【実施例1】
【0017】
図1(a)は実施例1に係る半導体装置100を例示する断面図である。半導体装置100は例えば周波数が300MHz〜100GHzのようなマイクロ波帯域の高周波信号を増幅するHEMTである。
【0018】
図1(a)に示すように、基板10の上にバッファ層12(窒化物半導体層)が設けられ、バッファ層12の上にn−GaN層14が設けられている。n−GaN層14の上にチャネル層16が設けられ、チャネル層16の上に電子供給層18が設けられている。電子供給層18の上にキャップ層20が設けられ、キャップ層20の上に絶縁層22が設けられている。絶縁層22の開口部から露出するキャップ層20の上面に、ゲート電極24が設けられている。キャップ層20にはリセスが形成され、リセスから露出する電子供給層18の上面にソース電極26及びドレイン電極28が設けられている。n−GaN層14はバッファ層12の上面に接触し、チャネル層16はn−GaN層14の上面に接触している。チャネル層16と電子供給層18との界面からチャネル層16側に深さ10nm程度の領域に2DEG(二次元電子ガス)が形成される。
【0019】
基板10は例えばSiC(炭化シリコン)、Si(シリコン)又はサファイアなどの材料により形成されている。バッファ層12、n−GaN層14、チャネル層16、電子供給層18、及びキャップ層20はエピタキシャル成長された窒化物半導体層である。バッファ層12及びチャネル層16はi−GaN(ノンドープの窒化ガリウム)により形成されている。n−GaN層14及びキャップ層20はドーパントとしてSiを含むn−GaNにより形成されている。バッファ層12の厚さをT1、n−GaN層14の厚さをT2、チャネル層16の厚さをT3とする。電子供給層18は、例えばAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)により形成されている。絶縁層22は例えば窒化シリコン(SiN)などの絶縁体により形成されている。ソース電極26及びドレイン電極28は、例えば電子供給層18に近い方から順にチタン及びアルミニウム(Ti/Al)又はタンタル及びアルミニウム(Ta/Al)などの金属を積層したオーミック電極である。ゲート電極24は、例えばキャップ層20に近い方から順にニッケル及びアルミニウム(Ni/Al)などの金属を積層して形成されている。
【0020】
図1(b)は半導体装置100のバンド構造を例示する模式図であり、左から順に絶縁層22、キャップ層20、電子供給層18、チャネル層16、n−GaN層14及びバッファ層12のバンドを示している。図中の斜線は2DEGを表す。チャネル層16とバッファ層12との間にn−GaN層14が挿入されることで、後述の比較例と比べチャネル層16からバッファ層12にかけてバンドの形状が緩やかになる。
【0021】
図2(a)は比較例に係る半導体装置100Rを例示する断面図である。
図2(a)に示すように、n−GaN層14は設けられていない。基板10の上面に、バッファ層及びチャネル層として機能するi−GaN層11が設けられ、i−GaN層11の上に電子供給層18が設けられている。他の構成は半導体装置100と同じである。
図2(b)は半導体装置100Rのバンド構造を例示する模式図である。
図2(b)に示すように、i−GaN層11のバンドは、
図1(b)に示した実施例1に比べ急峻に立ち上がる。急峻なバンド構造はi−GaNの分極電荷によるものである。
【0022】
HEMTにおいては高い線形性を得ることが重要となる。線形性にはコンダクタンスの高次成分が影響する。ドレイン電流Idsをゲート−ソース間電圧Vgで級数展開するとIdsは次式で表される。
【数1】
gm1はコンダクタンスの基本成分であり、gm2、gm3、gm4…はコンダクタンスの高次成分である。三次相互変調歪みIMD3は、gm1及びgm3を用いて次の式で表される。Aは定数、Vsはソース−ドレイン間電圧である。
【数2】
gm3が大きいと三次相互変調歪みIMD3が大きくなり、線形性が悪化する。gm3を小さくすることで、IMD3を抑制し、高い線形性を得ることができる。実施例1と比較例とを対照させ、実施例1により高い線形性が得られることを説明する。
【0023】
実施例1及び比較例において、Ids−Vg特性及びgm−Vg特性を測定した。測定に用いた半導体装置100の寸法及び組成は以下の通りである。
基板10の材料:SiC
バッファ層12(GaN)の厚さT1:930nm
n−GaN層14の厚さT2:20nm
チャネル層16(GaN)の厚さT3:50nm
電子供給層18(AlGaN)の厚さ:24nm
電子供給層18の組成:
ドーパント(Si)を含み、Al組成比は23%
キャップ層20(GaN)の厚さ:5nm
n−GaN層14、電子供給層18及びキャップ層20のSiドーパント濃度:
1.5×10
18cm
−3
ゲート電極24の長さL:1μm
半導体装置100Rのi−GaN層11の厚さは960nmである。他の寸法及び組成は半導体装置100と同じである。
【0024】
図3(a)は実施例1におけるIds−Vg特性及びgm−Vg特性の測定結果を示す図である。横軸はゲート電圧Vgを示し、左の縦軸及び実線はドレイン電流Idsを表す。右の縦軸及び破線はコンダクタンスgmを表す。
【0025】
図3(a)に示すように、実施例1においては、gmがVg=−4V近傍から緩やかに大きくなる。またドレイン電流Idsの立ち上がりがなだらかになる。これにより
図4(a)に後述するようにgm3が小さくなり、数2で示したドレイン電流の三次相互変調歪みIMD3が低減される。
【0026】
図3(b)は比較例におけるIds−Vg特性及びgm−Vg特性の測定結果を示す図である。
図3(b)に示すように、Vgが−3Vを超えた辺りからgmが急激に大きくなる。またドレイン電流Idsが急激に立ち上がる。これにより、
図4(b)に後述するようにgm3が大きくなり、ドレイン電流の相互変調歪みIMD3が大きくなる。
【0027】
数1に示したようにIdsを級数展開し、gm1、gm2及びgm3を計算した。
図4(a)は実施例1におけるgm1、gm2及びgm3の計算結果を示す図である。
図4(b)は比較例におけるgm1、gm2及びgm3の計算結果を示す図である。横軸はゲート電圧Vgを示し、縦軸はコンダクタンスを示す。破線は1次成分gm1、点線は二次成分gm2、実線は三次成分gm3を表す。
【0028】
図4(a)に縦軸方向の実線で示すように、実施例1における動作点は約−2.8Vである。動作点付近におけるgm3は約−40mSである。
図4(b)に示すように、比較例1における動作点は約−2.4Vである。動作点付近におけるgm3は約−200mSである。比較例1においては、
図2(b)に示したようにバンド構造が急峻であるためgm3が大きくなる。実施例1によれば、
図1(b)に示したように実施例1におけるバンド構造が比較例より緩やかであることにより、比較例1に比べ、動作点におけるgm3をおよそ1/5程度まで低減することができる。
【0029】
図5はIMD3の測定結果を示す図である。縦軸はIMD3を表す。横軸はバックオフ出力を表す。実線は実施例1、破線は比較例の測定結果を表す。ドレイン電流の大きさが飽和電流Ifmaxに対して10%とした。信号の周波数は8GHz及び8・01GHzである。
【0030】
図5に示すように、実施例1によれば比較例と比べIMD3が低下している。特にバックオフ出力が−9dB以下でIMD3が大きく低減され、約−13dBで最小となる。以上のように、実施例1によれば、バッファ層12とチャネル層16との間にn−GaN層14を設けたことによりバンドが緩やかになる。緩やかなバンドによりgm3が低下し、IMD3が小さくなる。
【0031】
n−GaN層14を設けると、
図1(b)に示したようにバンドの形状がなだらかになるため、リーク電流が大きくなる恐れがある。n−GaN層14とゲート電極24との距離d1が大きくなることで、2DEGから離れた位置(n−GaN層14及びバッファ層12など)にリークパスが形成され、リーク電流が増大する。リーク電流を抑制するためには、距離d1を小さくすることが好ましい。距離d1は、n−GaN層14の表面からゲート電極24の底面までの最短距離のことであり、ゲート電極24の底面とは、ゲート電極24とその下地層との接触面のことである。ゲート電極の長さLに対する距離d1の比(アスペクト比)L/d1によりリーク電流の大きさは変化する。長さLは、キャップ層20とショトキー接触しているゲート電極24の底面のゲート長方向の幅を指す。
【0032】
半導体装置100においてアスペクト比を変化させて、リーク電流(半導体装置100がピンチオフ時の状態におけるリーク電流)の測定を行った。バッファ層12の厚さは960nmとした。ゲート電極24の長さLを変化させることで、アスペクト比L/d1を変化させた。他の条件は、
図3(a)の測定に用いた条件と同じである。ゲート電圧Vg=−5V、ドレイン電圧=10Vとした。
【0033】
図6はリーク電流の測定結果を示す図である。横軸がアスペクト比、縦軸がリーク電流を表す。
図6に示すように、アスペクト比が7以上である場合、リーク電流は5.0×10
−6A/mm以下になる。アスペクト比を7以上とすることで、リーク電流を抑制し、かつ高い線形性を得ることができる。リーク電流の抑制により、半導体装置100の効率の改善、及び熱暴走の抑制が可能となる。実施例1ではL=1μm、d1=0.079μmとし、アスペクト比を12.6(=1/0.079)とした。アスペクト比は13以上としてもよい。リーク電流を抑制するために、アスペクト比は10以上が好ましい。なお、アスペクト比は例えば6以上、8以上、及び9以上、20以下、15以下などとしてもよい。また、アスペクト比が7以上の場合、ゲート電極24を再現性良く形成することができる。これは、フォトリソグラフィ技術によりゲート電極24が形成されるため、ゲート電極24の長さLの形成において広いマージンを得ることができることに起因する。
【0034】
図1(a)に示した電子供給層18とn−GaN層14との距離d2(チャネル層16の厚さT3に相当)が小さいほどバンド形状の変化が2DEGに影響するため、IMD3の低減が効果的に可能となる。また距離d2が小さくなることで距離d1も小さくなるためアスペクト比L/d1が大きくなる。アスペクト比が大きくなることで、
図6のようにリーク電流も抑制される。高い線形性及びリーク電流の抑制のため、距離d2は例えば20nm以下が好ましい。距離d2が小さくなるとn−GaN層14と2DEGとがオーバーラップし、n−GaN層14中の不純物により電子移動度が低下する。電子移動度の低下を抑制するために、距離d2は5nm以上が好ましい。距離d2(厚さT3)は例えば3nm以上、8nm以上、及び10nm以上、18nm以下、及び15nm以下とすることができる。なお、n−GaN層14のドーパント濃度が小さい場合、距離d2(厚さT3)は40nm以下としてもよい。
【0035】
寸法及び組成は変更可能である。表1は実施例1、及び実施例1の変形例1〜4における寸法及び組成を示す表である。左からバッファ層12の厚さT1、n−GaN層14の厚さT2、チャネル層16の厚さT3、及びn−GaN層14のドーパント濃度を表す。
【表1】
変形例1及び2によれば、三次相互変調歪みIMD3を低減することができる。ただし低減の効果は実施例1に比べ小さい。ドーパント濃度が小さいためである。変形例3によれば、実施例1と同程度に三次相互変調歪みIMD3を低減することができる。変形例3のドーパント濃度は実施例1の半分以下であるが、n−GaN層14の厚さT2が2倍であるため、実施例1と同程度の効果が生じる。変形例4によれば三次相互変調歪みIMD3を低減することができる。
【0036】
図1(b)に示したようなバンド構造を得ることでIMD3を低減するためには、n−GaN層14のドーパント濃度とn−GaN層14の厚さとの積は、3.0×10
12cm
−2以上であることが好ましい。例えば積は、4.0×10
12cm
−2以上、3.5×10
12cm
−2以上、2.5×10
12cm
−2以上、2.0×10
12cm
−2以上でもよい。なお、n−GaN層14にドープできる濃度を考慮した場合、ドーパント濃度とn−GaN層14の厚さとの積は、9.0×10
12cm
−2以下が好ましい。また、IMD3の低減およびドープできる濃度を考慮すると、積は3.0×10
12cm
−2以上、5.0×10
12cm
−2以下が好ましい。また変形例1及び2に示すように積が1.4×10
12cm
−2程度でもIMD3の低減は可能である。
【0037】
良好な結晶性を有するn−GaN層14を成長させるためには、n−GaN層14のドーパント濃度は3.0×10
18cm
−3以下が好ましい。n−GaN層14のドーパント濃度は例えば4.0×10
18cm
−3以下、3.5×10
18cm
−3以下、2.5×10
18cm
−3以下、及び2.0×10
18cm
−3以下としてもよい。バンド構造を緩やかにするためにドーパント濃度は例えば0.5×10
18cm
−3以上、及び1.0×10
18cm
−3以上が好ましい。ショートチャネル効果を抑制するために、n−GaN層14の厚さT2は40nm以下が好ましく、例えば50nm以下、30nm以下としてもよい。
【0038】
上記のようにチャネル層16の厚さT3(
図1(a)の距離d2に相当)は5nm以上40nm以下とすることができ、5nm以上20nm以下が好ましい。高い線形性の確保及びリーク電流の抑制が可能となる。バッファ層12の厚さT1は100nm以上、3μm以下が好ましい。n−GaN層14及びチャネル層16の結晶性が高くなり、かつ高い量産性が得られるためである。厚さT1は例えば150nm以上、200nm以上、3.5μm以下、4.0μm以下などとしてもよい。例えばバッファ層12と基板10との間に窒化アルミニウム(AlN)層又はAlGaN層を設けてもよい。キャップ層20にリセスが形成されておらず、ソース電極26及びドレイン電極28はキャップ層20の上面に設けられてもよい。
【0039】
電子供給層18及びキャップ層として
図1に述べた以外の窒化物半導体を用いてもよい。窒化物半導体とは、窒素を含む半導体であり、例えばAlN、窒化インジウム(InN)、窒化インジウムガリウム(InGaN)、窒化インジウムアルミニウム(InAlN)、及び窒化アルミニウムインジウムガリウム(AlInGaN)などがある。
【0040】
以上、本発明の実施例について詳述したが、本発明はかかる特定の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。