特許第6197646号(P6197646)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6197646
(24)【登録日】2017年9月1日
(45)【発行日】2017年9月20日
(54)【発明の名称】食肉改質剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 13/40 20160101AFI20170911BHJP
   A23L 13/00 20160101ALI20170911BHJP
【FI】
   A23L13/40
   A23L13/00 A
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-525771(P2013-525771)
(86)(22)【出願日】2012年7月20日
(86)【国際出願番号】JP2012069074
(87)【国際公開番号】WO2013015401
(87)【国際公開日】20130131
【審査請求日】2015年5月29日
(31)【優先権主張番号】特願2011-160669(P2011-160669)
(32)【優先日】2011年7月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(72)【発明者】
【氏名】薄衣 広悌
(72)【発明者】
【氏名】小野 朋美
(72)【発明者】
【氏名】小寺 智博
【審査官】 田中 耕一郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2002/085136(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0070347(US,A1)
【文献】 特開2002−281942(JP,A)
【文献】 特開2000−189111(JP,A)
【文献】 特開平11−192071(JP,A)
【文献】 特開2003−144096(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 13/40
A23L 13/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム塩と米澱粉と炭酸塩が含有されてなる食肉改質剤であって、食肉改質剤におけるカルシウム塩の含有量が、食肉改質剤に含有されている米澱粉1gに対し、カルシウム換算で0.00065〜0.14gである食肉改質剤。
【請求項2】
カルシウム塩が、乳酸カルシウム又は塩化カルシウムである請求の範囲第1項記載の食肉改質剤。
【請求項3】
炭酸塩が炭酸ナトリウムである請求の範囲第1又は2項記載の食肉改質剤。
【請求項4】
食肉100gあたり、米澱粉を0.25〜10g、及びカルシウム塩をカルシウム換算で、0.0065〜0.13g食肉に添加し、処理することを特徴とする食肉加工品の製造方法であって、カルシウム塩の添加量が、米澱粉1gに対し、カルシウム換算で0.00065〜0.14gである製造方法。
【請求項5】
カルシウム塩が、乳酸カルシウム又は塩化カルシウムである請求の範囲第4項記載の製造方法。
【請求項6】
さらに、食肉100gあたり、炭酸塩を0.1〜1g食肉に添加し、処理することを特徴とする請求の範囲第4又は5項記載の製造方法。
【請求項7】
炭酸塩が炭酸ナトリウムである請求の範囲第6項記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉の肉質や食感等を改善し、ジューシーな食感を付与することを目的とする畜肉用食感改良剤及び食肉加工食品の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鶏インフルエンザの発生などを経て、日本国内の鶏肉価格は増加傾向であり、ブラジルを代表とする安価な海外品の使用が普及している。海外品は、皮部の脂分は多いものの、肉質は硬く、ジューシー感はなく、国内鶏肉との品質差は大きい。また、牛肉についても、輸入牛肉は国産牛肉と比較して脂肪含量が少なく健康に適しているが、その一方で呈味的に劣り、また肉質も硬い。あるいは輸入牛肉ならびに国産牛肉の食感は部位によって大きく異なっており、結合組織が比較的多いスネ肉やスジ肉などの硬質肉は調理法が制限されている。以上から食肉の食感および品質改質技術の構築は重要な課題となっている。
一般に、食肉は屠殺後に内在性のカテプシンやカルパイン等のプロテアーゼにより骨格筋タンパク質が分解され、熟成・軟化することが知られている。そのため、肉質を改善する方法として、これまでプロテアーゼを用いた肉質の軟化法が検討・報告され(特開2007−319166号公報)、既に実用化されているものもある。これらプロテアーゼのうち最も一般的なものはパパイン、ブロメライン、アクチジニンであるが、これらはその基質特異性の低さと強力なタンパク質分解活性のために、食肉の結合組織や筋原組織を非特異的に分解してしまうので、処理された食肉の食感は肉本来の食感からかけ離れたものとなってしまう。また、例えば肉重量に対してわずか0.05重量%程度を肉に作用させただけでも過剰軟化を生じ、長時間放置すると更に分解が進行するため、肉質の改質の程度をコントロールするのが非常に難しい。この過剰軟化の問題は低温条件下で行っても制御が困難である。
それに対して基質特異性の高いプロテアーゼとしてエステラーゼやコラゲナーゼが肉軟化酵素として検討されている。しかし、これらの酵素を他のプロテアーゼの混入なく大量に精製・調製するのは困難である。また、これらの酵素で肉質を改善するには比較的多量の酵素を長時間反応させる必要がある。更に、実際、これらの酵素を肉に作用させても十分な効果が期待できない。
また、プロテアーゼ特有の重大な問題もある。食品用プロテアーゼの基質特異性は疎水性アミノ酸の前後を切断するものが殆どである。このようなプロテアーゼで分解して調製したペプチドは強烈な苦味を伴い、呈味の面で問題がある。
タンパク質加水分解酵素以外にも、各種食品素材を用いて、ジューシー及びソフト感があり美味しい食感・食味を有する等品質劣化防止対策の検討が為されてきた。例えば(1)アルカリ製剤(リン酸塩類、炭酸塩類)などの単独もしくは組み合わせで改質する方法(特開平4−36167号、特開平11−200823号、特許第2568946号、特開2000−60492)、(2)糖質により改質する方法(特許第3804571号、特許3268543号)、(3)乳化剤を配合する方法(特開平8−276074)、(4)有機酸を活用する方法(特開2002−159281、特開2000−106846、特開2001−178416号)、(5)アミノ酸を活用する方法(特許第2880183号、特開平8−196252、特開昭59−175870)、(6)カルシウムを活用する方法(特開平10−14536、特開平4−341160)、(7)タンパク加水分解物を活用する方法(特開平10−14536、特開平4−341160、特開平2004−329165)あるいは(8)これらの組み合わせ法など、それぞれの特性を利用して効果を見出す方法が知られている。しかし、いずれも充分な食感及び食味の改質効果は得られていないのが現状である。(1)のアルカリ製剤を用いる方法は、ジューシー感の向上と歩留まり効果はあるものの、体内カルシウムがリン酸塩により排出する問題があり、リン酸塩フリーの食品を好む消費者は増加している。また肉組織が均一化し、繊維感が損なわれるという大きな課題がある。更に時間が経過すると食感が硬くなり、品質低下や異味(主に苦味、渋み)が発生する。(2)の方法については、保湿性の付与効果があるものの単独での顕著な肉質改質効果は期待できない。化学処理澱粉を用いた肉軟化剤も存在するが、溶解性の低さから筋肉中への浸透が困難であり、また効果自体も顕著とは言えない。(3)の乳化剤による方法は肉質の表面にコーテイングする為、調理すると柔らかさが乏しいという問題があった。様々な用途で多様な乳化剤が開発されているが、十分な効果発現に至っていない。(4)の方法は単独では酸味を有する課題があると共に、通常は肉を硬化する作用が報告されているため、アルカリ製剤との併用が必須である。(5)の方法はグリシンの活用の記載があるものの、肉改質効果に対する効果は非常に低い。(6)の方法は塩化カルシウムや乳酸カルシウムが一般的に使用されているが、肉本来の繊維感を維持しつつ、十分な保水性が得ることはできず、ジューシー感を付与された好ましい品質には至らない。(7)の方法は卵白加水分解物による保水性向上についての記載があるが、乳化剤と同様肉質の表面にコーテイングする為、調理すると柔らかさが乏しいという問題があった。様々な用途で多様な乳化剤が開発されているが、十分な効果発現に至っていない。(8)の例としては、アルカリ金属塩化物とアルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ金属炭酸水素塩を含む食肉改質剤(特開平10−370923)がある。これの添加効果を確認すると、食感及び食味が時間とともに劣化し、出来上がり時の機能(食肉の食感と食味のバランス)が損なわれておりジューシー感と肉の柔らかさの低下が認められた。このように、多数の先行技術はあるものの、また、無処理に比べれば多少の効果は認められるものの十分に満足できるレベルには至っておらず、食味と食感の向上を有する改質効果の優れた素材もしくは効率的な改質方法が更に求められている。
【発明の開示】
【0003】
本発明は、食肉の肉質や食感等を改善するための改質剤、及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者は鋭意検討を重ねた結果、カルシウム塩と米澱粉を併用することにより前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)カルシウム塩と米澱粉が含有されてなる食肉改質剤であって、食肉改質剤におけるカルシウム塩の含有量が、食肉改質剤に含有されている米澱粉1gに対し、カルシウム換算で0.00065〜0.14gである食肉改質剤。
(2)カルシウム塩が、乳酸カルシウム又は塩化カルシウムである(1)記載の食肉改質剤。
(3)さらに、炭酸塩が含有されてなる(1)又は(2)記載の食肉改質剤。
(4)炭酸塩が炭酸ナトリウムである(3)記載の食肉改質剤。
(5)食肉100gあたり、米澱粉を0.25〜10g、及びカルシウム塩をカルシウム換算で、0.0033〜0.26g食肉に添加し、処理することを特徴とする食肉加工品の製造方法。
(6)カルシウム塩が、乳酸カルシウム又は塩化カルシウムである(5)記載の製造方法。
(7)さらに、食肉100gあたり、炭酸塩を0.1〜1g食肉に添加し、処理することを特徴とする(5)又は(6)記載の製造方法。
(8)炭酸塩が炭酸ナトリウムである(7)記載の製造方法。
本発明により筋肉繊維感を保持した状態で筋肉組織の過剰分解も無く、結合組織を軟化し、適度な保水性と油脂感を兼ね備えたジューシーな品質の食肉が提供される。本発明の食感改質剤により処理された食肉は、微粒な米澱粉が肉内部に浸透し加熱時の肉汁を保持し、かつカルシウム塩にて肉筋線維に内在する脂を溶出させることで肉本来の味・食感を保持したまま苦味を生じることなく適度にジューシー感が付与され、好ましい品質を付与することができる。また、米澱粉とカルシウム塩を併用することで、脂が溶出された筋線維に効率的に米澱粉が入り込むことで、相乗効果が得られる。さらに、タンパク質の溶出効果の高い炭酸塩を用いることで、より相乗効果が得られる。本発明の方法によれば、室温、低温にて食肉を処理することができる。また、従来の肉軟化プロテアーゼ製剤のように食肉を過剰軟化させたり、アルカリ製剤のように組織を均質化させたり、有機酸製剤のように酸味を生じることなく、適度な食感に留め、またその状態を維持することができる。このため、改質剤の添加量や処理時間等を厳密に制御しなくても適度なジューシー感を有する食肉を得ることができる。よって本発明により、低品質の食肉を呈味的・食感的に優れた肉に改質することができる。
以下に本発明について詳細に説明する。
本発明の食肉改質剤は、米澱粉とカルシウム塩が配合されているものである。
米澱粉は、うるち米、もち米、ジャスミン米、短粒米、長粒米など原料米の品種に特に制限はない。また生澱粉でもよいし、湿熱処理澱粉、高周波処理澱粉等物理的処理を施したものでもよく、またリン酸化デンプン、酢酸デンプン等米澱粉由来の加工澱粉でもよい。米澱粉は、粒径が非常に細かいため、肉の筋束間に浸透しやすく、肉内部に肉汁を保水しやすい。
カルシウム塩としては、無水塩でも水和物でもよいが、水への溶解度の高い乳酸カルシウム、塩化カルシウムが好ましい。特に乳酸カルシウムを用いた場合、肉から脂が溶出しやすくなる。
本発明の食肉改質剤における米澱粉とカルシウム塩の含有比率(重量比)は米澱粉1gに対しカルシウム塩はカルシウム換算で、0.00065〜0.14gが好ましく、0.0018〜0.14gがより好ましく、0.0036〜0.072gがさらに好ましく、0.011〜0.072gが特に好ましい。尚、カルシウム換算とは、カルシウム塩中のカルシウム量を意味し、塩化カルシウム二水和物の場合、分子量が147であるので、塩化カルシウム二水和物1gのカルシウム換算値は40÷147=0.27gとなる。同様に、乳酸カルシウムの場合、六水和物であるため、1g当たり0.13gとなる。
本発明の食肉改質剤は、米澱粉とカルシウム塩が配合されていればよいが、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウム等の炭酸塩が配合されているとより好ましい。炭酸塩により原料肉よりタンパク質が溶出し、品質のさらなる向上が得られるが、特に炭酸ナトリウムが好ましい。
さらに、クエン酸、フィチン酸、フマル酸等の有機酸、グリシン、グルタミン酸ナトリウム(MSG)、アスパラギン酸ナトリウム等のアミノ酸、ショ糖、デキストリン、マルチトール、オリゴ糖等の糖質、プロテアーゼ、マルチトール等糖アルコール、有機酸塩類、食塩、調味料等の他の食品素材が配合されていてもよい。
本発明の食肉加工品の製造方法は、米澱粉とカルシウム塩を食肉に添加し、処理するものであり、さらに炭酸塩を添加するとよりよい。
米澱粉の添加量は、食肉100gあたり、0.25〜10gが好ましく、0.25〜4gがより好ましく、0.25〜2gがさらに好ましい。0.25未満では十分な効果が得られず、10gを超える場合は、効果が得られる場合もあるが、10g添加品と比較して大きなメリットはない。
カルシウム塩の添加量は、食肉100gあたり、カルシウム換算で0.0033〜0.26gが好ましく、0.0065〜0.13gがより好ましく、0.020〜0.065がさらに好ましい。
炭酸塩の添加量は、食肉100gあたり、0.1〜1gが好ましい。
併せて、クエン酸、フィチン酸、フマル酸等の有機酸、グリシン、グルタミン酸ナトリウム(MSG)、アスパラギン酸ナトリウム等のアミノ酸、ショ糖、デキストリン、マルチトール、オリゴ糖等の糖質、プロテアーゼ、マルチトール等糖アルコール、有機酸塩類、食塩等を添加し、処理してもよい。
本発明の食肉改質剤を食肉に添加してもよいし、米澱粉とカルシウム塩を別々に食肉に添加してもよい。各素材の添加の順序は問わない。本発明の食肉改質剤、あるいは米澱粉とカルシウム塩はなるべく食肉全体及びその内部に均一に分散されるようにする。このためには、挽き肉、細切り肉、薄切り肉等に対しては、食肉を食肉改質剤の溶液に漬け込む浸漬法や、食肉改質剤の溶液や粉末を食肉へ噴霧して揉む方法等を採用することができ、ステーキ肉やブロック肉の場合には、食肉改質剤の溶液を注射器で内部に注入するインジェクション法や、表面に塗布したりする方法が採用することができる。肉軟化剤を処理した後、または肉軟化剤に肉を浸漬した後にタンブリング処理することも可能である。食肉改質剤の溶液に一定時間浸漬する浸漬法でもよい。
上記のようにして、本発明の食肉改質剤、あるいは米澱粉とカルシウム塩を食肉に添加し、好ましくは、肉全体に十分浸透するように、例えば0〜60℃で、0.05〜48時間放置しておくのが好ましい。あるいは浸漬時間を取らずに、食肉加工/調理直前に本発明の食肉改質剤、あるいは米澱粉とカルシウム塩を食肉に添加し処理する方法も可能である。
処理できる食肉としては食用可能な肉であれば特に限定されるものではなく、例えば、牛肉、豚肉、羊肉、馬肉等の畜肉、鶏、七面鳥、カモ、ガチョウ、アヒル、ウズラ等の家禽類の肉、魚肉等のいずれのものでも処理できるが、輸入牛肉やカタやモモ、スジ、スネの部分等の硬質肉に対して特に効果的である。また、食肉の形状としては特に限定されるものではなく、厚切り肉、薄切り肉、細切り肉、挽き肉等が挙げられる。
本発明の製造方法により改質処理を行った食肉加工品は、例えば、焼く、炒める、揚げる、煮る、蒸すなどの加熱調理によっても過度に硬質化することなく、適度な柔らかさを有し、食しやすいものとなる。また、本発明の食肉改質剤は食肉を過度に軟化させることがないので、例えば、本発明の食肉改質剤を適用した食肉を常温や冷凍、冷蔵、又はレトルト等として長期間保存しても過剰軟化することなく適度な肉の柔らかさやジューシーさが維持され、良好な風味・食感を長期間維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1は、本発明の実験例1に係る、肉への澱粉の浸透状況を示す図である。
図2は、本発明の実施例7に係る、肉のCLSM写真を示す図である。
図3は、本発明の実施例8に係る、肉のSEM写真を示す図である。
図4は、本発明の実施例9に係る、肉の脂溶出量を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下に実験例及び実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明する。本発明は、この実施例により何ら限定されない。
実験例1
米澱粉が肉内部にどの程度浸透しているかを確認するため、浸漬後の澱粉をヨウ素にて染色することで浸透状態を観察した。
鶏もも肉を、対肉3%量のうるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)または馬鈴薯澱粉(松谷化学工業社製)を懸濁させた対肉30%量の市水に3時間浸漬した。次に、水250gに対し、ヨウ素0.3gとヨウ化カリウム1gを溶解し、ヨウ素液を調製した。そして、浸漬処理後の肉を、包丁を用いて適当な大きさにカットし、ヨウ素液に10分間浸漬させた後、マイクロスコープVH−S30(株式会社キーエンス)にて観察を行った。
結果を図1に示す。馬鈴薯澱粉では肉表層部にのみ付着しているのに対し、米澱粉では肉全体にほぼ均一に浸透している様子が見られた。これは、米澱粉の粒径が非常に細かいため、筋束間に浸透しやすいものと考えられる。また、それにより、肉内部に肉汁を保水しやすくなると考えられる。
【実施例1】
【0006】
市水60gに馬鈴薯澱粉(松谷化学工業社製)、うるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)、コーンスターチ「コーンスターチY」(J−オイルミルズ社製)、タピオカ澱粉「精製乾燥殺菌タピオカ」(松谷化学工業(株))のうち1種類と乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。米澱粉および乳酸カルシウムの量は表1の通りである。官能評価および歩留算出結果を表1に示す。官能評価は、保水性、油脂感、ジューシー感に関して、各種澱粉および乳酸カルシウムのいずれも添加されずに調製された対照区分を0点として、−5点から5点までの評点法にて評価人数4名で行った。なお、保水性とは水分を多く保持していると感じること、油脂感とは脂を多く保持していると感じること、ジューシー感とは水分と脂のバランスが好ましく、肉本来の味を有し、ジューシーに感じることを意味する。また、歩留は浸漬前後での重量増加率に、揚げ前後での重量減量率を乗じたものとした。総合評価は、官能評価の3項目がいずれも1.75点以上をA、3項目が1.0点以上1.75点未満をB、A、B以外をCとした。また各素材を併用した試験区官能評価の点数が、各素材を単体にて使用した場合と比較し、官能評価の項目同士の加算値よりも高い点数を示した際は、相乗効果有りとした。
米澱粉のみの添加では、他の澱粉と比較して、大きな歩留向上は認められず、油脂感やジューシー感の向上も少なかった。しかし、乳酸カルシウムと併用することで、他の澱粉よりも大きな歩留向上が認められ、また、米澱粉のみや乳酸カルシウムのみでの品質向上効果の加算を遥かに上回る、相乗的な品質向上効果を示した。
【表1】
【実施例2】
【0007】
市水60gにうるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)と、乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)および塩化カルシウム(富田製薬社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。米澱粉、乳酸カルシウムおよび塩化カルシウムの量は表2の通りである。実施例1同様の方法で行なった官能評価および歩留算出結果を表2に示す。
乳酸カルシウムと塩化カルシウムはカルシウム換算量が同量であれば、同程度の歩留向上および米澱粉との相乗的な品質向上を示した。
【表2】
【実施例3】
【0008】
市水60gにうるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)と乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。肉100重量部当たりの各種澱粉および乳酸カルシウムの量は表3の通りである。実施例同様の方法で行った官能評価および歩留算出結果を表3に示す。
肉重量100あたり米澱粉重量1.8添加時に、乳酸カルシウム重量が0.025〜2(カルシウム換算で0.0033〜0.26)の範囲にて歩留向上および相乗的な品質向上を示した。また、特に乳酸カルシウム重量が0.05〜1(カルシウム換算で0.0065〜0.13)の範囲にて歩留向上および相乗的な品質向上を示した。
【表3】
【実施例4】
【0009】
市水60gにうるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)と乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。各種澱粉および乳酸カルシウムの量は表4の通りである。実施例1同様の方法で行った官能評価および歩留算出結果を表4に示す。
肉重量100あたり乳酸カルシウム重量が0.05〜1(カルシウム換算で対肉0.0065〜0.13重量%)の場合、米澱粉重量が0.25〜10の範囲にて歩留向上および相乗的な品質向上を示した。
【表4】
【実施例5】
【0010】
市水60gにうるち米澱粉「ファインスノウ」と乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)および各種塩、炭酸ナトリウム(大東化学社製)、炭酸水素ナトリウム(旭硝子社製)、炭酸カリウム(旭硝子社製)、リン酸三ナトリウム(ソーダニッカ社製)、ポリリン酸ナトリウム(千代田商工社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。各種澱粉および乳酸カルシウムの量は表5の通りである。官能評価および歩留算出結果を表5に示す。官能評価は、保水性、油脂感、ジューシー感に関して、各種澱粉および乳酸カルシウムのいずれも添加されずに調製された対照区分を0点として、−5点から5点までの評点法にて評価人数4名で行った。また繊維感のあるものを○、ないものを×とした。なお、繊維感とは繊維が分解されず、均一な食感をではなく、肉の筋繊維と並行した面と垂直な面では異なる食感を有することを意味する。また、歩留は浸漬前後での重量増加率に、揚げ前後での重量減量率を乗じたものとした。繊維感があり、保水性、油脂感、ジューシー感の3項目がいずれも1.75点以上をA、繊維感があり、3項目が1.0点以上1.75点未満をB、A、B以外をCとした。また各素材を併用した試験区官能評価の点数が、各素材を単体にて使用した場合と比較し、官能評価の項目同士の加算値よりも高い点数を示した際は、相乗効果有りとした。
米澱粉、乳酸カルシウム、炭酸塩を併用することで、米澱粉と乳酸カルシウムの併用や、炭酸塩のみでの品質向上効果の加算を遥かに上回る、相乗的な品質向上効果を示した。
【表5】
【実施例6】
【0011】
市水60gにうるち米澱粉「ファインスノウ」(上越スターチ社製)と乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)および炭酸ナトリウム(大東化学社製)を溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で2時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。米澱粉、乳酸カルシウム、炭酸ナトリウムの量は表6の通りである。実施例5と同様の方法で行った官能評価および歩留算出結果を表6に示す。肉重量100あたり乳酸カルシウム重量が0.05〜1、米澱粉重量が0.25〜10、炭酸ナトリウム重量が0.1〜1の範囲にて歩留向上および相乗的な品質向上を示した。
【表6】
【実施例7】
【0012】
乳酸Caの脂溶出効果を確認するため、CLSM(共焦点レーザー走査型顕微鏡)を用いて、肉内部での脂の分布を確認した。
市水60gにうるち米澱粉「松谷ききょう」(松谷化学工業社製)3.5g、炭酸ナトリウム(大東化学社製)0.6g、乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)0.5gを溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で3時間浸漬した。また、乳酸カルシウムを添加しない浸漬液に浸漬した肉及び市水に浸漬した肉を対照とした。
肉のタンパクと脂肪を染色するため、超音波カッター(スズキ株式会社SUW−30CMH)を用いて、肉の中心部から薄い切片を作製した。染色にはNile Red(SIGMA)とTRITC Dye(SIGMA)を用いた。
染色液に切片を入れ、冷蔵庫で一晩遮光しながら放置した後、サンプルをプレパラートに乗せ、CLSMで観察した。
結果を図2に示す。米澱粉及び炭酸Naを添加した試料は、市水浸漬品と大差はなかったが、乳酸Ca添加品においては筋束内においても脂が多く内在している様子が観察された。よって、脂の溶出抑制に乳酸Caが大きく寄与していることが示された。
【実施例8】
【0013】
唐揚げの皮裏にある脂層が乳酸Caの脂溶出効果にてどのように変化するかを確認するため、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察を行った。
市水60gにうるち米澱粉「松谷ききょう」(松谷化学工業社製)3.5g、炭酸ナトリウム(大東化学社製)0.6g、乳酸カルシウム(武蔵野化学研究所社製)0.5gを溶解させ、ブラジル産鶏もも肉200gを冷蔵で3時間浸漬した。その後、液を切り、薄力粉をまぶし、170℃の油にて5分間揚げることで、唐揚げを調製した。尚、市水に浸漬した肉を対照とした。
各試料は、包丁などを用いて適当な大きさに成型した後、薄刃のカミソリにて1mm角に切断した。1mm角のサンプルを1%グルタルアルデヒド溶液に90分浸漬後、2%四酸化オスミウム溶液に90分浸漬させ、2段階の化学固定を行った。固定した試料はよく洗浄し、30,50,60,70,80,90,95,100%のエタノール系列に順次20分浸漬し脱水した。脱水を完全に行うため100%エタノールでの浸漬は2回行った。脱水後の試料は、一度酢酸イソアミルに浸漬(15分×2回)させ、試料内部のエタノールを酢酸イソアミルに置換させた後に二酸化炭素による臨界点乾燥法によって乾燥させた。乾燥後の試料を真鍮製の試料台にカーボン両面テープで貼り付け、オスミウムコーティング(設定約10nm)した。
前処理を行った試料を以下の条件にて観察した。
・SEM機種:電界放射型SEM(JSM6700F)
・加速電圧:3kv、WD:3mm(5万倍以上の観察時)もしくは8mm(5万倍未満の観察)
・照射電流設定:7(5万倍以上の観察時)もしくは6(5万倍未満の観察)
結果を図3に示す。対照の市水浸漬品では脂層が観察されたが、乳酸カルシウム添加品では糸状の骨格構造のみ観察された。これは脂が溶出し、残ったコラーゲンであると考えられる。以上結果より、乳酸カルシウムは皮裏の脂層に大きな効果があることが示された。
【実施例9】
【0014】
乳酸Caによる脂溶出効果を確認するため、実施例8記載の方法で調製した唐揚げの脂溶出量を測定した。
唐揚げ肉部50gと湯150gをミキサーにて粉砕し、クロロホルムメタノール(クロロホルム:メタノール=1:1)にて抽出を行い、固形分除去後、乾燥することで脂重量を測定した。
結果を図4に示す。乳酸カルシウム添加により、脂溶出量が増加していることがわかった。これは、実施例7のCLSMおよび実施例8のSEM観察結果に見られるように、筋繊維や、鶏皮の裏に多く付着している脂層から脂が溶出したものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明によると、食肉の肉質や食感等を改善することができるため、本発明は食品分野において極めて有用である。
図1
図2
図3
図4