な実施例を示す。まず、試験材として、錫、鉄、硫黄、リンを含む銅合金の焼結体を、板厚5mmの熱間圧延鋼板上に、厚さ2mmの焼結体層となるように作製した。その塑性は硫化物を含んだ青銅合金であるCDA(米国銅開発協会)規格C90280相当である。
【0028】
この焼結体層の硬さは約220Hvであり、主として粒界部分に微細な硫化物を内包する組織構造であった。この板状素材を、Φ50mm×Φ26mm×h6.2mmのディスク形状に加工し、試験片とした。そしてこのディスクの銅合金焼結層側面を旋削によって仕上げ、試験表面とした。
【0029】
この表面に、微粒子ピーニングによってマイクロディンプルである円形凹部を形成させた。投射材には平均粒径50μmのガラスビーズを用いた。それぞれの円形凹部の大きさは20μm程度である。その表面に、黒鉛源として三菱鉛筆(株)製uni4.0Bの黒芯を当てて満遍なく摩擦させて、円形凹部内に黒鉛を導入した。さらにこの表面にローラバニシングを行い、円形凹部の周囲の隆起部を押し込んで縮径開口部を形成させた。この表面の写真を
図4に示す。
【0030】
<表面粗さRa測定>
下記の摩擦係数試験を開始する前と、終了後とのそれぞれにおいて、ディスク試験片の表面における半径方向の一直線分に亘って、接触式粗さ計により、表面の粗さ(すなわち、高さ方向の変位)を測定し、試験の前後で摩耗により生じた表面の凹みの軸方向断面積差を算出した。この面積差を面積摩耗量とし、ディスク試験片一周分について積分して、体積摩耗量を算出した。摩擦係数試験前のRaを測定したところ、0.24μmであった。
【0031】
<摩擦係数試験>
この摺動部材の摩擦係数を測定した。測定には
図5に示す構造のリングオンディスク試験機を使用した。装置上部に配置されたリング試験片11をモータにより回転させ、下部に配置された半球面と多孔質カーボン凹面から構成される球面空気軸受(図示せず)に繋がる回転板16に固定されたディスク試験片12と接触させる方式である。実験中の摩擦トルクは、ディスク試験片12周囲に固定された板バネを用いて、測定部を片持ち梁の曲げ歪みとして検出し、摩擦力に変換した。
【0032】
相手材であるリング試験片11は一端側に高周波焼き入れを施した炭素鋼S45Cを用いた外径φ40×内径φ30×厚さ14mmのリング状の試験片(硬さ700〜7520Hv)を用いた。熱処理後に試験表面にラップ仕上げを施して、鏡面(0.003/0.55 Ra/Rmax)とした。ディスク試験片12には上記の通りの焼結体を用い、表面には黒鉛が導入済みである。
【0033】
ディスク試験片12の面上に、軸を合わせてリング試験片11を乗せ、その上に円盤13を乗せた。円盤13の中心にボールジョイント14を設け、その上方から80Nの荷重をかけた。この荷重はボールジョイントの上方に設けた歪ゲージ15で測定しており、荷重を維持しているか確認した。常温下でディスク試験片を潤滑油(粘度:5cSt@40℃)に浸鎮した状態でディスク試験片12が乗る回転板16を、リングに対して0.05m/sとなるよう回転させ、摩擦距離が360mとなるまで摩擦係数を測定し、これを0.2秒周期で記録した。その結果を
図6に示す。摩擦係数は全体を通じて0.1を超えることなく、さらに、時間経過につれて摩擦係数が減少するという効果が見られた。これは、ディンプルに蓄えられた黒鉛が摺動に伴ってさらに満遍なく拡散され、使用と共に平滑性がさらに向上していると考えられる。しかもその効果が縮径開口部の効果により長期間続いていると考えられる。
【0034】
また、終了後にメタノールで洗浄してグラファイトと削り粉を落とした後の表面写真を
図7に示す。表面の焼き付きは見られず、摺動部材として良好に作用したことが確かめられた。この時点でのRaを測定したところ、0.35μmとなった。